契約書翻訳を外注するときに法務担当が確認すべきこと
2026.09.08
update 2026.08.19
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契約書の翻訳は、語句の選択一つで権利義務の範囲が変わります。「Shall」と「May」の使い分け、「Indemnification」と「Liability」の訳し方、準拠法の表現——いずれも翻訳者の判断次第で法的な解釈が大きく異なります。
にもかかわらず、発注側の法務担当者が「翻訳の中身は外注先に任せる」という姿勢で進めてしまうと、完成物を受け取った後に初めて問題に気づく、というケースは珍しくありません。契約書翻訳において品質トラブルが起きる原因の多くは、翻訳者のスキルの問題というよりも、発注時の情報設計と確認体制の不足にあります。 本記事では、法務担当者が外注前・外注中・納品後それぞれの段階で確認しておくべきポイントを整理してご紹介します。
1. 外注前:翻訳の「目的」と「使用条件」を明示する
翻訳物の用途を明確に伝えているか
契約書翻訳には、大きく分けて以下の用途があります。
– 参考訳:社内の内容確認・読み合わせ用(正文ではない)
– 正式提出用:相手方との契約締結に使用する
– 公証・認証が必要なもの:裁判所提出、海外当局への申請など
この区別を発注時に伝えないと、翻訳会社側も「どこまでの精度・形式が求められているか」を判断できません。参考訳レベルの作業コストと、締結用正訳で求められる工程は大きく異なります。
原文の「正文」はどちらの言語か
多言語契約書においては、どの言語版が法的に優先されるか(Governing Language)を事前に確認する必要があります。
– 原文(英語など)が正文で、日本語訳は参照用の場合
– 日本語が正文で、英語訳を相手方に提供する場合
– 両言語が同等の法的効力を持つ場合
この前提が曖昧なまま発注すると、翻訳者がどの方向に文体や表現を寄せるべきかを判断できず、結果として「どちらにも読める曖昧な訳文」が納品されるリスクがあります。
2. 翻訳者・チームのスペックを確認する
「法律翻訳の経験」は分野まで確認する
「法律翻訳の実績あり」という情報だけでは不十分です。契約書翻訳の品質は、翻訳者が該当する法分野の知識を持っているかに大きく依存します。
確認すべきポイント:
– M&A関連契約(SPA、NDA、株主間契約など)
– 知的財産(ライセンス契約、技術移転契約など)
– 労働・雇用関連
– 国際売買・貿易関連(CISG、インコタームズへの理解)
– 準拠法がどの国の法律かへの対応経験
同じ「契約書」であっても、ライセンス契約とM&AのSPAでは求められる専門知識が大きく異なります。
校閲・チェック体制があるか
翻訳者一人の判断で完結する体制と、第三者の目が入る体制とでは、アウトプットの安定性が異なります。
発注先に確認すべき事項:
– セカンドチェック(校閲担当者)は別の人物が行うか
– 法律用語の統一はどのように担保されているか(用語集の有無など)
– 疑義が生じた際の確認フロー(翻訳者→PM→発注者へのエスカレーション)はどうなっているか
3. 発注時に渡すべき情報・資料
契約書翻訳においては、「翻訳対象のテキストだけを渡せばよい」という考え方は現場ではうまく機能しないことが多いです。
用語集・既存訳語の提供
過去に締結済みの契約書、社内で使用している定訳語リスト、法的に確定している表現
(例:商号や事業部名の正式英訳など)は、必ず翻訳会社と共有しましょう。
これらが共有されないまま進めてしまうと、以下のような問題が生じる恐れがあります:
– 同一の概念が文書ごとに異なる訳語で表現されてしまう
– 相手方が従来使用していた用語と食い違ってしまう
– 過去の契約書と読み比べた際に解釈の差異が生じてしまう
契約の背景・交渉経緯
すべてのケースで必要というわけではありませんが、特に以下のような場合は文脈情報の共有が有効です:
– 相手方と交渉中であり、特定の表現が意図的に選ばれている場合
