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2007年 3月28日(水) the apple of my eye
自律しなくちゃ
来月から小学3年生になる息子が、日曜日からスキー合宿に出かけている。3泊4日も親元を離れるのは彼にとって初めてのこと。幸い、仲良しのお友達と一緒に行っているので心細さはあまり無いだろうが。
意外にもというか案の定というか、心細いのは親の方だったりする。
何と言っても生活時間にメリハリが無い。
朝、彼を学校に送り出すために人並みな時間に起きているが、その必要が無いとなると、だらだらと8時過ぎに起きたってかまわない。いや、たまたま今週の前半はずっと9時からPCの前に座ってなきゃならない仕事を入れていたから良かったようなものの、これがなければきっと10時起きなんてことになっていた。
いつもは5時まで学童クラブで過ごして帰ってくるので、息子が帰ってくる頃をめどに仕事をいったん切り上げるよう作業の時間配分をしている。それを気にせずどんどん仕事をしていると、捗りはするが切り上げどころが分からなくて、気づいたら外は真っ暗でお腹が空いてしまっているのに、流し台には朝食と昼食で使った食器がそのまま。
食事も作る気がしないし、食べる時間もいつだっていいとなると、全然気合が入らない。挙句の果てに、息子と一緒に行っている子のママと誘い合わせて、夕飯を駅前の居酒屋で済ませてしまった。パパたちの食事は完全に無視である。
散らかすやつがいないはずなのに、部屋の中も妙に散らかっている。読みかけの新聞、朝飲んだコーヒーのマグ、洗いあがった洗濯物、片付けてちゃんとした生活空間にしようと思うための動機が無いのだ。いや、ほんとはそんなことに大仰な動機など不要なはずなんだけど。
在宅で仕事をしていると、一日中家から出ないこともある。息子が出入りするとか、息子の空手のお稽古のお迎えに行くとか、そういう用事もないとなると、玄関から一歩も出ず、あ〜ミルクが足りないんだけどと思いつつ、それを買いに出かけることすら億劫に。パパとも完全にすれ違いで、仕事の電話以外で誰とも話さなかったりもする。
思えば、妊娠とほぼ同時に在宅の今の仕事を始めたので、子どもがいるのが当たり前の生活の中でずっと仕事時間をやりくりしてきた。子どもにかかる時間の制約がなくなれば、確かに実働時間は増えるのだけれど、しっかり自分を律して生活時間を組み立てないと、だらだらずるずるとPCの前に座ったきり、非常に不健康な生活になってしまうこと必至だ。数日ならまあ何とかなるが、長期的には全くよろしくない。
あら、そんなこと当たり前よと言われそうだが、今回気づいただけでもマルということにしたい。子どもの自立も大切だが、自分の自律も考えなくちゃ。


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2007年 3月27日(火) パンの笛
千里の道も一歩から
 夜明けの来ない夜はない。どんな仕事もやがて終わる日が来る。新しい仕事に着手するたびに念仏のように唱えているこの台詞。普段仕事をいただく際には、大体の分量と内容とを踏まえて、「これなら○日間でできそう」「これだったら、あの仕事の前にまずこちらを完成させて、次にあっちにじっくり時間をかけなくちゃ」などと、頭の中でジグソーパズルのようにシミュレーションをしてからお仕事をお請けしています。ですが、稀に想定していたよりも内容が複雑だったり、調査に時間がかかったりすることがあります(もちろんその逆で思ったよりずっと早く終わるときもありますが)。そうなると、頭の中は軽いパニック状態です。想定していたジグソーパズルのパーツが当てはまらないとなると、その仕事のみならず、その後に控えている別の仕事すべてにも影響が生じてしまいます。頭はフル回転になって、「どうやったらこれを想定した時間内に、きちんとしたクオリティで仕上げられるか」ということばかり考えてしまいます。でも、どんな仕事もそうだと思いますが、翻訳にも決して抜け道はないのは、本当は百も承知です。何かをすっ飛ばして早く仕上げて、満足行く品質に仕上がるなんていうことは絶対にありません。結局どんなに複雑でも、どんなに調査に時間がかかっても、一歩一歩、前進するしかないのです。時には苦しい苦しい一歩も、その一歩を積み重ねていけばやかて頂上が見えるのです。今宵も夜が更けてゆくなか、「よし、さっきより2ページ進んだ。あと10ページ!」と自分を鼓舞しています。でも、こうして苦しんで仕上げた仕事ほど、後になって思い入れが強かったりするものです。以前知人で、「会社で徹夜で仕事をして、皆で朝日を眺めると、青春を感じちゃいます」と言った人がいました。私は一人で仕事している分、青春は感じませんが、また新しいチャレンジに打ち勝ったという爽快感はひしひしと感じています。さぁ、今日もその言葉を胸に、一歩一歩、一語一語、筆(キー!?)を進めたいと思います!
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2007年 3月26日(月) かの
「3姉妹」で解釈力を開拓中?
 テンナイン・スタッフの名坂さんに薦められて以来、マンガ「うちの3姉妹」にはまっている。しかも一家で。当初は私と夫だけが単行本を楽しんでいたのだが、なぜか最近は5歳の息子も大ファンだ。
 絵柄も可愛く、楽しいエピソード満載なので息子にもウケたのだろうけれど、大人向けの本だし文章には漢字も沢山出てくる。でも息子は構わず読みふける。それにすごい集中力。いったん読み始めるとごはんであろうがおやつであろうが、呼ばれても完全に耳ふさぎ状態。返事は返ってこない。
 さらにびっくりしたのは、読みながら声を立ててヒーヒー笑っているところ。第3巻では末娘の「チーちゃん」が巨大なプーさん人形に埋もれている絵があるのだが、それがことのほかおかしかったらしく、息子は涙とヨダレ(そう、ヨダレまで!)を垂らしながら笑いこけていた。
 「・・・ねえ、そんなに面白い?だって漢字も沢山あるし、難しいんじゃない?」と私。
 「難しくないよ〜」と息子。
 どうやら絵とひらがなの部分だけ読んで理解しているらしいのだ。つまり、前後の文脈から推測しているということ。それだけでも十分楽しめるのだなあと「3姉妹」を寝床にまで持ち込む息子を見ながらしみじみ思った。
 でも考えてみれば、これぞまさに語学学習の基本!大人になると未知の単語に遭遇するたびについ律儀に辞書を引いてしまう。これでは意気込んで読み始めた英文も、途中で挫折というパターンになりかねない。でも本来大事なのはメッセージを汲み取ること。子どものように大雑把に読みつつ、何よりも心から楽しむのが語学上達の秘訣なのだろうなと改めて思った。
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2007年 3月23日(金) まめの木
ロックじゃダメ??
今、この瞬間に聴きたくなる音楽は、その時々の心理状態を映し出しているから面白い。ブラックサバスやレインボーなどのヘビィ・メタルを聴きたくなるときの自分を観察してみると、決まって気持ちが荒れているし、理屈っぽくなっているときには自然とキング・クリムゾンや70年代イエスなどのプログレを聴いている。
最近はヘンデルの「水上の音楽」と「王宮の花火の音楽」に凝っている。基本的に翻訳中はBGMをかけない派だが、翻訳中のBGMとしても全然邪魔にならないし、一日中賭けていてもまったく飽きない。聞いていると俄然やる気が湧いてくるのだ。家の者からは、「何故こんなくだらない音楽が良いのか、バッハの方がいいじゃないか」とブーイングが出ているが、私に言わせれば、くだらないから良いのである。小難しい聴きごたえのある音楽だと「聴く」という行為に集中力を持っていかれてしまうので、BGMとして成立しない。もともと王侯貴族の舟遊びや祝賀祭典のために作られた曲だけあってとても華やかだし、宗教音楽のように敬虔な気持ちにさせられて深い自己反省を促されることがないのがちょうど良い。「王宮の花火」なんて、打楽器のビートは効いてるわ、管楽器は派手なソロを披露しているわで、まさにロックののりである。その要素を挙げてみると:
「ワーオ!」とうならせる超絶技巧があること。
複雑な転調がないこと。
明確なコード進行(C⇒F⇒G⇒Cのような)。
マイナーコードでたるむ場面が少ないこと。
打楽器のインパクトが強力なこと。
通奏低音のビートが効いていること。
シンコペーション等の後のりリズムを多用していること。

もともとクラシック音楽は宗教音楽を起源としており、教会で捧げられる祈りの音楽から形式が発生した。その頃は同じ音を繰り返したり、低音を効かせたり、太鼓を打ち鳴らしたりすることは神に対する冒涜とされていたそうである。その常識を、バロックになってヴィヴァルディやスカルラッティ、バッハ、ヘンデルが打ち破った。ただただ天上的な美しさや祈りの気持ちを表現するだけではなく、聴く人をいかに楽しませるか、飽きさせないかが競われたのだ。それまでルネッサンスの漂うような音楽しか聞いたことがなかった人々にとっては、ものすごく斬新で、ある意味下品に映ったことであろう。音楽に対する彼らの挑戦的な精神はその後も受け継がれ、100年ほどしてモーツァルトやベートーベンが登場するわけだが、彼らの音楽だって当時は時代の先端を行っていて、今で言えば「あんなお下品な音楽を聞いていると頭が悪くなるわよ。」と言われる種類の音楽だったはずなのである。マーラーやプロコフィエフに至っては、音楽に哲学や思想が盛り込まれ、まさにプログレのサウンドに通じるものを感じる。
純粋に聴く人を楽しませるための音楽、これまで聴いたこともないビートやサウンドを満載した楽しい音楽“だったはず”のものが現代では「お芸術」になってしまって敷居が高くなっている。なんとも悲しいことではないか。
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2007年 3月22日(木) 仙人
新学期を前に
先日長らくかかっていた翻訳がひと段落、次の締め切りまで時間もあるので、軽い気持ちで、いいっすよぉと通訳を引き受けたのですが、その数日前に届いた資料を見ると非常に理科的な内容で、日本語のほうがまるで理解できないんです! しょうがない、やりますよ。いや、実に、本当にしょっちゅう、というか、常に経験することですから。先にきちんとした資料が届いただけでも感謝します。
まず英語で内容の理解をして、日本語の用語を頭にいれる。論理的に理解するには、母国語が日本語の私でも、英語のほうが楽だからです。資料は極秘だとかで、コピーや書き込みは不可だそうなので、日本語でもちんぷんかんぷんな語句、日本語ではなんとなくわかるけど対応する英語が理解できない語句あるいはその逆、単純に英語だけがすっと頭に浮かびづらい語句、に分けて単語帳を作り、abc順、あいうえお順それぞれにソートしておく。届いた資料の英語のものは日本語に、日本語のものは英語に詰まらずに訳せるようにする。
と準備をして臨んだ会議。さあ来い、と思っていたのに、いちばん困ったのはまたもや中国の地名と人名。理科的なことは、出席者が専門家であるため、彼らの理科的な論理で理解するのでさらっと進行するのですが、広い中国大陸のどの場所で誰が何を計画しているという話になるなんて、全然知らされていなかったので、しんどかったです。会議内容の産業の中心地はどこか、みたいなことを本当にささっと下調べをしておいたことが、結局いちばん役に立ったのでした。
最近中国が絡むビジネスがずいぶん増え、英語圏の人たちがアジア全体を「ひとつのマーケット」としてとらえることが多いように思います。政治的なことは抜きに、英語・日本語の通翻訳者としては、ハングルと同じように日本語も北京語発音での固有名詞表記にしてほしいとつくづく思うのですけれど、いやいや、ごくごく初歩的な中国語知識っていうのも通翻訳者の今後には必要なこととして、身につけておくべきなのかも。文芸もの翻訳でアメリカ西海岸が舞台だと、スペイン語の基礎知識があると楽なのと同じかもしれません。4月からNHKの中国語講座に挑戦しようかなあ。
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2007年 3月21日(水) the apple of my eye
がんばれ受験生
最近、新聞を変えた。
何かポリシーがあって変えたわけじゃなく、単に優柔不断というかセールスさんの口車に乗っただけというか景品につられたというか。新しい新聞の夕刊には時々、中学入試向けの問題が載っている。
私は附属小学校からの選抜試験という中途半端な入試だったので、塾にも行かず、あまり勉強しなかった。当時ですらそんなだから、今更中学入試向けの問題なんて解けるわけもない。あ、算数の話だ。国語はさすがに大丈夫。
それにしても、小学生にこんな難しい問題をやらせて何か意味があるのかと、負け惜しみ的に考えたりもする。
たまたまここ数週間、国公立大学の2次試験の長文読解問題を翻訳するという仕事をしている。受験対策本で使うらしい。
こちらは対照的にとても意味があると思う。
要は、大学に入って勉強するならこの程度の英文はさらさらっと読んでもらわなければ困る、という大学側のメッセージが提示されているのだろう。短いもので400ワード強、長いものになると800ワードくらいの、かなり噛み応えのあるエッセーや雑誌記事などが主流。
テーマは幸福論など哲学的なものから、クローン技術やピタゴラスの宇宙論の話、環境問題や生物・化学兵器問題といった時事的なものなど幅広く、読み物として面白い。翻訳しなくちゃいけないことを忘れて読みふけってしまうほどだ。
しかし、自分が受験生だった頃は「面白い」と感じた記憶などなく、英語は得意科目ではあったものの、学校でこんなに高度な内容を扱いはしないし、通信教育や問題集で取り組んでは「あ〜めんどくさいな〜」と思っていた。
英語が読めても、書かれた内容についての知識や理解や関心がないからそうなっていたわけだ。「余暇」についてバートランド・ラッセルやジュリエット・ショアがどう考えたかとか、18世紀の英国の化学者プリーストリーが自分の発見した酸素をどういうものだと勘違いしていただとか、キッチンの中での男女の力関係がどうだとか、高校生の実生活や興味の範囲とはややかけ離れた内容だからだ。
あの頃、こういった長文読解をさらさらと解こうと思ったら、英語だけ勉強してたってだめなのだと今なら言える。今はお蔭様でその頃から経過したン十年の年月の間にちびちびと蓄積した知識や見聞や経験、人生での必要性から広がる興味や理解の幅、仕事のために半ば強制的に読んだものの内容などで、こういった文章を読みこなすことができているが。
さらに思うのは、いつも同じ分野の翻訳ばかりしているのならかまわないが、そうではない、そうではいけない現状があるのだから、常に自分の知識や興味の対象を広げる努力を怠ってはならず、逆に仕事のためにその必要性に迫られて努力する機会を得ていることを感謝しよう、などと思うのである。
ちなみに長文読解の課題文の翻訳は、結構難しい。あまりに滑らかに、自然な日本語で意訳しすぎては、受験生諸君にとっては「原文のどこがどうなってそういう意味になるのか?」と、かえって不親切だからだ。ポイントとなる慣用句や構文が浮き出てくるような下手くそな訳文にしてあげないと。
今年の入試シーズンは終わったけど、これから受験生になる人、もう1回受験生をやる人、あと1年がんばって欲しい!

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2007年 3月20日(火) パンの笛
小さな幸せを励みに
 毎日、かなり単調な生活を送っています。朝起きて子供を送り出したらひたすら夕方まで自宅で仕事して、子供を迎えに行ったら、ご飯食べてお風呂入って子供を寝かせて、もう一仕事。そして就寝。基本的にはこの繰り返しです。正直、休日でもあまり大きく変わりません。もちろん、仕事そのものの内容によっては刺激を受けたり、新しい発見があったり、ときには締め切りに追われてしゃかりき…なんていうドラマがある日もありますが、客観的に見たらそんな日もほかの地味な日と大して変わりません。その反面、私自身は退屈が一番の苦痛というタイプ。こんな私でもこの生活が成り立っているのは、何よりも仕事の内容が日々変わって面白い、ということに加えて、ちょっとした小さな楽しみを見出しているから、ということが挙げられると思います。デスクの観葉植物が芽を出したとか、ちょっと一息ついたときにふと外から子供たちの元気な声が聞こえたとか、学生時代の懐かしい友人からメールが来たとか…。そして、ここ一年半ほどの楽しみになっているのがネイルアート。そもそもは以前の職場の上司がいつも爪を綺麗にしていて、真似て始めたネイルでしたが、いまではすっかり「私の爪」として定着した感があります。私はジェルネイルを利用しているので、お手入れもせいぜい月に一度ネイルサロンに行く程度。それだけの労力で、キーボードの上の手が華やかになるのは、嬉しい限りです。月に一度のリニューアルの翌日は、一人ムフフとほくそ笑みながら仕事をしています。今月のテーマは「春」。まるで桜の花びらが舞っているかのように仕上げてもらいました。そして、もう一つのムフフ。私はまだOLだった頃、思い立ってバレエを習い始めていたのですが、妊娠・出産を期にすっかり足が遠のいていました。ですが、このたび、やっと在宅生活も安定してきたので、バレエのレッスンを再開することにしたのです! 運動の一環として
も、ストレス解消としても、抜群です。今日がその再開第一回の日。当面はこのバレエも小さな励みの一つに加えて、本業の翻訳にますます精を出せるようにしたいと思います!!
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2007年 3月19日(月) かの
鏡返し!
 「ごはんのあとは?」
 「はみがきー!」
 「そうだね。じゃ、自分で歯磨き粉つけて磨くのよ。そのあとお母さんが仕上げ磨きするからね」
 さ、子どもたちが自分で磨いている間にお皿洗いだ。一分でも自分でシャカシャカしてくれれば、その間、少しは洗い物もはかどる。
 しかし数分たっても台所に来ない。隣の部屋をのぞくと・・・だーっ!!二人ともハブラシはくわえたまま。5歳の息子は読書中、3歳の娘はお人形さん遊びだ。あ、口から垂れるでしょ!くわえたまま走ったら危ないよ!!・・・かくして今朝も小言が始まるのである。
 それにしてもどうしてこうなるのだろう?最初のお返事の段階では本人たちもちゃんと歯磨きをしようと考えていたに違いない。しかし歯磨き粉をハブラシにつける→口に入れる、の時点で安心してしまうのだろうか?ましてやそのまま誘惑だらけの居間に入るや、本や玩具などに気をとられてしまい、今度はそちらに頭が切り替わっていくのかもしれない。
 一度言ったことをどう最後までやり遂げさせるかが子育てにおいては大きな課題だ。しかも相手は生まれてまだ数年。一度の指示だけでは脳への刷り込みはほぼ不可能なのだ。
 でも実はこれ、大人も変わらない。現に「御手洗冨士夫 キヤノン流現場主義」(坂爪一郎著、東洋経済新報社、2004年)の中で御手洗氏はこう述べている。
 「経営方針などはこちらがどんなに思い入れを持って話そうと、一度言っただけで全社に伝わることはまずありません。何度も繰り返し話すことで、ようやく聞き手の頭に入るようになります。」
 つまり大の大人相手でも「一回言った=理解してもらった」とはいかないのだ。重要な内容は根気強く言っていかねばならない。
 それにホラ、別のことに気をとられる点についてはわが身を振り返れば思い当たるはず。あることをグーグルで検索しようとしたのに、気がついたらいつの間にかネットサーフィンで数十分たっていたり。あるいは何かを取りに書斎に入ったのに、「最近片付けてないなあ」とついつい大規模な掃除を始めてしまったり。
 結局子どもも大人も変わらないのだろう。「一回言われたらちゃんとやりなさい」と子どもに諭すたびに、心の中では「鏡返し!」と自分にツッコミを入れる日々だ。
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2007年 3月16日(金) まめの木
詩人の夢をくれた先生
子供の頃、詩人になりたかった。今はすっかり現実的になってしまって、ポエジーとはまったく縁のない生活をしているけれど、美しい言葉のリズムに触れると心の奥がざわっとなる。子供ごころに何故、こんな浮世離れした夢を持ったかというと、小学校の国語の授業で作文が上手に書けなかったからである。何を書いたらいいかわからず、またどう始めたらよいのかもわからず、他の生徒たちがさらさらと鉛筆の音を走らせているのを横に、真っ白な原稿用紙を前に泣きそうになっていたところを、担任の先生が「今見えるもの、聞こえるもの、感じるものを並べて書いてごらん」と言ってくれたのだ。そうして書いたものをその先生は「詩」と呼んでくれた。残念ながらその作品(?)は手元にないが、おそらく詩などと呼べる代物ではなかったはずなのに、「う〜ん、いい詩だね〜。君は作文じゃなくて詩でいいよ。」と褒めてくれた。それをきっかけに、なんでもかんでも単語レベルで並べれば詩になると信じ込み、書いたものを片っ端から親や友達に朗読しては、「将来は詩人になるの」と得意がっていたものだ。谷川俊太郎や宮沢賢治を教えてくれたのも、その先生である。
小学校2年生の時に担任だったこの先生は、私だけではなく、クラスの一人一人の個性を大切にして、その子の持つ能力を伸ばすにはどのようなアプローチがあるか、真剣に考えてくれる先生だった。教科書にかじりついて勉強するのではなく、理論と実践をバランス良く組み合わせてくれたので、生徒側もやる気に満ちていた。理科の授業では森に出かけ、みつけた植物や虫をスケッチし、名前や生態を調べるのが宿題。国語の時間はよく作文を書かされたし、朗読発表も多く、またグループで話を創作して紙芝居を作ったりもした。もちろん、紙芝居を作るのは図画の時間。そんな先生のクラスには当然、いじめはなかったし、できる子、できない子の差が実際あったにしても、個人個人に自分の個性を発揮できる場が用意されていたので、例えば算数や体育が不得意だからといってクラスの中で肩身の狭い思いをすることもなかった。
3年生になってしばらくして、学校でその先生の姿を見ることがなくなった。他の学校に移動した、という話も伝わってこなかったので、元生徒は皆、「どこに行っちゃったんだろう?」と少し心配していた。あとから聞いた話では、当時、受験戦争の嵐はまだ小学校レベルまでは達していなかったものの、学力低下を危惧する父兄の声があったそうである。しかし、その先生のやり方で自分の学力が低下した、と感じる生徒は一人もいなかったはずだ。また、昨今話題になっていた本末転倒の「ゆとり教育」ではなく、生徒の個性に主眼を置いて「心の教育」をしてくれた先生だったのに…。
少なくとも、文章を書くことにコンプレックスを持っていた一人の少女を救ってくれたことだけは確かである。
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2007年 3月15日(木) 仙人
あの日のこと
12年前、私はマーケティングの仕事にバーンアウトし、いくらか「ゆるめ」の生活をしていました。中目黒から日比谷線で人形町のオフィスに通勤していて、始発駅なのでいつも一電車遅らせて座席を確保し、人形町の出口に近い先頭車両のいちばん後ろの席に座りました。カリフォルニアにもあったオフィスのその日のことを報告してもらうため、いつも7時50分台の電車に乗っていました。あの3月20日、なぜか、ま、今日は立ったままで行くか、とホームに到着していた56分発の電車に乗り込んでしまいました。3分待てば座れるのに、あの日だけは次のを待たなかったのです。ホームにはいつもどおり、たくさんの人たちが整列していました。7時59分発の電車に乗る人たちでした。
記憶がはっきりしないのですが、八丁堀駅だったと思います、大きなブザーというかベルが鳴り電車から降ろされ、せっかく早い電車に乗ったのに、なんだよー、と不満たらたら、早く出て、ってどこに出るのよ、と意味がわからないまま地上に出ると、当時の営団の制服を着た職員さんが大勢歩いているのが、春の陽射しにのどかな雰囲気で、電車が止まってるのに、気楽に散歩してるわけ? と少しばかりの憤りを覚えたのが印象に残っています。オフィスについてから下の道路を見ると、あっというまに黄色の毛布で歩道が埋めつくされ、たくさんの人たちが寝転んでいて、やっと何かがすごくおかしいことに気づきました。ラジオやTVをつけて、アメリカ人の同僚に何が起きているのかを説明しつつ、「サリン」の発音はLなのかRなのか悩みました。
中目黒発の日比谷線でサリンが置かれたのは、7時59分発の電車で、私がいつも座る席の下でした。どこかの駅で、いちばんたくさんの死者を出した電車ともすれ違っていました。地下鉄の入り口から様子をうかがっただけでも、ずっと後遺症に苦しむ方もおられるのに、私は奇跡的にまったくガスに接触しなかったらしく、何の障害もありませんでした。それでも、何ヶ月かは地下鉄に乗るのが苦しく、便利な都内で車に乗るのは地球環境にとってよくないと思いつつ、東京でも自分の車を運転するようになりました。郊外の線から電車が地下に入った瞬間、過呼吸気味になったことも何度もあります。そして、あのホームで待っていたあの人たちの多くが、きっと今も後遺症に苦しんでいるのだろうと、3月20日を前にするといつも思います。
また通翻訳に関係ないことで、ごめんなさい。
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2007年 3月14日(水) the apple of my eye
謝るべきか否か
同業者が集まるネット上の場所で、クライアントとのトラブルにどう対処すれば良いかという悩みが投稿されていた。その翻訳者さんはメールで仕事の打診をもらったが、納期日程が自分の旅行と重なってしまったのでその旨を伝える返信を打った。旅行を終えて帰宅してもその返信に対する応答が何も来ていなかったので、その話はもう終わったものと考えていた。するとしばらくして「あの仕事の納品が来ない、どうなってるんだ」という問い合わせがきた。クライアントによると、翻訳者さんの旅行中に、日程を修正した納期で依頼のメールを送ったという。そのメールは届いていなかったのだがクライアントさん側は翻訳者からOKともNOとも返信が来ていないのに、勝手にOKと思い込んでいたらしい。翻訳者さんは「自分に非はないのに謝るべきだろうか」と悩んでおられた。よくありそうで、難しい問題である。
他の同業者さんはみな、「謝る必要はない」と助言されていたし、後日、事情を説明した翻訳者さんのところにクライアントから「分かった」といった返事が来て、その後も仕事の依頼があったそうなので、今回はクライアント側の確認不足ということで一件落着したようだった。
それでも私は実は「謝るべき」と回答しそうになっていた。
なぜか。
1つは、私が社会人駆け出しの頃に某百貨店に勤めた経験があることから、いわゆる「お客様は神様です」精神が染み付いているせいだろう。クライアントがいくら無理難題を言ってこようが、そのクライアントと今後も仕事を続けたいと思うなら、謝るほうがいいのである。そんなところでどっちが正しいかなんて白黒つけたって満足するのは自分だけ。それも一時的な満足に過ぎない。間違いをあからさまに指摘されて良い気分になる人間はあまりいないだろうし、クライアントの担当者さんは相手を逆恨みするほどの困った人でなくても、ちょっと気まずいナなんて感じて、以後、その翻訳者に連絡を取らなくなるなんてことが起こらないとも限らない。そこまでされなくても、お互い何となくやりにくくなったりするかもしれない。ここは大人になって謝り、相手に花を持たせる。そのうち気づく人は気づくだろうから、それでいいのである。気づかない人はきっと明確に指摘されても気づかない。
もう1つの理由は、確かに上記の例で、翻訳者さんは旅行の日程を示してお断りは入れた。だが、それに対するクライアント側からの応答がないと分かった時点で、やはりもう一度確認すべきだった。「先日はお断りして申し訳ありませんでした」とか、「あの件は大丈夫だったのでしょうか」とか。たとえ依頼を断る返事をしても、普通はクライアントさんから「了解しました、では次回またよろしく」といった返信が来る。それが来ていないということは、要注意だ。所詮、メールでのやり取り。今回クライアントからのメールが届いていなかったのと同様、自分の断りのメールも届いていなかったかもしれない。メールでのコミュニケーションの場合はとくに何かの行き違いがあるかもと考えておくほうがいいのだ。
さらに、クライアントが翻訳会社で、その先にエンドユーザがいる場合、要はその仕事を取ってきてくれたのはクライアントの営業さんだ。これも私が外勤の営業をやったことがあるから思うことかもしれないが、1件の仕事をもらうためにどれだけ足を運んだり電話したり苦労するかを翻訳者も意識しておいて損はない。自分も翻訳会社に営業をしたかもしれないが、それなら尚更そのことを考えよう。決して、自分のところに仕事の依頼が来るのは自分の実力だ、翻訳者として力があるからだなんて思わないほうがいい。卑屈になる必要はないけれど、感謝していたほうが自分にとっても気分が良い。もしかしたら営業さんが100回も足を運んでやっともらった最初の仕事だったかもしれないのだ。自分にとってはたくさん来る依頼の1つであったとしても。
どんな人でもミスはある。お互いにそう思って仕事をしていればそもそも間違いは起こりにくいが、せめて自分だけでもそう思いながら仕事をしたほうがスムーズにことが運びやすいのではないだろうか。
ただし、こういう考え方は実に日本的なので、海外のクライアントには余り通用しないかもしれない。下手に謝ったらこっちが責任を認めたことになって逆に大事になる可能性もあるかもしれない、と申し上げておこう。ちなみに上記の悩みのクライアントも海外の会社だったそうだ。だから私も「謝るべき」とは書き込まなかったし、謝らなくても事態は解決したのかもしれない。
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2007年 3月13日(火) パンの笛
抜けた歯の行方
 ここのところ立て続けに2本、息子の歯が抜けました。そして抜けた歯は、息子が寝る前に枕の下に入れて、フェアリーがやってきて100円玉と交換してくれました。…実はコレ、私の入れ知恵でした。私はちょうど歯が抜ける年代にイギリスに住んでいたため、「抜けた歯は枕の下に入れておくとフェアリーがやってきて、お金と換えてくれる」という彼の地の習慣に基づいて、すべてお金(たしか2ペンスだった気がします)と換えてもらったのです。いざ息子が歯がぐらぐらになってみたら、私はこの習慣しか思いつかず、何の疑いもなく息子に「歯が抜けたらフェアリーがお金と取り替えてくれるよ」と言ってしまったのです。最近お小遣い制になってお金の価値がわかり出した息子は、大喜び。でも、その話を横で聞いていた主人は、「歯は抜けたら屋根の上か縁の下に投げるんだよ」と言うのです。そうでした。そういえば日本の習慣はそんなだった気もしてきました。でも、時既に遅し。もうかなり前から息子は「歯=フェアリー=お金」という図式がインプットされてしまっていて、いまさらやっぱりお金はもらえない、というのは受け入れがたかったようなのです。そんなわけで、この超ドメスティックな我が家において抜けた歯の習慣だけは、イギリス式です。学校に行ってその話をしたところ、息子の友人は皆一様にひどく羨ましがったようです。そりゃそうですよね。ごめん、息子よ。ちゃんと日本の習慣を調べて教えてあげるべきでした。とはいえ、2本だけフェアリーがやってきて、あとは投げる、というわけにもいかないので、今後歯が抜けても我が家ではこの方法で行こうと思います。ちなみにちょっと興味があって調べたところ、世界中には日本と同じように縁の下や屋根の上に歯を投げる国や、イギリスのように妖精やねずみやウサギなどがプレゼントと交換してくれる国、別の動物に食べさせる国、将来の夢を託してその場所に歯を埋める国、金メッキをしてペンダントなどにする国など、実に様々な習慣があることを知りました。今回は下の歯2本だったから、上の歯だったら違うやり方にしてみてもちょっと面白いかも、などと考えるいい加減母の私でした。それじゃあ息子が成長して大人になった頃に怒られちゃうかしら…?
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2007年 3月12日(月) かの
側溝から消えゆくもの
 年度末の3月、道路工事の時期。我が家近くの狭い道では側溝がふさがれた。これで台風時に雨水があふれることもなくなる。車も余裕を持って通れるようになるはずだ。便利になる一方、ふと数年前のことを思い出した。
 うちから一番近い公園に続くこの道は、車一台がやっと通れる幅。その頃は側溝がむき出しで、端を歩いていても車が来ればヒヤヒヤだった。息子が2歳の頃、私は右手で彼の手を引き、左手で娘のベビーカーを押してよく公園までその道を一緒に歩いた。
 おしゃべりが上手になり始めた息子は、道路脇に続くくぼみを見てこれは何かと尋ねる。私は「側溝って言うんだよ。今は乾いているけれど、雨水や汚いお水が流れていくの」と答えた。
 「そのお水はどこにいくの?」
 「地下を通ってマンホールの下に集まるよ」
 「そのあとはどこいくの?」
 ・・・うーん、実は私もよく知らない。
 「浄水場に行って、川に流れるの・・・かなあ」
 「それから?」
 「たぶん海。」
 この道を歩くたびにこんな会話が繰り返されたのである。当時の息子は「なんで?どうして?」を連発する時期。ここの水がなぜ遠い海にたどり着くのだろうときっと不思議に思ったに違いない。
 そんな親子の会話のきっかけとなったこの側溝も、もう見ることはできない。通りやすくなった反面、子どもの想像力を刺激するものがまた一つ消えていくのかな、と少しさみしくも思った。
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2007年 3月 9日(金) まめの木
自分への手紙(2)
「フリーランスになって自立して食べていけるのか?」という不安を抱えながら通訳の勉強をしている人は、案外多いのではないだろうか。現在、担当しているクラスでも、こういった相談を受けることがある。私が通訳学校に通っていたときも、将来への不安を抱いている仲間もいて、クラスが終わった後に食事やお茶をすると、いつもこの種の話題でいっぱいだった。どうゆうわけか、私自身、この点についてはあまり深刻に考えなかった。不安がまったくなかった、と言えば嘘になるが、「なんとかなるさ」、「頑張っていればいいことあるさ」、「本当にだめになるまで、とりあえずやってみよう」という前向きかつ楽天的な(ある意味で呑気な?!)気質も、フリーランス通訳者のスキルの一つなのか??今回の手紙は、そんな悩みを抱えながら通訳者を目指しているあなたへ、また自分自身にもう一度喝を入れる気持ちも込めて…

