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2007年 6月14日(木) みなみ
SUSHI
 先日、おもしろい夢を見ました。ニュージーランドから日本に観光でやってきた夫妻を、大阪にある阪神百貨店の地下に案内する、というものです。穏やかでにこにこしていて、ちょっと背中が曲がった感じの初老のご夫妻にまったく心当たりがないのですが、喜んでもらおうと、夢の中で私は、妙に張り切っていました。
 関西以外に在住の方にご説明すると、阪神百貨店の地下というのは、食べ物のワンダーランドみたいなところで、色々な飲食店がぎっしりと入っています。ただし、イカ焼きや回転焼き、カレーやちゃんぽん、立ち食いすしなど、決して高級・優雅な雰囲気ではありません(多分、変わっていないはず)。
 そこで、奥さんにはお寿司、ご主人にはお好み焼きを私は勧めます。本当は各店ごとに座席があって、それぞれに食事をするのですが、夢の中ではいわゆる「フードコート」形式になっていて、好きな店で買ってきたものを食べるように勝手にシステムが変わっていました。
 ニュージーランドでは、ヘルシーでおしゃれな食事として、日本食が大変人気があります。また、ショッピングセンターには必ず、1、2軒はSUSHIのお店があって、キウイたちも器用におはしを使って、ぱくついています。ただし、あくまでもSUSHIであって、お寿司ではありません。SUSHIといえばもっぱら巻物で、中でも人気&定番は、サーモン+アボカド巻きです。
 日本人も、例えばイタリアのスパゲティに、たらこ味や和風きのこ味などの新しい味を作り出しているわけで、それはいいのですが、問題は寿司飯。これがどうもおいしくありません。酸味が足りず、ぱさぱさしています。お米の質ももちろん関係していますが、これはどうやら、キウイの好みに合わせたものらしいです。このため、NZ滞在6年にして、こちらでSUSHIを買ったのは、片手で足りるぐらいです。ちなみに、自分の家で手巻きは時々します。
 昨年には、オーストラリアを拠点とする回転寿司のお店がシティに出来て、いつ行ってもにぎわっています。この間は、まるで日本のように、ちょっと順番待ちをしてしまうほどでした。ここのお寿司は、ショッピングセンター内のパック入りよりはもちろんおいしく、お勧めはほたてとあぶりサーモンです。ただ、きゅうり巻きはばらばらの長さだし(ぴしっと揃っていてほしい)、ネタの種類も日本とは違います。青魚系はキウイに好まれないためか、まったく見かけないし、マヨネーズをかけたりしたアレンジ物が多いです。
 さて、この夢はお寿司が大好きな私の願望が形になったものらしく、奥さんに購入した握りの盛り合わせは、極めてオーソドックスかつゴージャスなもので、大好きな赤貝もちゃんと入っていました。でも、そこから別の夢に移ってしまったので、ご夫妻に気に入っていただけたかは、不明です。
NZ生活

2007年 6月13日(水) ぺこたん
芸術家のいちサポーター
先週のブログを読んでくださった方から、“で、結局、どういう仕事をしているの?”という御質問を受けました。うーん、確かにあの内容では、分かり辛かったですね。と言うわけで、先週の続きです。

ちなみに名刺の肩書きは、雑誌社時代は「編集部・エディター」、フリーになってからは「通訳・翻訳」。ただし“通訳”といっても、やっているのは“逐次”のみ。ブースは大学の同時通訳クラスの“拷問部屋”以来、一度も入っていない。

編集部在籍時は、アルバム・リリースや来日に合わせ、レコード会社ディレクターやプロモーター等との打合せ⇒雑誌ページ割り⇒インタビュー日程調整⇒カメラマン打合せ⇒インタビュー質問事項作成⇒現場インタビュー⇒テープ起こし&原稿書き(タイトル・リード・キャプション・取材後記など含む)⇒デザイナー打合せ⇒印刷会社へ入稿⇒文字・色校正……と、担当アーティストのひとつの記事が完成するまでの、全工程を担当していました。

フリーになってからも、引き続きレコード会社や雑誌編集部などから、お仕事を頂いています。
アルバム・リリース時には、アーティスト最新バイオ・資料翻訳、アルバム歌詞対訳、テレビ用ビデオ取材字幕入れ、レコード会社及び雑誌用インタビューなどなど。
またプロモーションやコンサートでの来日時には、アーティストは半日から数日間に渡り、レコード会社や宿泊ホテルの会議室に詰め、何本ものインタビューを一気にこなすのですが、私はその時の通訳兼お守り兼その他雑用係です。逆に雑誌社などからの依頼で、インタビュアーや通訳として、彼等を訪ねる側に回る場合も。この時の質問事項は、自分で作成し直接行なう場合と、雑誌社・評論家サイド作成のものを元に、インタビュー通訳する場合とあります。また、複数の雑誌用にこちらで質問事項を考え、まとめて1時間以上のインタビューを行ない、その後それぞれの記事用に書き分ける場合もあります。
因みにインタビューには、この対面インタビューの他に、電話インタビューもあります。最近は後者の方が多いくらい。この辺に関しては、また改めて書きたいと思います。

要するに、音楽家の魅力やその作品・来日の情報を、人々に伝える過程で、英語や言葉が必要となる作業は、何でも来い…の態勢です。
\t
どんなに素晴らしいアーティストや作品でも、その存在が世に知られなければ、皆さんの目…耳には届かず、闇に埋もれ、消え去る運命にあります。こんな恐ろしく勿体無いことはありません。
売ることを考え、そうして実際に少しでも売れ出すと、“あいつは魂を売った”とか“商業主義に走った”と非難されることもあります。でも自分の作品を、ひとりでも多くの人に触れて欲しい、共有して欲しい、そうして何かを感じ取って欲しいと願うのは、ごくごく自然な考えだと私は思います。その願いが叶うことにより、作品は生き続けますし、アーティストの次作、そうして未来へと繋がっていくわけですからね。
しかしこの宣伝活動を、アーティストひとりで担うには限界があります。ということで、所属レコード会社や事務所サイドが、彼等をサポートする“チーム”を編成し、そのチームの中に、言葉を繰る職業の人達が存在するのです。

そう、アーティスト…表現者には、できるだけ創作活動に専念して欲しいと、常々思っています。余計な雑念に惑わされることなく、ただひたすら、自分が表現したい作品に没頭し、生み出し、そうして人々を惹きつけて欲しいというのが、私の第一の願いです。
その為に私は、才能溢れる魅力的な彼等の、いちサポーター、いちファンでありたいと思っています。そうして彼等の創作活動を、陰ながら応援することに、今後とも関わっていきたいのです。
遠からず近からずの距離より、熱く、愛をこめて……。
その他

2007年 6月12日(火) パンの笛
トランスレーターズ・ハイ
 久しぶりにまともな徹夜をしてしまいました。しかも、図ったわけではなく、かかる時間の憶測を誤った結果の徹夜だったのです。仕事に着手した時点ではせいぜい長くかかっても3時間くらいかしら、と思っていた内容が、3時間半経っても6割しか終わっていなかったのです。…眠気もふっとびました。「どうしよう。朝になったらあれも着手しないといけないし、あっちも手を付けておかないといけないのに。でもこの案件も、夕方には出さないと!」とさっきまではうつらうつらしながらだった私の脳みそも完全にフル稼働のスイッチが入ってしまいました。そこからは自分でも信じられないくらいの覚醒ぶり&集中力でした。自分でも、ちょっと麻薬作用のあるような成分が今脳みそ内で分泌されている感じがする!と自覚しながらの作業だったのです。こういうのを、ランナーズ・ハイの翻訳者バージョン、トランスレーターズ・ハイと言うかしら、なんてつい余計なことまで考えてしまいます。なんせ、目も脳みそも完全に覚醒している上に、なんだか作業が進めば進むほど、ウハウハで「楽しい〜♪」と鼻歌でも歌わんばかりの自分がいるのです。(冷静に考えると不気味ですが…。)でもそれでふと思いましたが、昼間、本来体が起きている間にどんなに集中しても、ここまでハイになることはないのです。こういう風にハイになるのは、決まって夜中に作業をしている時。まぁ、夜中に作業をしている時の方が切羽詰っている確率が高いから、ということもあるのでしょうけれども、それにしても、です。私が夜型人間だからでしょうか。夜の耳をつんざくような静寂のせいなのでしょうか。実際、昼間は静かなようでいて、家の周囲の車の音や、通行人の声などがしているのも事実です。そういう昼夜のかすかな違いが積み重なって、夜間の集中力を上げさせるのでしょうか。こう考えると、人間の体は意識の上では感知することのできない事柄も敏感に感じ取っているのを実感します。でも、「夜は俄然集中力アップ」というのを事前に狙っていると痛い目に合うのも事実です…。むしろ、「夕べの間に10ページは進むはずだったのに、寝ちゃったー(泣)」となっていることの方が多いかも…。それでもいつもどうにか最後は辻褄があってしまうからこそいけないのかもしれません。根っからの計画的な人間に転身を図るには、時間がかかるし、根性も必要なのですね…。うう。精進します。
未分類

2007年 6月11日(月) かの
感謝!
 6月上旬、息子が幼稚園の床で頭を打った。
 先生によると、ゴーンとものすごい音がしたとか。幸い気絶したり気分が悪くなったりもせず、冷やした後は元気に遊んでいたという。その後、家でもいつもどおり過ごしていた。
 ところが1週間たったある日の夕方。息子がこう言った。
 「あのね、僕、気持ち悪いの。お弁当はがんばって食べたけれど、吐きそうだったの。走ったりするときも、何だかうまく手足が動かないんだ。」
 うーん、すでに転倒から数日たっているけれど、場所が頭だけになあ。育児書によれば、吐いたり失神したりしていなければ大丈夫というが、念には念を入れて脳神経外科で診てもらうことを決める。ところが翌日は授業。夫は仕事で身動きが取れず、義父母も不在。よほどのことがない限り、欠勤や休講はしないと決めているのだが、今回ばかりは事が事だけに、大急ぎで学校へ電話して休講をお願いした。
 最初に出かけた病院は、以前救急で訪ねたことがある。「はじめての救急車」のブログにも書いたが、息子は数年前、車内で転倒。頭に傷を負い救急車で運ばれた。そのときMRIを撮った病院だ。診察券もあるし、同じような検査になるから息子も怖がらないだろうと思って連れて行った。
 ところが受付の担当者に、小児科がないので診察できないと言われる。「え〜、前は診てもらえたのに」と内心思いつつ説明を聞くと、前回は急患扱いだったが、今回は脳神経外科で検査しても薬を処方するのは小児科なので、診られないとのこと。仕方なく車で30分の総合病院へ。
 すでに数十分のロス。次の総合病院はごったがえしていた。この具合だと初診受付から診察まで相当かかるだろうなあと覚悟しつつ、受付へ。ところが受付いわく、脳神経外科は本日休診。だ〜っ!案内係に「この近くで脳神経外科と小児科を併設している病院」を2件紹介してもらう。自宅を出てからすでに2時間経過。どちらも家から遠いが、ゴチャゴチャ考えている暇はないので、ちょっとだけ家に近いほうの病院へ電話。脳神経外科と小児科で今日診てもらえるか確認し、タクシーで向かう。
 ようやく3件目にして診察。すでに息子は移動でぐったりだ。だが幸いレントゲンもMRI検査も異常はなく、風邪の前触れか疲労という感じだった。ふー。会計を済ませるとすでにお昼近い。息子を疲労困憊のまま幼稚園へ行かせてもと思ったが、本人は登園するという。ただバスの中ではぐったりしていた。
 ところが幼稚園に着いて上履きに履き替えるやピューンとお教室へ。お友達が「わ〜、来たよ!来たよ!」と大歓声。本人も「いや〜、遅れちゃったねえ。ぼく、病院に行ってたんだ!」とまるで武勇伝のごとく診察状況を逐一報告していた。息子なりの世界があるのだろうなあ。
 今回は病院たらいまわしという感じで一時はどうなるかと思ったが、実に多くの人との接点があった。事情を丁寧に説明してくれた受付の人、「端数はいいから」とおまけしてくれたタクシーの運転手さん、「おっ!キミの園服、めずらしいねえ」と明るく豪快に診てくださった脳神経外科の先生。今日出会った誰もが明るく前向きであった。
 病院には病めるもの、苦しむもの、辛い気持ちを抱えている人がたくさん来ている。それでもみんな元気になろうという気持ちで精一杯生きているのだ。頭を打っただけに「頭蓋骨にヒビ?脳内出血?」とも考えた私だったが、こうしてホッとできたことに感謝している。
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2007年 6月 8日(金) まめの木
ヘッドフォーン族に喝!
小さい頃から変なところに神経質だった私は、よく母親から『あんたは大人になったら鬼千匹になる。』と言われた。“おにせんびき”って何だろう?と子供心に疑問を感じながらも、鬼、というからにはおっかない存在を意味していることは確かなんだろうと思っていた。後で調べてみると、『嫁に小姑、鬼千匹』といって、お嫁さんに意地悪する口やかましい小姑を意味するらしいが、意味を知ってからというもの、私は一人っ子なので、たとえ私が意地悪であったとしても、うちにお嫁さんは来ないではないか、と小理屈を並べたくなる。閑話休題。とにかく、母親本人はこの言葉の意味をあまり深く考えずに発言したのだろうが、小さい頃からくだらないことで腹を立てることが多かったのは確かである。というわけで、今回も公共マナーに喝を入れる話である。

昔から信じられないのは、歩きながらヘッドフォーンで音楽を聞いている人たちである。単に迷惑だ、うるさいから、という理由ではない。騒音の点から言えば、電車の中でシャカシャカ音を立てて音楽を聞くほうがよっぽど迷惑行為なのだが、聴覚を街の雑踏から遮断して路上を闊歩するのは、大げさに言えば、人命にかかわるほど危険極まりない行為なのである。歩く、という行為はそもそも、目だけ開けて前を見ていれば安全というわけではない。私は何もないところでも転ぶ癖があるため、歩くという行為に対して人一倍神経質になるのかもしれないが、私たちは、視覚からだけではなく、聴覚によっても前後左右の人と物の動きをキャッチしているのだ。だから、ヘッドフォーンをつけていると、後ろから歩いて来る人の気配を感じることができない。これが人の少ない郊外の道や公園だったら、そう深刻な問題ではないが、混雑した路上やラッシュアワーの駅の階段などでは、自分の周囲の気配に鈍感になることで他の歩行者の迷惑にもなるし、感覚が鈍くなって意識散漫になると、事故につながる危険性も高い。また、こういった場所で万一、転んだ場合などは、自分が怪我をするだけではなく、他人まで将棋倒しになる可能性だってあるのだ。そこに、杖をついた人がいたらどうなるだろう。車椅子の人に気づかなかったらどうだろう。子供がいたら…。
このようにガミガミ言っているが、なにもヘッドフォーン禁止令を出すべし!!と力んでいるわけではない。好きな場所で音楽を聞けたり、家の外でも語学を習得できたり、と、ヘッドフォーンに絶大な効能があるのは認めている。しかし、昔の武士のように、背中で気配を感じる感覚も、何が起こるかわからない世の中だからこそ、必要なのではないか。歩く、という当たり前の行為に対して、現代人はもっと神経を使うべき!!と、“鬼千匹”は思ってしまうのだ。
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2007年 6月 7日(木) みなみ
冬の雨
 気が付けば、早くも6月。カレンダーをめくったら、6月1日の欄には「First Day of Winter」とありました。オークランドの冬は、激しい雨と風の日が多くなります。気温は日本の真冬ほど下がりませんが、どんよりとした日ばかりになるので、ゆううつです。
 ただ、1日中雨が降っている日は少なく、1日のうちで晴れたり、曇ったり、雨が降ったりという日の方が多いです。天気予報も「曇り時々晴れ時々雨」ばっかりで、あまり意味がありません。時々、雷マークが増えるぐらいです。
 こういう天気ならではの冬の風物詩に、虹があります。雨のすぐ後にお日様が現れるので、虹があちこちに出現し、毎日のように目撃します。
 先週末には郊外をドライブ中に、虹の両側の根元までくっきりと見える、完全に七色の虹に遭遇しました。手を伸ばせば届くぐらいすぐそばに出現して、なんだか幸せな気分になりました。
 さらに冬はヒョウが降ることも多く、雪が降らないオークランドでは、子供たちは雪の代わりに大喜びします。
 主婦である私は、雨が多い冬の洗濯物に困ります。1日中雨が降らない、という日はほとんどないため、大体、日中は車がないガレージの下に干すことにしています。
 しかし、あちこちの家の庭先では、雨に打たれた洗濯物を見かけます。さすがに雨の降る中で洗濯物を干し始めることはありませんが、雨が降り始めても、あわてて洗濯物をしまいこむということはあまり見かけません。お日様が照りつけていても、10分後には豪雨が降り注ぎ、その10分後にはまた天気が良くなる、という繰り返しなので、いちいち気にしてはいられないようです。
 以前、外出先で雨が降ってきた時に、知り合いが「あら、洗濯物、干しっぱなしだったわ」と言ったので、「濡れちゃうねー」と答えたところ、「でも風が強いと、帰ったころには乾いていたりするのよねー」と笑っていました。
 私にはこれができません。「雨は汚い」というすりこみが抜けないのです。以前、気の置けないキウイに、「こちらの人は洗濯物が雨に濡れても気にしていないように思う。私は雨でせっかくの洗濯物がまた汚れる気がするのに、なぜ平気なのか?」と質問したことがあります。しばらく思案した後、そのキウイからは、「雨が汚いとはどうしても思えない」という答えが返ってきました。
 雨に濡れないように注意する「常識」が染み付いた私は、NZ在住6年目でありながら、いまだに「洗濯物が雨に濡れても平気」という境地に到ることができません。
NZ生活

2007年 6月 6日(水) ぺこたん
思えば遠くへ来たもんだ
“どうすれば音楽業界で働けるのですか?”とよく聞かれるのですが、その都度、返答に困ってしまいます。と言うのも、実は……。

“揃いのスタジャン着てブランドもの持ってテニスして医大生と合コンしてルンルン!”一色の学生生活が嫌で嫌でたまらず、悶々としていた大学3年の時、“なにか面白いことないかな…”と思いながら、キャンパス内の公衆電話へ直行。そうしていきなり、愛読していた音楽雑誌の編集部へ電話し、いきなり編集長を呼び出し、“あなたの雑誌のファンです。英語できます。仕事ください”とまくし立てたところ、“じゃあ、明日、編集部に遊びに来ない?”と言われたのが、すべての始まり、あぁ人生の転機! あとで聞いたら、読者に会うなんてこと、普段はやらないそうですが(それはそうだ)、その時はたまたま出張校正明けでやることがなく、“さぁどうやって1日をつぶそうか”と思っていたところ、“暇つぶしの相手、とつぜん現われる”…だったわけです。ありゃりゃ。

と、何はともあれ、翌日、編集部を覗いた後、喫茶店へ行った私ですが、なんせ目の前にいるのは、長年愛読していた雑誌の、憧れの名物編集長! よって、冷たいアイスティーに、まるで溶けない角砂糖を立て続けに入れたり…と、それはもう、思いきりトンチンカンしまくりでした。

まぁ、そんなことはさて置き、その場でニュース欄の簡単な英日翻訳の仕事を貰い、で、ずるずる編集部でのアルバイトの日々が始まるわけです。
そうして4年生になり、同級生がリクルート・スーツ姿で就職活動を始めた頃、相変わらず汚いジーパン&Tシャツで編集部に入り浸っていた私に対し……
優しい編集長: “就職、どうするんだ?”
暢気な私: “さぁ、どうするんだか…”
何を思ったか編集長: “実はひとり辞めることになった。代わりに入らないか?”
急展開に泡吹く私: “うげぇ〜〜!”

ビビデバビデブー!!
“暇つぶしの相手”が、“正社員”になった瞬間でR。

ただ、ここだけの話、“派手そうな世界だし、人間関係ドロドロだったら、面倒だなぁ”と少々不安もあったのですが、でも“まぁ、そうしたら辞めればいいや”…という軽いノリで、ひとまず入社。で、結局、ハデハデもドロドロも、拍子抜けするほど何もなく、楽しく充実した数年間を過ごした後、フリーになり、引き続きミュージシャンを陰ながら支える仕事をしつつ、現在に至っています。

……と、直感&勢い&幸運&素敵な出会いだけで、今まで生きてきた私です。

でも、今の私は、とにかく音楽が好きで好きでたまらないのです。音楽を生み出すアーティストも、彼等を支える関係者も、とにかくこの音楽業界が、どうしようもなく好きなのです。“アイスティーに角砂糖入れちゃったゾ事件”から20年以上経つのに、あの時のときめきは、今でもよく覚えていますし、音楽に対する思いも、雑誌愛読者だったあの頃と、なんら変わっていないから不思議です。
ですから、この世界への扉を開けてくれた、英語というツールに感謝しているし、そのツールを持つきっかけを与えてくれた、カナダという私の第二の故郷に対し、深い深い愛情を感じています。

それにしても、こうして振り返ってみて、つくづく思うのは、人生、色々なことが色々なところで繋がっていて、そうして今の自分が存在しているということ。この世に偶然なんてないのだと思います。人との出会いも、まさにそう。
人生という旅は、まだまだ続きます。

というわけで、これから毎週水曜日、よろしくお願いします!
その他

2007年 6月 5日(火) パンの笛
初心忘るべからず
 先日美容院に行ってきました。私がいつも行く美容院は、ネイルも同時にやってくれるところなので、髪の毛を切ってもらいながら、手はネイルケア、という女王様のような状態でいられてとても良いのです。そんな状態を(心の中で)鼻歌交じりに楽しんでいたのですが…痛いのです。何がって、視線が。…そう。4月からその美容院に仲間入りした新人さんたちが、先輩美容師の一挙手一投足を、文字通り息を詰めて見守っているのです。私を担当してくれている美容師さんは、紹介していただいたおかげでそのお店一番のスキルを持っている、との噂。新人さんたちの見守る目線にも力が入るのもうなずけます。それにしても、大きな美容院だけに、見守っている数も半端ではありません。すぐ後ろで見ているのは3人くらい。もうちょっと向こうから2人組が2組。衆人環視の状態の中、タオルで巻かれたり、ざんばら髪を垂らしたり、なんとも間抜けな格好をさらす私。もっとも、新人さんたちは私のことなど見ていません。見ているのは、先輩の手元ばかり。あれだけ熱心に見ていれば、技の一つも盗めそうです。先輩のカットの後にシャンプーとマッサージをしてくれた新人クンはガチガチに緊張していました。なんともほほえましい限りです。そして、私も彼らの熱意に当てられました。そういえば、翻訳の勉強を始めたばかりの頃は、いろんな翻訳物を見てはなんとかその技術を自分のものにしようと、穴の開くほど見つめ、いえいえ、読んでいたっけ。いつの間にやらやや唯我独尊の境地に至ってしまっていたような…これではいけない! 謙虚な心をもう一度思い出して、日々のお仕事に取り組まなくては!!!
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2007年 6月 4日(月) かの
購入のきっかけ
 モノやサービスを購入するきっかけ。これは偶然性のものもあれば、自分なりの法則に基づく行為でもあると思う。
 たとえば先日買った洗剤。スーパーの店頭で見たその箱は確かにテレビCMで見覚えがある。もともとあまりテレビを見ない私だが、GWに帰省していた夫の実家でそのコマーシャルを見たのだ。何せ普段テレビをつけない分、CMに出ている人の名前もすぐ出てこない。「あの人誰だっけ?」と思っていたら、義母がすかさず「あ、劇団ひとりね」と教えてくれた。劇団ひとりを画面で見たのはこのCMを含めて2度目(いかにテレビに疎いかがバレバレですね)。初めて見たときは何かのクイズ番組に出ていて、答えに知性が感じられたのを覚えている。それで名前と顔が何となく記憶されていたのだろう。そんなこともあり、その洗剤を店頭で見かけたときには迷わず買ってしまった。彼の大ファンというわけでもなく、破格だったわけでもないのだが、直感的行為による買い物である。
 もうひとつ。最近お気に入りのパン屋さん「スワンベーカリー」の場合、購入のきっかけは連鎖的なものだった。不二家事件が新聞紙上をにぎわせていたころ、1月30日付の日経新聞のコラムにクロネコヤマト元会長、小倉昌男氏の経営哲学が引用されていた。それで小倉氏の「経営学」という本を購入したのだ。宅急便の世界は通訳業とまったく異なる分野だが非常に共感するものがあり、読み終えるころにはすっかり小倉氏のファンになっていた。それで「福祉を変える経営」という本も読むことにしたのだ。そこに出ていたのがスワンベーカリーだった。
 スワンベーカリーはノーマライゼーションを目的として設立された株式会社で、障害者でも自立して仕事ができるようにしたものである。このパン屋さんは冷凍パン生地を大手メーカーから仕入れ、店舗で直接焼いているため、障害のある人もない人もここで働くことができるという。早速ネットで調べてみると、なんと我が家の近くにも最近オープンしている。子どもたちを連れて買いに行ったところ、一歩店内に入るや香ばしいパンの香りでいっぱい。買ってきたパンを昼食に食べてみたら本当においしくて、子どもたちもニコニコ。私も幸せな気分になったのである。以来、すっかりリピーターとなっている。
 一方、私が通うスポーツクラブに関しては直接何かを購入というよりは、サービスの利用という方が良いだろう。このクラブは全国展開しているのでどの支店でも利用でき、私自身、仕事の合間に最寄りの店舗で汗を流すこともある。しかしやはり一番ホッとするのは地元の店舗。スタッフとも顔なじみになったし、レギュラーメンバーの顔ぶれも覚えている。お互い名前は知らなくても「あれ、最近いらしてなかったですね。どうしたんですか?」と声を掛け合ったり、「今日のレッスン、きつかったけど楽しかったですねー!」とおしゃべりしたり。なので、地元店舗へ行くたびに「あ、あの人、今日も来ているな。私もがんばろう!」と思えるのだ。
 こうしてみると私の場合、モノやサービスを購入する際、価格以上に大事なのが提供内容の品質と、それにかかわる人々の質である。自分の通訳翻訳業においても、質の高いものを誠意をもって提供していきたいと思う。
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2007年 6月 1日(金) まめの木
電子辞書の善し悪し
昨今、電子辞書の性能が進み、外で働く通訳者にとっては誠に有難い環境になった。特に、ドイツ語のコンテンツに小学館の独和大辞典が加わったことは、まさに画期的進化である。この辞書は、見出し語16万、用例18万を収録し、ドイツ語学習者なら必ず買うべきとされている、いわばバイブル的存在で、現在出版されている独和辞典の中で最も信頼性と専門性の高い辞書なのだが、とても重いのが難点だった。コンパクト版でさえ、1kg位ある。資料だの、メモだの、自分で作った用語集だの、色々と持ち物がある通訳者にとっては、この上約1kgもある辞書を持って出るのは悩みの種のひとつだっただけに、まさに、開発者サマサマである。
ただ残念なことに、この電子辞書は発売直後、コンテンツに不備があることがわかり、メーカーから無償修理の案内が来た。かくして私の電子辞書も現在“入院中”なのだが、以前、別のドイツ語辞典が初めて電子辞書化されたときのデータ作りに多少なりともかかわった私としては、無条件にクレームをつける気になれない。データ入力とその確認作業がどれ程の労力を要するか、身を以って体験したからである。当時の辞書でも独和・和独合わせて約9万5千あった項目を、AからZまでひとつひとつチェックしていくのは、気の遠くなる作業だった。膨大な時間がかかるのもさることながら、チャック漏れが絶対にあってはならない世界なだけに、神経の磨り減る作業である。18万もの用例中にミスを発見しただけでも、本当に感心してしまう。多少のミスくらい大目に見ろ、と言うわけでは決してないのだが、陰でデータ化に尽力してくださった人々の並々ならぬ苦労に想いを馳せればこそ、無償修理で不便な思いをしているユーザーの皆さんがいらしたら、是非、暖かい目で“退院”の日を待っていただきたいと願う。

しかし、通訳者にとっては神様のような存在である電子辞書も、ドイツ語学習者にとっては害となってしまう場合があることを知った。先日、大学でドイツ語の先生をしている友人から聞いたのだが、最近はほぼすべての学生が電子辞書を使って学習するため、アルファベットを順に言えない学生がいるらしい。にわかには信じ難い話である。アルファベットの順番なんて、英語を真面目にやろうがやるまいが、昔はセサミストリートの黄色いビッグバードやアーニー・バート兄弟と共に『A・B・C・D・E・F・G〜♪』と歌いながら覚えたものだ。中学に入って英語の授業が始まると、『単語一発引き』といって、調べたい単語を一度で開けるかどうか友達と競ったこともある。これだって、アルファベットの順番を知っていなければできない芸当である(こんなことできても、何の自慢にもなりませんが…)。やはり、便利さと共に人間の能力が退化していくという現象がここでも現れるのだろうか。私も実際使っていて、用例の多い単語の場合など、小さい電子辞書の画面を下にスクロールしていくよりは、ガバッとページを開いて一覧できる方が逆に便利だな、と感じることもある。一度引いた単語や慣用句などにマーカーで印をつけられるのも紙ならではである。しかも、紙ベースの独和大辞典には絵が付いている項目もあり、後ろの付録には不規則変化動詞一覧だけでなく、字母一覧やドイツ語の歴史と現況、ドイツ語圏年表まで付いていて、とてもためになる書物として仕上がっているのだ。
よく『語学に王道なし』と言われるが、やはり語学に便利さを追求しすぎるのはよくないのだろう。小学館の独和大辞典が出版されたのだって1999年なのだから、昔のドイツ語学習者の苦労はいかばかりか。電子辞書は確かにありがたい文明の産物ではあるけれども、これから語学を始める人には、やはり『紙でできた辞書』を『ボロボロになるまで』使って欲しい。
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2007年 5月31日(木) みなみ
「売り子」体験記
 先週は、娘の通う小学校で「売り子」になってきました。
 こちらの学校は独立採算制で、保護者からの寄付や資金活動が大事な運営資金の一部となります。もちろん国からの補助金は出ますが、PTA活動から学校への資金提供を法律で制限している日本とは違い、あれやこれやと策を凝らして資金を得るための活動をします。
 この資金活動の一環として、書籍の販売があります。業者が持ち込んだ簡易書棚に子供向けの本をずらりと並べ、流通価格より1、2割安く販売する、というものです。この書籍販売の店番を、たまたま校庭で出会った顔見知りの図書館司書の女性に頼まれて、断れずに行ってきたというわけです。
 まずはカード支払い用の機械の操作方法を教わりましたが、機械はことごとく苦手なので緊張しました。とはいえ、私の担当は昼休みの1時間だったため、放課後と違って保護者は来ず、買い物客は子供だけだったので現金処理で済み、やれやれでした。
 そのとき一緒だったSueは、たまたま娘と同じYear5のAliceのお母さんだったので、店番がてら、あれこれおしゃべりしました。話題の1つは、オーストラリアと合同で開催される全国一律テスト、Australian Testについてでした。
 娘が通う学校では、Year5とYear6がこのテストを受けますが、Science、Mathematics、Spelling、Englishから、何科目を受験させるかは親の選択にゆだねられています(受験科目ごとにお金を払う)。
 「先週のAustralian Testの算数、Aliceは受けた?」と聞いたところ、「ええ、とりあえずテストというものに慣れさせようと思って」とのこと。こちらでは、日本と違って、テストの成績に一喜一憂ということがありません。もちろん、教室で行うテストはありますが、毎回持って帰って、親に見せるということがないのです。
 「あの子はねえ、算数は得意じゃないのよね。ほんとに」とSue。「でも、ほかにもっといいところがあるから、いいのよ」とフォローする姿勢が、ニュージーランドらしくて、私が気に入っているところです。
 子供が好きなこと、得意なところを伸ばしてやる、というのがNZ式です。このため、クラスでは、算数や英語のリーディングは5つほどのグループに分かれ、出来る子はどんどん先へ進み、出来ない子はのんびりと基礎を学びます。もっとも、こんなにできないままでいいのか、という面もありますが、あくまでも自己責任、親のフォローにゆだねられます。
 日本のこともあれこれ知っている(日本は自殺率が高いのよねーと言っていた)博識のSueとのおしゃべりは、日本の教育システムや子供たちの先生の評判など、短い時間でしたが、色々と有意義な情報交換ができました。
NZ生活

2007年 5月30日(水) the apple of my eye
首が! その2
カイロプラクティックである。
先日、テニススクールで転んで腰を打ったときに、側にいたアメリカ人コーチが「すぐにカイロプラクティックに行け!」と言ったけど、アメリカでは割と一般的らしい。
日本でもあちこちで看板を見かけるのに、行ったことがなかった。健康保険が利く所謂「整骨院」というところか、マッサージしかない。何となく、怖いかなぁなんて思っていた。
で、父が首を痛めたのを聞いて一念発起し、電車で15分ほどのちょっとした繁華街に近いカイロプラクターのところへ。
現在の症状や既往症などあれこれ問診があった後、施術服に着替えていよいよだ。
施術台は電動で起き上がったり倒したりできるもの。普通のフラットな台ではないのだ。
先生の診断は、やはり首の骨がずれているのと、肋骨も一部、関節からずれかかっているのでその周囲の筋肉が引っ張られてコリができるとのこと。
真っ直ぐ立つと今度は、骨盤が前に出ているために背中が反り過ぎており、腰に負担がかかりがち、と言われた。
イスに座るとき、真っ直ぐ座っていられないでしょ?と。言われて見れば、背中を曲げてしまったり背もたれに大きく寄りかかったりする癖がある。
寝るときも仰向けが苦手では? 確かに仰向けで寝ると腰が痛くなるので絶対に横向きかうつ伏せだ。
施術は不思議な感じだった。マッサージのようにやってもらうだけじゃなくて、先生の掛け声に合わせて自分も体を動かしたり力を入れたりするのだ。ボキボキなどの音はしない。痛くはない。コリがあるところは押さえられると痛いけど。
施術中についついいつものクセがでる。
「カイロ」って骨がどうとかって意味なんですか?
すぐに言葉の意味を確認したくなるのだ。
いえいえ、chiro っていうのは「手技の」って意味なんですよ、と教わった。
機械を使ったり鍼とは違うってことなのだろうか。
そんなことを言っているうちに、施術が終わった。
はい、首は真っ直ぐになりましたよ、と言われる。
まさかそんな。子どもの頃から首は曲がっているものと諦めてきたのに。
だが嘘ではなかった。自分で「これで真っ直ぐ」と思う状態のまま鏡を見に行くと、本当に真っ直ぐなのだ。それで当たり前なんだけど、今までは「真っ直ぐ」と思って見ると実は首は左に傾いでいて、誰かに「これで真っ直ぐです」と直されると、ものすごく違和感があったのだから。
呆然としてしまった。何度も何度も鏡を見に行ってみた。ほんとに曲がってない。狐につままれたような気分だ。首もずいぶん後ろまで回るようになった。すごい!
だがさらなる驚きが翌日に。朝、起きたとき、なんとも首の周囲が軽いのだ。触ってみると自分の首じゃないみたいに柔らかく感じる。首から肩にかけての筋肉がこんなに柔らかいなんて以前はありえなかったのに。
肩こりは職業病、対処療法で付き合っていくしかない、と思っていたのに、もしかするとずっと楽に過ごせるのかもしれないじゃないか。
何だかすごく希望に満ちた気持ちになってきたところで、実は私のリレーブログ担当は今回で最終回。ここのところは身体のことばかり書いていたが、何事も身体が資本! 皆さんもどうかご自分に合った健康維持法でお元気にお過ごしください。長い間お付き合いいただき、ありがとうございました。
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2007年 5月29日(火) パンの笛
あぁ、落ち着かない
 どうしましょう。近来稀に見るほどの安定した日々を送っています。今の計画では、仕事も来週いっぱいくらいまで順調。それなりに詰まって入っているけど、寝る時間を削るほどではない。内容も、脂汗をかくほど難解でもないけど、それなりにチャレンジする価値があるような楽しいもの。家族全員元気。息子の運動会も無事終了(関係ないけど。でも去年みたいに延期に延期を重ねて、平日に開催となってしまうと見に行けない確率も高かったから、まぁ、関係あるか)。ちょっと怖いくらいにすべてが順調です。素直に喜べばいいんでしょうけれども…なんだかここ何年も、「すごーーく暇で先が不安」→「すごーーく忙しくてものを考える余裕がない」という両極端な状態を行ったり来たりしていたため、現在の状態がにわかには信じられません。どうしても、これは嵐の前の静けさではないかしら、とか、ここで油断したらそれまでの人物だと判断するべく神様に試されているに違いないとか、猜疑心に溢れた心境に陥ってしまいます。思い返してみれば、自分の性格では基本的には追い詰められているのが好きなのです。課題山積、という状態であれば、タックルする対象が多くてやり甲斐を感じます。いかに目の前の難しい内容の翻訳をきちんとこなすか、いかにスケジュールの厳しい状態をかいくぐって質の良い翻訳に仕上げるか、こういうのが楽しくて、アドレナリンが出てしまうのです。切羽詰っているときには今みたいな状態になりたくて仕方がなかったのですが、いざなってみると、切羽詰った状況に戻りたい。矛盾しています。でも、一つ言えるのは、外で他の同業者などを目にしない分、自分が「精一杯やってる」と疑いもなく感じられる状況が安心に感じられてしまうのだな、と頭ではわかるのです。…でもこれではまるで貧乏性のようですね。今の状態を楽しめるよう、心にゆとりを持ちたいと思います。
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2007年 5月28日(月) かの
店内アナウンスにみるリーダーの条件
 成功するお店の条件とは何だろうか?
 商品価格が手ごろで、交通の便が良いこと。我が家のように子ども連れの場合、駐車場の有無も大事だ。しかしこうした点だけで営業がうまくいくとは限らないと思う。やはりトップに立つリーダーの姿勢も大いに左右するのではないだろうか。
 我が家の近くには大型ディスカウントスーパーがある。2年ほど前に大改装してとても利用しやすくなった。以前はエレベーターもなく、通路も狭く、ベビーカーで買い物などとてもできなかったのである。限られたフロアスペースなのに商品があふれかえっていて、何だかゴミゴミしたイメージ。いかにも安さだけが売り物のような、そんな店舗だった。
 しかし数ヶ月にわたる大改装を経て、格段に良くなった。同じ敷地面積なのにここまで買い物しやすくなるのかと驚いたほど。駐車場は増えたし、エレベーターも設置された。品揃えは豊富だし店員さんも多く、商品の場所を尋ねやすい。通路も広くなり、ベビーカーはもちろん、備え付けの大型無料カートで移動しやすくなった。
 中でも特筆すべきは店長さんと思しき初老の男性社員。小柄で特に目立つわけでもなく、おとなしそうなイメージなのだが、店内アナウンスが抜群なのだ。普通、買い物客はわざわざ店内アナウンスをじっくり聞くようなことはしないと思う。しかしこの店長さんに関しては、「聞かせるアナウンス」なのである。
 まず、声が大きくてメリハリがあること。どのような職業でもハッキリ話すのは大事だろう。特にスーパーのようにお客さんの出入りが多い場所では、声のトーンひとつで活気があるかないかがわかる。
 次に身近な話題から入ること。通常、スーパーのアナウンスといえば「いらっしゃいませ!いらっしゃいませ!本日は○○とXXが超お買い得!いらっしゃいませ!いらっしゃいませ!」とがなり立てて連呼するところだろう。しかしこの店長さんは違う。たとえばある日はこんなアナウンスだった。
 「いらっしゃいませ、いらっしゃいませ。本日もお暑い中○○スーパーへお越しくださいまして、誠にありがとうございます。今日も暑いですねえ。今朝のテレビニュースによると、今日の最高気温は27度!何でも地球温暖化により、例年より早い真夏日だそうです。さて、暑さの中、必需品といえば『すだれ』。1本○○円で1階入り口正面の特設コーナーに置いております。2本3本とまとめ買いの方もいらっしゃいますねえ。暑さがさらに厳しくなる前に、どうぞお求めください。いらっしゃいませ、いらっしゃいませ〜!」
 という具合。桜の季節には「花散らし」などという言葉を使ったり、テレビなどで仕入れた知識を盛り込んだりするあたり、名スピーチ!私などいつも惚れ惚れして聞いてしまうのだ。ちなみにこの店長さん、チラシを見ながら格安商品を紹介するのではない。ダンボールの切れ端を持って店内を回り、自分で商品を見て価格を書き込み、そのダンボール・メモだけで即興アナウンスをやっているのである。
 もうひとつ。この店長さんはアナウンスをしていないときは店内や外でカートを集めたり、商品のチェックをしたりしている。上に立つ人がこうして現場でせっせと働いているためか、他の店員さんやパートの人たちも実にこまめに働く。トリンプの吉越浩一郎社長は現場に出ることの大切さを著書の中で述べているが、これは何も一部上場企業に限ったことではない。どんなに小さな会社でも、あるいはお店でも、上に立つ者はできる限り現場を知らなければいけないのだ。
 私はこのスーパーへ来るたびに、良い組織の条件を肌で感じている。ビジネススクールなどへ行かなくても、身近なところにロールモデルはあるはず。私自身、家庭における自分のあり方や、仕事場における行動規範など、この店長さんから教えられているような気がする。
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2007年 5月25日(金) まめの木
ラッシュアワー・マナー考
暖かい季節になり、通訳の仕事が増えてくると、ラッシュアワーの満員電車で揉まれる機会も増える。以前は『通勤=満員電車』と当たり前に思っていたこのラッシュアワーだが、あらためて経験すると、その尋常ではないストレス度に驚愕する。周りを観察すると、ほとんどの乗客が苦虫を噛みつぶしたような顔や無気力蒼白な顔でじっと耐え忍んでいる。『よし、今日もやってやるぞ〜!!』と気合満々の顔は皆無だ。同じ体験を共有しながら、思わず『毎日こんな大変な思いをして電車に乗って、みんな出勤直後からパワー全開で仕事できるのかしら…』と心配になってしまう。また同時に、『日本の経済がちゃんと機能しているのは、こうやって日々、大変な思いで通勤する人々のお陰なんだ。』としみじみする。
しかし、やはりこんな場所でも信じがたい行動をとる人もいるのだ。いや、ストレスがたまる環境だからこそ、わがままや利己心が出てしまうのかもしれない。年間を通じて毎日満員電車に乗るわけではない私にこんなことを言う資格はないのかもしれないが、もう少し何とかならないものかと思ってしまう。車内でのマナーのことだ。20年以上前、高校通学に利用していた小田急線も物凄い混雑だったが、マナーの点から言えば、今ほどひどくなかったような気がする。世間では若い者には常識がない、とか、高校生はマナーがなっていない、などと言うけれども、とんでもない、ちゃんとした(?)大人たちだって、立派に(?)常識外れな行為に及んでいるのである。硬いビジネスバックの角がわき腹に刺さったり、綺麗なお姉さんにヒールで足を踏まれたりするのは、これは仕方がない。満員電車での不可抗力として許せる部分がある。しかし、どうしても納得できない行為もある。
つり革につかまるのはよいとしても、どうして他人の頭を肘で小突いて平気なのか。
なぜ、たった二駅なのに、新聞を読むことを我慢できないのか。
どうして、足を投げ出さずに座席に深く座れないのか。
自分の前の人も一緒に降りるのに、どうして手の甲で背中を押すのか。
ちょっと気をつければ、周りの人が不愉快な思いをしなくても良くなるのに…と思うけれど、本人にしてみれば、毎日のことで体も心も疲れてしまい、他人を思いやっているどころの話ではないのだろう。
以前、夕方のラッシュアワーで、年配の男性の一団がリュックサックを背中にしょったまま乗ってきたことがある。山登りの帰りだったのだろう、楽しかった一日の話で盛り上がっている。周りの乗客は眉間にしわを寄せ、これ見よがしに嫌な顔をするものの、声に出して注意する人はいない。私は近くにいたので、思い切って、
『あの、申し訳ないんですが、リュックを前にして持っていただけませんか?混んでますので。』
と声をかけた。言い出すのは恥ずかしかったけれど、いい大人がこんなマナー違反をしてはいけないと、妙な義侠心が出てしまったのである。すると…
『うるせえなあ〜。こうゆう若いやつが日本をだめにするんだよな!年配者を敬う気持ちはねえのかよぉ。』
絶句、である。大人がこうでは、もう、何も言うことはない。周囲を見渡しても、私を応援してくれそうな人はいなかった。日本はいつからこんな国になってしまったのだろう。少し、寂しい気持ちになる。とは言え、人の観察ばかりして嘆いている場合ではない。私だって、知らず知らずのうちに他人様に迷惑をかけているかもしれないので、よくよく注意して行動せねば…とあらためて反省、反省、である。
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2007年 5月24日(木) みなみ
The World Is Flat!
 ビジネス翻訳者として非常に遅ればせながら、 Thomas L. Friedmanの「The World Is Flat −A Brief History of The Twenty-First Century」を読みました。トータル600ページ近くとボリュームがありますが、本家アメリカでは売上200万部を突破したベストセラーです。日本語版は「フラット化する世界」(上・下)として、昨年5月に発行されていますが、私は残念ながら手にとっていません。
 この本は、The World Is Flat、つまり世界がどのようにしてフラットになり、密接につながるようになってきているかを、アメリカからの視点で描いています。ITの飛躍的な発展に伴い、アメリカ・日本を始めとする先進国による、インドや中国へのアウトソーシングが劇的に増加する中、様々なイノベーションが次々に生まれてきています。世界のフラット化をいかにビジネスに結びつけ、成功させているか、アメリカ、インド、中国、日本の経営者を中心に行った取材をもとに、数多くの実例が紹介されています。
 一番衝撃的だったのは、著者が2004年に日本を訪問した時のことを紹介した部分です。携帯電話ネットワークが充実しており、コンピューターがどこでも使えるという先進性が説明されており、日本に住む人にとってはどうということもない箇所でしょうが、「日本ってそんなに進んでいるのね!!」と、浦島太郎状態を痛感しました。
 なにしろNZではブロードバンドの普及がかなり遅れており、光ファイバーは今のところ、一部大都市のビジネス用のみで、ADSLがようやく一般家庭に普及し始めた段階。「光? それって何?」状態なのです。
 また、さすがピュリツァー賞を3度も受賞しているジャーナリストだけあって、文章が端的で、リズミカル。とても読みやすく、優れた英文の見本として勉強になりました。
 ただ、読み終わった感想は、僭越ながら、「うーん、そうだよね」でした。もちろん、一つひとつの事例は興味深かったのですが、取材時点からすでに3年が経過しており、時代の先端を描いているがために、すでにその「先端」が先端でなくなってしまっている陳腐化を感じてしまいました。読む前の私は、もっと、もっと将来の展望を知ることができるのかと期待しすぎていたのでしょう。
 例えば、本書では、インドへのアウトソーシングがフラット化の成功事例として数多く紹介されています。しかし、アメリカのアウトソーシング戦略は現在、行き詰まりを見せ始めており、見直しが行われていることがあちこちで報じられています。
 また、イスラム社会の「フラット化」を考察する章は、西欧至上主義が鼻についてしまって、ちょっとついていけませんでした。
 ただ、世界がフラット化に到るまでの経緯、その実態を具体的に知るうえで大変参考になるので、世界のビジネス界の現状把握のために、読んで損はないと思います。
読書