– 原文に曖昧な表現があり、その解釈について社内合意がある場合
– 特別の条項について過去に争いがあり、意図的なドラフティングがされている場合
翻訳者は原文に忠実に訳すことが原則ですが、背景を知ることで「ここは注意を要する箇所だ」と認識でき、疑問が生じた際にも確認を求めやすくなります。
4. 納品物の確認:法務担当者がレビューすべき観点
すべてを翻訳者の判断に委ねない
納品された翻訳物は、法務担当者がレビューする前提で工程を設計しておく必要があります。特に以下の箇所は入念に確認しましょう:
– 法的効力に関わる条項(表明保証、解除条件、損害賠償の範囲、免責など)
– 定義条項(Definitions):原文の定義と訳語が一致しているか
– 数値・期日・固有名詞:誤記や欠落がないか
– 当事者名・契約タイトル:一貫して正確に訳されているか
「分かりやすい日本語」が正確な翻訳とは限らない
読みやすさを優先して文を整理しすぎると、法的な限定や条件を表す表現が抜け落ちてしまうことがあります。たとえば原文に「to the extent permitted by applicable law」とあれば、「法律の許す範囲において」という限定を省略してはなりません。
法務担当者がレビューの際に意識すべき問いは、「読みやすいかどうか」よりも「原文の法的意図が保たれているかどうか」です。
「AI翻訳→専門家によるポストエディット(PE)」という工程は、コストを抑えながら品質を担保するための現実的な選択肢として確立されています。ただし、PEにも質の担保が必要であり、「ポストエディットさえつければ安心」という単純な話でもありません。
5. 外注後の体制:修正・差戻しのルールを合意しておく
修正対応の範囲と回数を事前に確認する
契約書翻訳は、初回納品後に修正依頼が発生するケースが多くあります。
– 修正対応は何回まで無償か
– 「修正」と「追加翻訳」の境界線はどこか
– 相手方からのコメントを受けて内容を変更する場合、追加費用の扱いはどうなるか
これらを発注前に確認しておかないと、納品後のやり取りでコストやスケジュールに関する認識の齟齬が生じやすくなります。
秘密保持の確認
契約書は原則として機密情報です。翻訳会社との間でNDAが締結されているかはもちろん、翻訳会社が再委託先(フリーランス翻訳者等)に依頼する場合の秘密保持体制についても確認しておくことが望ましいです。
まとめ:法務担当者が押さえるべき発注設計の要点
契約書翻訳の品質は、翻訳者のスキルだけでなく、発注側がどれだけ正確な情報と判断軸を翻訳会社と共有できるかによって大きく左右されます。 最低限、以下の点を発注前に確認・整理する習慣をつけることをおすすめします。
| 確認項目 | なぜ重要か |
| 翻訳の目的(参考訳/正式提出用) | 要求される品質・工程が変わるため |
| 正文言語の確認 | 訳出方向の判断基準になるため |
| 翻訳者の専門分野 | 分野違いの翻訳者では法的な判断が機能しないため |
| チェック体制の有無 | 一人作業では見落としリスクが高いため |
| 既存用語集・過去訳語の共有 | 用語の一貫性は契約書の信頼性に直結するため |
| 修正対応・NDAの事前合意 | 後工程のトラブルを防止するため |
翻訳会社への相談時には、「どのような翻訳者が担当するのか」という点に加え、「疑義が生じたときの確認フローはどうなっているか」「法律分野での体制はどう組まれているか」を尋ねることが、発注先の実力を見極める上で非常に有効な切り口となります。
※本記事は、翻訳・通訳の外注実務における発注側の判断支援を目的として作成しています。個別の法的判断については、必ず弁護士等の専門家にご相談ください。
Writer
テンナイン・コミュニケーション
テンナイン・コミュニケーションは、法人向けに翻訳・通訳サービスを提供しています。契約書・マニュアル・Webサイトなどビジネス文書の翻訳から、会議通訳、翻訳者・通訳者の人材派遣まで幅広く対応。企業の海外展開・多言語対応を支援します。 【Webサイト】https://www.ten-nine.co.jp/