クラスのメンバーから学べることは沢山ありますが、ネガティブな話題は極力避けたいです。食べなければならないというのは、決して低い目標ではないと思います。でも、ドイツ語ができるのに生活ができない、仕事がない、と嘆いている人達は、本当に全力かけて仕事を見つける努力をしたのだろうか?ドイツ語を使って何をしたいんだろう?社会の状況をリサーチしているのかな?と疑問に思ってしまいます。
自分の実力が評価されないのを、社会が悪い、世の中が認めてくれないからだ!という人達は大嫌いです。そのようなことを言う人達は、認めてもらえない原因が自分にあるのが分からないのです。私はそういう人達を見るたびに、「彼らは、私とは関係ないフィールドで生きている人達である」と即、切り離してしまいます。
会社に就職したって、フリーランスでやっていくにしたって、それぞれ厳しさや特有の問題があると思うのです。大事なのは、やっぱり、自分は今何をしたくて、将来はどうゆう自分になりたいか、ということを明確にすることだと思うのです。以前師事していた通訳の師匠もおっしゃっていました。ドイツ語のレベルアップも大事だけれど、それよりも明確な目標設定をして、それにむかって行動を起こすことが一番大切、と。お陰さまで今のところ暇な日はないし、決して常にやりたい仕事ばかりしているわけではないけれど、現段階ではやる仕事すべてが勉強になっているので、将来のための貯金と思い、前向きに考えています。
周囲からの不愉快なノイズに悩まされるのは、多分、私たちの方に集中力不足や実力不足など、何らかの原因があるのでしょうね。克服する課題と思って、これから精進しようと思います。自分で自分を救わなければ、誰も救ってくれないし、誰も救うことは出来ない、というのはまったく同感です。だからこそ、頑張ろう!上を目指して、こんな私でもできるんだよ!という姿を見せることが、すなわち、周りにも良い影響を与えることにつながると、常々思っています。「摩擦があるからこそ熱が生まれる、空気の抵抗があるからこそ、鳥は大空を飛べるんだ!」と良い方に解釈して、私たちはポジティブに頑張りましょう!
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2007年 3月 8日(木) 仙人
春の日
私の自慢のひとつは、日本でもっとも早く花粉症にかかった人間のひとりだということです。もう40数年前、アレルギーということ自体珍しかった頃発症し、あちこちの医院を訪ね歩いたあと、お父さんの耳鼻科を継ぐために大学病院を辞めたばかりの若い先生が、ひょっとして文献で読んだあれかも……と原因を究明してくれたのでした。1960年代に花粉症だったって人、まだ会ったことないですからね。
体が丈夫なわりに/せいか、ありとあらゆるものに比較的軽度のアレルギーがあり、食べ物でも大豆や、バラ科の果物を食べると、口をめくって掻きたいような状態になります。桃を食べると口の周りが赤くなったりして、それでも食べるんですけど、キウイはごく少量でもだめなので、ケーキの飾りに入っていてもよけます。外国に行っても、いわゆるHay feverの時期は顔が腫れあがり、ニューヨークでなんだか黄色いふわっとしたものが街にあふれてるなあ、と思ったとたん咳が止まらず、肋骨にひびが入るほど咳き込み続けたこともあります。私は、すぐ抗ヒスタミン剤に頼ることにしていて、世界各国のオーバーザカウンターものの抗ヒスタミン剤が家にあります。外国のは強力でふらふらになるけど、一発で効くので好きです。
ところが、です。この花粉症、発症後30年を経過した頃から、症状が急激に緩和し始めたのです。で、今年はほとんど無症状。朝起きて、一、二度軽くくしゃみが出る程度で、日中はまったく平気です。去年もまるで無症状だったのですが、去年は花粉自体が少なかったから、と思っていたのに、今年も。花粉症の皆さん、希望が出てきましたよ。30年すれば症状は軽減していきます。20代でがんばって通訳していた頃、ブースの中でティッシュを鼻に詰めていたのですが、現在そんな毎日を送っているあなたも、いずれは春先、戸外での通訳も悩まずにすむ日がきっとやってくるはずです。えっと、そんな頃には集中力を持続させて通訳し続けることが、辛くなっていたりするんですけど。
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2007年 3月 7日(水) the apple of my eye
視点の置き方
毎日の生活の中で、私たちの頭の中には能動的または受動的にいろいろな情報が入ってくる。その取捨選択や受け止め方が難しいなと思うことがちょくちょくある。
たとえば最近ニュースで話題になっている、金属製品盗難事件。「アルミや銅やステンレスの製品が盗まれている」「お寺の屋根や通信ケーブルや公園の滑り台まで盗まれた」という。これらの情報は多分事実だろう。だがこれに関連して、とある民法キー局で「中国では空前の建設ラッシュで、金属の価格が高騰しているらしい」という「情報」を、これって中国かなぁと思われる映像と一緒に流していた。このニュースの後、たまたま会って話した人が何人か、「あれって中国人が盗んでるんでしょ?」と言うのを聞いた。番組ではまだ「中国人の窃盗団が捕まった」とか、「盗まれた製品が中国で発見された」とは報道していなかった。でも、前述のような情報の扱い方をすれば、受け手は2つの情報の関連付けを行って、「盗まれた金属は中国に運ばれている、だから中国人が盗ったのだ」と思ってしまう。
怖い、と思う。
翻訳の仕事の中でも、情報の扱い方は注意が必要だ。
最近扱った仕事の中で、ライナス・ポーリングという人名が登場した。その仕事は同じマテリアルを複数の人が翻訳したものを採点・評価するという仕事だったのだが、ほとんどの人がライナス・ポーリングを「ノーベル化学賞を受賞した科学者」と説明する一方で、「ビタミンCの効用を説いて広めた人」と書いた人もいた。どちらも嘘ではない、事実なのだが、ある物事に関する情報を捉える角度が異なると、発信される情報がどれだけ変わってしまうかということの良い例だなと思う。そのマテリアルはマネジメントに関するビジネス書だったので、前述のどちらの説明がふさわしいか、という判断の問題もある。また、もう少し詳しく調べれば、ライナス・ポーリングは化学賞の後にノーベル平和賞も受賞していることが分かる。まったく異なる分野の2つのノーベル賞を受賞したという重大な情報が抜け落ちているというのも問題だ。
翻訳は、与えられた原文に書いてあることのみを忠実に訳すだけという仕事ではない。いや、アウトプットとしてはそれでいいのだが、その前段階のインプットとして、書かれてあることを理解するための知識や、書かれていないことを補足するための情報、訳文の文体や訳語を選ぶために、どういった類の人が読者として想定されているのかという情報も必要になる。
その情報の取捨選択や、自分の中への取り込み方を間違わないよう、自分の視点は偏っていないかという自問自答を繰り返す姿勢も、翻訳者として必要だと思っている。
なんだか今日は、まじめな話になったナ。


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2007年 3月 6日(火) パンの笛
今に限ってなぜそんなことが気になるというのか
 土曜の夜に39度6分の熱を出しました。すわ一大事! 息子のインフルエンザをもらったか…?と思って検査してみたところ、インフルエンザは陰性。扁桃腺炎でしょう、との診断でした。扁桃腺炎を患ったことはなかったので、私自身はそれはそれでショックでしたが、まぁ、夫にもうつす可能性のあるインフルエンザよりは良かったとするべきでしょう。とは言え、具合が悪いのは事実。それだというのに、金曜の夜に見た目70ページ近いプレゼンの翻訳を引き受けたばかり。本当なら、土曜の夜は半徹夜で仕上げるつもりだったのです。あーあ、あてが外れました。とにかく、土曜の夜はおとなしく寝ました。
 そして目覚めた日曜の朝。もう、すっきり、くっきり、昨日の熱はどこへやら、すっかり元気になっていました。我ながらこの治癒力の高さに感心するばかりです。で、当然待ち受けるお仕事…。夫に息子の相手と家事の一切を頼み、一日、しゃかりきになって翻訳しました。昨日できなかった分も取り返さなくてはいけないわけですから、かなり必死でした。あぁ、だというのに…。そんなときに限って、気になっちゃうんです。普段は目に付かないほこりとか。普段存在にも気づかなかった片付いてない場所とか。昨日私が寝ている間に我が家の男性陣が作り上げたごちゃごちゃの山とか。(もちろん私自身がごちゃごちゃの山を作らないわけではありませんが、私なりの秩序があるので、それは良しとしているわけです。人が作った山に秩序を見出すのは難しいので気になるのです。手前味噌な理論でごめんなさい。)そして、性質の悪いことに、結構仕事が順調に進んだのです。いえ、それ自体は喜ばしいことですが、それはつまり、ちょっとだけ、ほんの少しだけ余裕があった、ということ。そうなると、もう、さっきの気になったところがどうにかしたくてしたくてむずむずしてきます。これが、もう泣きそうなくらい寸分も余裕がないとなると、周囲に目を配るどころではありませんので何も気になることはないのですが、この、「ほんの少しだけ」余裕がある、というところがクセモノなのです。加えて、私の最も顕著な性格―それは、思いついたことが思い描いた通りに進まないと、殺気立つほどになって自分の思い通りにねじ曲げようとしてしまうというもの―がむくむくと頭をもたげてしまうのです。そして、結局やりました。すべてはさすがに無理なので、ほこりを一掃し、例の山をほんの少しだけ、私なりの秩序のある状態へ持っていきました。これでやっとどうにか一安心。でも、まだ仕事は終わっていません。結局最後に追い込まれることになりました。あぁ、なんであんな瞬間に限ってあんなことが気になっちゃうんだか…。逃避なのか、集中力が高まる分感度が研ぎ澄まされるのか(前向きに捉えすぎ?)…。最終的には仕事も納期までに完成したので良かったようなものの、それが命取りになる日がいつか来るのではないかと我ながらびくびくしてしまいます。こういうこと、皆さんも結構ありますか?
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2007年 3月 5日(月) かの
たたみ半畳分のきっかけ
 5歳の息子は目下、工作に夢中だ。新幹線、はたらく車、恐竜を経てたどり着いたここ最近のマイブームである。空き箱などはずっとためてあるので、本人なりに工夫して色々なものを作っている。
 きっかけはひょんなことだった。以前からスーパーの入り口にある「ガチャガチャ」(お金を入れるとカプセル入り玩具が出てくる機械)を息子はやりたがっていた。ある土曜日、スーパーへ一緒に出かけようとしていた矢先のこと。何度もお約束を破ってなかなか反省しなかったので、とうとう私が「言われたことを守れるまでガチャガチャ禁止令」を発動したのだ。もっとも母親のホンネとしては「こういうタイプの玩具はすぐ壊れるのがオチ。これ以上おもちゃが増えるのもなあ」である。
 楽しみにしていたガチャガチャが入手できないと知った息子は泣いて抗議した。お約束を破ったことなど棚に上げて、どれだけガチャガチャをやりたかったか訴えた。そこで私は言ったのだ。「自分で作ってみたら?」と。
 その足で図書館へ連れて行き、工作に関する本を借りてきた。5歳でも読めるふりがなつき。幸い、押入れケースには空き箱からプチプチシート、トイレットペーパーの芯や布切れなどが入っている。こんなこともあろうかとためておいたのだ。
 しばらくすると息子は牛乳パックとペットボトルのふたで見事なゴミ収集車を完成させた。「おかあさん、見て見て!できたよ!」と嬉しそうな顔。たかがガチャガチャを厳しく禁ずることもなかったかなと内心私はモヤモヤしていたのだが、自分で工夫して作り上げるという工程を体感できた息子が、また一歩成長したようにも見えた。
 空き箱の入っている押入れケースは畳わずか半畳分の空間を占めているに過ぎない。しかし、要はきっかけをどう作ってあげるかなのだろうなと思った。現在私は通訳学校でも教えているが、講師の私が受講生にできることは、通訳という仕事にいかに興味を持ってもらえるか、そのきっかけ作りだと思う。勉強するのは最終的に自分自身だからだ。
 とは言え、上に立つ者ほど効果的なきっかけ作りを考える必要があると思う。たとえそれがたたみ半畳分ほどわずかなものであっても。
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2007年 3月 2日(金) まめの木
自分への手紙(1)
フランスに音楽留学していた友人がドイツに遊びにきた時に言っていたことを思い出した。中学卒業後、単身フランスに渡った頑張り屋さんの彼女に、バイオリンの師匠がいつも言っていたそうである。
「歩いてエッフェル塔を登るときは、たまには下を見ないとね。上ばかり見ていると果てしない感じがして気持ちが萎えるから、自分がどれ程高い位置まで上がってきたか確認するのも、時には必要だよ。」
以前書いた手紙などを発見すると、たった数年前のことなのに、良い意味でも悪い意味でも現在の自分との意識レベルの差に驚くと同時に、微々たるものだが少しは前進したことを確認できるので面白い。特に、何かに熱く打ち込んでいた時期の内容は、今の自分にとっても大きな励ましになることがある。まるで、未来への自分に宛てた手紙のようだ。今回と次回はお恥ずかしながら、そんな手紙の一部を皆さまにご紹介いたします。

先生の話は本当にいつ聞いても“雲の上”と言う感じですよね。落ち込んでしまう気持ち、とてもよく分かります。先生から見たら今の私なんか、はっきり言って『雑魚同然』で近くのドブ川しか泳いだことないようなレベルのはずなのに、まるで「マグロが太平洋を泳ぐ時はね…」のように話してくださるので、自分がなさけなくなるのですが、同時にハイレベルな話を当然のごとく自然にしてくださるのはありがたいと思っています。私、いつも思うんです。きっとエヴェレストに最初の人間が登頂する前は、絶対に登れない、人間には登れるわけがない、というのが世の常識で、普通の人は「ああそうか、登れない山なんだ」と“できないこと”として受け入れますよね。でも、いざ、登っちゃった人がいるのを目の前にすると、「登れる人がいるんだ!それもスーパーマンとか宇宙人じゃなくて、私と同じ肉体をもった人間が!」と、勇気づけられるというか、少なくとも同じ人間として生まれているのだから、頑張れば自分にもできる“可能性”があると、思ってしまうのです。本当におこがましいというか、身の程知らずかもしれませんが、通訳に関しても同じで、泣きたくなるほどなさけなくなった時には、今をときめくあの人だってABCから初めて今があるはず!大事なことはあきらめないこと!今あっての未来!と勝手に自分を鼓舞しています。それに、私達は幸いなことに、自分の将来が国に決められてしまったり、発言が原因で牢獄に入れられたり、これをやってはいけないと誰かに制約されるような環境には生まれていないので、努力次第で自分の望む姿を手に入れられると信じています。留学時代に他の国の、特にあまり裕福ではない国からの留学生にあって私に欠けていたものは、「絶対になる!」と自分を信じる力だったような気がします。「なりたいな〜なれたらいいな〜〜〜」位じゃあ全然だめで、自分を信じる力がある人ほど、努力もできたような気がします。

通訳学校に通っていた当時に一緒に頑張っていた友達に書いたメールだが、彼女は自分に厳しすぎるあまり、落ち込むことも多々あったようだ。勢いだけ立派で幼稚な内容には思わず笑ってしまう点もあるけれど、ものすごいパワーで突っ走っていた時期を懐かしく思った。
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2007年 3月 1日(木) 仙人
次の機会に。
ジェニファー・ハドソンだろうなと思いながらも、菊池凛子さんのオスカーを期待していたのですが、残念でした。でも、きりりと強い眼差しでインタビューを受ける彼女に好感を持ってしまいました。
前に、日本女性は英語でのスピーチ/インタビューで、緊張すると、うふふ、というgiggleをして、それががどうも非日本人には不評という話を書いたことがあります。今までの彼女はまさにそうで、日本語でのきっぱりした感じが、英語環境になると、媚びるような声のトーンになっていて、ゴルデングローブのときのスピーチでのgiggleがひどかったので、少し心配していたのです。
ところが、アカデミー賞の赤じゅうたんインタビューでは、giggleがほとんど見られなくなっていて、なんだかほっとしました。私たちの年代の通翻訳者にとっては、あこがれの先輩・おねえさん、という感じの奈良橋陽子さんがついておられたので、きちんとアドバイスされたのでしょうね。堂々としていて、とてもすてきでした。内容も、英語環境にもネガティブに聞こえず、日本語環境にもずうずうしく聞こえないように、上手な言い回しでした。
英語で話をする環境にいる場合には、言葉だけでなく、内容や構成(話の順序)、声のトーン、posture、立ち居振る舞いというものも、その場に合わせたものにする必要があると思います。もちろん逆も同じで、日本語で話をする環境では、日本の文化的マナーを考えるべきでしょう。通訳のときは、英語で話すときは英語マナーに、日本語で話すときは日本語マナーにしている(つもりな)のですが、基本は自分が仕事を依頼された側のマナーに軸足を置くように努力します。
とはいえ、緊張すると自分では気がつかずに、日本人的giggleをしてしまいがち。短期間で見事に修正された菊池さんは、女優さんなので、そういうモードにぴたっと合わせるのがお上手なのでしょうね。見習わないとなあ、と思ってしまいました。
菊池さんは受賞スピーチもちゃんと英語で用意されていたそうで、終わってから奈良橋さんが、いつか賞をとったときに、そのスピーチを使いなさいね、とおっしゃったとか。必ずそのスピーチを使える日がきますように。
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2007年 2月28日(水) the apple of my eye
『不動心』
2日続きで野球の話で申し訳ないが……。
ヤンキースの松井が書いた本が売れているという。発売5日で10万部という売れ行きは、あの『バカの壁』や『国家の品格』さえ上回る勢いらしい。厚さ1センチほどの薄い新書だけど平積み状態にして10万部重ねると、東京タワー3本分だとか(333メートルだから、計算合ってるよね)。売れているという本にすぐ飛びつく方ではない私も(でも、上記2作はやっぱり買った)、さっそく家人に買ってきてもらった。いや、自分で買いに行かなかったのは何も「話題の本を買うのはチョットかっこ悪い」なんて思ったからではない、単に出かける用事がなかったからだ。ゴニョゴニョ……
で、肝心の本の内容? 素晴らしい!
松井に関して普段からメディアで伝えられるようなことが、彼の語りとして書かれているだけで、「バカの壁」とか「品格」のような、キャッチーなフレーズや目新しい概念が語られているわけではないのだが、やはり誰でもないあの松井が語るから頷ける、彼の野球や人生に対する思いがどんどん伝わってくるので、なんかこう、しょっぱなから涙ジワ……なのだ。
冒頭で彼はこう書いている。昨年の骨折のことをたくさんの人から「大変でしたね」と声をかけられる。もちろん大変だったし手首の状態も完ぺきではない。将来の不安もある。でも、
「その苦しみや辛さこそが、生きている証ではないでしょうか。僕は、生きる力とは、成功を続ける力ではなく、失敗や困難を乗り越える力だと考えます。」
これはさほど画期的な考え方じゃないが、功成り名を遂げ既に引退した人物ではなく、まだまだ発展途上の若干32歳の現役選手が堂々と書くのはすごいと思うのだ。こう書いちゃったら、この先も失敗や困難を絶対に乗り越えなくちゃならないんだから、松井は。しかも松井の場合、「乗り越える」=「成績として結果を出す」ということなのだから。
実は私は松井に会ったことがある。彼の入団初年度の都内某所でのパーティでだったが、田舎から出てきた少年が無理やりトレンディなスーツを着ようとして失敗している典型のような姿だった。
それが今はどうだ。顔かたちが変わったわけではないが、風格のある面立ちになり、ユニフォームもスーツも、CMで観るカジュアルなスタイルも和服もどれも似合っている。やはり人間、年齢を重ねると内面が外見にもにじみ出るなぁ……という典型だと思うのだ。
高校時代から大物視され、長島さんが監督復帰する年に鳴り物入りであの巨人軍にドラフト1位入団し、好成績をあげて当然と見られ続ける中で好成績をあげ続け、大リーグに移り、昨年のあの骨折の日まで連続出場記録1768試合という記録は、並み大抵の努力とか才能とか運で実現できることではないけど、どんな時も松井は淡々としている。
なんでいつもあんなに淡々と揺るぎない様子でいられるんだ、と思っていた。
こちとら1回1回の翻訳の仕事のたびにあたふたし、納期とにらめっこしてキリキリしたり、そんな中でパソコンが不調になって叫び声を上げちまったり、いかんとは思いつつコーヒーをがぶ飲みして胃を痛くしたり、「不動心」とはまるで縁のない状態。松井の本を読んだら、僅かでも彼のような不動心を身につけられるだろうか。
たとえば松井が本の中で繰り返し言うこと。
努力すること、今できることは何かを考えること、コントロールできないことをしようとは思わないこと、感謝すること。
これなら誰にでもできそうじゃないか。この私にでも。
翻訳だって地道な努力の積み重ねでしかない。現時点ですべての言葉を知っているわけでもないのに、新しい用語は次々に生まれてくるし、少しでも質の良い翻訳をしようと思えば努力するしかない。パソコンがクラッシュしたら、その時何ができるかを考えるしかない。努力した結果、クライアントが何と言うかまでは自分でコントロールはできない。まず、今日この仕事を下さったクライアントやエンドユーザーさんや、家の中が散らかってても土日も仕事を入れてしまっていても文句を言わない家族に感謝しよう。
まあ、こういった姿勢を常に保ち続けることができるか、すぐに忘れちゃってまた煩悩の世界でじたばたするかが天才と凡人の分かれ目なのだろうが、時々は思い出してみたい。
そんなことを考えていたら、結構すぐに読み終えてしまったが、その読後の清々しさよ。
松井の心がけをすぐに体得できるかどうかは分からないけど、この清々しさだけでも読む価値ありだったなぁ。
ありがとう、松井。今シーズンも頑張って。それから早くステキな女性と巡り会って幸せになってください。大きなお世話だな。
そしてまだ読んでいない皆さん、お勧めです。

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2007年 2月27日(火) パンの笛
インフルエンザの足音が聞こえる
 ひたひたと…もうすぐそこまで、具体的には隣の部屋まで迫っています…恐怖のインフルエンザ。普段、滅多に具合が悪くなることのない息子が久しぶりに嘔吐したと思ったら、あれよあれよという間に熱が高くなって、見事インフルエンザと診断されました。しかもお医者様は、熱が下がって丸一日経ってからもう一度診察を受けて、大丈夫となって初めて登校許可証が発行されるので、それをもらうまでは息子は学校に登校してはいけないとのたまわれたのです。その話を近所の友人にしたところ、実は地元ではインフルエンザが大流行していて、友人の息子さんのクラスはあと一人が休んだら学級閉鎖なのだと言うのです。
 こんな深刻な話をしていたというのに、すみません。私は親失格です。私が考えていたのは、ここ一週間、仕事のスケジュールはどうなっていたかしら、ということ。明日納品の分はどうにかなりそうで、もう一つ明後日朝一番で納品の分も分量はそんなにないからきっと大丈夫、そして次は3週間弱後。よし、大丈夫! …そうなって初めて、息子の容態に冷静な目を向けられるようになったのでした。一応、息子にそんな素振りは見せなかったつもりですが…。いや、すごく言い訳がましくなりますが、もっと正確に言うと、仕事の心配と息子の体に対する心配はパラレルでした。仕事のスケジュールが走馬灯のように頭の中を駆け巡っている間、目は息子の姿を捉えて、今の様子を観察して分析していました。多分。でも、息子が小さい頃は、具合が悪いとすっかりぐずってしまって、文字通り張りつきで相手をしないとどうにもならなかったのに、さすがに小学生ともなると成長して、好きなビデオを見ながら、おとなしくごろごろしていることもできるようになりました。おかげで、私の仕事は息子のインフルエンザなんてまるで関係なかったかのように順調。本当に良かったです。もう一件だけ、今晩中に仕上げて明日の朝までに納品の分さえ終われば、もう少し心に余裕を持って息子の容態に向かい合えるかもしれません。その頃には私はインフルエンザにかかっていたりして…。そんなことのないよう、祈りたいと思います。このブログを読んでいる皆さんも、くれぐれもインフルエンザにはお気をつけください!!!
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2007年 2月26日(月) かの
美をとるか、環境をとるか
 商談通訳という職業柄、毎回様々な会社に出向いて業務を行なっている。そこで必ず利用するのが「お手洗い」。単に身だしなみを整えるためだけの空間と思うなかれ。俗に言うこの「トイレ」、実は多くを物語る会社の「顔」でもあるのだ。
 以前読んだ記事で某企業の社長が「トイレを見るとその会社のすべてがわかる」と述べていた。私個人としては化粧室だけを覗いて企業の内部まで100%うかがい知ることはできない。とは言え、色々な共通点はあるように思う。
 まず、備え付けのペーパータオルがなく、各自のハンカチで手を拭かなければならないトイレを見てみよう。このような場合、たいていは水周りも濡れたまま。鏡に水滴が飛び散っていることもある。トイレットペーパーがロールごと洗面台の隅に置いてあり、それで手をぬぐう人が多いのか、ペーパーのかすなども落ちている。ゴミ箱はそんなペーパーでいっぱい。どんなに定期的に清掃係がきれいにしていても、やはりすぐ元の状態になる傾向があるようだ。
 一方、ペーパータオルが備え付けられている場合はどうか?紙の使用量は確かに多い。2枚も使って手を拭く人もいるし、化粧直しにペーパーをバンバン使う人もいる。しかしなぜか最後に水周りもきれいに拭いて出てくる人が少なくないのだ。つまりペーパータオルがある所のほうが細かいゴミも散らばっておらず、清潔感がある。こういうトイレは外部の人間からみると気持ちよく、「あ、きちんとしている会社だな」とのイメージを抱かせる。
 こうなると、きれいさという美をとってペーパーを大量消費するか、それとも環境を優先して何となく「ぐっちゃ〜」としたままにしておくか。会社にとっては迷うところだろう。しかし、人間外見ではないけれども、何も知らない人にとっては視界に入ったことしか判断のしようがない。その傍ら、企業にとってはイメージも大事になる。美と環境のバランスをどうとるか。これは今後の課題と言えそうだ。
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2007年 2月23日(金) まめの木
英語はいいなぁ…
ドイツ語の通訳をしていて、唯一、英語の通訳さんがうらやましい!!と思うことは、ドイツ語ではロックミュージシャンの通訳する機会がまったくない、と言っても過言ではないことである。
もっとも、英語の通訳者になったからといって、必ずロックグループの通訳ができるとは限らないが、少なくともドイツ語よりはチャンスはある。なぜならば、ロックンローラーたるもの、世界のマーケットを狙うのであれば英語ができないと“かっこ悪い”からである。だから、ドイツ人のミュージシャンも最近は皆、英語が堪能だ。日本で売り出そうとするほどの心意気を持つバンドであれば当然、歌詞も英語である。ドイツの生んだ偉大なるギタリスト、マイケル・シェンカーだって、イギリスに渡った当時は英語ができなくてメンバーにいじめられて失踪したこともあるらしいが、今では立派に日本のファンに“英語で”メッセージを伝えられるようになっている。
とにかく、来日するほど知名度のあるドイツ人ミュージシャンで英語ができない、というのは論外なのだ。
ロックンローラーを自負する者は英語ができなければならない。
ところが!!
思えば叶うもの、まったくゼロと思っていたチャンスにめぐり合うことができた。なんと、ギタリストなのに英語で「guitar」の綴りもわからないドイツ人ギタリストがいたのである。私のイメージするところの「真のロックンローラー」は必ず英語ができるので、ひょっとしたら、実験音楽をロックに取り入れているような前衛的なバンドかと思ったが、とんでもない、ジャンルはメロディアス・ハードロック。しかも、北欧メタル発祥の地、スウェーデンのバンドである。そこのギタリストが英語のできないドイツ人だったのだ。
未知の専門分野に挑戦するのもこの職業ならではの醍醐味だが、好きな分野での仕事は本当に楽しい。知らない分野を一生懸命に勉強して理解した時の達成感は格別だが、好きな分野で、しかもそれが普段から趣味で接していた分野だったりすると、“理解する”ということを心から理解することができるのである。“知る”というレベルではなく、“本当にわかる”ということがわかるのだ。しかも、楽しい上にさらにおまけが付く、といったら不謹慎かもしれないが、若かりし頃、ラジオのロック番組でお声を拝聴していた評論家の某先生にも会うことができたし、サイン会では握手したファンが感激して泣きながら、
『前に来日した時は英語が通じなくてお話できなかったんですけど、今回は通訳さんがいてくれてお話できて感激です。ありがとうございました!!』
と直接感動を伝えてくれる。もちろん、ビジネス通訳の場でも『ああ、役に立てたんだな…』と思えるような親切な言葉をクライアントからかけていただくこともあるが、お世辞ではなく心から感激してもらえると、やはり嬉しい。また、一ファンの一生に残る思い出に立ち会うことができた、と思うと感慨も一入である。
同行中は他のスウェーデン人ミュージシャンのための英語の通訳さんも一緒だったが、昔から歌詞の翻訳も手掛けているベテランさんで、ロック音楽専門の通訳さんだそうだ。今は無きフレディ・マーキュリーにインタビューしたこともあるし、私が何年か前に聴きに行ったキング・クリムゾンのコンサートの時もアテンドしていらしたそうである。
仕事とはいえ、こういったお話を聞くと、やっぱり
『い、いいな、英語の通訳さん…』
と心から思ってしまうのだ。
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2007年 2月22日(木) 仙人
信じること
ボストン・レッドソックスの松坂選手が「メジャーリーグに行けないことなんて考えもしなかった。日本でプロになるときも、自分が通用しないと想像することはなかった。漠然と、自分はいずれプロの野球選手として活躍して、そのうちメジャーに行くんだと、固く信じていた」というようなことを語るインタビュー番組を見ました。まったく嫌味な感じではなく、純粋にそう思い込んでたんですよね、と話すのを見て、やっぱりなあ、と思いました。
少し前に、メジャーリーグに大改革をもたらしたと言われる、オ−クランド・アスレチクスのGM、ビリー・ビーン氏の成功を調べたノンフィクションに仕事で少し関わったことがあります。ビーン氏は高校のとき何十年にひとりの逸材として、どの球団も欲しがるようなスターとしてメジャー入りをしたのに、選手としてたいした成績も残せず引退した経歴があります。彼は周りの全員から「君はすごい才能がある」と言われても、自分ではメジャーで活躍できると思ったことが一度もなかったそうです。チームメイトに自分よりはるかに能力が劣る選手がいて、こんな才能のないやつが、よくメジャーに入団できたなと思っていても、その選手はメジャーで成功すると信じきっていて、何年か経つとその才能がないと思っていた選手が本当にスターになっていた、ということもあったそうです。
信じなければ続けられない努力、みたいなのがあるからだと、私は思います。どうせだめだろうと思いながらする「努力」と、きっと報われるはずと信じてする努力では、アウトプットに大きな差が出るのは当然でしょう。注意すべきなのは、「どうせ」と表立った積極的否定の態度を持つ人はほとんどいないだろうけれど、希望的に聞こえる「なれたらいいなあ」は、実は「でもきっと無理だよね」で終わることが多いことです。松坂選手には、これからの先のメジャーでの活躍も信じていてほしいです。
ビーン氏は、ビジネスでは成功することを信じていたそうです。そしてGMとしては誰が批判しても、自分の信じることをやって成功しました。オークランドでは、ビーン氏の手腕を疑問視する声が出たとき、アスレチクスのファンがBeanをもじって、”Believe in Billy Bean”運動というのをしたんですよ。
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2007年 2月21日(水) the apple of my eye
嗚呼、日本語
在宅作業の合間に、昼食らしきものをとりながらぼんやりとテレビをつけていたら、浅間山荘事件を振り返る映像が流れた。カラー映像になって間もない頃の、ちょっと輪郭がぼやけたような色も不鮮明な画面の向うで、連合赤軍が立てこもる山荘に警察が突入した瞬間を伝える当時のニュース音声が流れた。
「今、県警が、窓ガラスを破った模様でございます。中からは、盛んに銃で応戦しており、あ、今、警察が中に突入した模様でございます。」
なんだかとっても丁寧で上品。
今ならもっと、カジュアルな言葉遣いだろう。
「今、県警が窓ガラスを割りましたねー。おっと中から銃撃音!あ、あ、今、警察が突入!突入です!」
こんな具合かな。
あまり緊迫した感じに聞こえない浅間山荘突入の瞬間の報道は、それでも、視聴率が空前の90パーセント台だったとか。今思うと、日本という国がもうちょっと均一で平和だったような、錯覚かもしれないけどそんな印象を抱いてしまう。そこに、件の上品なアナウンサーの喋り方がとてもマッチしている気がする。
「丁寧な言葉遣い」関連で最近の動きというと、「文化審議会」という政府の委員会(会長:阿刀田高さん)が最近、敬語の分類の見直しを図ったというニュースが今月の初め頃にあった。
使い方が乱れていて、敬語を難しいと感じる人が多いため、分類をより明確にして誤用を避ける方向にもって行きたいというのが文科省の意向だそうだ。
それで、今までは「尊敬語・謙譲語・丁寧語」の3つに分類していたものを、「尊敬語・謙譲語1・謙譲語2・丁寧語・美化語」の5つにするというのだ。
新聞の記事だけで実際の委員会の答申書を読んだわけではないせいか、この謙譲語1(自分がへりくだって相手を高く位置づける(立てる)敬語)と謙譲語2((丁重語)話し相手に自分側の行為を丁寧に話す敬語)の区別やその必要性、あるいは尊敬語と美化語の明確な区別などがどうも分かりにくい。「申し上げる」は謙譲語1で、「申す」は2なんだとか。「お名前」は尊敬語で、「お酒」は美化語。じゃあ「お電話」は?
学校教育への導入は今後検討していくそうだけど、こんなの子どもが混乱するだけ、という気がするのは私だけだろうか。
「ご注文は、以上でよろしかったでしょうか?」とか、「そちらのほうで、大丈夫でございます」は、どう分類すればいいのか。分類を5つにしたらこういう言葉遣いはなくなると本気で思っているのか。
敬語つながりでもう1つ言うと、先日、知人に宛てたメールで夫のことに言及しようとして、ふと思った。「『愚妻』って言うけど、『愚夫』って聞いたことがないな」と。「愚妻」は恐らく謙譲語2になるのだろうけど、他者に対して夫に言及する時は、目上に対しても目下に対しても多分「主人」が最も一般的な謙譲語的言い方だろう。すわ!男尊女卑だ!と騒ぎたいところだけど、「愚息」はあっても「愚娘」はなくて、言うとしたら「愚女」だとか、子どもはまとめて「豚児」だとか、あまり使われなくなっているような言葉も含め、ほんと、日本語は難しい。