2007年 5月23日(水) the apple of my eye
首が!
また自分の体の話で申し訳ない。
翻訳者にとって、肩こりや腰痛は職業病。私もご多分に漏れず、ひどいものだ。マッサージやら整骨院やら美容院など、私の首や背中を触る人は必ず「相当こってますね」と言う。もう、「はい、そうなんです」と毎回答えるのもばかばかしいくらい。
パワーポイントでマウスを多用する仕事の後は、利き腕の右の手首から首筋までがバリバリ。紙原稿しかなくて、左に置いた原稿スタンドに立てた原稿をにらみながらの仕事のときは、首が左に曲がったままバリバリ。
ときには朝起きると首が45度くらいしか回せなくなっていたり、うがいをするのに頭を後ろに倒すことができずに口から水がこぼれたり。一日作業して夕方近くなると、首のコリが前にも回ってきて、喉の周辺を締め付けられるようなこわばりを感じる。その違和感を唯一緩和できるのは、冷えたビールだけ。お陰で夕食の支度をしながらのキッチンドリンカーに(半分くらいはホント)。
そもそも、私は物心ついた頃から首が左に傾いでおり、年に1度のメディカルチェックで肺のレントゲンを撮ると、医師からいつも「骨が曲がってますね」と言われていた。確か幼稚園で写真を撮るときに、カメラマンさんに「頭をまっすぐにして」と言われた記憶が。つまり、自分でまっすぐにしているつもりの状態がそうでなく、第三者に「これが真っ直ぐな状態ですよ」と直されると、ものすごく右に倒した感覚がして落ち着きが悪いのだ。いつも首を傾げている格好なので、カワイコぶってるみたいだが、誰もそうは言ってくれないのが腑に落ちない。
その首はどうやら父親の体質の遺伝らしく、父も同じ方向に首が傾いでいる。
母が「あんたたち、フォレスト・ガンプの親子みたい」と笑う。そういえば、トム・ハンクス主演のあの映画、ラストでフォレスト親子がスワンプに向かって釣りか何かをしている後ろ姿が映る。2人とも同じ方向に同じ角度で首が傾いでいた。そう、あんな感じだ。
その父が最近、首を痛めた。
長年の肩こりに根本的な対処をせず半世紀以上放置したため、慢性的に痛みがあったのだが、特に痛みがひどくなったときに近所の外科で「神経ブロック注射」というのをしてもらったらしい。その後しばらく楽になるので何度か打ってもらって、ある日、注射をした途端に首に激痛が走ったという。注射で首の神経を痛めてしまったようだ。
数日間は首を動かすことは愚か、立ち上がることも起き上がることもできず、ベッドにうつ伏せ状態が続いたらしい。多分、頚椎の曲がっている部分でヘルニアを起こしているのだろう。
その話を聞いて怖くなった私は、この首を何とかしなければと思ったわけである。放置しておけば数十年後には父のようになってしまうかもしれない。首が曲がっているため、その周辺の筋肉はいつも硬くこわばっている。首の曲がりを直せば、肩こりも少し軽快するのではないだろうか。よく、肩こりは骨のズレだと言うじゃないか。
そこで、ちょっと調べてココだ!と思ったカイロプラクティックの治療院に行ってみることにした。
さて、その結果は……?
続きは次回に。
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2007年 5月22日(火) パンの笛
それはいつも突然やってくる
 ここのところ、依頼を請ける内容が多岐に渡っていて、変化があって面白い!と自分では思っていたのですが、自分で意識している以上に切り替えに時間がかかっていたようでした。大抵どんな翻訳でも(原稿が長くても短くても)、一箇所か二箇所、どのように訳すべきかすごく悩む箇所があるものです。私の場合、そういう箇所はすぐには正式な訳は入力せず、いろんな候補を列挙してハイライトでもしておいて、一旦その部分を離れて訳を進めて、最後にもう一回戻ってくる、という手法を採っています。そうすれば、文書の全体像を一旦見た後であることや、気持ちを切り替えた後であるために、最初は思いつかなかったような訳がふと思い浮かんだりして、さっき悩んだのはなんだったんだろう、と思うくらい悩まないで訳が思いつくことも少なくありません。でもその反面、いくら最後に戻ってきても、いくら気持ちを切り替えたつもりでも、良い訳が思いつかないときも残念ながらあります。そういうときは、納期ぎりぎりまでうんうん悩みます。そして、最後はせめて今まで思いついた中で一番良さそうな案を書いて出すわけです。その時点ではそれ以上思いつかないのですから、私としては一応ベストを尽くした、と考えて、大抵はその後は悩んだ箇所のことは忘れてしまうのですが…。最近の私の困った傾向は、大分以前のそういう悩んだ箇所が、かなり後になってから急に思い浮かんでしまうこと。しかも、「結局ちゃんとした訳を書いて出したんだったかしら?」とものすごい焦燥感と共に原文や、悩んだときの訳の候補がよみがえってきてしまうのです。しかも性質の悪いことに、すぐに提出した文面を確認できないような、外出先などで、本当に何の前触れもなく思い出してしまうのです。そうなると、もう目の前のことはすっかり気もそぞろになってしまいます。とにかく早く帰って、ちゃんとした訳を書いて出したかどうか確認しないことには、落ち着いて会話することもできなくなってしまいます。さすがに、それで本当に悩んだ部分をブランクにして出してしまったりしたことは(わかっている範囲では)ありませんが、そうやって悩んだ箇所が如何に頭にこびりついて離れていないのか、良くわかるなぁ、と毎回苦笑してしまいます。こういう体験を何度も繰り返すと、実は自分の意識の上では考えていなくても、意識の水面下で自分の経験を何度も繰り返し味わっていて、次のケースに備えよう備えよう、と勝手に脳が機能しているのかしら、と思ってしまったりもします。まぁ、それならまだ良いのですが、今日はなぜか、どうしても先日見たお笑い芸人の歌が頭から離れなくて困りました・・・コンピュータのマニュアルを訳しながらも、頭の中のBGMは芸人の歌・・・意識すればするほど、歌ばかりがクローズアップされてしまって、ほとほと困りました。これなら、まだ翻訳文が思い出される方がずっとマシです!
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2007年 5月21日(月) かの
「ラジオは脳にきく」
 私の仕事は主に放送通訳なのだが、現場でひたすら画面を見るせいか、家ではほとんどテレビをつけない。地デジPRが盛んなものの買い替えもせず、いまだに1989年製のブラウン管テレビ。夫がバイト代をせっせと貯めて買った貴重な(?)一台だ。子供たちも普段は絵本やお制作に夢中なので、見るのもビデオぐらいである。
 一方、テレビの代わりとなっているのがラジオ。ほかの事をしながら聞けるので本当に便利だ。料理をしながら今日のニュースに耳を傾けられるし、今もこのブログを書きながらクラシック音楽をBGM代わりにしている。我が家にとってラジオは必需品なのである。
 「ラジオは脳にきく」(板倉徹著、東洋経済新報社、2006年)にもラジオの効用が色々と出ている。著者の板倉氏によれば、ファミコンやテレビばかりを見ていると脳が受身の状態に慣れてしまうという。脳には意欲や意志をつかさどる前頭前野という機能があるのだが、脳を働かせていないとこの機能がどんどん低下してしまうらしい。そこでラジオという、いわば聞きながら頭の中で想像力を鍛えられるような手段が効果的だと書いている。
 板倉氏はさらにこう述べている。
 「なぜ、ラジオが脳にとっていいのか。
 それは映像による情報がなく、音声情報しか脳に届かないため、脳は得られない情報を補おうと働くからだ。」(37ページ)
 つまり脳は限られた情報を頭の中で視覚化しようとする。それが脳に刺激を与えるのである。
 これは通訳訓練にも使えるだろう。ノート・テーキングの練習では聞こえてきた音声を必死にメモするが、「メモのためのメモ」にもなりかねない。メモを元に通訳しようとしても、頭の中でビジュアル化できていないので単語や記号のオンパレードにパニックしてしまうのである。
 だからこそラジオを使って想像力を訓練するのはとても効果がある。著者はラジオニュースの内容を絵に描くことを勧めているが、これなど通訳トレーニングにうってつけだと思う。
 ところで我が家にとってのラジオのもう一つの効用。それは子供たちが朝のお支度をする際、タイマー代わりになってくれることだ。まずは午前6時半、NHKラジオ第一放送の「ラジオ体操」がめざまし代わり。その後NHK-FMにダイヤルを変えるのだが、6時55分になると「バロックの森」のエンディング音楽が流れる。これを聞きながら朝食を食べていれば良いタイミング。7時20分に「ミュージックプラザ」の音楽が始まったら、そろそろ歯磨きや着替えをして登園のサインだ。
 この3つのテーマ曲に沿って準備をするようにしたところ、子供たちも「あ、音楽始まっちゃった!お支度しなきゃ!」と自主的に動いてくれるようになった。毎朝美しいクラシックの音色から元気をもらい、一日が始まる。これぞ、我が家にとっては最大のラジオ効果だ。
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2007年 5月18日(金) まめの木
崖っぷち生活
先週から久しぶりに崖っぷち生活を送っている。“崖っぷち生活”とは、下積み時代に某放送局で仕事をしながら翻訳や通訳を受けていたときに、同じような生活を送っていた同業者の友人と共に名づけた生活スタイルのことである。崖っぷち生活でも必ず守らなければならない点は、
1.\t睡眠時間を確保すること。
2.\t納期を死守すること。
3.\t一つ一つの仕事のクオリティに命をかけること。
の三つだ。特に@は難しい。クオリティ重視の点から言えば十分な睡眠は必須なのだが、納期厳守のためには真っ先に犠牲になる部分でもあり、なかなか頭の痛いところである。若さで突っ走れる時期は、こういった『体を張った仕事の仕方』でも問題なく乗り切れたのだが、最近は体力を考慮し、また通訳の仕事の内容も徐々に変わってきていることから、あまり無茶なスケジュールは組まないように注意している。
今回の崖っぷちの原因は、通訳の仕事の間に翻訳を入れてしまったことである。パソコンに来るメールはすべて携帯に転送されるように設定してあるのだが、通訳の仕事中に翻訳の依頼メールをいただいた。メールをさっと読んでみて、この分量なら何とかなると思ってあせって返事をしてしまったのだが、帰りの電車の中で落ち着いてもう一度、メール画面を一番下までスクロールしてみると、なんともう一件別の案件が…。来週の資料も読まなければならないし、今週末は翻訳と通訳準備で二足の草鞋である。ここ数日、『いつ何時間寝るか?』ばかり考えている。

…というわけで、今回は私事の短い駄文のみにて失礼いたします。以下は、ご理解いただける方のみ共感していただければ幸いです♪
『頭から煙を出しながら仕事をしているときに、
ELPの“ラッキーマン”をかけるのだけは止めておくれ〜!!』
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2007年 5月17日(木) みなみ
夫婦のあり方
 オークランドは黄葉が深まり、だんだんと肌寒くなってきています。先週末は、日本人の知り合いのお宅で、鍋パーティがありました。参加者6人は全員日本人で、共通点は「お母さん」であること。日ごろはそれぞれ、仕事や育児、家事などでばたばたとしているので、たまには夫に子供を託し、のんびりと、おいしいものをつつきながら、女同士でおしゃべりするのは楽しいものです(ちなみに招いてくれた家のご主人は、海外出張中)。
 今回、特に印象に残った話題は、配偶者との付き合い方。配偶者がキウイ(NZ人の愛称)なのは3人、日本人なのは私を含めて3人でしたが、キウイのご主人を持つ3人が全員、いかにご主人の愛にこたえるのが大変かを嘆いていました。
 とにかくキウイ男性は、夫婦2人の時間を大切にし、妻からのアテンションを求めるのだそうです。(サンプル数3と少ないですが)。例えば、夜、寝る前にのんびり読書を楽しみたいのに、「寝る前は語らって過ごすものだ」と不機嫌になられたり、子供のことでばたばたと忙しくしていると、「自分のことは全然見ていない」とすねられたりして、なだめるのが大変なのだそうです。
 確かにこちらでは、日本より、夫婦としての過ごし方、求め方が濃厚という気がします。年齢を問わず、カップルが手をつないだり、肩を寄せ合って仲良くしている情景をよく見かけます。
 また、例えば、夫の友人にイベントに招待されたとすると、妻はその友人をよく知らなくても、夫婦同伴での出席が原則となります。そういう場合、いくらキウイが見知らぬ同士の気軽な会話が上手であるとはいえ(上手にならざるを得ない?)、知り合いがいなくて、話し相手もおらず、手持ち無沙汰となることだってあります。しかし、夫にとっては見知らぬ人ばかりという、妻側の関係によるイベントもありうるため、こういった状況はお互い様なのです。つまり、そんな思いをすることがあっても、夫婦とは一緒に行動するものなのです。
 一方の日本では、夫婦で参加が求められるイベントは、NZよりずっと少ないように思います。例えば、夫の会社の忘年会に妻も参加する、といったことはあまり一般的ではありません。そもそも、平日の就寝前にのんびりと夫婦で会話を楽しむ、など思いつくどころではない、深夜まで残業の夫(または妻)も多いはずです。
 そういえば、日本で英語講師をしている英国人のブログをたまたま読んでいたら、「英国やNZ(彼はNZでも教えていたことがある)では、カップルで行動することが要求されるので、独り者のぼくにはつらかったが、日本は一人でもいろいろとイベントに参加して、楽しめる点がいい」という趣旨のコメントがあって、「カップル文化って、こういう側面があるのか」と気付かされました。
 夫婦のあり方一つとっても、お国柄が表れるものです。
NZ生活

2007年 5月16日(水) the apple of my eye
雑学の楽しみ
翻訳をしていて何が楽しいって、その筆頭に挙げたいのは「どうでもいい知識が増えること」じゃないだろうか。いや、専門分野の仕事で増える知識は「どうでもいい」ものではなく、絶対的に増やしたい、必要な知識だが、私は結構専門分野外の仕事も楽しくお引受してしまうほうなので、ザ・クラッシュの『ロンドン・コーリング』ができるまでの秘話だとか、スイスの高級時計パテック・フィリップは、ドイツの大作曲家ワーグナーもお気に入りだったとか、知っていたっていつの日か誰かとの雑談のネタになるかどうか……程度の雑学がちょこちょこ増えていく。
たとえば、2003年にアメリカで最も盗難にあった車種のトップ3が、1位:トヨタ・カムリ、2位:ホンダ・アコード、3位:ホンダ・シビック、と日本車で占められていたなんて話、ちょっとムフフと思うではないか。私はべつに国粋主義者じゃなくて、アメリカの車に乗らなければならない時期が昔あって、あの国の自動車の燃費がいかに悪いか、どれだけ地球環境を無視した作りになっているかを痛感していたからだ。ガソリンが安いのがいいんだか悪いんだか。「そーだそーだ、自国民が盗みたくならないような車なんてやっぱりダメよ、まじめにやれ、フォード!」なんて意味不明に勝ち誇る。
ジーンズの大人気ブランド『リーヴァイス』の前身が、単なる綿織物業者だったってご存知だろうか。ジーンズは、ネバダ州リノでとある洋服屋が客の木こりの女房から頼まれて作った作業用ズボンに、ポケットをリヴェットで留めることを思いついて生まれたものなのだという。それが口コミで大人気を博し、1人では生産が追いつかない、このままでは発案を盗まれてしまうと悩んだ洋服屋の主人が材料の仕入先リーヴァイ・ストラウス社に、助けてくれる代わりに権利を半分譲渡すると持ちかけたのだ。それが1872年。
まあこんな知識、知っていたってどうってことない。最近、お買い物券を使用したとはいえ、4万円近くもする高級ジーンズをつい衝動買いしてしまったという罪悪感が消えるわけでもない。せいぜい民法の某番組じゃないが自分の中で「へぇ」が積み重なっていくだけだ。でもいいじゃないか、仕事をしながら「面白!」と1人で心の中で呟けるのって。
たま〜に、ものすごくわずかな局面で役立つこともある。
先日、不動産関連の文書を訳した。どこやらのリゾート地の分譲別荘の案内書みたいなものだった。その別荘には infinity edge pool という設備があると、売り込みポイントとして書かれていた。どんなプールかと思ったら、プールの縁とプールサイドの高さを同じにしてあって、水がひたひたに入った状態のプール。どこからどこまでがプールなのか、境界(限界)がないように見えるから、infinity=無限ということらしい。高級リゾートホテルでは、このタイプのプールを備えていると謳っているところが多い。日本語では「インフィニティ・プール」と縮めて言ってしまっているみたいだ。
なんてことを知った翌週、今年の夏休みの旅行先を決めるために色々と資料を見比べていた。やっぱりあった、「当ホテルのインフィニティ・プールは……云々」という文句が。へへ〜ん、知ってるモンね、これって。
ま、ちっさいコトだな。
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2007年 5月15日(火) パンの笛
存在感のなさこそが実力の証
 今日は楽しい火曜日です。そう、ムフフのバレエの日です。いつもはデスクにかじりついてお日様を見ることもあまりない私も、火曜ばかりは気合が入ります。仕事を効率よく仕上げて、バレエに行くぞー!の一心です。以前にも書いたことがありますが、今のお教室はなんと生ピアノ演奏のお教室です。芸術分野の専門学校が運営するお教室で、バレエ科もあるからこその体制なのでしょう。そんなに高くないお月謝にもかかわらず、生ピアノ演奏のレッスンに本格派の先生、そして昼間のクラスであるがための少人数。いいことずくめです。それにしてもこのピアノの演奏をしてくださるピアノの先生がとても優秀で、とにかくその「スゴさ」を感じさせないのです。通訳の場合にも、「頑張っている」ことを感じさせず、空気のようにすっと自然に耳になじむ通訳こそが実は本当の実力派である、と良く言われますよね。このピアノの先生も正にそんな存在で、バレエの先生が(一見)思いつきで組み立てているレッスンのプログラムを横で静かに的確に読み取って、瞬時に最適な曲を選んで弾き出すのです。レッスンを受けているこちらは自分のことで精一杯で、レッスン半ばには実は音楽が生のピアノであったことを忘れてしまうほどなのですが、ふとした瞬間に、私のような初心者向けに先生が「じゃあ、後半のグループには音楽をゆっくりにしてあげてください」と指示されているのを耳にして、そうだった、ピアノは弾いていただいているんだった、と思うほどなのです。
 話は変わりますが、今年の読書体制に入って、一つ以前と変わったことがあります。それは、翻訳本を読むようになったこと。こんなことを言うと自分の不勉強を公表しているようでお恥ずかしい限りですが、これまで私は原本が英語の翻訳本はあまり読んでいなかったのです。どうも、読んでいるそばから、「この訳し方をしているということは、原文はこれかしら」とか、「どうしてこの単語を使うんだろう。私だったら絶対こうするのに」などと考えてしまって、実際の中身に集中しきれないのです。でも、もちろん私がこんなに偉そうに言えた義理ではないのは百も承知です。実際に自分が長文を訳してみると、批判するのと自分でやるのとでは大違いなのは明らかです。ちょっと訳しては「うーーん、違う」と思うのですが、じゃあどう違うからどうすればよいのか、というのはかなりの試行錯誤の末でない限り、出てこないのです。しかもそうして仕上げた文章でさえも、読んでみるとぎくしゃくしていることが多くて、我ながら嫌気がさしてしまうのです。もっと悔しいのは、「これはイケる」と思って書いた部分が、後になって読み返すと妙に鼻に付いたりして、返ってイヤらしい表現になっていること。自分がやってみてわかることですが、翻訳文にしても、読んでみてすっと目になじんで、言葉尻ではなくその伝えようとしている内容の本質の伝わる文章と言うのは、本当に洗練された文章なのです。そう、存在感のない文章こそが、本当に実力ある文章なのです。私もそんな翻訳文の書き手を目指して、日々精進です。願わくば、存在感のない実力派を通り越して、本質を捉えつつも私のワールドを垣間見せられるような翻訳者になりたい、というのが本音ではありますが。その高みへの道のりはまだまだ遠そうです…。
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2007年 5月14日(月) かの
失速せずに読書!
 「レバレッジ・リーディング」を読んだ。
 この本の副題は「100倍の利益を稼ぎ出す ビジネス書『多読』のすすめ」。読書法について書かれた本は私自身色々と読んできたが、今回は日経の書評に引かれて購入した。
 読み進めた結果、大当たり!まず、著者の本田直之氏は読書こそ自分への投資と語る。よってどんどん書き込みして、本のページの角も大胆に折って良いと言う。本というものは、その執筆者が長年かけて編み出した方法や秘訣が集大成されている。なのに価格はわずか数千円。いわば他人の人生を1万円以内で知ることができるのだから、読者にとってこれほどお得なことはないのだ。だからこそ自分への投資として購入し、あとで古書店で売ろうとせずにどんどん書き込んだりページを折ったりして良い、というわけだ。読み方も自分のやり方でOK。線引きも色分けする必要はなく、黒や鉛筆であっても書き込めば目立つという。
 「レバレッジ」は英語で「てこ」という意味。他者の知識を元に自分の力へてこ入れすれば何百倍もの結果を出せると本田氏は述べる。
 この考えに刺激されて私自身の読書法も大いに変わった。私は主にビジネス書にこの読み方を当てはめているのだが、最大の効果としては読む速度が速くなったこと。一冊の本から次の関心テーマが思いつくので、興味の範囲が広がったことも挙げられる。また書店で「面白そう」と思った本は迷わず購入。たとえ読破できなくても、一冊の中のごく一部から何かを得られれば良しと思えるようになった。
 この本をきっかけに、今年は200冊ぐらい読みたいなあと思っているところ。これまで45冊を読破し、本棚には未読の本が20冊ほど。何とか失速せずに続けたいと思う。
 なお、どのビジネス書にも以下のことが共通して書かれている。通訳業を営む上でも参考になりそうだ。
 1. すぐやる
 2. 目標を持つ
 3. 締め切りを設ける
 4. 業務を細分化する
 5. 時代を読む。変化に合わせる
 6. 人がやらないことをやる
 7. 失敗を恐れない
 通訳の現場でも、あるいは普段の勉強でも、この7点を常に意識しながらこれからも向上していきたいと思う。

(「レバレッジ・リーディング」、本田直之・著、東洋経済新報社、2006年)
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2007年 5月11日(金) まめの木
ゴールデンウィーク風水三昧
今年のGWはとても充実していて楽しかった。フリーランスという仕事柄、ゴールデンウィークのような大型連休は大抵、『翻訳祭り』(=300〜700枚位の技術翻訳をこう呼んでいます)で自宅にこもりっきりになるのだが、今年の『祭り』は例年よりも小規模でGW前半で終わってしまったため、後半は普段できないことに充てることができた。といっても、
3日:美容院と片付け
4日:日帰り旅行
5日:掃除と片付け
6日:掃除と片付け
と書き出してみれば、それ程エキサイティングなGWの過ごし方には見えないが、なんといっても今回の収穫は、美容院で出していただいたファッション雑誌で李家幽竹氏の旅行風水というコラムを読み、風水に目覚めてしまったことである。風水といえばこれまで、方位や家相、色の配置の仕方など、難しい学問のようなイメージが強く、専門家でないととても極められない世界かと思っていたが、さっそく氏の著作を購入して読んでみると、素人でもできる範囲で風水を生活に取り入れる方法が沢山書いてある。特に『運が良くなる風水収納&整理術』(日本実業出版社)は、『整理整頓は明確な思考をもたらす』を座右の銘としている(必ずしも実践できているとは言えませんが…)私の心の琴糸に思い切り触れてしまった。私は掃除や片付けを一度始めると歯止めが利かなくなる性分なのだが、氏の助言に従ってあれもいらない、これも一年以上使わなかった…等々整理していったら、
出るわ出るわ、昨年末に大掃除したはずなのに、これでもかというほどいらない物が発掘され、結局2日半整理してゴミ袋が6つほどいっぱいになった。さらに、いつか着られるかも…とタンスの中にしまってあった洋服も思い切って処分した。不用品を気前良く選別しながら、確かに『もったいない』という、捨て去られてゆくモノに対する申し訳ない気持ちも湧かなくはなかったが、自分がいかに無駄なものを買い込んでいるかということが反省でき、いわゆる衝動買いやストレス買いを戒める良い機会にもなった。
日帰りで行った旅行先は榛名湖と榛名神社。日光や箱根に比べ、連休中にしてはすいていたし、足こぎボートやロープウェー、ゴーカートなど、大人でもなかなか楽しめる。お昼にいただいたワカサギのフライ定食も美味しかった。ちなみに榛名神社が風水で言うところのパワースポットなのだそうだ。都心からそれほど離れていないのに深山幽谷の雰囲気を満喫できる、神秘的な場所だ。

榛名神社参道

ご本殿

榛名湖に浮かぶ榛名山
参考:『絶対、運が良くなる旅行風水』(ダイヤモンド社)
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2007年 5月10日(木) みなみ
優先事項
 NZに来て、「違う!」と思ったものの1つに、仕事への取り組み方があります。
 NZでの最優先課題は、家族や自分の時間です(もちろん、人によって違うでしょうが、一般的に)。このため、定時に仕事を切り上げます。できないことは明日以降に回します。そんな仕事を注文する顧客や割り振る上司が悪いのです。
 この間、NZの翻訳会社に勤めている女性と話していたら、「金曜日の午後になると、どこからともなくバブルズ(日本でいうシャンパンのこと)が回ってきて、仕事どころではなくなる」とのことでした。
 翻って日本の翻訳会社の場合、金曜日の夜でも、クライアントの依頼の対応に走り回っています(実際にのぞいてみたわけではありませんが、金曜日のメールや電話の緊迫度から察するに)。
 日本では、深夜まで働くので子供の寝顔しか見られない、という働き方は、特に珍しいものではありません。そのような多くの人々のお陰で、今日の日本の経済的発展があるのです。
 しかしNZでは、そんな働き方をする男性は「ワーカホリック」として、離婚の原因になる確率が非常に高いはずです。
 また、「単身赴任」という仕組みも、NZではまったく理解ができないものです。家族が離れ離れで暮らすなんて、家族としてありえないし、そのような「非人道的な」措置を要求する会社の存在そのものが理解されません。
 しかし日本では、なぜ単身赴任がNZで理解されないか、ということ自体が理解されないでしょう。
 できないものは「できない」と、定時にとっとと帰ってしまうNZと、顧客の依頼にこたえるために残業をする日本。家族が優先事項のNZと、仕事が優先事項の日本。
 どちらがいいとか、悪いとかではなくて、「違う」のです。
 世の中はグローバル化、フラット化が進んでいるといわれて久しいですが、それぞれの国によって価値観はまだまだ違うなあと、日本とやりとりしながら、NZに住む私は思います。

NZ生活

2007年 5月 9日(水) the apple of my eye
夕陽のガンマン
えー、先週は尻もち事故救急車搬送事件でご心配をおかけしました。幸い、GW中にしっかり休んで今週から無事、復帰。

というわけで、本題ですが。
翻訳をしていていると、もともと日本語にはない概念や存在の言葉、あるいはニュアンスの異なる言葉を訳すのに悩むことがある。
先日の米バージニア州での銃乱射事件では、犯人を gunman と表現する人やニュース記事が多かった。これを「ガンマン」と訳すと変なのは自明である。クリント・イーストウッド主演のマカロニ・ウェスタンの名作『夕陽のガンマン』じゃないんだから。夕陽のガンマンの「ガンマン」は、「殺し屋」「銃の名手」といった意味。バージニア事件の gunman は、「武装犯人」と訳すべきなんだろう。でも「武装犯人」では gunman のように“銃を持っている”というイメージが明確に出ない。刃物や爆発物で武装していても「武装犯人」だから。「銃」の意味を出したいと思ったら日本語では「銃を持った/銃で武装した男」くらいにしかならない。これはやはり文化の違いだなぁと思うわけである。銃を持つという行為が通常は頻繁に見られない日本という国と、一般市民が日常的に銃を持つことが合法であるアメリカという国の。これに似たことで、militia という言葉も訳し難い。正規軍に対する「民兵」「市民軍」。これもアメリカには伝統的かつ日常的に存在するものだが、近代日本ではこんな存在がないから、「民兵」と訳してもピンとこないのではないか。さらに、militia group というと、特定勢力が抱える武装集団のことで、アフガニスタンのタリバンやレバノンのヒズボラなどはその巨大版だ。
それとは逆に、日本の報道記事でよく使われる「包丁男」という表現(ね、「銃男」とは言わないでしょ? あ、でも「爆弾男」は言いますね……)。一応英語でも knifeman という言葉はある。でも「包丁」は台所で使われる刃物を指し、knife にはその他さまざまなナイフも含まれるから、台所から包丁を持ち出してきたという、なんというか所帯染みたようなニュアンスが伝わらないなぁ、などと悩むのである。
security も場面によって使い分けが必要。単純に「安全(性)」などと訳そうとすると、safety and security のように、似ているが意味が微妙に異なる言葉と対になって使われたりするため、後者を「セキュリティ」とカタカナにする。カタカナにすると、これは犯罪から身を守る、防犯という意味や、最近ではコンピュータへの不正アクセスやデータ改ざん、情報漏えいなどを防止する意味に特定して使用されることもある。形容詞的に「セキュアな環境」と言ってしまったりもする。security が国家間の話になると、これは「安全保障」であるし。
そんなことを考えるきっかけとなった gunman という言葉だが、『夕陽のガンマン』の原題には実は gunman なんて含まれていない。原題は For A Few Dollars More なのだ。この作品は『荒野の用心棒』の続編なのだが、こちらも原題には「用心棒」なんて入っておらず、A Fistful of Dollars。これに『荒野の用心棒』という邦題をつけたのは、内容が黒澤明監督の『用心棒』と同じだから。セルジオ・レオーネ監督が黒澤監督の大ファンなんだとか。納得できない邦題も多々あるけれど、この2つの邦題は「ガンマン」というカタカナ造語も含め、なかなか大胆でいて絶妙だと思う。
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2007年 5月 8日(火) パンの笛
極めて個人的な究極のハッピー像
 GWも終わってしまいましたね。皆様はGWをどのように過ごされたでしょうか。我が家では、メーカー勤務の夫は9連休。小学生である息子はカレンダー通り。そして私は…お察しの通り、通常稼動。それに加えて、家族サービス(?)。正直言って、普段以上に忙しかったのです。夫は仕事に理解がありますが、小学生の息子に向かって「あなたはGWでも私は通常稼動だから、遊ぶわけにいかないのよ」と言うわけにもいかず、たまの連休くらいお出かけするか(しかも、学校の宿題で「GWの思い出」なる作文も書かなくてはいけないのです)、と計画を立てることと相成るわけです。そうして、行きました。どれも日帰りの、比較的近場のお出かけでしたが、水族館やバーベキュー、J−リーグの試合観戦、保育園時代からのお仲間との食事会、そして自転車の練習のお付き合いなどなど。アウトドアの予定が多かったおかげで、ただでさえ日焼けを吸収しやすい体質の私、毎年GW恒例の、その年初にして最大の日焼けをまたしても記録してしまいました。この時期、突然お天気もからっと良くなる上に、紫外線が本当に強いのを実感してしまいます。毎年のことなんだから学習すれば良いものを、毎年出かけてから、「しまったー、去年もこの川原でTシャツ型にくっきり焼けたんだったー」と頭を抱えたりして、間抜けなことこの上ありません。そして、去年とは違うのが、実は仕事もたまってるんですという現実。昼間はやれ水族館だやれBBQだとはしゃいでみたところで、仕事は変わらず蓄積されています。唯一違うことといえば、追加の依頼が発生しないことくらいでしょうか。お出かけをした日であろうとも、夕方も近くなると段々自分が戦闘態勢に入ってくるのがわかります。すっかりお休み気分の家族には迷惑この上なかっただろうな、と今更ながらに反省です。でも、私も会社勤めをしていた頃は、依頼者の気持ちでいたんです。だって、普段自分たちがしない分の作業は、休みの間に完成していてほしいんです。休み明けになって、自分が本格稼動体制になったときに、しっかり、ぴかぴかに用意されていてほしいんですよね。以前は会社から依頼する側でしたが、今はその「休みの間に仕上げる」側になったわけです。あぁ、因果応報。でも今はその立場に回った分、子供の学校の平日の行事に参加できたり、会社で残業をして子供を待たせたりするのではなくて自宅で夜間に仕事を配分できたりしているわけですから、文句を言ったらバチがあたります。
 まぁ、そんなこんなで遊びも仕事もフル回転だったGW。楽しかったし、いい思い出も(ついでに作文も)できたのですが、それを終えた今、正直ちょっとほっとしています。これでやっと昼間は仕事に専念できます。今までと同様、何(例えば家事など!)をおいても仕事に集中したとしても、誰も文句も言いません。そこで、ふと思いました。私にとっての最高に理想のハッピー像ってどんなだろう―それは、休日とか、連休とかではなくて、日常のウィークデーの夕方、その日の納品の仕事は終わっていて、明日以降の仕事はまだ慌てなくても大丈夫だからその日の夜は仕事をする必要はなくて、でも来週か再来週くらいまである程度仕事の予定が入っていて(ここ大事です)、家族の誰も風邪を引いたりしてなくて、家族もそろそろ帰ってくる頃で、じゃあ、お気に入りのウェブサイトをぐるっと一巡りしたら、息子を連れて帰ってきて、ビールでも飲んじゃおうっかなぁ、っていうそんなときでしょうか。…書いてみたらとっても小市民的でした。お粗末でごめんなさい。でもこの小さなハッピーを目指して、毎日頑張ってるんです! こんな時は至福のときですねぇ。皆様はどんなときが一番ハッピーでしょうか…?
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2007年 5月 7日(月) かの
はじめての救急車
 5月2日水曜日のリレーブログで、the apple of my eyeさんが転倒して救急車に乗ったと書いていらした。幸い大きなケガには至らなかったようで、読者の私もホッとしている。私も子育て中なので仕事と体力づくりのバランスを考える一方、事故や病気だけには気をつけようと思っているところだ。
 救急車と言えば、私も数年前に初めて乗ったことがある。息子のケガだ。
 近所にできた大型ショッピングセンターへ出かけたときのこと。娘がまだベビーカーだったので、息子は3歳ぐらいだったと思う。買い物を終えて車に乗り込もうとした際、息子が車内で転んだのだ。「ドテッ!」という音と共に車内に突っ伏した後、「ギャオーン!!」と泣くので、「ハイハイ、大丈夫、痛くないよ〜」とこちら向きに抱き上げたら、顔面真っ赤っ赤!!頭から血が出ていたのだ。その瞬間は確かに焦ったが、なぜか内心「今日は濃い色の服を着せてきて良かった〜。これなら血も目立たないなあ」と思ったのを鮮明に覚えている。緊急事態にパニックしないようにと、あえて妙なことを考えて冷静になろうとしていたのかも知れない。
 泣き声を聞きつけて駐車場の誘導員さんたちが駆けつけ、すぐに救急車を呼んでくれた。救急車は搬入口に来るので、私たちは店内を横切って従業員控え室へ。血で真っ赤になった息子を右手で引き、左手で娘のベビーカーを押す。「大丈夫だよ〜」とあえてノホホン口調で言っていた私は、周囲から見たら異様に映ったかもしれない。何せ他の買い物客たちは心配そうに遠巻きに見ていたのだから。 
 控え室に入って数分後に救急車が到着。救急隊員のお兄さんが息子に名前や年齢を聞く。幸いきちんと答えていたので、脳に別状はなさそうとのこと。普段はベビーカーにすぐ乗り飽きる娘もただ事ではないと感じたのか、おとなしくしている。そんな娘に先ほどの誘導員さんがミニカーをお土産にくれた。娘はゴキゲン。
 念のため、脳のスキャンをとりましょうとのことで、救急車で病院へ。発車するやサイレンが鳴り始め、「ハイ、救急車通りま〜す」「追い越しま〜す」「左車線に寄ってください」とのアナウンス。サイレンだけでどの車もスパッとよけてくれて、まさに「そこのけ、そこのけ、お通りじゃ〜」の気分。出血が止まった息子もすでに泣きやみ、救急車の中を見回しては色々な機械に興味津々。一方、娘はサイレンの音も何のその、病院に着くまでグースカ寝ていた。ちなみに彼女は肝が太く、超マイペース。最近でこそあだ名が「ラテン」だが、すでにこのころからその兆候があったのだろう。
 病院では若い看護婦さんに手当てをしてもらい、息子はニコニコ。スキャンも一人で受けて、それがまた「自分一人でもできた」という自信につながったようだ。医師によると傷口はわずか数ミリ。ただ子どもは皮膚が薄く、打ち所が悪いとドッと出血するものらしい。
 翌日からは通常通り保育園に通い、傷口もすぐにふさがった。車内のどこにもとんがった場所はないのだが、よく見たらサイドブレーキボックスの脇に数ミリほどでっぱりがあり、どうやらそこに当たったらしい。こと車に関してはチャイルドシートを必ずつけて安全には注意を払ってきたが、まさに事故は思いがけないところで起こるのだなと思った。
 今でも救急車のサイレンを聞くと、その中にどんな境遇の人が乗っているのだろうと想像する。大事に至らないといいな、小さい子が痛い思いをしていないと良いけれど、と思う。
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2007年 5月 4日(金) まめの木
ウィスパリングおもしろ話
いやいや、今だからこそ、笑える話になっているが、その最中は面白いどころではなかった。ウィスパリング通訳でのエピソードである。
トークショーや聴衆を前にしたインタビューのような通訳では、日本語⇒外国語の部分はマイクに向かって訳さず、外国人ゲストにウィスパリングするのが通常である。時間節約の意味もあるのかもしれないが、聴衆の中に外国人がいなければ、私たち通訳者が同じ内容を別の言語で再度アナウンスする必要はないわけで、少しでも早くゲストの声を聞きたいと願っている聴衆にとっても、日本語の質問が終わってすぐにゲストが話し始めた方が絶対に嬉しいに決まっている、と思っていた。通訳学校でも、日本語と外国語の発言の間に“間”がなく、聞いている人にとってスムーズに会話が流れるのが良しとされたし、先生がストップ・ウォッチを持って、いかにスピーカーの発言時間内で訳し終えるか訓練させられたものである。
現場の90%位は、この対応で正解なのだろう。しかし、昨年末にロックバンドの仕事をした時、やっぱり通訳の世界に『絶対』という公式はないことを学ばされた。ご一緒した英語の通訳さんは何故かウィスパリングをしない。聴衆はすべて日本人なのに、イギリス仕込みの美しい発音の英語でマイクを通して逐次通訳されているのだ。椅子もウィスパリング可能な位置にあったし、この方はデビュー間もない通訳さんではなく、ロック業界では名を知らぬ人はいないといえるような大ベテランさんなのに、何故?と思いつつ、私も彼女に習って1日目、2日目はマイクを使って逐次通訳をしていた。でも、ショーの時間は限られているし、ファンは私のドイツ語なんかより、少しでも長くバンドの演奏を楽しみたいに違いない、と勝手に気を利かせて、3日目の移動中、
『日本語の質問部分はウィスパリングしてもいいでしょうか?』
と聞いてみた。するとその方、
『その方がやりやすければ、別に構わないんじゃないかしら。』
と優しく答えてくれた。今にして思えば無知な質問だった。通訳技術の問題ではなく、環境的にウィスパリングが不可能なのである。ウィスパリングの音量がBGMの音量に負けるのだ。プロモーション・ツアーなので、当然、バンド最新作のCDをBGMとして大音量で流している。ロック・コンサートで隣の席の人に何を言っても聞こえないのと同じだ。そんな環境をきちんと把握しなかった自分が甘かった。業界のプロのやり方は素直に見習うべきである。
もう一つも声量に関するものだが、これはまったく逆のケースで、声が小さすぎた話。といっても、私の声ではなく、ドイツ人が発言する時の声量がささやくようで聞こえない。ご自分の発言まで、私の耳にウィスパリングしてくれるのだ。どうして?!この人、シャイなのかしら…としばらくそのまま通訳していたのだが、そこは専門用語の飛び交う社内会議。ただでさえ耳をダンボのように大きくしたい現場なので、思い切って、
『あなたは私と同じような声でささやかなくてもいいんですよ。』
と言ってみた。すると、とても上品な感じのそのドイツ紳士は、日本では礼儀正しく丁寧な態度でいなければ…と思う余り、私がドイツ語をささやくものだから、日本人に解らない言葉を大声でしゃべるのは失礼に相当する、と解釈し、私のウィスパリングの声量に合わせてドイツ語を話すように気をつけていた、とおっしゃるのだ。彼なりに、とても気を使っていたのである。
両方とも、良かれと思い、気を利かせた結果のハプニングなのだが、その現場々々で何が一番適切かは千差万別で、その都度新しい発見があるからこそ、この仕事は面白いのかもしれない。
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2007年 5月 3日(木) みなみ
はじめまして
 はじめまして。
 2001年から夫の仕事の関係でニュージーランドに住みながら、翻訳業務を営んでいます。移住当時のこの国に対する知識といえば、羊とキウイぐらいで、今思うと、何も分かっていないことすら分かっていなかったなあ、という感じがします(だからやっていけた、とも言えるのですが)。
 そして早いもので移住6年目を迎え、ようやく、何が分からないか、分かってきた、という程度ですが、住んでみなければ分からない、色々な発見や知識が増えてきました。そういった中から、このブログであれこれご紹介していければいいなあと考えています。
 さて、ニュージーランドは、日本の3分の2の国土に対し、人口は約410万人ですから、日本に比べればはるかに広々としています。ただ、私が住んでいるオークランドは、そのうち100万人が住んでいる、ニュージーランドでは最大の都市で、都心はさすがにビルが立ち並び、朝晩は交通渋滞が発生します。
 私がニュージーランドの最大の特徴を挙げるとするなら、羊でも、大自然でもなく、「移民の国」という点ではないかと思います。ニュージーランドは人口の少なさを補うために、多くの移民を受け入れているのです。
 ちょうど先週発表された2006年国勢調査(Census)によると、私が住むオークランドの人種構成比は、以下のとおりです。
ヨーロッパ系 56.6%(全国平均では67.6%)
アジア系   18.9%(中国、インド、韓国、フィリピン、日本と続く) 
パシフィック系14.4%(フィジーやトンガなどから、より良い仕事や教育を求めて多くの移民がやってくる。ビザの上でも優遇されている)
マオリ    11.1%(ニュージーランド先住民) 
 このうち、ニュージーランド以外で生まれた人が37%、となっています。3人に1人は外国から来た、ということです。
 また、ニュージーランド人は多くの移民を受け入れると同時に、自分たちが海外に出るのも躊躇しない、という感じがします。実際に、高収入を求める知識層の海外への流出は、深刻な問題になっています。
 日本人の多くは、海外旅行こそ気軽に行く機会が多いですが、「いい求人があったから、2、3年アメリカで働いてくる」「やりたい仕事が見つからないから、オーストラリアへ行こうと思う」という会話をする機会は、あまりいないように思います(これは実際に私が知り合いから聞いた発言)。もちろん、英語が母国語であるという要素は大きいと思いますが、国に対する感覚、思いそのものが、同じ言語、同じ習慣を持つ単一民族の国、日本とは違うような気がしています。
 外国に住む、ということは、知らないこと、驚かされることが多くて大変な面もありますが、自分が当たり前と思っていたこと、思っていたことさえ気付いていないことを教えられるという点で、貴重な経験を日々、積み重ねています。
 
今年の年末年始の家族旅行で出かけたタウランガの海辺(オークランドから車で約3時間のリゾート地)
NZ生活

2007年 5月 2日(水) the apple of my eye
やっちゃった!
先週、週1で通っているテニスのレッスン中に、比較的新しいシューズのかかとが室内コートのカーペットに引っかかり、「あ!」と思った次の瞬間、どん!とお尻から落下。体がちょっとバウンドしたのを感じたが、それ以前に尾てい骨の周辺に激痛。そのまま突っ伏して動けなくなってしまった。ボールを追っていた場面ではなかったし、床の上でボールを踏んづけたわけでも誰かとぶつかったわけでもないのに転倒するなんて、情けないったらありゃしない。でも、その時はそんなことも考えられず、ひたすら痛みに耐えるだけ。駆け寄ってきてくださったレッスン仲間やコーチたちが声をかけてくれるが、上手く返事もできない。165センチという比較的大柄な私を何人かで抱えてコートの外に運び出してもらっても、誰が担いでくれているのかもわからない状態。出産以来の痛みだわ、これ。
レッスン仲間には人生経験豊かなメンバーが揃っていらっしゃるので、「動いちゃダメよ」「とりあえず冷やして。誰か、冷却材!」「無理したら年取ってからくるわよ」「お子さんは? 急ぐお迎えとかないの?」「まず整形外科に直行ね」「○○外科がいいわよ、いい先生よ〜」「何使ってここまできてるの、車?自転車?どっちにしてもダメね、タクシーだわ」「いいえ、いっそ救急車よ、座れないでしょこの状態じゃ」と、私がほとんど言葉を発しないうちに、あっという間に手筈が決まり、救急車が呼ばれてしまった。
意識がハッキリしていて、死ぬんじゃないかという苦痛があるわけでもないのに救急車で搬送されるのは、かなり恥ずかしい。ストレッチャーに乗せられ例のオレンジ色の毛布の上からバンドで固定されて運ばれると、病院の中で一斉にいくつもの視線がこちらに集まるのを感じる。レントゲン撮影を待つ間の恥ずかしいこと。殊更にうつ伏せになって顔を隠していた。
幸い、骨が欠けてるとかヒビが入ってるとかズレてるとかいう問題はないとのことで、診察が終わる頃にはそろそろとすり足で歩けるようにはなった。処方された痛み止めと消炎剤を飲むと、その日のうちにじっとしている分には痛みを感じない程度にもなった。ただし、長時間いすの上に座っているのは無理。座っているときって筋肉なんか使っていないようで使っているのね。立った状態でまっすぐ歩くことはできるが、前屈みになるとかしゃがむとか座るとか立つという動作が苦しい。意外に、くしゃみや咳、ばか笑いもひびくのだ、お尻の周りの筋肉には。
翌日になると、落ちた瞬間にやはり頭を守ろうと反射的に力が入ったのだろう、首から肩、背中に欠けての筋肉がバリバリになっていた。ラケットを持っていた右手はなんともないが、左手の親指の付け根が痛いということは、一瞬左手を床についたのだな。お尻の他にもあちこち痛い。
いやはや、運動不足になりがちな生活を改善するために始めたテニスで負傷とは、うまくないなぁ。ここ数ヶ月間で溜まりにたまっていた疲れが出たのか、実は転倒の前日まで2日間ほど腸機能も停止してご飯が食べられていなかった。そんな体力低下が転倒の要因かもしれない。ここはいっそ、ゴールデンウィークを利用してすっぱり仕事を休み、心身ともに休養させるのが得策のようだ。いや、本当はこんな事態になる前に自分で体から出ているシグナルを感じ取ってコントロールすべきだったのかもしれない。きっとそうだ。幸い今回は仕事で穴を開けずにすんだが、もしも未納品の案件を抱えていたら、それで「即、入院です」なんて言われていたら、いや、一時的にでも意識不明になっていたら……と思うとぞっとする。
健康管理を含めた自己管理、まだまだ未熟であることを実感したできごとだった。
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2007年 5月 1日(火) パンの笛
本選び色々
 今年の読書体制のために、以前以上に足しげく図書館に通うようになりました。図書館と本屋さんの決定的に違う点―それは、図書館は本を売り込んでくれないところ。基本的には以前からいつか読もうと思ってリストに載せている本は山ほどあるのですが、時々その大事なリストを忘れてしまったり、なんだか計画的でない本選びを楽しみたいと思ってしまったりして、リストを持たずに図書館に行くときがあります。でも、そうなると本当にどこから選んだら良いものか、迷ってしまうのです。若い頃に読みそびれてしまった超定番ものを読むべきか、私の趣味とはかけ離れていたために手に取ったことのなかった作者の本を選ぶべきか、はたまた、ぽっと目に付いた本を適当に読んでみるべきか…。一人で長考状態に陥って、本棚の間を行ったり来たりしてしまいます。先日やはりリストを持たずに図書館に行った際には、これまでに読んだことのない作者の本を読んでみようという気になりました。そして、帰宅して早速ページを開いて読んでみたのですが…。あぁ、違いました。決定的に、私のあまり楽しめないタイプの本でした。どうも、私は本を読み始めるとあまりにも没入してしまって、完全にその「ワールド」に入り込んでしまうのです。ですから、読んだ本が私の好きな世界や、興味を抱いているワールドならば、その楽しい感覚やワクワク感がいつまでも残ってとても楽しいのですが、ちょっと苦手なワールドだったりすると、本読みが終わった後もその苦い感情を払拭するのにとても時間がかかってしまうのです。そして今回の本は正に後者のタイプでした。本当はそういう自分の固定観念を主張せずにとりあえず最後まで読んでみれば良いのでしょうし、最後まで読んで自分なりに内容を消化できればその「苦手ワールド」の向こう側に新しい楽しい世界が開けてくるのかもしれないのですが…今回はそこまで到達するまで、ずっとこの苦々しい感情を抱え続けていることに耐えられそうにないと感じてしまって、結局途中で読むのを断念してしまいました。すぐにはこの作者の本に再挑戦することは難しそうですが、しばらく期間を置いて、私の人間性がまた少し変わってきた頃にトライしてみたいと思います。それまでは、例のリストの一番下にこの本を記しておこうと思います。
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2007年 4月30日(月) かの
フシギな習慣
 日々の暮らしの中で「何だかフシギだなあ」と思える習慣が色々ある。たとえば息子の幼稚園。運動会終了時には記念品と称して袋いっぱいのおもちゃが配られる。個人的にはインパクトのあるものを一個いただいた方が良いのだが、どうやら「数は多い方が良い」らしい。色鉛筆やブロック、ノートなど細々したものが沢山入っている。すでに家にあるものと重複してしまい、中にはあっという間に壊れてしまうものも。そんなことならむしろ先生直筆のカードだけの方が親としては嬉しい。たとえば練習での取り組みやクラスとしてどのように運動会を迎えたかということがそのカードに書いてあれば、子どもたちにとっても記念になるはずだ。
 もうひとつ、先月のこと。クラスで転園していく子どもたちに皆で一枚ずつカードを書き、それを束ねてサイン帳として渡した。ところが何と、転出する子それぞれが子どもたち全員へお返しのプレゼントをくれたのだ。保護者の方は引越し準備でかなり忙しかったはず。なのに女の子・男の子用に頭数分のプレゼントを揃えてくださった。かえって申し訳なく思ってしまった。
 そしてもう一点。娘の保育園では3月末で保育士数名が退職した。しかし園児や保護者には事前のお知らせがなく、4月の登園時に初めて知ったのである。お世話になったのでせめて一言お礼を言いたかった。でもこれは上記の逆で、なまじ事前通知してしまうと保護者が記念品を心配してしまうかもしれない。保護者へ負担をかけるまいという園側の配慮とも思えた。が、もちろん真相は不明だ。
 こんな具合でここ最近、フシギな習慣が何となく気になっている。しかしこうしたことは通訳の世界でも言えるのかもしれない。たとえば「事前に資料ください」攻撃。通訳者としてはとにかく念入りな準備が命なので、口がすっぱくなるほど「資料、資料」と言う。しかしクライアントが今ひとつ状況を把握していなければ「一体なぜそんなにうるさく資料をほしがるのだろう?」とフシギに思われかねない。
 物事にはそれぞれ理由がある。お互いにきちんと背景説明をして初めて理解は深まると思う。
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2007年 4月27日(金) まめの木
全力で遊びます!
フリーランスの唯一の悩みは、休暇を予定できないことである。通訳ではある程度、繁忙期が決まっているとはいえ、業種や通訳形態によって違いがあるし、翻訳に関しては年中繁忙期といっても過言でないような気がする。以前、通訳の師匠が『この人でないと務まらないといえるような専門分野と通訳技術を持っていれば、たとえブロードバンドの届かないような山奥に住んでいたとしても、エージェントは必ず見つけ出してくれます。』と極端なお言葉を述べられていたが、もちろんそんなステータスにない私にとっては、まとまった休みを計画するのは命がけである。何に対して命がけなんだか、よくわからないが、とにかく“何もしないで遊ぶ”という行為に対してある種の罪悪感と危機感があるのだ。普段、友達と食事に行く約束をしても果たせないことも多く、自然、直前キャンセル(いわゆるドタキャン)という失礼な行為に対して理解力のある同業者とのお付き合いに限定されてしまっている観がある。
しかし、通翻訳者といえども人間、やはり息抜きしないと生きては行けない。そんな中で身についてきたのが、“全力で遊ぶ”能力である。平たく言えば、遊ぶと決めたら全身全霊、遊ぶことに集中する、ということだが、これがなかなか難しい。今日は翻訳の注文もないし次の通訳の仕事の勉強を始めるにはまだ余裕がある、という日でさえ、直前の仕事の出来や次の仕事が気になったりして、ともすれば一緒に遊んでくれている相手の言葉に上の空となり、不愉快な思いをさせることもある。また、フリーランスの通翻訳者としては、遊びに行くとしても携帯の電波の届かない場所はなるべく避けてしまう。なぜなら、仕事の電話がいつ入るかわからないからである。レストランに入っても携帯をテーブルの上に置く。これでは、息抜きなのか臨戦態勢なのか、まったく区別がつかないし、相手だって時間を取って付き合ってくれているのに失礼なことこの上ない。
そこで、『遊ぶときは全力で遊ぶべし』と心に決めたのである。過ぎ去ったことはきれいさっぱり忘れ、明日は明日の風が吹くさ〜と腹をくくり、今、目の前に繰り広げられている楽しい現状に集中するのだ。と、最近ではだいぶ心に余裕が持てるようになったのだが、それでも外出している最中に、
『急ぎの翻訳をお願いしたいのですが、スケジュールはいかがでしょうか?』
という電話がかかってくると、声も頭も心も、すぐさま仕事モードに切り換わってしまうのは悲しい性である…
これからフリーランスを目指す皆さん、勉強する時だけでなく、遊びの集中力も今のうちから身につけておくとよいですよ!
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2007年 4月26日(木) 仙人
I'm Going Home
ついに来たかー。Sanjaya’s going home.アメリカン・アイドルを見ていない人には何のことかわからず、見ている人には三週分アメリカのほうが早いのでネタバレとなり――最低ですね。ふん。で、アメリカン・アイドルです。今になって毎週欠かさず見てることをカミングアウトするのって、恥ずかしいんですけど、徹底的に「ミーハー」ですから。
今シーズン、いちばんの注目だったSanjaya君は、歌が下手、君が出てきて楽しみなのは(毎週変わる)髪形だけ、とくそみそに言われ続けたのにトップ7まで残ってしまって、でも、あまりにかわいくて、私は結構好きだったんです。オフィシャルサイトの掲示板でもインド系だから非難するんでしょ、人種差別だわと擁護するファンと、何でも人種問題にすり替えるな、という批判派がいたのですけど、私はこんなにかわいい「アイドル」がここまで歌えるんだからすごいじゃん、と思っていました。ミーハーのアイドル評論家としては、ダイアナ・ロスがmentorの回に、”Sanjaya is Love”と言っていたのが印象的で、愛さずにはいられないキャラみたいな天性のものがあるんだと思います。そんな彼がついに落ちてしまったというのが前回だったわけです。
音楽シーンで売れるのはただの運だ、という議論を昔したことがあって、だってマドンナは世界一歌がうまいわけじゃないだろう、と言う人に、確かにそうだけど、世界一魅力のある歌手のひとりでしょ、と私は反論しました。どこがどうとは説明できないんだけど、私は”She’s got an Umpf”と言ってました。アメリカン・アイドルではときどき“Yo-Factor”と審査員のランディが言い、まあそれに似たことですね。彼は「ものすごく歌が上手」というときに使っていますが。字幕では「『すっげー』と思うところ」と出ます。この字幕、結構好きです。Yoは番組でしょっちゅう出てきて、君らしい輝きが戻ってきたね、というのは”You have ‘Yo’ back in”とかね。いや、こんなの特に何かの勉強になるわけでは全然ないんですけど。
タイトルの”I’m Going Home”は今シーズンのアメリカン・アイドルの敗者のための曲なんですけど、私のブログも今回で終了させていただくことになりました。○○しなければ、というよりも、何かが好き、と強い感情を持つことがどんなことでもいちばん大切だと思っている私のブログは、ひとりよがりで、何のことだかよくわからない内容も多かったと思いますが、そういうのが、強い意見を持っているため、ぶつかることも多い方の励ましになっていれば、と思います。では。
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2007年 4月25日(水) the apple of my eye
ウィル、がんばれ
先週書くつもりだった、英国のウィリアム王子の破局報道。
英国中が大騒ぎするのはまあ分かるとして、なにも日本のワイドショーまでもがあちこちで騒ぎ立てることはないような。お妃候補に日本人の名前があがってるってなら話は別かもしれないけど。
それにしてもウィリアム王子は若干24歳。大学を卒業して、軍隊の訓練を受け、やっと仕官として勤務を始めたばかり。環境がどんどん変わっていくこの時期、下々の私たちだって学生時代からのお付き合いをずっと続ける人のほうが少ないんではなかろうか。
私は実は、ロンドン在住時代に英国王室についてちと書かねばならぬ仕事があって、多少調べたことがある。当時はまだ故ダイアナさんが健在で、離婚が決まった頃だった。BBCで独占インタビューを放映したら、その時間帯、ロンドン中から人の姿が消えてしまったなんてこともあったっけ。
先週、アメリカのことをよく知っているようで知らないと書いたが、イギリスのことも同じ。日本人にも人気の英国王室だが、執筆のために調べてみたら、知っているようで知らないことが色々あって驚いた。
たとえば、今の英国王室をウィンザー家と呼んでいるが、なぜウィンザー家と呼ぶのか。そもそも王室メンバーに苗字はあるのか。
王室の名前が変わるのは基本的に新しい家系から王が即位したとき。ヴィクトリア女王の息子のエドワード7世は父のアルバート公の家系の名前でサックス・コーブルグ・ゴータ家と呼ばれていた。ところがその息子ジョージ5世が即位した時代、第1次世界大戦でドイツが敵国となり、ドイツの名前をそのまま使うのはどうかということで、ウィンザーに変えたというワケ。チャールズ皇太子が即位するときは、フィリップ殿下の家系の名前をつけて、マウントバッテン・ウィンザーという名前になると、1960年に女王自らが決めている。
ウィリアム王子はエリザベス女王の直系の孫なので、王位継承権第2位だ。次にハリー王子、それからヨーク公アンドリュー王子、アンドリュー王子の2人の娘……と続く。英国王室は、直系に男子がいないときにのみ、女子に継承権が移るのだ。
ただしウィリアム王子も、何をやっても必ず王に即位できるというわけではない。エリザベス女王の伯父に当たるエドワード8世が、離婚歴のあるアメリカ人シンプソン夫人と結婚するために退位したのは有名。でも、チャールズ皇太子も離婚歴のあるカミラさんと結婚しているけど皇太子をやめていないので、この点はもう大丈夫そう。
今回の王子の破局には女王が介入していたと取りざたされていたが、実はこれは大問題。英国にはRoyal Marriages Act(王族婚姻法)という法律があり、王位継承権をもつ者は国王の許可がなければ結婚できないことになっているからだ。ウィリアム王子もやはり、どうあってもお祖母様の気に入る女性を探さなければならない。その点でケイトさんはOKそうだったのに……。
あともう1つ問題なのは、The Act of Settlement (王位継承法)という法律だ。1701年に制定されたこの法律(古い!)、王になる者は英国国教会かプロテスタントの信者でなければならず、そのどちらかである女性としか結婚できないと定めたもの。もともとは、カトリック女性と結婚したジェームス2世の息子を排除するためにこの法律を制定して、前妻の娘のメアリー(2世)と夫のオレンジ公ウィリアムを即位させたという、歴史の教科書のどこかで習ったあの「無血革命」の名残なのだ。王族婚姻法(1772年)といい王位継承法といい、こんなに古い法律がいまだに有効とは驚きだが、まあ英国の法律には時々こういうのがある。
なので、ウィリアム王子が今後、ヒンズー教徒やイスラム教徒の女性と恋に落ちても、相手が改宗してくれない限り実らぬ恋になってしまう。タブロイドに写真を撮られていたが、酔った王子に胸を触られていたブラジル人女性も、カトリック教徒だとしたらダメだなぁ。
……などと、余計なお世話で思いをめぐらせていた先週の初めであった。
いや、ウィル、君はまだまだ若い!恋せよ青年!