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2007年 2月20日(火) パンの笛
幸せのパン♪
 毎日の最大(?)の悩み。それはランチに何を食べるか、ということ。ランチ、などというとおしゃれな雰囲気が漂いますが、家で一人で食べる昼食は「ランチ」という代物とは程遠く、むしろ仕事の手を一時休め、空腹を満たすための行為、と言ったほうが正しい状態です。そもそも、根がズボラなのに、残り物を食べるようなワビしいことはしたくない、という矛盾した状態であるため、一体何を食べようか、余計悩みは深まります。そこで私が最も愛用しているのは、美味しいパン屋さん。私はとにかくパンが好きで、お米がなくても一生生きていけるけど、パンがなくては一週間と持たない自信があります。それなのに、私が住む地域は実はパン屋さん不毛地帯。以前はテレビ東京のテレビチャンピオンで優勝したパン職人のいるパン屋さんが車で10分ほどの場所にあったため、足しげく通っていたのですが、残念なことに少し前につぶれてしまいました。それ以降、私はしばらくの間パン屋さん難民でした。ちょっと小洒落たパン屋さんが一軒、最寄りの駅のそばにあるのを発見しましたが、やや種類が少なく、足しげく通うには不都合で、再び難民へ逆戻り。しかしこのたび、近所に住む友人が美味しくて商品の種類の多いパン屋さんを発見してくれたのです! おまけにそのお店もやはり、車で10分くらいの距離の場所にあり、仕事に余裕のある日はお散歩がてら歩いていくこともできる、という好条件ぶりです。というわけで、最近はまたパン漬けの日々です。パン屋さんに一歩踏み入れた瞬間のあの芳しい香りを思い出すだけでも、生きてて良かった、と思えるのです。パン屋さん、今日も美味しいパンを焼いてくれてありがとう。これで今日もまた頑張って仕事に臨めます。
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2007年 2月19日(月) かの
人間、変われる!
 子どもが生まれて一番変わったこと。それは「料理をするようになったこと」である。何しろ私の実母は食べることに超無頓着。食が細いので食べるという行為そのものに関心がない。それで料理もあまりせず、私も「母秘伝の味」など全く受け継がずに結婚してしまったのである。
 とりあえず栄養のバランスが取れていれば良いかなというのが結婚以前の私の考え。婚約中に暮らしたイギリスで、夕食用にサラダとポークパイを買う私を見た夫は目を丸くしていた。ちなみに夫は料理が上手である。
 「料理=時間ばかりかかる」という考えに凝り固まっていた私は、結婚後もあまり台所に立つ気がせず、「一緒に作ろうよ」と言う夫になかなか重い腰が上がらなかった。ところが子どもが生まれ、やがて離乳食が始まるといつまでも市販のベビーフードに頼るわけにはいかない。しかもイギリスの保育園の連絡帳を見ると「今日の昼食はフライドポテトとスパゲッティミートソースでした。おやつはポテトチップスで、よく食べていました」というコメントがある。いくら料理オンチの私でも、この炭水化物オンパレードには参ってしまい、せめて残り二食はまともなものをと必然的に作らざるを得なくなったのである。
 最初のうちはレシピがないと何も作れず、一つでも調味料が不足していると調理そのものがアウト。帰国後は生協に入り、カタログのレシピを一週間分切り抜いてその通りに作っていた。ものすごく時間と手間がかかり、せっかちな私は何度挫折しそうになったか知れない。ところがその下積みがあったおかげが、「材料が一つぐらい足りなくても大丈夫なのか」と安心し、「なーんだ、要は醤油、みりん、お酒があれば和食っぽくなるのね」とある程度の勘がつかめるようになってきた。
 以来、料理そのものが楽しくなり、新しいレシピに挑戦したり、季節のメニューを取り入れたりと工夫するにつれ、どんどん面白くなってきた。しかも野菜をひたすら切るというリピート作業はストレス解消にもなるし、出来上がった料理を家族が「おいしい!」と言ってくれると俄然、次も頑張ろうと思えてくる。ちなみに1月中旬の小正月には伝統にのっとり小豆粥をつくった。乾燥小豆をコトコト煮るところから始めたので半日以上かかったが、自分でも作れたというのがとても嬉しかった。
 きっかけさえあれば、人間、変われると思う。フォローして、褒めて(褒めまくって?)くれた家族に感謝である。
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2007年 2月16日(金) まめの木
神話が崩れる時
『私は絶対に○○にならない』という自分に対する神話が崩れるのを目の当たりにするのは悲しい。何時間立っていても絶対に足に来ないと思っていたのに、一昨年、12時間シフトで建設現場の仕事をした時には三日で音をあげた。『足が痛くなるから、夜、フットマッサージ器を貸してあげる。』と一緒に現場に入った通訳さんからの親切なご提案に対しても、『いえ、私、足は絶対に痛くなりませんから大丈夫ですぅ〜』と、“私は違うのよ”的な優越感を誇示していたのだが、三日目の夜には『すみません、貸じでぐだざいぃぃぃ…』と息も絶え絶えに彼女の部屋をノックした。
「老い」というのは「時間軸に沿って必ず歳をとるものだ」という法則を信じて疑わない人だけに訪れるものだと思っていたが、こと肉体に関しては、なかなか侮れないものがある。20代後半まで、徹夜しても次の日にまったく影響しない、時差ボケは絶対にない、肩は絶対にこらない、パソコンで目を酷使しても絶対に痛くならない、風邪をひいても一日で絶対に治るなど、絶対づくしだった神話が最近どんどん崩れ去っている。
そして悔しいことに、先日ついにマッサージ・デビューとあいなってしまった。殺人的な量の翻訳と格闘した末、首が後ろ側に曲げられなくなったのだ。これまで、病は気から、病気になるのは精神的な気合が足りないのである、人様にマッサージしてもらうなどという贅沢は自己管理のできない人間のすることだ、などと周囲に豪語していたはずなのに、いやもう、どうにもこうにも動けなくなり、近所にある中国気功整体院の門を叩いたのである。
ああ、やはり専門家は素晴らしい。気合だ、根性だ、と自己流の怪しげな療法でやせ我慢するよりも、素直に専門家にお任せすべきである。たった一時間のマッサージで心も体もこんなに軽くなるとは…。先生の話を聞けば、首の骨や背骨が歪んでいると、たとえ現時点で自覚症状が出ていなくても、放置すればいずれ必ず影響が出るらしい。つくづく無知の恐ろしさを実感した。
以来、気合や根性だけでは肉体の老化までは止められない、人様の専門技術に適宜おすがりするのも自己管理の内よと、これまでの自己管理哲学を180度ひるがえし、家の者から冷笑を返されているが、せめて精神面だけでも、「リングに上がった以上は簡単にギブアップしない」という信条を貫きたいと思っている。
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2007年 2月15日(木) 仙人
穢れた聴覚
今、噂のモスキートーン。テストしてみましたよ。ミーハーですから。で、当然ですけど、私には聞こえませんでした。そりゃね、昔からブースでヘッドホンの音を頼りにしたり、今でも音質の悪い映像に耳を澄ませたりと、聴覚にはダメージを与えることを続けてきたから……って、違いますよね、歳です。チェックしたい方は:
http://www.mosquitone.net/
これって本当に見事に、若者には聞こえるんですね。すごいです。境界は、25歳ぐらいのようです。なんだかSFちっくな話なので、自分が聞こえない残念な気持ちより、ちょっと不思議なスリルを感じます。
それで、昔いつも観ていたNHKの少年ドラマシリーズの中でも、特に好きだった作品を思い出しました。インターネットで検索したら、おそらく原作が佐野洋さんの『赤外音楽』というものだと思うのですけど、違うかもしれません。もうすぐ地球滅亡の日が迫っていて、特殊音をラジオなどで流し、それが聞こえる人は優秀なので他の星へ移住させようという話で、聞こえる人には『美しき青きドナウ』(だったと思う)が聞こえるのです。聞こえた人は、パニックを避けるために、このことを口外してはいけません。ただその人たちも友人や家族などを一緒に連れて行きたいので、特殊音を出す装置を叩き続け、早く気づいてくれと祈るのですが、家族の中でも聞こえる人・聞こえない人が出たりという悲劇が起こり、最後に主人公は家族や友人と一緒にいることを選んで滅亡の日を待つ――というような話でした。
この話を思い出して、このモスキートーンみたいなのを利用して、若者を洗脳しようとか、抹殺しようとか、そういうテロとか起きたりして……とさらにSFちっくなことを考えてしまったのです。もともと若者退治の音だったらしいのですけど、たぶん世の中で退治したいと思われる対象になるのって、きっとこれが聞こえない人たちなんでしょうね。これが聞こえなくなるぐらいの年齢で、いろんなものへの耐性というか免疫というかがよくも悪くもできてしまうんでしょう。
モスキートーンのサイトではトーンが4段階で、1は普通の若者、2はヘッドフォンタイプのプレーヤーを愛用していない若者、3は赤ちゃんあるいは犬なら聞けるレベル、そして4が聞こえるなら、こんなところにいないで自分の星に帰りなさい、となっています。やっぱりSFでしょ?
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2007年 2月14日(水) the apple of my eye
レーシックをご存知ですか?
商売道具の一つである大切なもの。目。
とかく疲れがちになる。朝からずーっとPCの画面とにらめっこしていると、夜にはしょぼしょぼ。コンタクトを外してメガネに切り替えても、何となく肩が凝るし。
先日の人間ドックでは、機械式の視力検査でマークそのものが見えないときがあり愕然とした。開いてるのが右か左か上か下かというレベルの話ではなく、あのマル自体がそこにあるのかどうか分からないのだから。
しかもそろそろ花粉症の季節。痒くなったり目やにが出たりと、さらに不具合になる。
ブルーベリーがいいらしいとサプリメントを摂ってみたり、目のツボはここらしいと首の後ろを押してみたりするが、劇的によくなるわけはない。
ところが劇的によくなった人がいる。
レーシックという手術を受けたのだ。
レーシックとは、LASIK と書いて、laser assisted in situ keratomileusis の略である。
プロゴルファーのタイガー・ウッズがこの手術を受けて有名になった医療技術だ。
簡単に言うと、近視の人の細長く伸びちゃってる角膜を削って、正常な屈折、正常な視力に戻すというものだ。
レーザーで角膜を切るというのだからチョット怖いが、ここ1年間で知り合いにこの手術を受けた人が増えた。そして経験者として異口同音に「世界が変わった!」と言うではないか。
もちろん病歴や職業などの理由から受けられない人もいるらしい。
そして年齢も。
この手術で治せるのは近視だけ。早い話が老眼は治りませんよということだ。だから既に老眼の人や、目前にその時が迫っている人などには「できないことはないが、享受される恩恵が限定されるのでお勧めしない」とか。
う〜ん、ここは思案どころだ。
ちなみに、この医療技術には健康保険は効かないが、もちろんちゃんと厚生労働省の認可は出ている。使用されるレーザーの機械も認可を受けたものに限定されている。
だが、これに関する情報が厚生労働省のHPには見つからない。アメリカのFDA(食品医薬品局)にはちゃんと「Lasikについて」という独立したページがあり、認可されている機械の一覧や、Q&A方式での情報提供など、とても充実している。18歳未満は受けられないことや、空手などの格闘技をする人で顔や目への打撃を受ける確率が高い人にはすすめられないといったことも書かれている。
え? うちの息子の空手の先生や大人の道場生さんたち、何人か受けてたけど?

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2007年 2月13日(火) パンの笛
ついでに宣言
 この3連休に、家族で高尾山に行きました。実は私自身、小学校の遠足で登山に行ったところ(それだって高尾山くらいの山だったと思うのですが)、当時は喘息っ子だったため登山途中で発作を起こし、先生におんぶしてもらってようやく山頂まで行ったという嫌な思い出もあり、どうも山登りは敬遠していたのです。しかし、山登りに行った人からはどんなに良かったかとしばしば聞かされて、一念発起して山登りに挑戦したのでした。そして息子にとっては初の山登り。結果は…もっと大変かと思っていたら、意外にも楽勝でした。下山してみてわかりましたが、ルートによって随分とその大変さが違うのですね。息子も難なく下山して、麓で名物トロロ蕎麦に舌鼓を打って、いい気持ちで帰ってきました。やはり普段家にこもっているだけに、外で体を動かすというのは気持ちがいいなぁ、と改めて実感した次第です。
 実は、ここでは敢えて宣言していませんでしたが、本当は年頭に@今年は本を百冊読書A今年は息子と百人一首暗誦を制覇、という二つの目標に加えてBコンスタントに運動する!というのがあったのですが…なんだか実現できない予感がして(こう言っている時点で既にやる気がなさそうですが)宣言できずにいました。案の定、1月はそれでもぽつぽつとウォーキングなどをしたりしていたのですが、2月に入って、「忙しい」などと言い訳をして、運動をできずにいました。でも、しばらく家にこもっていたら、本当に体が鈍ってしまって、先日などはちょっと肩のストレッチをしようとしたら、首筋をつってしまう始末。これは末期症状だ、とさすがに怖くなりました。そのときふと、そういえば、以前職場で一緒だった別の翻訳者さんが、在宅で仕事をしていた頃に9日間靴をはかなかったことがあった、とおっしゃっていたのを思い出してしまいました。その生活リズム、非常に分かる気がするのです。私は幸か不幸か息子のお迎えがあるので、否応なく最低でも一日に一度は家を出ますが、でもひどいときはそれ以外は完全蟄居、それこそゴミ出しすらしない、というのも珍しくありません。でもそういう日々を繰り返していると、首筋をつるようなことになってしまうんですよねぇ。普段から体力作りをしなかったら、やはりいざハードな仕事を請けようと思っても、ふんばりが利かなくなる!と思い直しました。というわけで、ついでに宣言することにします。今年は、週に少なくとも3回、ウォーキングなどなど、運動を心がけて、生活のリズムに折り込むことを誓います! よし。またまた後へ引けなくなりました。結果は年末、もしくは翌年頭にご報告いたします。お楽しみに! (私をよくご存じの方は、今頃3つとも達成できない、に賭けをしているかもしれません。そんな賭け、成立させませんよー!)
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2007年 2月12日(月) かの
子育ての方向性
 ここのところ良書との出会いに恵まれた。本は好きでよく読むほうだが、買っても買っても琴線に触れないときがある。新聞の書評やネットのランキングを参照したのに、である。かと思うとたまたま書店で手にしてパラパラとめくっただけで買ったところ、私の中で大ヒットとなることもある。要はそのときの心境や関心事にもよるのであろう。
 子どもたちは日々成長しており、長男の嵐のような「3歳児反抗期」が過ぎたかと思いきや、今度は娘が何かにつけて「いや!」「言わないでよ!!」と大抗議。松田道雄先生の「育児の百科」をベースに色々と子どもの心理を理解しようと努めてはいるが、それでも私自身カッとなってつい叱りすぎてしまうことも。「叱る」というよりは、私の怒り爆発という感じでエスカレートしてしまう。いい年した大人が幼い子どもになぜこんな態度しか取れないのだろうとあとで猛反省。その繰り返しが続いていたのである。
 そんな中出会ったのが渡部和子著「愛と祈りで子どもは育つ」であった。著者は著名なシスター。きっと生まれながら敬虔なクリスチャンだったのだろうと思っていたら、若い頃は劣等感にさいなまれていたという。あるとき、勤務先の上司に「あなたは宝石のような人だ」と言われてようやく自分の価値を認め、自分自身を受け入れられるようになったと書いている。
 本書を読み進めるにつれ、いかに私が今まで表面的にしか子どもたちと接していなかったか、反省させられた。たとえば夕食時。息子が食べるのをそっちのけで恐竜の解説をしたり、娘が歌を歌い始めたりすると、私は「そうなの」「お歌、上手だねえ」と言いつつ、心の中では「早く食べ終えて、歯磨きして、9時までには寝かしつけしないと明日早く起きられない」と計算ばかりしていたのである。目の前の子どもたちよりも、生活をまわすことしか頭になかったのだ。
 子どもを育てるというのはまず親自身が自分を成長させ、育てていかなければならないこと。また、家庭内におけるほほえみを惜しまず、子どもの良いところを見ようとつとめるべきであることなど、言葉の宝石が随所に光っていた。読後すぐに良い母にはなれないかもしれないが、自分の中で一つの方向性が見えてきたように思う。
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2007年 2月 9日(金) まめの木
通訳という仕事は面白い!
手段と目的を区別するのは難しい。いや、区別自体が難しいのではなく、常に自己を俯瞰してこれらを「区別し続ける」ことは、とても注意力のいる作業だと思う。これは特に、通訳者になってから強く感じるようになった。通訳の仕事は毎日の勉強といっても過言ではないが、勉強することや知識を得ることはそもそも、最終的な目的である『自分のパフォーマンスがクライアントの役に立つこと』を達成するための手段に過ぎない。もちろん、初めから『だれそれのために』という意識のみではただの偽善者になってしまうが、何のために今これをやるのか、これを勉強するとどうなるのか、それは自己満足のためか、人前で恥をかかないためなのか、かっこいいところを見せたいだけなのか…等々の自己分析を怠ると、往々にして問題が発生する。自分自身のフィジカルな満足度とお客様の評価の間にズレが生じるのである。自分は決してそんなちゃちな自己防衛のために勉強しているのではない、と表層意識の上で思っていても、『対応できない場面に遭遇したらどうしよう』という、他人に一番見せたくない最大の恐怖に光を当ててみると、案外、こういったエゴが原動力になっている場合が多い。
子供の頃、よく父親から『ありがとう、と言っても気持ちが伝わらなかったらお礼を言ったことにならない。』と言われたが、それと同じで、『今日、この日のために、毎日寝ないで勉強したんです!』と涙ながらに主張したところで、そこで得た蓄積がお客様の役に立たなければ、何の意味もない。確かに、まったく別な要因で、自分にとって理不尽な場面に遭遇することもあるかもしれない。しかし、そのようなときこそ、実はまたとないチャンスなのだ。なぜなら、理不尽なことには必ず学びがあるからである。自分が悪くても悪くなくても、学べる点は必ずある。
自身の未熟なところと対決するのは苦しい作業だが、この作業を通して開ける新たな水平線は、まさしく自分だけの貴重な財産である。
通訳業は、仕事という具体的な作業を通して内的な作業を行うことのできる、類稀なる職業だ。
だから、通訳はやめられない。
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2007年 2月 8日(木) 仙人
すべての山に登れ
この季節になると映画賞関係の翻訳仕事をいただくことが多く、またテレビなどでも昔のアカデミー賞受賞作品特集などをやっていて、少し映画モードに入ってしまいます。でも、いろいろ映画を観ても結局、感受性の強い10代の頃に観た映画が、いちばん好きなんですよね。だから、その年齢で観ておかないといけない映画、みたいなのってあるし、10代のときに正しい10代映画と出会えた人は幸運だと思います。たとえば、今40歳前後で子供の頃から『スター・ウォーズ』があった人とかね。
逆に10代の頃は、ふん、と思っていた「少年少女向け」映画に、この数年でなんて名作なんだろう、と感動しなおすこともあり、「子供に見せたい映画」が、すなわち子供の心に響く映画ではないのだなあとも思います。本来私は、清く正しく誰からも推奨されるような映画というのが根本的に嫌いで、『アダムス・ファミリー2』でウェンズデーが良い子の映画を無理やり見せられて発狂寸前、のシーンが大好きです。だから、誰もが子供に見せたい映画の代表『サウンド・オブ・ミュージック』を、数年前に何十年かぶりに観ることになったときは、正直、うへえ、と思いました。
『サウンド・オブ・ミュージック』については、ちょっと思い出もあります。中学のとき、クラス全員の英語のテスト成績があまりに悪かったので、先生が救済処置として、『エーデルワイス』の歌詞を和訳し、よくできた人にはテストの点数を上増しします、ということがありました。当時はアメリカンニューシネマの全盛期、暴力的な映画が流行していて、もちろん今でも私はサム・ペキンパーとか大好きですが、中学生の私たちはみんなで「嘘っぽいきれいな映画」として『サウンド・オブ・ミュージック』をひどくばかにしていて、提出さえしなかったように覚えています。当時40代だった男性の先生は、「40歳を過ぎて『サウンド・オブ・ミュージック』を観たとき、「エーデルワイス」のシーンで涙できる人でいてください」とだけ言っていました。
先生、私、そういう人になりました! 40代になってひさしぶりに観てやっとそのすばらしさを認識し、それ以来、何度も観ています。そのたびに、音楽祭で全員がこの歌を合唱するシーンで涙がぽろぽろこぼれ、最後にアルプスを越えていくところで『すべての山に登れ』を一緒に大声で歌いながら、はあ、いい涙を流したなあ、と思います。
私と、この映画のイメージギャップがあまりに大きく、この話をすると必ず笑われるのですけど、”Climb Evr’y Mountain!”は最近、誰かを勇気づけようとするときのメールや手紙の結句として用いることも多いです。
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2007年 2月 7日(水) the apple of my eye
言葉の修行
常日頃、自分の反省材料として感じているのは、「言葉を控えめに」である。
「控えめに」のひとつの意味は、「分量を少なく」ということ。
多分、私のプライベートメールを受け取る人は、その長さ・くどさに辟易していると思う。とあるSNS上でもそうだ。このブログでもそう。
「ん!」と思うと、思いついたことをダーッと書いてしまう。
喋っている時もそう。早口でダーッと喋る。たくさんの言葉を使ってしまう。
1つのことを言うのに、1つの言い方だけでは相手に分かってもらえないかもという不安から、2つも3つも言い方を変えて言葉をつなげてしまう。
これは自分の思いを伝えるのには余り効果的な方法じゃないことも重々分かっていながら、言わずに/書かずにいられないのだ。親しい友人には「頭の中に言葉がギューっと詰まっていそう。どうしたらそんなにたくさん言葉が出せるのか、言いたいことの半分も言えない私には羨ましい」などと言われるが、そういう彼女のほうが、短い言葉で鋭く言い当てることも多い。
「控えめに」のもうひとつの意味は、「もっと優しく」。
そんなつもりはないのに、どうも良い意味・悪い意味の両方で「ガツンと言う」とか「ズバっと言う」とよく言われる。あやふやにしておくのが嫌いな性格というか、白は白、黒は黒だと表明したいのだ。何かで誰かと論争になると、つい相手を言い負かすまでやり込めてしまうこともある。強い言葉で相手を罵倒するわけではないが、相手の論点にいちいち反論し、追い詰めてしまうのだ。年齢と共に多少はマシになったかもしれないし、相手もごく親しい人だけに限定されてきたが、餌食になった人はたまったもんじゃない。分かってるんだけど、変な理屈をこねられると「言い返したい!」とお尻がむずむずしてくる。ポンポン!と言い返しては、後で反省したりする。
この傾向は子育てにはマイナスだ。
子どもの思考は一貫性がなく語彙も少ないため、何を言いたいのか色々言わせてみないとわからないことが多い。それを「あ、そうか、こういうことが言いたいのね」と先にまとめてしまったり、「え?さっきは○○○って言ったじゃない」と論点の矛盾を突いてしまっては、子どもは喋れなくなる。時系列も主語も統一されない子どもの話をジーっと聞いて、どうでもいい部分は聞き流しながら、大事な部分はときどき短い質問を挟んで整理してやりながら、時間をかけて耳を傾けなければならない。これはどんどん話を先に進めたいせっかちな私には大変良い修行である。
子どもに何かを説明するのも難しい。この頃また「〜ってなに?」の質問が増えてきた。
「俳優って何?」「衆議院って何?」「軽蔑って何?」
なるべく丁寧に答えてやろうと思うが、あまりグダグダと長く説明しても子どもは飽きてしまって途中から聞いていない。難しい言葉を使うのもダメ。やさしい表現でなおかつ簡潔にとなると、これまた修行である。
日々修行。
親として。
言葉で仕事をする者として。
人間として。

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2007年 2月 6日(火) パンの笛
判断力とは経験の賜物か
 非常に個人的な話ですが、今年は自治会の役員をやっています。引っ越してまだ2年ですが、どうやら我が家のある地域は役員の周期が既に2巡目らしく、新参者にもお鉢が回ってきました。気楽に引き受けてはみたものの、自治会に出席してみると周囲は軽く2巡目であろうと思われる重鎮方ばかり。はっきり言って私はお歴々のお子さんより年下、ということになるらしいのです。(決して私が超!若い、というワケでもありません)最初はそんな周囲の様子を見て取って、これは若輩者としてはおとなしくしているしかない、面倒な細かい仕事を引き受けるつもりで貢献しよう、と考えていたのですが、人間そう性格が変われるものでもないらしいのです。あっという間に本来の性格を発揮するようになってしまって、会議では普段とまったく同様、思いつく傍から発言をするようになってしまいました。まぁ、それ自体はむしろ活発な意見交換が行われるから良いと思うのですが、もうそろそろ年度も終わりが近づいてきて、メンバーの性格なども把握できるようなり、落ち着いて周囲を分析できるようになってみると、一つ気づくことがありました。それは、次々と発言する私の意見よりも、たまにしか口を開かない重鎮の方の意見の方が何倍も説得力がある、ということ。今年度の役員のお仲間には青少年指導員やら、行政相談員やらを経験している方もいらして、なかなかに地域の情勢に通じておられるのです。会議の場の限られたメンバーの意見しか見えない私にひきかえ、その方は会議を超えて、地域全体を俯瞰して発言なさるわけです。そうすると、会議のメンバーも思いつかなかったような最も効果のある解決策を提案してくださったり、必ずしもメンバーの多数決に頼らずに最適な判断をなさったりすることも多いわけです。こうして書いてみると当たり前に聞こえることですが、実際の会議の場で反対多数だった意見を、「絶対に正しい」と判断して主張することはとても勇気がいりますし、判断力が必要とされます。そして、私などはたくさん発言をしてみたもののその結論を導き出せなかったことが、とても悔しい上に恥ずかしく思われるわけです。やはりこの判断力の差というのは、持って生まれたものもあるとしても、何よりも経験がものを言っているのでしょう。地域全体にあまり通じていない私と、これまでの豊富な経験から地域を熟知している方とでは、判断のベースに大きな違いがあるのは、むしろ当たり前のことかもしれません。「年の功」とも言えるでしょう。自治会の役員は、こうして複数のメンバーにより検討がおこわなれて最終的な結論が導き出されるから良いのですが、これが仕事となると…と少し怖くなりました。経験の浅い内容の仕事を、まるで小手先でいじくりまわすように、あーでもない、こーでもないと言葉尻を変えてみたところで、真に心に響く文章は完成しないのです。その内容の本質を知り、全体を俯瞰し、目の前の原文のみに囚われない豊かな表現の源から用語を選び、配列を推敲することで、初めて生きた文章が書けるのです。自治会に関しては、次に役員が回ってくる頃にもう少し地域を俯瞰できるようになることを目標にすることとして、当面は文章表現の経験を磨くように心がけたいものです。まだまだ仕事も若輩者です。反省しきりの週末でした。
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2007年 2月 5日(月) かの
ガンバレ!受験生
 先週木曜日。
 珍しく早朝の仕事が入った。家を出ると空は朝日の光でうっすらと赤みがかっている。空気もひんやり。いつもと違う雰囲気、異なる光景だ。車内も人気がまばら。座ってのんびりと新聞を読み、予習をすることができた。
 途中、小学生と思しき男の子が母親と連れ立って向かい側に座った。ランドセルはしょっていない。おや、私立に通学しているのかな?でも随分背丈も大きいから、お母さんの付き添いで通学というわけでもなさそうだ。今日は開校記念日か、それとも地元の市制記念日か何かで祝日なのだろう。そう思った。
 男の子は地図帳を取り出し、母親と世界の国旗を眺めている。楽しそうだ。私も国旗が大好き。色とりどりの旗から遠い国々のことを思い描くとワクワクする。わが家も息子が大きくなったらあのような親子の対話をするのかなと数年先のことを想像した。
 終着のターミナル駅に着くと、なぜか小学生が多い。それでようやく気づいた。今日は私立中学の入試日なのだ。ちらほらと見かけるお父さんお母さんたちは、付き添いで入試会場へ向かっているのである。
 もう一組、印象的な親子を見かけた。背のすらりとしたお父さんとショートカットの女の子。並んで私の少し前を歩いていた。二人の話し声は雑踏にかき消されて聞こえない。けれども仲の良さそうな様子は何となく後姿でわかった。お父さんはその後、女の子の背中を軽くポンポンと叩いていた。きっと「試験、大丈夫だよ」と言っていたのだろう。西洋のように大げさに肩を抱き寄せるでもなく、ハグするのでもない。わずか二度叩いただけ。でもそれだけで親子の絆を見たような気がした。
 お父さんの髪には白いものが沢山混じっていた。会社ではそろそろ管理職にたどり着く頃かもしれない。職場でも家庭でも責任がどんどん重くなる時期だ。でも少なくともその親子を見る限り、責任に押しつぶされている感じはしなかった。今そのときを精一杯生きているのだろう。
 ガンバレ!受験生。ガンバレ!お父さん。
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2007年 2月 2日(金) まめの木
夢のあとに…
フランスの作曲家、ガブリエル・フォーレの歌曲に『夢のあとに』という曲がある。ロマン・ビュシーヌの詩によるとても美しい作品だ。ドビュッシー、ラベルなどもそうだが、フランスの作曲家の作品は通訳する際、必ず原語で言わなければならないので、我々ドイツ語通訳者にとって発音は苦労の種である。しかし、フランス語の原題を知らなかった場合にドイツ語に訳してしまうと、途端に作品の香りが半減してしまうし、専門家が聞いたら一瞬「この通訳、何を言っているのだろう??」と疑われてしまうだろう。フォーレの『夢のあとに』もドイツ語で『ナッハ・アイネム・トラウム』などと発音したら、