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2007年 4月24日(火) パンの笛
幸せのおすそ分け
 日曜に、とっても久しぶりに友人の結婚式に出席しました。こんなことを書くと年齢がバレそうですが、そろそろ周囲の結婚のピークも過ぎた頃で、親戚ではない友人の結婚式に出席するのは何年ぶりかしら、という状態でした。当然、こちらはコーフン状態。ですが、今回はそれだけではありませんでした。なんと、外人さんも多く出席するので、ということで、恐れ多くも挙式・披露宴の際の通訳をおおせつかってしまったのでした。私は普段は翻訳一本で、通訳は正直な話、普段翻訳をしている関連のものでもない限り、ほとんどしません。でも、その友人と一緒にいた頃は、とある企業の社内翻訳者を務めていて、ピンチヒッターの通訳も努めていたのです。その頃のことを覚えていてくれたために、今回のご指名となったのでした。しかも、基本的にはパナガイドを使った同時通訳。話を聞いた当初は本当に緊張しました。でも、日が近づくにつれ、スピーチ担当者から続々とメールが届き、詳しく原稿を送ってくださったり、話の骨子を教えてくださったり、果ては「通訳してくださるとのことですから、原稿を丸暗記します」とまでおっしゃってくださった方まで出てきたのです。本当にありがたい限りでした。そうして迎えた当日。友人は本当に幸せそうに輝いていました。会場に向かうまでは、色々と段取りやら、原稿の届いていない方のスピーチのことやらで頭が一杯だったのに、実際に友人の姿を見たら、なんだかそんな悩みはとてもちっぽけに思えてしまい、結局通訳もその無心状態のまま、続けることができました。話をする方々も皆さん協力的で、時折こちらを見ては話す速度を落としてくださったり、私が訳し終わるのを待ってくださったり。お仕事で請けた通訳であればこうはいかなかっただろうなぁ、と思うと、ありがたいと同時に、皆が友人の晴れ舞台を一緒に作り上げるために、彼女のために努めてくださっているのだなぁ、という風にも考えられて、友人が輪をかけて幸せに見えて、ますます感激してしまったのでした。楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうもので、私の通訳タイムも、気がついたら終わっていました。100%正確には、残念ながら訳すことはできませんでしたが、きっと全体の雰囲気は伝えることはできたのではないかと思っています。そして、何よりも友人の人生で大切な1ページに、私も記憶に残る者として参加できたのがとても嬉しかったです。唯一残念だったこと…どうやら普段は押し黙って仕事をしているのに、急にたくさんしゃべったせいなのか、披露宴のあたりから声がしわがれ声に…。結局披露宴の間中、私はダミ声のままでした。イヤホンを通してダミ声を聞くなんて申し訳ない限りですが、こればかりはどうしようもありませんでした。ご出席された外人の皆様、失礼いたしました!
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2007年 4月23日(月) かの
息子の通訳に学ぶ
 もうすぐ4歳になる娘が転んで腕の表面に擦り傷を作った。浅い傷ではあったが、500円玉硬貨ぐらいの範囲でザーッと皮がむけた。消毒して少し大きめのばんそうこうを貼る。子どものことだからすぐにかさぶたになって治るだろうと親は思っていた。
 しかし二日たってもまだ表面はジクジク。それで通気性のある傷あてパッチに替えた。これなら少しは風通しも良くなるから、かさぶたもできやすくなるだろう。本来ならばうんと空気にさらして乾かしたいところだが、まだまだ長袖の季節。しかも幼稚園に入ったばかりなので、汚れた手で傷口を触るのも心配。やはり傷口は覆うに限ると思った。
 三日目。まだ表面は湿ったまま。そこで夫が泡で傷口を乾かすタイプのスプレー薬を買ってきた。お風呂上りに娘の腕につけてみると、まるでシェービングフォームのようにアワアワが。これなら娘も喜ぶだろうと思っていた。ところがどっこい!娘は烈火のごとく怒り出したのだ。しかも大号泣!しゃくりあげて大泣きするので、何が不満なのか親のほうは聞き取れない。それでも何とか単語をつなげて解釈してみると、どうやら薬のにおいがイヤで、泡という物体も気に入らないらしい。要は彼女の美的感覚に合わなかったのだ。再び傷あてパッチに戻る。
 翌朝。もうそろそろいい加減、傷口を何とかせねばと私は焦り始めていた。それで私は軟膏を塗り、ガーゼで軽く覆ってテープでとめてみた。ところが娘は、園服を着るとガーゼがずれそうだと言ってグズグズ。登園時間が迫る中、私は娘にこう言った。
 「お袖をゆっくり通せばガーゼはずれないよ。それにそろそろ傷口を空気にさらしてかさぶたを作らないと、ジクジクが治らないでしょ。ジクジクが続くと皮膚が化膿しちゃってもっと痛くなっちゃうよ。だからガーゼにしようね。」
 しかしそれでも娘は渋っている。するとそばにいた5歳の息子が妹に向かってこう語りかけた。
 「あのね、ガーゼにしておけば痛いところが乾くんだって。それでね、乾くとかさぶたができるんだよ。そうすると痛いところがどんどん治るの。わかった?だからガーゼにしようよ。ね?ね?」
 こう言いながらしきりに妹の顔をのぞき込んでいた。いつもはケンカばかりしている兄妹だが、この日の息子の言動に私は大いに考えさせられた。私の言いたいことを妹の目線で、しかも妹にもわかる簡単な言葉で通訳してくれたのである。娘はホッとしたような顔で兄を見ていた。
 私の説明は医学的に見れば決して間違ってはいない。しかし聞き手、つまり3歳の娘には難しすぎた。相手がわかって初めてコミュニケーションが成立する以上、この日のすぐれた通訳者は私でなく息子であったのだ。私は普段の通訳業務で、自己満足の通訳に終わってはいないだろうか。この出来事であらためて考えさせられた。
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2007年 4月20日(金) まめの木
これでまた頑張れる
先週はいいことが二つもあった。自称「小さな幸せコレクター」である超楽観的人間の私にとっては、いいことの一つや二つ、毎日必ず発見するのだが、先週出合ったエピソードには通翻訳者の仕事の疲れや悩みをスーッと溶かしてくれる何かがあった。今日は、私も含め、時には疲れてしまうこともある通翻訳者の皆さまに効果抜群の小話を二つ。

仕事で泊まったホテルでたまたま見た、NHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」に出演していた漫画家、浦沢直樹氏の一言で、番組恒例の『プロフェッショナルとは…』という質問に対して。
『締め切りがあること。そして、その締め切りまでに最善の努力をする人のことじゃないかな…』
シンプルで当たり前のことなのだが、なんと説得力のある言葉だろう。しかも、気どらず驕らず。百戦錬磨を経たプロならではのさわやかさもあった。大量の翻訳を受けたときなど、終わりが見えなくて泣きべそをかきたくなるときがあるが、この言葉を思い出せば、萎えそうになる気持ちを鼓舞できるかもしれない。おこがましいかもしれないが、なんといっても「あの浦沢直樹だって、このような状況下で頑張っているんだ!」と思えば頑張れる。

二つ目は、以前会社勤めしていた時のお客さんと久しぶりにお会いして聞いたお話。この方はお坊さんで、曹洞宗のお寺に生まれながら一度お寺を出て、10年間自衛隊員を勤め、その後、自ら意志して真言宗のお坊さんになったという、変わったご経歴を持っている。
問:電車の中でご高齢の方に席を譲った時、三種類の反応があったとする。
・\t「ありがとう」とお礼を言って座る。
・\t何も言わずに座る。
・\t何も言わず、座りもしない。
こういったリアクションがあった場合、譲った側の心の内にどのような感情が湧くだろうか?
答:何の感情も抱く必要はない。
つまり、自分から発した動機と行動は、席を譲った時点で終了しており、その動機が心からのもので、その時自分ができる精一杯の行動を取ったのなら、相手の反応がどうであれ、うろたえる必要はない、というのだ。お礼を言われれば嬉しい、言われなければ腹が立つ、無視されればかっこがつかない、というのはどれも、自分が相手に過剰な期待している証拠であり、本当に相手を思いやった上での行動ではなく、「認められたい」という色気が動機になっているからそんな感情が発生する…
なるほど、人生、そう簡単に達観できるわけではないが、こう思えば楽になることってわりとあるように思う。
このお坊さんからはこの日、こんな言葉もいただいた。

頑張ってると思っているうちはまだまだ努力が足りない。
すべての悩み・苦しみは比較の原理から発生する。

ここまでずばずば言われてしまっては、頑張るしかないでしょう。
楽しみながら頑張りますよ〜〜〜
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2007年 4月19日(木) 仙人
知的財産について
知識や、創作されたストーリー・画像は人間だけが所有できる財産です。他の動物でも獲物となるもの、自分の領土、さらには異性の所有権まで主張しますが、知的な財産はそもそも人間にだけ許された贅沢です。財産であるがゆえに、他人の財産を享受させてもらう場合には対価を支払わねばならず、それを怠るのは財産を無断で奪い取ること、つまり泥棒と同じです。この原則を理解しているにもかかわらず、知らないうちにその泥棒行為をしてしまうことがあります。最近映画館でも、啓発CMが映画上映前に流れますね。安いからと海賊版のDVDなどを買うと、著作権者に本来支払われるべき対価が渡らなくなってしまうからです。本に関しても同じで、書籍が、知的創作物の楽しみを享受する人(読者)の手に渡るとき、販売された代金には著作権料が含まれ、著作権者に支払われるようになっています。創作世界を楽しませてもらっている代金です。
中古の本では、この著作権料が支払われません。つまり基本的には、中古本は海賊版DVDを買うのと同じ、著作権侵害にあたります。例外として古書店などで、その著作権が消失しているような古い本、さらには著作価値の再発見ができる「目利き」店主の存在という条件のもと、最初の購入時に対価が支払われ、その中古本の出所が確認されているときなどはこの限りでないこともあります。この場合の絶対条件は、その本がもう新品では手に入らない状態にあるということです。しかし、大規模に展開するような中古本ショップチェーンでは、あきらかに万引きされたものが売られたとしか思えない、たとえばハリー・ポッター本など、現在確実に売れている本が一度もページを開かれたこともない状態で、しかも発売当日に山積みされているようなこともあります。こういった場所で中古本を買うのは、知的財産の泥棒行為だと、私は思います。
小うるさいことを、硬い言葉で書き連ねて申し訳ありません。通翻訳という「言葉」を職業にする私たちは、知的財産の侵害とはできるだけ遠い場所にいるように、ふと気づかぬうちに、そういった犯罪行為に加担するようなことにならないよう敏感でいましょう――そう感じてしまった今週でした。過剰反応でしょうか。
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2007年 4月18日(水) the apple of my eye
なんとかならないのか
アメリカから悲しいニュースが飛び込んできた。
バージニアの大学キャンパス内で銃の乱射事件が発生、犯人を含め33人も亡くなったという。学校での乱射事件といえば、1999年にコロラド州のコロンバイン高校で12人が殺された事件が最も記憶に残っているという人が多いと思うが、あれをきっかけに米国での銃規制がやや厳しくなっても、「またか……」という事件が後を絶たない。確か昨年秋にもペンシルバニア州のアーミッシュの小学校で、女の子が5人射殺されたという事件もあった。
会社員時代に渡米して、バージニア、テキサス、ミシシッピ、ニューヨークなどで合計2年間暮らした。その間、知っているようでよく知らないアメリカという国の文化や政治、社会について色々驚くことがあった中でも、この銃の所持の容易さは最も驚いたことの1つだ。銃が関与する事件が発生する度に銃規制についての議論が起こるが、銃所持擁護派が持ち出すのは決まって、合衆国憲法第2修正。
“A well regulated militia being necessary to the security of a free State, the right of the People to keep and bear arms shall not be infringed.”
「武器を所持することは国民の権利であり、侵すべからず」と解釈されるこの条文が、いったい何人の罪もない人を殺したのだろう。
銃規正法で最も有名なブレイディ法(Brady Handgun Violence Prevention Act)が施行されたのが1994年だが、その後も、学校という本来なら銃が関与するはずのない場所で、犠牲になった子どもたちが何人いるか数えるだけで悲しい。
一方で、米国の選挙で大きな争点となることが多い中絶を認めるか否かの問題では、銃支持派と同じ保守派によって「中絶とは胎児を殺すこと」だと主張されるのだから、そのバランス感覚が今ひとつよく分からない。
銃所持擁護派の最大勢力全米ライフル協会(NRA)の広告塔はご存知ハリウッド俳優のチャールトン・ヘストンだ。2003年にアルツハイマー病を理由に辞任するまで5年間も会長を務め、アル・ゴアvs.ジョージ・ブッシュの大統領選では、ゴア候補が銃規制推進派であることを非難して、憲法第2修正の権利を奪うのは、“"from my cold, dead hands”だと叫んだことで有名。年齢がばれるが私などにとってはチャールトン・ヘストンといえば、ユダヤ民族の受難を描いた大作『十戒』と『ベン・ハー』で、悩み苦しむヒーローを演じた姿(リアルタイムでは観ていません!小学生の頃に『〜洋画劇場』でワクワクしながら見た記憶があります)が記憶に焼きついているのだが、そんな彼が「死んでも守ろう」としたのは何の権利だったのだろう……。
実はイギリスのウィリアム王子と恋人の破局報道について書こうと思ったが、このニュースを知ってこちらを書かずにはいられなかった。亡くなった学生さんたちのご冥福を祈りたい。
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2007年 4月17日(火) パンの笛
思い入れがてんこもりの私の文章…
 週末に読んだ記事に、作家の丸谷才一氏が朝日新聞の新人記者に向かって話した言葉が載っていました。「いい文章は、一升マスに八合入っているものです。残りの二合はどうするか。名文というものは、読者が二合を補うように書いてあるものです。新聞記者がよくないのは、一升マスに一升五合も二升も入れることです」…私は新聞記者ではありませんが、耳が痛いです。文章と言うのは、取りも直さず書き手の人格が浮き彫りになるもの。意識していなくても、人となりが出てしまうのです。このコーナーのように、自分の思いを綴っている文章は尚のこと。私はと言えば、ハッキリ言ってクドい。自覚たっぷりです。元々子供時代を外国で過ごしたせいか、自分の言いたいことははっきり言わなくては誰も汲み取ってくれることなどあり得ない、という感覚が身についてしまっているのです。その分逆に、相手が口にしなかった事柄は、本当は色々あるのかもしれないけれども、聞かなかった分にはお互いなかったことにしていてもいい、という考えがどこかにあるのも事実。そんな考え方が人間関係にもたらす問題は吐いて捨てるほどありますが、まぁ、人間関係については私の精進の問題、ということにしておくとしても、その考えが文章に表れているのも、紛れもない事実です。言いたいことは、手を変え品を変え、これでもかこれでもかと書き連ねてしまいます。これでは、読み手は誤解こそしないものの、食傷気味になってしまうだろうなぁ、とは思うのですが、なかなかこの性分が変えられないのです。文章を翻訳する場合、原文のトーンをなるべく忠実に訳したいともちろん考えているのですが、文章のトーンというのは、出てくる単語を逐一別の単語に置き換えるだけではどうにも作り出せないものなのです。そこで、懸命に描写されている事柄の表も裏も側面も行間もすべて読もうと考えるわけですが、それを訳したときについ、その「表も裏も側面も行間も」訳出した文章に書いてしまいがち。少し時間がたってから読み返して、慌てて言葉を削ることになるのです。八合分の文章を書く修行は、まだまだ続きそうです。せめて、自分がクドいという自覚だけは明確に持って、少しでも見直しの時間を多く取って、簡潔で的を射た文章を書けるようになりたいと思います。
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2007年 4月16日(月) かの
1ヶ月ぶりの街へ
 春休みが明け、一ヶ月ぶりに指導先のある通訳学校の街へ出かけた。学校はわが家から約2時間。長い通勤だが、車中ではたまった新聞や本を読める。子育て中の私にとっては貴重な時間だ。特に週末などは家事や子育てであっという間に過ぎてしまう。新聞もたいてい金曜日夕刊から月曜日朝刊まで手付かずというのが恒例。よって特に月曜日の授業の日などは読むべく新聞をドッサリ抱え、帰りの車内で読む本も数冊入れる。通訳の仕事を翌日に控えているときは資料にも目を通したい。寄稿もしているので校正原稿やらネタ用ノートもついでにカバンへ放り込む。これにプラスして授業の教材も入るので、カバンは常にパンパンだ。
 車窓からの景色を楽しみつつ、そうした資料の一部を読んでいると目的駅へ到着。学校近くのカフェに立ち寄るのが週一度の楽しみだ。落ち着いた店内でラテを飲みながら、授業へ向けて集中力を高める。おまじないではないけれど、こういう「自分だけの習慣」を持つ人は多いと思う。以前あるスポーツ選手が「試合前にはいつも同じ音楽を聞いてヤル気を出す」と述べていたが、それと同じなのだろう。
 さて、このカフェを一ヶ月ぶりに訪れてみると、何と看板が出ていない。近づいてみると店内はもぬけの殻。移転のお知らせも張り出していないあたり、どうやらあっという間に閉店してしまったらしい。ついこの間までお客さんが沢山入って活気のあるお店だったのにと一瞬信じられなかった。
 このカフェは店員さんたち誰もが親切で、世間話をしたりコーヒー豆を紹介してもらったりと、私自身随分お世話になった。春は出会いと別れの季節と確かに言うけれど、桜の花びらが散り去るかのごとく、お気に入りのカフェが消えてしまったのは何とも寂しい。閉店するとわかっていたら、最後に訪ねたときにお礼を言いたかったし、もっと沢山コーヒー豆を買っていたのになあと思う。私にとって身近な存在となっていた店員さんたちが今、どこか新しいお店で元気に活躍していることを願っている。
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2007年 4月13日(金) まめの木
歌っているかも?!
今週月曜日のお話当番、コーディネーターの名坂さんのお話を読んで、「私は無意識に歌っているかも…」とドキッとした。ちゃんと意識を引き締めておかないと、鼻歌を歌ってしまう癖があるのだ。子供の頃、自分としてはまったく“歌った”記憶がないにもかかわらず、「ご飯を食べながら歌うのをやめなさい!」とよく母親から叱られていたし、小中学校では試験中の鼻歌を注意されたこともある。決してふざけているわけではないのに出てしまう。大人になった今でも、駅で電車を待っているときなどに危うく音声を発してしまいそうになったところで危機一髪、気がつくことがある。これでは“にやにや”同様、知らない人が見たら非常にあぶない人に映ってしまうので、公共の場ではきちんと自分の挙動を見張っているようにはしているが、鼻歌解禁エリア、つまり、自宅のキッチンやバスルームなどでは気が緩むのか、鼻歌監視態勢が自動的に解除されてしまう。

この鼻歌のメカニズムを紐解いてみると、脳が思考している状態とかなりの結びつきがあることがわかった。何か別のことを考えているときにこの癖が発現するようである。ここまで大げさに考える必要があったのは、なんと仕事中に鼻歌が出そうになったからである(もちろん、ちゃんと気がついて阻止しました)。鼻歌は決して特定の歌の再現ではなく、あくまでも思考中に出る「フムフム」や「mhm」という音の延長なのである。しかも、通訳中の顔がまた鼻歌環境に適しているらしい。ちなみに私の通訳顔を再現すると、こんな感じである(お時間・ご興味のある方はどうかやってみてください):
集中すると眉間に力が入るため、眉毛が上がる。耳は、少しでも音が良く聞こえるように後ろ側にぐっと引き上げる。そして、腹式呼吸のためもあるが、花粉症歴30年の私は、鼻腔内の空気の通りが良くなるように鼻先もぐっと上げる。この時、鼻の穴は横に開くのではなく、鼻を高くするイメージで縦に開くのがコツである。口を開くと腹式呼吸が難しくなるので、口はしっかりと閉じておく。口の形はすぐに言葉を発せられる態勢にしておかなければならないので、上唇はリラックスさせ、下唇を心持ち引いておく。
これを真似してみた読者の皆さん、すぐにでも鼻歌が出そうにはなりませんか?

しかし、である。お客さんの前で鼻歌を歌う通訳者なんて聞いたことがないし、ファッション雑誌などにもよく、人に見られているという意識を持つことで表情や姿勢が美しくなるとある。先日通訳した演出家も「プロの役者たるもの、日常生活の中での無意識な挙動をすべて意識化すべきである。」と言っていた。通訳も常に人目にさらされる仕事なので、やはり普段の生活からきちんと自覚しておく必要があるのかもしれない。
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2007年 4月12日(木) 仙人
新学期に
マリコさんが、しばらく前に「ぶっちゃけ」というような言葉を使いたくないと書いておられました。同感です。しかし、自分がきちんとした日本語を使えているかと考えると、ふと不安になるときもあります。文字になって残る翻訳についてはなおさらです。
最近の英語フィクションは、どんどん書き言葉と話し言葉の違いが少なくなってきています。読んでいるだけだと、そのほうがしっくり来るというか、楽しいと思います。もちろん日本語に比べると、もともと英語は書き言葉と話し言葉の差が大きくないのは、おわかりだと思いますが、昔風の、セミコロンやダッシュもなしに延々と何ページも主人公の心の動きがモノローグで続く文章より、今風のcrispというのか、てきぱき、短いセンテンスで、たたみかけるような文体は、読みやすく感じます。ところが訳すときには、そのスリリングさが罠をかけるように待ち構えています。今風の英語でも「壊れた」言語への進行度は日本語より緩やかであるからではないかと考えているのですが、正確な訳とスピード感を損なわないことにだけ気を取られていると、読み返したときに、ずいぶん訳文が「壊れて」いて、はっとします。
それで、テンポよく、なおかつきちんとした言葉にしようと思うと、ときどき格調高い日本語に接する必要性を感ずるようになります。何年か前に「声を出して読む」べき日本語がはやったことがありましたよね。あの当時は、言葉の切り取り、文章の断片だけを読むことを少し疑問に思ったりもしたのですが、声を出して美しい日本語を読みたいというコンセプトには賛成で、私も実は同じようなことをしています。
私の秘密兵器は、中島敦の小説です。高校の教科書に載っていた『山月記』などの短編がいくつか入った文庫は、仕事をするコンピュータのすぐ横に置いてあって、『山月記』や同じく漢詩に題材をとった『李陵』など、文章の歯切れのよさが声を出して読むのが気持ちよくて、訳に詰まって頭をどこかにぶつけたい気持ちになるとき、たまに何ページも続けて、アナウンサー気分で読み上げます。そのあと、最後まで読むと、その内容に深く自戒させられ悲しい気分になるのですが、あまり不快な悲しさにはならないのも不思議です。簡潔で歯切れのよい日本語に触れたいときに、ちょっとおすすめです。
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2007年 4月11日(水) the apple of my eye
食わず嫌い
昨日の夕食時、ぼーっとしていて息子の皿に彼がいつもは食べないシイタケを盛ってしまった。「うわ!シイタケだ!」と文句を言うので、「そんなこと言わないで1個くらい食べたら」と勧めると、案外素直に口に運び、「フム……まずくない」とか言っている。なんだ、食べられるんじゃン。
有難いことに息子はよく食べるし好き嫌いもあまり無い。唯一、頑として食べないトマトも、給食ではお代わり欲しさに我慢して食べているらしい(自分の分を残す子は、好きなおかずもお代わりさせてもらえない)。保育園の頃は柑橘類も苦手だったのが、今は喜んで食べている。キノコ類も以前は食べなかったが、まずクセのないエノキから食べ始め、シメジやなめこもOKになり、昨日でシイタケも克服!ちょっと前にはパパが作ったピーマンとジャコの炒め物でピーマンも食べられるように。私も子どもの頃はシイタケ、春菊、ミツバといった比較的においの強いものは食べられなかったが、長じてシイタケは大好物に。ちょっとでも苦味のあるものは、チョコレートですら避けていたのに、今はすっかりコーヒー党。しかもブラック派。味覚は成長するものなのだ。
でも食べられるようになるには、まずそれを口に入れてみないといけないわけで、それはどんな場面でも同じことが言えると思う。成長するためには、やってみないことには始まらない。
翻訳の仕事は、その言語のものなら何でも扱うというわけではない。私は機械とか物理化学とか、そういった分野はダメ。コーディネーターさんもその辺はもちろん承知して仕事を割り振ってくださっているが、たま〜に、「なんじゃこりゃ?」の内容のものを請けてしまうことがある。たとえば契約書などの法律文書を専門にしていても、中にはその業界の高度なテクニカルタームがバンバン出てくるものもある。
以前、「仕様書です」と請けた仕事が、建築資材や工法の話で参ったことがある。医薬品会社の訴訟文書で、最新の抗生剤や治験の話が延々続いたこともあった。広告会社の社内文書だということで日英の仕事を引き受けたら、業界用語と和製カタカナ英語の羅列で構成された日本文が理解できずに四苦八苦することもあり、自動車のパンフレットでは、「しなやかな走りを実現」だとか「エンジンマウントの」とか、「トランスミッションの剛性が」、「走行安定性」「静粛性」「操縦性」「応答性」(「〜性」ってのが多いんですね)といった、独特の言い回しを研究したりもする。
要するに、食わず嫌いを少しずつ克服するのに似ていて、まったくの畑違いの仕事を引き受けたら消化不良で顧客に迷惑をかけることになるだろうが、だからといって専門分野を厳密に設定しても、自分は成長しない。タマネギが苦手でもお味噌汁に入っているものなら食べられるように、理工系の分野が苦手でも消費者向けのパンフレットや一般雑誌記事に入っているもの程度なら取り扱えるかもしれない、そういうことなのだ。苦労して食べているうちに美味しさに気づいて好きになることもあるだろう。
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2007年 4月10日(火) パンの笛
きわめて個人的な読書術
 一年間で百冊読書の目標は、その後それなりに続いています。これまでに読んだ本の数は28冊。今はもうすでに4月も半ばにさしかかろうとしているから、これではちょっと遅いかしら…。「お話当番」で名坂さんも目標に向かって頑張っておられると読み、私も再度奮起です! 今年に限って言えば、とにかく「数」を読むことが第一の目標なので、寸暇を惜しんで読書タイムをひねり出しています。そのおかげで、私固有のスケジュールに合わせた読書法が身についてしまいました。以前のように、通勤時間で片道約40分近く集中して読書できる環境はなかなかないので、どうしても細切れになってしまい、時々お風呂に一人でゆっくり入れるときや、夜仕事をしなくても良い日に眠りに付く前に少し長めに読書の時間が取れる以外は、一度あたりの読書時間は長くて10分。その結果、私はほぼ常に2冊、多いときは3冊の本を平行して読むようになってしまいました。1冊は自己啓発ものや子供の教育などを扱った実用書、2冊目は仕事で必要な知識の本など、細切れに読んでもあまり抵抗のないもの。そして3冊目は多少深く読まないとその世界に入り込めないような文芸作品。日中、あまり長い読書時間を確保できないときは、実用書や仕事の本を読み、長めに時間の取れるときには文芸作品を読むのです。以前はとにかく1冊ずつ読んでいたのですが、そうすると「今5分だけ本を読もう」と思って文芸作品などを読み出すと、時間になっても止まらなくなってしまったり、逆にもう一度その世界に入り込む前にやめないといけない時間になってしまって、本のイメージ全体が散漫になってしまったりして、なんだかちゃんと中身を読んだ気になれなかったりしたのでした。しかし、2〜3冊並行して読めば、確保できる時間に応じた種類の本を読んでいくことができるので、効率よく読書ができるのです。今はちょうど全ジャンルの3冊を読み終わって、次の本を選ぶ段階です。読みたい本は以前からかなり長いリストが作ってあったので候補には事欠きません。今日は仕事が一段落したら図書館に行って、本選びの予定です。今日はムフフのバレエの日だし、張り切って仕事に臨んで、すっきりしたところでバレエと本選びを堪能したいと思います!
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2007年 4月 9日(月) かの
先輩の義務
 通訳は体力勝負。スタミナ作りのためスポーツクラブへ通うのも私にとっては仕事の一部である。私のお気に入りは音楽にあわせてバーベルを使うクラス。ウェイトを自分で調節するのでマイペースでできるし、音楽も元気が出る曲ばかり。幸い私の通うクラブは全国に支店があるので、仕事の合間に最寄の店舗へ出かけている。
 先日参加した某店舗でのこと。先輩インストラクターとOJTインストラクターのペアによる60分レッスンだった。OJTの講師はまだ若く、これから実践を積んでいずれは一人でクラスを受け持つという段階だった。
 そのインストラクターは初めてのOJTなのでかなり緊張していた。一生懸命さが表れていたと言ってもいい。「ひざを伸ばしきらないで」「背中が反らないように」「腕は軽く曲げて」など、レッスンに必要な知識を参加者たちに向かってずっと述べていた。「ひたむきに頑張っているな。緊張しているけれどにこやかでさわやか。これなら今後経験さえ積めばどんどん指導力も伸びるはず」と私はレッスンを受けながら感じていた。
 しかし先輩インストラクターはなかなか手厳しかった。皆の前で「うーん、キミ、まだ声が小さいなあ」「一緒に飲みに行くと全然違うのになあ」「やっぱ声が小さいよ」と一曲ごとに辛辣なコメント。確かに先輩の彼はキュー出しも上手だし、声も大きく聞きやすい。たとえ話や冗談なども交えてテンポ良くレッスンを進めていた。でもだからと言って新人に最初から完璧を求めるのもなあ・・・と私は思った。
 齋藤孝氏は次のように述べている。
 「初年度の教師が持つ緊張感は、生徒にも伝染する。その緊張感の共有が、一つの同じ場を作り上げているのだという意識を生み出す。参加し作り上げる感覚が、生徒の方にも生まれる。」
                 「教育力」(岩波新書。2007年)
 つまり逆を言えば経験のある教師はそつなく授業をこなす分、生徒は安心する一方で油断もしてしまう、というわけだ。
 誰もが新人時代はあったはず。先輩の役目は後輩を温かく見守り、育てることではないだろうか。厳しくして伸ばすというやり方も確かにあるけれど、萎縮してしまっては伸びるものも伸びない。後進を育てることこそ先輩の役目であり、義務でもあると私は思う。 
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2007年 4月 6日(金) まめの木
容姿の問題再び…
この時期、ぐんと増える仕事のひとつに監査の通訳がある。ドイツの企業がサプライヤーである日本のメーカーを視察にやってくるのだ。どうゆうわけだか毎年、4、5月に集中する。初めてこの仕事をした時は“監査”という言葉の響きに圧倒され、何百もの単語をかき集めて鼻息荒く臨み、最初に習った通訳の師匠が言っていた言葉を思い出さずにはいられなかった。

…通訳とは、言葉遣いひとつでクライアントの利害を左右しかねない仕事です。あなたの発する言葉にはそれだけの責任があるということを重々、自覚してください。あなたの訳次第では、避けられるはずの争いが生じたり、貧しい人々が援助を受けられない状況が発生したりすることもあるのですよ…

しかも、社内には英語ができる人もいるのに、監査だから念には念を入れてドイツ語通訳者を雇うケースが多く、そんなクライアントさんのお気持ちを察すればこそ、まったく気の抜けない現場なのである。スケジュールはほぼ共通しており、午前中が工場見学、午後に監査内容の質疑応答というのが標準で、大体一日で終わる。難しいのは、午前中の工場見学は語学のできる社員が対応し、通訳は午後の会議だけ来てくれればよい、というご依頼だ。午前中に油の匂いを嗅げないと詳細をイメージするのがなかなか難しいのだが、回数を重ねていくと、「あそこでパーツを供給してここでプレスして、こっちで組み立てる」というように、工場のレイアウトや作業工程を最初の5分位でシミュレーションできるようになってくる。

ところが、最近またやっかいな問題が浮上した。どうも私は実年齢よりも若く見えるらしい。外見的にも、どこをどう見たって「機械工学を専攻しました」というような迫力がないせいか、初めてのクライアントさんだと仕事が始まる前に、
『機械分野のご経験はありますか?』
『専門用語が出てきますけど…まあ気楽にやってください。』
と言われてしまうことがある(泣)。ドイツ人なら、ここで『いいえ、私にはこれこれこうゆう経験がありますから、どうかご安心ください!』と熱烈に自己アピールしてしまうのだろうが、以前ご紹介した先輩の金言をかたくなに守っている私は“できます・知ってます”オーラを決して出さないように努め、『ええ、まあ、はい…』と曖昧に微笑んでしまう。これまた逆効果なのだろうか。しかし、通訳の守秘義務から、こういった場合には間違っても『○○社で△△の仕事をしました。』などと言ってはならないのだ。

普段生活している分には若く見られるのは大いに結構なことなのだが、通訳者としてはあらたなコンプレックスの種である。外見からにじみ出る安心感というのも、もしかしたら通訳者に必要な資質かも…と悩んでしまう。どうにか“機械にちょっとは詳しい人”風にイメージチェンジできないものかしら…
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2007年 4月 5日(木) 仙人
スカボロー・フェア/詠唱
『明日に架ける橋』が大ヒットしていたとき、レッド・ツエッペリンのほうが絶対かっこいいと主張し続けるロック少女だった私は、同年代の人の中では比較的、サイモン&ガーファンクルへの思い入れは強くありません。でもポール・サイモンの才能はすごいと思うし、有名な曲は今でもほとんど歌詞を見ずに歌えます。ただ、好きなのは『僕とフリオと校庭で』とか『僕のコダクローム』みたいなポップな曲です。
まるで関係ないところから入ってしまいましたが、また選挙騒音に悩む日々です。前に選挙活動への苛立ちをここで話したとき、タイトルを”The Sound of Silence”にしてしまって、今回は『スカボロー・フェア』。理由はですね――ラウドスピーカーの絶叫に会議などが中断し、日本にそれほど慣れていない外国の人から「あの音は何?」と聞かれることも多くあり、答えるわけです――「選挙です」「何を叫んでいるのか?」「基本的に候補者の名前と……」ここで『スカボロー・フェア』が関係するんです。私の中でだけの話ですが。
S&Gのアルバムを買った当時、中学二年生だった私は、歌詞カードの対訳の「そこに住む人たちによろしくと言ってくれ」という言葉で、初めてremember me to (somebody)という言い方を覚えてしまったため、「よろしく」でつい、”remember me to one who lives there”と頭の中に浮かぶのです。
選挙騒音に話を戻します。世界中、こんなひどいことになる国ってあるのでしょうか? ここまで選挙騒音がひどい原因のひとつに、日本語には「よろしくお願いします」という言葉自体には意味を持たない文章が存在するからではないかと思っています。英訳では「よろしくお願いします」は、無視する文の代表ですが、他の言語、とくに他のアジア系言語、たとえばタイ語とかベトナム語には、似た表現はあるんでしょうか? あったらきっとその国では選挙騒音がひどいに違いないぞ! しかしですね、通常は訳さない「よろしく」ですが、選挙カーの「よろしくお願いしまーす!」って本来の意味通り、Remember meだと思いません? よろしく伝えるではなくて、心に留めて、覚えてねという意味で。
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2007年 4月 4日(水) the apple of my eye
バウワウチック
仕事は翻訳ですと言うと、「すご〜い、英語ぺらぺらなんですね〜」という反応をいただくことがある。帰国子女や外国語を使って仕事をしている人が多いと思われる東京ですらこうだから、田舎に行くと尚のこと。
いや、ぺらぺらっていうその表現自体がどうかと思うのだが、ぺらぺらって何だ。どの程度喋れることをぺらぺらって言うんだ。いや、私は少なくともネイティブでもバイリンガルでもないからぺらぺらじゃない。かと言ってよくあるパターンの1つ「いえ、日常会話程度です」という返事も好きじゃない。日常会話って難しいぞ。話題がどこに飛ぶか分からないのだから、ある程度ボキャブラリの領域が決まっている翻訳より難しいかもしれない。
そんな天邪鬼的思考がぐるぐるして返事ができなくなっている間に、相手は「帰国子女とかですか?留学してたんですか?」とくる。
その『とか』ってのはやめなさい、などと思いつつ、質問の本題についてやっと答えられてほっとする。帰国子女じゃありません。留学は少ししていました。
さらに私の仕事や英語を日常的に使っているという事実に興味を抱いてくださる相手だと、どれくらい留学すれば「喋れる」ようになるのかとか、大学は「英文科」だったのかとか、どうやって「翻訳家」になったのかとか、あれこれ聞いてくださる。「喋れる」「英文科」「翻訳家」の3つには、必ずしも相関関係はないのだということや、「帰国子女」や「留学」が必要条件ではないということや、そもそも私は「翻訳家」ではなく単に翻訳を仕事にしている人間なのだと説明したいのだが、そんな説をぶったところでどうなるものでもなし、ジレンマは続く。
いっそ、こう言ってみたらどうだろう。
いえ、私の原点は『バウワウチック』です、と。
ご存知の方も多いだろう。リチャード・スカーリーの英語の絵本の中に出てくる、自分を犬だと信じて疑わないヒヨコだ。
子どもの頃、カリフォルニアのパロアルトに住む母の友人がくれたのだったと思うが、リチャード・スカーリーの絵本が何冊か家にあって、よく眺めていたのだ。ブタさんだのウシさんだののキャラクターが農場を経営していたり、商店街でお店をやっていたりする中で、出色のキャラクターがバウワウチックだ。いや、そういう名前がついていたかどうかは定かではないが、我が家ではバウワウチックと呼び、彼が出てくるページを探しては、突拍子もない場面で頑なに「bow wow!」と鳴いてはご満悦の、キュートな彼の姿に笑い転げていた。ただそれだけなのだが、今のように外国語放送や語学関連の情報があふれているわけではなかった昭和の時代、リチャード・スカーリーが家にあったこと、それが今の私の仕事につながっているというのは、あながち的外れじゃないと思う。
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2007年 4月 3日(火) パンの笛
別れの春、出会いの春
 春ですねぇ。ちょっと油断している間に桜も満開を過ぎてしまいましたが、それでもまだ、我が家の近所の桜並木はとても美しく咲き誇っています。でも、今年はそんな桜も寂しく見えてしまいます。息子は1歳を過ぎた頃から保育園に通い、小学校に入ってもその保育園に併設の学童保育室に通っていました。その園の存在は、私たち家族にとってはまるで空気のように、「あって当たり前」の場所で、家の次に家族がもっとも頻繁に出入りし、また心を寄せていた場所でした。でも、市の政策がここ数年で大きく変わり、私立の学童保育には補助金が出なくなり、結局3月一杯で学童保育室は閉室、そして保育園本体もこれまでの私立から公立保育園へと転身を遂げました。いずれはこの日が来るのはわかっていましたが、あまりにも早い展開に、子供のみならず親のこちらまでもが狼狽気味です。思えば、毎日毎日息子と家で二人っきりで息が詰まりそうになって仕事を探し始めたあの頃、季節外の入園にもかかわらず温かく迎えてくれたのが、あの園でした。先生方がとても熱心で、いつも笑顔で「お母さん、行ってらっしゃい!」 「お母さん、お帰りなさい!」と迎えてくれて、その笑顔を励みに仕事にも力が入ったものでした。息子の手を引いて保育園に歩いていった雪の日、私が坂道で転んでしまったのを見て、まるで子供にするように手当てをしてくれたのも、若い元気な先生でした。園の先生方、クラスのお友達、そしてそのお父さんお母さんの仲間という、たくさんの人たちに支えられて、今の息子が、そして今の私があることを実感させてくれます。あの時園が温かく息子を迎え入れてくれなかったら、今こうして日々翻訳をしている私はいなかったのです。そうして育ててもらった我がファミリーは、今度は園の庇護のない場所へと旅立たなくてはいけないんだ、とやっとどうにか実感が沸いてきました。きっとこれからもたくさんの人にお世話になり、お互いに切磋琢磨しながら生きていくことになると思います。家族としての最初の時期にあの園に出会えたこと、他者の存在がどんなにありがたく、温かいものかを教えてくれた園に、深く、深く感謝したいと思います。息子が他者との信頼関係と愛情を信じる少年に大きく成長し、私が仕事に没頭できる環境を与えてくれて、本当にどうもありがとう。息子は新学期からは市の学童保育に通います。賛否両論の学童保育ではありますが、園で得たものを財産に、また新しい人たちとかかわりあって、きっとまた一段と成長してくれるのではないかとちょっぴり期待もしています。息子のみならず、私も成長しなくては!
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2007年 4月 2日(月) かの
携帯電話がなかった頃
 今日から新年度。電車には新しいスーツに身を包んだ新卒者たちが沢山乗っている。新たに社会に仲間入りした若者たちはこれから色々なことに直面し、悩んだり喜んだりして成長するのだろう。毎年この時期になると私は自分が入社した頃を思い出す。
 当時はまだバブルの頃。売り手市場の就職活動で、金融業界が圧倒的な人気を誇っていた。私が入ったのは外資系航空会社。日本語機内誌を編集する広報部か旅客部門を希望していた。しかし配属されたのは貨物部だった。
 未知のカーゴの世界に最初は大いに戸惑った。自分の希望でない部署というのも不本意だった。しかし学べば学ぶほど、奥が深いことも知ったのである。当時は携帯電話もメールもない時代。職場も今のように各社員がキュービクルの中で仕事をするのでもなかった。大部屋を部署ごとに区切って、まるで小学校の職員室のごとく、机と机が並んで「島」のようになっていたのである。
 得意先から営業マンへの電話はたいてい午前中に会社にかかってきた。新人の私はそれをメモしておく。お昼ぐらいになると出先の営業マンが公衆電話からかけてくる。こんな具合だ。
 「かのさん?僕の外出中に何か連絡ありましたか?」
 「あ、お疲れ様でーす。えっと、○社からXXトンの貨物を輸出したいそうです。中身は精密機器とのことです」
 「OK!ありがとう。早速先方に電話します。」
 こうして私は先輩たちに伝言を伝えていたのである。入社するまでの私は、飛行機が乗客のスーツケース以外に商業貨物を運んでいることすら知らなかった。しかし電話を取り次ぐことで、「精密機器を運ぶにはどれぐらいしっかり梱包するのか?」「動物を運ぶって言っていたけれど、各国の検疫事情は?」と自分なりに好奇心が芽生え、自分で調べるようになったのである。
 つまり、当時は携帯やメールがなかったからこそ、私の勉強のチャンスが広がったとも言える。さらにもし私の机も準・個室で、欧米のように契約内容の仕事だけをやるという状況であったならば、上記のような自主的な勉強もしなかっただろう。自分で課題を見つけ、自分で調べてみること。その過程は学習の基本とも言える。社会人一年生のときにそういう状況で学ぶことが出来たのは自分にとって良かったと今、改めて思う。
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2007年 3月30日(金) まめの木
何でも勉強
ビデオから流れるアナウンサーの声を、一生懸命ウィスパリングしている。

大海原に白い泡が螺旋状に浮き立ってきました。
これは何でしょう?
ザトウクジラが漁をしているのです。
ザトウクジラはこのようにチームを組んでイワシの群れを中心に追い込み、狩をするのです…

(わっ、ザトウクジラという単語、調べてこなかった!とりあえずクジラと言っておいて、後でタイミング見計らって言い直そう。で、でも、ザトウクジラはキーワードで何回も出てくるし、このままでは絶対にまずい!まずいぞ〜、さてどうしよう!?)

…というところで、ハッと目が覚めた。夜のニュースを見ようと思ってテレビをつけたところまでは覚えているのだが、どうもそのまま寝入ってしまったらしい。その日は朝早くからウィスパリングの仕事をしたせいか、ニュースの後に始まった動物番組から流れてくるナレーションを半分寝たまま、一生懸命ウィスパリングで訳していたのである。夢とはいえ非常に焦り、心臓がドキドキした。これから “ザトウクジラ”がでてくる仕事があるかどうかわからないが、恐怖があまりにもリアルだったため、さっそく調べておいた(ドイツ語関係の読者の皆さまへ:ザトウクジラ= der Buckelwal)。

普段、何気なく調べたことや、読んだ本が仕事に役立つことがある。インタビュー通訳で好きな作家は?と聞いて、自分も好きな作家だった場合などは嬉しくなる。作品の読みどころを通訳するときも、当然、熱が入ってしまう。先日通訳した演出家のワークショップでは、なんと漫画の知識まで役に立った。ワークショップ二日目、演出家が「みなさん、今日はボクシングの練習をします。」という。ボクシングといっても実際に拳を使うのではなく、ボクシングのルールに則り、セリフに込めたパワーでいかに相手をノックダウンさせるか、という趣旨のエチュードだ。

ここではレフェリーを置きません。そのかわり、ボクサー役2名以外の参加者は判定員として、有効打が決まった場合はポイントをカウントしてください。ただし、有効打であったとしても、相手が上手にディフェンスした場合には有効ポイントになりません。反則も実際のボクシングと一緒です。ベルト以下のダッキング、バッティングなどの危険行為、また実際に殴るのも禁止です。戦術としてクリンチなどを使うのは認めます…

ここまで書くと、漫画に詳しい読者の方ならおわかりかと思うが、以前かなりはまっていた車田正美氏の『リングにかけろ』の漫画である。脳ミソを振り絞る仕事が続くとストレス発散に漫画が読みたくなることがあって、そんな時は「こんなもの読んでいる場合か!?」とかえって自己嫌悪に陥るのだが、人生、無駄なことなどひとつもなく、何でも勉強になるものだ、と漫画を読む言い訳をみつけてしまった。
“ザトウクジラ”もいつか役に立つ日が来るかもしれない。
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2007年 3月29日(木) 仙人
努力の源泉
何十年か昔のことですが、自分の「訛り」をとても悩んだ時期がありました。アメリカの観光地で見知らぬ子供が日本語と英語を混ぜて話していたのを耳にしたのがきっかけでした。おそらくその子はずっとアメリカで過ごしてきた日本人の子供だったのでしょう。まったく訛りのないアメリカ英語――それに比べて、普通の公立中学に入るまで英語と接したこともなく、初めて外国に行ったのも大学に入ってからの私。自分の英語はひどく「訛って」いて、誰が聞いても、英語が第二言語であることがわかる。なんだか愕然として、毎日詩を大声で読んだり、読んだのを録音して何度も修正したりしました。会社勤めのときには自分用のボイスメールのメッセージが気に入らず、何十回と録音し直したこともあります。”I’m unavailable at the moment”の発音がどうがんばっても不愉快、 ‘unavailable’が上手に舌が回ってない感じです。”I cannot take your call at the moment”に変えると今度はtの音が多いため、子音の弱い日本人特有の音になります。それでも、北米で仕事をする同僚には、英語が第二言語である人も多く、カナダでは当然フランス語系の人もいるし、ラテン系、インド系、中国系のそれぞれに「訛った」人たちと一緒に仕事をしていくうちに、なんとなく気にしなくなっていきました。
しかし言語が最終目的である仕事ではなかったから気にせずにすんだので、翻訳の仕事を再開、それにともなって時々また通訳をする機会ができてからは、悩みがひそかに再燃していました。特に最近は幼少時から英語圏で教育を受けた「完璧にバイリンガル」な人が通訳だけでなく、お客様の中にも多いのに、私ははっきりと「英語の知識のある第一言語が日本語の人」です。
ところが先日一緒に通訳をした方が、いわゆる帰国子女で本当にきれいな英語を話されるので、いいなあと思っていたのに、彼女から、「外国語としての英語を高等教育で学んだことがわかる言葉遣い」が羨ましいと言われました。彼女は子供として身につけた英語がビジネスの場でぽろっと出てしまっているのでは、さらには子供の頃アメリカにいただけの何の努力もしていないバカでしょ、と思われてるような気がいつもするのだということで、種類は違うだけで、どんな人も、いろいろなコンプレックスや悩みをひそかに抱えているんだなあと思いました。
結局、悩みがあることで、よりよくなろうと努力していくんですね。私も訛りよりも、他にもっと問題となるところがあるはずで、気にしていない問題点というのが本当はいちばん怖いです。いや、訛りはそれでも気になりますけど。
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2007年 3月28日(水) the apple of my eye
自律しなくちゃ
来月から小学3年生になる息子が、日曜日からスキー合宿に出かけている。3泊4日も親元を離れるのは彼にとって初めてのこと。幸い、仲良しのお友達と一緒に行っているので心細さはあまり無いだろうが。
意外にもというか案の定というか、心細いのは親の方だったりする。
何と言っても生活時間にメリハリが無い。
朝、彼を学校に送り出すために人並みな時間に起きているが、その必要が無いとなると、だらだらと8時過ぎに起きたってかまわない。いや、たまたま今週の前半はずっと9時からPCの前に座ってなきゃならない仕事を入れていたから良かったようなものの、これがなければきっと10時起きなんてことになっていた。
いつもは5時まで学童クラブで過ごして帰ってくるので、息子が帰ってくる頃をめどに仕事をいったん切り上げるよう作業の時間配分をしている。それを気にせずどんどん仕事をしていると、捗りはするが切り上げどころが分からなくて、気づいたら外は真っ暗でお腹が空いてしまっているのに、流し台には朝食と昼食で使った食器がそのまま。
食事も作る気がしないし、食べる時間もいつだっていいとなると、全然気合が入らない。挙句の果てに、息子と一緒に行っている子のママと誘い合わせて、夕飯を駅前の居酒屋で済ませてしまった。パパたちの食事は完全に無視である。
散らかすやつがいないはずなのに、部屋の中も妙に散らかっている。読みかけの新聞、朝飲んだコーヒーのマグ、洗いあがった洗濯物、片付けてちゃんとした生活空間にしようと思うための動機が無いのだ。いや、ほんとはそんなことに大仰な動機など不要なはずなんだけど。
在宅で仕事をしていると、一日中家から出ないこともある。息子が出入りするとか、息子の空手のお稽古のお迎えに行くとか、そういう用事もないとなると、玄関から一歩も出ず、あ〜ミルクが足りないんだけどと思いつつ、それを買いに出かけることすら億劫に。パパとも完全にすれ違いで、仕事の電話以外で誰とも話さなかったりもする。
思えば、妊娠とほぼ同時に在宅の今の仕事を始めたので、子どもがいるのが当たり前の生活の中でずっと仕事時間をやりくりしてきた。子どもにかかる時間の制約がなくなれば、確かに実働時間は増えるのだけれど、しっかり自分を律して生活時間を組み立てないと、だらだらずるずるとPCの前に座ったきり、非常に不健康な生活になってしまうこと必至だ。数日ならまあ何とかなるが、長期的には全くよろしくない。
あら、そんなこと当たり前よと言われそうだが、今回気づいただけでもマルということにしたい。子どもの自立も大切だが、自分の自律も考えなくちゃ。


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2007年 3月27日(火) パンの笛
千里の道も一歩から
 夜明けの来ない夜はない。どんな仕事もやがて終わる日が来る。新しい仕事に着手するたびに念仏のように唱えているこの台詞。普段仕事をいただく際には、大体の分量と内容とを踏まえて、「これなら○日間でできそう」「これだったら、あの仕事の前にまずこちらを完成させて、次にあっちにじっくり時間をかけなくちゃ」などと、頭の中でジグソーパズルのようにシミュレーションをしてからお仕事をお請けしています。ですが、稀に想定していたよりも内容が複雑だったり、調査に時間がかかったりすることがあります(もちろんその逆で思ったよりずっと早く終わるときもありますが)。そうなると、頭の中は軽いパニック状態です。想定していたジグソーパズルのパーツが当てはまらないとなると、その仕事のみならず、その後に控えている別の仕事すべてにも影響が生じてしまいます。頭はフル回転になって、「どうやったらこれを想定した時間内に、きちんとしたクオリティで仕上げられるか」ということばかり考えてしまいます。でも、どんな仕事もそうだと思いますが、翻訳にも決して抜け道はないのは、本当は百も承知です。何かをすっ飛ばして早く仕上げて、満足行く品質に仕上がるなんていうことは絶対にありません。結局どんなに複雑でも、どんなに調査に時間がかかっても、一歩一歩、前進するしかないのです。時には苦しい苦しい一歩も、その一歩を積み重ねていけばやかて頂上が見えるのです。今宵も夜が更けてゆくなか、「よし、さっきより2ページ進んだ。あと10ページ!」と自分を鼓舞しています。でも、こうして苦しんで仕上げた仕事ほど、後になって思い入れが強かったりするものです。以前知人で、「会社で徹夜で仕事をして、皆で朝日を眺めると、青春を感じちゃいます」と言った人がいました。私は一人で仕事している分、青春は感じませんが、また新しいチャレンジに打ち勝ったという爽快感はひしひしと感じています。さぁ、今日もその言葉を胸に、一歩一歩、一語一語、筆(キー!?)を進めたいと思います!
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2007年 3月26日(月) かの
「3姉妹」で解釈力を開拓中?
 テンナイン・スタッフの名坂さんに薦められて以来、マンガ「うちの3姉妹」にはまっている。しかも一家で。当初は私と夫だけが単行本を楽しんでいたのだが、なぜか最近は5歳の息子も大ファンだ。
 絵柄も可愛く、楽しいエピソード満載なので息子にもウケたのだろうけれど、大人向けの本だし文章には漢字も沢山出てくる。でも息子は構わず読みふける。それにすごい集中力。いったん読み始めるとごはんであろうがおやつであろうが、呼ばれても完全に耳ふさぎ状態。返事は返ってこない。
 さらにびっくりしたのは、読みながら声を立ててヒーヒー笑っているところ。第3巻では末娘の「チーちゃん」が巨大なプーさん人形に埋もれている絵があるのだが、それがことのほかおかしかったらしく、息子は涙とヨダレ(そう、ヨダレまで!)を垂らしながら笑いこけていた。
 「・・・ねえ、そんなに面白い?だって漢字も沢山あるし、難しいんじゃない?」と私。
 「難しくないよ〜」と息子。
 どうやら絵とひらがなの部分だけ読んで理解しているらしいのだ。つまり、前後の文脈から推測しているということ。それだけでも十分楽しめるのだなあと「3姉妹」を寝床にまで持ち込む息子を見ながらしみじみ思った。
 でも考えてみれば、これぞまさに語学学習の基本!大人になると未知の単語に遭遇するたびについ律儀に辞書を引いてしまう。これでは意気込んで読み始めた英文も、途中で挫折というパターンになりかねない。でも本来大事なのはメッセージを汲み取ること。子どものように大雑把に読みつつ、何よりも心から楽しむのが語学上達の秘訣なのだろうなと改めて思った。
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2007年 3月23日(金) まめの木
ロックじゃダメ??
今、この瞬間に聴きたくなる音楽は、その時々の心理状態を映し出しているから面白い。ブラックサバスやレインボーなどのヘビィ・メタルを聴きたくなるときの自分を観察してみると、決まって気持ちが荒れているし、理屈っぽくなっているときには自然とキング・クリムゾンや70年代イエスなどのプログレを聴いている。
最近はヘンデルの「水上の音楽」と「王宮の花火の音楽」に凝っている。基本的に翻訳中はBGMをかけない派だが、翻訳中のBGMとしても全然邪魔にならないし、一日中賭けていてもまったく飽きない。聞いていると俄然やる気が湧いてくるのだ。家の者からは、「何故こんなくだらない音楽が良いのか、バッハの方がいいじゃないか」とブーイングが出ているが、私に言わせれば、くだらないから良いのである。小難しい聴きごたえのある音楽だと「聴く」という行為に集中力を持っていかれてしまうので、BGMとして成立しない。もともと王侯貴族の舟遊びや祝賀祭典のために作られた曲だけあってとても華やかだし、宗教音楽のように敬虔な気持ちにさせられて深い自己反省を促されることがないのがちょうど良い。「王宮の花火」なんて、打楽器のビートは効いてるわ、管楽器は派手なソロを披露しているわで、まさにロックののりである。その要素を挙げてみると:
「ワーオ!」とうならせる超絶技巧があること。
複雑な転調がないこと。
明確なコード進行(C⇒F⇒G⇒Cのような)。
マイナーコードでたるむ場面が少ないこと。
打楽器のインパクトが強力なこと。
通奏低音のビートが効いていること。
シンコペーション等の後のりリズムを多用していること。

もともとクラシック音楽は宗教音楽を起源としており、教会で捧げられる祈りの音楽から形式が発生した。その頃は同じ音を繰り返したり、低音を効かせたり、太鼓を打ち鳴らしたりすることは神に対する冒涜とされていたそうである。その常識を、バロックになってヴィヴァルディやスカルラッティ、バッハ、ヘンデルが打ち破った。ただただ天上的な美しさや祈りの気持ちを表現するだけではなく、聴く人をいかに楽しませるか、飽きさせないかが競われたのだ。それまでルネッサンスの漂うような音楽しか聞いたことがなかった人々にとっては、ものすごく斬新で、ある意味下品に映ったことであろう。音楽に対する彼らの挑戦的な精神はその後も受け継がれ、100年ほどしてモーツァルトやベートーベンが登場するわけだが、彼らの音楽だって当時は時代の先端を行っていて、今で言えば「あんなお下品な音楽を聞いていると頭が悪くなるわよ。」と言われる種類の音楽だったはずなのである。マーラーやプロコフィエフに至っては、音楽に哲学や思想が盛り込まれ、まさにプログレのサウンドに通じるものを感じる。
純粋に聴く人を楽しませるための音楽、これまで聴いたこともないビートやサウンドを満載した楽しい音楽“だったはず”のものが現代では「お芸術」になってしまって敷居が高くなっている。なんとも悲しいことではないか。
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2007年 3月22日(木) 仙人
新学期を前に
先日長らくかかっていた翻訳がひと段落、次の締め切りまで時間もあるので、軽い気持ちで、いいっすよぉと通訳を引き受けたのですが、その数日前に届いた資料を見ると非常に理科的な内容で、日本語のほうがまるで理解できないんです! しょうがない、やりますよ。いや、実に、本当にしょっちゅう、というか、常に経験することですから。先にきちんとした資料が届いただけでも感謝します。
まず英語で内容の理解をして、日本語の用語を頭にいれる。論理的に理解するには、母国語が日本語の私でも、英語のほうが楽だからです。資料は極秘だとかで、コピーや書き込みは不可だそうなので、日本語でもちんぷんかんぷんな語句、日本語ではなんとなくわかるけど対応する英語が理解できない語句あるいはその逆、単純に英語だけがすっと頭に浮かびづらい語句、に分けて単語帳を作り、abc順、あいうえお順それぞれにソートしておく。届いた資料の英語のものは日本語に、日本語のものは英語に詰まらずに訳せるようにする。
と準備をして臨んだ会議。さあ来い、と思っていたのに、いちばん困ったのはまたもや中国の地名と人名。理科的なことは、出席者が専門家であるため、彼らの理科的な論理で理解するのでさらっと進行するのですが、広い中国大陸のどの場所で誰が何を計画しているという話になるなんて、全然知らされていなかったので、しんどかったです。会議内容の産業の中心地はどこか、みたいなことを本当にささっと下調べをしておいたことが、結局いちばん役に立ったのでした。
最近中国が絡むビジネスがずいぶん増え、英語圏の人たちがアジア全体を「ひとつのマーケット」としてとらえることが多いように思います。政治的なことは抜きに、英語・日本語の通翻訳者としては、ハングルと同じように日本語も北京語発音での固有名詞表記にしてほしいとつくづく思うのですけれど、いやいや、ごくごく初歩的な中国語知識っていうのも通翻訳者の今後には必要なこととして、身につけておくべきなのかも。文芸もの翻訳でアメリカ西海岸が舞台だと、スペイン語の基礎知識があると楽なのと同じかもしれません。4月からNHKの中国語講座に挑戦しようかなあ。
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2007年 3月21日(水) the apple of my eye
がんばれ受験生
最近、新聞を変えた。
何かポリシーがあって変えたわけじゃなく、単に優柔不断というかセールスさんの口車に乗っただけというか景品につられたというか。新しい新聞の夕刊には時々、中学入試向けの問題が載っている。
私は附属小学校からの選抜試験という中途半端な入試だったので、塾にも行かず、あまり勉強しなかった。当時ですらそんなだから、今更中学入試向けの問題なんて解けるわけもない。あ、算数の話だ。国語はさすがに大丈夫。
それにしても、小学生にこんな難しい問題をやらせて何か意味があるのかと、負け惜しみ的に考えたりもする。
たまたまここ数週間、国公立大学の2次試験の長文読解問題を翻訳するという仕事をしている。受験対策本で使うらしい。
こちらは対照的にとても意味があると思う。
要は、大学に入って勉強するならこの程度の英文はさらさらっと読んでもらわなければ困る、という大学側のメッセージが提示されているのだろう。短いもので400ワード強、長いものになると800ワードくらいの、かなり噛み応えのあるエッセーや雑誌記事などが主流。
テーマは幸福論など哲学的なものから、クローン技術やピタゴラスの宇宙論の話、環境問題や生物・化学兵器問題といった時事的なものなど幅広く、読み物として面白い。翻訳しなくちゃいけないことを忘れて読みふけってしまうほどだ。
しかし、自分が受験生だった頃は「面白い」と感じた記憶などなく、英語は得意科目ではあったものの、学校でこんなに高度な内容を扱いはしないし、通信教育や問題集で取り組んでは「あ〜めんどくさいな〜」と思っていた。
英語が読めても、書かれた内容についての知識や理解や関心がないからそうなっていたわけだ。「余暇」についてバートランド・ラッセルやジュリエット・ショアがどう考えたかとか、18世紀の英国の化学者プリーストリーが自分の発見した酸素をどういうものだと勘違いしていただとか、キッチンの中での男女の力関係がどうだとか、高校生の実生活や興味の範囲とはややかけ離れた内容だからだ。
あの頃、こういった長文読解をさらさらと解こうと思ったら、英語だけ勉強してたってだめなのだと今なら言える。今はお蔭様でその頃から経過したン十年の年月の間にちびちびと蓄積した知識や見聞や経験、人生での必要性から広がる興味や理解の幅、仕事のために半ば強制的に読んだものの内容などで、こういった文章を読みこなすことができているが。
さらに思うのは、いつも同じ分野の翻訳ばかりしているのならかまわないが、そうではない、そうではいけない現状があるのだから、常に自分の知識や興味の対象を広げる努力を怠ってはならず、逆に仕事のためにその必要性に迫られて努力する機会を得ていることを感謝しよう、などと思うのである。
ちなみに長文読解の課題文の翻訳は、結構難しい。あまりに滑らかに、自然な日本語で意訳しすぎては、受験生諸君にとっては「原文のどこがどうなってそういう意味になるのか?」と、かえって不親切だからだ。ポイントとなる慣用句や構文が浮き出てくるような下手くそな訳文にしてあげないと。
今年の入試シーズンは終わったけど、これから受験生になる人、もう1回受験生をやる人、あと1年がんばって欲しい!

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2007年 3月20日(火) パンの笛
小さな幸せを励みに
 毎日、かなり単調な生活を送っています。朝起きて子供を送り出したらひたすら夕方まで自宅で仕事して、子供を迎えに行ったら、ご飯食べてお風呂入って子供を寝かせて、もう一仕事。そして就寝。基本的にはこの繰り返しです。正直、休日でもあまり大きく変わりません。もちろん、仕事そのものの内容によっては刺激を受けたり、新しい発見があったり、ときには締め切りに追われてしゃかりき…なんていうドラマがある日もありますが、客観的に見たらそんな日もほかの地味な日と大して変わりません。その反面、私自身は退屈が一番の苦痛というタイプ。こんな私でもこの生活が成り立っているのは、何よりも仕事の内容が日々変わって面白い、ということに加えて、ちょっとした小さな楽しみを見出しているから、ということが挙げられると思います。デスクの観葉植物が芽を出したとか、ちょっと一息ついたときにふと外から子供たちの元気な声が聞こえたとか、学生時代の懐かしい友人からメールが来たとか…。そして、ここ一年半ほどの楽しみになっているのがネイルアート。そもそもは以前の職場の上司がいつも爪を綺麗にしていて、真似て始めたネイルでしたが、いまではすっかり「私の爪」として定着した感があります。私はジェルネイルを利用しているので、お手入れもせいぜい月に一度ネイルサロンに行く程度。それだけの労力で、キーボードの上の手が華やかになるのは、嬉しい限りです。月に一度のリニューアルの翌日は、一人ムフフとほくそ笑みながら仕事をしています。今月のテーマは「春」。まるで桜の花びらが舞っているかのように仕上げてもらいました。そして、もう一つのムフフ。私はまだOLだった頃、思い立ってバレエを習い始めていたのですが、妊娠・出産を期にすっかり足が遠のいていました。ですが、このたび、やっと在宅生活も安定してきたので、バレエのレッスンを再開することにしたのです! 運動の一環として
も、ストレス解消としても、抜群です。今日がその再開第一回の日。当面はこのバレエも小さな励みの一つに加えて、本業の翻訳にますます精を出せるようにしたいと思います!!
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2007年 3月19日(月) かの
鏡返し!
 「ごはんのあとは?」
 「はみがきー!」
 「そうだね。じゃ、自分で歯磨き粉つけて磨くのよ。そのあとお母さんが仕上げ磨きするからね」
 さ、子どもたちが自分で磨いている間にお皿洗いだ。一分でも自分でシャカシャカしてくれれば、その間、少しは洗い物もはかどる。
 しかし数分たっても台所に来ない。隣の部屋をのぞくと・・・だーっ!!二人ともハブラシはくわえたまま。5歳の息子は読書中、3歳の娘はお人形さん遊びだ。あ、口から垂れるでしょ!くわえたまま走ったら危ないよ!!・・・かくして今朝も小言が始まるのである。
 それにしてもどうしてこうなるのだろう?最初のお返事の段階では本人たちもちゃんと歯磨きをしようと考えていたに違いない。しかし歯磨き粉をハブラシにつける→口に入れる、の時点で安心してしまうのだろうか?ましてやそのまま誘惑だらけの居間に入るや、本や玩具などに気をとられてしまい、今度はそちらに頭が切り替わっていくのかもしれない。
 一度言ったことをどう最後までやり遂げさせるかが子育てにおいては大きな課題だ。しかも相手は生まれてまだ数年。一度の指示だけでは脳への刷り込みはほぼ不可能なのだ。
 でも実はこれ、大人も変わらない。現に「御手洗冨士夫 キヤノン流現場主義」(坂爪一郎著、東洋経済新報社、2004年)の中で御手洗氏はこう述べている。
 「経営方針などはこちらがどんなに思い入れを持って話そうと、一度言っただけで全社に伝わることはまずありません。何度も繰り返し話すことで、ようやく聞き手の頭に入るようになります。」
 つまり大の大人相手でも「一回言った=理解してもらった」とはいかないのだ。重要な内容は根気強く言っていかねばならない。
 それにホラ、別のことに気をとられる点についてはわが身を振り返れば思い当たるはず。あることをグーグルで検索しようとしたのに、気がついたらいつの間にかネットサーフィンで数十分たっていたり。あるいは何かを取りに書斎に入ったのに、「最近片付けてないなあ」とついつい大規模な掃除を始めてしまったり。
 結局子どもも大人も変わらないのだろう。「一回言われたらちゃんとやりなさい」と子どもに諭すたびに、心の中では「鏡返し!」と自分にツッコミを入れる日々だ。
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2007年 3月16日(金) まめの木
詩人の夢をくれた先生
子供の頃、詩人になりたかった。今はすっかり現実的になってしまって、ポエジーとはまったく縁のない生活をしているけれど、美しい言葉のリズムに触れると心の奥がざわっとなる。子供ごころに何故、こんな浮世離れした夢を持ったかというと、小学校の国語の授業で作文が上手に書けなかったからである。何を書いたらいいかわからず、またどう始めたらよいのかもわからず、他の生徒たちがさらさらと鉛筆の音を走らせているのを横に、真っ白な原稿用紙を前に泣きそうになっていたところを、担任の先生が「今見えるもの、聞こえるもの、感じるものを並べて書いてごらん」と言ってくれたのだ。そうして書いたものをその先生は「詩」と呼んでくれた。残念ながらその作品(?)は手元にないが、おそらく詩などと呼べる代物ではなかったはずなのに、「う〜ん、いい詩だね〜。君は作文じゃなくて詩でいいよ。」と褒めてくれた。それをきっかけに、なんでもかんでも単語レベルで並べれば詩になると信じ込み、書いたものを片っ端から親や友達に朗読しては、「将来は詩人になるの」と得意がっていたものだ。谷川俊太郎や宮沢賢治を教えてくれたのも、その先生である。
小学校2年生の時に担任だったこの先生は、私だけではなく、クラスの一人一人の個性を大切にして、その子の持つ能力を伸ばすにはどのようなアプローチがあるか、真剣に考えてくれる先生だった。教科書にかじりついて勉強するのではなく、理論と実践をバランス良く組み合わせてくれたので、生徒側もやる気に満ちていた。理科の授業では森に出かけ、みつけた植物や虫をスケッチし、名前や生態を調べるのが宿題。国語の時間はよく作文を書かされたし、朗読発表も多く、またグループで話を創作して紙芝居を作ったりもした。もちろん、紙芝居を作るのは図画の時間。そんな先生のクラスには当然、いじめはなかったし、できる子、できない子の差が実際あったにしても、個人個人に自分の個性を発揮できる場が用意されていたので、例えば算数や体育が不得意だからといってクラスの中で肩身の狭い思いをすることもなかった。
3年生になってしばらくして、学校でその先生の姿を見ることがなくなった。他の学校に移動した、という話も伝わってこなかったので、元生徒は皆、「どこに行っちゃったんだろう?」と少し心配していた。あとから聞いた話では、当時、受験戦争の嵐はまだ小学校レベルまでは達していなかったものの、学力低下を危惧する父兄の声があったそうである。しかし、その先生のやり方で自分の学力が低下した、と感じる生徒は一人もいなかったはずだ。また、昨今話題になっていた本末転倒の「ゆとり教育」ではなく、生徒の個性に主眼を置いて「心の教育」をしてくれた先生だったのに…。
少なくとも、文章を書くことにコンプレックスを持っていた一人の少女を救ってくれたことだけは確かである。
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2007年 3月15日(木) 仙人
あの日のこと
12年前、私はマーケティングの仕事にバーンアウトし、いくらか「ゆるめ」の生活をしていました。中目黒から日比谷線で人形町のオフィスに通勤していて、始発駅なのでいつも一電車遅らせて座席を確保し、人形町の出口に近い先頭車両のいちばん後ろの席に座りました。カリフォルニアにもあったオフィスのその日のことを報告してもらうため、いつも7時50分台の電車に乗っていました。あの3月20日、なぜか、ま、今日は立ったままで行くか、とホームに到着していた56分発の電車に乗り込んでしまいました。3分待てば座れるのに、あの日だけは次のを待たなかったのです。ホームにはいつもどおり、たくさんの人たちが整列していました。7時59分発の電車に乗る人たちでした。
記憶がはっきりしないのですが、八丁堀駅だったと思います、大きなブザーというかベルが鳴り電車から降ろされ、せっかく早い電車に乗ったのに、なんだよー、と不満たらたら、早く出て、ってどこに出るのよ、と意味がわからないまま地上に出ると、当時の営団の制服を着た職員さんが大勢歩いているのが、春の陽射しにのどかな雰囲気で、電車が止まってるのに、気楽に散歩してるわけ? と少しばかりの憤りを覚えたのが印象に残っています。オフィスについてから下の道路を見ると、あっというまに黄色の毛布で歩道が埋めつくされ、たくさんの人たちが寝転んでいて、やっと何かがすごくおかしいことに気づきました。ラジオやTVをつけて、アメリカ人の同僚に何が起きているのかを説明しつつ、「サリン」の発音はLなのかRなのか悩みました。
中目黒発の日比谷線でサリンが置かれたのは、7時59分発の電車で、私がいつも座る席の下でした。どこかの駅で、いちばんたくさんの死者を出した電車ともすれ違っていました。地下鉄の入り口から様子をうかがっただけでも、ずっと後遺症に苦しむ方もおられるのに、私は奇跡的にまったくガスに接触しなかったらしく、何の障害もありませんでした。それでも、何ヶ月かは地下鉄に乗るのが苦しく、便利な都内で車に乗るのは地球環境にとってよくないと思いつつ、東京でも自分の車を運転するようになりました。郊外の線から電車が地下に入った瞬間、過呼吸気味になったことも何度もあります。そして、あのホームで待っていたあの人たちの多くが、きっと今も後遺症に苦しんでいるのだろうと、3月20日を前にするといつも思います。
また通翻訳に関係ないことで、ごめんなさい。
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2007年 3月14日(水) the apple of my eye
謝るべきか否か
同業者が集まるネット上の場所で、クライアントとのトラブルにどう対処すれば良いかという悩みが投稿されていた。その翻訳者さんはメールで仕事の打診をもらったが、納期日程が自分の旅行と重なってしまったのでその旨を伝える返信を打った。旅行を終えて帰宅してもその返信に対する応答が何も来ていなかったので、その話はもう終わったものと考えていた。するとしばらくして「あの仕事の納品が来ない、どうなってるんだ」という問い合わせがきた。クライアントによると、翻訳者さんの旅行中に、日程を修正した納期で依頼のメールを送ったという。そのメールは届いていなかったのだがクライアントさん側は翻訳者からOKともNOとも返信が来ていないのに、勝手にOKと思い込んでいたらしい。翻訳者さんは「自分に非はないのに謝るべきだろうか」と悩んでおられた。よくありそうで、難しい問題である。
他の同業者さんはみな、「謝る必要はない」と助言されていたし、後日、事情を説明した翻訳者さんのところにクライアントから「分かった」といった返事が来て、その後も仕事の依頼があったそうなので、今回はクライアント側の確認不足ということで一件落着したようだった。
それでも私は実は「謝るべき」と回答しそうになっていた。
なぜか。
1つは、私が社会人駆け出しの頃に某百貨店に勤めた経験があることから、いわゆる「お客様は神様です」精神が染み付いているせいだろう。クライアントがいくら無理難題を言ってこようが、そのクライアントと今後も仕事を続けたいと思うなら、謝るほうがいいのである。そんなところでどっちが正しいかなんて白黒つけたって満足するのは自分だけ。それも一時的な満足に過ぎない。間違いをあからさまに指摘されて良い気分になる人間はあまりいないだろうし、クライアントの担当者さんは相手を逆恨みするほどの困った人でなくても、ちょっと気まずいナなんて感じて、以後、その翻訳者に連絡を取らなくなるなんてことが起こらないとも限らない。そこまでされなくても、お互い何となくやりにくくなったりするかもしれない。ここは大人になって謝り、相手に花を持たせる。そのうち気づく人は気づくだろうから、それでいいのである。気づかない人はきっと明確に指摘されても気づかない。
もう1つの理由は、確かに上記の例で、翻訳者さんは旅行の日程を示してお断りは入れた。だが、それに対するクライアント側からの応答がないと分かった時点で、やはりもう一度確認すべきだった。「先日はお断りして申し訳ありませんでした」とか、「あの件は大丈夫だったのでしょうか」とか。たとえ依頼を断る返事をしても、普通はクライアントさんから「了解しました、では次回またよろしく」といった返信が来る。それが来ていないということは、要注意だ。所詮、メールでのやり取り。今回クライアントからのメールが届いていなかったのと同様、自分の断りのメールも届いていなかったかもしれない。メールでのコミュニケーションの場合はとくに何かの行き違いがあるかもと考えておくほうがいいのだ。
さらに、クライアントが翻訳会社で、その先にエンドユーザがいる場合、要はその仕事を取ってきてくれたのはクライアントの営業さんだ。これも私が外勤の営業をやったことがあるから思うことかもしれないが、1件の仕事をもらうためにどれだけ足を運んだり電話したり苦労するかを翻訳者も意識しておいて損はない。自分も翻訳会社に営業をしたかもしれないが、それなら尚更そのことを考えよう。決して、自分のところに仕事の依頼が来るのは自分の実力だ、翻訳者として力があるからだなんて思わないほうがいい。卑屈になる必要はないけれど、感謝していたほうが自分にとっても気分が良い。もしかしたら営業さんが100回も足を運んでやっともらった最初の仕事だったかもしれないのだ。自分にとってはたくさん来る依頼の1つであったとしても。
どんな人でもミスはある。お互いにそう思って仕事をしていればそもそも間違いは起こりにくいが、せめて自分だけでもそう思いながら仕事をしたほうがスムーズにことが運びやすいのではないだろうか。
ただし、こういう考え方は実に日本的なので、海外のクライアントには余り通用しないかもしれない。下手に謝ったらこっちが責任を認めたことになって逆に大事になる可能性もあるかもしれない、と申し上げておこう。ちなみに上記の悩みのクライアントも海外の会社だったそうだ。だから私も「謝るべき」とは書き込まなかったし、謝らなくても事態は解決したのかもしれない。
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2007年 3月13日(火) パンの笛
抜けた歯の行方
 ここのところ立て続けに2本、息子の歯が抜けました。そして抜けた歯は、息子が寝る前に枕の下に入れて、フェアリーがやってきて100円玉と交換してくれました。…実はコレ、私の入れ知恵でした。私はちょうど歯が抜ける年代にイギリスに住んでいたため、「抜けた歯は枕の下に入れておくとフェアリーがやってきて、お金と換えてくれる」という彼の地の習慣に基づいて、すべてお金(たしか2ペンスだった気がします)と換えてもらったのです。いざ息子が歯がぐらぐらになってみたら、私はこの習慣しか思いつかず、何の疑いもなく息子に「歯が抜けたらフェアリーがお金と取り替えてくれるよ」と言ってしまったのです。最近お小遣い制になってお金の価値がわかり出した息子は、大喜び。でも、その話を横で聞いていた主人は、「歯は抜けたら屋根の上か縁の下に投げるんだよ」と言うのです。そうでした。そういえば日本の習慣はそんなだった気もしてきました。でも、時既に遅し。もうかなり前から息子は「歯=フェアリー=お金」という図式がインプットされてしまっていて、いまさらやっぱりお金はもらえない、というのは受け入れがたかったようなのです。そんなわけで、この超ドメスティックな我が家において抜けた歯の習慣だけは、イギリス式です。学校に行ってその話をしたところ、息子の友人は皆一様にひどく羨ましがったようです。そりゃそうですよね。ごめん、息子よ。ちゃんと日本の習慣を調べて教えてあげるべきでした。とはいえ、2本だけフェアリーがやってきて、あとは投げる、というわけにもいかないので、今後歯が抜けても我が家ではこの方法で行こうと思います。ちなみにちょっと興味があって調べたところ、世界中には日本と同じように縁の下や屋根の上に歯を投げる国や、イギリスのように妖精やねずみやウサギなどがプレゼントと交換してくれる国、別の動物に食べさせる国、将来の夢を託してその場所に歯を埋める国、金メッキをしてペンダントなどにする国など、実に様々な習慣があることを知りました。今回は下の歯2本だったから、上の歯だったら違うやり方にしてみてもちょっと面白いかも、などと考えるいい加減母の私でした。それじゃあ息子が成長して大人になった頃に怒られちゃうかしら…?
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2007年 3月12日(月) かの
側溝から消えゆくもの
 年度末の3月、道路工事の時期。我が家近くの狭い道では側溝がふさがれた。これで台風時に雨水があふれることもなくなる。車も余裕を持って通れるようになるはずだ。便利になる一方、ふと数年前のことを思い出した。
 うちから一番近い公園に続くこの道は、車一台がやっと通れる幅。その頃は側溝がむき出しで、端を歩いていても車が来ればヒヤヒヤだった。息子が2歳の頃、私は右手で彼の手を引き、左手で娘のベビーカーを押してよく公園までその道を一緒に歩いた。
 おしゃべりが上手になり始めた息子は、道路脇に続くくぼみを見てこれは何かと尋ねる。私は「側溝って言うんだよ。今は乾いているけれど、雨水や汚いお水が流れていくの」と答えた。
 「そのお水はどこにいくの?」
 「地下を通ってマンホールの下に集まるよ」
 「そのあとはどこいくの?」
 ・・・うーん、実は私もよく知らない。
 「浄水場に行って、川に流れるの・・・かなあ」
 「それから?」
 「たぶん海。」
 この道を歩くたびにこんな会話が繰り返されたのである。当時の息子は「なんで?どうして?」を連発する時期。ここの水がなぜ遠い海にたどり着くのだろうときっと不思議に思ったに違いない。
 そんな親子の会話のきっかけとなったこの側溝も、もう見ることはできない。通りやすくなった反面、子どもの想像力を刺激するものがまた一つ消えていくのかな、と少しさみしくも思った。
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2007年 3月 9日(金) まめの木
自分への手紙(2)
「フリーランスになって自立して食べていけるのか?」という不安を抱えながら通訳の勉強をしている人は、案外多いのではないだろうか。現在、担当しているクラスでも、こういった相談を受けることがある。私が通訳学校に通っていたときも、将来への不安を抱いている仲間もいて、クラスが終わった後に食事やお茶をすると、いつもこの種の話題でいっぱいだった。どうゆうわけか、私自身、この点についてはあまり深刻に考えなかった。不安がまったくなかった、と言えば嘘になるが、「なんとかなるさ」、「頑張っていればいいことあるさ」、「本当にだめになるまで、とりあえずやってみよう」という前向きかつ楽天的な(ある意味で呑気な?!)気質も、フリーランス通訳者のスキルの一つなのか??今回の手紙は、そんな悩みを抱えながら通訳者を目指しているあなたへ、また自分自身にもう一度喝を入れる気持ちも込めて…

クラスのメンバーから学べることは沢山ありますが、ネガティブな話題は極力避けたいです。食べなければならないというのは、決して低い目標ではないと思います。でも、ドイツ語ができるのに生活ができない、仕事がない、と嘆いている人達は、本当に全力かけて仕事を見つける努力をしたのだろうか?ドイツ語を使って何をしたいんだろう?社会の状況をリサーチしているのかな?と疑問に思ってしまいます。
自分の実力が評価されないのを、社会が悪い、世の中が認めてくれないからだ!という人達は大嫌いです。そのようなことを言う人達は、認めてもらえない原因が自分にあるのが分からないのです。私はそういう人達を見るたびに、「彼らは、私とは関係ないフィールドで生きている人達である」と即、切り離してしまいます。
会社に就職したって、フリーランスでやっていくにしたって、それぞれ厳しさや特有の問題があると思うのです。大事なのは、やっぱり、自分は今何をしたくて、将来はどうゆう自分になりたいか、ということを明確にすることだと思うのです。以前師事していた通訳の師匠もおっしゃっていました。ドイツ語のレベルアップも大事だけれど、それよりも明確な目標設定をして、それにむかって行動を起こすことが一番大切、と。お陰さまで今のところ暇な日はないし、決して常にやりたい仕事ばかりしているわけではないけれど、現段階ではやる仕事すべてが勉強になっているので、将来のための貯金と思い、前向きに考えています。
周囲からの不愉快なノイズに悩まされるのは、多分、私たちの方に集中力不足や実力不足など、何らかの原因があるのでしょうね。克服する課題と思って、これから精進しようと思います。自分で自分を救わなければ、誰も救ってくれないし、誰も救うことは出来ない、というのはまったく同感です。だからこそ、頑張ろう!上を目指して、こんな私でもできるんだよ!という姿を見せることが、すなわち、周りにも良い影響を与えることにつながると、常々思っています。「摩擦があるからこそ熱が生まれる、空気の抵抗があるからこそ、鳥は大空を飛べるんだ!」と良い方に解釈して、私たちはポジティブに頑張りましょう!
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2007年 3月 8日(木) 仙人
春の日
私の自慢のひとつは、日本でもっとも早く花粉症にかかった人間のひとりだということです。もう40数年前、アレルギーということ自体珍しかった頃発症し、あちこちの医院を訪ね歩いたあと、お父さんの耳鼻科を継ぐために大学病院を辞めたばかりの若い先生が、ひょっとして文献で読んだあれかも……と原因を究明してくれたのでした。1960年代に花粉症だったって人、まだ会ったことないですからね。
体が丈夫なわりに/せいか、ありとあらゆるものに比較的軽度のアレルギーがあり、食べ物でも大豆や、バラ科の果物を食べると、口をめくって掻きたいような状態になります。桃を食べると口の周りが赤くなったりして、それでも食べるんですけど、キウイはごく少量でもだめなので、ケーキの飾りに入っていてもよけます。外国に行っても、いわゆるHay feverの時期は顔が腫れあがり、ニューヨークでなんだか黄色いふわっとしたものが街にあふれてるなあ、と思ったとたん咳が止まらず、肋骨にひびが入るほど咳き込み続けたこともあります。私は、すぐ抗ヒスタミン剤に頼ることにしていて、世界各国のオーバーザカウンターものの抗ヒスタミン剤が家にあります。外国のは強力でふらふらになるけど、一発で効くので好きです。
ところが、です。この花粉症、発症後30年を経過した頃から、症状が急激に緩和し始めたのです。で、今年はほとんど無症状。朝起きて、一、二度軽くくしゃみが出る程度で、日中はまったく平気です。去年もまるで無症状だったのですが、去年は花粉自体が少なかったから、と思っていたのに、今年も。花粉症の皆さん、希望が出てきましたよ。30年すれば症状は軽減していきます。20代でがんばって通訳していた頃、ブースの中でティッシュを鼻に詰めていたのですが、現在そんな毎日を送っているあなたも、いずれは春先、戸外での通訳も悩まずにすむ日がきっとやってくるはずです。えっと、そんな頃には集中力を持続させて通訳し続けることが、辛くなっていたりするんですけど。
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2007年 3月 7日(水) the apple of my eye
視点の置き方
毎日の生活の中で、私たちの頭の中には能動的または受動的にいろいろな情報が入ってくる。その取捨選択や受け止め方が難しいなと思うことがちょくちょくある。
たとえば最近ニュースで話題になっている、金属製品盗難事件。「アルミや銅やステンレスの製品が盗まれている」「お寺の屋根や通信ケーブルや公園の滑り台まで盗まれた」という。これらの情報は多分事実だろう。だがこれに関連して、とある民法キー局で「中国では空前の建設ラッシュで、金属の価格が高騰しているらしい」という「情報」を、これって中国かなぁと思われる映像と一緒に流していた。このニュースの後、たまたま会って話した人が何人か、「あれって中国人が盗んでるんでしょ?」と言うのを聞いた。番組ではまだ「中国人の窃盗団が捕まった」とか、「盗まれた製品が中国で発見された」とは報道していなかった。でも、前述のような情報の扱い方をすれば、受け手は2つの情報の関連付けを行って、「盗まれた金属は中国に運ばれている、だから中国人が盗ったのだ」と思ってしまう。
怖い、と思う。
翻訳の仕事の中でも、情報の扱い方は注意が必要だ。
最近扱った仕事の中で、ライナス・ポーリングという人名が登場した。その仕事は同じマテリアルを複数の人が翻訳したものを採点・評価するという仕事だったのだが、ほとんどの人がライナス・ポーリングを「ノーベル化学賞を受賞した科学者」と説明する一方で、「ビタミンCの効用を説いて広めた人」と書いた人もいた。どちらも嘘ではない、事実なのだが、ある物事に関する情報を捉える角度が異なると、発信される情報がどれだけ変わってしまうかということの良い例だなと思う。そのマテリアルはマネジメントに関するビジネス書だったので、前述のどちらの説明がふさわしいか、という判断の問題もある。また、もう少し詳しく調べれば、ライナス・ポーリングは化学賞の後にノーベル平和賞も受賞していることが分かる。まったく異なる分野の2つのノーベル賞を受賞したという重大な情報が抜け落ちているというのも問題だ。
翻訳は、与えられた原文に書いてあることのみを忠実に訳すだけという仕事ではない。いや、アウトプットとしてはそれでいいのだが、その前段階のインプットとして、書かれてあることを理解するための知識や、書かれていないことを補足するための情報、訳文の文体や訳語を選ぶために、どういった類の人が読者として想定されているのかという情報も必要になる。
その情報の取捨選択や、自分の中への取り込み方を間違わないよう、自分の視点は偏っていないかという自問自答を繰り返す姿勢も、翻訳者として必要だと思っている。
なんだか今日は、まじめな話になったナ。


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2007年 3月 6日(火) パンの笛
今に限ってなぜそんなことが気になるというのか
 土曜の夜に39度6分の熱を出しました。すわ一大事! 息子のインフルエンザをもらったか…?と思って検査してみたところ、インフルエンザは陰性。扁桃腺炎でしょう、との診断でした。扁桃腺炎を患ったことはなかったので、私自身はそれはそれでショックでしたが、まぁ、夫にもうつす可能性のあるインフルエンザよりは良かったとするべきでしょう。とは言え、具合が悪いのは事実。それだというのに、金曜の夜に見た目70ページ近いプレゼンの翻訳を引き受けたばかり。本当なら、土曜の夜は半徹夜で仕上げるつもりだったのです。あーあ、あてが外れました。とにかく、土曜の夜はおとなしく寝ました。
 そして目覚めた日曜の朝。もう、すっきり、くっきり、昨日の熱はどこへやら、すっかり元気になっていました。我ながらこの治癒力の高さに感心するばかりです。で、当然待ち受けるお仕事…。夫に息子の相手と家事の一切を頼み、一日、しゃかりきになって翻訳しました。昨日できなかった分も取り返さなくてはいけないわけですから、かなり必死でした。あぁ、だというのに…。そんなときに限って、気になっちゃうんです。普段は目に付かないほこりとか。普段存在にも気づかなかった片付いてない場所とか。昨日私が寝ている間に我が家の男性陣が作り上げたごちゃごちゃの山とか。(もちろん私自身がごちゃごちゃの山を作らないわけではありませんが、私なりの秩序があるので、それは良しとしているわけです。人が作った山に秩序を見出すのは難しいので気になるのです。手前味噌な理論でごめんなさい。)そして、性質の悪いことに、結構仕事が順調に進んだのです。いえ、それ自体は喜ばしいことですが、それはつまり、ちょっとだけ、ほんの少しだけ余裕があった、ということ。そうなると、もう、さっきの気になったところがどうにかしたくてしたくてむずむずしてきます。これが、もう泣きそうなくらい寸分も余裕がないとなると、周囲に目を配るどころではありませんので何も気になることはないのですが、この、「ほんの少しだけ」余裕がある、というところがクセモノなのです。加えて、私の最も顕著な性格―それは、思いついたことが思い描いた通りに進まないと、殺気立つほどになって自分の思い通りにねじ曲げようとしてしまうというもの―がむくむくと頭をもたげてしまうのです。そして、結局やりました。すべてはさすがに無理なので、ほこりを一掃し、例の山をほんの少しだけ、私なりの秩序のある状態へ持っていきました。これでやっとどうにか一安心。でも、まだ仕事は終わっていません。結局最後に追い込まれることになりました。あぁ、なんであんな瞬間に限ってあんなことが気になっちゃうんだか…。逃避なのか、集中力が高まる分感度が研ぎ澄まされるのか(前向きに捉えすぎ?)…。最終的には仕事も納期までに完成したので良かったようなものの、それが命取りになる日がいつか来るのではないかと我ながらびくびくしてしまいます。こういうこと、皆さんも結構ありますか?
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2007年 3月 5日(月) かの
たたみ半畳分のきっかけ
 5歳の息子は目下、工作に夢中だ。新幹線、はたらく車、恐竜を経てたどり着いたここ最近のマイブームである。空き箱などはずっとためてあるので、本人なりに工夫して色々なものを作っている。
 きっかけはひょんなことだった。以前からスーパーの入り口にある「ガチャガチャ」(お金を入れるとカプセル入り玩具が出てくる機械)を息子はやりたがっていた。ある土曜日、スーパーへ一緒に出かけようとしていた矢先のこと。何度もお約束を破ってなかなか反省しなかったので、とうとう私が「言われたことを守れるまでガチャガチャ禁止令」を発動したのだ。もっとも母親のホンネとしては「こういうタイプの玩具はすぐ壊れるのがオチ。これ以上おもちゃが増えるのもなあ」である。
 楽しみにしていたガチャガチャが入手できないと知った息子は泣いて抗議した。お約束を破ったことなど棚に上げて、どれだけガチャガチャをやりたかったか訴えた。そこで私は言ったのだ。「自分で作ってみたら?」と。
 その足で図書館へ連れて行き、工作に関する本を借りてきた。5歳でも読めるふりがなつき。幸い、押入れケースには空き箱からプチプチシート、トイレットペーパーの芯や布切れなどが入っている。こんなこともあろうかとためておいたのだ。
 しばらくすると息子は牛乳パックとペットボトルのふたで見事なゴミ収集車を完成させた。「おかあさん、見て見て!できたよ!」と嬉しそうな顔。たかがガチャガチャを厳しく禁ずることもなかったかなと内心私はモヤモヤしていたのだが、自分で工夫して作り上げるという工程を体感できた息子が、また一歩成長したようにも見えた。
 空き箱の入っている押入れケースは畳わずか半畳分の空間を占めているに過ぎない。しかし、要はきっかけをどう作ってあげるかなのだろうなと思った。現在私は通訳学校でも教えているが、講師の私が受講生にできることは、通訳という仕事にいかに興味を持ってもらえるか、そのきっかけ作りだと思う。勉強するのは最終的に自分自身だからだ。
 とは言え、上に立つ者ほど効果的なきっかけ作りを考える必要があると思う。たとえそれがたたみ半畳分ほどわずかなものであっても。
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2007年 3月 2日(金) まめの木
自分への手紙(1)
フランスに音楽留学していた友人がドイツに遊びにきた時に言っていたことを思い出した。中学卒業後、単身フランスに渡った頑張り屋さんの彼女に、バイオリンの師匠がいつも言っていたそうである。
「歩いてエッフェル塔を登るときは、たまには下を見ないとね。上ばかり見ていると果てしない感じがして気持ちが萎えるから、自分がどれ程高い位置まで上がってきたか確認するのも、時には必要だよ。」
以前書いた手紙などを発見すると、たった数年前のことなのに、良い意味でも悪い意味でも現在の自分との意識レベルの差に驚くと同時に、微々たるものだが少しは前進したことを確認できるので面白い。特に、何かに熱く打ち込んでいた時期の内容は、今の自分にとっても大きな励ましになることがある。まるで、未来への自分に宛てた手紙のようだ。今回と次回はお恥ずかしながら、そんな手紙の一部を皆さまにご紹介いたします。

先生の話は本当にいつ聞いても“雲の上”と言う感じですよね。落ち込んでしまう気持ち、とてもよく分かります。先生から見たら今の私なんか、はっきり言って『雑魚同然』で近くのドブ川しか泳いだことないようなレベルのはずなのに、まるで「マグロが太平洋を泳ぐ時はね…」のように話してくださるので、自分がなさけなくなるのですが、同時にハイレベルな話を当然のごとく自然にしてくださるのはありがたいと思っています。私、いつも思うんです。きっとエヴェレストに最初の人間が登頂する前は、絶対に登れない、人間には登れるわけがない、というのが世の常識で、普通の人は「ああそうか、登れない山なんだ」と“できないこと”として受け入れますよね。でも、いざ、登っちゃった人がいるのを目の前にすると、「登れる人がいるんだ!それもスーパーマンとか宇宙人じゃなくて、私と同じ肉体をもった人間が!」と、勇気づけられるというか、少なくとも同じ人間として生まれているのだから、頑張れば自分にもできる“可能性”があると、思ってしまうのです。本当におこがましいというか、身の程知らずかもしれませんが、通訳に関しても同じで、泣きたくなるほどなさけなくなった時には、今をときめくあの人だってABCから初めて今があるはず!大事なことはあきらめないこと!今あっての未来!と勝手に自分を鼓舞しています。それに、私達は幸いなことに、自分の将来が国に決められてしまったり、発言が原因で牢獄に入れられたり、これをやってはいけないと誰かに制約されるような環境には生まれていないので、努力次第で自分の望む姿を手に入れられると信じています。留学時代に他の国の、特にあまり裕福ではない国からの留学生にあって私に欠けていたものは、「絶対になる!」と自分を信じる力だったような気がします。「なりたいな〜なれたらいいな〜〜〜」位じゃあ全然だめで、自分を信じる力がある人ほど、努力もできたような気がします。

通訳学校に通っていた当時に一緒に頑張っていた友達に書いたメールだが、彼女は自分に厳しすぎるあまり、落ち込むことも多々あったようだ。勢いだけ立派で幼稚な内容には思わず笑ってしまう点もあるけれど、ものすごいパワーで突っ走っていた時期を懐かしく思った。
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2007年 3月 1日(木) 仙人
次の機会に。
ジェニファー・ハドソンだろうなと思いながらも、菊池凛子さんのオスカーを期待していたのですが、残念でした。でも、きりりと強い眼差しでインタビューを受ける彼女に好感を持ってしまいました。
前に、日本女性は英語でのスピーチ/インタビューで、緊張すると、うふふ、というgiggleをして、それががどうも非日本人には不評という話を書いたことがあります。今までの彼女はまさにそうで、日本語でのきっぱりした感じが、英語環境になると、媚びるような声のトーンになっていて、ゴルデングローブのときのスピーチでのgiggleがひどかったので、少し心配していたのです。
ところが、アカデミー賞の赤じゅうたんインタビューでは、giggleがほとんど見られなくなっていて、なんだかほっとしました。私たちの年代の通翻訳者にとっては、あこがれの先輩・おねえさん、という感じの奈良橋陽子さんがついておられたので、きちんとアドバイスされたのでしょうね。堂々としていて、とてもすてきでした。内容も、英語環境にもネガティブに聞こえず、日本語環境にもずうずうしく聞こえないように、上手な言い回しでした。
英語で話をする環境にいる場合には、言葉だけでなく、内容や構成(話の順序)、声のトーン、posture、立ち居振る舞いというものも、その場に合わせたものにする必要があると思います。もちろん逆も同じで、日本語で話をする環境では、日本の文化的マナーを考えるべきでしょう。通訳のときは、英語で話すときは英語マナーに、日本語で話すときは日本語マナーにしている(つもりな)のですが、基本は自分が仕事を依頼された側のマナーに軸足を置くように努力します。
とはいえ、緊張すると自分では気がつかずに、日本人的giggleをしてしまいがち。短期間で見事に修正された菊池さんは、女優さんなので、そういうモードにぴたっと合わせるのがお上手なのでしょうね。見習わないとなあ、と思ってしまいました。
菊池さんは受賞スピーチもちゃんと英語で用意されていたそうで、終わってから奈良橋さんが、いつか賞をとったときに、そのスピーチを使いなさいね、とおっしゃったとか。必ずそのスピーチを使える日がきますように。
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2007年 2月28日(水) the apple of my eye
『不動心』
2日続きで野球の話で申し訳ないが……。
ヤンキースの松井が書いた本が売れているという。発売5日で10万部という売れ行きは、あの『バカの壁』や『国家の品格』さえ上回る勢いらしい。厚さ1センチほどの薄い新書だけど平積み状態にして10万部重ねると、東京タワー3本分だとか(333メートルだから、計算合ってるよね)。売れているという本にすぐ飛びつく方ではない私も(でも、上記2作はやっぱり買った)、さっそく家人に買ってきてもらった。いや、自分で買いに行かなかったのは何も「話題の本を買うのはチョットかっこ悪い」なんて思ったからではない、単に出かける用事がなかったからだ。ゴニョゴニョ……
で、肝心の本の内容? 素晴らしい!
松井に関して普段からメディアで伝えられるようなことが、彼の語りとして書かれているだけで、「バカの壁」とか「品格」のような、キャッチーなフレーズや目新しい概念が語られているわけではないのだが、やはり誰でもないあの松井が語るから頷ける、彼の野球や人生に対する思いがどんどん伝わってくるので、なんかこう、しょっぱなから涙ジワ……なのだ。
冒頭で彼はこう書いている。昨年の骨折のことをたくさんの人から「大変でしたね」と声をかけられる。もちろん大変だったし手首の状態も完ぺきではない。将来の不安もある。でも、
「その苦しみや辛さこそが、生きている証ではないでしょうか。僕は、生きる力とは、成功を続ける力ではなく、失敗や困難を乗り越える力だと考えます。」
これはさほど画期的な考え方じゃないが、功成り名を遂げ既に引退した人物ではなく、まだまだ発展途上の若干32歳の現役選手が堂々と書くのはすごいと思うのだ。こう書いちゃったら、この先も失敗や困難を絶対に乗り越えなくちゃならないんだから、松井は。しかも松井の場合、「乗り越える」=「成績として結果を出す」ということなのだから。
実は私は松井に会ったことがある。彼の入団初年度の都内某所でのパーティでだったが、田舎から出てきた少年が無理やりトレンディなスーツを着ようとして失敗している典型のような姿だった。
それが今はどうだ。顔かたちが変わったわけではないが、風格のある面立ちになり、ユニフォームもスーツも、CMで観るカジュアルなスタイルも和服もどれも似合っている。やはり人間、年齢を重ねると内面が外見にもにじみ出るなぁ……という典型だと思うのだ。
高校時代から大物視され、長島さんが監督復帰する年に鳴り物入りであの巨人軍にドラフト1位入団し、好成績をあげて当然と見られ続ける中で好成績をあげ続け、大リーグに移り、昨年のあの骨折の日まで連続出場記録1768試合という記録は、並み大抵の努力とか才能とか運で実現できることではないけど、どんな時も松井は淡々としている。
なんでいつもあんなに淡々と揺るぎない様子でいられるんだ、と思っていた。
こちとら1回1回の翻訳の仕事のたびにあたふたし、納期とにらめっこしてキリキリしたり、そんな中でパソコンが不調になって叫び声を上げちまったり、いかんとは思いつつコーヒーをがぶ飲みして胃を痛くしたり、「不動心」とはまるで縁のない状態。松井の本を読んだら、僅かでも彼のような不動心を身につけられるだろうか。
たとえば松井が本の中で繰り返し言うこと。
努力すること、今できることは何かを考えること、コントロールできないことをしようとは思わないこと、感謝すること。
これなら誰にでもできそうじゃないか。この私にでも。
翻訳だって地道な努力の積み重ねでしかない。現時点ですべての言葉を知っているわけでもないのに、新しい用語は次々に生まれてくるし、少しでも質の良い翻訳をしようと思えば努力するしかない。パソコンがクラッシュしたら、その時何ができるかを考えるしかない。努力した結果、クライアントが何と言うかまでは自分でコントロールはできない。まず、今日この仕事を下さったクライアントやエンドユーザーさんや、家の中が散らかってても土日も仕事を入れてしまっていても文句を言わない家族に感謝しよう。
まあ、こういった姿勢を常に保ち続けることができるか、すぐに忘れちゃってまた煩悩の世界でじたばたするかが天才と凡人の分かれ目なのだろうが、時々は思い出してみたい。
そんなことを考えていたら、結構すぐに読み終えてしまったが、その読後の清々しさよ。
松井の心がけをすぐに体得できるかどうかは分からないけど、この清々しさだけでも読む価値ありだったなぁ。
ありがとう、松井。今シーズンも頑張って。それから早くステキな女性と巡り会って幸せになってください。大きなお世話だな。
そしてまだ読んでいない皆さん、お勧めです。