夢の中にあなたの美しい姿があった。
おお夜よ、あの人の幻影をわたしに返して…

という、あのせつなく美しい歌詞とは程遠い、なんというか、悪夢でうなされた後に冷たい現実が物理的な威力をもって迫ってくるような感じがするのは、私だけだろうか…。その反面、ベートーベンの第九の最終楽章の有名な喜びの歌には、やっぱりドイツ語発音の『アン・ディー・フロイデ』が良く似合う。また、アメリカに留学していた友人がリヒャルト・ワーグナーの『さまよえるオランダ人』のことを『ザ・フライング・ダッチマン』と言った時には、あの崇高な楽曲のイメージが崩れるような気がして、非常にショックだった。

閑話休題、今回の夢の話はビュシーヌの詩のようなロマンチックな話ではない。小さい頃、「色つきの夢を見るとお迎えが近い」と周りからよく聞いたが、私が見る夢にはいつも、テクノカラー張りに立派な色が付いているし、手で触った感触や味覚などもはっきり覚えていることの方が多い。しかも、「夢の続きが見られる」というのが特技である。こんなこと、えらそうに自慢できる特技でもなんでもないが、ある夢がきっかけで、夢の続きが見られるようになった。それは、手塚治虫の漫画に出てくるような無機質なラボで、白衣を着たドイツ人研究者がぶくぶく泡の立つガラス管の前でなにやら真剣に説明をしてくれている、という夢だった。もちろんドイツ語で、聞いたこともない専門用語が沢山出てくるのである。なんだか訳がわからないし、疲れたから帰りたいな、と思ったら目が覚めたのだが、少なくとも自分がどこにいたのか知りたいと思って「もう一度行こう」と思った刹那に、また例の実験室にいて専門用語いっぱいの説明を聞いていた。また別の夢では、お寺で修行僧に混じって難しい仏教用語や四文字熟語のような日本語がオンパレードの講義を聞いていたこともあった。この時も続きを見ることができた。
私が興奮したのは、連続ドラマのように夢の続きを見られるということよりも、日本語でもドイツ語でも、何故自分の知らない用語が夢に出てくるのか、という点である。ここで一番残念に思うのは、自分の頭脳が夢の内容に追いつかず、夢自体ははっきりと覚えているのに、そこで教えてもらった内容をひとつも覚えていない、というか覚えられないことだ。夢だから覚えていない、というよりは、門外の専門書を読んでも内容が脳にまったく定着しない、といった感覚と似ている。特にお坊さんと一緒に講義を聞いていたときなどは恐ろしく古い日本語が使われていて、もちろん私は古文のエキスパートではないから、そこで使われていた言葉の真偽はさだかではないけれど、和紙を紐で閉じた書物もリアルだったし、これをすべて現実世界での能力に取り込めたらどんなに賢くなれるだろうか、と思うと残念至極である。
でも、英語ができないのに夢の中ではペラペラにしゃべっている、などの話もよく聞くし、こういった現象は多かれ少なかれ誰でも経験していることではないかと思う。これは心霊科学でいうところの幽体離脱なのか、自分の潜在意識にある願望がそのような夢にいざなうのか、どちらとも判断しがたいところである。
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2007年 2月 1日(木) 仙人
職業病?
内転筋が肉離れ寸前という話を先週しましたが、いろんな人から勧められてついに整骨医に診てもらうことにしました。普通の整骨医は、患者にお年を召した方が多く、長時間待たされる間、膝の水を抜く話につきあわされるのに、気が滅入るので避けていたのですが、近くにスポーツリハビリが専門の元サッカー少年がやっている医院ができたので、それなら、と診てもらうことにしたのです。
ついでに、長年職業病としてあきらめている腱鞘炎についても、痛みが取れないんですよね、と話すと、診てくれました。数分後に、「捻挫してますね」え? 「腱鞘炎じゃないです」考えてみたら、最初に痛み始めたのは、手首を変な方向にねじったまま体重を手で支えたとき。「ゆっくりと曲げると、痛っ! という感覚がないため、その無理な姿勢を続けることができ、結果的に捻挫します」なるほど。「そしてその軽い捻挫状態で、腕立て伏せや、マシーンでウェイトを上げるようなことを続けると、捻挫がどんどん悪化します」どき。まさにそれです。「当分、手を曲げた状態で負荷がかかるような運動は、厳禁です」「手を曲げずに、こぶしで体重を支えて腕立て伏せしてるんですけど」「論外です!!! 捻挫はひどくなっても治りますが、手の甲の骨が折れるともうダメですよ。捻挫してるので力が入りにくくて、いつぐしゃっといくかわかりませんから!」わかりました。
腱鞘炎ではなかった。つまりは、それほど仕事をしているわけではなく、ジムでの運動が過ぎた、ということではないですか? ショック。翻訳者の宿命だわと、自己憐憫&自己陶酔にひたっていたのに。腱鞘炎に悩むほかの翻訳者の方から、テーピングやなんやらいろいろ教えてもらったのに。ただ、ただ、重いウェイトを上げるなということだったなんて。
腱鞘炎だと思っている翻訳者の皆さん、あなたもジムの通いすぎによる捻挫かもしれませんよ。
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2007年 1月31日(水) the apple of my eye
ターミノロジー
先日、息子を連れて大相撲初場所を見るために国技館に行ってきた。生で相撲を見るのは初めてだが、子どもの頃は先代貴乃花のファンだった母と一緒に毎場所欠かさずTVで中継を見ていた。以来、○十年ぶりくらいでじっくり相撲を見たのだが、昔とった杵柄とはこういうものか、勝負が決まるたびに無意識にすらすらと「あー、引き落とし」とか、「上手投げ!」とか「はたきこみかぁ」などと言ってしまっていた。生まれて初めて相撲を観た息子は、今まで母親が口にするのを聞いたこともないような言葉が出てくるものだから、横で目を丸くしていた。「立合いって何?」「じゅうりょうは?」「決まり手ってどういう意味?」と質問攻め。
思えば、相撲用語は「中入り」だの「幕の内」だのと特殊で普段口にしない言葉も多い。TV中継の解説を聞いたって「今のは左を差してから上手くおっつけて……」なんて言われても、「差す」とか「おっつけ」がどんな技なのかを知らなければ意味が分からない。
だが実は、相撲用語には普段の生活で何気なく使ってしまっている表現がたくさんあるのだ。
「そんなのまだまだ序の口よ。」
「田中派と竹下派の派閥争いは、田中派に軍配が上がった。」
「県警の今回の捜査は、結果的に勇み足だった。」
「新しいプロジェクトは、途中で腰砕けになっちゃった。」
「伯母は隣家に怒鳴り込んだけど、相手が留守で肩透かしを食らったの。」
「今回は失敗したけど、仕切り直してまた頑張ろう」
英語ではよく野球用語 (ball park figure、rain check など)が日常の慣用語として定着しているが、日本語でも同じようなことがあるんだと今さらながら気付いた。
それとは逆に(というのかどうか?)、一般的な意味とは違う意味や訳語になる言葉もある。
たとえば offering。普通は「提供すること/もの」といった意味になるが、金融用語としては、株式の「公開」とか「募集」と訳さないといけないことがある。法律用語でも consideration (「考慮」じゃなくて「約因」 )とか、construction (「建設」じゃなくて「解釈」) といった用語がある。
あるいは、意味が違うわけじゃないのだけれど、特殊な領域で使われる場合に特定の訳語を選択しないといけないこともある。たとえば先日仕事で扱った文書だが、看護士やヘルスケアサービスの疾病管理という領域の話で、患者が医師から言われた療法や生活改善法をどれだけ守るかという意味で adherence という用語が頻出する文書があった。これを「順守」とか「守ること」などと訳しても間違いではないけれど、専門用語としてはカタカナで「アドヒアランス」と言ってしまっている。
こういった特殊な使い方、訳し方、意味を知っていればいいが、知らない場合もある。知らなくても訳しながらどこかで気付けばいいのだが、どうすれば見落とすことなく気付くことができるかは、もうマニュアルなんてないので日々勉強するしかないだろう。言葉は日進月歩で変化・進化するので、明日になったらもう新しいボキャブラリーが誕生しているかもしれない。とても辞書だけに頼っているわけにはいかないから、やっぱりひたすら勉強するしかない。終わることのない勉強。ゴールのない世界。好きでなければやってられないな。



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2007年 1月30日(火) パンの笛
お得な特技
 私の特技の中でも一つ傑出しているもの。それは、床に就いた途端すぐ熟睡できることです。自分でも一瞬にして意識がなくなるので、横になった瞬間以降のことは何も覚えていません。これは、自分が宵っ張りだから体が必要に迫られた結果こうなったのか、すぐに寝られるから油断して宵っ張りになってしまうのか、卵が先か鶏が先か、いまひとつ判然としません。これは夜を徹して仕事をすることもよくある身としてはとてもお得な体質でしょう。夫などは毎日一定時間数以上寝られないと昼間機能できなくなってしまうようで、「それでも無理して起きてる」なんていうことは考えられない様子です。私から見るとまったく理解できないことですが、これは体質だから仕方がありませんね。
 先ほども書いたように、基本が宵っ張りなので、たまに、無理してまで夜仕事をしなくて良い日があっても、とにかく寝るのがもったいなくてついついだらだらと本を読んだり、ネットサーフィンをしたりしてしまって、結局寝る時間はあまり変わらなかったりしてしまいます。でもこれはなんだか限られた時間を無駄にしているような気も・・・。一時期、無為に起きているよりは、その分早く寝て、翌朝早く起きて色々とこなすほうが効率がいいに違いない!と考えて早く起きようと試みたこともあったのですが、必要に迫られれば朝早くても起きられるのに、特定の目的もなく起きるのは、もう潜在意識に「バレている」(?)せいか、いくら目覚ましをかけても起きられなかったのです。結局、私は正真正銘の夜型人間だなぁ、と納得するに至ったわけです。どうやら息子もこの血を引いているようで、なかなか寝付いてくれません…。でもお願い、あなたが寝てから仕事したり、本読んだりしたいの。早く寝てね。そうそう、おまけってワケじゃないけど、子供が遅くまで起きているのは体に良くないしね。大人と子供は違いますよ。…なんて日々言ってると、息子には説得力が感じられないんでしょうね。ちっとも寝付いてくれません。血は争えません。
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2007年 1月29日(月) かの
「話せる=理解している」わけではない
 昨年私にとって最大級ビックリ業務は某ウィスパリング会議。担当者から「関連資料はありません」と言われていざ現地に赴くと、机の上には電話帳数冊分の資料がデーンと待ち構えていた。しかも出席者は取締役レベル。すべて前日の依頼時に聞いていないことばかりだった。英語で言うなら’one of the toughest job’、直訳すれば「今まで受けた中で最もキツイ仕事のうちの一つです」ということになる。
 しかしこうしたパターンは最近珍しくない。取締役レベルの会議なら相当前から日程が組まれていると思うのだが、なぜ直前の依頼なのだろう?担当者は会議準備に忙殺されて通訳発注が後手後手に回ってしまったのか。真相は私にはわからない。いずれにしても通訳者はこのような業務の際、自分の持てる力を最大限出して通訳するのみである。大量の資料もその場でサイトラし、何とか形だけはA言語をB言語に置き換えて進めてゆく。最後の一句を訳し終えたときは心身共に別世界を浮遊しているかと思うほどヘロヘロである。
 発注側にしてみれば、致命的なミスもなく何とか言語変換が滞りなく行なわれていたならば無事業務完了となるのだろう。しかし通訳者にとっては不完全燃焼だ。辛うじて訳せたからといって概念そのものを理解していたわけではないからである。資料が事前にあるのなら、根本的な部分から勉強しておきたいのが本心だ。
 ところが自分の仕事においてはこう思っているのに、私自身、同じことを子どもたちにやってしまっていた。それは子どもたちの発話だけを聞いて、彼らが理解していると早合点していたこと。5歳の息子も3歳の娘も最近は爆発的におしゃべりする。息子など「夕方になったから明かりがともっているねえ」と、私が惚れ惚れするような日本語をさらりと述べたりする。それでつい「話せるからわかっている」と思い込んでいたのだ。なのに日常生活で同じことを何度注意されても繰り返してしまう子どもたち。いったいなぜだろう?
 それでふと気がついた。子どもはボキャブラリーを駆使するとは言え、概念はまだ理解できていないのだ。つまり私の「手探り通訳」と全く同じ。きっと彼らにしてみたら、「もっと根本的な考え方をわかりやすく説明してから叱ってよー」ということなのだろうなあ。反省するガミガミ母さんである。
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2007年 1月26日(金) まめの木
レジ袋有料化の是非
先日、某スーパーでレジ袋有料化を実験的に開始した、というニュースを見たとき、思わずテレビに向かって拍手喝采してしまった。しかし同時に、「今ごろ何を…」という気持ちにもなった。
ニュースでは、ごみの減量化、さらには資源節約が目的と言っていたが、ドイツ人並びにドイツで暮らした経験のある者にとっては、こんなこと、今さら是非を問う問題ではないのである。ドイツでは、レジ袋をタダで配るなんて、気の利いたサービスはしてくれない。決して“ケチ”なのではなく、ドイツ人の環境意識は日本人よりもはるかに高く、ゴミ減量化・リサイクルは市民の義務という考え方が社会全体に浸透しているのである。袋を持たずに買い物に出かける者は困って当然、いわゆる“マイバッグ”あるいは“マイかご”持参でスーパーに行くのは当たり前のマナーであると、レジで「袋ください」と言おうものならじろりと睨まれ、ただ一言、「10ペニヒ!!」と渇を入れられたものだ。そのため、スーパーやドラッグストア、デパート等ではロゴや独自のデザインをあしらった布製の買い物袋を売っている。
このニュースを見ていてさらに驚いたのは、テレビのインタビューに答えた人々が、
「5円なら、別に買えばいいんじゃないでしょうか。」
「せめて3円くらいならいいんだけど…」
と言っていたことだ。思わず、昔テレビでやっていた「必殺○○人」シリーズ風に、
「カネじゃねえ、地球の将来がかかってんのよォ〜」
と啖呵を切りたくなった。昨今、地球温暖化がこれほどまでに肌で感じられるのに、こんなのんきなことを言っていてよいのだろうか。こんな低意識では、長生きしようと思って一生懸命食事や健康に気を配ってみたところで、地球の方が先に死んでしまう。
今まで無料だったものに対してお金を取られるのだから仕方ない、といえばそれまでだが、タダでもらえるからといってレジ袋がタダで製造されているわけではなく、燃料も資源もいるのである。ゴミ処理にだってお金がかかるし、二酸化炭素も排出するのだ。問題は値段云々にあるのではなく、消費者側が「買えばいいじゃないか…」という意識のままだったら、レジ袋有料化を導入したところでゴミの減量化、省資源、環境保護には結びつかないということである。また、報道する側も「有料になる」という点ばかりを強調せず、システム導入の意義をもっと明確に伝えなければ、タダでもらえるものは無駄にしてもいい、無料で利用できるものはぞんざいに扱っていいのだ、という公共意識の薄さも変わらないだろう。

我が家では、必ずマイバッグを持って買い物に行く。色々なイベントでもらったものもあれば、10年以上前にドイツで買った袋もある。汚れたら洗えるし、小さくたたんでバッグに入れておけば仕事帰りに買い物するときにも便利である。ゴミも増えないし、袋持参者にはエコ・カードといって、ポイントが貯まると100円還元してくれるカードを発行してくれるスーパーもある。確かにいつもマイバッグ持参でお出かけするわけにはいかないにしても、まずは自分の身近なところから、みんなで“小さなエコロジー”にそろそろ本気で取り組まないと、地球は本当に危ないのではないか、と思った。
(ドイツの布袋、ちょっと汚いですが…)

(小さくたたんで…)
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2007年 1月25日(木) 仙人
金太郎
筋肉を大きくするのを趣味にしてはや数年。最近よく「おっさん」に間違われ、60%自慢、40%困った感を味わっています。プールで泳いでいると、「どこのパワフルなおじさんだろうと思うと仙人さんだった」と言われ、公園を走っていると高校生の集団が「あのおばさん、はえー」「あれって、オヤジじゃねーの」と会話しているのを耳にします。昨年六月に髪を切って(ワールドカップでオーストラリアに負けた翌日、あまりのショックに長かったのをばさっとショートにした)女性的な記号が消えてしまったということもあるのですが、なんだかすごいもりもりの体……。妹から「そんな体になって、何を目指して、どこへ行こうとしているのか?」と問われ、「熊と素手で戦える体を目指して、足柄山へ行こうとしている」と答えていたのですが、いえ、それは冗談ではあるものの、ジムのアルバイトの大学生の男の子(超もりもり筋肉さん)からも、「そろそろ熊と戦えそうっすね」と声をかけられる日々。
翻訳者、これでいいのか?
実は昨年3月にひどい大腰筋の肉離れをして、それを治そうとお肉ばっかり食べてたのが、大きなターニングポイントだったような。いわゆる体育会系の人ってマゾ気質だとよく言われますが、私もまさにそれで、痛くなるまで体を酷使しないとスポーツしたという充足感を味わえなくて、どこかが筋肉痛になっていないと不満を感じます。ところが鍛えていくと当然、ちょっとやそっとでは筋肉痛を味わうことができなくなり、もともとできなかったことは体が反応しないからいいのですが、昔できたことで今の年齢では対処できなくなっていることをついやってしまうと、ぶちっ、めりっという感じで筋肉が断裂していき、それを治そうと、さらに鍛え……。
今はまた股関節まわりの筋肉が肉離れ寸前状態。内向的な(イメージの)職業と体つきのギャップの大きさに疑問を感じながら、この機会にジムは休んで、少し仕事を先に進めないと、と思っています。
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2007年 1月24日(水) the apple of my eye
反省、反省
時々、チェッカーを頼まれることがある。
これはとてもトリッキーな仕事である。
明らかな誤訳、訳語選択のミス、入力ミス、訳抜けというレベルの訂正までは、いい。
だが、何しろ人にはその人それぞれの文体というものがある。同じ原文を訳していても、10人いれば仕上がる訳文は10種類になるだろう。
私が、「この文章の流れはどうもわかり辛い」と思って訂正したくても、訳した人はその訳文が「完成品」だと思って納品しているわけだから、そう安易には訂正できない。誤訳じゃないし、ただ、私だったらそう訳さないだろうなぁ、のレベルの話だが。
読んでいてつっかかったところを何度も何度も読み直し、どうしてもダメと思うところだけを訂正するのだが、「ん〜どーもしっくりこないなー」という感じが残ったまま、先に進まなければならない場合があるのが、なんともストレスが溜まる。こんなことなら自分で全部訳した方が余程楽だ、と思うこともしばしば。
トリッキーな要素その2は、言いにくい話だが、翻訳者さんの力量の違いでチェック作業の時間のかかり方が違うので、作業時間を見積もりにくいということである。質の良い翻訳の場合、通常の翻訳にかかる時間の3分の1くらいで、チェック作業が終わる。ところがそうではない場合、またしても「自分で全部訳した方が余程楽」、になってしまう。そこに例えば、専門用語をきちんと訳せていないなど、その種の翻訳では絶対に犯してはならない間違いが多発していると、「ぁぁぁぁ……」な気分になってさらに作業スピードが落ちてしまったりする。
とまあ、偉そうなことを書いたが、自分が駆け出しの頃はチェッカーさんにこういう思いをたくさんさせていたのだろうという、反省の機会にはなる。さらに、私たちの訳文を実際にご使用になるエンドユーザーさん、お客様も、納品された訳文を読んで「どーもしっくりこないなー」と感じられていることもあるのだろう。そう思うと冷や汗がドット出て、これまたストレスの要因である。
いやいや、そんな風に後ろ向きになってはならない。
他人の訳した物を読むというのはなかなか機会がなく、色んな面で大変勉強になるのだ、というお話でした。
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2007年 1月23日(火) パンの笛
実践しています
 小学校一年生の息子。学校で「ことしのもくひょう」を決めましょうと言われて、書きました。「ことしはほんをひゃくさつよみたいとおもいます。」素晴らしい。息子は親のこちらが驚くほど、学校でもヒマさえあれば本を読んでいるそうで、本は好きでも必ずしも本の虫ではなかった私や、運動命!で本は二の次(と思われる)主人の血はいったいどうなったのか、と首をかしげるばかりです。もっとも、そこは小学校一年生。読む本のジャンルも限られていて、秀才クンに育っている気配は残念ながら特にありませんが…。でも、翻訳者である親の私が感心している場合ではありませんでした! そう。私も今年こそ、昨年以上に読書したい! そう考えていた矢先だったのです。正直、息子に先を越されました。そこで、せめて私も若干7歳の息子に負けないよう、「今年は本を100冊以上!読みます!!!」と皆様にここに宣言したいと思います。もちろん、数が重要なのではないことは百も承知ですが、数をこなして得るものがあるのも事実。自宅にこもって仕事をしていると、つい視野も狭くなり、発想も貧弱になってしまいがち。だからこそ、他人の意見を多様に、しかもそれぞれをそれなりに深く掘り下げて知りたいと思うのです。正直な話、毎日通勤電車に乗って職場に通っていた頃の方が、「この時間を無駄にしたくない」という気持ちがはたらいて本をたくさん読めたものでした。自宅にいると、空いた時間はぜーんぶ仕事をしてしまうか、ちょこっと家事、という風になってしまって、敢えて読書にはなかなか時間が割けなくなってしまっていました。だからこそ、今年は数値目標を掲げて、優先的に読書に時間を割くようにしようと決めたのです。今のところのペースでは…年100冊はちょっと危ういですが、それでも昨年よりはずっと、寸暇を惜しんで読書をする姿勢が身につきつつあります。どうにかもう少しペースを上げて、息子に胸を張って、「ママも新年の目標をちゃんと達成できたよ。」と報告できるようにしたいものです。
 もう一つ新年からはじめていること。それは息子と一緒に一年かけて百人一首を覚えて、来年のお正月には一緒に百人一首で遊ぼう、という計画。お恥ずかしながら、百人一首をきちんと覚える機会を持つことなく大人になってしまった私。主人は中学生の頃に一度すべてを暗誦したらしく、それなりに覚えている様子。翻って息子。学童保育で「声に出して読みたい日本語」シリーズを取り上げてくれているおかげで、論語や現代詩をすらすらと暗誦します。これは息子一人が特殊なわけではもちろんなく、同じ学童保育に通っている子たちは漏れなく、全員暗誦できるのです。普段はやんちゃ坊主の男の子も、おませな女の子も皆、です。覚える対象はこれ以外にも、国旗や魚の漢字など、実に多岐に渡っているのに、子供たちはそれを一切苦にすることもなく嬉々として知識を吸収しているのです。改めて子供の記憶力って素晴らしい、と親の私たちは感心しきりです。こんな調子では、いつ学童で「百人一首も覚えてしまいました」と言われて置いてきぼりになるかわかったものではない、と危機感を感じてしまったのです。お察しの通り、覚えるペースはもちろん、息子の方が上です。ですが、和歌の言葉は子供には理解が難しくてとっかかりがないらしく、一旦覚えればこちらの方がきちんと残る様子。お互いの一長一短で、結果は引き分け、というところでしょうか…。この二つの目標は地道に一年間続けて、来年のお正月には、百人一首で大いに楽しんだ後に、一年間読んだ本の感想を言い合ったりできれば最高だな、と今から楽しみにしています。きちんと目標を達成できたら、皆様にもこの場を借りてご報告をしたいと思います。報告がなかったら…あぁ、結局達成できなかったのね、とご理解くださいませ。よーし! これでもう後へは引けなくなったし、頑張るぞー!
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2007年 1月22日(月) かの
学ぶ意欲
 昨年末、時間管理と片付け術に関する講演をする機会があった。主催は地元の育児サークルで参加者はおよそ30人。主婦として、母親として、どのように時間を割り振ったり物の整理をしたりしたら良いか真剣に考えている方々だった。私の本業は通訳者だが、手帳の使い方や掃除法などにずっと興味を抱いてきた。自分の経験がお役に立てればとの思いで講演をお引き受けした次第だ。
 家でひたすら子どもを育てるというのは、数ある「仕事」の中でも最もハードだ。私自身、正社員時代に息子を出産し産休を取ったが、子育てはエンドレスだし家事は山のようにたまっていく。育児休暇中に通訳力が急低下するのではといった不安もあって悶々としていた。長女はフリーランスになってから出産したが、それはそれで「いつ復帰するか?保育園はどうするか?」といった課題が山積。赤ちゃんのリクエストは24時間休みなしなので、元々片付け大好きの私にとって家の中がゴミだめのようになっていくのは、精神的に辛かった。
 夢中で赤ちゃんのお世話をしていたころ痛切に思ったのは、「とにかく外に出たい」「勉強したい」ということだった。朝から晩まで狭いマンションで子どもたちだけと向かい合っていると、ややもすると煮詰まってしまう。幸い私は近所に住む義父母に助けてもらったが、それでも気がついたらパジャマのままお昼が過ぎていたり、朝から晩までずっと洗い物をしていたりという状況はしょっちゅう。仕事においてベストを尽くすのは心がけとして素晴らしいが、子育てで頑張りすぎると消耗してしまう。それだけに安心して子ども連れで学べる場所が欲しかったのである。
 今回の講演会は託児付きで、参加者の半数以上が子ども連れ。お母さん方は2時間、子育てを忘れて講演に耳を傾けてくれた。質疑応答も活発。こんなに学ぶ意欲の高い人たちを眠らせておくのは本当にもったいない。これからの時代、通訳養成所などもぜひ託児室を設けて、勉強したいという将来の通訳者を応援してくれたらと願っている。
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2007年 1月19日(金) まめの木
通訳保護色論
美輪明宏氏の書著、『人生ノート』の中に“人間保護色論”というのがある。人間はカメレオンやヒラメ同様、保護色の動物であるという。普段の生活、家のインテリア、読んでいる本、聞く音楽、日常の会話、発想などが全部そのまま見えない膜となってその人を包み込んで保護色を作り上げる。例えば歌手の場合、演歌歌手、シャンソン歌手、オペラ歌手、ジャズ歌手、ロック歌手に同じスーツを着せて舞台に立たせても、演歌歌手にはやはりその人の半径何メートルを演歌の香りが取り巻いているから、「私は何々です」という前にすぐわかる、というのだから面白い。だから、今流行っているどこどこブランドのいくらの服を着るか、ではなく、普段からいい本を読み、質の良い音楽を聴き、良い文化に接することで高い品性を身に付けることが大切、と氏は説いているのだ。

これは通訳者の場合も同じように感じる。普段使っている言語や専門分野がその人となりに影響するのか、各国語の通訳者が集まる現場では、互いに自己紹介する前からどの人が何語の通訳者か大体わかる。偏った私見にすぎないが、英語の通訳さんでは“キャリアウーマン”的雰囲気を持っている方が圧倒的に多く、まさに「できる」と感じさせる迫力がある。イタリア語、フランス語の通訳さんはとてもおしゃれだ。“おしゃれ”というのは頭のてっぺんから爪先にいたるまで、いわゆる「高級ブランド漬け」という意味ではない。さすが、ファッション業界の重鎮を数多く生み出してきた国の言語を操っているだけあって、自分の美しさを最大限表現できるファッション道に通達している感があるのだ。フランス語の方は凛としたモノトーンの気品をかもし出し、イタリア語の通訳さんはカラフルで洗練された明るさを持っている。明るさナンバーワンといえば、やはりスペイン語の通訳さんだろう。声の調子もビビッドで、周りの雰囲気を明るくしてくれる。

ドイツ語は…?『地味です。』
といっても、ドイツ語通訳者の名誉のために言っておくと、
『決して野暮ったいのではありません。』
しかし、やはり機能性にこだわってしまう。ドイツ語はフランス語・イタリア語ほどファッション関係の仕事は多くなく、メイン分野が機械・工業関係だ。工場ではまず“ケガをしない服装、すべらない靴”が第一だし、技術会議では男性が多いため、ファッションセンスに磨きをかける機会があまりないのである。同業者にリサーチしてみると、気に入って買ったブラウスでもちょっと脇がつるだけで、メモを取ることを考えて出かける前に着替えた、新しいベルトを買ったが、朝してみたら少しお腹に当たるのが気になって、結局古いのをして行った、等の話を耳にする。まずは仕事がしやすく、お客様に不快感を与えないこと、でもせめて“それなりに”シックでありたい。これらを突き詰めていくと結局、色の上でもデザインの面でも質実剛健な無難路線になってしまう。
これがドイツ語通訳者の保護色なのかもしれないが…。
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2007年 1月18日(木) 仙人
Sound of Silence
私の住んでいる市では、年末に地方選挙がありました。選挙というのは、在宅翻訳者の最大の敵です! 私は特に、音楽をかけながら仕事をするなど問題外、朝の支度のときテレビの音が聞こえているのも嫌というぐらい、「聴こうと意識している音」以外の音があると集中力がとぎれるという極端な「静寂」志向なので、余計そう思うのかもしれませんけど。「聞こえる音」は基本的にすべて嫌、何かに集中して聴くことしかできない感じです。耳栓でもすれば、と思われるでしょうが、ものすごく大雑把なくせに、妙に神経質なところのある性格はここでも出てきて、電話が鳴っても気づかないほど耳栓をしていると、今度は耳の中が、「しーん」と鳴っている音みたいなのが気になるのです。ウォークマン発売時から、耳の中で音が鳴るのも苦手で、ヘッドフォン・イヤフォンタイプのプレーヤーがだめなんです。
さらに、映像翻訳では耳栓をつけるわけにはいきません。音源のよくない映像翻訳などしているとき、いくら家中を閉め切って、高性能のヘッドホンをしていても忍び込んでくる「よろしくおねがいしまーす!」に、手にしたマグカップを投げつけたい衝動を何度も抑えねばならなくなります。近頃は、ソフト路線がはやっているのか、運動員がそろってフォークソングみたいなのを合唱していくのがあって、ハンドマイクを通した超どへたな歌が聞こえてきたときは、かなりきつかったぁ。こういうとき、他の翻訳者の方々はどうされているんでしょう? 我慢ならないほどの音が長時間聞こえると、私は、とりあえず新しくコーヒーを淹れるという作業をすることにしています。
ただ仙人になって心を広く持とうとしている私は、まあこの年末に仕事がなくなってお正月を迎えるっていうのも悲しいだろうなあと、最後のお願いに来た人たちに同情の目を向けたりもしましたが、そもそも、名前の連呼と、よろしくおねがいしますを叫ぶことで、選挙運動としての効果があるんでしょうかね。私は、投票所に行くと、できるだけ選挙期間中に名前を聞かなかった人を探して投票するようにしてるんですけど。
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2007年 1月17日(水) the apple of my eye
1人じゃない
「ひ〜とりじゃないってぇ〜すぅてきなこっとね〜♪」って、年齢がばれてしまうが、天地真理ちゃんの歌にあったな。
在宅翻訳者の仕事は孤独だ。
悩んでも迷っても腹を立てても落ち込んでも、側に相談したり鬱憤を晴らす相手がいるわけじゃない。タダ1人、黙々と自己反省・自己解決するしかない。
しかし、たまに派遣の仕事をうけると、行った先で同業者さんにお会いする機会に恵まれることがある。
単発ならその日限りでさようならだったり、一定期間ご一緒しても、あまり話す機会のないままの相手もいるけれど、幸運なら、お知り合いになれることもある。
そもそも翻訳なんて非常に範囲の狭い仕事を生業にしているという共通項があるのだし、同じプロジェクトに取り組んで、「同じ釜の飯を食った」間柄でもあるのだから、親しくなれる要素は普通の派遣ワーカー同士よりもあるかもしれない。さらに同じ肩こり・腰痛の職業病で悩んでいたり、別のエージェントでも同様に登録していたり、更なる共通項があるとググっと親近感が沸いたりもする。
さらに、その人の仕事ぶりやお人柄が信頼できるものであれば、たとえその日のうちに携帯電話のメアドを交換しなくとも、記憶にしっかり残り、何かの機会にまたお会いできれば、今度は思い切って声をかけることにつながるのだ。
さて、私もかれこれ10年ほど在宅翻訳業を営んでいるが、ここ数年、そうやってお知り合いになれた方からお仕事をご紹介していただくこともある。大変有難い話であるし、同業者さんから評価されるというのは非常に励みにもなる。
あるいは、仕事で行き詰った時にSOSを出して助けていただいたり。
さらに、このブログ上でもそうなのだが、普段は自分だけが締め切りギリギリになっちゃってハラハラしたり、訳語の選択で悩んでいたり、仕事に起因する不規則な生活時間で疲れてしまっていたりするのだと思っていても、実は同業者さんたちで同じ悩みを抱えている方は多いのだということを知って、なんとなく慰められたりもする。
なので、これから在宅一本で仕事をしようと考えている翻訳者さんに申し上げたい。
たまにはオンサイトもやりましょう。