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2007年 2月27日(火) パンの笛
インフルエンザの足音が聞こえる
 ひたひたと…もうすぐそこまで、具体的には隣の部屋まで迫っています…恐怖のインフルエンザ。普段、滅多に具合が悪くなることのない息子が久しぶりに嘔吐したと思ったら、あれよあれよという間に熱が高くなって、見事インフルエンザと診断されました。しかもお医者様は、熱が下がって丸一日経ってからもう一度診察を受けて、大丈夫となって初めて登校許可証が発行されるので、それをもらうまでは息子は学校に登校してはいけないとのたまわれたのです。その話を近所の友人にしたところ、実は地元ではインフルエンザが大流行していて、友人の息子さんのクラスはあと一人が休んだら学級閉鎖なのだと言うのです。
 こんな深刻な話をしていたというのに、すみません。私は親失格です。私が考えていたのは、ここ一週間、仕事のスケジュールはどうなっていたかしら、ということ。明日納品の分はどうにかなりそうで、もう一つ明後日朝一番で納品の分も分量はそんなにないからきっと大丈夫、そして次は3週間弱後。よし、大丈夫! …そうなって初めて、息子の容態に冷静な目を向けられるようになったのでした。一応、息子にそんな素振りは見せなかったつもりですが…。いや、すごく言い訳がましくなりますが、もっと正確に言うと、仕事の心配と息子の体に対する心配はパラレルでした。仕事のスケジュールが走馬灯のように頭の中を駆け巡っている間、目は息子の姿を捉えて、今の様子を観察して分析していました。多分。でも、息子が小さい頃は、具合が悪いとすっかりぐずってしまって、文字通り張りつきで相手をしないとどうにもならなかったのに、さすがに小学生ともなると成長して、好きなビデオを見ながら、おとなしくごろごろしていることもできるようになりました。おかげで、私の仕事は息子のインフルエンザなんてまるで関係なかったかのように順調。本当に良かったです。もう一件だけ、今晩中に仕上げて明日の朝までに納品の分さえ終われば、もう少し心に余裕を持って息子の容態に向かい合えるかもしれません。その頃には私はインフルエンザにかかっていたりして…。そんなことのないよう、祈りたいと思います。このブログを読んでいる皆さんも、くれぐれもインフルエンザにはお気をつけください!!!
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2007年 2月26日(月) かの
美をとるか、環境をとるか
 商談通訳という職業柄、毎回様々な会社に出向いて業務を行なっている。そこで必ず利用するのが「お手洗い」。単に身だしなみを整えるためだけの空間と思うなかれ。俗に言うこの「トイレ」、実は多くを物語る会社の「顔」でもあるのだ。
 以前読んだ記事で某企業の社長が「トイレを見るとその会社のすべてがわかる」と述べていた。私個人としては化粧室だけを覗いて企業の内部まで100%うかがい知ることはできない。とは言え、色々な共通点はあるように思う。
 まず、備え付けのペーパータオルがなく、各自のハンカチで手を拭かなければならないトイレを見てみよう。このような場合、たいていは水周りも濡れたまま。鏡に水滴が飛び散っていることもある。トイレットペーパーがロールごと洗面台の隅に置いてあり、それで手をぬぐう人が多いのか、ペーパーのかすなども落ちている。ゴミ箱はそんなペーパーでいっぱい。どんなに定期的に清掃係がきれいにしていても、やはりすぐ元の状態になる傾向があるようだ。
 一方、ペーパータオルが備え付けられている場合はどうか?紙の使用量は確かに多い。2枚も使って手を拭く人もいるし、化粧直しにペーパーをバンバン使う人もいる。しかしなぜか最後に水周りもきれいに拭いて出てくる人が少なくないのだ。つまりペーパータオルがある所のほうが細かいゴミも散らばっておらず、清潔感がある。こういうトイレは外部の人間からみると気持ちよく、「あ、きちんとしている会社だな」とのイメージを抱かせる。
 こうなると、きれいさという美をとってペーパーを大量消費するか、それとも環境を優先して何となく「ぐっちゃ〜」としたままにしておくか。会社にとっては迷うところだろう。しかし、人間外見ではないけれども、何も知らない人にとっては視界に入ったことしか判断のしようがない。その傍ら、企業にとってはイメージも大事になる。美と環境のバランスをどうとるか。これは今後の課題と言えそうだ。
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2007年 2月23日(金) まめの木
英語はいいなぁ…
ドイツ語の通訳をしていて、唯一、英語の通訳さんがうらやましい!!と思うことは、ドイツ語ではロックミュージシャンの通訳する機会がまったくない、と言っても過言ではないことである。
もっとも、英語の通訳者になったからといって、必ずロックグループの通訳ができるとは限らないが、少なくともドイツ語よりはチャンスはある。なぜならば、ロックンローラーたるもの、世界のマーケットを狙うのであれば英語ができないと“かっこ悪い”からである。だから、ドイツ人のミュージシャンも最近は皆、英語が堪能だ。日本で売り出そうとするほどの心意気を持つバンドであれば当然、歌詞も英語である。ドイツの生んだ偉大なるギタリスト、マイケル・シェンカーだって、イギリスに渡った当時は英語ができなくてメンバーにいじめられて失踪したこともあるらしいが、今では立派に日本のファンに“英語で”メッセージを伝えられるようになっている。
とにかく、来日するほど知名度のあるドイツ人ミュージシャンで英語ができない、というのは論外なのだ。
ロックンローラーを自負する者は英語ができなければならない。
ところが!!
思えば叶うもの、まったくゼロと思っていたチャンスにめぐり合うことができた。なんと、ギタリストなのに英語で「guitar」の綴りもわからないドイツ人ギタリストがいたのである。私のイメージするところの「真のロックンローラー」は必ず英語ができるので、ひょっとしたら、実験音楽をロックに取り入れているような前衛的なバンドかと思ったが、とんでもない、ジャンルはメロディアス・ハードロック。しかも、北欧メタル発祥の地、スウェーデンのバンドである。そこのギタリストが英語のできないドイツ人だったのだ。
未知の専門分野に挑戦するのもこの職業ならではの醍醐味だが、好きな分野での仕事は本当に楽しい。知らない分野を一生懸命に勉強して理解した時の達成感は格別だが、好きな分野で、しかもそれが普段から趣味で接していた分野だったりすると、“理解する”ということを心から理解することができるのである。“知る”というレベルではなく、“本当にわかる”ということがわかるのだ。しかも、楽しい上にさらにおまけが付く、といったら不謹慎かもしれないが、若かりし頃、ラジオのロック番組でお声を拝聴していた評論家の某先生にも会うことができたし、サイン会では握手したファンが感激して泣きながら、
『前に来日した時は英語が通じなくてお話できなかったんですけど、今回は通訳さんがいてくれてお話できて感激です。ありがとうございました!!』
と直接感動を伝えてくれる。もちろん、ビジネス通訳の場でも『ああ、役に立てたんだな…』と思えるような親切な言葉をクライアントからかけていただくこともあるが、お世辞ではなく心から感激してもらえると、やはり嬉しい。また、一ファンの一生に残る思い出に立ち会うことができた、と思うと感慨も一入である。
同行中は他のスウェーデン人ミュージシャンのための英語の通訳さんも一緒だったが、昔から歌詞の翻訳も手掛けているベテランさんで、ロック音楽専門の通訳さんだそうだ。今は無きフレディ・マーキュリーにインタビューしたこともあるし、私が何年か前に聴きに行ったキング・クリムゾンのコンサートの時もアテンドしていらしたそうである。
仕事とはいえ、こういったお話を聞くと、やっぱり
『い、いいな、英語の通訳さん…』
と心から思ってしまうのだ。
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2007年 2月22日(木) 仙人
信じること
ボストン・レッドソックスの松坂選手が「メジャーリーグに行けないことなんて考えもしなかった。日本でプロになるときも、自分が通用しないと想像することはなかった。漠然と、自分はいずれプロの野球選手として活躍して、そのうちメジャーに行くんだと、固く信じていた」というようなことを語るインタビュー番組を見ました。まったく嫌味な感じではなく、純粋にそう思い込んでたんですよね、と話すのを見て、やっぱりなあ、と思いました。
少し前に、メジャーリーグに大改革をもたらしたと言われる、オ−クランド・アスレチクスのGM、ビリー・ビーン氏の成功を調べたノンフィクションに仕事で少し関わったことがあります。ビーン氏は高校のとき何十年にひとりの逸材として、どの球団も欲しがるようなスターとしてメジャー入りをしたのに、選手としてたいした成績も残せず引退した経歴があります。彼は周りの全員から「君はすごい才能がある」と言われても、自分ではメジャーで活躍できると思ったことが一度もなかったそうです。チームメイトに自分よりはるかに能力が劣る選手がいて、こんな才能のないやつが、よくメジャーに入団できたなと思っていても、その選手はメジャーで成功すると信じきっていて、何年か経つとその才能がないと思っていた選手が本当にスターになっていた、ということもあったそうです。
信じなければ続けられない努力、みたいなのがあるからだと、私は思います。どうせだめだろうと思いながらする「努力」と、きっと報われるはずと信じてする努力では、アウトプットに大きな差が出るのは当然でしょう。注意すべきなのは、「どうせ」と表立った積極的否定の態度を持つ人はほとんどいないだろうけれど、希望的に聞こえる「なれたらいいなあ」は、実は「でもきっと無理だよね」で終わることが多いことです。松坂選手には、これからの先のメジャーでの活躍も信じていてほしいです。
ビーン氏は、ビジネスでは成功することを信じていたそうです。そしてGMとしては誰が批判しても、自分の信じることをやって成功しました。オークランドでは、ビーン氏の手腕を疑問視する声が出たとき、アスレチクスのファンがBeanをもじって、”Believe in Billy Bean”運動というのをしたんですよ。
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2007年 2月21日(水) the apple of my eye
嗚呼、日本語
在宅作業の合間に、昼食らしきものをとりながらぼんやりとテレビをつけていたら、浅間山荘事件を振り返る映像が流れた。カラー映像になって間もない頃の、ちょっと輪郭がぼやけたような色も不鮮明な画面の向うで、連合赤軍が立てこもる山荘に警察が突入した瞬間を伝える当時のニュース音声が流れた。
「今、県警が、窓ガラスを破った模様でございます。中からは、盛んに銃で応戦しており、あ、今、警察が中に突入した模様でございます。」
なんだかとっても丁寧で上品。
今ならもっと、カジュアルな言葉遣いだろう。
「今、県警が窓ガラスを割りましたねー。おっと中から銃撃音!あ、あ、今、警察が突入!突入です!」
こんな具合かな。
あまり緊迫した感じに聞こえない浅間山荘突入の瞬間の報道は、それでも、視聴率が空前の90パーセント台だったとか。今思うと、日本という国がもうちょっと均一で平和だったような、錯覚かもしれないけどそんな印象を抱いてしまう。そこに、件の上品なアナウンサーの喋り方がとてもマッチしている気がする。
「丁寧な言葉遣い」関連で最近の動きというと、「文化審議会」という政府の委員会(会長:阿刀田高さん)が最近、敬語の分類の見直しを図ったというニュースが今月の初め頃にあった。
使い方が乱れていて、敬語を難しいと感じる人が多いため、分類をより明確にして誤用を避ける方向にもって行きたいというのが文科省の意向だそうだ。
それで、今までは「尊敬語・謙譲語・丁寧語」の3つに分類していたものを、「尊敬語・謙譲語1・謙譲語2・丁寧語・美化語」の5つにするというのだ。
新聞の記事だけで実際の委員会の答申書を読んだわけではないせいか、この謙譲語1(自分がへりくだって相手を高く位置づける(立てる)敬語)と謙譲語2((丁重語)話し相手に自分側の行為を丁寧に話す敬語)の区別やその必要性、あるいは尊敬語と美化語の明確な区別などがどうも分かりにくい。「申し上げる」は謙譲語1で、「申す」は2なんだとか。「お名前」は尊敬語で、「お酒」は美化語。じゃあ「お電話」は?
学校教育への導入は今後検討していくそうだけど、こんなの子どもが混乱するだけ、という気がするのは私だけだろうか。
「ご注文は、以上でよろしかったでしょうか?」とか、「そちらのほうで、大丈夫でございます」は、どう分類すればいいのか。分類を5つにしたらこういう言葉遣いはなくなると本気で思っているのか。
敬語つながりでもう1つ言うと、先日、知人に宛てたメールで夫のことに言及しようとして、ふと思った。「『愚妻』って言うけど、『愚夫』って聞いたことがないな」と。「愚妻」は恐らく謙譲語2になるのだろうけど、他者に対して夫に言及する時は、目上に対しても目下に対しても多分「主人」が最も一般的な謙譲語的言い方だろう。すわ!男尊女卑だ!と騒ぎたいところだけど、「愚息」はあっても「愚娘」はなくて、言うとしたら「愚女」だとか、子どもはまとめて「豚児」だとか、あまり使われなくなっているような言葉も含め、ほんと、日本語は難しい。


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2007年 2月20日(火) パンの笛
幸せのパン♪
 毎日の最大(?)の悩み。それはランチに何を食べるか、ということ。ランチ、などというとおしゃれな雰囲気が漂いますが、家で一人で食べる昼食は「ランチ」という代物とは程遠く、むしろ仕事の手を一時休め、空腹を満たすための行為、と言ったほうが正しい状態です。そもそも、根がズボラなのに、残り物を食べるようなワビしいことはしたくない、という矛盾した状態であるため、一体何を食べようか、余計悩みは深まります。そこで私が最も愛用しているのは、美味しいパン屋さん。私はとにかくパンが好きで、お米がなくても一生生きていけるけど、パンがなくては一週間と持たない自信があります。それなのに、私が住む地域は実はパン屋さん不毛地帯。以前はテレビ東京のテレビチャンピオンで優勝したパン職人のいるパン屋さんが車で10分ほどの場所にあったため、足しげく通っていたのですが、残念なことに少し前につぶれてしまいました。それ以降、私はしばらくの間パン屋さん難民でした。ちょっと小洒落たパン屋さんが一軒、最寄りの駅のそばにあるのを発見しましたが、やや種類が少なく、足しげく通うには不都合で、再び難民へ逆戻り。しかしこのたび、近所に住む友人が美味しくて商品の種類の多いパン屋さんを発見してくれたのです! おまけにそのお店もやはり、車で10分くらいの距離の場所にあり、仕事に余裕のある日はお散歩がてら歩いていくこともできる、という好条件ぶりです。というわけで、最近はまたパン漬けの日々です。パン屋さんに一歩踏み入れた瞬間のあの芳しい香りを思い出すだけでも、生きてて良かった、と思えるのです。パン屋さん、今日も美味しいパンを焼いてくれてありがとう。これで今日もまた頑張って仕事に臨めます。
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2007年 2月19日(月) かの
人間、変われる!
 子どもが生まれて一番変わったこと。それは「料理をするようになったこと」である。何しろ私の実母は食べることに超無頓着。食が細いので食べるという行為そのものに関心がない。それで料理もあまりせず、私も「母秘伝の味」など全く受け継がずに結婚してしまったのである。
 とりあえず栄養のバランスが取れていれば良いかなというのが結婚以前の私の考え。婚約中に暮らしたイギリスで、夕食用にサラダとポークパイを買う私を見た夫は目を丸くしていた。ちなみに夫は料理が上手である。
 「料理=時間ばかりかかる」という考えに凝り固まっていた私は、結婚後もあまり台所に立つ気がせず、「一緒に作ろうよ」と言う夫になかなか重い腰が上がらなかった。ところが子どもが生まれ、やがて離乳食が始まるといつまでも市販のベビーフードに頼るわけにはいかない。しかもイギリスの保育園の連絡帳を見ると「今日の昼食はフライドポテトとスパゲッティミートソースでした。おやつはポテトチップスで、よく食べていました」というコメントがある。いくら料理オンチの私でも、この炭水化物オンパレードには参ってしまい、せめて残り二食はまともなものをと必然的に作らざるを得なくなったのである。
 最初のうちはレシピがないと何も作れず、一つでも調味料が不足していると調理そのものがアウト。帰国後は生協に入り、カタログのレシピを一週間分切り抜いてその通りに作っていた。ものすごく時間と手間がかかり、せっかちな私は何度挫折しそうになったか知れない。ところがその下積みがあったおかげが、「材料が一つぐらい足りなくても大丈夫なのか」と安心し、「なーんだ、要は醤油、みりん、お酒があれば和食っぽくなるのね」とある程度の勘がつかめるようになってきた。
 以来、料理そのものが楽しくなり、新しいレシピに挑戦したり、季節のメニューを取り入れたりと工夫するにつれ、どんどん面白くなってきた。しかも野菜をひたすら切るというリピート作業はストレス解消にもなるし、出来上がった料理を家族が「おいしい!」と言ってくれると俄然、次も頑張ろうと思えてくる。ちなみに1月中旬の小正月には伝統にのっとり小豆粥をつくった。乾燥小豆をコトコト煮るところから始めたので半日以上かかったが、自分でも作れたというのがとても嬉しかった。
 きっかけさえあれば、人間、変われると思う。フォローして、褒めて(褒めまくって?)くれた家族に感謝である。
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2007年 2月16日(金) まめの木
神話が崩れる時
『私は絶対に○○にならない』という自分に対する神話が崩れるのを目の当たりにするのは悲しい。何時間立っていても絶対に足に来ないと思っていたのに、一昨年、12時間シフトで建設現場の仕事をした時には三日で音をあげた。『足が痛くなるから、夜、フットマッサージ器を貸してあげる。』と一緒に現場に入った通訳さんからの親切なご提案に対しても、『いえ、私、足は絶対に痛くなりませんから大丈夫ですぅ〜』と、“私は違うのよ”的な優越感を誇示していたのだが、三日目の夜には『すみません、貸じでぐだざいぃぃぃ…』と息も絶え絶えに彼女の部屋をノックした。
「老い」というのは「時間軸に沿って必ず歳をとるものだ」という法則を信じて疑わない人だけに訪れるものだと思っていたが、こと肉体に関しては、なかなか侮れないものがある。20代後半まで、徹夜しても次の日にまったく影響しない、時差ボケは絶対にない、肩は絶対にこらない、パソコンで目を酷使しても絶対に痛くならない、風邪をひいても一日で絶対に治るなど、絶対づくしだった神話が最近どんどん崩れ去っている。
そして悔しいことに、先日ついにマッサージ・デビューとあいなってしまった。殺人的な量の翻訳と格闘した末、首が後ろ側に曲げられなくなったのだ。これまで、病は気から、病気になるのは精神的な気合が足りないのである、人様にマッサージしてもらうなどという贅沢は自己管理のできない人間のすることだ、などと周囲に豪語していたはずなのに、いやもう、どうにもこうにも動けなくなり、近所にある中国気功整体院の門を叩いたのである。
ああ、やはり専門家は素晴らしい。気合だ、根性だ、と自己流の怪しげな療法でやせ我慢するよりも、素直に専門家にお任せすべきである。たった一時間のマッサージで心も体もこんなに軽くなるとは…。先生の話を聞けば、首の骨や背骨が歪んでいると、たとえ現時点で自覚症状が出ていなくても、放置すればいずれ必ず影響が出るらしい。つくづく無知の恐ろしさを実感した。
以来、気合や根性だけでは肉体の老化までは止められない、人様の専門技術に適宜おすがりするのも自己管理の内よと、これまでの自己管理哲学を180度ひるがえし、家の者から冷笑を返されているが、せめて精神面だけでも、「リングに上がった以上は簡単にギブアップしない」という信条を貫きたいと思っている。
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2007年 2月15日(木) 仙人
穢れた聴覚
今、噂のモスキートーン。テストしてみましたよ。ミーハーですから。で、当然ですけど、私には聞こえませんでした。そりゃね、昔からブースでヘッドホンの音を頼りにしたり、今でも音質の悪い映像に耳を澄ませたりと、聴覚にはダメージを与えることを続けてきたから……って、違いますよね、歳です。チェックしたい方は:
http://www.mosquitone.net/
これって本当に見事に、若者には聞こえるんですね。すごいです。境界は、25歳ぐらいのようです。なんだかSFちっくな話なので、自分が聞こえない残念な気持ちより、ちょっと不思議なスリルを感じます。
それで、昔いつも観ていたNHKの少年ドラマシリーズの中でも、特に好きだった作品を思い出しました。インターネットで検索したら、おそらく原作が佐野洋さんの『赤外音楽』というものだと思うのですけど、違うかもしれません。もうすぐ地球滅亡の日が迫っていて、特殊音をラジオなどで流し、それが聞こえる人は優秀なので他の星へ移住させようという話で、聞こえる人には『美しき青きドナウ』(だったと思う)が聞こえるのです。聞こえた人は、パニックを避けるために、このことを口外してはいけません。ただその人たちも友人や家族などを一緒に連れて行きたいので、特殊音を出す装置を叩き続け、早く気づいてくれと祈るのですが、家族の中でも聞こえる人・聞こえない人が出たりという悲劇が起こり、最後に主人公は家族や友人と一緒にいることを選んで滅亡の日を待つ――というような話でした。
この話を思い出して、このモスキートーンみたいなのを利用して、若者を洗脳しようとか、抹殺しようとか、そういうテロとか起きたりして……とさらにSFちっくなことを考えてしまったのです。もともと若者退治の音だったらしいのですけど、たぶん世の中で退治したいと思われる対象になるのって、きっとこれが聞こえない人たちなんでしょうね。これが聞こえなくなるぐらいの年齢で、いろんなものへの耐性というか免疫というかがよくも悪くもできてしまうんでしょう。
モスキートーンのサイトではトーンが4段階で、1は普通の若者、2はヘッドフォンタイプのプレーヤーを愛用していない若者、3は赤ちゃんあるいは犬なら聞けるレベル、そして4が聞こえるなら、こんなところにいないで自分の星に帰りなさい、となっています。やっぱりSFでしょ?
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2007年 2月14日(水) the apple of my eye
レーシックをご存知ですか?
商売道具の一つである大切なもの。目。
とかく疲れがちになる。朝からずーっとPCの画面とにらめっこしていると、夜にはしょぼしょぼ。コンタクトを外してメガネに切り替えても、何となく肩が凝るし。
先日の人間ドックでは、機械式の視力検査でマークそのものが見えないときがあり愕然とした。開いてるのが右か左か上か下かというレベルの話ではなく、あのマル自体がそこにあるのかどうか分からないのだから。
しかもそろそろ花粉症の季節。痒くなったり目やにが出たりと、さらに不具合になる。
ブルーベリーがいいらしいとサプリメントを摂ってみたり、目のツボはここらしいと首の後ろを押してみたりするが、劇的によくなるわけはない。
ところが劇的によくなった人がいる。
レーシックという手術を受けたのだ。
レーシックとは、LASIK と書いて、laser assisted in situ keratomileusis の略である。
プロゴルファーのタイガー・ウッズがこの手術を受けて有名になった医療技術だ。
簡単に言うと、近視の人の細長く伸びちゃってる角膜を削って、正常な屈折、正常な視力に戻すというものだ。
レーザーで角膜を切るというのだからチョット怖いが、ここ1年間で知り合いにこの手術を受けた人が増えた。そして経験者として異口同音に「世界が変わった!」と言うではないか。
もちろん病歴や職業などの理由から受けられない人もいるらしい。
そして年齢も。
この手術で治せるのは近視だけ。早い話が老眼は治りませんよということだ。だから既に老眼の人や、目前にその時が迫っている人などには「できないことはないが、享受される恩恵が限定されるのでお勧めしない」とか。
う〜ん、ここは思案どころだ。
ちなみに、この医療技術には健康保険は効かないが、もちろんちゃんと厚生労働省の認可は出ている。使用されるレーザーの機械も認可を受けたものに限定されている。
だが、これに関する情報が厚生労働省のHPには見つからない。アメリカのFDA(食品医薬品局)にはちゃんと「Lasikについて」という独立したページがあり、認可されている機械の一覧や、Q&A方式での情報提供など、とても充実している。18歳未満は受けられないことや、空手などの格闘技をする人で顔や目への打撃を受ける確率が高い人にはすすめられないといったことも書かれている。
え? うちの息子の空手の先生や大人の道場生さんたち、何人か受けてたけど?

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2007年 2月13日(火) パンの笛
ついでに宣言
 この3連休に、家族で高尾山に行きました。実は私自身、小学校の遠足で登山に行ったところ(それだって高尾山くらいの山だったと思うのですが)、当時は喘息っ子だったため登山途中で発作を起こし、先生におんぶしてもらってようやく山頂まで行ったという嫌な思い出もあり、どうも山登りは敬遠していたのです。しかし、山登りに行った人からはどんなに良かったかとしばしば聞かされて、一念発起して山登りに挑戦したのでした。そして息子にとっては初の山登り。結果は…もっと大変かと思っていたら、意外にも楽勝でした。下山してみてわかりましたが、ルートによって随分とその大変さが違うのですね。息子も難なく下山して、麓で名物トロロ蕎麦に舌鼓を打って、いい気持ちで帰ってきました。やはり普段家にこもっているだけに、外で体を動かすというのは気持ちがいいなぁ、と改めて実感した次第です。
 実は、ここでは敢えて宣言していませんでしたが、本当は年頭に@今年は本を百冊読書A今年は息子と百人一首暗誦を制覇、という二つの目標に加えてBコンスタントに運動する!というのがあったのですが…なんだか実現できない予感がして(こう言っている時点で既にやる気がなさそうですが)宣言できずにいました。案の定、1月はそれでもぽつぽつとウォーキングなどをしたりしていたのですが、2月に入って、「忙しい」などと言い訳をして、運動をできずにいました。でも、しばらく家にこもっていたら、本当に体が鈍ってしまって、先日などはちょっと肩のストレッチをしようとしたら、首筋をつってしまう始末。これは末期症状だ、とさすがに怖くなりました。そのときふと、そういえば、以前職場で一緒だった別の翻訳者さんが、在宅で仕事をしていた頃に9日間靴をはかなかったことがあった、とおっしゃっていたのを思い出してしまいました。その生活リズム、非常に分かる気がするのです。私は幸か不幸か息子のお迎えがあるので、否応なく最低でも一日に一度は家を出ますが、でもひどいときはそれ以外は完全蟄居、それこそゴミ出しすらしない、というのも珍しくありません。でもそういう日々を繰り返していると、首筋をつるようなことになってしまうんですよねぇ。普段から体力作りをしなかったら、やはりいざハードな仕事を請けようと思っても、ふんばりが利かなくなる!と思い直しました。というわけで、ついでに宣言することにします。今年は、週に少なくとも3回、ウォーキングなどなど、運動を心がけて、生活のリズムに折り込むことを誓います! よし。またまた後へ引けなくなりました。結果は年末、もしくは翌年頭にご報告いたします。お楽しみに! (私をよくご存じの方は、今頃3つとも達成できない、に賭けをしているかもしれません。そんな賭け、成立させませんよー!)
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2007年 2月12日(月) かの
子育ての方向性
 ここのところ良書との出会いに恵まれた。本は好きでよく読むほうだが、買っても買っても琴線に触れないときがある。新聞の書評やネットのランキングを参照したのに、である。かと思うとたまたま書店で手にしてパラパラとめくっただけで買ったところ、私の中で大ヒットとなることもある。要はそのときの心境や関心事にもよるのであろう。
 子どもたちは日々成長しており、長男の嵐のような「3歳児反抗期」が過ぎたかと思いきや、今度は娘が何かにつけて「いや!」「言わないでよ!!」と大抗議。松田道雄先生の「育児の百科」をベースに色々と子どもの心理を理解しようと努めてはいるが、それでも私自身カッとなってつい叱りすぎてしまうことも。「叱る」というよりは、私の怒り爆発という感じでエスカレートしてしまう。いい年した大人が幼い子どもになぜこんな態度しか取れないのだろうとあとで猛反省。その繰り返しが続いていたのである。
 そんな中出会ったのが渡部和子著「愛と祈りで子どもは育つ」であった。著者は著名なシスター。きっと生まれながら敬虔なクリスチャンだったのだろうと思っていたら、若い頃は劣等感にさいなまれていたという。あるとき、勤務先の上司に「あなたは宝石のような人だ」と言われてようやく自分の価値を認め、自分自身を受け入れられるようになったと書いている。
 本書を読み進めるにつれ、いかに私が今まで表面的にしか子どもたちと接していなかったか、反省させられた。たとえば夕食時。息子が食べるのをそっちのけで恐竜の解説をしたり、娘が歌を歌い始めたりすると、私は「そうなの」「お歌、上手だねえ」と言いつつ、心の中では「早く食べ終えて、歯磨きして、9時までには寝かしつけしないと明日早く起きられない」と計算ばかりしていたのである。目の前の子どもたちよりも、生活をまわすことしか頭になかったのだ。
 子どもを育てるというのはまず親自身が自分を成長させ、育てていかなければならないこと。また、家庭内におけるほほえみを惜しまず、子どもの良いところを見ようとつとめるべきであることなど、言葉の宝石が随所に光っていた。読後すぐに良い母にはなれないかもしれないが、自分の中で一つの方向性が見えてきたように思う。
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2007年 2月 9日(金) まめの木
通訳という仕事は面白い!
手段と目的を区別するのは難しい。いや、区別自体が難しいのではなく、常に自己を俯瞰してこれらを「区別し続ける」ことは、とても注意力のいる作業だと思う。これは特に、通訳者になってから強く感じるようになった。通訳の仕事は毎日の勉強といっても過言ではないが、勉強することや知識を得ることはそもそも、最終的な目的である『自分のパフォーマンスがクライアントの役に立つこと』を達成するための手段に過ぎない。もちろん、初めから『だれそれのために』という意識のみではただの偽善者になってしまうが、何のために今これをやるのか、これを勉強するとどうなるのか、それは自己満足のためか、人前で恥をかかないためなのか、かっこいいところを見せたいだけなのか…等々の自己分析を怠ると、往々にして問題が発生する。自分自身のフィジカルな満足度とお客様の評価の間にズレが生じるのである。自分は決してそんなちゃちな自己防衛のために勉強しているのではない、と表層意識の上で思っていても、『対応できない場面に遭遇したらどうしよう』という、他人に一番見せたくない最大の恐怖に光を当ててみると、案外、こういったエゴが原動力になっている場合が多い。
子供の頃、よく父親から『ありがとう、と言っても気持ちが伝わらなかったらお礼を言ったことにならない。』と言われたが、それと同じで、『今日、この日のために、毎日寝ないで勉強したんです!』と涙ながらに主張したところで、そこで得た蓄積がお客様の役に立たなければ、何の意味もない。確かに、まったく別な要因で、自分にとって理不尽な場面に遭遇することもあるかもしれない。しかし、そのようなときこそ、実はまたとないチャンスなのだ。なぜなら、理不尽なことには必ず学びがあるからである。自分が悪くても悪くなくても、学べる点は必ずある。
自身の未熟なところと対決するのは苦しい作業だが、この作業を通して開ける新たな水平線は、まさしく自分だけの貴重な財産である。
通訳業は、仕事という具体的な作業を通して内的な作業を行うことのできる、類稀なる職業だ。
だから、通訳はやめられない。
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2007年 2月 8日(木) 仙人
すべての山に登れ
この季節になると映画賞関係の翻訳仕事をいただくことが多く、またテレビなどでも昔のアカデミー賞受賞作品特集などをやっていて、少し映画モードに入ってしまいます。でも、いろいろ映画を観ても結局、感受性の強い10代の頃に観た映画が、いちばん好きなんですよね。だから、その年齢で観ておかないといけない映画、みたいなのってあるし、10代のときに正しい10代映画と出会えた人は幸運だと思います。たとえば、今40歳前後で子供の頃から『スター・ウォーズ』があった人とかね。
逆に10代の頃は、ふん、と思っていた「少年少女向け」映画に、この数年でなんて名作なんだろう、と感動しなおすこともあり、「子供に見せたい映画」が、すなわち子供の心に響く映画ではないのだなあとも思います。本来私は、清く正しく誰からも推奨されるような映画というのが根本的に嫌いで、『アダムス・ファミリー2』でウェンズデーが良い子の映画を無理やり見せられて発狂寸前、のシーンが大好きです。だから、誰もが子供に見せたい映画の代表『サウンド・オブ・ミュージック』を、数年前に何十年かぶりに観ることになったときは、正直、うへえ、と思いました。
『サウンド・オブ・ミュージック』については、ちょっと思い出もあります。中学のとき、クラス全員の英語のテスト成績があまりに悪かったので、先生が救済処置として、『エーデルワイス』の歌詞を和訳し、よくできた人にはテストの点数を上増しします、ということがありました。当時はアメリカンニューシネマの全盛期、暴力的な映画が流行していて、もちろん今でも私はサム・ペキンパーとか大好きですが、中学生の私たちはみんなで「嘘っぽいきれいな映画」として『サウンド・オブ・ミュージック』をひどくばかにしていて、提出さえしなかったように覚えています。当時40代だった男性の先生は、「40歳を過ぎて『サウンド・オブ・ミュージック』を観たとき、「エーデルワイス」のシーンで涙できる人でいてください」とだけ言っていました。
先生、私、そういう人になりました! 40代になってひさしぶりに観てやっとそのすばらしさを認識し、それ以来、何度も観ています。そのたびに、音楽祭で全員がこの歌を合唱するシーンで涙がぽろぽろこぼれ、最後にアルプスを越えていくところで『すべての山に登れ』を一緒に大声で歌いながら、はあ、いい涙を流したなあ、と思います。
私と、この映画のイメージギャップがあまりに大きく、この話をすると必ず笑われるのですけど、”Climb Evr’y Mountain!”は最近、誰かを勇気づけようとするときのメールや手紙の結句として用いることも多いです。
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2007年 2月 7日(水) the apple of my eye
言葉の修行
常日頃、自分の反省材料として感じているのは、「言葉を控えめに」である。
「控えめに」のひとつの意味は、「分量を少なく」ということ。
多分、私のプライベートメールを受け取る人は、その長さ・くどさに辟易していると思う。とあるSNS上でもそうだ。このブログでもそう。
「ん!」と思うと、思いついたことをダーッと書いてしまう。
喋っている時もそう。早口でダーッと喋る。たくさんの言葉を使ってしまう。
1つのことを言うのに、1つの言い方だけでは相手に分かってもらえないかもという不安から、2つも3つも言い方を変えて言葉をつなげてしまう。
これは自分の思いを伝えるのには余り効果的な方法じゃないことも重々分かっていながら、言わずに/書かずにいられないのだ。親しい友人には「頭の中に言葉がギューっと詰まっていそう。どうしたらそんなにたくさん言葉が出せるのか、言いたいことの半分も言えない私には羨ましい」などと言われるが、そういう彼女のほうが、短い言葉で鋭く言い当てることも多い。
「控えめに」のもうひとつの意味は、「もっと優しく」。
そんなつもりはないのに、どうも良い意味・悪い意味の両方で「ガツンと言う」とか「ズバっと言う」とよく言われる。あやふやにしておくのが嫌いな性格というか、白は白、黒は黒だと表明したいのだ。何かで誰かと論争になると、つい相手を言い負かすまでやり込めてしまうこともある。強い言葉で相手を罵倒するわけではないが、相手の論点にいちいち反論し、追い詰めてしまうのだ。年齢と共に多少はマシになったかもしれないし、相手もごく親しい人だけに限定されてきたが、餌食になった人はたまったもんじゃない。分かってるんだけど、変な理屈をこねられると「言い返したい!」とお尻がむずむずしてくる。ポンポン!と言い返しては、後で反省したりする。
この傾向は子育てにはマイナスだ。
子どもの思考は一貫性がなく語彙も少ないため、何を言いたいのか色々言わせてみないとわからないことが多い。それを「あ、そうか、こういうことが言いたいのね」と先にまとめてしまったり、「え?さっきは○○○って言ったじゃない」と論点の矛盾を突いてしまっては、子どもは喋れなくなる。時系列も主語も統一されない子どもの話をジーっと聞いて、どうでもいい部分は聞き流しながら、大事な部分はときどき短い質問を挟んで整理してやりながら、時間をかけて耳を傾けなければならない。これはどんどん話を先に進めたいせっかちな私には大変良い修行である。
子どもに何かを説明するのも難しい。この頃また「〜ってなに?」の質問が増えてきた。
「俳優って何?」「衆議院って何?」「軽蔑って何?」
なるべく丁寧に答えてやろうと思うが、あまりグダグダと長く説明しても子どもは飽きてしまって途中から聞いていない。難しい言葉を使うのもダメ。やさしい表現でなおかつ簡潔にとなると、これまた修行である。
日々修行。
親として。
言葉で仕事をする者として。
人間として。

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2007年 2月 6日(火) パンの笛
判断力とは経験の賜物か
 非常に個人的な話ですが、今年は自治会の役員をやっています。引っ越してまだ2年ですが、どうやら我が家のある地域は役員の周期が既に2巡目らしく、新参者にもお鉢が回ってきました。気楽に引き受けてはみたものの、自治会に出席してみると周囲は軽く2巡目であろうと思われる重鎮方ばかり。はっきり言って私はお歴々のお子さんより年下、ということになるらしいのです。(決して私が超!若い、というワケでもありません)最初はそんな周囲の様子を見て取って、これは若輩者としてはおとなしくしているしかない、面倒な細かい仕事を引き受けるつもりで貢献しよう、と考えていたのですが、人間そう性格が変われるものでもないらしいのです。あっという間に本来の性格を発揮するようになってしまって、会議では普段とまったく同様、思いつく傍から発言をするようになってしまいました。まぁ、それ自体はむしろ活発な意見交換が行われるから良いと思うのですが、もうそろそろ年度も終わりが近づいてきて、メンバーの性格なども把握できるようなり、落ち着いて周囲を分析できるようになってみると、一つ気づくことがありました。それは、次々と発言する私の意見よりも、たまにしか口を開かない重鎮の方の意見の方が何倍も説得力がある、ということ。今年度の役員のお仲間には青少年指導員やら、行政相談員やらを経験している方もいらして、なかなかに地域の情勢に通じておられるのです。会議の場の限られたメンバーの意見しか見えない私にひきかえ、その方は会議を超えて、地域全体を俯瞰して発言なさるわけです。そうすると、会議のメンバーも思いつかなかったような最も効果のある解決策を提案してくださったり、必ずしもメンバーの多数決に頼らずに最適な判断をなさったりすることも多いわけです。こうして書いてみると当たり前に聞こえることですが、実際の会議の場で反対多数だった意見を、「絶対に正しい」と判断して主張することはとても勇気がいりますし、判断力が必要とされます。そして、私などはたくさん発言をしてみたもののその結論を導き出せなかったことが、とても悔しい上に恥ずかしく思われるわけです。やはりこの判断力の差というのは、持って生まれたものもあるとしても、何よりも経験がものを言っているのでしょう。地域全体にあまり通じていない私と、これまでの豊富な経験から地域を熟知している方とでは、判断のベースに大きな違いがあるのは、むしろ当たり前のことかもしれません。「年の功」とも言えるでしょう。自治会の役員は、こうして複数のメンバーにより検討がおこわなれて最終的な結論が導き出されるから良いのですが、これが仕事となると…と少し怖くなりました。経験の浅い内容の仕事を、まるで小手先でいじくりまわすように、あーでもない、こーでもないと言葉尻を変えてみたところで、真に心に響く文章は完成しないのです。その内容の本質を知り、全体を俯瞰し、目の前の原文のみに囚われない豊かな表現の源から用語を選び、配列を推敲することで、初めて生きた文章が書けるのです。自治会に関しては、次に役員が回ってくる頃にもう少し地域を俯瞰できるようになることを目標にすることとして、当面は文章表現の経験を磨くように心がけたいものです。まだまだ仕事も若輩者です。反省しきりの週末でした。
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2007年 2月 5日(月) かの
ガンバレ!受験生
 先週木曜日。
 珍しく早朝の仕事が入った。家を出ると空は朝日の光でうっすらと赤みがかっている。空気もひんやり。いつもと違う雰囲気、異なる光景だ。車内も人気がまばら。座ってのんびりと新聞を読み、予習をすることができた。
 途中、小学生と思しき男の子が母親と連れ立って向かい側に座った。ランドセルはしょっていない。おや、私立に通学しているのかな?でも随分背丈も大きいから、お母さんの付き添いで通学というわけでもなさそうだ。今日は開校記念日か、それとも地元の市制記念日か何かで祝日なのだろう。そう思った。
 男の子は地図帳を取り出し、母親と世界の国旗を眺めている。楽しそうだ。私も国旗が大好き。色とりどりの旗から遠い国々のことを思い描くとワクワクする。わが家も息子が大きくなったらあのような親子の対話をするのかなと数年先のことを想像した。
 終着のターミナル駅に着くと、なぜか小学生が多い。それでようやく気づいた。今日は私立中学の入試日なのだ。ちらほらと見かけるお父さんお母さんたちは、付き添いで入試会場へ向かっているのである。
 もう一組、印象的な親子を見かけた。背のすらりとしたお父さんとショートカットの女の子。並んで私の少し前を歩いていた。二人の話し声は雑踏にかき消されて聞こえない。けれども仲の良さそうな様子は何となく後姿でわかった。お父さんはその後、女の子の背中を軽くポンポンと叩いていた。きっと「試験、大丈夫だよ」と言っていたのだろう。西洋のように大げさに肩を抱き寄せるでもなく、ハグするのでもない。わずか二度叩いただけ。でもそれだけで親子の絆を見たような気がした。
 お父さんの髪には白いものが沢山混じっていた。会社ではそろそろ管理職にたどり着く頃かもしれない。職場でも家庭でも責任がどんどん重くなる時期だ。でも少なくともその親子を見る限り、責任に押しつぶされている感じはしなかった。今そのときを精一杯生きているのだろう。
 ガンバレ!受験生。ガンバレ!お父さん。
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2007年 2月 2日(金) まめの木
夢のあとに…
フランスの作曲家、ガブリエル・フォーレの歌曲に『夢のあとに』という曲がある。ロマン・ビュシーヌの詩によるとても美しい作品だ。ドビュッシー、ラベルなどもそうだが、フランスの作曲家の作品は通訳する際、必ず原語で言わなければならないので、我々ドイツ語通訳者にとって発音は苦労の種である。しかし、フランス語の原題を知らなかった場合にドイツ語に訳してしまうと、途端に作品の香りが半減してしまうし、専門家が聞いたら一瞬「この通訳、何を言っているのだろう??」と疑われてしまうだろう。フォーレの『夢のあとに』もドイツ語で『ナッハ・アイネム・トラウム』などと発音したら、

夢の中にあなたの美しい姿があった。
おお夜よ、あの人の幻影をわたしに返して…

という、あのせつなく美しい歌詞とは程遠い、なんというか、悪夢でうなされた後に冷たい現実が物理的な威力をもって迫ってくるような感じがするのは、私だけだろうか…。その反面、ベートーベンの第九の最終楽章の有名な喜びの歌には、やっぱりドイツ語発音の『アン・ディー・フロイデ』が良く似合う。また、アメリカに留学していた友人がリヒャルト・ワーグナーの『さまよえるオランダ人』のことを『ザ・フライング・ダッチマン』と言った時には、あの崇高な楽曲のイメージが崩れるような気がして、非常にショックだった。

閑話休題、今回の夢の話はビュシーヌの詩のようなロマンチックな話ではない。小さい頃、「色つきの夢を見るとお迎えが近い」と周りからよく聞いたが、私が見る夢にはいつも、テクノカラー張りに立派な色が付いているし、手で触った感触や味覚などもはっきり覚えていることの方が多い。しかも、「夢の続きが見られる」というのが特技である。こんなこと、えらそうに自慢できる特技でもなんでもないが、ある夢がきっかけで、夢の続きが見られるようになった。それは、手塚治虫の漫画に出てくるような無機質なラボで、白衣を着たドイツ人研究者がぶくぶく泡の立つガラス管の前でなにやら真剣に説明をしてくれている、という夢だった。もちろんドイツ語で、聞いたこともない専門用語が沢山出てくるのである。なんだか訳がわからないし、疲れたから帰りたいな、と思ったら目が覚めたのだが、少なくとも自分がどこにいたのか知りたいと思って「もう一度行こう」と思った刹那に、また例の実験室にいて専門用語いっぱいの説明を聞いていた。また別の夢では、お寺で修行僧に混じって難しい仏教用語や四文字熟語のような日本語がオンパレードの講義を聞いていたこともあった。この時も続きを見ることができた。
私が興奮したのは、連続ドラマのように夢の続きを見られるということよりも、日本語でもドイツ語でも、何故自分の知らない用語が夢に出てくるのか、という点である。ここで一番残念に思うのは、自分の頭脳が夢の内容に追いつかず、夢自体ははっきりと覚えているのに、そこで教えてもらった内容をひとつも覚えていない、というか覚えられないことだ。夢だから覚えていない、というよりは、門外の専門書を読んでも内容が脳にまったく定着しない、といった感覚と似ている。特にお坊さんと一緒に講義を聞いていたときなどは恐ろしく古い日本語が使われていて、もちろん私は古文のエキスパートではないから、そこで使われていた言葉の真偽はさだかではないけれど、和紙を紐で閉じた書物もリアルだったし、これをすべて現実世界での能力に取り込めたらどんなに賢くなれるだろうか、と思うと残念至極である。
でも、英語ができないのに夢の中ではペラペラにしゃべっている、などの話もよく聞くし、こういった現象は多かれ少なかれ誰でも経験していることではないかと思う。これは心霊科学でいうところの幽体離脱なのか、自分の潜在意識にある願望がそのような夢にいざなうのか、どちらとも判断しがたいところである。
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2007年 2月 1日(木) 仙人
職業病?
内転筋が肉離れ寸前という話を先週しましたが、いろんな人から勧められてついに整骨医に診てもらうことにしました。普通の整骨医は、患者にお年を召した方が多く、長時間待たされる間、膝の水を抜く話につきあわされるのに、気が滅入るので避けていたのですが、近くにスポーツリハビリが専門の元サッカー少年がやっている医院ができたので、それなら、と診てもらうことにしたのです。
ついでに、長年職業病としてあきらめている腱鞘炎についても、痛みが取れないんですよね、と話すと、診てくれました。数分後に、「捻挫してますね」え? 「腱鞘炎じゃないです」考えてみたら、最初に痛み始めたのは、手首を変な方向にねじったまま体重を手で支えたとき。「ゆっくりと曲げると、痛っ! という感覚がないため、その無理な姿勢を続けることができ、結果的に捻挫します」なるほど。「そしてその軽い捻挫状態で、腕立て伏せや、マシーンでウェイトを上げるようなことを続けると、捻挫がどんどん悪化します」どき。まさにそれです。「当分、手を曲げた状態で負荷がかかるような運動は、厳禁です」「手を曲げずに、こぶしで体重を支えて腕立て伏せしてるんですけど」「論外です!!! 捻挫はひどくなっても治りますが、手の甲の骨が折れるともうダメですよ。捻挫してるので力が入りにくくて、いつぐしゃっといくかわかりませんから!」わかりました。
腱鞘炎ではなかった。つまりは、それほど仕事をしているわけではなく、ジムでの運動が過ぎた、ということではないですか? ショック。翻訳者の宿命だわと、自己憐憫&自己陶酔にひたっていたのに。腱鞘炎に悩むほかの翻訳者の方から、テーピングやなんやらいろいろ教えてもらったのに。ただ、ただ、重いウェイトを上げるなということだったなんて。
腱鞘炎だと思っている翻訳者の皆さん、あなたもジムの通いすぎによる捻挫かもしれませんよ。
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2007年 1月31日(水) the apple of my eye
ターミノロジー
先日、息子を連れて大相撲初場所を見るために国技館に行ってきた。生で相撲を見るのは初めてだが、子どもの頃は先代貴乃花のファンだった母と一緒に毎場所欠かさずTVで中継を見ていた。以来、○十年ぶりくらいでじっくり相撲を見たのだが、昔とった杵柄とはこういうものか、勝負が決まるたびに無意識にすらすらと「あー、引き落とし」とか、「上手投げ!」とか「はたきこみかぁ」などと言ってしまっていた。生まれて初めて相撲を観た息子は、今まで母親が口にするのを聞いたこともないような言葉が出てくるものだから、横で目を丸くしていた。「立合いって何?」「じゅうりょうは?」「決まり手ってどういう意味?」と質問攻め。
思えば、相撲用語は「中入り」だの「幕の内」だのと特殊で普段口にしない言葉も多い。TV中継の解説を聞いたって「今のは左を差してから上手くおっつけて……」なんて言われても、「差す」とか「おっつけ」がどんな技なのかを知らなければ意味が分からない。
だが実は、相撲用語には普段の生活で何気なく使ってしまっている表現がたくさんあるのだ。
「そんなのまだまだ序の口よ。」
「田中派と竹下派の派閥争いは、田中派に軍配が上がった。」
「県警の今回の捜査は、結果的に勇み足だった。」
「新しいプロジェクトは、途中で腰砕けになっちゃった。」
「伯母は隣家に怒鳴り込んだけど、相手が留守で肩透かしを食らったの。」
「今回は失敗したけど、仕切り直してまた頑張ろう」
英語ではよく野球用語 (ball park figure、rain check など)が日常の慣用語として定着しているが、日本語でも同じようなことがあるんだと今さらながら気付いた。
それとは逆に(というのかどうか?)、一般的な意味とは違う意味や訳語になる言葉もある。
たとえば offering。普通は「提供すること/もの」といった意味になるが、金融用語としては、株式の「公開」とか「募集」と訳さないといけないことがある。法律用語でも consideration (「考慮」じゃなくて「約因」 )とか、construction (「建設」じゃなくて「解釈」) といった用語がある。
あるいは、意味が違うわけじゃないのだけれど、特殊な領域で使われる場合に特定の訳語を選択しないといけないこともある。たとえば先日仕事で扱った文書だが、看護士やヘルスケアサービスの疾病管理という領域の話で、患者が医師から言われた療法や生活改善法をどれだけ守るかという意味で adherence という用語が頻出する文書があった。これを「順守」とか「守ること」などと訳しても間違いではないけれど、専門用語としてはカタカナで「アドヒアランス」と言ってしまっている。
こういった特殊な使い方、訳し方、意味を知っていればいいが、知らない場合もある。知らなくても訳しながらどこかで気付けばいいのだが、どうすれば見落とすことなく気付くことができるかは、もうマニュアルなんてないので日々勉強するしかないだろう。言葉は日進月歩で変化・進化するので、明日になったらもう新しいボキャブラリーが誕生しているかもしれない。とても辞書だけに頼っているわけにはいかないから、やっぱりひたすら勉強するしかない。終わることのない勉強。ゴールのない世界。好きでなければやってられないな。



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2007年 1月30日(火) パンの笛
お得な特技
 私の特技の中でも一つ傑出しているもの。それは、床に就いた途端すぐ熟睡できることです。自分でも一瞬にして意識がなくなるので、横になった瞬間以降のことは何も覚えていません。これは、自分が宵っ張りだから体が必要に迫られた結果こうなったのか、すぐに寝られるから油断して宵っ張りになってしまうのか、卵が先か鶏が先か、いまひとつ判然としません。これは夜を徹して仕事をすることもよくある身としてはとてもお得な体質でしょう。夫などは毎日一定時間数以上寝られないと昼間機能できなくなってしまうようで、「それでも無理して起きてる」なんていうことは考えられない様子です。私から見るとまったく理解できないことですが、これは体質だから仕方がありませんね。
 先ほども書いたように、基本が宵っ張りなので、たまに、無理してまで夜仕事をしなくて良い日があっても、とにかく寝るのがもったいなくてついついだらだらと本を読んだり、ネットサーフィンをしたりしてしまって、結局寝る時間はあまり変わらなかったりしてしまいます。でもこれはなんだか限られた時間を無駄にしているような気も・・・。一時期、無為に起きているよりは、その分早く寝て、翌朝早く起きて色々とこなすほうが効率がいいに違いない!と考えて早く起きようと試みたこともあったのですが、必要に迫られれば朝早くても起きられるのに、特定の目的もなく起きるのは、もう潜在意識に「バレている」(?)せいか、いくら目覚ましをかけても起きられなかったのです。結局、私は正真正銘の夜型人間だなぁ、と納得するに至ったわけです。どうやら息子もこの血を引いているようで、なかなか寝付いてくれません…。でもお願い、あなたが寝てから仕事したり、本読んだりしたいの。早く寝てね。そうそう、おまけってワケじゃないけど、子供が遅くまで起きているのは体に良くないしね。大人と子供は違いますよ。…なんて日々言ってると、息子には説得力が感じられないんでしょうね。ちっとも寝付いてくれません。血は争えません。
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2007年 1月29日(月) かの
「話せる=理解している」わけではない
 昨年私にとって最大級ビックリ業務は某ウィスパリング会議。担当者から「関連資料はありません」と言われていざ現地に赴くと、机の上には電話帳数冊分の資料がデーンと待ち構えていた。しかも出席者は取締役レベル。すべて前日の依頼時に聞いていないことばかりだった。英語で言うなら’one of the toughest job’、直訳すれば「今まで受けた中で最もキツイ仕事のうちの一つです」ということになる。
 しかしこうしたパターンは最近珍しくない。取締役レベルの会議なら相当前から日程が組まれていると思うのだが、なぜ直前の依頼なのだろう?担当者は会議準備に忙殺されて通訳発注が後手後手に回ってしまったのか。真相は私にはわからない。いずれにしても通訳者はこのような業務の際、自分の持てる力を最大限出して通訳するのみである。大量の資料もその場でサイトラし、何とか形だけはA言語をB言語に置き換えて進めてゆく。最後の一句を訳し終えたときは心身共に別世界を浮遊しているかと思うほどヘロヘロである。
 発注側にしてみれば、致命的なミスもなく何とか言語変換が滞りなく行なわれていたならば無事業務完了となるのだろう。しかし通訳者にとっては不完全燃焼だ。辛うじて訳せたからといって概念そのものを理解していたわけではないからである。資料が事前にあるのなら、根本的な部分から勉強しておきたいのが本心だ。
 ところが自分の仕事においてはこう思っているのに、私自身、同じことを子どもたちにやってしまっていた。それは子どもたちの発話だけを聞いて、彼らが理解していると早合点していたこと。5歳の息子も3歳の娘も最近は爆発的におしゃべりする。息子など「夕方になったから明かりがともっているねえ」と、私が惚れ惚れするような日本語をさらりと述べたりする。それでつい「話せるからわかっている」と思い込んでいたのだ。なのに日常生活で同じことを何度注意されても繰り返してしまう子どもたち。いったいなぜだろう?
 それでふと気がついた。子どもはボキャブラリーを駆使するとは言え、概念はまだ理解できていないのだ。つまり私の「手探り通訳」と全く同じ。きっと彼らにしてみたら、「もっと根本的な考え方をわかりやすく説明してから叱ってよー」ということなのだろうなあ。反省するガミガミ母さんである。
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2007年 1月26日(金) まめの木
レジ袋有料化の是非
先日、某スーパーでレジ袋有料化を実験的に開始した、というニュースを見たとき、思わずテレビに向かって拍手喝采してしまった。しかし同時に、「今ごろ何を…」という気持ちにもなった。
ニュースでは、ごみの減量化、さらには資源節約が目的と言っていたが、ドイツ人並びにドイツで暮らした経験のある者にとっては、こんなこと、今さら是非を問う問題ではないのである。ドイツでは、レジ袋をタダで配るなんて、気の利いたサービスはしてくれない。決して“ケチ”なのではなく、ドイツ人の環境意識は日本人よりもはるかに高く、ゴミ減量化・リサイクルは市民の義務という考え方が社会全体に浸透しているのである。袋を持たずに買い物に出かける者は困って当然、いわゆる“マイバッグ”あるいは“マイかご”持参でスーパーに行くのは当たり前のマナーであると、レジで「袋ください」と言おうものならじろりと睨まれ、ただ一言、「10ペニヒ!!」と渇を入れられたものだ。そのため、スーパーやドラッグストア、デパート等ではロゴや独自のデザインをあしらった布製の買い物袋を売っている。
このニュースを見ていてさらに驚いたのは、テレビのインタビューに答えた人々が、
「5円なら、別に買えばいいんじゃないでしょうか。」
「せめて3円くらいならいいんだけど…」
と言っていたことだ。思わず、昔テレビでやっていた「必殺○○人」シリーズ風に、
「カネじゃねえ、地球の将来がかかってんのよォ〜」
と啖呵を切りたくなった。昨今、地球温暖化がこれほどまでに肌で感じられるのに、こんなのんきなことを言っていてよいのだろうか。こんな低意識では、長生きしようと思って一生懸命食事や健康に気を配ってみたところで、地球の方が先に死んでしまう。
今まで無料だったものに対してお金を取られるのだから仕方ない、といえばそれまでだが、タダでもらえるからといってレジ袋がタダで製造されているわけではなく、燃料も資源もいるのである。ゴミ処理にだってお金がかかるし、二酸化炭素も排出するのだ。問題は値段云々にあるのではなく、消費者側が「買えばいいじゃないか…」という意識のままだったら、レジ袋有料化を導入したところでゴミの減量化、省資源、環境保護には結びつかないということである。また、報道する側も「有料になる」という点ばかりを強調せず、システム導入の意義をもっと明確に伝えなければ、タダでもらえるものは無駄にしてもいい、無料で利用できるものはぞんざいに扱っていいのだ、という公共意識の薄さも変わらないだろう。

我が家では、必ずマイバッグを持って買い物に行く。色々なイベントでもらったものもあれば、10年以上前にドイツで買った袋もある。汚れたら洗えるし、小さくたたんでバッグに入れておけば仕事帰りに買い物するときにも便利である。ゴミも増えないし、袋持参者にはエコ・カードといって、ポイントが貯まると100円還元してくれるカードを発行してくれるスーパーもある。確かにいつもマイバッグ持参でお出かけするわけにはいかないにしても、まずは自分の身近なところから、みんなで“小さなエコロジー”にそろそろ本気で取り組まないと、地球は本当に危ないのではないか、と思った。
(ドイツの布袋、ちょっと汚いですが…)

(小さくたたんで…)
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2007年 1月25日(木) 仙人
金太郎
筋肉を大きくするのを趣味にしてはや数年。最近よく「おっさん」に間違われ、60%自慢、40%困った感を味わっています。プールで泳いでいると、「どこのパワフルなおじさんだろうと思うと仙人さんだった」と言われ、公園を走っていると高校生の集団が「あのおばさん、はえー」「あれって、オヤジじゃねーの」と会話しているのを耳にします。昨年六月に髪を切って(ワールドカップでオーストラリアに負けた翌日、あまりのショックに長かったのをばさっとショートにした)女性的な記号が消えてしまったということもあるのですが、なんだかすごいもりもりの体……。妹から「そんな体になって、何を目指して、どこへ行こうとしているのか?」と問われ、「熊と素手で戦える体を目指して、足柄山へ行こうとしている」と答えていたのですが、いえ、それは冗談ではあるものの、ジムのアルバイトの大学生の男の子(超もりもり筋肉さん)からも、「そろそろ熊と戦えそうっすね」と声をかけられる日々。
翻訳者、これでいいのか?
実は昨年3月にひどい大腰筋の肉離れをして、それを治そうとお肉ばっかり食べてたのが、大きなターニングポイントだったような。いわゆる体育会系の人ってマゾ気質だとよく言われますが、私もまさにそれで、痛くなるまで体を酷使しないとスポーツしたという充足感を味わえなくて、どこかが筋肉痛になっていないと不満を感じます。ところが鍛えていくと当然、ちょっとやそっとでは筋肉痛を味わうことができなくなり、もともとできなかったことは体が反応しないからいいのですが、昔できたことで今の年齢では対処できなくなっていることをついやってしまうと、ぶちっ、めりっという感じで筋肉が断裂していき、それを治そうと、さらに鍛え……。
今はまた股関節まわりの筋肉が肉離れ寸前状態。内向的な(イメージの)職業と体つきのギャップの大きさに疑問を感じながら、この機会にジムは休んで、少し仕事を先に進めないと、と思っています。
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2007年 1月24日(水) the apple of my eye
反省、反省
時々、チェッカーを頼まれることがある。
これはとてもトリッキーな仕事である。
明らかな誤訳、訳語選択のミス、入力ミス、訳抜けというレベルの訂正までは、いい。
だが、何しろ人にはその人それぞれの文体というものがある。同じ原文を訳していても、10人いれば仕上がる訳文は10種類になるだろう。
私が、「この文章の流れはどうもわかり辛い」と思って訂正したくても、訳した人はその訳文が「完成品」だと思って納品しているわけだから、そう安易には訂正できない。誤訳じゃないし、ただ、私だったらそう訳さないだろうなぁ、のレベルの話だが。
読んでいてつっかかったところを何度も何度も読み直し、どうしてもダメと思うところだけを訂正するのだが、「ん〜どーもしっくりこないなー」という感じが残ったまま、先に進まなければならない場合があるのが、なんともストレスが溜まる。こんなことなら自分で全部訳した方が余程楽だ、と思うこともしばしば。
トリッキーな要素その2は、言いにくい話だが、翻訳者さんの力量の違いでチェック作業の時間のかかり方が違うので、作業時間を見積もりにくいということである。質の良い翻訳の場合、通常の翻訳にかかる時間の3分の1くらいで、チェック作業が終わる。ところがそうではない場合、またしても「自分で全部訳した方が余程楽」、になってしまう。そこに例えば、専門用語をきちんと訳せていないなど、その種の翻訳では絶対に犯してはならない間違いが多発していると、「ぁぁぁぁ……」な気分になってさらに作業スピードが落ちてしまったりする。
とまあ、偉そうなことを書いたが、自分が駆け出しの頃はチェッカーさんにこういう思いをたくさんさせていたのだろうという、反省の機会にはなる。さらに、私たちの訳文を実際にご使用になるエンドユーザーさん、お客様も、納品された訳文を読んで「どーもしっくりこないなー」と感じられていることもあるのだろう。そう思うと冷や汗がドット出て、これまたストレスの要因である。
いやいや、そんな風に後ろ向きになってはならない。
他人の訳した物を読むというのはなかなか機会がなく、色んな面で大変勉強になるのだ、というお話でした。
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2007年 1月23日(火) パンの笛
実践しています
 小学校一年生の息子。学校で「ことしのもくひょう」を決めましょうと言われて、書きました。「ことしはほんをひゃくさつよみたいとおもいます。」素晴らしい。息子は親のこちらが驚くほど、学校でもヒマさえあれば本を読んでいるそうで、本は好きでも必ずしも本の虫ではなかった私や、運動命!で本は二の次(と思われる)主人の血はいったいどうなったのか、と首をかしげるばかりです。もっとも、そこは小学校一年生。読む本のジャンルも限られていて、秀才クンに育っている気配は残念ながら特にありませんが…。でも、翻訳者である親の私が感心している場合ではありませんでした! そう。私も今年こそ、昨年以上に読書したい! そう考えていた矢先だったのです。正直、息子に先を越されました。そこで、せめて私も若干7歳の息子に負けないよう、「今年は本を100冊以上!読みます!!!」と皆様にここに宣言したいと思います。もちろん、数が重要なのではないことは百も承知ですが、数をこなして得るものがあるのも事実。自宅にこもって仕事をしていると、つい視野も狭くなり、発想も貧弱になってしまいがち。だからこそ、他人の意見を多様に、しかもそれぞれをそれなりに深く掘り下げて知りたいと思うのです。正直な話、毎日通勤電車に乗って職場に通っていた頃の方が、「この時間を無駄にしたくない」という気持ちがはたらいて本をたくさん読めたものでした。自宅にいると、空いた時間はぜーんぶ仕事をしてしまうか、ちょこっと家事、という風になってしまって、敢えて読書にはなかなか時間が割けなくなってしまっていました。だからこそ、今年は数値目標を掲げて、優先的に読書に時間を割くようにしようと決めたのです。今のところのペースでは…年100冊はちょっと危ういですが、それでも昨年よりはずっと、寸暇を惜しんで読書をする姿勢が身につきつつあります。どうにかもう少しペースを上げて、息子に胸を張って、「ママも新年の目標をちゃんと達成できたよ。」と報告できるようにしたいものです。
 もう一つ新年からはじめていること。それは息子と一緒に一年かけて百人一首を覚えて、来年のお正月には一緒に百人一首で遊ぼう、という計画。お恥ずかしながら、百人一首をきちんと覚える機会を持つことなく大人になってしまった私。主人は中学生の頃に一度すべてを暗誦したらしく、それなりに覚えている様子。翻って息子。学童保育で「声に出して読みたい日本語」シリーズを取り上げてくれているおかげで、論語や現代詩をすらすらと暗誦します。これは息子一人が特殊なわけではもちろんなく、同じ学童保育に通っている子たちは漏れなく、全員暗誦できるのです。普段はやんちゃ坊主の男の子も、おませな女の子も皆、です。覚える対象はこれ以外にも、国旗や魚の漢字など、実に多岐に渡っているのに、子供たちはそれを一切苦にすることもなく嬉々として知識を吸収しているのです。改めて子供の記憶力って素晴らしい、と親の私たちは感心しきりです。こんな調子では、いつ学童で「百人一首も覚えてしまいました」と言われて置いてきぼりになるかわかったものではない、と危機感を感じてしまったのです。お察しの通り、覚えるペースはもちろん、息子の方が上です。ですが、和歌の言葉は子供には理解が難しくてとっかかりがないらしく、一旦覚えればこちらの方がきちんと残る様子。お互いの一長一短で、結果は引き分け、というところでしょうか…。この二つの目標は地道に一年間続けて、来年のお正月には、百人一首で大いに楽しんだ後に、一年間読んだ本の感想を言い合ったりできれば最高だな、と今から楽しみにしています。きちんと目標を達成できたら、皆様にもこの場を借りてご報告をしたいと思います。報告がなかったら…あぁ、結局達成できなかったのね、とご理解くださいませ。よーし! これでもう後へは引けなくなったし、頑張るぞー!
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2007年 1月22日(月) かの
学ぶ意欲
 昨年末、時間管理と片付け術に関する講演をする機会があった。主催は地元の育児サークルで参加者はおよそ30人。主婦として、母親として、どのように時間を割り振ったり物の整理をしたりしたら良いか真剣に考えている方々だった。私の本業は通訳者だが、手帳の使い方や掃除法などにずっと興味を抱いてきた。自分の経験がお役に立てればとの思いで講演をお引き受けした次第だ。
 家でひたすら子どもを育てるというのは、数ある「仕事」の中でも最もハードだ。私自身、正社員時代に息子を出産し産休を取ったが、子育てはエンドレスだし家事は山のようにたまっていく。育児休暇中に通訳力が急低下するのではといった不安もあって悶々としていた。長女はフリーランスになってから出産したが、それはそれで「いつ復帰するか?保育園はどうするか?」といった課題が山積。赤ちゃんのリクエストは24時間休みなしなので、元々片付け大好きの私にとって家の中がゴミだめのようになっていくのは、精神的に辛かった。
 夢中で赤ちゃんのお世話をしていたころ痛切に思ったのは、「とにかく外に出たい」「勉強したい」ということだった。朝から晩まで狭いマンションで子どもたちだけと向かい合っていると、ややもすると煮詰まってしまう。幸い私は近所に住む義父母に助けてもらったが、それでも気がついたらパジャマのままお昼が過ぎていたり、朝から晩までずっと洗い物をしていたりという状況はしょっちゅう。仕事においてベストを尽くすのは心がけとして素晴らしいが、子育てで頑張りすぎると消耗してしまう。それだけに安心して子ども連れで学べる場所が欲しかったのである。
 今回の講演会は託児付きで、参加者の半数以上が子ども連れ。お母さん方は2時間、子育てを忘れて講演に耳を傾けてくれた。質疑応答も活発。こんなに学ぶ意欲の高い人たちを眠らせておくのは本当にもったいない。これからの時代、通訳養成所などもぜひ託児室を設けて、勉強したいという将来の通訳者を応援してくれたらと願っている。
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2007年 1月19日(金) まめの木
通訳保護色論
美輪明宏氏の書著、『人生ノート』の中に“人間保護色論”というのがある。人間はカメレオンやヒラメ同様、保護色の動物であるという。普段の生活、家のインテリア、読んでいる本、聞く音楽、日常の会話、発想などが全部そのまま見えない膜となってその人を包み込んで保護色を作り上げる。例えば歌手の場合、演歌歌手、シャンソン歌手、オペラ歌手、ジャズ歌手、ロック歌手に同じスーツを着せて舞台に立たせても、演歌歌手にはやはりその人の半径何メートルを演歌の香りが取り巻いているから、「私は何々です」という前にすぐわかる、というのだから面白い。だから、今流行っているどこどこブランドのいくらの服を着るか、ではなく、普段からいい本を読み、質の良い音楽を聴き、良い文化に接することで高い品性を身に付けることが大切、と氏は説いているのだ。

これは通訳者の場合も同じように感じる。普段使っている言語や専門分野がその人となりに影響するのか、各国語の通訳者が集まる現場では、互いに自己紹介する前からどの人が何語の通訳者か大体わかる。偏った私見にすぎないが、英語の通訳さんでは“キャリアウーマン”的雰囲気を持っている方が圧倒的に多く、まさに「できる」と感じさせる迫力がある。イタリア語、フランス語の通訳さんはとてもおしゃれだ。“おしゃれ”というのは頭のてっぺんから爪先にいたるまで、いわゆる「高級ブランド漬け」という意味ではない。さすが、ファッション業界の重鎮を数多く生み出してきた国の言語を操っているだけあって、自分の美しさを最大限表現できるファッション道に通達している感があるのだ。フランス語の方は凛としたモノトーンの気品をかもし出し、イタリア語の通訳さんはカラフルで洗練された明るさを持っている。明るさナンバーワンといえば、やはりスペイン語の通訳さんだろう。声の調子もビビッドで、周りの雰囲気を明るくしてくれる。

ドイツ語は…?『地味です。』
といっても、ドイツ語通訳者の名誉のために言っておくと、
『決して野暮ったいのではありません。』
しかし、やはり機能性にこだわってしまう。ドイツ語はフランス語・イタリア語ほどファッション関係の仕事は多くなく、メイン分野が機械・工業関係だ。工場ではまず“ケガをしない服装、すべらない靴”が第一だし、技術会議では男性が多いため、ファッションセンスに磨きをかける機会があまりないのである。同業者にリサーチしてみると、気に入って買ったブラウスでもちょっと脇がつるだけで、メモを取ることを考えて出かける前に着替えた、新しいベルトを買ったが、朝してみたら少しお腹に当たるのが気になって、結局古いのをして行った、等の話を耳にする。まずは仕事がしやすく、お客様に不快感を与えないこと、でもせめて“それなりに”シックでありたい。これらを突き詰めていくと結局、色の上でもデザインの面でも質実剛健な無難路線になってしまう。
これがドイツ語通訳者の保護色なのかもしれないが…。
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2007年 1月18日(木) 仙人
Sound of Silence
私の住んでいる市では、年末に地方選挙がありました。選挙というのは、在宅翻訳者の最大の敵です! 私は特に、音楽をかけながら仕事をするなど問題外、朝の支度のときテレビの音が聞こえているのも嫌というぐらい、「聴こうと意識している音」以外の音があると集中力がとぎれるという極端な「静寂」志向なので、余計そう思うのかもしれませんけど。「聞こえる音」は基本的にすべて嫌、何かに集中して聴くことしかできない感じです。耳栓でもすれば、と思われるでしょうが、ものすごく大雑把なくせに、妙に神経質なところのある性格はここでも出てきて、電話が鳴っても気づかないほど耳栓をしていると、今度は耳の中が、「しーん」と鳴っている音みたいなのが気になるのです。ウォークマン発売時から、耳の中で音が鳴るのも苦手で、ヘッドフォン・イヤフォンタイプのプレーヤーがだめなんです。
さらに、映像翻訳では耳栓をつけるわけにはいきません。音源のよくない映像翻訳などしているとき、いくら家中を閉め切って、高性能のヘッドホンをしていても忍び込んでくる「よろしくおねがいしまーす!」に、手にしたマグカップを投げつけたい衝動を何度も抑えねばならなくなります。近頃は、ソフト路線がはやっているのか、運動員がそろってフォークソングみたいなのを合唱していくのがあって、ハンドマイクを通した超どへたな歌が聞こえてきたときは、かなりきつかったぁ。こういうとき、他の翻訳者の方々はどうされているんでしょう? 我慢ならないほどの音が長時間聞こえると、私は、とりあえず新しくコーヒーを淹れるという作業をすることにしています。
ただ仙人になって心を広く持とうとしている私は、まあこの年末に仕事がなくなってお正月を迎えるっていうのも悲しいだろうなあと、最後のお願いに来た人たちに同情の目を向けたりもしましたが、そもそも、名前の連呼と、よろしくおねがいしますを叫ぶことで、選挙運動としての効果があるんでしょうかね。私は、投票所に行くと、できるだけ選挙期間中に名前を聞かなかった人を探して投票するようにしてるんですけど。
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2007年 1月17日(水) the apple of my eye
1人じゃない
「ひ〜とりじゃないってぇ〜すぅてきなこっとね〜♪」って、年齢がばれてしまうが、天地真理ちゃんの歌にあったな。
在宅翻訳者の仕事は孤独だ。
悩んでも迷っても腹を立てても落ち込んでも、側に相談したり鬱憤を晴らす相手がいるわけじゃない。タダ1人、黙々と自己反省・自己解決するしかない。
しかし、たまに派遣の仕事をうけると、行った先で同業者さんにお会いする機会に恵まれることがある。
単発ならその日限りでさようならだったり、一定期間ご一緒しても、あまり話す機会のないままの相手もいるけれど、幸運なら、お知り合いになれることもある。
そもそも翻訳なんて非常に範囲の狭い仕事を生業にしているという共通項があるのだし、同じプロジェクトに取り組んで、「同じ釜の飯を食った」間柄でもあるのだから、親しくなれる要素は普通の派遣ワーカー同士よりもあるかもしれない。さらに同じ肩こり・腰痛の職業病で悩んでいたり、別のエージェントでも同様に登録していたり、更なる共通項があるとググっと親近感が沸いたりもする。
さらに、その人の仕事ぶりやお人柄が信頼できるものであれば、たとえその日のうちに携帯電話のメアドを交換しなくとも、記憶にしっかり残り、何かの機会にまたお会いできれば、今度は思い切って声をかけることにつながるのだ。
さて、私もかれこれ10年ほど在宅翻訳業を営んでいるが、ここ数年、そうやってお知り合いになれた方からお仕事をご紹介していただくこともある。大変有難い話であるし、同業者さんから評価されるというのは非常に励みにもなる。
あるいは、仕事で行き詰った時にSOSを出して助けていただいたり。
さらに、このブログ上でもそうなのだが、普段は自分だけが締め切りギリギリになっちゃってハラハラしたり、訳語の選択で悩んでいたり、仕事に起因する不規則な生活時間で疲れてしまっていたりするのだと思っていても、実は同業者さんたちで同じ悩みを抱えている方は多いのだということを知って、なんとなく慰められたりもする。
なので、これから在宅一本で仕事をしようと考えている翻訳者さんに申し上げたい。
たまにはオンサイトもやりましょう。


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2007年 1月16日(火) パンの笛
ブランクの感覚
 先週の投稿の際に、ブランクが空くと焦燥感が増す、という話を書きました。それを文字にしてみて初めて、一体どれくらいの期間が空くと実際に影響が生じるほどのブランクが空いてしまったと言えるだろう、となんとなく考えるようになりました。一般に、ダンサーなどは練習を一日サボると自分にわかり、二日サボると仲間にわかり、三日サボるとお客さんにわかる、などと言いますよね。翻訳も同じように、すぐにペースを取り戻して、成果物にも影響が出ない程度のブランクと、明らかにペースも落ちて、なかなかあるべき結果が出せない、というときがあります。そこでつらつらと考えていた私の頭に一つ思い浮かんだのが、キータッチ。翻訳の仕事をしていると日がな一日パソコンに向かってひたすらキー入力を行うわけですが、この行動がすっかり性癖となってしまって、今では例えばパソコンに向かっているわけでもなく、人と話をしているだけでも、自分が発した言葉を頭の中でキー入力しているイメージがあるのです。同業者の皆様、もしくはパソコンに張り付いてお仕事をなさっている皆様も、同じような感覚があるのではないでしょうか? とにかく、言語化されたものはすべて、頭の中でキー入力してしまうのです。それはつまり、仕事から離れても、仕事のときのペースでつい頭がフル回転してしまっているのだなぁ、と思うわけです。そこで、問題のブランクです。ちょっとでもお休みがあると、だんだんその「脳内キー入力」のスピード、そして頻度が下がってくるのです。普段はほぼ100%「脳内入力」を行っていますが、ブランクに入ってからの日数が長くなればなるほど、入力することを忘れるようになってくるのです。この状態に至るほど休んでいるのは「ブランクが長い」という目安になるかもしれない、と思うようになったのです。その感覚と、実際の成果物への影響との相関関係はまだ分析しきれてはいませんが…! そんなこんなで迎えるブランク明け。パソコンの前に座ってみて初めて、「そうだった。この感覚。」と一気に普段の感覚に引き戻されるわけです。本当は、四六時中仕事の感覚に囚われずに、上手に切り替えできるのが望ましいんでしょうけどねぇ…。それにはもうちょっと人間としての修行が必要そうです。
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2007年 1月15日(月) かの
「知らない」という勇気
 通訳翻訳の仕事をしていると、宇宙からIT、サッカーから浄瑠璃まで多岐に渡る分野をカバーする。「狭く深く」ではなく「広く浅く」というわけだ。それゆえ仕事で得た知識を元に、初対面の人とでも話は合わせられる。「よくご存知ですね」と感心されることもある。しかしだからと言ってすべてを知ったような気になってはいけないし、むしろ知らないことがたくさんあっても構わないと思う。
 私が本格的に通訳者を志した頃、ある私塾に通った。そこの師匠はとても謙虚な方で、博識であるにも関わらず決してそれをひけらかさなかった。若い生徒が何か真新しい情報を発表すると、身を乗り出して真剣に聞いている。「君はどう思うか?」と積極的に意見を尋ねてくることもあった。私はその姿勢にとても感銘を受けたのである。
 人はライフステージに応じて知らないことがあってもいいと思う。今の世の中は情報があふれ、それこそマウスのボタン一つでどんな情報もネットから入手できる。新聞や雑誌も新しいトピックをひたすら流し、「知らないと損」「今、知っておかないと後が大変」とあおる。でもあえてすべて知らなくても、日々ハッピーに暮らせるのではないだろうか。
 私は子育て、仕事と家事、あとは息抜きのスポーツクラブの四本柱で今の生活をまわしている。テレビを見る時間がないのでKAT-TUNを「かっつん」と呼んでママ友にびっくりされたり、「V6の振り付け」と言われてなぜか野菜ジュースを連想してしまったりする。
 でもバムとケロが絵本の中で何を買ったか知っているし、「花さき山」の「おどろくんでない」のセリフに込められた意味もわかる。玄米を普通鍋で炊けるようになったし、スポーツクラブのレッスンに出てくる「スーパーマン」の動きも何とかできる。
 人間、何でも知っている必要はないのだから、情報洪水に左右されず、「知らない」という勇気も幸せにつながるだろうなと思う。
 もっとも実家の母は「え!?KAT-TUN知らないの?私だって知ってるのに」と絶句していたけれど・・・。
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2007年 1月12日(金) まめの木
我が家の招き猫
去年の暮れは年末ジャンボ宝くじを買わなかった。買わなければ当たらない、と世間では言うけれど、私に大金を持たせたら
とたんに向上心を失い、とんでもなく怠惰な人生を送りそうだから、多分、神様の深遠なるお計らいで、我々は買ってもきっと当たらないんだろうな、と思う。だから買わない。
会社勤めしていた頃のお客さんに、お寺のご住職がいた。大阪のお坊さんで、退職後も現在に至るまでお付き合いいただいており、大阪人らしいテンポの良い辛口のアドバイスには何度も助けられてきた。通訳になるために勉強を始めた時にも『そりゃ、ええことや。』と心から応援してくれた。生活のためのアルバイトをしながら通訳学校に通っていた頃、そのお坊さんに『宝くじでも当たれば、勉強に専念できるのに…』とため息混じりに話したら、『あんたな、今宝くじ当たったら勉強なんか絶対せーへんで!』とこてこての大阪弁で叱られたが、試験前には『これ身に付けて、気張って勉強しいよ。』と水晶の腕輪念珠をくださった。そのお念珠は今でも肌身離さず身に付けている。

宝くじを買わなくなった理由にはもうひとつある。
ある時、舌切り雀のおばあさんや花咲じじいの隣りのおじいさんのような根性になってはいけない、と反省したからだ。我が家にはネコが三匹いる。うち一匹は薄い茶色に白い靴下で、日光に当たると黄金色に輝く、大変おめでたいネコである。このネコがなんと、宝くじを当てたことがあるのだ。掌に乗るくらい小さい頃に千円、それから何度か千円、少し大きくなってから1万円当てたのである。そんなバカな…と思われるかもしれないが、宝くじを買った時にこのネコがなんらかのアクションを起こすと必ず当たる。最初の千円の時は、宝くじの紙にじゃれてきて、10枚のうちの1枚に執拗にこだわって鼻をすりつけていたので、それを別に取っておいたら千円当たった。1万円の時は、ベランダに正しく座り、西日に向かって大きな声で『ニャン』と鳴いた。西日を受けて黄金色に輝くネコ、これはもしかしたら縁起が良いのではないか、風水でも金運アップには西の方角に黄色を置けとあるし、さてはこのネコ、いつもは寝てばかりいるけれども、恐ろしい才能を秘めているのでは…といやらしい期待に一瞬胸が膨らんだが、その時、昔話に出てくる欲深なおばあさん・おじいさんを思い出してハッと我に返ったのである。ネコに金運を期待するなんてさもしい根性では、もっと大事な運気が逃げ出してしまうかもしれない。変なプレッシャーをかけたらネコが衰弱してしまうかもしれない。反省の気持ちから、『君がいてくれるだけで十分、沢山の喜びと癒しを与えてくれてありがとね〜』と猫なで声で抱きしめたが、当のご本人は『ふむぅ〜〜〜』と鳴いて、『今頃分かったの?』という顔をしていた。
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2007年 1月11日(木) 仙人
ダークなカレ
またもや体の色の話。しつこいです。どうも、この色合いの好みって一定のような気がします。昔、同僚と究極のデート相手トップ5を言い合ったとき、本人の人種、さらに男女を問わずそれぞれがdark系とfair系に分かれて、へーえ、と思ったことがあったので。私は決定的にdarkなカレが好き! ということにそのとき気づいたのですが、その当時(今は違います!)私が挙げたのは、ジョージ・クルーニー、アンディ・ガルシア、アントニオ・バンデラス、ウィリアム・ボールドウィン……濃い! 
いや、ブラピとか好きですよ、かっこいいと思いますよ、TVから”Walk This Way”が聞こえ始めると、ぱっと動きを止めて、携帯電話のCMを凝視しますよ。でも、デートできるとすると、アンディ・ガルシアだなあ、やっぱり。
思い起こせば小学生の頃、サンダーバードも性格的には末っ子のアラン(ブロンドでTB3号を操縦する、元カーレーサーだった彼です)が大好きなのに、見た目は長男のスコット(黒髪)がすてき、と思っていました。何歳ぐらいの頃にこういう「刷り込み」みたいなのできてしまうんでしょう、幼稚園の頃『狼少年ケン』が好きだったせいなんでしょうか。
もし、そうだとすると、小さい子供に見せるアニメや変身モノって影響大ですよね。正義の味方が女にだらしなかったりすると、それから20年ぐらいしたら若い娘はみんな、だめんズウォーカーになってしまったりして。ちょっと気になっているのは、私の大好きなドラゴンボールの悟空はパパとしては最高だけど、女の趣味はいまいちだったりすること。小学生の頃それを見ていたお嬢さんたちが20代半ばにさしかかるこの数年が心配です。
それとも「刷り込み」は、見た目だけの話でとどまるんでしょうか。それなら、いいんですけど。
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2007年 1月10日(水) the apple of my eye
人間力
まだ社会人になって1、2年目の頃、勤めていた会社の同僚とよく海外旅行に出かけた。その何回目かのときのことだ。
南仏の町をいくつか回り、ニースに立ち寄った。
そこでやられてしまったのだ。多いよと忠告を受けていた、子ども強盗軍団に。
ふらりとランチに入ったレストランが期待以上に美味しくて、いい気分で出てきたところを10人ほどの子供たちに取り囲まれ、ひとたまりもなかった。3人グループの全員が財布をすられ、そのうち1人はクレジットカードまでやられた。私ともう1人は現金とカードを別にしていたのでカードのほうは助かった。しかし友人2人はその場で腰砕けになったと同時に座り込んで泣き出してしまった。
私は2人に先に泣かれたせいか、最初のショックが過ぎると意外に平気だった。
とにかくクレジットカードを停止しなければ、それから盗難保険の請求に警察に行って盗難届けをださなくちゃ、そして駅のロッカーに預けてある荷物を取り出して、帰りのパリからの飛行機は3日先だしパスポートは無事だし、私のクレジットカードは生きてるんだから、予定通り次の目的地エズに行って旅程を続けようよ、と2人を叱咤激励した。駅に戻ってロッカーを開けようとして、3人ともロッカーの暗証番号を書いた紙を財布に入れていたせいで、見事旅行カバンまですっからかんにやられていることに気づいた時も、私はもう笑うしかなかった。あーあ、この先3日間、着替えもなし?
落ち込んだままの2人を引きずるようにニース警察に行き、時間がきたからと窓口を閉めて帰ろうとした係官に、フランス語もできないのに食って掛かって何が何でもその場で盗難届けを発行させ、さらに電車に乗ってがけを登って断崖の上にあるエズという小さな町まで何とか到着した。クレジットカードを取られた友人はまだ落ち込んだままだったが、もう1人が何とか立ち直ってくれたので、2人で夕食に出かけてこじんまりしたレストランに入り、ワインで乾杯した。とても美しい街だった。
長々と何を言いたいかというと、人生って予期せぬ危機が訪れるもの、ということだ。
仕事をしていても同じ。突然パソコンがクラッシュしたり、顧客から依頼を受けていた作業分量と実際に届いたファイルの量が全く違っていたり、子どもが突然熱を出して病院に行かねばならず、仕事をするはずの時間が大いに削られてしまったり。ピンチの種は数え上げてもきりがない、予測できないからピンチになるのだし。
そんなとき、さめざめと泣いてうずくまってしまうか、くっそぉ〜負けるもんかと立ち上がれるかの違い。今、何が問題で、最低限何が必要で、どうすればそれが手に入るかを考えられる気力。必要な情報や手助けをかきあつめられる能力。何が何でも目標を達成しようと突き進むど根性。これらをひっくるめて何ていうのか分からないので、とりあえず人間力って言っておくけれど。分かっているのは、泣いたって溜め息をついていたって、事態は絶対に改善しないということ。
で、エズから先はどうなったかというと、翌日、列車でパリに戻るのだけれど手持ちのお金は乏しいので指定席は買わず、数時間を連結付近で立ったまま。パリではできるだけ安くて、ただし安全そうな宿を見つけ、それでもお土産ショッピングに繰り出した。このあたりで、ずっと泣いていた友人もようやく元気を取り戻してくれた。傑作はド・ゴール空港でチェックインする時だった。チケットを出したらグラウンドホステスのお姉さんが変な顔をした。「荷物はないのですか?」 そりゃ不審だっただろう。若い女性が3人、化粧もせず日焼けした顔でぼさぼさの髪、よれよれの着倒したTシャツと短パンと小さなショルダーバッグだけで、パリから日本行きの飛行機に乗ろうというのだから。若かったあの頃、である。
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2007年 1月 9日(火) パンの笛
書物の効用
 いよいよお正月休みも終わり、本格稼動の日々が始まりました。今日から息子の小学校も再開し、こちらもようやく一息、と言ったところです。
 ブランクというのはいつでも怖いもので、今回のようにほぼ10日近く一切仕事をしなかったりすると、仕事を再開したときにひどく能率が落ちていたり(ってそれは避けられませんが)、はたまた能率のみならず能力が落ちていたりしたらどうしよう、と仕事に手をつける前からドキドキしてしまうものです。そんな心境を反映してか、初夢は見事に、納期が迫っているのに時間が全然足りなくて、切羽詰っているというものでした…。目が覚めたときの焦燥感たるや、尋常ではありません。今年も一年、気を引き締めていきなさい、という神様からのメッセージだったに違いありません…。
 ところで、新年初のお仕事は、非常に日本語の表現力を求められるものでした。常日頃から、表現に工夫のし甲斐のある仕事をしたい!と吹聴してまわっている私。こういう仕事をいただけるようになったことは、本当に嬉しいものです。当然、その期待に応えたいとは思っていますが、こういう性質のお仕事の場合、実力が如実に反映されてしまうのも事実。特にクライアントからは顔の見えない在宅翻訳者としては、アピールの場は成果物しかないわけですから、そこで「さんざん考えてもこの程度だったのね」と思われては、翻訳者人生もおしまいです。(ちょっと大げさかな? でも心境は正にコレです。)そこで、ブランクを埋める意味も込めて、自分なりに精一杯、豊かな表現を心がけた…つもりです。今回は原稿自体は非常に短いものだったため、原文の単語一つ一つに思いを馳せながら、訳してみました。英語の単語と日本語の単語はもちろん一対一ではありませんから、それぞれの単語からイメージされる事柄の最小公倍数に当たる表現を探し、それでいて完成した訳文そのものが自然な流れになるよう、自分の言語感覚、そして手持ちの辞書を総動員しています。
 今回、いつもよりちょっと多めに辞書を引いていて、思い出したエピソードがありました。私は翻訳業に着く前、ほんの短期間でしたが、翻訳学校に通いました。私が通った講座の先生は、まだコンピュータの黎明期に外資系コンピュータ会社の日本支社に勤務して、翻訳も手がけていたベテランの先生でした。コンピュータの根本的仕組みに対する造詣も深く、その先生からは翻訳の手法以外にも、多くの知識を授けていただきました。ですが、おそらく退職されてからかなりの期間を経ていたのではないかと思われます。新し物好きの私は、最初の授業に辞書を数種類インストールしたパソコンを意気揚々持参して行ったのです。すると先生から開口一番、「辞書はパタンと閉じたときに音のするものがよろしい。コンピュータの辞書は邪道です」と言われてしまいました。あまりに突然の発言にびっくりしたのは言うまでもありません。しかし、私も私なりの考えがあって採用した手法でしたから、やや意固地になって、結局そのままパソコンを持参し続けたのです。もちろん、先生からいい顔をされなかったのは言うまでもありません。それ以来現在に至るまで、やっぱり私のメインの辞書はパソコンにインストールしたものや、インターネット経由のもの。でも、今回は、手元の紙の辞書も活用する必要性に迫られていましたので、紙の大辞典や類語辞典などもたくさん机に引っ張り出してきて調べものをしました。すると、コンピュータの辞書を利用したときには感じなかった、なんともいえない豊かな気持ちが感じられたのです。細かく分析すれば、例えば言葉を一つ調べただけでも、視野の中に他の単語も目に入って、それぞれの単語のニュアンスの違いを無意識に感じ取ったり、自分が調べている単語からどんな単語が派生して生まれたのかということを知ったりする、というのも要因の一つだったと思います。そしてそれに加えてもう一つ考えられるのが、本の「匂い」。私自身が所有している辞書はどれもそんなに古いものではありませんが、それでも紙独特の匂いがあります。その本から漂う紙の匂いに包まれていると、とても豊かな気持ちになります。そしてその気持ちを以って文章を考えると、それまでよりもずっとスムーズに訳文が思いつくように感じられたのです。今さらにになって、あぁ、あの先生のおっしゃっていたことも理にかなっていたんだと悟った次第です。仕事がはかどったと考えたのは、本当は私の気のせいかもしれません。でも、それが私の仕事ぶりにいい影響を与えるのなら、それでもいいのです。鰯の頭も信心から。単純な人間は、こういうとき得です。能天気にもそう考えて納品までこぎつけました。これで晴れやかに明日を迎えられそうです。
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2007年 1月 8日(月) かの
通訳者にとって「理想の通訳条件」とは?(パート2)
 先週に引き続き、通訳する上での理想条件について。今回は後編。

(8)故事成語・業界用語を使わない

 これは通訳者側の勉強不足と表裏一体なのだが、難しいことわざが出てくると一瞬詰まってしまう。また、その言語でしかウケないジョークも訳し辛い。社内の伝説的事件(?)なども!

(9)通訳業務前にブリーフィング時間を多めにとってほしい

 一番大変なのが「事前資料なし、会議内容が不明、当日会場に行ってみたら大量の資料アリ、集合直後から通訳開始」というもの。いつもこういう酷な条件ではないが、たまにあったりする。

(10)通訳しやすい机とイス。水の用意

 私が今までやった中で一番驚いたのはガラスの超小型サイドテーブル、後ろにひっくり返りそうなフカフカ応接イス。机が小さいと資料・辞書・メモ用紙などが広げられない。理想としては自分でイスの高さを調整できるもの。人間工学的に見て誰もが同じ高さのイスを好むわけではないからだ。飲み物はやはり水がベスト。フタつき緑茶だとフタを取る手間がかかるし、片手では飲めない。茶たくにくっついていることも。ちなみに面白いところではトマトジュースが出されたこともあった。

(11)通訳者からスクリーンが見えること

 通訳者を使い慣れたクライアントは見やすいところに通訳席をセッティングしてくれるが、時々スクリーンを背にして配置されることもある。気を利かせてスピーカーの隣ということもあるが、スピーカーの真横よりも、スクリーンが見えて、なおかつスピーカーの表情が読み取れる場所だと通訳しやすい。

(12)メモ取り中に通訳者に話しかけない

 逐次通訳のとき、社内のスタッフが親切心から用語を教えてくださることがある。でもこちらはメモを取りながらスピーカーの発言も聞いているので、話しかけられると思考が中断してしまう。通訳者が落としてしまった部分を横でボソボソ言われるのも冷や汗モノ。

(13)音声マイクのチェックは事前にしておいてほしい

 大量の資料と当日初めて「ご対面」し、その解読に集中する中、「すいません、通訳さ〜ん、マイクチェックお願いしま〜す」と言われることがある。一方こちらは内心「じ、時間が・・・」とカウントダウン状態だ。

(14)ビジネス会議の場合、話すのはお一人ずつで

 同時に複数が話し出すとすべての発言を通訳できない。周囲の咳やクシャミ、部屋の外から聞こえる音も通訳者を苦しめる要因になりうるのだ。

 以上、14項目を挙げてみた。きっと「クライアントから見た理想的な通訳」というのも存在するのだろうなあ・・・。
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2007年 1月 5日(金) まめの木
栗きんとんへの愛
明けましておめでとうございます。
みなさまにとって素晴らしい一年となりますよう、心よりお祈り申し上げます。
本年も如是我聞・自問自答・愚考三昧の数々にお付き合いいただければ幸いです。

というわけで、新年早々過去を振り返るような話で恐縮だが、昨年は12月22日が仕事納めで、フリーランスになって初めて年末を思う存分満喫することができた。
大人になってから、どんなに忙しくても欠かさず行う年末行事がある。
@\tクリスマスにケーキと骨付きチキンを食べること。
A\t大掃除をすること。
B\t黒豆と栗きんとんを作ること。
この他、ボストン・カメラータの『中世のクリスマス』とベートーベンの第九を聞く、海老天入りの年越しそばを食べる、なども恒例行事だが、この3つはどうしても外せない。一昨年は大晦日まで仕事が入っていたため、Bの「黒豆」しか達成できなかった。神様はその時の無念さをよく覚えていてくださったのであろう、今年は3つの課題をすべてこなすことができた。こんな義務を自らに課してストレスや罪悪感を覚える必要などないのだが、幼少の頃から10代までに染み付いた記憶とは恐ろしいもので、3つすべて行わないと無事に年が明けた気がしない。@とAは子供の頃からの習慣でもあるが、特に大掃除はドイツ人の誰かがいつか『整理整頓は明確な思考をもたらす』と言っていたのを聞いてから、『これを怠ると頭が混乱したまま年を越してしまうのでは…』と、ほぼ強迫観念と化している。年が明けてから大掃除をしても、給食を時間内に食べ終わらずに昼休みになっても一人寂しく教室で食べているような気分と似ていて、一向に盛り上がらないのである。Bの黒豆・栗きんとんに関しては完全なトラウマである。親戚中の子供の中で一番年上だった私は、大好きな栗きんとんがお重に入っていても、我先に手を出すことができなかったことから、『大人になったら自分で作って、鍋いっぱいの栗きんとんを食べてみたい』という夢を抱いてしまったのである。しかも、ある料理番組で料理家の先生が『きんとんはしゃもじですくったときに向こう側が透けて見えるほど、丁寧に練ってくださいね。この黄金色こそ、縁起がいいと昔から言われている所以なんですよ〜』と言っていたのが追い討ちをかけ、大人になったらあんなに甘いもの、おせち料理の中ではあまり喜ばれないのに、縁起物だから…ということで毎年鍋いっぱい作る。黒豆も今は亡き祖母が『喉と声に良い』と言っていたので、何の医学的根拠もないとは知りながら、やはり鍋いっぱい作る。頭にいい、体にいい、縁起が良い、などの言葉にはどうも弱いのだ。お陰で、黒豆と栗きんとんに関しては父親から、母親のよりも味が良い、との評価を得ているが、母は『あれだけの集中力と時間をかけて黒豆と栗きんとんだけ作っていればよいのなら、私でもできる。それは主婦の技にあらず、趣味の領域である。こっちはその他に準備することがいっぱいあるし、色んなものを作らなければならないのだから。』と豪語している。
ちなみに、余った栗きんとんはつぶしてトーストにつけて食べると芋ジャム風でとても美味しい。

今年も自他共に『きんとん色』に輝く年となりますように…
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2007年 1月 4日(木) 仙人
Gentlemen Prefer Blonde
先月、髪と瞳の色合いの話をしたのですけど、髪の色と一般的なイメージについて、思い出したことを。日本で胸の大きい女の人を――まったくイメージだけですよ、一般論ですよ、さらに最近は胸の大きな子が多いのであまり聞かなくなりましたが――頭がよくないみたいな言い方を聞くことってありましたよね? それと同様のイメージが北米では金髪の女性にあったりします。ヨーロッパより、北米のほうがそういう雰囲気が強い気もするのは、イギリスに比べてブロンド比率が低いせいもあるのでしょうか。
受付の女性が金髪、秘書の多くが金髪という状況の会社で働いていたとき、宅配便のお兄ちゃんが宛先のよくわからない封筒を持ってきて、この人はどこの部署? と聞きまわっていました。受付ブロンド1号「知らない」、秘書のブロンド2号〜5号ぐらいまでみんな「知らないわ」、で最終的に副社長秘書ブロンド6号が「残念ながら、私ではお役に立てそうもありませんわ」、とていねいな言い方で追い返そうとしたら、彼が”It’s OK, you’re just a blonde”と言い残して去っていったのです。それからその宅配便会社を訴えるだの、金髪の女の子が全員大騒ぎをしていました。金髪っていうだけで、なんでバカだと思われなきゃならないのよ! と私の親友(彼女もブロンド)が鼻腔をふくらませて怒っていました。
赤い髪の人は勝気、悪く言えば短気で切れやすい、みたいなのもあります。私はもちろん黒髪というかdark brownですが、日本女性って控えめで無口だと思っていたのに、あなたって実は、赤毛に緑の瞳で、そばかすだらけだったりするんじゃない? とか、一時期、朱色の髪にしていたときは、まさに性格にぴったり合った色だかと言われました。
あなたみたいな髪の色だと落ち着いて見られるから得よね、とその親友が言っていたのですけど、いえいえ、日本じゃそれは当てはまりませんから。
今年こそもっと気長な人間になるよう、仙人としての修養を積まねば。
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2007年 1月 3日(水) the apple of my eye
伝える
みなさま新年明けましておめでとうございます。
どのようなお正月を過ごされていることでしょうか。

最近では、おせち料理はデパートなどで買ってきてお重に詰めるもの、お餅もスーパーなどで買ってくるもの、あるいはお正月も年末から海外に出かけて過ごすものということで、自宅でおせち料理を作りお餅を搗いて三が日はお雑煮を頂くという過ごし方がマイナーになりつつあるのではと思う。
それの善し悪しは個人の判断に委ねるとして、ちょうど年末に、直接は存じ上げないある方が次のように言われたのを耳にした(正確には「書かれたのを目にした」)。
「人生は、大切なことを次へ渡していく伝言ゲームみたいなものだと思う。(中略) 重要なのは“大切なこと”であること。」
親から子へ、師から弟子へ、上司から部下へ、古い世代から若い世代へ。それが伝統の芸であろうが技能であろうが、技術や知識、家訓や家風、習慣であろうが。どんな文明も文化も、積み重ねがあって今がある。人はいつか死んでいくものだけど、死んだから終わりなんじゃない。
伝えられる方も、受け継ぐだけではダメなのだ。受け継いだものを磨き、その時代に合ったもの、あるいはさらに価値の高いものにして、次に渡すのだ。

年末に、吉本のなんばグランド花月に行った。
新旧の漫才を聞く。
「旧」のほうはさすが、年季が入った安定の話術。
確かな芸を感じる。
「新」のほうは、より時代の息遣いを捕らえた新しいトーク。
これからのパワーを感じる。
新喜劇では、最近ドラマで話題になったテーマ、10代の妊娠を扱いながら、私が子どもの頃から見ていた新喜劇の笑いが変わらずそこにあった。小難しい主義主張とは無縁、ただひたすらお客さんに明るい笑いをもたらすこと、それに徹した吉本の姿勢は天晴れ。

映画『父と暮せば』を観た。黒木和雄監督のライフワークである戦争をテーマにした作品だ。内容は、原爆投下から3年後の広島に暮す若い女性(宮沢りえ)と、原爆で死んだ父親(原田芳雄)の幽霊のやり取りだけ。好きな男性ができたのに「大切な人たちが亡うなったのに、生き残ってしまった私は幸せになってはいけんのです」と頑なな娘に父親が言う。「誰かが伝えんならんのや。こんなに酷い別れがあったことを。」

通訳や翻訳は、「伝える」を仕事にする。
それは、上から下へ、過去から未来への「伝える」じゃなくて、ある言語から別の言語へ、ある文化から別の文化へ、横へ、遠くへ、「伝える」仕事だ。「伝える」を怠った時、人と人は決裂し、断絶し、対立する。
勝手な解釈という「付加価値」をつけてはならないが、電子辞書のように右から左に変換するだけでもいけない、人と人との間の意思をつなぐ、大切な、意味のある仕事だと思っている。

年末・年始にたまたま見聞きしたいくつかのことで、ふと感じたことである。
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2007年 1月 2日(火) パンの笛
新年の誓い
 皆様、新年二日目、明けましておめでとうございます。今年もリレーブログ火曜の四方山話をご愛顧くださいませ。
さて、年末年始は主人の両親の家を訪ねています。我が家は関東に住んでいるものの、主人の両親は関西在住。なかなか普段は会うこともままならないため、我が家は夏のお盆と年末年始は必ず主人の両親宅に滞在するのを常としています。子供がまだ小さい頃は飛行機や新幹線での遠出は大変でしたが、この頃はすっかり楽になりました。というのも、小学校に入る前の春休みから、一人で先に両親宅に行くようになったのです。そう、飛行機の子供の一人旅行プランを利用しているのです。出発時には搭乗口まで私か主人が付き添い、機内ではスチュワーデスさんが面倒を見てくれ、到着時にはきちんと引渡し相手に引き渡すまで地上職の方が面倒を見てくださるのです。おかげで安心して先に息子を送り出すことができるようになり、働く母としてはこんなに助かることはない上に、息子本人もうるさい両親の存在もなく羽を伸ばして自由にわがまま放題で大満足、そしてさらに、(おそらく)両親も私たちに気兼ねなく息子を好きなように可愛がれるのです。まさにWin-winな状況ですね。こういうときには鬼のいぬ間の洗濯ならぬ息子のいぬ間の仕事で、普段はなかなかできない出勤+残業の仕事を入れることも、そして場合によっては友人との飲み会などの予定も入れることができます。でも、それも数日経つと、なんだか手持ち無沙汰に…。息子もいなければいないで寂しいものですね。普段、忙しくて文句ばかりの自分をちょっぴり反省。家族がそろっていられることに対する感謝の気持ちを再認識しました。今年は仕事も頑張るけど、息子との時間も大切にしよう!というのが新年の誓いの一つになりそうです。
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2007年 1月 1日(月) かの
通訳者にとって「理想の通訳条件」とは?(パート1)
 読者の皆さま、明けましておめでとうございます。今年初のブログは「通訳者にとっての理想的な労働条件」について。これには通訳者の個人差もあるが、私の場合どうなのか分析してみることにする。今日はその前編。

(1)クライアントが資料や原稿を事前に提供してくれる

 事前準備がどれだけできたかで通訳のアウトプットも変わってくる。しかし「事前の資料はありません」と言われることも。ところがいざ現地入りしてみると、電話帳数冊分の資料が机の上にあるではないか!ただでさえ緊張しているのに、この光景に遭遇すると、心臓発作を起こしそうになる(ホントに)。

(2)クライアントが専門用語集を作成・配布してくれる

 業界特有の言い回しやその企業内部でしか通じない用語などを網羅したものがあるとありがたい。以前、「事前原稿なし、資料なし」の日英同時通訳の会議でギョーカイ用語のオンパレードに遭遇。ノンネイティブの私にとって日英自体が難しいのに、外部の人には決してわからない専門用語がいっぱい!気が遠くなりそうだった。

(3)出席者リストおよび肩書き(日英)、聴衆の数など、周辺情報の提供

 「誰が出席するのか分からない」と言われていたのに、当日行ってみたら会場には取締役を始め幹部がズラリ。机に名札も置いていないとなると、誰が誰だかわからない。

(4)契約時間内に通訳業務も終了すること

 この仕事、「拘束時間4時間」と言われていたのが、思ったより話し合いが進んでわずか1時間で終了することも。その一方で拘束時間が過ぎても延々と協議が続いたり、あるいはその場になって突然「通訳さん、延長いいですか?」と聞かれたり。お弁当が支給されたので同室でとっていたら「せっかくですから、食べながら続けましょう」となったこともある。

(5)適宜休憩時間をとってくれる

 ビジネス通訳のとき、討議が白熱してクライアントが全体休憩を忘れてしまうことも。各参加者は適宜中座しているが、通訳者が席をはずすわけにはいかない。

(6)通訳者に配慮し、ゆっくり話す。ポーズを入れる

 難しい交渉の通訳だと、スピーカーがわざと相手に分からないような話し方をすることもある。一方、意味不明瞭だったり話題がそれたり、主語がハッキリしないのも通訳し辛い。

(7)結論から先に言う

 たとえば結論に至るまで延々と話し続けられることもある。それが紆余曲折を経た結果だと拍子抜けしてしまうことも。

 続きはまた来週。
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2006年12月29日(金) まめの木
熱望のエネルギー
会社員を辞めて通訳者を志した時、「ドイツ語なんて絶対に仕事がないから、今のうちにやめて新しい仕事を探しなさい。」という先輩と、「仕事は決して多いとはいえないが、ゼロになることは絶対にないから諦めずに頑張りなさい。」という先輩がいた。対極的な意見だが、お二人とも真実を教えてくれたのだと思う。「絶対に仕事がない」とは言えないが、確かにドイツ語通訳者のためのOJTの機会はほとんどないし、ドイツ語のスキルを買われて外資系企業に就職しても、実際に社内で使う言語は英語ばかり、との話もよく聞く。前者の先輩の言葉は、この業界の厳しさを知った上で「生半可なあこがれで程度は、とても生きていけませんよ」という配慮溢れる助言である。後者の先輩の意見も非常に前向きに聞こえるが、「ここでいう“諦めずに頑張る”程度とは、実は相当なものなのですよ」という、とても厳しいものだ。どちらの助言に耳を傾けるかは自分次第である。実際、この仕事を始めてから「これで終わり」というレベルがないことに青息吐息の毎日である。この道何十年という大先輩も「なにもしないというのは現状維持ではなく、実際にはレベルが下がっているのです。だからレベルアップするには、常に勉強、努力が必要なのです。」とおっしゃるほどだ。
よく、「今の仕事が自分に向いていないから通訳者になりたい。」とか、「会社勤めは何かと環境的なストレスが多いからフリーランスで仕事をしたい。」との声を聞くが、通訳者になったからといって常に自分の得意とする分野で好きな人々に囲まれて仕事ができるわけではない。特に他言語の通訳者ともなれば、今日はオペラ、明日は医療、来週は自動車…というように、次から次へと異なる分野に挑戦しなければならないし、そもそも、最初から向いている職業なんて世の中にあるのだろうか。また、本当に自分のやりたいことなど、そう簡単にみつかるものでもない。幸運にも天職と呼べる仕事にめぐり合い、その道で生きている人たちは、おそらく、つらい仕事や一見いやな仕事を過去にしていたとしても、今の仕事から何を学べるか、またどうしたらどこで自分を生かせるかを常に模索してきたのだと思う。そして、自己観察を怠らずに自分の能力と謙虚に向き合い、必要のないものをそぎ落としフォーカスしていった結果、現在の職業に従事しているのではないか…。
そのエネルギーの源は一体どこにあるのか?