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2007年 1月16日(火) パンの笛
ブランクの感覚
 先週の投稿の際に、ブランクが空くと焦燥感が増す、という話を書きました。それを文字にしてみて初めて、一体どれくらいの期間が空くと実際に影響が生じるほどのブランクが空いてしまったと言えるだろう、となんとなく考えるようになりました。一般に、ダンサーなどは練習を一日サボると自分にわかり、二日サボると仲間にわかり、三日サボるとお客さんにわかる、などと言いますよね。翻訳も同じように、すぐにペースを取り戻して、成果物にも影響が出ない程度のブランクと、明らかにペースも落ちて、なかなかあるべき結果が出せない、というときがあります。そこでつらつらと考えていた私の頭に一つ思い浮かんだのが、キータッチ。翻訳の仕事をしていると日がな一日パソコンに向かってひたすらキー入力を行うわけですが、この行動がすっかり性癖となってしまって、今では例えばパソコンに向かっているわけでもなく、人と話をしているだけでも、自分が発した言葉を頭の中でキー入力しているイメージがあるのです。同業者の皆様、もしくはパソコンに張り付いてお仕事をなさっている皆様も、同じような感覚があるのではないでしょうか? とにかく、言語化されたものはすべて、頭の中でキー入力してしまうのです。それはつまり、仕事から離れても、仕事のときのペースでつい頭がフル回転してしまっているのだなぁ、と思うわけです。そこで、問題のブランクです。ちょっとでもお休みがあると、だんだんその「脳内キー入力」のスピード、そして頻度が下がってくるのです。普段はほぼ100%「脳内入力」を行っていますが、ブランクに入ってからの日数が長くなればなるほど、入力することを忘れるようになってくるのです。この状態に至るほど休んでいるのは「ブランクが長い」という目安になるかもしれない、と思うようになったのです。その感覚と、実際の成果物への影響との相関関係はまだ分析しきれてはいませんが…! そんなこんなで迎えるブランク明け。パソコンの前に座ってみて初めて、「そうだった。この感覚。」と一気に普段の感覚に引き戻されるわけです。本当は、四六時中仕事の感覚に囚われずに、上手に切り替えできるのが望ましいんでしょうけどねぇ…。それにはもうちょっと人間としての修行が必要そうです。
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2007年 1月15日(月) かの
「知らない」という勇気
 通訳翻訳の仕事をしていると、宇宙からIT、サッカーから浄瑠璃まで多岐に渡る分野をカバーする。「狭く深く」ではなく「広く浅く」というわけだ。それゆえ仕事で得た知識を元に、初対面の人とでも話は合わせられる。「よくご存知ですね」と感心されることもある。しかしだからと言ってすべてを知ったような気になってはいけないし、むしろ知らないことがたくさんあっても構わないと思う。
 私が本格的に通訳者を志した頃、ある私塾に通った。そこの師匠はとても謙虚な方で、博識であるにも関わらず決してそれをひけらかさなかった。若い生徒が何か真新しい情報を発表すると、身を乗り出して真剣に聞いている。「君はどう思うか?」と積極的に意見を尋ねてくることもあった。私はその姿勢にとても感銘を受けたのである。
 人はライフステージに応じて知らないことがあってもいいと思う。今の世の中は情報があふれ、それこそマウスのボタン一つでどんな情報もネットから入手できる。新聞や雑誌も新しいトピックをひたすら流し、「知らないと損」「今、知っておかないと後が大変」とあおる。でもあえてすべて知らなくても、日々ハッピーに暮らせるのではないだろうか。
 私は子育て、仕事と家事、あとは息抜きのスポーツクラブの四本柱で今の生活をまわしている。テレビを見る時間がないのでKAT-TUNを「かっつん」と呼んでママ友にびっくりされたり、「V6の振り付け」と言われてなぜか野菜ジュースを連想してしまったりする。
 でもバムとケロが絵本の中で何を買ったか知っているし、「花さき山」の「おどろくんでない」のセリフに込められた意味もわかる。玄米を普通鍋で炊けるようになったし、スポーツクラブのレッスンに出てくる「スーパーマン」の動きも何とかできる。
 人間、何でも知っている必要はないのだから、情報洪水に左右されず、「知らない」という勇気も幸せにつながるだろうなと思う。
 もっとも実家の母は「え!?KAT-TUN知らないの?私だって知ってるのに」と絶句していたけれど・・・。
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2007年 1月12日(金) まめの木
我が家の招き猫
去年の暮れは年末ジャンボ宝くじを買わなかった。買わなければ当たらない、と世間では言うけれど、私に大金を持たせたら
とたんに向上心を失い、とんでもなく怠惰な人生を送りそうだから、多分、神様の深遠なるお計らいで、我々は買ってもきっと当たらないんだろうな、と思う。だから買わない。
会社勤めしていた頃のお客さんに、お寺のご住職がいた。大阪のお坊さんで、退職後も現在に至るまでお付き合いいただいており、大阪人らしいテンポの良い辛口のアドバイスには何度も助けられてきた。通訳になるために勉強を始めた時にも『そりゃ、ええことや。』と心から応援してくれた。生活のためのアルバイトをしながら通訳学校に通っていた頃、そのお坊さんに『宝くじでも当たれば、勉強に専念できるのに…』とため息混じりに話したら、『あんたな、今宝くじ当たったら勉強なんか絶対せーへんで!』とこてこての大阪弁で叱られたが、試験前には『これ身に付けて、気張って勉強しいよ。』と水晶の腕輪念珠をくださった。そのお念珠は今でも肌身離さず身に付けている。

宝くじを買わなくなった理由にはもうひとつある。
ある時、舌切り雀のおばあさんや花咲じじいの隣りのおじいさんのような根性になってはいけない、と反省したからだ。我が家にはネコが三匹いる。うち一匹は薄い茶色に白い靴下で、日光に当たると黄金色に輝く、大変おめでたいネコである。このネコがなんと、宝くじを当てたことがあるのだ。掌に乗るくらい小さい頃に千円、それから何度か千円、少し大きくなってから1万円当てたのである。そんなバカな…と思われるかもしれないが、宝くじを買った時にこのネコがなんらかのアクションを起こすと必ず当たる。最初の千円の時は、宝くじの紙にじゃれてきて、10枚のうちの1枚に執拗にこだわって鼻をすりつけていたので、それを別に取っておいたら千円当たった。1万円の時は、ベランダに正しく座り、西日に向かって大きな声で『ニャン』と鳴いた。西日を受けて黄金色に輝くネコ、これはもしかしたら縁起が良いのではないか、風水でも金運アップには西の方角に黄色を置けとあるし、さてはこのネコ、いつもは寝てばかりいるけれども、恐ろしい才能を秘めているのでは…といやらしい期待に一瞬胸が膨らんだが、その時、昔話に出てくる欲深なおばあさん・おじいさんを思い出してハッと我に返ったのである。ネコに金運を期待するなんてさもしい根性では、もっと大事な運気が逃げ出してしまうかもしれない。変なプレッシャーをかけたらネコが衰弱してしまうかもしれない。反省の気持ちから、『君がいてくれるだけで十分、沢山の喜びと癒しを与えてくれてありがとね〜』と猫なで声で抱きしめたが、当のご本人は『ふむぅ〜〜〜』と鳴いて、『今頃分かったの?』という顔をしていた。
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2007年 1月11日(木) 仙人
ダークなカレ
またもや体の色の話。しつこいです。どうも、この色合いの好みって一定のような気がします。昔、同僚と究極のデート相手トップ5を言い合ったとき、本人の人種、さらに男女を問わずそれぞれがdark系とfair系に分かれて、へーえ、と思ったことがあったので。私は決定的にdarkなカレが好き! ということにそのとき気づいたのですが、その当時(今は違います!)私が挙げたのは、ジョージ・クルーニー、アンディ・ガルシア、アントニオ・バンデラス、ウィリアム・ボールドウィン……濃い! 
いや、ブラピとか好きですよ、かっこいいと思いますよ、TVから”Walk This Way”が聞こえ始めると、ぱっと動きを止めて、携帯電話のCMを凝視しますよ。でも、デートできるとすると、アンディ・ガルシアだなあ、やっぱり。
思い起こせば小学生の頃、サンダーバードも性格的には末っ子のアラン(ブロンドでTB3号を操縦する、元カーレーサーだった彼です)が大好きなのに、見た目は長男のスコット(黒髪)がすてき、と思っていました。何歳ぐらいの頃にこういう「刷り込み」みたいなのできてしまうんでしょう、幼稚園の頃『狼少年ケン』が好きだったせいなんでしょうか。
もし、そうだとすると、小さい子供に見せるアニメや変身モノって影響大ですよね。正義の味方が女にだらしなかったりすると、それから20年ぐらいしたら若い娘はみんな、だめんズウォーカーになってしまったりして。ちょっと気になっているのは、私の大好きなドラゴンボールの悟空はパパとしては最高だけど、女の趣味はいまいちだったりすること。小学生の頃それを見ていたお嬢さんたちが20代半ばにさしかかるこの数年が心配です。
それとも「刷り込み」は、見た目だけの話でとどまるんでしょうか。それなら、いいんですけど。
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2007年 1月10日(水) the apple of my eye
人間力
まだ社会人になって1、2年目の頃、勤めていた会社の同僚とよく海外旅行に出かけた。その何回目かのときのことだ。
南仏の町をいくつか回り、ニースに立ち寄った。
そこでやられてしまったのだ。多いよと忠告を受けていた、子ども強盗軍団に。
ふらりとランチに入ったレストランが期待以上に美味しくて、いい気分で出てきたところを10人ほどの子供たちに取り囲まれ、ひとたまりもなかった。3人グループの全員が財布をすられ、そのうち1人はクレジットカードまでやられた。私ともう1人は現金とカードを別にしていたのでカードのほうは助かった。しかし友人2人はその場で腰砕けになったと同時に座り込んで泣き出してしまった。
私は2人に先に泣かれたせいか、最初のショックが過ぎると意外に平気だった。
とにかくクレジットカードを停止しなければ、それから盗難保険の請求に警察に行って盗難届けをださなくちゃ、そして駅のロッカーに預けてある荷物を取り出して、帰りのパリからの飛行機は3日先だしパスポートは無事だし、私のクレジットカードは生きてるんだから、予定通り次の目的地エズに行って旅程を続けようよ、と2人を叱咤激励した。駅に戻ってロッカーを開けようとして、3人ともロッカーの暗証番号を書いた紙を財布に入れていたせいで、見事旅行カバンまですっからかんにやられていることに気づいた時も、私はもう笑うしかなかった。あーあ、この先3日間、着替えもなし?
落ち込んだままの2人を引きずるようにニース警察に行き、時間がきたからと窓口を閉めて帰ろうとした係官に、フランス語もできないのに食って掛かって何が何でもその場で盗難届けを発行させ、さらに電車に乗ってがけを登って断崖の上にあるエズという小さな町まで何とか到着した。クレジットカードを取られた友人はまだ落ち込んだままだったが、もう1人が何とか立ち直ってくれたので、2人で夕食に出かけてこじんまりしたレストランに入り、ワインで乾杯した。とても美しい街だった。
長々と何を言いたいかというと、人生って予期せぬ危機が訪れるもの、ということだ。
仕事をしていても同じ。突然パソコンがクラッシュしたり、顧客から依頼を受けていた作業分量と実際に届いたファイルの量が全く違っていたり、子どもが突然熱を出して病院に行かねばならず、仕事をするはずの時間が大いに削られてしまったり。ピンチの種は数え上げてもきりがない、予測できないからピンチになるのだし。
そんなとき、さめざめと泣いてうずくまってしまうか、くっそぉ〜負けるもんかと立ち上がれるかの違い。今、何が問題で、最低限何が必要で、どうすればそれが手に入るかを考えられる気力。必要な情報や手助けをかきあつめられる能力。何が何でも目標を達成しようと突き進むど根性。これらをひっくるめて何ていうのか分からないので、とりあえず人間力って言っておくけれど。分かっているのは、泣いたって溜め息をついていたって、事態は絶対に改善しないということ。
で、エズから先はどうなったかというと、翌日、列車でパリに戻るのだけれど手持ちのお金は乏しいので指定席は買わず、数時間を連結付近で立ったまま。パリではできるだけ安くて、ただし安全そうな宿を見つけ、それでもお土産ショッピングに繰り出した。このあたりで、ずっと泣いていた友人もようやく元気を取り戻してくれた。傑作はド・ゴール空港でチェックインする時だった。チケットを出したらグラウンドホステスのお姉さんが変な顔をした。「荷物はないのですか?」 そりゃ不審だっただろう。若い女性が3人、化粧もせず日焼けした顔でぼさぼさの髪、よれよれの着倒したTシャツと短パンと小さなショルダーバッグだけで、パリから日本行きの飛行機に乗ろうというのだから。若かったあの頃、である。
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2007年 1月 9日(火) パンの笛
書物の効用
 いよいよお正月休みも終わり、本格稼動の日々が始まりました。今日から息子の小学校も再開し、こちらもようやく一息、と言ったところです。
 ブランクというのはいつでも怖いもので、今回のようにほぼ10日近く一切仕事をしなかったりすると、仕事を再開したときにひどく能率が落ちていたり(ってそれは避けられませんが)、はたまた能率のみならず能力が落ちていたりしたらどうしよう、と仕事に手をつける前からドキドキしてしまうものです。そんな心境を反映してか、初夢は見事に、納期が迫っているのに時間が全然足りなくて、切羽詰っているというものでした…。目が覚めたときの焦燥感たるや、尋常ではありません。今年も一年、気を引き締めていきなさい、という神様からのメッセージだったに違いありません…。
 ところで、新年初のお仕事は、非常に日本語の表現力を求められるものでした。常日頃から、表現に工夫のし甲斐のある仕事をしたい!と吹聴してまわっている私。こういう仕事をいただけるようになったことは、本当に嬉しいものです。当然、その期待に応えたいとは思っていますが、こういう性質のお仕事の場合、実力が如実に反映されてしまうのも事実。特にクライアントからは顔の見えない在宅翻訳者としては、アピールの場は成果物しかないわけですから、そこで「さんざん考えてもこの程度だったのね」と思われては、翻訳者人生もおしまいです。(ちょっと大げさかな? でも心境は正にコレです。)そこで、ブランクを埋める意味も込めて、自分なりに精一杯、豊かな表現を心がけた…つもりです。今回は原稿自体は非常に短いものだったため、原文の単語一つ一つに思いを馳せながら、訳してみました。英語の単語と日本語の単語はもちろん一対一ではありませんから、それぞれの単語からイメージされる事柄の最小公倍数に当たる表現を探し、それでいて完成した訳文そのものが自然な流れになるよう、自分の言語感覚、そして手持ちの辞書を総動員しています。
 今回、いつもよりちょっと多めに辞書を引いていて、思い出したエピソードがありました。私は翻訳業に着く前、ほんの短期間でしたが、翻訳学校に通いました。私が通った講座の先生は、まだコンピュータの黎明期に外資系コンピュータ会社の日本支社に勤務して、翻訳も手がけていたベテランの先生でした。コンピュータの根本的仕組みに対する造詣も深く、その先生からは翻訳の手法以外にも、多くの知識を授けていただきました。ですが、おそらく退職されてからかなりの期間を経ていたのではないかと思われます。新し物好きの私は、最初の授業に辞書を数種類インストールしたパソコンを意気揚々持参して行ったのです。すると先生から開口一番、「辞書はパタンと閉じたときに音のするものがよろしい。コンピュータの辞書は邪道です」と言われてしまいました。あまりに突然の発言にびっくりしたのは言うまでもありません。しかし、私も私なりの考えがあって採用した手法でしたから、やや意固地になって、結局そのままパソコンを持参し続けたのです。もちろん、先生からいい顔をされなかったのは言うまでもありません。それ以来現在に至るまで、やっぱり私のメインの辞書はパソコンにインストールしたものや、インターネット経由のもの。でも、今回は、手元の紙の辞書も活用する必要性に迫られていましたので、紙の大辞典や類語辞典などもたくさん机に引っ張り出してきて調べものをしました。すると、コンピュータの辞書を利用したときには感じなかった、なんともいえない豊かな気持ちが感じられたのです。細かく分析すれば、例えば言葉を一つ調べただけでも、視野の中に他の単語も目に入って、それぞれの単語のニュアンスの違いを無意識に感じ取ったり、自分が調べている単語からどんな単語が派生して生まれたのかということを知ったりする、というのも要因の一つだったと思います。そしてそれに加えてもう一つ考えられるのが、本の「匂い」。私自身が所有している辞書はどれもそんなに古いものではありませんが、それでも紙独特の匂いがあります。その本から漂う紙の匂いに包まれていると、とても豊かな気持ちになります。そしてその気持ちを以って文章を考えると、それまでよりもずっとスムーズに訳文が思いつくように感じられたのです。今さらにになって、あぁ、あの先生のおっしゃっていたことも理にかなっていたんだと悟った次第です。仕事がはかどったと考えたのは、本当は私の気のせいかもしれません。でも、それが私の仕事ぶりにいい影響を与えるのなら、それでもいいのです。鰯の頭も信心から。単純な人間は、こういうとき得です。能天気にもそう考えて納品までこぎつけました。これで晴れやかに明日を迎えられそうです。
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2007年 1月 8日(月) かの
通訳者にとって「理想の通訳条件」とは?(パート2)
 先週に引き続き、通訳する上での理想条件について。今回は後編。

(8)故事成語・業界用語を使わない

 これは通訳者側の勉強不足と表裏一体なのだが、難しいことわざが出てくると一瞬詰まってしまう。また、その言語でしかウケないジョークも訳し辛い。社内の伝説的事件(?)なども!

(9)通訳業務前にブリーフィング時間を多めにとってほしい

 一番大変なのが「事前資料なし、会議内容が不明、当日会場に行ってみたら大量の資料アリ、集合直後から通訳開始」というもの。いつもこういう酷な条件ではないが、たまにあったりする。

(10)通訳しやすい机とイス。水の用意

 私が今までやった中で一番驚いたのはガラスの超小型サイドテーブル、後ろにひっくり返りそうなフカフカ応接イス。机が小さいと資料・辞書・メモ用紙などが広げられない。理想としては自分でイスの高さを調整できるもの。人間工学的に見て誰もが同じ高さのイスを好むわけではないからだ。飲み物はやはり水がベスト。フタつき緑茶だとフタを取る手間がかかるし、片手では飲めない。茶たくにくっついていることも。ちなみに面白いところではトマトジュースが出されたこともあった。

(11)通訳者からスクリーンが見えること

 通訳者を使い慣れたクライアントは見やすいところに通訳席をセッティングしてくれるが、時々スクリーンを背にして配置されることもある。気を利かせてスピーカーの隣ということもあるが、スピーカーの真横よりも、スクリーンが見えて、なおかつスピーカーの表情が読み取れる場所だと通訳しやすい。

(12)メモ取り中に通訳者に話しかけない

 逐次通訳のとき、社内のスタッフが親切心から用語を教えてくださることがある。でもこちらはメモを取りながらスピーカーの発言も聞いているので、話しかけられると思考が中断してしまう。通訳者が落としてしまった部分を横でボソボソ言われるのも冷や汗モノ。

(13)音声マイクのチェックは事前にしておいてほしい

 大量の資料と当日初めて「ご対面」し、その解読に集中する中、「すいません、通訳さ〜ん、マイクチェックお願いしま〜す」と言われることがある。一方こちらは内心「じ、時間が・・・」とカウントダウン状態だ。

(14)ビジネス会議の場合、話すのはお一人ずつで

 同時に複数が話し出すとすべての発言を通訳できない。周囲の咳やクシャミ、部屋の外から聞こえる音も通訳者を苦しめる要因になりうるのだ。

 以上、14項目を挙げてみた。きっと「クライアントから見た理想的な通訳」というのも存在するのだろうなあ・・・。
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2007年 1月 5日(金) まめの木
栗きんとんへの愛
明けましておめでとうございます。
みなさまにとって素晴らしい一年となりますよう、心よりお祈り申し上げます。
本年も如是我聞・自問自答・愚考三昧の数々にお付き合いいただければ幸いです。

というわけで、新年早々過去を振り返るような話で恐縮だが、昨年は12月22日が仕事納めで、フリーランスになって初めて年末を思う存分満喫することができた。
大人になってから、どんなに忙しくても欠かさず行う年末行事がある。
@\tクリスマスにケーキと骨付きチキンを食べること。
A\t大掃除をすること。
B\t黒豆と栗きんとんを作ること。
この他、ボストン・カメラータの『中世のクリスマス』とベートーベンの第九を聞く、海老天入りの年越しそばを食べる、なども恒例行事だが、この3つはどうしても外せない。一昨年は大晦日まで仕事が入っていたため、Bの「黒豆」しか達成できなかった。神様はその時の無念さをよく覚えていてくださったのであろう、今年は3つの課題をすべてこなすことができた。こんな義務を自らに課してストレスや罪悪感を覚える必要などないのだが、幼少の頃から10代までに染み付いた記憶とは恐ろしいもので、3つすべて行わないと無事に年が明けた気がしない。@とAは子供の頃からの習慣でもあるが、特に大掃除はドイツ人の誰かがいつか『整理整頓は明確な思考をもたらす』と言っていたのを聞いてから、『これを怠ると頭が混乱したまま年を越してしまうのでは…』と、ほぼ強迫観念と化している。年が明けてから大掃除をしても、給食を時間内に食べ終わらずに昼休みになっても一人寂しく教室で食べているような気分と似ていて、一向に盛り上がらないのである。Bの黒豆・栗きんとんに関しては完全なトラウマである。親戚中の子供の中で一番年上だった私は、大好きな栗きんとんがお重に入っていても、我先に手を出すことができなかったことから、『大人になったら自分で作って、鍋いっぱいの栗きんとんを食べてみたい』という夢を抱いてしまったのである。しかも、ある料理番組で料理家の先生が『きんとんはしゃもじですくったときに向こう側が透けて見えるほど、丁寧に練ってくださいね。この黄金色こそ、縁起がいいと昔から言われている所以なんですよ〜』と言っていたのが追い討ちをかけ、大人になったらあんなに甘いもの、おせち料理の中ではあまり喜ばれないのに、縁起物だから…ということで毎年鍋いっぱい作る。黒豆も今は亡き祖母が『喉と声に良い』と言っていたので、何の医学的根拠もないとは知りながら、やはり鍋いっぱい作る。頭にいい、体にいい、縁起が良い、などの言葉にはどうも弱いのだ。お陰で、黒豆と栗きんとんに関しては父親から、母親のよりも味が良い、との評価を得ているが、母は『あれだけの集中力と時間をかけて黒豆と栗きんとんだけ作っていればよいのなら、私でもできる。それは主婦の技にあらず、趣味の領域である。こっちはその他に準備することがいっぱいあるし、色んなものを作らなければならないのだから。』と豪語している。
ちなみに、余った栗きんとんはつぶしてトーストにつけて食べると芋ジャム風でとても美味しい。

今年も自他共に『きんとん色』に輝く年となりますように…
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2007年 1月 4日(木) 仙人
Gentlemen Prefer Blonde
先月、髪と瞳の色合いの話をしたのですけど、髪の色と一般的なイメージについて、思い出したことを。日本で胸の大きい女の人を――まったくイメージだけですよ、一般論ですよ、さらに最近は胸の大きな子が多いのであまり聞かなくなりましたが――頭がよくないみたいな言い方を聞くことってありましたよね? それと同様のイメージが北米では金髪の女性にあったりします。ヨーロッパより、北米のほうがそういう雰囲気が強い気もするのは、イギリスに比べてブロンド比率が低いせいもあるのでしょうか。
受付の女性が金髪、秘書の多くが金髪という状況の会社で働いていたとき、宅配便のお兄ちゃんが宛先のよくわからない封筒を持ってきて、この人はどこの部署? と聞きまわっていました。受付ブロンド1号「知らない」、秘書のブロンド2号〜5号ぐらいまでみんな「知らないわ」、で最終的に副社長秘書ブロンド6号が「残念ながら、私ではお役に立てそうもありませんわ」、とていねいな言い方で追い返そうとしたら、彼が”It’s OK, you’re just a blonde”と言い残して去っていったのです。それからその宅配便会社を訴えるだの、金髪の女の子が全員大騒ぎをしていました。金髪っていうだけで、なんでバカだと思われなきゃならないのよ! と私の親友(彼女もブロンド)が鼻腔をふくらませて怒っていました。
赤い髪の人は勝気、悪く言えば短気で切れやすい、みたいなのもあります。私はもちろん黒髪というかdark brownですが、日本女性って控えめで無口だと思っていたのに、あなたって実は、赤毛に緑の瞳で、そばかすだらけだったりするんじゃない? とか、一時期、朱色の髪にしていたときは、まさに性格にぴったり合った色だかと言われました。
あなたみたいな髪の色だと落ち着いて見られるから得よね、とその親友が言っていたのですけど、いえいえ、日本じゃそれは当てはまりませんから。
今年こそもっと気長な人間になるよう、仙人としての修養を積まねば。
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2007年 1月 3日(水) the apple of my eye
伝える
みなさま新年明けましておめでとうございます。
どのようなお正月を過ごされていることでしょうか。

最近では、おせち料理はデパートなどで買ってきてお重に詰めるもの、お餅もスーパーなどで買ってくるもの、あるいはお正月も年末から海外に出かけて過ごすものということで、自宅でおせち料理を作りお餅を搗いて三が日はお雑煮を頂くという過ごし方がマイナーになりつつあるのではと思う。
それの善し悪しは個人の判断に委ねるとして、ちょうど年末に、直接は存じ上げないある方が次のように言われたのを耳にした(正確には「書かれたのを目にした」)。
「人生は、大切なことを次へ渡していく伝言ゲームみたいなものだと思う。(中略) 重要なのは“大切なこと”であること。」
親から子へ、師から弟子へ、上司から部下へ、古い世代から若い世代へ。それが伝統の芸であろうが技能であろうが、技術や知識、家訓や家風、習慣であろうが。どんな文明も文化も、積み重ねがあって今がある。人はいつか死んでいくものだけど、死んだから終わりなんじゃない。
伝えられる方も、受け継ぐだけではダメなのだ。受け継いだものを磨き、その時代に合ったもの、あるいはさらに価値の高いものにして、次に渡すのだ。

年末に、吉本のなんばグランド花月に行った。
新旧の漫才を聞く。
「旧」のほうはさすが、年季が入った安定の話術。
確かな芸を感じる。
「新」のほうは、より時代の息遣いを捕らえた新しいトーク。
これからのパワーを感じる。
新喜劇では、最近ドラマで話題になったテーマ、10代の妊娠を扱いながら、私が子どもの頃から見ていた新喜劇の笑いが変わらずそこにあった。小難しい主義主張とは無縁、ただひたすらお客さんに明るい笑いをもたらすこと、それに徹した吉本の姿勢は天晴れ。

映画『父と暮せば』を観た。黒木和雄監督のライフワークである戦争をテーマにした作品だ。内容は、原爆投下から3年後の広島に暮す若い女性(宮沢りえ)と、原爆で死んだ父親(原田芳雄)の幽霊のやり取りだけ。好きな男性ができたのに「大切な人たちが亡うなったのに、生き残ってしまった私は幸せになってはいけんのです」と頑なな娘に父親が言う。「誰かが伝えんならんのや。こんなに酷い別れがあったことを。」

通訳や翻訳は、「伝える」を仕事にする。
それは、上から下へ、過去から未来への「伝える」じゃなくて、ある言語から別の言語へ、ある文化から別の文化へ、横へ、遠くへ、「伝える」仕事だ。「伝える」を怠った時、人と人は決裂し、断絶し、対立する。
勝手な解釈という「付加価値」をつけてはならないが、電子辞書のように右から左に変換するだけでもいけない、人と人との間の意思をつなぐ、大切な、意味のある仕事だと思っている。

年末・年始にたまたま見聞きしたいくつかのことで、ふと感じたことである。
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2007年 1月 2日(火) パンの笛
新年の誓い
 皆様、新年二日目、明けましておめでとうございます。今年もリレーブログ火曜の四方山話をご愛顧くださいませ。
さて、年末年始は主人の両親の家を訪ねています。我が家は関東に住んでいるものの、主人の両親は関西在住。なかなか普段は会うこともままならないため、我が家は夏のお盆と年末年始は必ず主人の両親宅に滞在するのを常としています。子供がまだ小さい頃は飛行機や新幹線での遠出は大変でしたが、この頃はすっかり楽になりました。というのも、小学校に入る前の春休みから、一人で先に両親宅に行くようになったのです。そう、飛行機の子供の一人旅行プランを利用しているのです。出発時には搭乗口まで私か主人が付き添い、機内ではスチュワーデスさんが面倒を見てくれ、到着時にはきちんと引渡し相手に引き渡すまで地上職の方が面倒を見てくださるのです。おかげで安心して先に息子を送り出すことができるようになり、働く母としてはこんなに助かることはない上に、息子本人もうるさい両親の存在もなく羽を伸ばして自由にわがまま放題で大満足、そしてさらに、(おそらく)両親も私たちに気兼ねなく息子を好きなように可愛がれるのです。まさにWin-winな状況ですね。こういうときには鬼のいぬ間の洗濯ならぬ息子のいぬ間の仕事で、普段はなかなかできない出勤+残業の仕事を入れることも、そして場合によっては友人との飲み会などの予定も入れることができます。でも、それも数日経つと、なんだか手持ち無沙汰に…。息子もいなければいないで寂しいものですね。普段、忙しくて文句ばかりの自分をちょっぴり反省。家族がそろっていられることに対する感謝の気持ちを再認識しました。今年は仕事も頑張るけど、息子との時間も大切にしよう!というのが新年の誓いの一つになりそうです。
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2007年 1月 1日(月) かの
通訳者にとって「理想の通訳条件」とは?(パート1)
 読者の皆さま、明けましておめでとうございます。今年初のブログは「通訳者にとっての理想的な労働条件」について。これには通訳者の個人差もあるが、私の場合どうなのか分析してみることにする。今日はその前編。

(1)クライアントが資料や原稿を事前に提供してくれる

 事前準備がどれだけできたかで通訳のアウトプットも変わってくる。しかし「事前の資料はありません」と言われることも。ところがいざ現地入りしてみると、電話帳数冊分の資料が机の上にあるではないか!ただでさえ緊張しているのに、この光景に遭遇すると、心臓発作を起こしそうになる(ホントに)。

(2)クライアントが専門用語集を作成・配布してくれる

 業界特有の言い回しやその企業内部でしか通じない用語などを網羅したものがあるとありがたい。以前、「事前原稿なし、資料なし」の日英同時通訳の会議でギョーカイ用語のオンパレードに遭遇。ノンネイティブの私にとって日英自体が難しいのに、外部の人には決してわからない専門用語がいっぱい!気が遠くなりそうだった。

(3)出席者リストおよび肩書き(日英)、聴衆の数など、周辺情報の提供

 「誰が出席するのか分からない」と言われていたのに、当日行ってみたら会場には取締役を始め幹部がズラリ。机に名札も置いていないとなると、誰が誰だかわからない。

(4)契約時間内に通訳業務も終了すること

 この仕事、「拘束時間4時間」と言われていたのが、思ったより話し合いが進んでわずか1時間で終了することも。その一方で拘束時間が過ぎても延々と協議が続いたり、あるいはその場になって突然「通訳さん、延長いいですか?」と聞かれたり。お弁当が支給されたので同室でとっていたら「せっかくですから、食べながら続けましょう」となったこともある。

(5)適宜休憩時間をとってくれる

 ビジネス通訳のとき、討議が白熱してクライアントが全体休憩を忘れてしまうことも。各参加者は適宜中座しているが、通訳者が席をはずすわけにはいかない。

(6)通訳者に配慮し、ゆっくり話す。ポーズを入れる

 難しい交渉の通訳だと、スピーカーがわざと相手に分からないような話し方をすることもある。一方、意味不明瞭だったり話題がそれたり、主語がハッキリしないのも通訳し辛い。

(7)結論から先に言う

 たとえば結論に至るまで延々と話し続けられることもある。それが紆余曲折を経た結果だと拍子抜けしてしまうことも。

 続きはまた来週。
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2006年12月29日(金) まめの木
熱望のエネルギー
会社員を辞めて通訳者を志した時、「ドイツ語なんて絶対に仕事がないから、今のうちにやめて新しい仕事を探しなさい。」という先輩と、「仕事は決して多いとはいえないが、ゼロになることは絶対にないから諦めずに頑張りなさい。」という先輩がいた。対極的な意見だが、お二人とも真実を教えてくれたのだと思う。「絶対に仕事がない」とは言えないが、確かにドイツ語通訳者のためのOJTの機会はほとんどないし、ドイツ語のスキルを買われて外資系企業に就職しても、実際に社内で使う言語は英語ばかり、との話もよく聞く。前者の先輩の言葉は、この業界の厳しさを知った上で「生半可なあこがれで程度は、とても生きていけませんよ」という配慮溢れる助言である。後者の先輩の意見も非常に前向きに聞こえるが、「ここでいう“諦めずに頑張る”程度とは、実は相当なものなのですよ」という、とても厳しいものだ。どちらの助言に耳を傾けるかは自分次第である。実際、この仕事を始めてから「これで終わり」というレベルがないことに青息吐息の毎日である。この道何十年という大先輩も「なにもしないというのは現状維持ではなく、実際にはレベルが下がっているのです。だからレベルアップするには、常に勉強、努力が必要なのです。」とおっしゃるほどだ。
よく、「今の仕事が自分に向いていないから通訳者になりたい。」とか、「会社勤めは何かと環境的なストレスが多いからフリーランスで仕事をしたい。」との声を聞くが、通訳者になったからといって常に自分の得意とする分野で好きな人々に囲まれて仕事ができるわけではない。特に他言語の通訳者ともなれば、今日はオペラ、明日は医療、来週は自動車…というように、次から次へと異なる分野に挑戦しなければならないし、そもそも、最初から向いている職業なんて世の中にあるのだろうか。また、本当に自分のやりたいことなど、そう簡単にみつかるものでもない。幸運にも天職と呼べる仕事にめぐり合い、その道で生きている人たちは、おそらく、つらい仕事や一見いやな仕事を過去にしていたとしても、今の仕事から何を学べるか、またどうしたらどこで自分を生かせるかを常に模索してきたのだと思う。そして、自己観察を怠らずに自分の能力と謙虚に向き合い、必要のないものをそぎ落としフォーカスしていった結果、現在の職業に従事しているのではないか…。
そのエネルギーの源は一体どこにあるのか?