ここで漫画の話を出すと、真面目な読者の皆さまに怒られてしまうかもしれないが、水木しげる氏の短編に『血太郎奇談』という話がある。主人公の血太郎は、将来ドラキュラになることを夢見ている少年だ。寝ても覚めてもドラキュラの本を手放さず、学校では気味の悪い作文を書く息子を心配した両親が担任の先生に相談するくだりに、
父親:「吸血鬼を希望しておるのでございますか」
先生:「希望なんてもんじゃございません。熱望というやつでしょうな…」
という会話がある。氏のコマ割りとセリフのいれ方のリズムが絶妙なこともあり、初めて読んだ瞬間に大笑いしたが、同時に「なるほど!」と開眼してしまった。要するに、“希望”程度では“努力”という行動を起こさせるエネルギーが足りないのである。熱望・切望してやっと手に入れた夢の職業なら、どんなにつらくても諦めずに頑張れるし、苦しくてもつらいとは思わないだろう。
ちなみに血太郎君はめでたく吸血鬼となり、ドラキュラ伯爵に
「おお、わがむすこよ」と抱かれる所でこの話は終わっている。
彼の熱望も成就したわけだ。

今年もあと三日。皆さんは新しい年に何を“熱望”しますか?
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2006年12月28日(木) 仙人
お正月行事
ここ数年、お正月行事としては『24』の最新シリーズのイッキ見、をやっていたのですが、今年は正月を待ちきれず年内に見始めてしまいました。今シーズンは傑作! なのはいいのですが、正月に室内に引きこもって行なう活動の目玉がなくなってしまって、どうしようと思っています。もちろん、何冊か読む本はありますが、何というかシリーズでいっきに、みたいなことをしたいし……。
父が元気な頃は実家でそろってやる百人一首がメーンエベントだったのですが。百人一首をやらなくなった最大の理由は、読み手であった父が亡くなったからなのですが、私たちが高校生の頃、冬休みの宿題だった百人一首の暗記、というのを七歳下の妹の年代からは、やっていないので、上の句だけで札を取れる人が存在しなくなってきて、さらに二十代より下の人たちは、古典すらまるで学んでいないので、字札のひらかなすら読めないから、というこの遊びの根本を揺るがす事態になってきていることにもあります。私の年代にはなかったのですが、姉の年代までは、冬休み明けにクラス対抗で百人一首大会があったようです。同じ高校なんですけど。母が通っていたのは、その隣の高校で、そこでも同じようにあったみたいなので、戦後数十年で徐々にフェイドアウトしていったわけですね。まあ、百人一首という遊びがなくなったって、どうってことはないのかもしれませんけど。ちなみに義兄たち、うちのダーリンとも、まったく百人一首など覚えた記憶がないようですが、これは地域的なもの、それとも理系な彼らは古典への思い入れが少ないから、あるいは彼らが単にバカだから? 昔『エースをねらえ!』にも、百人一首をするシーンがあって、尾崎さんの、「おー、おー、覚えさせられたっけね」というせりふがあったので、全国的に百人一首は覚えるものだと思ってたのですけど。
ニンテンドーDSに読み手してもらおうかな。
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2006年12月27日(水) the apple of my eye
休まなくっちゃ
翻訳者と一口に言っても、その仕事の内容、専門分野、働き方など様々だろう。
私はここ10年ほど、ほぼ在宅翻訳一本でやっている。
基本的には、子どもが学校と学童クラブに行ってくれている間に仕事をするという建前で、実情はそれ以外の時間帯にも作業をしていることがほとんど。その実態の一部を先週のこのブログでご披露してしまったが、自分の努力も足りない一方で、夜中や週末に仕事をせざるを得ない状況が存在することも、フリーのビジネス翻訳者ならご存知のはずだ。
ある日の夜9時半ごろ、電話が鳴る。その日は金曜日だった。そんな時間に電話が鳴るというのは、1)実家などの家族・親戚、2)子どもの学校関係、3)親しい友人、のいずれかで、用件は結構緊急かもと思うのが普通で、つい電話を取ってしまった。
Surprise, surprise! とあるクライアントさんだった。
「あのー、月曜日の朝までに仕上がりで25枚ほど、お願いできませんでしょうか。」
もうこの冒頭の「あのー」という、いかにも申し訳なさそうなトーンの一言で、瞬間的に嫌な予感が走るのである。しかし生憎、その週末は子どもがらみの用事と、友人とバレエを観に行く約束で埋まってしまっており、お請けすることができなかった。
こういうとき、私は結構うじうじと引きずってしまう。
あー私が断った後、あの担当者さんは何人の翻訳者に打診しただろう。
無事に誰か見つかったのだろうか。
きっと二足のわらじで週末を中心に仕事を請けていらっしゃる翻訳者さんがいるはずだ。
いや、それにしても金曜日のそんな時間に仕事を依頼し、しかも月曜の朝納品を翻訳会社に要求してくる顧客って何を考えているんだ。
いやいや、無理を承知で依頼してくるんだから、よほど切羽詰っていたのよ。
うーん、そういう人ってきっといつもそんな調子で、もっと早くできたものでもギリギリまで引っ張って、他人を振り回しても結構平気な性格なのかも。
もし翻訳者が1人も見つからなかったら、「こんな納期のお仕事は請けられません!」と翻訳会社から顧客に断ってくれれば、2度とこんなタイミングで仕事を頼もうとはしなくなってくれるんじゃないの。
いやあ、それは営業としては言い辛いな。あとで「他の会社でやってもらいました」って言われたら大ショックだし。
それにしても、担当者さんも遅くまで会社に残って大変だわ。断ってしまって申し訳なかったな。
こんな時間じゃなくてお昼頃に電話をいただいていたら引き受けられたかも。
云々カンヌン……。
こういうことを周囲に言うと、
「あなた以外にも翻訳者なんてたくさんいるんだから大丈夫よ。そんなに何でもかんでも引き受けていたら、いったい自分はいつ休むの」
などと軽くいなされてしまう。で、まったくその通りなのだけれど。
これが別件の仕事で週末が埋まっているのであれば、もう少し堂々とお断りできるのだが、どうも自分が休むのに、折角仕事を依頼しようと電話をかけてくださった方に申し訳ないという気持ちが、うじうじを誘うのだ。
もちろん、翻訳者だって家族もいるし、友人と会う時間も必要だし、休みは当然取らなければ心身ともに続かないのだ。なにしろ小心者でいけませんな。
というわけで、実はもう年末休みに突入している。クリスマスの週末から合わせると正月明けまで2週間近く休めるなんて夢のようだ。あの本も読もう、この映画も見ようと、やりたいことも一杯、あそこに行って、これをして、と。

はい、小心者なので、その休みの言い訳だけに1回分のブログを使いました。
良いお年を。
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2006年12月26日(火) パンの笛
きわめて個人的なスケジュール管理術
 いよいよ年末も押し迫ってまいりました。あと数日で2006年も終わり。ということで、来年の手帳を買いに出かけました。完全在宅型の翻訳者としては、手帳の利用の仕方も一風変わってくるのが現実です。というのも、あまり細かく色々手帳に書きこんでも、結局手帳を見る前にリビングのカレンダーやPCのOutlookを頼りにしてしまうのが現実。そこで私が導入しているスケジュール管理術は…手帳+2週間予定の分離管理術。手帳は、月次+とにかくメモスペースがたくさん!の手帳を選びます。予定を細かく手帳に書き込んでも、所詮家にいるので、手帳に細々と書き込む手間を取る意味がありません。むしろ、キッチンの横のカレンダーと、自分の手帳にさえ大まかな予定が書き込んであって、それを把握できていればそれで良いのです。持ち歩く手帳には、予定管理以上に備忘録の役目を果たしてもらいます。外出先で今度読みたい本を思いついたとき、美味しそうなメニューのレシピを聞いたとき、何かの会合に出席したときのその内容、決まった日にちまでに何かをしないといけないときのそのタスク、こんなときはいつでも手帳のメモ欄にメモを取るのです。そして、気が向いたとき、もしくは必要に迫られたときにその内容を紐解くのです。何よりも肝心な仕事の予定は、手帳とは別に2週間ごとの予定表をPCの横に貼って管理します。私は2週間分の空のフォーマットを自分で作成しています。日曜始まりの2週間分の予定表。上が仕事、下がプライベートの記入欄になっています。そして、予定の都合上仕事ができないとわかっている日は仕事欄に斜線を引きます。仕事ができる日は仕事欄にその内容を、そしてプライベートにも予定がある日はプライベート欄に内容を記入します。たいていの仕事は2週間のスパンの間に収まるものばかり。2週間分の予定を目に見える位置に張り出しておけば、先の予定を俯瞰できて、優先順位を決めやすくなります。張り出すのは2週間分ですが、更新は1週間おき。どんどん先の予定が入ってくるので、1週間経った頃には予定表の様子はガラッと変わってきます。予定表に書き込みが増えてくるのも、また楽しいものです。今貼ってある予定表は、年末年始の休暇を見越して斜線ばかり。一年を振り返り、来年に希望を抱くためにも、充電期間は必要ですね。29日からは主人の両親の実家に帰省します。次回のリレーブログはお正月期間真っ只中からですね。皆様、良いお年をお迎えくださいませ!
(写真は年末+年始の2週間の私の掲示タイプ予定表。忙しいのはプライベートばかり?)
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2006年12月25日(月) かの
技術者の自己満足
 とうとう我が家のビデオデッキが壊れた。元々このデッキ、3年前に引っ越してきたとき、伯母宅のお古を頂いたものだ。製造は1983年。西暦2000年問題にも対応していなかった。でも映像翻訳作業による酷使も何のその、実によく動いてくれた。
 新しいデッキを買いに行ってみると、あるわあるわ。VHS単独デッキなど既に時代遅れで、HDDにDVDは当たり前の時代。しかも価格は数万円台からある。私などは音楽CDが一枚5千円の時代を経験した世代。そんな人間にとって、この技術の進歩には目を見張るものがある。正直、ついていけない。しかしそんなことも言っていられないので、とりあえずVHS録画再生機能を最優先しつつ、HDDとDVD対応のものを入手した。
 帰宅して梱包を開けてみると分厚いマニュアルが。パソコンや携帯電話同様、とにかく今のマニュアルはすごく読み応えがある。以前の私なら家電の取扱説明書を隅々まで読んだものだが、今はとてもとても。こちらとしてはVHS録画と再生ができればよいので、残りの機能の習得は別に後回しでも構わない。何とか「VHS録画再生」の説明を読んで試運転を確認し、一件落着となった次第だ。
 それにしてもどうして最近の家電はこれほどの機能がついているのだろう?ファクス、電子レンジ、オーブントースター、洗濯機からパン焼き機に至るまで、どれも多様な機能が付属している。しかしこのすべてを使いこなしている人は実は少ないのでは?メーカー側にすれば「これだけの機能をつけました」ということで技術力をPRできるし、機能が多ければ多いほどセールスポイントにもなる。しかし言い換えれば、これは技術者の自己満足との見方もできるのだ。消費者のニーズよりも技術力の証明ということになる。
 これは通訳業務にも当てはまる。クライアントの中には「一字一句もらさず、すべて訳して欲しい」という人もいるが、その一方で「長々と通訳するよりも、ポイントを抑えたメリハリのある通訳が好ましい」という人もいる。つまり「全訳=通訳者の自己満足」とクライアントにとらえられてしまったら、先の「技術者の自己満足」と同じになってしまうのだ。私自身、通訳業務の際はクライアントのニーズを最優先するよう、常に自ら言い聞かせるようにしている。
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2006年12月22日(金) まめの木
ありがとう、先輩!
私は本当に幸せ者だと思う。なぜなら、うんと若い頃から“ここぞ!”という場面で、必ず人生の良き先輩にめぐり合えてきたからだ。良薬は口に苦し、ではないけれど、良き先輩のアドバイスは常に耳に心地良いものばかりではない。
帰国後初めて正社員として働いた会社でお世話になった先輩も、多くの良き先輩の一人である。今では年齢を超えて友達付合いをさせてもらっているが、当時は息を吸うだけで文句を言われるのではないかと思う程、よく怒られた。今から考えると当然である。社会的常識がゼロに等しかった私を、よく諦めずに育ててくれたと思う。彼女と出会わなかったなら、とても今の仕事はできなかっただろう。電話対応や名刺の出し方、TPOに合わせた服装のこと、お客様や職場でのコミュニケーション、人前での立ち振る舞いや話し方など、社会人として必要なことを何から何まで教えてもらった。今でも、判断に迷う時には「彼女だったらこの場合どうするか…」と考えることがある。
彼女の金言の数々、どのようなフィールドで働く場合でも通用すると思うので、ここで是非皆さまに紹介したい(ただ、私がどれ程だめな人間だったかも同時に公開してしまうことになるが…)。

「20代なら可愛い失敗ね、で済むけど、このまま30代、40代になったら誰も相手にしてくれないわよ!」
「上司としてあなたをフォローすることはできる。でもこの会社に世話になる限り、会社の方針に反した言動や迷惑になる行動については自分で責任を取りなさい。」
「必要もないのに自分の知識をひけらかすのはやめなさい。見る人が見れば、あなたがどれ程の人間か、すぐに分かるのだから。」
「“私の責任ではありません”と言う前にまず“すみません”と言いなさい。」
「頭に来た時ほど“ごめんなさい”と言えるようになりなさい。」
「自分に出来るからといって、他人に同じことを期待するのはやめなさい。」
「後輩に注意するときには必ず逃げ場を用意してあげること。いざとなったら自分に任せろ、くらいの気持ちでないと、誰もあなたについて来ない。」
「人を責めることと愛情を持ってしかることとは違う。」
ただただ厳しいだけの堅物ではなく、ユーモアのセンスもあった。
「いいこと教えてあげる。人の話はとにかく黙って最後まで聞くこと。うちの母がよく言ってた、バカは3年黙っていればバレないって(笑)」
「あなたの長所は、一度注意されたら同じミスを繰り返さないこと。でも新しい失敗を発見することにかけては、あなた天才ね!こっちは命がもたないわよ…(笑)」

厳しい言葉の数々に反発を感じ、彼女と衝突することも度々あった。彼女の本当の優しさが分かったのは、会社を辞めた時である。
「入社した頃と比べて本当に成長したわね。あなたは頑固だけど聞く耳だけは持っていたから、厳しいことも言ってきたの。若いんだからこれからいっぱい勉強して、今度は私に色々教えてね。」
自分が育てた者に対して「教えて」と言える、なんという大きさだろう。
私の親とほぼ同じ年齢の彼女は同じ時期に会社を辞め、起業して社長になった。当時ですでに50代半ばを過ぎていた。今は会社の経営に趣味の社交ダンスにと、いつ見てもしゃきっと姿勢良く、きらきら輝いている。誕生日に「おめでとう」とメールを出すと、「おだまり!私は年なんか取らない。」と返事が来る、そんなチャーミングな女性なのだ。
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2006年12月21日(木) 仙人
All I Want for Christmas
「クリスマスの歌」として何を思い浮かべるかを聞くと、結構その人の年齢や、どういう生活を送ってきて、どういう趣味なのか、つまりは自分と話が合う人かどうかがわかると思いませんか? もちろん、ジングル・ベルとか、さらにはもっとオーソドックスな曲を連想される方も多いとは思いますが、私にとってのクリスマスソングの代表は、”Happy Christmas(War Is Over)”ジョン・レノンとオノ・ヨーコのあの曲です。中学生の頃”Happy Christmas, Yoko”-”Happy, Christmas, John”という出だしのささやきを友だちとよく真似ていたことやその情景が頭に浮かびます。
私より少し若い人がワム!のLast Christmasだと言うのは、とても納得します。今聴くと、ジョージ・マイケルって才能豊かだったんだなあと改めて思います。去年だったか「ジョージ・マイケルの素顔」とかいうドキュメンタリー映画があって、映画を観たわけではないのですが、彼が『ボヘミアン・ラプソディ』を歌う部分のフィルム・クリップを目にする機会があり、歌手としてのすばらしさも、再認識しました。クイーンの曲は、どうしようもない天才ボーカリストのフレディ・マーキュリーが歌うことを前提にして成り立っていて、他の人が歌ってもフレディって本当に歌がうまかったんだな、と感じるだけ、下手するとカバーした人の歌唱力のなさだけが際立ったりします。しかし、G・マイケルのはheart & soulが伝わってきて、やはり音楽シーンに戻ってきてほしいなあと思ってしまいました。
ライブ・エイドの二番煎じみたいなので”Do They Know It’s Christmas?”とかいうのもあって、これにもG.マイケル参加してたような気がするんですけど、ちょっと押し付けがましさが好きじゃなかったかな。もっと若くなるとマライア・キャリーとかでしょうかね。なんだかんだ言っても、この曲も結構好き。
ああ、サンタが街にあふれてるなあ。
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2006年12月20日(水) the apple of my eye
Time Is Money
仕事人たるもの、時間の有効活用は必須である。
では自分はそれが出来ているか、というと「イエス」と「ノー」が現実。
まず「イエス」の部分。
小学校低学年の息子を抱えているので、家事や子どもにかかる時間と仕事の時間、それに睡眠時間を含めた自分の時間をどう配分するかが最大ポイント。これを誤ると、生活が崩壊するか、身体や精神が崩壊するかである。
長年の経験でたどりついたのは、家事は最小限にというルール(料理以外の家事は好きじゃないという話もある)。なぜって、仕事の時間は削るわけにはいかないし、子どもとの時間は確保してやらないと子どもを持つ意味がない。自分の時間を削りすぎると精神・身体衛生上よろしくない。子どもにはちゃんとした食事と綺麗に洗濯した衣類を与えるが、家の中が少々汚くても死にはしない、というのが持論(勝手な)。
朝は子どもの登校に間に合う程度のぎりぎりに起きる。前夜、遅くまで仕事をしていることが多いからだ。45分程度で子どもを送り出すと、自分の朝食・洗濯・キッチンの片付け・家の中の雑用を同時進行で開始する。コーヒー用のお湯を沸かしながら前夜洗った食器洗い機の中のモノを収納しながら電子レンジでミルクを温めトースターでパンを焼き、果物の皮を剥きながら子どもの食べた朝食の食器を片付け、洗濯物を干しながら通りすがりに散らかったリビングをさっと片付け……といった具合に。現在住んでいるマンションを購入する時のポイントは、リビングとキッチンと風呂場・洗面所と洗濯物を干すベランダと自分の仕事部屋がすべて隣接しあっていること。これで家の中の動線がとても短くて済む。在宅翻訳者に大邸宅は要らない、がもう1つの持論(現実、という話もある)。
在宅で働いているのでありがたいのは、仕事の間の休憩時間をこまめに家事に回せること。肩が凝ったら立ち上がって朝食の後片付けをしたりお鍋をさっと洗ったり、お茶を入れながら夕飯の下ごしらえ、など。「ながら」族どころじゃない、「ながら×ながら×ながら」族くらいの勢いだ。
買物は宅配を最大限利用。
書籍やCD、DVDを過剰購入に陥るのが難点だけど、子どもの衣類や日用品や日々の食材もほとんど宅配。買物に出る時間がもったいないから。しかも我が家のマンションは正面玄関の向いに魚屋とコンビニがある。豆腐屋まで30メートル、郵便局までは50メートル。お弁当屋やファストフード、八百屋が並ぶ商店街だって150メートルくらい。モノグサな私のためにあるかのような立地である。朝刊を取るついでに玄関を出て牛乳とヨーグルトを買うのに3分、という有り難さ。
で、問題の「ノー」の部分。
翻訳をしながら、調べたいことがあってインターネットを立ち上げるともう、止まらない。検索したい事柄で興味深い事実があったり、チラとネットニュースで何かの話題を見つけたらそれを読みふけってしまう。例のロンドンで死んだ元ロシアの情報部員や「切り裂きジャックの再来」事件の話題を The Times ではどう報道しているのか、仕事に直接関係ないのに読みに行ってしまったりなんて、ニチジョウチャメシゴト(茶飯事/茶目・仕事?)である。
インターネットで最近よく訪れるのは某SNS。翻訳や英語関連の「コミュニティ」にいくつか登録して、これが結構役に立ったりもする。様々な人の知識を無料で共有させてもらえるのだからありがたい。利用するばかりではフェアではないので、時々は投げかけられた質問に回答を書いたりもする。最近も、不動産のリース契約で貸し手と借り手を英語でどう言うか、なんて話題があった。Landlord /Tenant というのが一般的なのか、Lessor / Lessee はどんな時に使うのか、などと意見が飛び交う。深く考えたこともなかったような問題に気付かせてもらえるが、面白くてつい時間を取られすぎないように注意しないといけない。
さらにメール上での「筆まめ」は困りもの。職業柄、キーボードを打つことに抵抗がないため、来たメールにはかなり速攻で返信し、しかも相手がたじろぐほどの長文になることもしばしば。仕事がある程度目処が立ったら、さっさと寝ればいいのに、メールを書いたりSNSに書き込みをするために日付が変わってもまだPCの前にいるなんて、我ながらアホかいなと思うのだが……。
来年はもっと「ノー」の部分を改善したいものである。
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2006年12月19日(火) パンの笛
それは同じか別物か
 ご多分にもれず「のだめカンタービレ」にハマっています。でも、私の場合は原作の漫画の方。ドラマ化されて話題になっていたので気軽に手にとってみたところ、すっかりのだめワールドにハマってしまったのです。普段はなかなかドラマを継続して見る時間も確保できないこともあって、ドラマの方は見ていなかったのですが、あまりに漫画が面白かったのでここ何回かはドラマも見ています。しかし…あのドラマもとても良くできているとは思うし、何よりも音楽がテーマである作品だけに実際の音楽を聴けるというのは魅力的なのですが…どうも私の抱いているイメージとキャラクターや、状況設定が若干ずれているのです。こういう場面に遭遇してしまうと、なんだか自分の中の「のだめワールド」が汚されたような気さえしてきてしまって、ちょっと損をしたような気分になってしまいます。
 中学生の頃だったか、源氏物語の漫画が流行ったことがありました。さっそく読もうと息巻いていた私に向かって父は、「いきなり漫画ではなく、まずは原典を読みなさい。源氏物語は原典は難しいのであれば、口語訳したものを先に読んで、自分のイメージを作り上げてから漫画を読むようにしなさい。」と言ったのでした。当時はちょっと面倒だなと思ったりもしましたが、文章で読んだ源氏物語の世界は、そのイメージに奥行きがあって非常に面白く感じたものでした。そしてその後に漫画を読んでみると、確かに私のイメージとは違う印象の場面も多々あったのです。主だった部分はもちろん同じなのですが、細部が微妙に違うのです。読んでいてつい、「ちがーーう!」と怒りを感じることも…。そして、文章と絵、絵と映像、という違いはあっても、今回の「のだめ」にしても、同じことなんだなぁ、とふと思い出したわけです。これは翻訳をする際にも通じる話でもあります。英語の文章を日本語にする際には(もちろんその逆でも)、なるべく原文に忠実な訳文になるよう心がけていても、無意識に自分の目線というものが必ず入ってしまっています。そうすると、その自分の目線を介した、自分の理解と解釈に基づく訳文にどうしてもなってしまうのです。根幹は同じでも、枝葉末節が訳者である私のワールドに染まってしまうのです。実務翻訳の場合には、用途によってはむしろ枝葉末節を受け手に応じて変える必要がある場合もあります。例えば、レターの翻訳を頼まれた場合などは、受け手の文化や習慣に合わせて、ただ文章を訳するのではなく、相手にとって自然なレターになるよう補足をするのです。ある意味、出来上がった翻訳文は原文とは「別物」なのです。でも、例えば文芸作品のような「作者ワールド」が最も重要である場合には相手のための補足はもってのほかで、訳者のワールド=「別物」であってはならないのです。原作者の世界をどれだけ正確に、感性豊かに読み取れるか。それには、原文をとにかく繰り返し読む!というのが鉄則だと思います。読んで読んで、もう暗記しちゃった!というくらい読めば、そのうちに原作者のワールドが乗り移ってくるのです。枝葉末節も、文章に書いていない登場人物の性格の裏側までもが文章の端々から感じ取れるようになってくるのです。よく言われる、”read between the lines”というヤツです。何も足さない、何も引かない、それでありながら日本語の美しさを損なうことなく「作者ワールド」を表現できる訳文を目指して、日々、原文を読んで読んで読みまくっています。翻訳をした後に、「やっぱり原文が一番よね」と言われない翻訳者を目指して…。
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2006年12月18日(月) かの
さあ、どうする?
 「事前の資料はありません」と言われて当日通訳現場に行ってみたら、机の上には大量の資料が。
 この状況、毎回とは限らないが、ここ近年かなり増えてきている。確かに会議によっては何日も前から読み原稿をいただける。しかしその一方でまったく入手できず、いざ現場に着いたら原稿・資料がドッサリということもあるのだ。さあ、どうする?
 この状況に直面したとき、通訳者なら二つの考え方ができるだろう。
 一つは「え、聞いてないよ〜!こんなにたくさんの原稿、今さら渡されてもどうやって読みこなせばいいの?しかも作成日付、昨日じゃない!だったら夜中でもいいからファクスで送ってくれれば良かったのに〜!!」と思うタイプ。血圧は最高潮。
 もう一つは「あ、今回も現場で原稿と『ご対面』かあ。ま、最近こういうケース、増えてるからね。元々『原稿なし』って言われて、『じゃあ資料ゼロの中、最善を尽くすしかないなあ』って思って来たんだし。今から読みこなすのは大変だけど、ないよりはマシよね!」ととらえるタイプ。心拍数は最高潮だが、ゴチャゴチャ考えるよりとにかく早く眼前の資料に目を通そうと必死になっている。
 以前の私は確かに前者のタイプだった。通訳現場そのものの雰囲気にただでさえ圧倒されている中、そういうイレギュラーに直面してパニックになっていたのだ。しかし、子どもたちが生まれてからは後者の考えに近づきつつある。
 何しろ小さい子どもが二人いる中、限られた予習時間で新しい知識を得られただけでも感謝モノ。保育園から『お熱出ました・お迎え来て下さい』コールがかかってこなかっただけでも、こうして仕事ができるのだ。さらに我が家のように5歳や3歳といえば、気まぐれ・大泣きが日常生活の中では当たり前。「やりなさい」と言われたことはすぐにやらないし、何度注意しても同じことをまた繰り返す。子どもの理不尽かつご無体な要求に比べれば、社会人としての常識を兼ね備えたクライアントに対しては大らかになれてしまうのだ。
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2006年12月15日(金) まめの木
ウィーン人の本音と建前(その2)
ウィーン人とドイツ人は明らかに違う。
言葉以上にこちらの真意を観察している波動がヒシヒシと伝わってくる。さらに言えば、この客は本当に芸術鑑賞する資格があるのか、外国での買い物ついでに酔狂で劇場に立ち寄っただけか、社会的にどのような立場にあるのか、どのような生活をしているのか等々、ニコニコ会話しながらじっと見ているのである。
おまけに女性の声のトーンもドイツ人よりはるかに高い。以前、通訳者の勉強会で、在日ドイツ大使館に勤務しているドイツ人女性が「日本人女性は甲高い声でやたらとニコニコ話しますが、ドイツ語はニヤニヤしながら高い声で話せる言語ではありません。腹にしっかりと力を入れ、日本語よりもずっと低めの声で抑揚をつけて話し、過剰に笑顔を振りまかない方が信頼されるのです。」と力説していたが、いやいや、ウィーン女性は日本人に負けないほど高い声でドイツ語を操り、笑顔が固まってしまうのではないかと心配になる程、眩しく微笑んでいた。
そんなことをつらつら思いつつ石畳の道を散歩しながら、この街にはハプスブルク君主国がとっくの昔に崩壊した今でも、もしかしたらカースト制のような身分の違いが目に見えない形で残っているのではないか、と感じた。やはり600年も続いた帝政の影はなかなか拭い去れないのか…。皇帝フランツ・ヨーゼフ一世が完成させた煌びやかな街の風景の下に眠る、ペストや拷問で死んでいったおびただしい数の人々の骨。その上を今日も世界中から集まった人々が闊歩する。
まさに光と影の街、ウィーン。
しかし面白いことに、これらは決してネガティブな印象ばかりではないのである。日本人に勝るとも劣らない笑顔や声のトーン、また言葉から人となりを観察する能力もさることながら、“粋”を心得ているところも日本人の美意識に通じるものを感じた。コンサートが終わった後も、指揮者の出来や演奏解釈についてドイツ人のように大声で分析したり、まるで自分が演奏者や俳優になったがごとくに熱く哲学をぶったりはしない。カフェに入ってコーヒーやシャンパンを片手に、芸術がもたらしてくれる生活の潤いを楽しむ余裕があるのである。帝政の闇の部分を内包しながら決して浪花節にならず、燦然と光を放っている。レジで待たされても、ドイツ人のように「なにやっとるんじゃあ!!」と怒鳴ったりしない。ウィーン人だってイライラすることもあるのだろうが、いわゆる無粋なことを極力嫌い、しゃれを楽しむ心を持っていることには感心した。

以前、ウィーン人の某芸術監督にインタビューした際、面白いことを聞いたことがある。
エゴン・フリーデルという小説家が
「ドイツとオーストリアを隔てる唯一の壁は共通の言語である。」と言っているそうだ。
この言葉を聞いてインタビュアーの某先生、
「言葉の意味は理解できるのですが、内容的にはどのような意味なのでしょうか?他のすべては共通していて、言語だけが異なる、あるいは…??」
といささか混乱してしまった。この先生はご自身がドイツに留学されていたため、この言葉に込められたものすごーい嫌みに気が付かなかったのだ。もちろん、私も当時はまったく真意を理解できなかった。後になってウィーン人の同僚に聞いて、この本意が「一応、同じ言葉を使ってはおりますがねぇ、あんたがたドイツ人と私たちはまーったく根本が違うんでござんすよ〜。」
というしゃれた嫌みであることがわかったのだが、今回ウィーンに行ってみて、本当にそのまんまのウィーン人と触れ合えたのは収穫である。
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2006年12月14日(木) 仙人
色合い2
前回の続きです。さて、髪よりやっかいなのが瞳の色。最近はやりなのか、grayと呼ばれる色によくあたるのですが、日本語で瞳が「灰色」とかって、白内障でも患っているのか、はたまたアルコールなどで濁っているのか、みたいな感じになりませんか? grayといわれる瞳の色って、私には限りなく薄い色の水色にしか思えません。
かなり前からよく話していたのに、ただ青っぽい色の瞳という認識しかない知り合いがいたのですが、あるときバーベキューがあって、戸外でとうもろこしを食べながら、その色のあまりに澄みきった美しさに、何だか吸い寄せられるように見入ってしまったことがありました。すごく失礼だったかしらと、「私の故郷の空の色に似ているのでみとれちゃった」と、とっさに取り繕うと、「そうなんだー。晴れあがったりしないところなのね。grayな天気が続くのね」と返事されました。それで、え? この色はgrayと呼ぶのか? と思ったのです。ものすごく薄い色合いで、モノトーンにしか見えない色、そういうのをgrayと呼ぶようです。私は「薄い水色」と訳すことが多いです。
「黒目」のところが、「黒」じゃないのも困ります。虹彩だけではなくて、瞳の中のいろんな部分がすべて異なる色で、grayの瞳に茶色い虹彩、その虹彩が光を浴びて黄色に輝き、それを縁取る線がsilverって……。
gun-metal blueというのも悩みました。なんとなくわかる気もするけど……「銃身のような冷たい金属の光を帯びた深い紺」。長い! でも本当は茶色が混じっている感じも出したい。初出だけはこれで、ルビをふって、あとはガンメタル・ブルーにするつもりが、銃を撃つタイミングとか、「冷たい金属の光」と関連する内容が出てきて、しかたなく、ずっとこの長い言葉を使ってしまいました。
自分の「色」にこだわらなくてすむのはやっぱり楽ですよね。
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2006年12月13日(水) the apple of my eye
Eenie meenie minie moe
購読している新聞に先週、「どれにしようかな〜神様の言うとおり〜」の後を、全国でどんな言い方をしているかという話題が載っていた。地方によって言い方が違うなんて思いつきもしなかったが、そういえば、「どれにしようかな〜」ってもう○十年も使っていなかったかも。迷うほどの選択肢が日常生活の中にないってことなのか。それも寂しい。
びっくりしたのは、全国でもっとも多く使われているのが「柿の種」だってこと。
「どれにしようかな〜かみさまのいうとおり〜かきのたね〜」でオシマイ?
えらいあっさりしてへんか。なんやあいそないな〜。
で、自分はどう言っていたかとしばらく考えたがすぐには思い出せなくて、記事の中に「京阪神ではおならの音を連想させる『ぷっとこいて、ぷっとこいて、ぷっぷっぷ』というコミカルなものもある」というくだり見つけ、「そうそう、そうだ、それだった!」と思い出した次第である。それ以外、聞いたことも使ったこともなかった。
そういえば、「どれにしようかな〜」の英語版、"Eenie meenie minie moe" で、おっそろしい話題があった。
アメリカのサウスウェスト航空で、機内の乗客を早く席に着かせようとしたCA(キャビンアテンダント)が、"Eenie meenie minie moe, pick a seat, we gotta go!" と言ったら、「差別的発言で心的苦痛を受けた」と、乗客の中にいたアフリカ系アメリカ人女性2人からサウスウェスト航空が訴えられてしまったのだ。
"Eenie meenie minie moe" には色んなバージョンがあって、それこそ国や地方や年代が違うと異なるらしいが、だいたいこんな感じの唄らしい。
Eenie meenie minie moe,
catch a tiger by its toe,
if he hollers, let him go,
my mother told me to pick the very best one
and you are it!
この「it!」のところで、鬼ごっこの鬼さんなんかを決めるのだけれど、問題は、“tiger” の部分。ここを昔は “ nigger” って言ってたらしい。それってアメリカだけなのかと思ったら、英国人の同世代の友人も「元は nigger だった」と言う。
もちろん、アメリカでは1964年の公民権法で黒人差別が法的に撤廃されているし、この部分は “tiger” ということになって、多くの人がそう覚えていたり使っていたりするらしい。
この歌がいつどこで作られたのか、eenie meenie minie moe の語源は何なのか、実はよく分からないというのが定説。eenie meenie minie moe 自体は、何の意味もないただの音声で、「ぷっとこいて」とたいして変わらないレベル。
それにしても「事件」が起きたのは2001年、裁判はカンサス・シティの地方裁判所で始まって、2005年に控訴裁判所でサウスウェスト航空の勝訴が確定するまで、ばかばかしいほどの時間と費用がかかった。問題のCAさんは一言も、その昔の表現を使ってはいなかったし、Eenie meenie minie moe は今でも子どもたちが普通に使っているものだし、これが何で裁判沙汰になっちゃうのか、さすがアメリカと言うしかない。
いやあ、日本にはそんな 風にpolitical correctness にひっかかっちゃうような「どれにしようかな〜」がなくてよかった。
ただし翻訳をしていると時々、「ここで『黒人』という表現を使ってはならないのか? 『アフリカ系アメリカ人』とするべきなのか?」と悩んだりはする。まあたしかに、我々黄色人種も、他の人種から「イエロー・ピープル」と言われて良い感じはしないかもね。





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2006年12月12日(火) パンの笛
仕上がりは如何に
 大量翻訳も大詰めになってまいりました。現在、合計356ページある原稿のうち、229ページ目までの翻訳が完了し、私としても後少しのラストスパート!という感が色濃くなってきています。今回しゃかりきになって翻訳しているうちに、以前職場の友人が言っていた台詞を思い出しました。それは、「仕事を依頼されるときには必ず、『時間』『品質』『値段』の内、二つまではお約束します、と伝えるの。つまり、『速く』『高品質』のものがほしければ、『値段』は高くなるし、『品質』は譲れないけれど『値段』もあまり出せないのであれば、『時間』は多少かかってしまいますよ、とね。」というもの。この台詞を言った女性は通翻訳者ではなくオーストリア人のシステムコンサルタントの女性でしたが、若いのに非常に優秀で、彼女の中での優先順位付けが如何にうまく機能しているかを物語っている一言だと感じたものです。私自身はと言えば、どんな依頼を請けようとも品質は妥協しないようにしたいという心がけではいますが、絶対的にかけられる時間が少なければ、やはりどうしてもチェックが行き届かないこともあります。値段に関しては一旦請けてしまえば関係なくなりますが、それでもやはりいただく対価が高い依頼の方が優先度が高くなってしまうのは、お支払いいただく方に対する誠意としてもむしろ当然の成り行きだと思います。この友人から得た3つの要素の教訓に加えて、私がもう一つ心がけているのは、依頼者に対して愛着を持つこと。エージェントや依頼元のクライアントによっては、メールでしかやり取りをしたことがなかったりして、つい関係が機械的になってしまうことも多々あります。それでも、少しでも相手の方とのやり取りの回数を増やして、お互いの人間性や置かれている環境を知り、果ては相手に対して「少しでも単なる翻訳以上の手助けになってあげたい!」と愛情を持つことで、限られた時間や資金の中でも求めるものが最大限得られるようにしたいと思うのです。そうすることで、「時間」「品質」「値段」のどれかが欠けても、結果としてはその埋め合わせができるようになっている場合が多い気がします。機械が翻訳するのではなく人が翻訳するからには、こうした人対人ならではの利点があってこそ、だと思いたいのです。
 話は変わって、今回の大量翻訳の依頼、死蔵していたTRADOSを復活させて利用したところ、格段に効率が上がって、順調に筆(キー?)を進められるようになりました! 過去の投資が今生きていて、嬉しい限りです。機械もまた、人の作業を手助けするためのものとしての存在価値は大ですね。
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2006年12月11日(月) かの
地図大好き
 先々週のハイキャリア「お話当番」で、テンナインのスタッフの方々が「人に道を尋ねられたらどのような反応をするか」について述べていらした。
 数年前、「話を聞かない男、地図が読めない女」という本がベストセラーになり、どうやら「女性=方向音痴、地図が読めない」という図式になっているらしい。でもこれって一概に言えないのでは?
 と言うのも、私は地図を見るのが大好き。見知らぬ人に道を聞かれるのも大歓迎である。そのきっかけとなったのが、幼少期の体験だ。
 小学校時代、父の転勤でヨーロッパに住んでいたのだが、母は地図を見るのが苦手。大陸続きなので車で旅行に出ても、母は地図を握ったまま固まってしまう。それで後部座席の私が「ちょっと貸して」と言ってナビをし始めたのである。当時7歳。現地校に通い始めでアルファベットもおぼつかない状況だった。しかしそれ以上に、カラフルで分厚い地図帳がなんとも魅力的で、ライン川の流れを紙の上でたどったり、スイスの山の名前を一つ一つ読んでみたりと、すっかり楽しむようになったのである。以来、車中の道案内は私の役目となり、結婚後もカーナビはあえて(断固として?)つけず、地図を愛用している。最近は子供づれで家族旅行に出ても、私がついつい地図を読みふけるので、夫からは「地図禁止!周りの景色を見るべし!」と言われてしまうほどだ。
 人に道を尋ねられるのも、そんなわけで大好きだ。答えるときのポイントは「鳥瞰図的にとらえて説明し」、「所要時間を必ず添えること」。つまり細かくゴチャゴチャ言うのではなく、主だった建物を目印にして、最後に「ここから歩いて3分ぐらいです」と大まかな目安を言うのである。そうすることで、尋ねた人もあとどれぐらい歩けばよいかわかると思う。
 タクシーの運転手さんが目的地の場所を知らないときは、ナビのチャンス!信号のどれぐらい手前のタイミングで左折・右折を言うか、どこを降りる場所にしてもらったら後続車の迷惑にならないかなどを考えるのが楽しいのである。ここまで来ると地図読みやナビは「趣味」ですね。
 究極は旅先の海外で道を尋ねられたとき。なぜかこういう機会が結構ある。地図大好き人間の私にとって、旅先でまずやるのが地元マップの入手。それをじっくり読み込んで行動開始となる。そこで道を尋ねられると「待ってました〜!」と内心喜んでしまう。
 夫からは奇異の目で見られているが、そのうち「地図を愛する女性の会」でも立ち上げようかと思っている。
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2006年12月 8日(金) まめの木
ウィーン人の本音と建前(その1)
今週の火曜日、ウィーン旅行から帰ってきた。このブログを読んでくださっている皆さんに楽しい旅のみやげ話を…と思うところだが、ウィーンの見所についてはすでに沢山の書物やガイドブックで紹介されているし、芸術・文化に関しては私がわざわざ報告しなくても言わずもがな、である。
ハプスブルク家の栄光よりも、文化の都の華やかさよりもなによりも、今回初めてウィーンに行って印象深かったのは、ドイツ人とウィーン人の気質の違いである。ここではあえて“オーストリア人”ではなく“ウィーン人”と言いたい。学生時代には何度もザルツブルクに行ったことがあるし、リンツやグラーツ出身の友達もいたが、ウィーン以外のオーストリア人とは明らかに言葉や顔の表情から伝わってくる本質が違うのだ。つまり、「ドイツ語を話しながら本音と建前を日本人並に駆使している」ことに今さらながら驚いたわけである。ドイツ人とほぼ同じものを食べて、同じ言葉をしゃべっているはずなのに、どうにも勝手が違う。滞在当初はお恥ずかしながら、「私のドイツ語はちゃんと通じているのかしら?」と不安さえ覚えたほどである。

まず、ドイツ人はあまりお世辞というものを言わない。私はドイツで社会人経験をしていないため、あくまでも学生レベルの視点からでしか語れないが、ドイツ語を操るということは理論対理論、知識対知識、哲学対哲学、思想対思想、魂対魂の言葉のしのぎ合いである、と思っていた。それほど高尚な場面でなくても、食料や日用品、洋服を買うのだって命がけである。例えば、一人所帯なので食べ物はあまり大量に買い込めない。だが、「そのハムを3枚ください。」などと注文しようものなら、あからさまに「それだけかよ!」という顔をされる。レジで「スカーフ売り場はどこですか?」と聞こうものなら「あなたがその売り場に行ってここに帰ってくると、閉店時間を3分過ぎるから教えない。」と言われ、セーターを試着すれば「このデザインと色はあなたに似合わないから買うべきではない。」と容赦なくコメントされる。当然、こちらも好戦的になり、ストレートな物言いが身についてしまう。もちろん、多くの親切なドイツ人にお世話になったし、裏表がない直球勝負が彼らの長所であり、可愛らしいところでもある。また、通訳になってからはドイツ人のビジネスマンと関わるようになり、彼らなりに気を使ったり、言葉を選んで丁寧な態度を取ることができるのを知ったが、基本的に言いたいことは必ず口に出して言う国民性なのである。
それが、ウィーン人は違うのだ。