ここで漫画の話を出すと、真面目な読者の皆さまに怒られてしまうかもしれないが、水木しげる氏の短編に『血太郎奇談』という話がある。主人公の血太郎は、将来ドラキュラになることを夢見ている少年だ。寝ても覚めてもドラキュラの本を手放さず、学校では気味の悪い作文を書く息子を心配した両親が担任の先生に相談するくだりに、
父親:「吸血鬼を希望しておるのでございますか」
先生:「希望なんてもんじゃございません。熱望というやつでしょうな…」
という会話がある。氏のコマ割りとセリフのいれ方のリズムが絶妙なこともあり、初めて読んだ瞬間に大笑いしたが、同時に「なるほど!」と開眼してしまった。要するに、“希望”程度では“努力”という行動を起こさせるエネルギーが足りないのである。熱望・切望してやっと手に入れた夢の職業なら、どんなにつらくても諦めずに頑張れるし、苦しくてもつらいとは思わないだろう。
ちなみに血太郎君はめでたく吸血鬼となり、ドラキュラ伯爵に
「おお、わがむすこよ」と抱かれる所でこの話は終わっている。
彼の熱望も成就したわけだ。

今年もあと三日。皆さんは新しい年に何を“熱望”しますか?
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2006年12月28日(木) 仙人
お正月行事
ここ数年、お正月行事としては『24』の最新シリーズのイッキ見、をやっていたのですが、今年は正月を待ちきれず年内に見始めてしまいました。今シーズンは傑作! なのはいいのですが、正月に室内に引きこもって行なう活動の目玉がなくなってしまって、どうしようと思っています。もちろん、何冊か読む本はありますが、何というかシリーズでいっきに、みたいなことをしたいし……。
父が元気な頃は実家でそろってやる百人一首がメーンエベントだったのですが。百人一首をやらなくなった最大の理由は、読み手であった父が亡くなったからなのですが、私たちが高校生の頃、冬休みの宿題だった百人一首の暗記、というのを七歳下の妹の年代からは、やっていないので、上の句だけで札を取れる人が存在しなくなってきて、さらに二十代より下の人たちは、古典すらまるで学んでいないので、字札のひらかなすら読めないから、というこの遊びの根本を揺るがす事態になってきていることにもあります。私の年代にはなかったのですが、姉の年代までは、冬休み明けにクラス対抗で百人一首大会があったようです。同じ高校なんですけど。母が通っていたのは、その隣の高校で、そこでも同じようにあったみたいなので、戦後数十年で徐々にフェイドアウトしていったわけですね。まあ、百人一首という遊びがなくなったって、どうってことはないのかもしれませんけど。ちなみに義兄たち、うちのダーリンとも、まったく百人一首など覚えた記憶がないようですが、これは地域的なもの、それとも理系な彼らは古典への思い入れが少ないから、あるいは彼らが単にバカだから? 昔『エースをねらえ!』にも、百人一首をするシーンがあって、尾崎さんの、「おー、おー、覚えさせられたっけね」というせりふがあったので、全国的に百人一首は覚えるものだと思ってたのですけど。
ニンテンドーDSに読み手してもらおうかな。
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2006年12月27日(水) the apple of my eye
休まなくっちゃ
翻訳者と一口に言っても、その仕事の内容、専門分野、働き方など様々だろう。
私はここ10年ほど、ほぼ在宅翻訳一本でやっている。
基本的には、子どもが学校と学童クラブに行ってくれている間に仕事をするという建前で、実情はそれ以外の時間帯にも作業をしていることがほとんど。その実態の一部を先週のこのブログでご披露してしまったが、自分の努力も足りない一方で、夜中や週末に仕事をせざるを得ない状況が存在することも、フリーのビジネス翻訳者ならご存知のはずだ。
ある日の夜9時半ごろ、電話が鳴る。その日は金曜日だった。そんな時間に電話が鳴るというのは、1)実家などの家族・親戚、2)子どもの学校関係、3)親しい友人、のいずれかで、用件は結構緊急かもと思うのが普通で、つい電話を取ってしまった。
Surprise, surprise! とあるクライアントさんだった。
「あのー、月曜日の朝までに仕上がりで25枚ほど、お願いできませんでしょうか。」
もうこの冒頭の「あのー」という、いかにも申し訳なさそうなトーンの一言で、瞬間的に嫌な予感が走るのである。しかし生憎、その週末は子どもがらみの用事と、友人とバレエを観に行く約束で埋まってしまっており、お請けすることができなかった。
こういうとき、私は結構うじうじと引きずってしまう。
あー私が断った後、あの担当者さんは何人の翻訳者に打診しただろう。
無事に誰か見つかったのだろうか。
きっと二足のわらじで週末を中心に仕事を請けていらっしゃる翻訳者さんがいるはずだ。
いや、それにしても金曜日のそんな時間に仕事を依頼し、しかも月曜の朝納品を翻訳会社に要求してくる顧客って何を考えているんだ。
いやいや、無理を承知で依頼してくるんだから、よほど切羽詰っていたのよ。
うーん、そういう人ってきっといつもそんな調子で、もっと早くできたものでもギリギリまで引っ張って、他人を振り回しても結構平気な性格なのかも。
もし翻訳者が1人も見つからなかったら、「こんな納期のお仕事は請けられません!」と翻訳会社から顧客に断ってくれれば、2度とこんなタイミングで仕事を頼もうとはしなくなってくれるんじゃないの。
いやあ、それは営業としては言い辛いな。あとで「他の会社でやってもらいました」って言われたら大ショックだし。
それにしても、担当者さんも遅くまで会社に残って大変だわ。断ってしまって申し訳なかったな。
こんな時間じゃなくてお昼頃に電話をいただいていたら引き受けられたかも。
云々カンヌン……。
こういうことを周囲に言うと、
「あなた以外にも翻訳者なんてたくさんいるんだから大丈夫よ。そんなに何でもかんでも引き受けていたら、いったい自分はいつ休むの」
などと軽くいなされてしまう。で、まったくその通りなのだけれど。
これが別件の仕事で週末が埋まっているのであれば、もう少し堂々とお断りできるのだが、どうも自分が休むのに、折角仕事を依頼しようと電話をかけてくださった方に申し訳ないという気持ちが、うじうじを誘うのだ。
もちろん、翻訳者だって家族もいるし、友人と会う時間も必要だし、休みは当然取らなければ心身ともに続かないのだ。なにしろ小心者でいけませんな。
というわけで、実はもう年末休みに突入している。クリスマスの週末から合わせると正月明けまで2週間近く休めるなんて夢のようだ。あの本も読もう、この映画も見ようと、やりたいことも一杯、あそこに行って、これをして、と。

はい、小心者なので、その休みの言い訳だけに1回分のブログを使いました。
良いお年を。
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2006年12月26日(火) パンの笛
きわめて個人的なスケジュール管理術
 いよいよ年末も押し迫ってまいりました。あと数日で2006年も終わり。ということで、来年の手帳を買いに出かけました。完全在宅型の翻訳者としては、手帳の利用の仕方も一風変わってくるのが現実です。というのも、あまり細かく色々手帳に書きこんでも、結局手帳を見る前にリビングのカレンダーやPCのOutlookを頼りにしてしまうのが現実。そこで私が導入しているスケジュール管理術は…手帳+2週間予定の分離管理術。手帳は、月次+とにかくメモスペースがたくさん!の手帳を選びます。予定を細かく手帳に書き込んでも、所詮家にいるので、手帳に細々と書き込む手間を取る意味がありません。むしろ、キッチンの横のカレンダーと、自分の手帳にさえ大まかな予定が書き込んであって、それを把握できていればそれで良いのです。持ち歩く手帳には、予定管理以上に備忘録の役目を果たしてもらいます。外出先で今度読みたい本を思いついたとき、美味しそうなメニューのレシピを聞いたとき、何かの会合に出席したときのその内容、決まった日にちまでに何かをしないといけないときのそのタスク、こんなときはいつでも手帳のメモ欄にメモを取るのです。そして、気が向いたとき、もしくは必要に迫られたときにその内容を紐解くのです。何よりも肝心な仕事の予定は、手帳とは別に2週間ごとの予定表をPCの横に貼って管理します。私は2週間分の空のフォーマットを自分で作成しています。日曜始まりの2週間分の予定表。上が仕事、下がプライベートの記入欄になっています。そして、予定の都合上仕事ができないとわかっている日は仕事欄に斜線を引きます。仕事ができる日は仕事欄にその内容を、そしてプライベートにも予定がある日はプライベート欄に内容を記入します。たいていの仕事は2週間のスパンの間に収まるものばかり。2週間分の予定を目に見える位置に張り出しておけば、先の予定を俯瞰できて、優先順位を決めやすくなります。張り出すのは2週間分ですが、更新は1週間おき。どんどん先の予定が入ってくるので、1週間経った頃には予定表の様子はガラッと変わってきます。予定表に書き込みが増えてくるのも、また楽しいものです。今貼ってある予定表は、年末年始の休暇を見越して斜線ばかり。一年を振り返り、来年に希望を抱くためにも、充電期間は必要ですね。29日からは主人の両親の実家に帰省します。次回のリレーブログはお正月期間真っ只中からですね。皆様、良いお年をお迎えくださいませ!
(写真は年末+年始の2週間の私の掲示タイプ予定表。忙しいのはプライベートばかり?)
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2006年12月25日(月) かの
技術者の自己満足
 とうとう我が家のビデオデッキが壊れた。元々このデッキ、3年前に引っ越してきたとき、伯母宅のお古を頂いたものだ。製造は1983年。西暦2000年問題にも対応していなかった。でも映像翻訳作業による酷使も何のその、実によく動いてくれた。
 新しいデッキを買いに行ってみると、あるわあるわ。VHS単独デッキなど既に時代遅れで、HDDにDVDは当たり前の時代。しかも価格は数万円台からある。私などは音楽CDが一枚5千円の時代を経験した世代。そんな人間にとって、この技術の進歩には目を見張るものがある。正直、ついていけない。しかしそんなことも言っていられないので、とりあえずVHS録画再生機能を最優先しつつ、HDDとDVD対応のものを入手した。
 帰宅して梱包を開けてみると分厚いマニュアルが。パソコンや携帯電話同様、とにかく今のマニュアルはすごく読み応えがある。以前の私なら家電の取扱説明書を隅々まで読んだものだが、今はとてもとても。こちらとしてはVHS録画と再生ができればよいので、残りの機能の習得は別に後回しでも構わない。何とか「VHS録画再生」の説明を読んで試運転を確認し、一件落着となった次第だ。
 それにしてもどうして最近の家電はこれほどの機能がついているのだろう?ファクス、電子レンジ、オーブントースター、洗濯機からパン焼き機に至るまで、どれも多様な機能が付属している。しかしこのすべてを使いこなしている人は実は少ないのでは?メーカー側にすれば「これだけの機能をつけました」ということで技術力をPRできるし、機能が多ければ多いほどセールスポイントにもなる。しかし言い換えれば、これは技術者の自己満足との見方もできるのだ。消費者のニーズよりも技術力の証明ということになる。
 これは通訳業務にも当てはまる。クライアントの中には「一字一句もらさず、すべて訳して欲しい」という人もいるが、その一方で「長々と通訳するよりも、ポイントを抑えたメリハリのある通訳が好ましい」という人もいる。つまり「全訳=通訳者の自己満足」とクライアントにとらえられてしまったら、先の「技術者の自己満足」と同じになってしまうのだ。私自身、通訳業務の際はクライアントのニーズを最優先するよう、常に自ら言い聞かせるようにしている。
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2006年12月22日(金) まめの木
ありがとう、先輩!
私は本当に幸せ者だと思う。なぜなら、うんと若い頃から“ここぞ!”という場面で、必ず人生の良き先輩にめぐり合えてきたからだ。良薬は口に苦し、ではないけれど、良き先輩のアドバイスは常に耳に心地良いものばかりではない。
帰国後初めて正社員として働いた会社でお世話になった先輩も、多くの良き先輩の一人である。今では年齢を超えて友達付合いをさせてもらっているが、当時は息を吸うだけで文句を言われるのではないかと思う程、よく怒られた。今から考えると当然である。社会的常識がゼロに等しかった私を、よく諦めずに育ててくれたと思う。彼女と出会わなかったなら、とても今の仕事はできなかっただろう。電話対応や名刺の出し方、TPOに合わせた服装のこと、お客様や職場でのコミュニケーション、人前での立ち振る舞いや話し方など、社会人として必要なことを何から何まで教えてもらった。今でも、判断に迷う時には「彼女だったらこの場合どうするか…」と考えることがある。
彼女の金言の数々、どのようなフィールドで働く場合でも通用すると思うので、ここで是非皆さまに紹介したい(ただ、私がどれ程だめな人間だったかも同時に公開してしまうことになるが…)。

「20代なら可愛い失敗ね、で済むけど、このまま30代、40代になったら誰も相手にしてくれないわよ!」
「上司としてあなたをフォローすることはできる。でもこの会社に世話になる限り、会社の方針に反した言動や迷惑になる行動については自分で責任を取りなさい。」
「必要もないのに自分の知識をひけらかすのはやめなさい。見る人が見れば、あなたがどれ程の人間か、すぐに分かるのだから。」
「“私の責任ではありません”と言う前にまず“すみません”と言いなさい。」
「頭に来た時ほど“ごめんなさい”と言えるようになりなさい。」
「自分に出来るからといって、他人に同じことを期待するのはやめなさい。」
「後輩に注意するときには必ず逃げ場を用意してあげること。いざとなったら自分に任せろ、くらいの気持ちでないと、誰もあなたについて来ない。」
「人を責めることと愛情を持ってしかることとは違う。」
ただただ厳しいだけの堅物ではなく、ユーモアのセンスもあった。
「いいこと教えてあげる。人の話はとにかく黙って最後まで聞くこと。うちの母がよく言ってた、バカは3年黙っていればバレないって(笑)」
「あなたの長所は、一度注意されたら同じミスを繰り返さないこと。でも新しい失敗を発見することにかけては、あなた天才ね!こっちは命がもたないわよ…(笑)」

厳しい言葉の数々に反発を感じ、彼女と衝突することも度々あった。彼女の本当の優しさが分かったのは、会社を辞めた時である。
「入社した頃と比べて本当に成長したわね。あなたは頑固だけど聞く耳だけは持っていたから、厳しいことも言ってきたの。若いんだからこれからいっぱい勉強して、今度は私に色々教えてね。」
自分が育てた者に対して「教えて」と言える、なんという大きさだろう。
私の親とほぼ同じ年齢の彼女は同じ時期に会社を辞め、起業して社長になった。当時ですでに50代半ばを過ぎていた。今は会社の経営に趣味の社交ダンスにと、いつ見てもしゃきっと姿勢良く、きらきら輝いている。誕生日に「おめでとう」とメールを出すと、「おだまり!私は年なんか取らない。」と返事が来る、そんなチャーミングな女性なのだ。
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2006年12月21日(木) 仙人
All I Want for Christmas
「クリスマスの歌」として何を思い浮かべるかを聞くと、結構その人の年齢や、どういう生活を送ってきて、どういう趣味なのか、つまりは自分と話が合う人かどうかがわかると思いませんか? もちろん、ジングル・ベルとか、さらにはもっとオーソドックスな曲を連想される方も多いとは思いますが、私にとってのクリスマスソングの代表は、”Happy Christmas(War Is Over)”ジョン・レノンとオノ・ヨーコのあの曲です。中学生の頃”Happy Christmas, Yoko”-”Happy, Christmas, John”という出だしのささやきを友だちとよく真似ていたことやその情景が頭に浮かびます。
私より少し若い人がワム!のLast Christmasだと言うのは、とても納得します。今聴くと、ジョージ・マイケルって才能豊かだったんだなあと改めて思います。去年だったか「ジョージ・マイケルの素顔」とかいうドキュメンタリー映画があって、映画を観たわけではないのですが、彼が『ボヘミアン・ラプソディ』を歌う部分のフィルム・クリップを目にする機会があり、歌手としてのすばらしさも、再認識しました。クイーンの曲は、どうしようもない天才ボーカリストのフレディ・マーキュリーが歌うことを前提にして成り立っていて、他の人が歌ってもフレディって本当に歌がうまかったんだな、と感じるだけ、下手するとカバーした人の歌唱力のなさだけが際立ったりします。しかし、G・マイケルのはheart & soulが伝わってきて、やはり音楽シーンに戻ってきてほしいなあと思ってしまいました。
ライブ・エイドの二番煎じみたいなので”Do They Know It’s Christmas?”とかいうのもあって、これにもG.マイケル参加してたような気がするんですけど、ちょっと押し付けがましさが好きじゃなかったかな。もっと若くなるとマライア・キャリーとかでしょうかね。なんだかんだ言っても、この曲も結構好き。
ああ、サンタが街にあふれてるなあ。
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2006年12月20日(水) the apple of my eye
Time Is Money
仕事人たるもの、時間の有効活用は必須である。
では自分はそれが出来ているか、というと「イエス」と「ノー」が現実。
まず「イエス」の部分。
小学校低学年の息子を抱えているので、家事や子どもにかかる時間と仕事の時間、それに睡眠時間を含めた自分の時間をどう配分するかが最大ポイント。これを誤ると、生活が崩壊するか、身体や精神が崩壊するかである。
長年の経験でたどりついたのは、家事は最小限にというルール(料理以外の家事は好きじゃないという話もある)。なぜって、仕事の時間は削るわけにはいかないし、子どもとの時間は確保してやらないと子どもを持つ意味がない。自分の時間を削りすぎると精神・身体衛生上よろしくない。子どもにはちゃんとした食事と綺麗に洗濯した衣類を与えるが、家の中が少々汚くても死にはしない、というのが持論(勝手な)。
朝は子どもの登校に間に合う程度のぎりぎりに起きる。前夜、遅くまで仕事をしていることが多いからだ。45分程度で子どもを送り出すと、自分の朝食・洗濯・キッチンの片付け・家の中の雑用を同時進行で開始する。コーヒー用のお湯を沸かしながら前夜洗った食器洗い機の中のモノを収納しながら電子レンジでミルクを温めトースターでパンを焼き、果物の皮を剥きながら子どもの食べた朝食の食器を片付け、洗濯物を干しながら通りすがりに散らかったリビングをさっと片付け……といった具合に。現在住んでいるマンションを購入する時のポイントは、リビングとキッチンと風呂場・洗面所と洗濯物を干すベランダと自分の仕事部屋がすべて隣接しあっていること。これで家の中の動線がとても短くて済む。在宅翻訳者に大邸宅は要らない、がもう1つの持論(現実、という話もある)。
在宅で働いているのでありがたいのは、仕事の間の休憩時間をこまめに家事に回せること。肩が凝ったら立ち上がって朝食の後片付けをしたりお鍋をさっと洗ったり、お茶を入れながら夕飯の下ごしらえ、など。「ながら」族どころじゃない、「ながら×ながら×ながら」族くらいの勢いだ。
買物は宅配を最大限利用。
書籍やCD、DVDを過剰購入に陥るのが難点だけど、子どもの衣類や日用品や日々の食材もほとんど宅配。買物に出る時間がもったいないから。しかも我が家のマンションは正面玄関の向いに魚屋とコンビニがある。豆腐屋まで30メートル、郵便局までは50メートル。お弁当屋やファストフード、八百屋が並ぶ商店街だって150メートルくらい。モノグサな私のためにあるかのような立地である。朝刊を取るついでに玄関を出て牛乳とヨーグルトを買うのに3分、という有り難さ。
で、問題の「ノー」の部分。
翻訳をしながら、調べたいことがあってインターネットを立ち上げるともう、止まらない。検索したい事柄で興味深い事実があったり、チラとネットニュースで何かの話題を見つけたらそれを読みふけってしまう。例のロンドンで死んだ元ロシアの情報部員や「切り裂きジャックの再来」事件の話題を The Times ではどう報道しているのか、仕事に直接関係ないのに読みに行ってしまったりなんて、ニチジョウチャメシゴト(茶飯事/茶目・仕事?)である。
インターネットで最近よく訪れるのは某SNS。翻訳や英語関連の「コミュニティ」にいくつか登録して、これが結構役に立ったりもする。様々な人の知識を無料で共有させてもらえるのだからありがたい。利用するばかりではフェアではないので、時々は投げかけられた質問に回答を書いたりもする。最近も、不動産のリース契約で貸し手と借り手を英語でどう言うか、なんて話題があった。Landlord /Tenant というのが一般的なのか、Lessor / Lessee はどんな時に使うのか、などと意見が飛び交う。深く考えたこともなかったような問題に気付かせてもらえるが、面白くてつい時間を取られすぎないように注意しないといけない。
さらにメール上での「筆まめ」は困りもの。職業柄、キーボードを打つことに抵抗がないため、来たメールにはかなり速攻で返信し、しかも相手がたじろぐほどの長文になることもしばしば。仕事がある程度目処が立ったら、さっさと寝ればいいのに、メールを書いたりSNSに書き込みをするために日付が変わってもまだPCの前にいるなんて、我ながらアホかいなと思うのだが……。
来年はもっと「ノー」の部分を改善したいものである。
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2006年12月19日(火) パンの笛
それは同じか別物か
 ご多分にもれず「のだめカンタービレ」にハマっています。でも、私の場合は原作の漫画の方。ドラマ化されて話題になっていたので気軽に手にとってみたところ、すっかりのだめワールドにハマってしまったのです。普段はなかなかドラマを継続して見る時間も確保できないこともあって、ドラマの方は見ていなかったのですが、あまりに漫画が面白かったのでここ何回かはドラマも見ています。しかし…あのドラマもとても良くできているとは思うし、何よりも音楽がテーマである作品だけに実際の音楽を聴けるというのは魅力的なのですが…どうも私の抱いているイメージとキャラクターや、状況設定が若干ずれているのです。こういう場面に遭遇してしまうと、なんだか自分の中の「のだめワールド」が汚されたような気さえしてきてしまって、ちょっと損をしたような気分になってしまいます。
 中学生の頃だったか、源氏物語の漫画が流行ったことがありました。さっそく読もうと息巻いていた私に向かって父は、「いきなり漫画ではなく、まずは原典を読みなさい。源氏物語は原典は難しいのであれば、口語訳したものを先に読んで、自分のイメージを作り上げてから漫画を読むようにしなさい。」と言ったのでした。当時はちょっと面倒だなと思ったりもしましたが、文章で読んだ源氏物語の世界は、そのイメージに奥行きがあって非常に面白く感じたものでした。そしてその後に漫画を読んでみると、確かに私のイメージとは違う印象の場面も多々あったのです。主だった部分はもちろん同じなのですが、細部が微妙に違うのです。読んでいてつい、「ちがーーう!」と怒りを感じることも…。そして、文章と絵、絵と映像、という違いはあっても、今回の「のだめ」にしても、同じことなんだなぁ、とふと思い出したわけです。これは翻訳をする際にも通じる話でもあります。英語の文章を日本語にする際には(もちろんその逆でも)、なるべく原文に忠実な訳文になるよう心がけていても、無意識に自分の目線というものが必ず入ってしまっています。そうすると、その自分の目線を介した、自分の理解と解釈に基づく訳文にどうしてもなってしまうのです。根幹は同じでも、枝葉末節が訳者である私のワールドに染まってしまうのです。実務翻訳の場合には、用途によってはむしろ枝葉末節を受け手に応じて変える必要がある場合もあります。例えば、レターの翻訳を頼まれた場合などは、受け手の文化や習慣に合わせて、ただ文章を訳するのではなく、相手にとって自然なレターになるよう補足をするのです。ある意味、出来上がった翻訳文は原文とは「別物」なのです。でも、例えば文芸作品のような「作者ワールド」が最も重要である場合には相手のための補足はもってのほかで、訳者のワールド=「別物」であってはならないのです。原作者の世界をどれだけ正確に、感性豊かに読み取れるか。それには、原文をとにかく繰り返し読む!というのが鉄則だと思います。読んで読んで、もう暗記しちゃった!というくらい読めば、そのうちに原作者のワールドが乗り移ってくるのです。枝葉末節も、文章に書いていない登場人物の性格の裏側までもが文章の端々から感じ取れるようになってくるのです。よく言われる、”read between the lines”というヤツです。何も足さない、何も引かない、それでありながら日本語の美しさを損なうことなく「作者ワールド」を表現できる訳文を目指して、日々、原文を読んで読んで読みまくっています。翻訳をした後に、「やっぱり原文が一番よね」と言われない翻訳者を目指して…。
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2006年12月18日(月) かの
さあ、どうする?
 「事前の資料はありません」と言われて当日通訳現場に行ってみたら、机の上には大量の資料が。
 この状況、毎回とは限らないが、ここ近年かなり増えてきている。確かに会議によっては何日も前から読み原稿をいただける。しかしその一方でまったく入手できず、いざ現場に着いたら原稿・資料がドッサリということもあるのだ。さあ、どうする?
 この状況に直面したとき、通訳者なら二つの考え方ができるだろう。
 一つは「え、聞いてないよ〜!こんなにたくさんの原稿、今さら渡されてもどうやって読みこなせばいいの?しかも作成日付、昨日じゃない!だったら夜中でもいいからファクスで送ってくれれば良かったのに〜!!」と思うタイプ。血圧は最高潮。
 もう一つは「あ、今回も現場で原稿と『ご対面』かあ。ま、最近こういうケース、増えてるからね。元々『原稿なし』って言われて、『じゃあ資料ゼロの中、最善を尽くすしかないなあ』って思って来たんだし。今から読みこなすのは大変だけど、ないよりはマシよね!」ととらえるタイプ。心拍数は最高潮だが、ゴチャゴチャ考えるよりとにかく早く眼前の資料に目を通そうと必死になっている。
 以前の私は確かに前者のタイプだった。通訳現場そのものの雰囲気にただでさえ圧倒されている中、そういうイレギュラーに直面してパニックになっていたのだ。しかし、子どもたちが生まれてからは後者の考えに近づきつつある。
 何しろ小さい子どもが二人いる中、限られた予習時間で新しい知識を得られただけでも感謝モノ。保育園から『お熱出ました・お迎え来て下さい』コールがかかってこなかっただけでも、こうして仕事ができるのだ。さらに我が家のように5歳や3歳といえば、気まぐれ・大泣きが日常生活の中では当たり前。「やりなさい」と言われたことはすぐにやらないし、何度注意しても同じことをまた繰り返す。子どもの理不尽かつご無体な要求に比べれば、社会人としての常識を兼ね備えたクライアントに対しては大らかになれてしまうのだ。
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2006年12月15日(金) まめの木
ウィーン人の本音と建前(その2)
ウィーン人とドイツ人は明らかに違う。
言葉以上にこちらの真意を観察している波動がヒシヒシと伝わってくる。さらに言えば、この客は本当に芸術鑑賞する資格があるのか、外国での買い物ついでに酔狂で劇場に立ち寄っただけか、社会的にどのような立場にあるのか、どのような生活をしているのか等々、ニコニコ会話しながらじっと見ているのである。
おまけに女性の声のトーンもドイツ人よりはるかに高い。以前、通訳者の勉強会で、在日ドイツ大使館に勤務しているドイツ人女性が「日本人女性は甲高い声でやたらとニコニコ話しますが、ドイツ語はニヤニヤしながら高い声で話せる言語ではありません。腹にしっかりと力を入れ、日本語よりもずっと低めの声で抑揚をつけて話し、過剰に笑顔を振りまかない方が信頼されるのです。」と力説していたが、いやいや、ウィーン女性は日本人に負けないほど高い声でドイツ語を操り、笑顔が固まってしまうのではないかと心配になる程、眩しく微笑んでいた。
そんなことをつらつら思いつつ石畳の道を散歩しながら、この街にはハプスブルク君主国がとっくの昔に崩壊した今でも、もしかしたらカースト制のような身分の違いが目に見えない形で残っているのではないか、と感じた。やはり600年も続いた帝政の影はなかなか拭い去れないのか…。皇帝フランツ・ヨーゼフ一世が完成させた煌びやかな街の風景の下に眠る、ペストや拷問で死んでいったおびただしい数の人々の骨。その上を今日も世界中から集まった人々が闊歩する。
まさに光と影の街、ウィーン。
しかし面白いことに、これらは決してネガティブな印象ばかりではないのである。日本人に勝るとも劣らない笑顔や声のトーン、また言葉から人となりを観察する能力もさることながら、“粋”を心得ているところも日本人の美意識に通じるものを感じた。コンサートが終わった後も、指揮者の出来や演奏解釈についてドイツ人のように大声で分析したり、まるで自分が演奏者や俳優になったがごとくに熱く哲学をぶったりはしない。カフェに入ってコーヒーやシャンパンを片手に、芸術がもたらしてくれる生活の潤いを楽しむ余裕があるのである。帝政の闇の部分を内包しながら決して浪花節にならず、燦然と光を放っている。レジで待たされても、ドイツ人のように「なにやっとるんじゃあ!!」と怒鳴ったりしない。ウィーン人だってイライラすることもあるのだろうが、いわゆる無粋なことを極力嫌い、しゃれを楽しむ心を持っていることには感心した。

以前、ウィーン人の某芸術監督にインタビューした際、面白いことを聞いたことがある。
エゴン・フリーデルという小説家が
「ドイツとオーストリアを隔てる唯一の壁は共通の言語である。」と言っているそうだ。
この言葉を聞いてインタビュアーの某先生、
「言葉の意味は理解できるのですが、内容的にはどのような意味なのでしょうか?他のすべては共通していて、言語だけが異なる、あるいは…??」
といささか混乱してしまった。この先生はご自身がドイツに留学されていたため、この言葉に込められたものすごーい嫌みに気が付かなかったのだ。もちろん、私も当時はまったく真意を理解できなかった。後になってウィーン人の同僚に聞いて、この本意が「一応、同じ言葉を使ってはおりますがねぇ、あんたがたドイツ人と私たちはまーったく根本が違うんでござんすよ〜。」
というしゃれた嫌みであることがわかったのだが、今回ウィーンに行ってみて、本当にそのまんまのウィーン人と触れ合えたのは収穫である。
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2006年12月14日(木) 仙人
色合い2
前回の続きです。さて、髪よりやっかいなのが瞳の色。最近はやりなのか、grayと呼ばれる色によくあたるのですが、日本語で瞳が「灰色」とかって、白内障でも患っているのか、はたまたアルコールなどで濁っているのか、みたいな感じになりませんか? grayといわれる瞳の色って、私には限りなく薄い色の水色にしか思えません。
かなり前からよく話していたのに、ただ青っぽい色の瞳という認識しかない知り合いがいたのですが、あるときバーベキューがあって、戸外でとうもろこしを食べながら、その色のあまりに澄みきった美しさに、何だか吸い寄せられるように見入ってしまったことがありました。すごく失礼だったかしらと、「私の故郷の空の色に似ているのでみとれちゃった」と、とっさに取り繕うと、「そうなんだー。晴れあがったりしないところなのね。grayな天気が続くのね」と返事されました。それで、え? この色はgrayと呼ぶのか? と思ったのです。ものすごく薄い色合いで、モノトーンにしか見えない色、そういうのをgrayと呼ぶようです。私は「薄い水色」と訳すことが多いです。
「黒目」のところが、「黒」じゃないのも困ります。虹彩だけではなくて、瞳の中のいろんな部分がすべて異なる色で、grayの瞳に茶色い虹彩、その虹彩が光を浴びて黄色に輝き、それを縁取る線がsilverって……。
gun-metal blueというのも悩みました。なんとなくわかる気もするけど……「銃身のような冷たい金属の光を帯びた深い紺」。長い! でも本当は茶色が混じっている感じも出したい。初出だけはこれで、ルビをふって、あとはガンメタル・ブルーにするつもりが、銃を撃つタイミングとか、「冷たい金属の光」と関連する内容が出てきて、しかたなく、ずっとこの長い言葉を使ってしまいました。
自分の「色」にこだわらなくてすむのはやっぱり楽ですよね。
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2006年12月13日(水) the apple of my eye
Eenie meenie minie moe
購読している新聞に先週、「どれにしようかな〜神様の言うとおり〜」の後を、全国でどんな言い方をしているかという話題が載っていた。地方によって言い方が違うなんて思いつきもしなかったが、そういえば、「どれにしようかな〜」ってもう○十年も使っていなかったかも。迷うほどの選択肢が日常生活の中にないってことなのか。それも寂しい。
びっくりしたのは、全国でもっとも多く使われているのが「柿の種」だってこと。
「どれにしようかな〜かみさまのいうとおり〜かきのたね〜」でオシマイ?
えらいあっさりしてへんか。なんやあいそないな〜。
で、自分はどう言っていたかとしばらく考えたがすぐには思い出せなくて、記事の中に「京阪神ではおならの音を連想させる『ぷっとこいて、ぷっとこいて、ぷっぷっぷ』というコミカルなものもある」というくだり見つけ、「そうそう、そうだ、それだった!」と思い出した次第である。それ以外、聞いたことも使ったこともなかった。
そういえば、「どれにしようかな〜」の英語版、"Eenie meenie minie moe" で、おっそろしい話題があった。
アメリカのサウスウェスト航空で、機内の乗客を早く席に着かせようとしたCA(キャビンアテンダント)が、"Eenie meenie minie moe, pick a seat, we gotta go!" と言ったら、「差別的発言で心的苦痛を受けた」と、乗客の中にいたアフリカ系アメリカ人女性2人からサウスウェスト航空が訴えられてしまったのだ。
"Eenie meenie minie moe" には色んなバージョンがあって、それこそ国や地方や年代が違うと異なるらしいが、だいたいこんな感じの唄らしい。
Eenie meenie minie moe,
catch a tiger by its toe,
if he hollers, let him go,
my mother told me to pick the very best one
and you are it!
この「it!」のところで、鬼ごっこの鬼さんなんかを決めるのだけれど、問題は、“tiger” の部分。ここを昔は “ nigger” って言ってたらしい。それってアメリカだけなのかと思ったら、英国人の同世代の友人も「元は nigger だった」と言う。
もちろん、アメリカでは1964年の公民権法で黒人差別が法的に撤廃されているし、この部分は “tiger” ということになって、多くの人がそう覚えていたり使っていたりするらしい。
この歌がいつどこで作られたのか、eenie meenie minie moe の語源は何なのか、実はよく分からないというのが定説。eenie meenie minie moe 自体は、何の意味もないただの音声で、「ぷっとこいて」とたいして変わらないレベル。
それにしても「事件」が起きたのは2001年、裁判はカンサス・シティの地方裁判所で始まって、2005年に控訴裁判所でサウスウェスト航空の勝訴が確定するまで、ばかばかしいほどの時間と費用がかかった。問題のCAさんは一言も、その昔の表現を使ってはいなかったし、Eenie meenie minie moe は今でも子どもたちが普通に使っているものだし、これが何で裁判沙汰になっちゃうのか、さすがアメリカと言うしかない。
いやあ、日本にはそんな 風にpolitical correctness にひっかかっちゃうような「どれにしようかな〜」がなくてよかった。
ただし翻訳をしていると時々、「ここで『黒人』という表現を使ってはならないのか? 『アフリカ系アメリカ人』とするべきなのか?」と悩んだりはする。まあたしかに、我々黄色人種も、他の人種から「イエロー・ピープル」と言われて良い感じはしないかもね。





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2006年12月12日(火) パンの笛
仕上がりは如何に
 大量翻訳も大詰めになってまいりました。現在、合計356ページある原稿のうち、229ページ目までの翻訳が完了し、私としても後少しのラストスパート!という感が色濃くなってきています。今回しゃかりきになって翻訳しているうちに、以前職場の友人が言っていた台詞を思い出しました。それは、「仕事を依頼されるときには必ず、『時間』『品質』『値段』の内、二つまではお約束します、と伝えるの。つまり、『速く』『高品質』のものがほしければ、『値段』は高くなるし、『品質』は譲れないけれど『値段』もあまり出せないのであれば、『時間』は多少かかってしまいますよ、とね。」というもの。この台詞を言った女性は通翻訳者ではなくオーストリア人のシステムコンサルタントの女性でしたが、若いのに非常に優秀で、彼女の中での優先順位付けが如何にうまく機能しているかを物語っている一言だと感じたものです。私自身はと言えば、どんな依頼を請けようとも品質は妥協しないようにしたいという心がけではいますが、絶対的にかけられる時間が少なければ、やはりどうしてもチェックが行き届かないこともあります。値段に関しては一旦請けてしまえば関係なくなりますが、それでもやはりいただく対価が高い依頼の方が優先度が高くなってしまうのは、お支払いいただく方に対する誠意としてもむしろ当然の成り行きだと思います。この友人から得た3つの要素の教訓に加えて、私がもう一つ心がけているのは、依頼者に対して愛着を持つこと。エージェントや依頼元のクライアントによっては、メールでしかやり取りをしたことがなかったりして、つい関係が機械的になってしまうことも多々あります。それでも、少しでも相手の方とのやり取りの回数を増やして、お互いの人間性や置かれている環境を知り、果ては相手に対して「少しでも単なる翻訳以上の手助けになってあげたい!」と愛情を持つことで、限られた時間や資金の中でも求めるものが最大限得られるようにしたいと思うのです。そうすることで、「時間」「品質」「値段」のどれかが欠けても、結果としてはその埋め合わせができるようになっている場合が多い気がします。機械が翻訳するのではなく人が翻訳するからには、こうした人対人ならではの利点があってこそ、だと思いたいのです。
 話は変わって、今回の大量翻訳の依頼、死蔵していたTRADOSを復活させて利用したところ、格段に効率が上がって、順調に筆(キー?)を進められるようになりました! 過去の投資が今生きていて、嬉しい限りです。機械もまた、人の作業を手助けするためのものとしての存在価値は大ですね。
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2006年12月11日(月) かの
地図大好き
 先々週のハイキャリア「お話当番」で、テンナインのスタッフの方々が「人に道を尋ねられたらどのような反応をするか」について述べていらした。
 数年前、「話を聞かない男、地図が読めない女」という本がベストセラーになり、どうやら「女性=方向音痴、地図が読めない」という図式になっているらしい。でもこれって一概に言えないのでは?
 と言うのも、私は地図を見るのが大好き。見知らぬ人に道を聞かれるのも大歓迎である。そのきっかけとなったのが、幼少期の体験だ。
 小学校時代、父の転勤でヨーロッパに住んでいたのだが、母は地図を見るのが苦手。大陸続きなので車で旅行に出ても、母は地図を握ったまま固まってしまう。それで後部座席の私が「ちょっと貸して」と言ってナビをし始めたのである。当時7歳。現地校に通い始めでアルファベットもおぼつかない状況だった。しかしそれ以上に、カラフルで分厚い地図帳がなんとも魅力的で、ライン川の流れを紙の上でたどったり、スイスの山の名前を一つ一つ読んでみたりと、すっかり楽しむようになったのである。以来、車中の道案内は私の役目となり、結婚後もカーナビはあえて(断固として?)つけず、地図を愛用している。最近は子供づれで家族旅行に出ても、私がついつい地図を読みふけるので、夫からは「地図禁止!周りの景色を見るべし!」と言われてしまうほどだ。
 人に道を尋ねられるのも、そんなわけで大好きだ。答えるときのポイントは「鳥瞰図的にとらえて説明し」、「所要時間を必ず添えること」。つまり細かくゴチャゴチャ言うのではなく、主だった建物を目印にして、最後に「ここから歩いて3分ぐらいです」と大まかな目安を言うのである。そうすることで、尋ねた人もあとどれぐらい歩けばよいかわかると思う。
 タクシーの運転手さんが目的地の場所を知らないときは、ナビのチャンス!信号のどれぐらい手前のタイミングで左折・右折を言うか、どこを降りる場所にしてもらったら後続車の迷惑にならないかなどを考えるのが楽しいのである。ここまで来ると地図読みやナビは「趣味」ですね。
 究極は旅先の海外で道を尋ねられたとき。なぜかこういう機会が結構ある。地図大好き人間の私にとって、旅先でまずやるのが地元マップの入手。それをじっくり読み込んで行動開始となる。そこで道を尋ねられると「待ってました〜!」と内心喜んでしまう。
 夫からは奇異の目で見られているが、そのうち「地図を愛する女性の会」でも立ち上げようかと思っている。
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2006年12月 8日(金) まめの木
ウィーン人の本音と建前(その1)
今週の火曜日、ウィーン旅行から帰ってきた。このブログを読んでくださっている皆さんに楽しい旅のみやげ話を…と思うところだが、ウィーンの見所についてはすでに沢山の書物やガイドブックで紹介されているし、芸術・文化に関しては私がわざわざ報告しなくても言わずもがな、である。
ハプスブルク家の栄光よりも、文化の都の華やかさよりもなによりも、今回初めてウィーンに行って印象深かったのは、ドイツ人とウィーン人の気質の違いである。ここではあえて“オーストリア人”ではなく“ウィーン人”と言いたい。学生時代には何度もザルツブルクに行ったことがあるし、リンツやグラーツ出身の友達もいたが、ウィーン以外のオーストリア人とは明らかに言葉や顔の表情から伝わってくる本質が違うのだ。つまり、「ドイツ語を話しながら本音と建前を日本人並に駆使している」ことに今さらながら驚いたわけである。ドイツ人とほぼ同じものを食べて、同じ言葉をしゃべっているはずなのに、どうにも勝手が違う。滞在当初はお恥ずかしながら、「私のドイツ語はちゃんと通じているのかしら?」と不安さえ覚えたほどである。

まず、ドイツ人はあまりお世辞というものを言わない。私はドイツで社会人経験をしていないため、あくまでも学生レベルの視点からでしか語れないが、ドイツ語を操るということは理論対理論、知識対知識、哲学対哲学、思想対思想、魂対魂の言葉のしのぎ合いである、と思っていた。それほど高尚な場面でなくても、食料や日用品、洋服を買うのだって命がけである。例えば、一人所帯なので食べ物はあまり大量に買い込めない。だが、「そのハムを3枚ください。」などと注文しようものなら、あからさまに「それだけかよ!」という顔をされる。レジで「スカーフ売り場はどこですか?」と聞こうものなら「あなたがその売り場に行ってここに帰ってくると、閉店時間を3分過ぎるから教えない。」と言われ、セーターを試着すれば「このデザインと色はあなたに似合わないから買うべきではない。」と容赦なくコメントされる。当然、こちらも好戦的になり、ストレートな物言いが身についてしまう。もちろん、多くの親切なドイツ人にお世話になったし、裏表がない直球勝負が彼らの長所であり、可愛らしいところでもある。また、通訳になってからはドイツ人のビジネスマンと関わるようになり、彼らなりに気を使ったり、言葉を選んで丁寧な態度を取ることができるのを知ったが、基本的に言いたいことは必ず口に出して言う国民性なのである。
それが、ウィーン人は違うのだ。

(後半はまた来週お付き合いください!)
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2006年12月 7日(木) 仙人
翻訳しゃっくり
最近かかることの多い「翻訳しゃっくり」は髪と瞳の色。さまざまに異なる民族が一緒に暮らす国では、その色についてのこだわりというか興味が、私たちより強いように思えます。登場人物の瞳の色にその人の性格などを反映させることも多く、しかもその色の概念がどうも、日本人のそれとは違っているようで、文字通りに訳すのはまずい、どうしよう、ひっく、ときてしまうのです。
まず、前にもどなたかが言っておられた気がするのですが、「茶髪」といえば日本語では染めた髪のことなのに、英語で一般的日本人の髪はdark brownと表現されます。それでdark brownとあるときは黒っぽい髪と訳すことが多くなるのですが、黒・茶でもbrunetteとか、auburnとか、「すてき」感があるときは、なんとなくですけどbrownとは言わない気もします。brownって、艶がなくて、ただのつまんない茶色よ、というときにこそ使うような。brunetteには白い肌とのコントラストも含まれる、たとえばブルック・シールズの感じで、そういうのに黒髪という訳をあてて東洋系の人をイメージされては困ります。なので他の部分で肌の色とか雰囲気をイメージできる言葉を加えることもあります。blackというのはめったにないですが、エキゾチック、野性味みたいなのが含まれるので、漆黒とか、闇のような深さのとか、少し補ったりするようにします。
結局、茶系の色の人ってやっぱり多くて、brownというと個性がない感じがするためか、いい感じの色のときは、chestnutの髪とか、瞳に関してはhazelとか、ちょっと特別な感じを出したいようです。そうそう、hazelを「ハシバミ色」とかいうのって、いまどきどうなんだ、とも思います。実際、榛とhazelは植物学的には近くても、結構違った木だし、なにより「はしばみ」なんていわれて、ああ、あの木ね「榛」と思う人より「ヘーゼルナッツ」がどういうものかぴんと来る人のほうが多いと思いません? 続く……
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2006年12月 6日(水) the apple of my eye
開眼
そんなことを今ごろ、と思われる方も多いだろうが、翻訳者にとって、作業環境は重要。最低でもPCと電話、プリンターと原稿立てを置く場所は快適な位置関係に、そして参考書籍類を広げるスペースは欲しい。
メインのPCはデスクトップ。しかし何かのときのためにノートも1つ用意してあり、無線LANでメールも全て両方に受信するようにしている。何年か前にデスクトップがクラッシュして、それを立て直すためのストレスで自律神経をやられてしまい、半日寝込んだことがある。それ以来の用心である。
危機管理以外にも、ノートのほうに辞書を開いておけば、作業中の画面をいちいち辞書に切り替えなくても済む。デスクトップの方でネット・ラジオを聴いているときは、ネット検索にも使える。
初期の記憶メディアはフロッピー・ディスクしかなかったが、今ではUSBメモリという便利な代物がある。PowerPoint なんてソフトウェアが登場してファイル容量が爆発的に大きくなったので、フロッピーなど出る幕がない。作業中のファイルはなるべくこまめにUSBでバックアップを取るようにしているが、セキュリティ制限がきつくないファイルの場合は、2つあるメールアカウント(Yahoo! アカウントを入れれば3つ)の片方に送信すれば、ノートのほうに受信できる。
とまあ、自分なりに作業環境には気を使っていたつもりだが、今さらながらに気付いたのだ。キーボードがとても使いにくい、と。今までデスクトップを買ったときについてくるキーボードしか使ったことがなかった。
でも、狭いのだ。私が身長165センチもある大女で男性並みに手が大きいというせいもあるが、キーボードのキーが並んでいる端から端までの幅が、私の肩幅よりはかなり狭く、両肘をくっつけるようにしてキーを打たなければならない。窮屈で肩が凝る。
そこで見つけた。キーボードが「ハ」の字型に左右に分かれて並んでおり、全体的にも平面ではなくこんもりとした立体的な形状になっているキーボードを。さっそく購入。
これがめちゃくちゃ快適なのだ。今までの状態が嘘のようである。
しかも、いろんなファンクション・キーがあって、「開く」とか「新規作成」とか「上書き保存」「元に戻す」といった作業がボタン1つ。「マイドキュメント」「マイピクチャ」もある。「スペルチェック」まで!
セットに入っていたマウスは5つボタンで、左の二つのボタンを「コピー」「貼り付け」の作業にカスタマイズした。これでいちいち右クリック→[コピー]としなくてもよくなる。
マウスとキーボードはワイヤレスで、1つの受信機で受けるので、配線も減ったし。電池残量まで画面上で確認できる。
なんだ、なんだよー、こんな快適な道具があったんじゃないかー。
どうして今まで気付かなかったんだ。
よおし! これで作業能率が格段に向上するぞ!
……ネットでごそごそ道草を食ったり、Amazon で本やDVDを衝動買いしていなければ、の話だけれど。
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2006年12月 5日(火) パンの笛
集中する方法
 いよいよ寒さも本番になり、師走になりました。なのに(だから?)ますます忙しい今日この頃です。ありがたいことです。しかしこのヒマな時と忙しい時のギャップに付いていくのに必死です(汗)。ただし、個人的には忙しいのが好きで、みっちり仕事があるとアドレナリンが出る猪突猛進タイプなのです。だからか、たまにヒマになると返ってどこにエネルギーをぶつけてよいやらわからなくなって、意味もなくぼうっとしてしまったりします。できれば通年で今のペースのままいきたいところですが、自分でコントロールできないところが悲しいかな、フリーランス翻訳者の定めですね。それはさておき。このクソ(失礼!)忙しいときには、事前に効率的な計画を立てることも重要ですが、仕事をする際の集中度が、翻訳文の完成度やスピードに大きな影響を与えます。我が家には小学校一年生の息子がいるので、息子が起きてから学校に行くまでの約一時間と、学童保育から帰ってきてからベッドに入るまでの数時間はどうしても仕事の手を止めざるを得なくなります。そうなると、本格的に集中して作業に没頭できるのは、息子がいない昼間か、家族の寝静まった深夜になります。ここでいかに集中度を上げて完成度の高い翻訳文を生み出すかにすべてがかかっていると言っても過言ではありません。今まではとにかく、集中するには完全無音が私にとっての絶対条件でした。以前社内翻訳者として勤めたとある会社では、上司にあたる女性がデスクにラジカセを持ち込んで、一日中ラジオなのか有線放送なのか、音楽やらしゃべっている声やらが聞こえてきていたことがありました。こういう音は自分が集中した瞬間に急に大きく聞こえるようになって、ついこちらも何を言ってるんだろう、と「聞いて」しまったりして、せっかく一旦は集中したのに、台無しになることがありました(しかも実はその音が頑張っても聞こえないぎりぎりの音量だったりするので、余計気になるのです)。だからこそ、自宅で仕事をする際には無音、だったのですが…。最近のこのツメツメ状態に、なんだかすっかり潤いがなくなってしまっているのも事実。幸い、今請けている大量翻訳は比較的手の進むコンピュータ系の仕事。ここで思い切って、BGMを少しかけてみることにしました。普段私はほぼクラシックばかり、しかもオペラなどの人の言葉の入ったものではなくて、オーケストラものや、器楽系のものばかり聴いています。特に好きなのは、印象派のラヴェルやドビュッシー、そして物語的要素の強いチャイコフスキーなどの曲。しかし、ここでつい好きな曲をかけてしまったりすると、やはり「聴いて」しまって、挙句は鼻歌などを歌ってしまって集中どころの騒ぎではなくなります。そこで、普段はあまり聞かない静かな音楽、モーツァルトなどを流してみることにしました。すると効果絶大! かすかな音量の音楽が、返ってそれ以外の外の音(例えばバスや車の通る音、近所を歩く人たちの話し声など)を遮断してくれることがわかったのです! おかげで普段以上に集中をして翻訳に没頭できて、なかなか快調です。しばらくはこの方法で集中度を高めて、大量翻訳に当たって、心穏やかに年末年始を迎えられるようにしたいと意気込んでいます!
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2006年12月 4日(月) かの
「私は意味を求めたい。」
 先日、私の敬愛する指揮者マリス・ヤンソンス率いるロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団のコンサートに行ってきた。
 ヤンソンスは1943年旧ソ連のラトビア生まれ。カラヤンに師事し、レニングラード・フィルを経て、マイナーなオスロ・フィルを世界的水準に引き上げたことで知られている。そして今年のウィーン・フィル・ニューイヤーコンサート。日本でもテレビで生中継される毎年恒例の音楽会で彼はタクトを振り、今や日本を始め世界中で愛されているマエストロである。
 私がヤンソンスを初めて知ったのはロンドン留学中の1993年。厳しい修士課程で唯一の息抜きはコンサートに行くことであった。学生券で入場したある晩、ロンドン・フィルを振っていたのである。
 そのときの曲目はモーツァルト。元々CDや生演奏で何度もモーツァルトは聴いていたが、この日はまさにeye opening experienceであった。定番のメロディーが一音一音ハッキリ聴こえたのである。そして何と言ってもヤンソンスの美しい振り。「指揮者=指揮棒を何だか振っている人」という私の先入観は見事に覆された。楽団の各楽器を大切にし、音を慈しんでいる。一言で言えば「誠意あふれる振り」であった。
 以来、機会があれば彼のコンサートに行くようにしていた。しかし子どもが生まれると夜の外出は至難の業。仕事に復帰してからも通訳準備と家事・育児が中心となり、家の中でCDをかけることすらなくなってしまった。旋律に心動かされ、勇気づけられ、洞察力を深めていくという独身時代の習慣はいつの間にか消え、日々のあわただしさの中で心はカラカラに乾いていたのである。
 数年ぶりに生演奏で見たヤンソンスは、以前にも増して繊細で、かと思えば時に鮮やかなタクトさばきであった。曲目はベートーベン交響曲第8番とマーラーの交響曲第1番「巨人」。マーラーの第二楽章では、今まで聴いたことのないほど艶(つや)やかな弦楽器の音色に酔いしれた。「きっとマーラーが生きていたら、こういう風に演奏してもらいたかったのではないか」と私は思った。
 コンサートプログラムの中で彼は次のように語っている。
 「楽譜だけを追う演奏はしたくありません。・・・楽譜そのものは記号に過ぎませんからね。私は意味を求めたい。」
 これぞ私が通訳業に見出そうとしていることである。通訳の際、元の文章は単語の羅列に過ぎない。しかしその背後でスピーカーは何を言いたいのか。それを深く読み取り、解釈し、日本語に置き換えてゆく。ヤンソンスのように誠実に、そして美しく訳していきたい。そんな思いを抱いた夕べであった。
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2006年12月 1日(金) まめの木
輝く若者
先日、工場で比較的長期の仕事をした。工作機械の設置、調整、オペレーター・トレーニングが主な仕事だ。前にも書いたが、実際にモノを見られること、またエンジニアの説明を聞くことができるのでとても勉強になるし、大好きな仕事のうちのひとつである。
そんな中、工場内の別の生産ラインで一際輝いて見える若者がいた。休憩時間終了のチャイムがなると、いち早く仕事場に戻り、8時間シフトの終わりまで、疲れを見せることなくテキパキと仕事に打ち込んでいる。また、彼は私が関わっていたラインとは別の部門なのに、休憩時間や業務終了時には帽子を取ってニコニコ挨拶してくれるのである。
日本人は帽子を取って挨拶をする習慣があまりないし、直接言葉を交わしたこともなく、また顔の表情が非常に豊かだったことから、おそらく外国から来ているスタッフかとずっと思っていた。
ところが、仕事期間が終わる頃、耳が不自由な方だと知ってびっくりした。鉄の部品に穴を開けたり、研削したり、非常に危険が伴う仕事だし、不良品やエラーが出てアラームが鳴ったら早急に対応しなければならない。それに、アラームの音に気がつかなければ、自身にも危険が及ぶのである。
耳が聞こえないというハンディをまったく感じさせないどころか、職場の雰囲気をも明るくする彼の仕事ぶりにあらためて驚嘆し、ライン責任者の方に聞いてみると、『彼はうちのホープなんだよ。』と嬉しそうに話していた。音が聞こえないはずなのに、アラームどころか、不思議と機械の微妙な音の違いを聞き分け、仕事のクオリティも高いと言う。また、最近、働くことに喜びを持つ若者がどんどん減り、すぐに仕事をやめてしまうスタッフが多い中、彼は毎日生き生きと仕事に打ち込み、責任感の強いスタッフの一人だ、と自慢しておられた。
家に帰る道すがら、色々と考えされられた。好きな仕事をさせてもらっているにもかかわらず、寒い戸外で一日中立ちっぱなしで通訳して疲れただの、休憩時間がもらえなくて最後の方は頭がくらくらしたの、フリーで話すと聞いていたのに行ってみたら立派な原稿を棒読みされただの、考えてみたら私も不平不満がいっぱいである。よく、『職業に貴賎なし』と言われるが、実際に仕事の貴賎を決めているのは自分自身の心と姿勢なのではないか…。反省していくうちに恥ずかしくなってしまった。
この仕事の最終日、かの若者に『お世話になりました。お仕事頑張ってくださいね。』と紙に書いて見せたら、『今日で最後なのは残念です。通訳さんもこれからも頑張ってください。』と書いてくれた。少し、目頭が熱くなった。
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2006年11月30日(木) 仙人
エイリアン vs. プレデター
明日からもう師走! で、今年を振り返って、印象に残ったこと。いろんな国からかなり高齢の方々が集まられた場で通訳をしたとき、しみじみ実感したのは、元気な人は、よく食べる! 食べるから元気なのか、元気だから食欲もあるのか、どっちがニワトリで卵なのかは不明ですが、ともかく、90歳近いじいさんたちが、食う、食う! パワー全開でしゃべりたおす! スポーツ関連のイベントだったので、まあ平均的老人よりは元気な人が多いのは当然としても、この私が――「パワーあふれる」と形容詞をつけられることが多く、異常な元気さにエイリアン呼ばわりされたりもする、頑強バディの私が、ええっ、また食べるの? というぐらいの食欲。しかもかなりヘビーで脂っこいもの、もちろんお肉は毎日で、通訳は早食いでなきゃとスピードにも自信があったのに、周囲の食べっぷりはまさにoverwhelming! 国籍人種は無関係に、日本人も含めて、みなさん! 一緒に通訳をした方の話では、枯れた雰囲気で有名な某政治家さんのpredatorぶりもすごいんだよ、猛烈に肉ばっかり食べるのよ、みたいなことでした。
マリコさんも「ごはん通訳」のことを前に話題にされていましたが、よく食べ、早く食べ、それでもきちんと消化できる体力って、通訳の第一条件では、と改めて思いました。「気力」というか、やりたいと思う強い気持ちがいちばんだと信じていたのですが、そういう気力も、結局体力がなければわいてこないのかも、とか思ったりして。パワーあふれるおじいさんたちを前にして、ステーキをほおばりながら、失礼、ちょっと待ってね、と肉を飲み込み、何事もなく通訳を続けられる根性の前に、ステーキが連日続いても収められる胃がないと、どうしようもないような(ステーキが二日、翌日しゃぶしゃぶ、その次の日はすきやき、その間おやつに3日続けてラーメン、明けた夜にパーティって尋常な人では厳しくないっすか?)それに、パワフルじいさんたちって、なんとなくですが、よく食べる人を信用するみたいで、捕食行動を共にすると信頼関係がすばやく築けたり……。
そういう体力がない場合はどうすればいいか。うーむ。ある、と信じ込む気力? ってまたニワトリが卵になっちゃいましたけど。
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2006年11月29日(水) the apple of my eye
事件とキーワード
 ダイアナ元英皇太子妃が事故死してから来年で10年になるそうだ。2人の息子、ウィリアムとハリーがその来年に追悼コンサートを計画しているなんていうネット・ニュースを見て、「もう10年!」と思った次第である。
 彼女の事故は、私が3年間のロンドン生活を終えて帰国しようと飛行機に乗っていた間に発生したらしく、成田に着いて数時間後に知人から「お帰り〜」の電話がかかり、その時に「ダイアナ、死んだよ!」と聞いて驚いたことを鮮明に覚えている。
 ああいった大きな事件は、その時の自分の居場所や、時間や、身辺の出来事とも絡まって記憶されるものだろう。
 また同時に、こんな仕事柄のせいか、海外での大きな事件はキーワードとなる言葉も一緒に覚えることが多い。
 ダイアナ妃の死亡のときはやはり paparazzi だろう。カタカナ語「パパラッチ」が一気に市民権を得た。もちろんロンドンにいたときは、ベッカムだのスパイスガールズだの王室の他のメンバーだのが常に追い回されていたので、paparazzi はしょっちゅう目や耳にする言葉だったが、あの事件以来、ダイアナといえばパパラッチ、パパラッチといえばダイアナ、というイメージの言葉になった。
 アメリカにいた90年代の初めで印象が強いのは、クラランス・トーマスが連邦最高裁判事に指名されたときに、トーマスにセクハラを受けたと訴え出た元部下のアニタ・ヒルの事件だ (Thomas-Hill Controversy)。
 通常なら連邦最高裁判事は大統領の指名を受け、上院の承認を経て就任するという手順が、アニタ・ヒルのこの訴えで大騒ぎになった。トーマスは上院司法委員会の公聴会に呼ばれ、公聴会はテレビで全米に放送された。トーマスが黒人だったこと(ヒルも黒人)、2人が上司と部下だった職場が Equal Employment Opportunities Commission(雇用機会均等委員会)という公的機関だったこと、トーマスの前任者であるマーシャル判事(連邦最高裁初の黒人判事)がリベラル派であったのに対しトーマスが保守派だったことなどから、事態は国民の大きな関心を呼んだのだ。ヒルが当時はオクラホマ大学の法学部教授という地位も名誉も教育もある立場の人物だったことなどから、その証言に信憑性があると考える人も多かったが、結局、ヒル本人の証言以上の証拠がなく、上院は48対52で、トーマスの就任を承認した。ヒル教授を支持する、あるいはトーマスの就任に反対する人々、特に女性は、上院にほとんど女性議員がいなかった(98%が男性)ことが、セクハラの訴えが通らなかった理由だと考える人も多く、その後の92年の選挙では女性候補が躍進した。
 当時はまだ日本で sexual harassment という言葉が入ってきたばかりで、それがいったい正確に、あるいは具体的にどのような行為をいうのか理解している人は少なかったはずだ。1970年代の終わりにセクシャル・ハラスメントという概念を確立した当のアメリカでも、この事件はあらためて「セクハラ」の捉え方や解決の難しさを浮き彫りにした。
 ちなみに連邦最高裁判事の職は、本人が退官を希望するか亡くなるまでの終身制で、若干43歳でパパ・ブッシュ大統領に指名されたトーマス判事は、もちろん現在もその職を続けている。
 パパ・ブッシュの後任、クリントン元大統領が残していったキーワードは、かなり情けなかった。ホワイトハウス研修生だったモニカ・ルインスキーと、“inappropriate intimate contact”があったと認めた、あの事件だから。元大統領がテレビ演説でこの言葉を用いてスキャンダルの事実を認めた後はしばらく、メディアには “inappropriate xxxx” という表現が躍り続けた。それにしてもこの表現、実はなかなか上手い。inappropriate だなんて、wrong とか、dirty とかって言えば良いのに、否定形でやや中和している。intimate は、「男女の仲」であることを指す形容詞だが、普通に「親しい」という意味でもある。intimate conversation といえば、「親しく打ちとけた会話」くらいの意味にもなる。さらに contact だって、肉体的な「接触」も連想させる一方で、人と人との「連絡」や「交際」、「関係」の意味もある。だから別にクリントン氏は「モニカとエッチな行為をしました」と告白しているわけではないとも言える。頭脳明晰なスタッフが集まり、練りに練った表現なんだろう、これは。日本のニュースでも「不適切な関係」と訳されたのがほとんどだった。