(後半はまた来週お付き合いください!)
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2006年12月 7日(木) 仙人
翻訳しゃっくり
最近かかることの多い「翻訳しゃっくり」は髪と瞳の色。さまざまに異なる民族が一緒に暮らす国では、その色についてのこだわりというか興味が、私たちより強いように思えます。登場人物の瞳の色にその人の性格などを反映させることも多く、しかもその色の概念がどうも、日本人のそれとは違っているようで、文字通りに訳すのはまずい、どうしよう、ひっく、ときてしまうのです。
まず、前にもどなたかが言っておられた気がするのですが、「茶髪」といえば日本語では染めた髪のことなのに、英語で一般的日本人の髪はdark brownと表現されます。それでdark brownとあるときは黒っぽい髪と訳すことが多くなるのですが、黒・茶でもbrunetteとか、auburnとか、「すてき」感があるときは、なんとなくですけどbrownとは言わない気もします。brownって、艶がなくて、ただのつまんない茶色よ、というときにこそ使うような。brunetteには白い肌とのコントラストも含まれる、たとえばブルック・シールズの感じで、そういうのに黒髪という訳をあてて東洋系の人をイメージされては困ります。なので他の部分で肌の色とか雰囲気をイメージできる言葉を加えることもあります。blackというのはめったにないですが、エキゾチック、野性味みたいなのが含まれるので、漆黒とか、闇のような深さのとか、少し補ったりするようにします。
結局、茶系の色の人ってやっぱり多くて、brownというと個性がない感じがするためか、いい感じの色のときは、chestnutの髪とか、瞳に関してはhazelとか、ちょっと特別な感じを出したいようです。そうそう、hazelを「ハシバミ色」とかいうのって、いまどきどうなんだ、とも思います。実際、榛とhazelは植物学的には近くても、結構違った木だし、なにより「はしばみ」なんていわれて、ああ、あの木ね「榛」と思う人より「ヘーゼルナッツ」がどういうものかぴんと来る人のほうが多いと思いません? 続く……
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2006年12月 6日(水) the apple of my eye
開眼
そんなことを今ごろ、と思われる方も多いだろうが、翻訳者にとって、作業環境は重要。最低でもPCと電話、プリンターと原稿立てを置く場所は快適な位置関係に、そして参考書籍類を広げるスペースは欲しい。
メインのPCはデスクトップ。しかし何かのときのためにノートも1つ用意してあり、無線LANでメールも全て両方に受信するようにしている。何年か前にデスクトップがクラッシュして、それを立て直すためのストレスで自律神経をやられてしまい、半日寝込んだことがある。それ以来の用心である。
危機管理以外にも、ノートのほうに辞書を開いておけば、作業中の画面をいちいち辞書に切り替えなくても済む。デスクトップの方でネット・ラジオを聴いているときは、ネット検索にも使える。
初期の記憶メディアはフロッピー・ディスクしかなかったが、今ではUSBメモリという便利な代物がある。PowerPoint なんてソフトウェアが登場してファイル容量が爆発的に大きくなったので、フロッピーなど出る幕がない。作業中のファイルはなるべくこまめにUSBでバックアップを取るようにしているが、セキュリティ制限がきつくないファイルの場合は、2つあるメールアカウント(Yahoo! アカウントを入れれば3つ)の片方に送信すれば、ノートのほうに受信できる。
とまあ、自分なりに作業環境には気を使っていたつもりだが、今さらながらに気付いたのだ。キーボードがとても使いにくい、と。今までデスクトップを買ったときについてくるキーボードしか使ったことがなかった。
でも、狭いのだ。私が身長165センチもある大女で男性並みに手が大きいというせいもあるが、キーボードのキーが並んでいる端から端までの幅が、私の肩幅よりはかなり狭く、両肘をくっつけるようにしてキーを打たなければならない。窮屈で肩が凝る。
そこで見つけた。キーボードが「ハ」の字型に左右に分かれて並んでおり、全体的にも平面ではなくこんもりとした立体的な形状になっているキーボードを。さっそく購入。
これがめちゃくちゃ快適なのだ。今までの状態が嘘のようである。
しかも、いろんなファンクション・キーがあって、「開く」とか「新規作成」とか「上書き保存」「元に戻す」といった作業がボタン1つ。「マイドキュメント」「マイピクチャ」もある。「スペルチェック」まで!
セットに入っていたマウスは5つボタンで、左の二つのボタンを「コピー」「貼り付け」の作業にカスタマイズした。これでいちいち右クリック→[コピー]としなくてもよくなる。
マウスとキーボードはワイヤレスで、1つの受信機で受けるので、配線も減ったし。電池残量まで画面上で確認できる。
なんだ、なんだよー、こんな快適な道具があったんじゃないかー。
どうして今まで気付かなかったんだ。
よおし! これで作業能率が格段に向上するぞ!
……ネットでごそごそ道草を食ったり、Amazon で本やDVDを衝動買いしていなければ、の話だけれど。
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2006年12月 5日(火) パンの笛
集中する方法
 いよいよ寒さも本番になり、師走になりました。なのに(だから?)ますます忙しい今日この頃です。ありがたいことです。しかしこのヒマな時と忙しい時のギャップに付いていくのに必死です(汗)。ただし、個人的には忙しいのが好きで、みっちり仕事があるとアドレナリンが出る猪突猛進タイプなのです。だからか、たまにヒマになると返ってどこにエネルギーをぶつけてよいやらわからなくなって、意味もなくぼうっとしてしまったりします。できれば通年で今のペースのままいきたいところですが、自分でコントロールできないところが悲しいかな、フリーランス翻訳者の定めですね。それはさておき。このクソ(失礼!)忙しいときには、事前に効率的な計画を立てることも重要ですが、仕事をする際の集中度が、翻訳文の完成度やスピードに大きな影響を与えます。我が家には小学校一年生の息子がいるので、息子が起きてから学校に行くまでの約一時間と、学童保育から帰ってきてからベッドに入るまでの数時間はどうしても仕事の手を止めざるを得なくなります。そうなると、本格的に集中して作業に没頭できるのは、息子がいない昼間か、家族の寝静まった深夜になります。ここでいかに集中度を上げて完成度の高い翻訳文を生み出すかにすべてがかかっていると言っても過言ではありません。今まではとにかく、集中するには完全無音が私にとっての絶対条件でした。以前社内翻訳者として勤めたとある会社では、上司にあたる女性がデスクにラジカセを持ち込んで、一日中ラジオなのか有線放送なのか、音楽やらしゃべっている声やらが聞こえてきていたことがありました。こういう音は自分が集中した瞬間に急に大きく聞こえるようになって、ついこちらも何を言ってるんだろう、と「聞いて」しまったりして、せっかく一旦は集中したのに、台無しになることがありました(しかも実はその音が頑張っても聞こえないぎりぎりの音量だったりするので、余計気になるのです)。だからこそ、自宅で仕事をする際には無音、だったのですが…。最近のこのツメツメ状態に、なんだかすっかり潤いがなくなってしまっているのも事実。幸い、今請けている大量翻訳は比較的手の進むコンピュータ系の仕事。ここで思い切って、BGMを少しかけてみることにしました。普段私はほぼクラシックばかり、しかもオペラなどの人の言葉の入ったものではなくて、オーケストラものや、器楽系のものばかり聴いています。特に好きなのは、印象派のラヴェルやドビュッシー、そして物語的要素の強いチャイコフスキーなどの曲。しかし、ここでつい好きな曲をかけてしまったりすると、やはり「聴いて」しまって、挙句は鼻歌などを歌ってしまって集中どころの騒ぎではなくなります。そこで、普段はあまり聞かない静かな音楽、モーツァルトなどを流してみることにしました。すると効果絶大! かすかな音量の音楽が、返ってそれ以外の外の音(例えばバスや車の通る音、近所を歩く人たちの話し声など)を遮断してくれることがわかったのです! おかげで普段以上に集中をして翻訳に没頭できて、なかなか快調です。しばらくはこの方法で集中度を高めて、大量翻訳に当たって、心穏やかに年末年始を迎えられるようにしたいと意気込んでいます!
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2006年12月 4日(月) かの
「私は意味を求めたい。」
 先日、私の敬愛する指揮者マリス・ヤンソンス率いるロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団のコンサートに行ってきた。
 ヤンソンスは1943年旧ソ連のラトビア生まれ。カラヤンに師事し、レニングラード・フィルを経て、マイナーなオスロ・フィルを世界的水準に引き上げたことで知られている。そして今年のウィーン・フィル・ニューイヤーコンサート。日本でもテレビで生中継される毎年恒例の音楽会で彼はタクトを振り、今や日本を始め世界中で愛されているマエストロである。
 私がヤンソンスを初めて知ったのはロンドン留学中の1993年。厳しい修士課程で唯一の息抜きはコンサートに行くことであった。学生券で入場したある晩、ロンドン・フィルを振っていたのである。
 そのときの曲目はモーツァルト。元々CDや生演奏で何度もモーツァルトは聴いていたが、この日はまさにeye opening experienceであった。定番のメロディーが一音一音ハッキリ聴こえたのである。そして何と言ってもヤンソンスの美しい振り。「指揮者=指揮棒を何だか振っている人」という私の先入観は見事に覆された。楽団の各楽器を大切にし、音を慈しんでいる。一言で言えば「誠意あふれる振り」であった。
 以来、機会があれば彼のコンサートに行くようにしていた。しかし子どもが生まれると夜の外出は至難の業。仕事に復帰してからも通訳準備と家事・育児が中心となり、家の中でCDをかけることすらなくなってしまった。旋律に心動かされ、勇気づけられ、洞察力を深めていくという独身時代の習慣はいつの間にか消え、日々のあわただしさの中で心はカラカラに乾いていたのである。
 数年ぶりに生演奏で見たヤンソンスは、以前にも増して繊細で、かと思えば時に鮮やかなタクトさばきであった。曲目はベートーベン交響曲第8番とマーラーの交響曲第1番「巨人」。マーラーの第二楽章では、今まで聴いたことのないほど艶(つや)やかな弦楽器の音色に酔いしれた。「きっとマーラーが生きていたら、こういう風に演奏してもらいたかったのではないか」と私は思った。
 コンサートプログラムの中で彼は次のように語っている。
 「楽譜だけを追う演奏はしたくありません。・・・楽譜そのものは記号に過ぎませんからね。私は意味を求めたい。」
 これぞ私が通訳業に見出そうとしていることである。通訳の際、元の文章は単語の羅列に過ぎない。しかしその背後でスピーカーは何を言いたいのか。それを深く読み取り、解釈し、日本語に置き換えてゆく。ヤンソンスのように誠実に、そして美しく訳していきたい。そんな思いを抱いた夕べであった。
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2006年12月 1日(金) まめの木
輝く若者
先日、工場で比較的長期の仕事をした。工作機械の設置、調整、オペレーター・トレーニングが主な仕事だ。前にも書いたが、実際にモノを見られること、またエンジニアの説明を聞くことができるのでとても勉強になるし、大好きな仕事のうちのひとつである。
そんな中、工場内の別の生産ラインで一際輝いて見える若者がいた。休憩時間終了のチャイムがなると、いち早く仕事場に戻り、8時間シフトの終わりまで、疲れを見せることなくテキパキと仕事に打ち込んでいる。また、彼は私が関わっていたラインとは別の部門なのに、休憩時間や業務終了時には帽子を取ってニコニコ挨拶してくれるのである。
日本人は帽子を取って挨拶をする習慣があまりないし、直接言葉を交わしたこともなく、また顔の表情が非常に豊かだったことから、おそらく外国から来ているスタッフかとずっと思っていた。
ところが、仕事期間が終わる頃、耳が不自由な方だと知ってびっくりした。鉄の部品に穴を開けたり、研削したり、非常に危険が伴う仕事だし、不良品やエラーが出てアラームが鳴ったら早急に対応しなければならない。それに、アラームの音に気がつかなければ、自身にも危険が及ぶのである。
耳が聞こえないというハンディをまったく感じさせないどころか、職場の雰囲気をも明るくする彼の仕事ぶりにあらためて驚嘆し、ライン責任者の方に聞いてみると、『彼はうちのホープなんだよ。』と嬉しそうに話していた。音が聞こえないはずなのに、アラームどころか、不思議と機械の微妙な音の違いを聞き分け、仕事のクオリティも高いと言う。また、最近、働くことに喜びを持つ若者がどんどん減り、すぐに仕事をやめてしまうスタッフが多い中、彼は毎日生き生きと仕事に打ち込み、責任感の強いスタッフの一人だ、と自慢しておられた。
家に帰る道すがら、色々と考えされられた。好きな仕事をさせてもらっているにもかかわらず、寒い戸外で一日中立ちっぱなしで通訳して疲れただの、休憩時間がもらえなくて最後の方は頭がくらくらしたの、フリーで話すと聞いていたのに行ってみたら立派な原稿を棒読みされただの、考えてみたら私も不平不満がいっぱいである。よく、『職業に貴賎なし』と言われるが、実際に仕事の貴賎を決めているのは自分自身の心と姿勢なのではないか…。反省していくうちに恥ずかしくなってしまった。
この仕事の最終日、かの若者に『お世話になりました。お仕事頑張ってくださいね。』と紙に書いて見せたら、『今日で最後なのは残念です。通訳さんもこれからも頑張ってください。』と書いてくれた。少し、目頭が熱くなった。
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2006年11月30日(木) 仙人
エイリアン vs. プレデター
明日からもう師走! で、今年を振り返って、印象に残ったこと。いろんな国からかなり高齢の方々が集まられた場で通訳をしたとき、しみじみ実感したのは、元気な人は、よく食べる! 食べるから元気なのか、元気だから食欲もあるのか、どっちがニワトリで卵なのかは不明ですが、ともかく、90歳近いじいさんたちが、食う、食う! パワー全開でしゃべりたおす! スポーツ関連のイベントだったので、まあ平均的老人よりは元気な人が多いのは当然としても、この私が――「パワーあふれる」と形容詞をつけられることが多く、異常な元気さにエイリアン呼ばわりされたりもする、頑強バディの私が、ええっ、また食べるの? というぐらいの食欲。しかもかなりヘビーで脂っこいもの、もちろんお肉は毎日で、通訳は早食いでなきゃとスピードにも自信があったのに、周囲の食べっぷりはまさにoverwhelming! 国籍人種は無関係に、日本人も含めて、みなさん! 一緒に通訳をした方の話では、枯れた雰囲気で有名な某政治家さんのpredatorぶりもすごいんだよ、猛烈に肉ばっかり食べるのよ、みたいなことでした。
マリコさんも「ごはん通訳」のことを前に話題にされていましたが、よく食べ、早く食べ、それでもきちんと消化できる体力って、通訳の第一条件では、と改めて思いました。「気力」というか、やりたいと思う強い気持ちがいちばんだと信じていたのですが、そういう気力も、結局体力がなければわいてこないのかも、とか思ったりして。パワーあふれるおじいさんたちを前にして、ステーキをほおばりながら、失礼、ちょっと待ってね、と肉を飲み込み、何事もなく通訳を続けられる根性の前に、ステーキが連日続いても収められる胃がないと、どうしようもないような(ステーキが二日、翌日しゃぶしゃぶ、その次の日はすきやき、その間おやつに3日続けてラーメン、明けた夜にパーティって尋常な人では厳しくないっすか?)それに、パワフルじいさんたちって、なんとなくですが、よく食べる人を信用するみたいで、捕食行動を共にすると信頼関係がすばやく築けたり……。
そういう体力がない場合はどうすればいいか。うーむ。ある、と信じ込む気力? ってまたニワトリが卵になっちゃいましたけど。
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2006年11月29日(水) the apple of my eye
事件とキーワード
 ダイアナ元英皇太子妃が事故死してから来年で10年になるそうだ。2人の息子、ウィリアムとハリーがその来年に追悼コンサートを計画しているなんていうネット・ニュースを見て、「もう10年!」と思った次第である。
 彼女の事故は、私が3年間のロンドン生活を終えて帰国しようと飛行機に乗っていた間に発生したらしく、成田に着いて数時間後に知人から「お帰り〜」の電話がかかり、その時に「ダイアナ、死んだよ!」と聞いて驚いたことを鮮明に覚えている。
 ああいった大きな事件は、その時の自分の居場所や、時間や、身辺の出来事とも絡まって記憶されるものだろう。
 また同時に、こんな仕事柄のせいか、海外での大きな事件はキーワードとなる言葉も一緒に覚えることが多い。
 ダイアナ妃の死亡のときはやはり paparazzi だろう。カタカナ語「パパラッチ」が一気に市民権を得た。もちろんロンドンにいたときは、ベッカムだのスパイスガールズだの王室の他のメンバーだのが常に追い回されていたので、paparazzi はしょっちゅう目や耳にする言葉だったが、あの事件以来、ダイアナといえばパパラッチ、パパラッチといえばダイアナ、というイメージの言葉になった。
 アメリカにいた90年代の初めで印象が強いのは、クラランス・トーマスが連邦最高裁判事に指名されたときに、トーマスにセクハラを受けたと訴え出た元部下のアニタ・ヒルの事件だ (Thomas-Hill Controversy)。
 通常なら連邦最高裁判事は大統領の指名を受け、上院の承認を経て就任するという手順が、アニタ・ヒルのこの訴えで大騒ぎになった。トーマスは上院司法委員会の公聴会に呼ばれ、公聴会はテレビで全米に放送された。トーマスが黒人だったこと(ヒルも黒人)、2人が上司と部下だった職場が Equal Employment Opportunities Commission(雇用機会均等委員会)という公的機関だったこと、トーマスの前任者であるマーシャル判事(連邦最高裁初の黒人判事)がリベラル派であったのに対しトーマスが保守派だったことなどから、事態は国民の大きな関心を呼んだのだ。ヒルが当時はオクラホマ大学の法学部教授という地位も名誉も教育もある立場の人物だったことなどから、その証言に信憑性があると考える人も多かったが、結局、ヒル本人の証言以上の証拠がなく、上院は48対52で、トーマスの就任を承認した。ヒル教授を支持する、あるいはトーマスの就任に反対する人々、特に女性は、上院にほとんど女性議員がいなかった(98%が男性)ことが、セクハラの訴えが通らなかった理由だと考える人も多く、その後の92年の選挙では女性候補が躍進した。
 当時はまだ日本で sexual harassment という言葉が入ってきたばかりで、それがいったい正確に、あるいは具体的にどのような行為をいうのか理解している人は少なかったはずだ。1970年代の終わりにセクシャル・ハラスメントという概念を確立した当のアメリカでも、この事件はあらためて「セクハラ」の捉え方や解決の難しさを浮き彫りにした。
 ちなみに連邦最高裁判事の職は、本人が退官を希望するか亡くなるまでの終身制で、若干43歳でパパ・ブッシュ大統領に指名されたトーマス判事は、もちろん現在もその職を続けている。
 パパ・ブッシュの後任、クリントン元大統領が残していったキーワードは、かなり情けなかった。ホワイトハウス研修生だったモニカ・ルインスキーと、“inappropriate intimate contact”があったと認めた、あの事件だから。元大統領がテレビ演説でこの言葉を用いてスキャンダルの事実を認めた後はしばらく、メディアには “inappropriate xxxx” という表現が躍り続けた。それにしてもこの表現、実はなかなか上手い。inappropriate だなんて、wrong とか、dirty とかって言えば良いのに、否定形でやや中和している。intimate は、「男女の仲」であることを指す形容詞だが、普通に「親しい」という意味でもある。intimate conversation といえば、「親しく打ちとけた会話」くらいの意味にもなる。さらに contact だって、肉体的な「接触」も連想させる一方で、人と人との「連絡」や「交際」、「関係」の意味もある。だから別にクリントン氏は「モニカとエッチな行為をしました」と告白しているわけではないとも言える。頭脳明晰なスタッフが集まり、練りに練った表現なんだろう、これは。日本のニュースでも「不適切な関係」と訳されたのがほとんどだった。

 そんな風に過去の印象的な事件と言葉を思い出したが、今年は何か、重大なキーワードがあっただろうか。
 ンー、思いつくのは Brangelina かな。
 ブラッド・ピットとアンジェリーナ・ジョリーの、生まれたばかりの赤ちゃんの写真が、People 誌に400万ドル以上で売られ、このお金は慈善団体に寄付されるという、仰天の話題だった。
Brangelina。……パパラッチとかセクシャル・ハラスメントとか「不適切な関係」よりは、ホノボノとしたキーワードで良いかもしれない。

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2006年11月28日(火) パンの笛
味覚狩り!
 ここのところ、味覚狩りづいています。まずはりんご狩り。近所の子ども文化センターが企画したりんご狩りに、息子が行きたい!と言い出したので、普段なかなか付き合ってやれない罪滅ぼしの意味もこめて参加することに。我が家からたった4駅先の駅からちょっと歩いただけの場所なのに、どこまでも田園風景が広がっていて、時間もゆっくり流れていて、とても安らぎを感じました。りんごは今年はいまひとつ不作だったようで、「一人4個」の制限内であっても、鳥もつついておらず、虫も食っていないりんごを探すのは至難の業でした。
 その次には、息子の学童保育でお芋掘り。なんと子ども一人当たりの割り当ては5株! 5株分のさつま芋は大量です。毎年、お芋を掘るのは良いのですが、その調理法に苦慮するのです…。今年も今のところ、お味噌汁にするか、大学芋にするか、くらいしか思い当たらず、ハテ、どうしようかと悩んでいます。
 そして、最後はミカン狩り! 先ほど、まるで我が家の近辺に畑はまったくないかのような文を書きましたが、それは言い過ぎでした。ごめんなさい。我が家の地域も立派な郊外。近辺は梨や柿が名産です。そして、今回のミカン狩りの場所は家から徒歩5分ほどのミカン畑。梨や柿はおなじみでも、ミカン畑がこんなにそばにあるとは、全然知りませんでした。行ってみると、ミカンがたわわに実っていて、もいで食べてみると、お日様をたくさん浴びて育ったのがよくわかる、濃い味の美味しいミカンでした。息子と争ってミカンをもいで、一冬分のミカンを調達しました。
 普段は家、それも狭い書斎にこもって昼夜の別なく仕事をしている私も、こうして外に出て、自然に触れ、植物の持つエネルギーに触れたり、子どもとお日様の下で笑いあったりすることで、明日の仕事へのエネルギーが充電されます。今年は食料もたくさん収穫できたし、冬篭りもできそうです。
(写真はりんご狩りに行った日の空。抜けるような青さに、思わず写真を撮ってしまいました。)
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2006年11月27日(月) かの
そしてわが身を省みる
 通訳という職業柄、春と秋は多忙になる。この秋もそうだった。通訳学校の授業準備に加えて会議や放送の通訳。大量の資料を読みこなして会議通訳を一つ終えたら、次の通訳の資料が机の上にデンと待ち構えている。
 「はい つぎ、はい つぎ。
  はい はい はいっ。」
 「いそがしくって いそがしくって めがまわる。」
 これは息子の愛読する絵本「ねこのはなびや」の一節。仕事の資料を読みこなしながら、子どもたちに読み聞かせたこの文章がずっと頭の中でリフレイン。そんな秋だった。
 同業者の夫も同じような状況。夜、私は子どもたちを寝かしつけると疲れのあまりそのままバタンキュー。朝、目が覚めて夫に「わ〜、お久しぶり!」という感じであった。当然、子どものことや仕事、家のことなど夫に話したいことがたくさんある。メールで済ませられるときは日中にメールで連絡を取り合っているが、やはり込み入った話は面と向かって話すほうが手っ取り早い。私たち夫婦にそれができる唯一の時間帯は朝食時。それで二人で色々と話し始めるのだが、それが子どもたちには不評。もちろん、まだブーイングするほどではないけれど、ここぞとばかり「自分も話すぞ!」と息子も娘もおしゃべりパワー全開になる。しかも話に脈絡がないので、二人のトピックはてんでバラバラ。息子が海の生き物についてなぞなぞをしてくるかと思えば、娘はとりあえず、覚えたてのフレーズをひたすら使いまくろうとする。一度に数人が話すので、食卓はカオスになってしまう。
 この間はちょうど夫婦の会話がノッてきたところでワーワー言われたので、つい娘を叱ってしまった。「お母さんは今、お父さんと大事な話をしているんだから」という具合。娘としては別に悪気があって話に割り込んだわけではないので、泣き出してしまった。あ〜、またやっちゃった。朝は気持ちよく目覚めてゴキゲンに過ごして保育園に送り出そうと思っているのに。そう思いつつ、表面ではプリプリしてしまったのである。
 後になって冷静に振り返ってみると、まだ3年しか生きていない子どもなのだから、もっと大目に見てあげたらよかったのにと反省しきり。自分だって都合の良いときだけきちんと聞いて、時によっては子どもの話の流れをさえぎって「あれしなさい」「これやって」と言っているではないか。
 子どもが生まれて思うのは、自分の人間的な未熟さ。子どもはまっさらな状態でぶつかってくるだけに、わが身を省みることになるのだ。
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2006年11月24日(金) まめの木
私のコレクション
小さい頃、透明で、カラフルで、丸みがあるものが好きだった。おはじきやビー玉、拾った石から始まり、台所から丸いガラス製の箸置きをちょっと拝借したり、お小遣いが貰えるようになるとビーズやジェリービーンズを買い込み、かわいい瓶に詰めて飾っていたこともある。今でも天然石や半貴石、ガラス製品に弱い。
大人になってから、カラフルで透明感のあるものは、何も「モノ」に限られたことではないのに気づいた。音や風、言葉にも、丸みのあるコロコロとした感触のものが存在する。こういったものは、手にとって楽しむタイプのコレクションにはならないが、録音物や本で発見すると勝手に自分のコレクションとして認定している。
風景は写真に撮れるし、風や空気が気に入った時にはビニール袋に詰めて持って帰ったこともあるが、何もコレクションだからといって手元になければならないわけではなく、あくまでも心の中で「認定」し、たまに思い出して楽しめは、立派なコレクションになるのである。
音で言えば、バイオリンはストラディヴァリウス。録音技術のせいもあるが、60〜70年代に録音されたレコードから聞こえてくる温かみのある丸い音色は、まさにコレクションに値する。フランスのオーケストラの管楽器の音も素晴らしい。少し余談になるが、小さい頃から生粋のクラシック派で育った私は、「ロック」と分類される音楽はいわゆる不良の音楽とみなしていた。ところが、偏見を頭から排除して素直に聞いてみると、これが案外、すべてではないにしても曲の構成力、演奏技術、音色のどれをとってもクラシックの音楽家と比べて遜色がない。髪を染め、どぎついファッションで稲妻型のエレキギター片手にロックンロールに命を捧げているお兄ちゃんが、こんな知的な歌詞を書くのか、と驚くことさえある(ごめんなさい、ものすごい偏見です…)。エレキギターの音も、以前は何でも同じ騒音にしか聞こえなかったが、注意深く聞き分けてみると、ギブソンのレスポールというギターの透明感のあるまろやかな響きは絶品である。演奏者にもよるが、このレスポールの音も我がコレクションに加えることにした。
言葉では擬音語、擬態語の類でコレクション入りするものが多い。ドイツにいた頃は「まったり」がコレクションに入っていたのだが、帰国してからいわゆる「若者言葉」として「まったり」にはまったく相応しくないシチュエーションで安易に使われている現場に遭遇し、とてもがっかりしてしまった。
『昨日、うちでまったりしてたら電話がかかってきてさぁ〜』
『お風呂入ったら、ちょっとまったりしちゃって…』
とんでもない使い方である。思わず、「すみません、その言葉、私の大切なコレクションなので、そのような使い方はやめてください。」とお願いしたくなったほどである。どこで誰がこのような使い方を始めたかは知らないが、彼らの中ではその状況そのものが「まったり」なのであろう、私たちの普段使っている言葉だって、平安時代の人が聞いたら卒倒するかもしれないし、言葉は生き物、時代と共に変化するものである、と、その場は穏便にやり過ごし、家に帰って「まったり」とした味わいの美味しいお茶を頂きながら、「まったり」に一人乾杯したのであった。
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2006年11月23日(木) 仙人
勤労感謝の日
ということで、労働ストレスに立ち向かう話を。ちょっと前、工藤さんが『ビシッと愛のムチ』で髪が傷んでシャンプー&リンスにこだわっているという話をされていたことがあったように思います。実は私も数年前、同じ状態でした。手触りがまるでバービー人形の髪のような、「ぎしっ」という感じ、見た目もどうしようもないばさばさ。もともと髪が細くて量が少なくて、hair-challengedだった父から強固にDNAを受け継いでいるので、いつかは髪がなくなるのではという恐怖から、かなり高価なシャンプー&コンディショナー、さらに毎日のようにトリートメント、美容院で地肌エステとかいうものまでやっていたのですが、ばーっさばさのままでした。
会社勤めを辞めて数年、先日、ジムのサウナで、髪が多くていいですね、と言われ、なんとなく以前より髪の量が多くなっているのに気づきました。毎日プールで泳ぐようになって、髪にはいいはずはないし、なんといっても年は取るばかり、なのにふと気づくと、ばさばさ感も減少しています。
そこで、思ったわけです。髪って、いちばんストレスの影響を受けやすいのではないか。精神的な悩み、睡眠不足、不規則な食事、こういうものがもろに出るのが髪なのでは。そう思ったら、挑戦的に、シャンプーもいっちばん安いものにして、毎日のようにやっていたトリートメントもやめたのですが、それでもまるで平気になり、そのうちリンス/コンディショナーをジムに持っていくのを忘れたことがきっかけでシャンプーだけで済ますこともたびたび。それでも、かなり大丈夫なことがわかりました。いずれは、体を洗う石鹸、しかもやーっすい固形のものひとつで髪も洗って大丈夫、というところまでもっていこうと計画中です(もちろん顔は以前からフェイシャル専用は使用したことないです)。アタシ、ストレスなんかにはもう負けないわ、ってところです。本当は塩かなんかで、ボディーから歯磨きまで……というのは、目標としてはあるんですけど、さすがにちょっと軟弱な現代人には無理な気がするんですよね。
「精神的なゆとり&物理的な厳しい試練」方式です。昔は「リンス」というものだってなかったのに、みんな日本髪を結えるぐらい豊かな髪だったわけでしょ? let your body take care of itselfだと思います……って、翻訳と関係ない話だったので、ちょっと英語使ってみました、へへ。
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2006年11月22日(水) the apple of my eye
サラブレッド
中居君である。
「レディース・アンド・ジェントルメン!」とシャンパンを開け、
「グレート・サラブレーッド!」と叫んでいる。
このCMを見るたびに、「さらぶれっど」じゃないんだけど、と思ってしまう。わざと、なのだろう、きっと。でも気になる。
ご存知「サラブレッド」は、“thoroughbred”で、「徹底して」+「交配した」という意味から生まれた名前と言われる。サラブレッドは競争馬にするという目的だけで英国の在来種にアラブ馬をかけ合わせて作り上げた人工的な種類の馬で、サラブレッドと呼ばれるためには厳しい血統上の規則がある。だから現首相のような生まれの人を「政界のサラブレッド」などと言ったりするのだ。
ずっと昔、駆け出し翻訳者の頃、アラブ首長国連邦で開催される競馬レースの資料の日本語訳を頼まれたことがある。オグリキャップ人気で日本に競馬ブームが起こった後だったが、残念ながら私は競馬にまったく関心がなかった。今もないが。しかし仕事となれば、なんとか調べて取り組むしかない。当時はまだインターネットも普及し始めたばかりの頃で、今ほど簡単に欲しい資料も見つからず、四苦八苦した記憶がある。
一番引っかかったのは、馬齢に関する点だった。
合わないのだ。出馬する馬の年齢と、その大会の出馬資格の制限が。
調べてみると、当時の日本の競走馬の年齢は数え年で数えており、したがって生まれてすぐの馬は1歳としていたのだ。国際的には0歳だ。日本のルールは2001年に改正されて、国際標準に合わせたそうだが、面白いのはその国際標準も完全には統一されておらず、誕生日が何月何日であろうと、北半球の馬は1月1日になると1歳年を取ったことになるが、南半球ではそれが7月1日だったり8月1日だったりするらしい。
英語の競馬用語も色々あって面白かった。
juvenile は性別に関係なく2歳馬のこと。filly は4歳までの雌の馬。colt は4歳までの雄の馬だが去勢されていないものに限定される。去勢するのは気性の荒さを直すためだそうだ。去勢された馬は英語で gelding というらしい。日本語では「せん馬」だそうだ。去勢されると当然、子孫は作れなくなる。種馬 stud になれない。種馬には別の言い方で entire だとか stallion ていうのもある。entire って、そうでない馬たちに対してちょっと失礼な表現じゃないかな。
いや、競馬用語で失礼なのはもっとある。
血統の記録簿を stud book という。父親こそが重要であって、お母さん馬の方はどうでもいいのか。競馬の世界にも男尊女卑、封建主義、一夫多妻が蔓延しているようだ。実際、サラブレッドの血統を語る場合は、父系 = サイアーライン (sire line) ということが言われる。sire という言葉自体、senior からきたものらしい。始祖とか高位の人という意味があるとか。なんだかとても尊ばれた感じ。現在のサラブレッドの父系を遡ると、すべてたったの3頭の、18世紀のイギリスで活躍した名馬のいずれかにたどり着くというから驚きだ。
しかし感心している場合ではない。競走馬の繁殖の世界における、この父系重視は科学的に正しいのか? お母さんの遺伝子や、子どもが胎内にいる間に母体が与えたものはカウントされないのか。
と、そんなことを思っていたあの頃であった。
それにしても前回は野球、今度は競馬と、だんだんオヤジ化しているなぁ……。次はゴルフか?


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2006年11月21日(火) パンの笛
閑話休題
 今日はお仕事のお話はちょっとお休みです。先週の日曜に叔母が亡くなりました。54歳でした。2年弱、癌を患った後に帰らぬ人となってしまいました。叔母は私が小さい頃からまるでの実の母のように、そして私が大きくなると、まるで姉か友人のように、いつもいつもそばにいて、私をかわいがり、気にかけてくれた人でした。「にぎやか」という言葉がぴったりなほど元気で、華やかで、一緒にいてとても気持ちが晴れやかになる、そんな人でした。その叔母も、病気が判明してからはその元気だった頃が嘘のように、あれよあれよと病魔に冒されていってしまいました。それでも私が病床に見舞うと、いつも以上に元気に振る舞い、自分のことは忘れて私のことばかり心配してくれていました。ずーっとおばあさんになるまで、きっと身近にいるはずと思っていた人が急にいなくなるというのは、やりきれないものです。これが世に言う、「心にぽっかり穴が開いたよう」という状態なのでしょう。いまひとつ何事も手に付かず、特に生産的な仕事や家事はなかなか身が入りません。こんなときに、事情を察したエージェントの方が納期を延ばす手配をしてくださったり、友人が温かい言葉をかけてくれたりしたのが、身にしみて嬉しいものです。今はまだ、悲しい気持ちと楽しい思い出が交錯して気持ちの整理がつきませんが、ゆっくり時間をかけてその悲しみをほぐしていって、いつか、天国で叔母に再会するときに、笑顔で「久しぶり!」と言えるよう、仕事も、家庭も、友人づきあいも、精一杯楽しんでいきたい、と思っています。
 来週は元気で楽しいお話をお楽しみに…!
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2006年11月20日(月) かの
半熟卵の教訓
 半熟卵に凝っている。そのきっかけとなったのが、秋のお彼岸で叔母宅にてご馳走になった一品だ。
 叔母は料理上手で、いつもおいしい手料理でもてなしてくれる。今回私が気に入ったのは「半熟卵の酢醤油漬け」。醤油で褐色になった卵を半分に割ると、中から黄身がトローリ。一口含むとお酢と醤油の絶妙なバランスに「うーん、おいしい!」となった。子どもたちもこの一品を大いに気に入っていた。
 「半熟卵は7分茹でるの。7分よ」と言っていた叔母。7分茹でて殻をむき、「醤油3:お酢3」の汁に漬けておくのだそう。帰宅してすぐこのレシピに挑戦することにした。言われたとおり7分茹でてすぐ殻をむこうとしたが、白身ごとボロボロむけて大失敗!でこぼこのゆで卵を汁に漬ける羽目になってしまった。味そのものはおいしかったけれど。
 そこでネットで「半熟卵」を検索し、作り方を発見。こちらは「お湯が沸騰したら鍋を火から下す。卵を入れて15分間放っておく」というもの。ふむふむ、これならコンロを占領せずに済みそうだと早速やってみた。しかし結果は×。やはりうまくむけなかったのである。
 もう一度トライするべく別のレシピへ。「7分中火→流水→殻をむく」とある。こちらの結果は大成功!うまくむけて卵はつるんつるん。汁に漬けておいたらきれいに色もつき、味もバッチリ。中の黄身もトロトロであった。その後何回かやったことで、この料理もすっかり得意になった。
 今回は短期間に何度も半熟卵を作って挑戦し、練習を積み重ねたのが良かったと思う。前回の教訓を覚えていたし、何よりもすべての工程を体で覚えていったからだ。これはまさに英語学習に通じるもの。新しい単語を覚えたらそのままにせず、実践し、何度も使うことで初めてモノになっていくのである。
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2006年11月17日(金) まめの木
わらしべ長者的キャリアのすすめ
『まんが日本昔ばなし』世代の方々にはお馴染みのこの話、私の人生哲学と言っても過言ではないほど好きなのである。
ものすごく貧しい男が一心に観音さまに祈るところから始まり、「ここを出て初めて手に触れたものを大事に持って旅に出なさい」とお告げをもらった男のサクセス・ストーリーだ。一本のわらを拾い、それにアブが止まり、それがミカンになって、絹の反物になって、馬になって、最終的には縁を得て長者になる。
この主人公の特徴で注目すべき点がいくつかある。
まずこの男、かなり注意深い。いくら観音さまのお告げといえども、いや、観音さまの言葉だからこそ期待度も高まり、普通ならわらなんて拾わずに行ってしまう。わらが落ちていることすら気づかないこともあるかもしれない。また、ハプニングに対しても常に前向きだ。話の中では、常識から考えてかなり損な取り引きもしているのである。絹の反物と馬を交換する場面だ。いくら侍の持ち物といっても、元気のない弱り果てた馬などを押し付けられた時だって、「ラッキー!わしゃあ、ついてるのう。さすが、観音さまのお陰じゃ。」と喜んでいるのである。この辺の感謝の心も素晴らしい。しかも、すべきところではちゃんと努力もしている。絶命寸前の馬を城下町の長者が一目惚れする程までに介抱するのだ。それも、「きっと良い馬なのだから元気になれば高い値で売れるかも…」などといういやらしい下心は皆無で、「お前も疲れたろ…」とまるで同志のように水を飲ませたり、体を拭いてやったりするのだ。

この話を思い返す度に、つくづく通翻訳者の道にも通ずるところがある、と一人うなずいてしまう。さすがに観音さまのお告げは無いかもしれないが、私たちも「ああ、通訳者になりたい。どうにか通訳者になれないだろうか…」という夢を抱くところから始まる。そして長い長い旅に出るわけだが、学校に通って、各種資格を取って、さあエージェントに登録!というところまで行っても、登録した月からいきなり「売れっ子通訳者」という訳にはいかない。そこで大事なのは「目の前に最初に現れた“わら”を大切にすること」だ。最初はビジネスレター1枚、スペック1枚の翻訳の依頼かもしれない。しかし、その“わら”が数年後の会議通訳の仕事につながる可能性を秘めているのだ。確かに1週間にたった1枚の翻訳では生活できないが、だからといって捨ててしまっては、翻訳料が手に入らないばかりではなく、キャリアも将来も手に入らないのだ。最初から「私は通訳者になりたいのであって、翻訳はやりたくないんです。」という人もいるが、まったく通訳とは関係ない場面で名刺交換をしたご縁で、何年か経って舞台通訳の仕事を頂いたこともある。翻訳は全国ネット、なにも東京に限って営業する必要はない、と名古屋のエージェントに翻訳者として登録したら、愛知万博の通訳の依頼が来たこともある。
つまり、少し論旨が飛ぶかもしれないが、「あの時あれをしておけば良かった。」という後悔の法則を転換して、「あの時あれをしておいたから、今のこれがある。」と考える方が、人生、断然お得なのである。それには、何が観音さまのお告げであるところの“初めて手に触れたもの”なのかを判断する感性も必要だ。そして、「ふん、わら一本か…」と捨ててしまったり、最初から「これをもっとビッグなものと交換してやろう」というギラギラした欲を持っていては、運にも見捨てられてしまう。ギラギラした情熱は内面や能力を磨くことに傾ければよい。

この話、「男は生涯、わら一本粗末にすることはありませんでした。村人からは“わらしべ長者”と呼ばれました。めでたし、めでたし。」で終わる。「わら一本をも粗末にしない心」を大切に、これからも一歩ずつ歩んで行きたい。
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2006年11月16日(木) 仙人
遅ればせながら
カタカナ言葉に文句がいっぱいの話は、このブログによく登場します。私も遅ればせながら、調子に乗って参加させてください!
できるだけ日本語にしようと努力しても、カタカナのままのほうが通じる、いやカタカナでないと通じない用語、しかも業界では普通で、一般人には未知という状況がいちばん困ります。大好きなのでよくお受けするのですが、産業翻訳での車関係はとくにその傾向が強いと思います。一般人にはちんぷんかんぷんなことも、英語をカタカナにすると、その筋の方にはぴたりと通じるし、エンドユーザー(といってもマニアから初心者まで)向けから技術者向けまで、知識レベルが大きく違うので、誰を相手にして何を目的にした文書かを考慮しつつ、どこまで日本語にすべきかさじ加減が大変なんです。pulleyは「滑車」でなくてプーリーでいいと思っていたら、あ、この場合には、「ファンベルト」ですねとか、tire ironが「タイヤレバー」とか、別のカタカナ語への置き換え作業もあって、どこまでのカタカナ度がいいのか判断つきにくいです。
あるとき「限定的分断差動器」と訳したものの、どういう機能のものか理解できず、車に関しては絶大の尊敬と信頼を置く家人にどーゆーモノ? とたずねたら「は?」という答えが。内容が理解できていない訳を納品するわけにはいかず、”limit-split differential”って書いてあるの、というと、「あー、リミット・スプリット・デフのこと」と言われて、のけぞってしまいました。いや、それではあんまりそのまま、別の言い方はないの? と聞くと、しばしの沈黙のあと、「LSDかな」そんなー。翻訳者としての私はどうなるの。おまけに、それがどんな車で、中身がどういう内容なのかも、ほぼ察知されてしまいました。そのときは、機密に関して敏感なものではありませんでしたが、単独の用語だけでも、詳しい人はすぐ内容までぴんとくるのだということがわかり、やたらに質問しちゃいけないんだわ、と自戒することにもなりました。
基本的にはカタカナ語の多い業界では、英語をそのままカタカナにするほうが、より、よろしい訳とされる感じがあるのは事実。家人いわく、そういうのに興味がある人は、カタカナがわからなくても、それがどういうものか調べるのが楽しいので、変に訳してないほうがいいんだそうです。なるほど。
ただ、専門用語的なことはしょうがないとも思うのですけどね、お客様がカタカナに慣れている人たちばかりでluxuryとあれば、まちがっても「贅を尽くした」と訳してはならず、ラグジュアリーと言わないといけないって雰囲気なのも、ちょっと翻訳者の良心がとがめるところです。
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2006年11月15日(水) the apple of my eye
日米野球に思うこと
先日の3連休中に日米野球を観に行った。
我が家はそれほど野球ファンというわけではないが、メジャーリーガーのプレイを生で観るチャンスはなかなかないと思い、少々お高いチケットだったが入手した。動物園や映画と違って、子ども料金ってないんだなぁ。
東京ドームの入口で、まず厳重なセキュリティチェック。ポケットの中身を全部出し、息子のリュックの中身まで調べられたのには驚いた。さらに探知機でのボディチェックと、ペットボトルの持込が禁止なので、開封していないペットボトルまでわざわざ開けて、紙コップに全部移し替えさせられた。緑茶って紙コップに入れると、巨大な検尿みたい。
……失礼。
とにかく、春に西武球場に行ったときはこんなチェックはなかったし、我が家が観戦した日の始球式は安倍首相ではなく元広島カープの山本浩二氏だったので、きっとMLB選手がいるからだろう。
「MLB式の応援を体験してください」と、入口の中で2本ずつ、空気で膨らますビニールの筒をもらった。拍手の代わりにこれを打ち鳴らすのだ。日本ではお金を出してビーッというゴム風船を買って、途中で飛ばすのだが、それは今回売っていなかった。
それ以外でも、選手の呼び出しも英語だったし、電光掲示板の表示もローマ字/英語、応援席も鳴り物は無しで、すべて「MLB式」。途中で小刻みに入る音楽は We Will Rock You だったり That’s the Way (I Like It)、Young Man などで、これも「MLB式」。
そしてもちろん、7回裏の攻撃に入る前にはあの曲が流れる。
Take Me Out To The Ball Game.
残念ながら観客は大半日本人なので大合唱というわけにはいかなかったけれど、雰囲気は味わえた。簡単なメロディなので8歳の息子は覚えてしまい、帰ってからも口ずさんでいるくらい。親しみやすい歌なのだろう。それともイチローの出ているあのCMで覚えたのか?
この歌、球場で流れる部分以外に前半があったなんて、知らなかった。
翻訳稼業の「調べ癖」のおかげで、またちょっと調べて分かったのだけれど。
Baseball Almanac によると、曲が作られたのは1908年、100年近く前の歌だなんて、スゴイ。でも球場で歌われるようになったのは1971年が最初なんだそうだ。
“...... For it's one, two, three strikes, you're out,
At the old ball game”

そういえば、アメリカの Three Strikes You’re Out Law というのが話題になったことがあった。クリントン元大統領が積極的に賛成したので有名になったのだが、カリフォルニアなどの州法で、felony で3回有罪になったら仮釈放なしの終身刑を命じられると定めるものだ。felony とは、死刑または1年以上の長期の刑を科される「重罪」のことをいう。犯罪者の再犯率が高いことと、死刑にならない限り、たとえ終身刑でも仮出獄してはまた犯罪を繰り返すパターンも多いことから、被害者やその家族の感情を反映した法律だと歓迎されたり、逆に犯罪抑止力にはなっていないという批判もある。日本でも特に性犯罪者に対する厳罰化を求める声は強い。
なんてことを考えながら観ていたら、試合は圧倒的なパワーでメジャーの勝利。8対6。
今季58本も本塁打を打ったフィリーズのハワードが2本も本塁打を打った。
MLB側にはホワイトソックスの井口が出場していた。マリナーズの城島はベンチだったけど。日米野球の「米」側に日本人選手。なんとも不思議だけれど、いいなぁと思う。
自分は普段、言葉という手段で人と人がコミュニケーションを取り、理解しあうための手助けを仕事にしていると(理想的には)思っているが、スポーツで理解しあうというのもアリだ。異なる国、文化、民族の人々が、同じスポーツを同じルールで楽しむことで理解しあえる。そこには言葉は不要である。
今日は野球に負けたなぁと思った日であった。
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2006年11月14日(火) パンの笛
嬉しい?誤算
 これまで数社で社内翻訳者を務めた間も、そして在宅翻訳でも、一番多く受けているのが、何といってもコンピュータ関係の翻訳です。元々「超」が付く文系の私ですが、ユーザとしてはコンピュータは嫌いではないし、まぁ、それなりに使いこなせてるし、なんていう軽い気持ちで、翻訳の勉強をする際にコンピュータを専門分野の一つに指定していました。とはいえ、心のどこかで「翻訳=文章表現を巧みに操る作業」という意識があるせいか、単語の置き換えの正確さが最も要求されて、あまり翻訳者の文章能力が求められることのないコンピュータ関連のお仕事は、なんとはなしに邪道のような印象を抱いていました。もちろん、実際に翻訳に当たってみると、この業界の用語は日進月歩なので、その進歩についていっていなければ当然、自分が作成した訳文も「事情を知らない人が書いたシロウトくさい文章」になってしまうので、他のどの分野とも同様、日々勉強が必要なのですが…。
 しかし、7月から本格的に在宅翻訳者になってみると、意外にもあまりコンピュータ関連の仕事の依頼は来ませんでした。そして、コンピュータ関連の仕事の依頼が来ていないこと自体すら、認識もしていなかったのです。そこへ先日、コンピュータのマニュアルの翻訳の依頼が大量に来ました。受けたときはあまり意識していなかったのですが、実際に作業を始めてみると、「あぁ、懐かしい。いつもこういうの、やってたなぁ。」と思っている自分がいます。おまけに、意外にも、他の分野の仕事に比べて筆(キー?)の進みが格段に速いのです! これは嬉しい誤算でした。なんだか、考えるそばからどんどん作業が進みます。普段なら、いろんな箇所でふと止まり、ちょっと調べてはまた作業に戻り、またちょっと進めると手を止めて、となってしまうのに、今回はぐんぐん進みます。最初はあまり意識せずに選択した専門分野の候補は、数年の時を経て確実に自分の中で勢力を拡大して、自分の身についていたのです。これから先、何日まともに寝られるか…と鬱々たる気持ちでいたのも、少し晴れやかになりました。納期までには一晩くらい、飲んじゃっても平気な日ができるかも! ついほくそ笑んでしまいます。
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2006年11月13日(月) かの
はじめてのマスク
 ここのところ、急に冷え込んでいよいよ冬到来。体調を崩しがちになるので、声が商売道具の私も気をつけるようにしている。
 ところが早くも息子が風邪を引いてしまった。熱はないので幼稚園には通い続けているが、かなりの咳。幸い日曜日にやっていた近所の小児科で咳止めを処方してもらった。
 薬のおかげで快方に向かっていたある日、息子が朝こう言った。
 「お母さん、ボクね、マスクが欲しいんだ。」
 内心「うーん、でももう咳も少なくなっているから、マスクなしでも大丈夫じゃないかな」と思った。けれども「わかった。じゃ今日、お仕事の後、マスク買って来るね!」と約束したのである。
 しかしその日に限って遠方での授業。丸一日しゃべり続けて帰りの電車に乗ること2時間。お土産はしっかり買ったものの、肝心のマスクは買い忘れてしまった。気がついたのは、子どもたちを夕方お迎えに行く直前。手帳には「マスクを買う」としっかり書いておいたのに。
 まあ忙しかったし、本人の咳もほとんどなくなってきたから、なくても何とかなるかな。第一、朝の会話なんて夕方にはもう忘れている可能性だってある。
 ところがお迎え時には開口一番、「マスクは??」であった。
 「ごめんね、買い忘れちゃった」と言うと、見る見るうちに大粒の涙をためている。普段なら「ギャーン!!買ってって言ったのに〜!!」と涙ながらに怒るのだが、この日に限って涙も流さず、「・・・いーよ・・・。ボク、我慢できるから・・・」とポツリ。本人なりに母親の仕事状況や色々なことを理解しようと頑張ったのかなと、私の方がせつなくなってしまった。
 幸い帰り道に薬局を見つけた。息子は「無地のマスクがいい」と言う。子ども用はキャラクター物だけなのではと思いきや、子ども向け無地マスクを発見。買ってあげたところ、大喜びであった。
 「ボクね、マスク初めてなんだ!」とニコニコ。咳はもうほとんど出ない。でも「はじめてのマスク」が何よりも嬉しかったようで、ずっとつけていた。私もそういえば、初めて英和辞書を買ってもらったとき、ずっと眺めていたなあ。
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2006年11月10日(金) まめの木
翻訳の神様
孔子は論語で「子、怪力乱神を語らず」と言っている。君子たるもの、おばけやUFOの話をしたり、困った時の神頼み的な行動は慎むべし、との教えである。
これは通翻訳者にもあてはまると思う。オリジナルの原稿やスピーチがあってこそ、私たちの職業は成り立っている。だから、勝手に幽体離脱してあらぬ世界に想いを馳せたり、陶酔のあまり自分の世界に浸ってみたり、意味が取れないからといって自己流に解釈して自分の哲学を振り回すのは、仕事上、絶対にタブーなのである。
しかし、通翻訳者といえども人間。時には神に祈りたくなることもある。
例えば、翻訳中、筆が進まなくなった時。
自分にとって初めての分野や形態の通訳の現場に行く前日。
このような場合、君子のプライドなど捨てて素直に神に祈ってみると、案外効果があるものだ。特に翻訳で詰まった時に有効である。まず、原稿とパソコンの画面にしがみつくのをやめ、おもむろに専門書や資料を広げてみる。この時、おいしいコーヒーがあれば尚よろしい。脳が悲鳴を挙げている場合は、アルファー波を与えるためにモーツァルトのアリアなどをかけてみるのも良いだろう。バッハのブランデンブルク協奏曲もお奨めだ。これで少し落ち着いたら、次にお風呂に入って「みそぎ」の儀式をやってみる。これまでの内容を反芻・整理しながらバスタブに浸かり、脳内に溜まった垢を洗い清め、余裕のない自己を反省しつつ、「翻訳の神様、どうか降りてきてください」と真摯に祈るのである。身が清められたところで、再びパソコンに向かう。すると、なんとまあ、思いも寄らぬ妙案・名文が浮かんでくるのである。ただ、ここまで念入りに「儀式」をしてしまうと、大抵夜中になっているのが問題だ。しかし、せっかく気合を入れて「翻訳の神様」をお呼びしたのだから、ここでやめてはもったいない。と、そのまま作業を続けると、だんだん窓の外が白んでくる。新聞屋さんが明け方に「ボコッ!」と新聞を入れる音がすると、先刻まで翻訳の神様と過ごしたオイフォリーから目覚め、何とも言えぬ寂寞感に襲われる。

以前、翻訳者の友達にこの話をしたら、
「翻訳の神様はわかる。でもその“儀式”って、ただの気分転換じゃないの?」
まあ、命名については人それぞれにしても、翻訳籠城中はアフターファイブのストレス発散はできないし、そもそも外に出かける心理的・時間的余裕もないので、好きな入浴剤を入れたバスタブに浸かるだけでも、ちょっと贅沢な気分を味わうことができるのだ。
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