 そんな風に過去の印象的な事件と言葉を思い出したが、今年は何か、重大なキーワードがあっただろうか。
 ンー、思いつくのは Brangelina かな。
 ブラッド・ピットとアンジェリーナ・ジョリーの、生まれたばかりの赤ちゃんの写真が、People 誌に400万ドル以上で売られ、このお金は慈善団体に寄付されるという、仰天の話題だった。
Brangelina。……パパラッチとかセクシャル・ハラスメントとか「不適切な関係」よりは、ホノボノとしたキーワードで良いかもしれない。

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2006年11月28日(火) パンの笛
味覚狩り!
 ここのところ、味覚狩りづいています。まずはりんご狩り。近所の子ども文化センターが企画したりんご狩りに、息子が行きたい!と言い出したので、普段なかなか付き合ってやれない罪滅ぼしの意味もこめて参加することに。我が家からたった4駅先の駅からちょっと歩いただけの場所なのに、どこまでも田園風景が広がっていて、時間もゆっくり流れていて、とても安らぎを感じました。りんごは今年はいまひとつ不作だったようで、「一人4個」の制限内であっても、鳥もつついておらず、虫も食っていないりんごを探すのは至難の業でした。
 その次には、息子の学童保育でお芋掘り。なんと子ども一人当たりの割り当ては5株! 5株分のさつま芋は大量です。毎年、お芋を掘るのは良いのですが、その調理法に苦慮するのです…。今年も今のところ、お味噌汁にするか、大学芋にするか、くらいしか思い当たらず、ハテ、どうしようかと悩んでいます。
 そして、最後はミカン狩り! 先ほど、まるで我が家の近辺に畑はまったくないかのような文を書きましたが、それは言い過ぎでした。ごめんなさい。我が家の地域も立派な郊外。近辺は梨や柿が名産です。そして、今回のミカン狩りの場所は家から徒歩5分ほどのミカン畑。梨や柿はおなじみでも、ミカン畑がこんなにそばにあるとは、全然知りませんでした。行ってみると、ミカンがたわわに実っていて、もいで食べてみると、お日様をたくさん浴びて育ったのがよくわかる、濃い味の美味しいミカンでした。息子と争ってミカンをもいで、一冬分のミカンを調達しました。
 普段は家、それも狭い書斎にこもって昼夜の別なく仕事をしている私も、こうして外に出て、自然に触れ、植物の持つエネルギーに触れたり、子どもとお日様の下で笑いあったりすることで、明日の仕事へのエネルギーが充電されます。今年は食料もたくさん収穫できたし、冬篭りもできそうです。
(写真はりんご狩りに行った日の空。抜けるような青さに、思わず写真を撮ってしまいました。)
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2006年11月27日(月) かの
そしてわが身を省みる
 通訳という職業柄、春と秋は多忙になる。この秋もそうだった。通訳学校の授業準備に加えて会議や放送の通訳。大量の資料を読みこなして会議通訳を一つ終えたら、次の通訳の資料が机の上にデンと待ち構えている。
 「はい つぎ、はい つぎ。
  はい はい はいっ。」
 「いそがしくって いそがしくって めがまわる。」
 これは息子の愛読する絵本「ねこのはなびや」の一節。仕事の資料を読みこなしながら、子どもたちに読み聞かせたこの文章がずっと頭の中でリフレイン。そんな秋だった。
 同業者の夫も同じような状況。夜、私は子どもたちを寝かしつけると疲れのあまりそのままバタンキュー。朝、目が覚めて夫に「わ〜、お久しぶり!」という感じであった。当然、子どものことや仕事、家のことなど夫に話したいことがたくさんある。メールで済ませられるときは日中にメールで連絡を取り合っているが、やはり込み入った話は面と向かって話すほうが手っ取り早い。私たち夫婦にそれができる唯一の時間帯は朝食時。それで二人で色々と話し始めるのだが、それが子どもたちには不評。もちろん、まだブーイングするほどではないけれど、ここぞとばかり「自分も話すぞ!」と息子も娘もおしゃべりパワー全開になる。しかも話に脈絡がないので、二人のトピックはてんでバラバラ。息子が海の生き物についてなぞなぞをしてくるかと思えば、娘はとりあえず、覚えたてのフレーズをひたすら使いまくろうとする。一度に数人が話すので、食卓はカオスになってしまう。
 この間はちょうど夫婦の会話がノッてきたところでワーワー言われたので、つい娘を叱ってしまった。「お母さんは今、お父さんと大事な話をしているんだから」という具合。娘としては別に悪気があって話に割り込んだわけではないので、泣き出してしまった。あ〜、またやっちゃった。朝は気持ちよく目覚めてゴキゲンに過ごして保育園に送り出そうと思っているのに。そう思いつつ、表面ではプリプリしてしまったのである。
 後になって冷静に振り返ってみると、まだ3年しか生きていない子どもなのだから、もっと大目に見てあげたらよかったのにと反省しきり。自分だって都合の良いときだけきちんと聞いて、時によっては子どもの話の流れをさえぎって「あれしなさい」「これやって」と言っているではないか。
 子どもが生まれて思うのは、自分の人間的な未熟さ。子どもはまっさらな状態でぶつかってくるだけに、わが身を省みることになるのだ。
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2006年11月24日(金) まめの木
私のコレクション
小さい頃、透明で、カラフルで、丸みがあるものが好きだった。おはじきやビー玉、拾った石から始まり、台所から丸いガラス製の箸置きをちょっと拝借したり、お小遣いが貰えるようになるとビーズやジェリービーンズを買い込み、かわいい瓶に詰めて飾っていたこともある。今でも天然石や半貴石、ガラス製品に弱い。
大人になってから、カラフルで透明感のあるものは、何も「モノ」に限られたことではないのに気づいた。音や風、言葉にも、丸みのあるコロコロとした感触のものが存在する。こういったものは、手にとって楽しむタイプのコレクションにはならないが、録音物や本で発見すると勝手に自分のコレクションとして認定している。
風景は写真に撮れるし、風や空気が気に入った時にはビニール袋に詰めて持って帰ったこともあるが、何もコレクションだからといって手元になければならないわけではなく、あくまでも心の中で「認定」し、たまに思い出して楽しめは、立派なコレクションになるのである。
音で言えば、バイオリンはストラディヴァリウス。録音技術のせいもあるが、60〜70年代に録音されたレコードから聞こえてくる温かみのある丸い音色は、まさにコレクションに値する。フランスのオーケストラの管楽器の音も素晴らしい。少し余談になるが、小さい頃から生粋のクラシック派で育った私は、「ロック」と分類される音楽はいわゆる不良の音楽とみなしていた。ところが、偏見を頭から排除して素直に聞いてみると、これが案外、すべてではないにしても曲の構成力、演奏技術、音色のどれをとってもクラシックの音楽家と比べて遜色がない。髪を染め、どぎついファッションで稲妻型のエレキギター片手にロックンロールに命を捧げているお兄ちゃんが、こんな知的な歌詞を書くのか、と驚くことさえある(ごめんなさい、ものすごい偏見です…)。エレキギターの音も、以前は何でも同じ騒音にしか聞こえなかったが、注意深く聞き分けてみると、ギブソンのレスポールというギターの透明感のあるまろやかな響きは絶品である。演奏者にもよるが、このレスポールの音も我がコレクションに加えることにした。
言葉では擬音語、擬態語の類でコレクション入りするものが多い。ドイツにいた頃は「まったり」がコレクションに入っていたのだが、帰国してからいわゆる「若者言葉」として「まったり」にはまったく相応しくないシチュエーションで安易に使われている現場に遭遇し、とてもがっかりしてしまった。
『昨日、うちでまったりしてたら電話がかかってきてさぁ〜』
『お風呂入ったら、ちょっとまったりしちゃって…』
とんでもない使い方である。思わず、「すみません、その言葉、私の大切なコレクションなので、そのような使い方はやめてください。」とお願いしたくなったほどである。どこで誰がこのような使い方を始めたかは知らないが、彼らの中ではその状況そのものが「まったり」なのであろう、私たちの普段使っている言葉だって、平安時代の人が聞いたら卒倒するかもしれないし、言葉は生き物、時代と共に変化するものである、と、その場は穏便にやり過ごし、家に帰って「まったり」とした味わいの美味しいお茶を頂きながら、「まったり」に一人乾杯したのであった。
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2006年11月23日(木) 仙人
勤労感謝の日
ということで、労働ストレスに立ち向かう話を。ちょっと前、工藤さんが『ビシッと愛のムチ』で髪が傷んでシャンプー&リンスにこだわっているという話をされていたことがあったように思います。実は私も数年前、同じ状態でした。手触りがまるでバービー人形の髪のような、「ぎしっ」という感じ、見た目もどうしようもないばさばさ。もともと髪が細くて量が少なくて、hair-challengedだった父から強固にDNAを受け継いでいるので、いつかは髪がなくなるのではという恐怖から、かなり高価なシャンプー&コンディショナー、さらに毎日のようにトリートメント、美容院で地肌エステとかいうものまでやっていたのですが、ばーっさばさのままでした。
会社勤めを辞めて数年、先日、ジムのサウナで、髪が多くていいですね、と言われ、なんとなく以前より髪の量が多くなっているのに気づきました。毎日プールで泳ぐようになって、髪にはいいはずはないし、なんといっても年は取るばかり、なのにふと気づくと、ばさばさ感も減少しています。
そこで、思ったわけです。髪って、いちばんストレスの影響を受けやすいのではないか。精神的な悩み、睡眠不足、不規則な食事、こういうものがもろに出るのが髪なのでは。そう思ったら、挑戦的に、シャンプーもいっちばん安いものにして、毎日のようにやっていたトリートメントもやめたのですが、それでもまるで平気になり、そのうちリンス/コンディショナーをジムに持っていくのを忘れたことがきっかけでシャンプーだけで済ますこともたびたび。それでも、かなり大丈夫なことがわかりました。いずれは、体を洗う石鹸、しかもやーっすい固形のものひとつで髪も洗って大丈夫、というところまでもっていこうと計画中です(もちろん顔は以前からフェイシャル専用は使用したことないです)。アタシ、ストレスなんかにはもう負けないわ、ってところです。本当は塩かなんかで、ボディーから歯磨きまで……というのは、目標としてはあるんですけど、さすがにちょっと軟弱な現代人には無理な気がするんですよね。
「精神的なゆとり&物理的な厳しい試練」方式です。昔は「リンス」というものだってなかったのに、みんな日本髪を結えるぐらい豊かな髪だったわけでしょ? let your body take care of itselfだと思います……って、翻訳と関係ない話だったので、ちょっと英語使ってみました、へへ。
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2006年11月22日(水) the apple of my eye
サラブレッド
中居君である。
「レディース・アンド・ジェントルメン!」とシャンパンを開け、
「グレート・サラブレーッド!」と叫んでいる。
このCMを見るたびに、「さらぶれっど」じゃないんだけど、と思ってしまう。わざと、なのだろう、きっと。でも気になる。
ご存知「サラブレッド」は、“thoroughbred”で、「徹底して」+「交配した」という意味から生まれた名前と言われる。サラブレッドは競争馬にするという目的だけで英国の在来種にアラブ馬をかけ合わせて作り上げた人工的な種類の馬で、サラブレッドと呼ばれるためには厳しい血統上の規則がある。だから現首相のような生まれの人を「政界のサラブレッド」などと言ったりするのだ。
ずっと昔、駆け出し翻訳者の頃、アラブ首長国連邦で開催される競馬レースの資料の日本語訳を頼まれたことがある。オグリキャップ人気で日本に競馬ブームが起こった後だったが、残念ながら私は競馬にまったく関心がなかった。今もないが。しかし仕事となれば、なんとか調べて取り組むしかない。当時はまだインターネットも普及し始めたばかりの頃で、今ほど簡単に欲しい資料も見つからず、四苦八苦した記憶がある。
一番引っかかったのは、馬齢に関する点だった。
合わないのだ。出馬する馬の年齢と、その大会の出馬資格の制限が。
調べてみると、当時の日本の競走馬の年齢は数え年で数えており、したがって生まれてすぐの馬は1歳としていたのだ。国際的には0歳だ。日本のルールは2001年に改正されて、国際標準に合わせたそうだが、面白いのはその国際標準も完全には統一されておらず、誕生日が何月何日であろうと、北半球の馬は1月1日になると1歳年を取ったことになるが、南半球ではそれが7月1日だったり8月1日だったりするらしい。
英語の競馬用語も色々あって面白かった。
juvenile は性別に関係なく2歳馬のこと。filly は4歳までの雌の馬。colt は4歳までの雄の馬だが去勢されていないものに限定される。去勢するのは気性の荒さを直すためだそうだ。去勢された馬は英語で gelding というらしい。日本語では「せん馬」だそうだ。去勢されると当然、子孫は作れなくなる。種馬 stud になれない。種馬には別の言い方で entire だとか stallion ていうのもある。entire って、そうでない馬たちに対してちょっと失礼な表現じゃないかな。
いや、競馬用語で失礼なのはもっとある。
血統の記録簿を stud book という。父親こそが重要であって、お母さん馬の方はどうでもいいのか。競馬の世界にも男尊女卑、封建主義、一夫多妻が蔓延しているようだ。実際、サラブレッドの血統を語る場合は、父系 = サイアーライン (sire line) ということが言われる。sire という言葉自体、senior からきたものらしい。始祖とか高位の人という意味があるとか。なんだかとても尊ばれた感じ。現在のサラブレッドの父系を遡ると、すべてたったの3頭の、18世紀のイギリスで活躍した名馬のいずれかにたどり着くというから驚きだ。
しかし感心している場合ではない。競走馬の繁殖の世界における、この父系重視は科学的に正しいのか? お母さんの遺伝子や、子どもが胎内にいる間に母体が与えたものはカウントされないのか。
と、そんなことを思っていたあの頃であった。
それにしても前回は野球、今度は競馬と、だんだんオヤジ化しているなぁ……。次はゴルフか?


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2006年11月21日(火) パンの笛
閑話休題
 今日はお仕事のお話はちょっとお休みです。先週の日曜に叔母が亡くなりました。54歳でした。2年弱、癌を患った後に帰らぬ人となってしまいました。叔母は私が小さい頃からまるでの実の母のように、そして私が大きくなると、まるで姉か友人のように、いつもいつもそばにいて、私をかわいがり、気にかけてくれた人でした。「にぎやか」という言葉がぴったりなほど元気で、華やかで、一緒にいてとても気持ちが晴れやかになる、そんな人でした。その叔母も、病気が判明してからはその元気だった頃が嘘のように、あれよあれよと病魔に冒されていってしまいました。それでも私が病床に見舞うと、いつも以上に元気に振る舞い、自分のことは忘れて私のことばかり心配してくれていました。ずーっとおばあさんになるまで、きっと身近にいるはずと思っていた人が急にいなくなるというのは、やりきれないものです。これが世に言う、「心にぽっかり穴が開いたよう」という状態なのでしょう。いまひとつ何事も手に付かず、特に生産的な仕事や家事はなかなか身が入りません。こんなときに、事情を察したエージェントの方が納期を延ばす手配をしてくださったり、友人が温かい言葉をかけてくれたりしたのが、身にしみて嬉しいものです。今はまだ、悲しい気持ちと楽しい思い出が交錯して気持ちの整理がつきませんが、ゆっくり時間をかけてその悲しみをほぐしていって、いつか、天国で叔母に再会するときに、笑顔で「久しぶり!」と言えるよう、仕事も、家庭も、友人づきあいも、精一杯楽しんでいきたい、と思っています。
 来週は元気で楽しいお話をお楽しみに…!
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2006年11月20日(月) かの
半熟卵の教訓
 半熟卵に凝っている。そのきっかけとなったのが、秋のお彼岸で叔母宅にてご馳走になった一品だ。
 叔母は料理上手で、いつもおいしい手料理でもてなしてくれる。今回私が気に入ったのは「半熟卵の酢醤油漬け」。醤油で褐色になった卵を半分に割ると、中から黄身がトローリ。一口含むとお酢と醤油の絶妙なバランスに「うーん、おいしい!」となった。子どもたちもこの一品を大いに気に入っていた。
 「半熟卵は7分茹でるの。7分よ」と言っていた叔母。7分茹でて殻をむき、「醤油3:お酢3」の汁に漬けておくのだそう。帰宅してすぐこのレシピに挑戦することにした。言われたとおり7分茹でてすぐ殻をむこうとしたが、白身ごとボロボロむけて大失敗!でこぼこのゆで卵を汁に漬ける羽目になってしまった。味そのものはおいしかったけれど。
 そこでネットで「半熟卵」を検索し、作り方を発見。こちらは「お湯が沸騰したら鍋を火から下す。卵を入れて15分間放っておく」というもの。ふむふむ、これならコンロを占領せずに済みそうだと早速やってみた。しかし結果は×。やはりうまくむけなかったのである。
 もう一度トライするべく別のレシピへ。「7分中火→流水→殻をむく」とある。こちらの結果は大成功!うまくむけて卵はつるんつるん。汁に漬けておいたらきれいに色もつき、味もバッチリ。中の黄身もトロトロであった。その後何回かやったことで、この料理もすっかり得意になった。
 今回は短期間に何度も半熟卵を作って挑戦し、練習を積み重ねたのが良かったと思う。前回の教訓を覚えていたし、何よりもすべての工程を体で覚えていったからだ。これはまさに英語学習に通じるもの。新しい単語を覚えたらそのままにせず、実践し、何度も使うことで初めてモノになっていくのである。
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2006年11月17日(金) まめの木
わらしべ長者的キャリアのすすめ
『まんが日本昔ばなし』世代の方々にはお馴染みのこの話、私の人生哲学と言っても過言ではないほど好きなのである。
ものすごく貧しい男が一心に観音さまに祈るところから始まり、「ここを出て初めて手に触れたものを大事に持って旅に出なさい」とお告げをもらった男のサクセス・ストーリーだ。一本のわらを拾い、それにアブが止まり、それがミカンになって、絹の反物になって、馬になって、最終的には縁を得て長者になる。
この主人公の特徴で注目すべき点がいくつかある。
まずこの男、かなり注意深い。いくら観音さまのお告げといえども、いや、観音さまの言葉だからこそ期待度も高まり、普通ならわらなんて拾わずに行ってしまう。わらが落ちていることすら気づかないこともあるかもしれない。また、ハプニングに対しても常に前向きだ。話の中では、常識から考えてかなり損な取り引きもしているのである。絹の反物と馬を交換する場面だ。いくら侍の持ち物といっても、元気のない弱り果てた馬などを押し付けられた時だって、「ラッキー!わしゃあ、ついてるのう。さすが、観音さまのお陰じゃ。」と喜んでいるのである。この辺の感謝の心も素晴らしい。しかも、すべきところではちゃんと努力もしている。絶命寸前の馬を城下町の長者が一目惚れする程までに介抱するのだ。それも、「きっと良い馬なのだから元気になれば高い値で売れるかも…」などといういやらしい下心は皆無で、「お前も疲れたろ…」とまるで同志のように水を飲ませたり、体を拭いてやったりするのだ。

この話を思い返す度に、つくづく通翻訳者の道にも通ずるところがある、と一人うなずいてしまう。さすがに観音さまのお告げは無いかもしれないが、私たちも「ああ、通訳者になりたい。どうにか通訳者になれないだろうか…」という夢を抱くところから始まる。そして長い長い旅に出るわけだが、学校に通って、各種資格を取って、さあエージェントに登録!というところまで行っても、登録した月からいきなり「売れっ子通訳者」という訳にはいかない。そこで大事なのは「目の前に最初に現れた“わら”を大切にすること」だ。最初はビジネスレター1枚、スペック1枚の翻訳の依頼かもしれない。しかし、その“わら”が数年後の会議通訳の仕事につながる可能性を秘めているのだ。確かに1週間にたった1枚の翻訳では生活できないが、だからといって捨ててしまっては、翻訳料が手に入らないばかりではなく、キャリアも将来も手に入らないのだ。最初から「私は通訳者になりたいのであって、翻訳はやりたくないんです。」という人もいるが、まったく通訳とは関係ない場面で名刺交換をしたご縁で、何年か経って舞台通訳の仕事を頂いたこともある。翻訳は全国ネット、なにも東京に限って営業する必要はない、と名古屋のエージェントに翻訳者として登録したら、愛知万博の通訳の依頼が来たこともある。
つまり、少し論旨が飛ぶかもしれないが、「あの時あれをしておけば良かった。」という後悔の法則を転換して、「あの時あれをしておいたから、今のこれがある。」と考える方が、人生、断然お得なのである。それには、何が観音さまのお告げであるところの“初めて手に触れたもの”なのかを判断する感性も必要だ。そして、「ふん、わら一本か…」と捨ててしまったり、最初から「これをもっとビッグなものと交換してやろう」というギラギラした欲を持っていては、運にも見捨てられてしまう。ギラギラした情熱は内面や能力を磨くことに傾ければよい。

この話、「男は生涯、わら一本粗末にすることはありませんでした。村人からは“わらしべ長者”と呼ばれました。めでたし、めでたし。」で終わる。「わら一本をも粗末にしない心」を大切に、これからも一歩ずつ歩んで行きたい。
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2006年11月16日(木) 仙人
遅ればせながら
カタカナ言葉に文句がいっぱいの話は、このブログによく登場します。私も遅ればせながら、調子に乗って参加させてください!
できるだけ日本語にしようと努力しても、カタカナのままのほうが通じる、いやカタカナでないと通じない用語、しかも業界では普通で、一般人には未知という状況がいちばん困ります。大好きなのでよくお受けするのですが、産業翻訳での車関係はとくにその傾向が強いと思います。一般人にはちんぷんかんぷんなことも、英語をカタカナにすると、その筋の方にはぴたりと通じるし、エンドユーザー(といってもマニアから初心者まで)向けから技術者向けまで、知識レベルが大きく違うので、誰を相手にして何を目的にした文書かを考慮しつつ、どこまで日本語にすべきかさじ加減が大変なんです。pulleyは「滑車」でなくてプーリーでいいと思っていたら、あ、この場合には、「ファンベルト」ですねとか、tire ironが「タイヤレバー」とか、別のカタカナ語への置き換え作業もあって、どこまでのカタカナ度がいいのか判断つきにくいです。
あるとき「限定的分断差動器」と訳したものの、どういう機能のものか理解できず、車に関しては絶大の尊敬と信頼を置く家人にどーゆーモノ? とたずねたら「は?」という答えが。内容が理解できていない訳を納品するわけにはいかず、”limit-split differential”って書いてあるの、というと、「あー、リミット・スプリット・デフのこと」と言われて、のけぞってしまいました。いや、それではあんまりそのまま、別の言い方はないの? と聞くと、しばしの沈黙のあと、「LSDかな」そんなー。翻訳者としての私はどうなるの。おまけに、それがどんな車で、中身がどういう内容なのかも、ほぼ察知されてしまいました。そのときは、機密に関して敏感なものではありませんでしたが、単独の用語だけでも、詳しい人はすぐ内容までぴんとくるのだということがわかり、やたらに質問しちゃいけないんだわ、と自戒することにもなりました。
基本的にはカタカナ語の多い業界では、英語をそのままカタカナにするほうが、より、よろしい訳とされる感じがあるのは事実。家人いわく、そういうのに興味がある人は、カタカナがわからなくても、それがどういうものか調べるのが楽しいので、変に訳してないほうがいいんだそうです。なるほど。
ただ、専門用語的なことはしょうがないとも思うのですけどね、お客様がカタカナに慣れている人たちばかりでluxuryとあれば、まちがっても「贅を尽くした」と訳してはならず、ラグジュアリーと言わないといけないって雰囲気なのも、ちょっと翻訳者の良心がとがめるところです。
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2006年11月15日(水) the apple of my eye
日米野球に思うこと
先日の3連休中に日米野球を観に行った。
我が家はそれほど野球ファンというわけではないが、メジャーリーガーのプレイを生で観るチャンスはなかなかないと思い、少々お高いチケットだったが入手した。動物園や映画と違って、子ども料金ってないんだなぁ。
東京ドームの入口で、まず厳重なセキュリティチェック。ポケットの中身を全部出し、息子のリュックの中身まで調べられたのには驚いた。さらに探知機でのボディチェックと、ペットボトルの持込が禁止なので、開封していないペットボトルまでわざわざ開けて、紙コップに全部移し替えさせられた。緑茶って紙コップに入れると、巨大な検尿みたい。
……失礼。
とにかく、春に西武球場に行ったときはこんなチェックはなかったし、我が家が観戦した日の始球式は安倍首相ではなく元広島カープの山本浩二氏だったので、きっとMLB選手がいるからだろう。
「MLB式の応援を体験してください」と、入口の中で2本ずつ、空気で膨らますビニールの筒をもらった。拍手の代わりにこれを打ち鳴らすのだ。日本ではお金を出してビーッというゴム風船を買って、途中で飛ばすのだが、それは今回売っていなかった。
それ以外でも、選手の呼び出しも英語だったし、電光掲示板の表示もローマ字/英語、応援席も鳴り物は無しで、すべて「MLB式」。途中で小刻みに入る音楽は We Will Rock You だったり That’s the Way (I Like It)、Young Man などで、これも「MLB式」。
そしてもちろん、7回裏の攻撃に入る前にはあの曲が流れる。
Take Me Out To The Ball Game.
残念ながら観客は大半日本人なので大合唱というわけにはいかなかったけれど、雰囲気は味わえた。簡単なメロディなので8歳の息子は覚えてしまい、帰ってからも口ずさんでいるくらい。親しみやすい歌なのだろう。それともイチローの出ているあのCMで覚えたのか?
この歌、球場で流れる部分以外に前半があったなんて、知らなかった。
翻訳稼業の「調べ癖」のおかげで、またちょっと調べて分かったのだけれど。
Baseball Almanac によると、曲が作られたのは1908年、100年近く前の歌だなんて、スゴイ。でも球場で歌われるようになったのは1971年が最初なんだそうだ。
“...... For it's one, two, three strikes, you're out,
At the old ball game”

そういえば、アメリカの Three Strikes You’re Out Law というのが話題になったことがあった。クリントン元大統領が積極的に賛成したので有名になったのだが、カリフォルニアなどの州法で、felony で3回有罪になったら仮釈放なしの終身刑を命じられると定めるものだ。felony とは、死刑または1年以上の長期の刑を科される「重罪」のことをいう。犯罪者の再犯率が高いことと、死刑にならない限り、たとえ終身刑でも仮出獄してはまた犯罪を繰り返すパターンも多いことから、被害者やその家族の感情を反映した法律だと歓迎されたり、逆に犯罪抑止力にはなっていないという批判もある。日本でも特に性犯罪者に対する厳罰化を求める声は強い。
なんてことを考えながら観ていたら、試合は圧倒的なパワーでメジャーの勝利。8対6。
今季58本も本塁打を打ったフィリーズのハワードが2本も本塁打を打った。
MLB側にはホワイトソックスの井口が出場していた。マリナーズの城島はベンチだったけど。日米野球の「米」側に日本人選手。なんとも不思議だけれど、いいなぁと思う。
自分は普段、言葉という手段で人と人がコミュニケーションを取り、理解しあうための手助けを仕事にしていると(理想的には)思っているが、スポーツで理解しあうというのもアリだ。異なる国、文化、民族の人々が、同じスポーツを同じルールで楽しむことで理解しあえる。そこには言葉は不要である。
今日は野球に負けたなぁと思った日であった。
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2006年11月14日(火) パンの笛
嬉しい?誤算
 これまで数社で社内翻訳者を務めた間も、そして在宅翻訳でも、一番多く受けているのが、何といってもコンピュータ関係の翻訳です。元々「超」が付く文系の私ですが、ユーザとしてはコンピュータは嫌いではないし、まぁ、それなりに使いこなせてるし、なんていう軽い気持ちで、翻訳の勉強をする際にコンピュータを専門分野の一つに指定していました。とはいえ、心のどこかで「翻訳=文章表現を巧みに操る作業」という意識があるせいか、単語の置き換えの正確さが最も要求されて、あまり翻訳者の文章能力が求められることのないコンピュータ関連のお仕事は、なんとはなしに邪道のような印象を抱いていました。もちろん、実際に翻訳に当たってみると、この業界の用語は日進月歩なので、その進歩についていっていなければ当然、自分が作成した訳文も「事情を知らない人が書いたシロウトくさい文章」になってしまうので、他のどの分野とも同様、日々勉強が必要なのですが…。
 しかし、7月から本格的に在宅翻訳者になってみると、意外にもあまりコンピュータ関連の仕事の依頼は来ませんでした。そして、コンピュータ関連の仕事の依頼が来ていないこと自体すら、認識もしていなかったのです。そこへ先日、コンピュータのマニュアルの翻訳の依頼が大量に来ました。受けたときはあまり意識していなかったのですが、実際に作業を始めてみると、「あぁ、懐かしい。いつもこういうの、やってたなぁ。」と思っている自分がいます。おまけに、意外にも、他の分野の仕事に比べて筆(キー?)の進みが格段に速いのです! これは嬉しい誤算でした。なんだか、考えるそばからどんどん作業が進みます。普段なら、いろんな箇所でふと止まり、ちょっと調べてはまた作業に戻り、またちょっと進めると手を止めて、となってしまうのに、今回はぐんぐん進みます。最初はあまり意識せずに選択した専門分野の候補は、数年の時を経て確実に自分の中で勢力を拡大して、自分の身についていたのです。これから先、何日まともに寝られるか…と鬱々たる気持ちでいたのも、少し晴れやかになりました。納期までには一晩くらい、飲んじゃっても平気な日ができるかも! ついほくそ笑んでしまいます。
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2006年11月13日(月) かの
はじめてのマスク
 ここのところ、急に冷え込んでいよいよ冬到来。体調を崩しがちになるので、声が商売道具の私も気をつけるようにしている。
 ところが早くも息子が風邪を引いてしまった。熱はないので幼稚園には通い続けているが、かなりの咳。幸い日曜日にやっていた近所の小児科で咳止めを処方してもらった。
 薬のおかげで快方に向かっていたある日、息子が朝こう言った。
 「お母さん、ボクね、マスクが欲しいんだ。」
 内心「うーん、でももう咳も少なくなっているから、マスクなしでも大丈夫じゃないかな」と思った。けれども「わかった。じゃ今日、お仕事の後、マスク買って来るね!」と約束したのである。
 しかしその日に限って遠方での授業。丸一日しゃべり続けて帰りの電車に乗ること2時間。お土産はしっかり買ったものの、肝心のマスクは買い忘れてしまった。気がついたのは、子どもたちを夕方お迎えに行く直前。手帳には「マスクを買う」としっかり書いておいたのに。
 まあ忙しかったし、本人の咳もほとんどなくなってきたから、なくても何とかなるかな。第一、朝の会話なんて夕方にはもう忘れている可能性だってある。
 ところがお迎え時には開口一番、「マスクは??」であった。
 「ごめんね、買い忘れちゃった」と言うと、見る見るうちに大粒の涙をためている。普段なら「ギャーン!!買ってって言ったのに〜!!」と涙ながらに怒るのだが、この日に限って涙も流さず、「・・・いーよ・・・。ボク、我慢できるから・・・」とポツリ。本人なりに母親の仕事状況や色々なことを理解しようと頑張ったのかなと、私の方がせつなくなってしまった。
 幸い帰り道に薬局を見つけた。息子は「無地のマスクがいい」と言う。子ども用はキャラクター物だけなのではと思いきや、子ども向け無地マスクを発見。買ってあげたところ、大喜びであった。
 「ボクね、マスク初めてなんだ!」とニコニコ。咳はもうほとんど出ない。でも「はじめてのマスク」が何よりも嬉しかったようで、ずっとつけていた。私もそういえば、初めて英和辞書を買ってもらったとき、ずっと眺めていたなあ。
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2006年11月10日(金) まめの木
翻訳の神様
孔子は論語で「子、怪力乱神を語らず」と言っている。君子たるもの、おばけやUFOの話をしたり、困った時の神頼み的な行動は慎むべし、との教えである。
これは通翻訳者にもあてはまると思う。オリジナルの原稿やスピーチがあってこそ、私たちの職業は成り立っている。だから、勝手に幽体離脱してあらぬ世界に想いを馳せたり、陶酔のあまり自分の世界に浸ってみたり、意味が取れないからといって自己流に解釈して自分の哲学を振り回すのは、仕事上、絶対にタブーなのである。
しかし、通翻訳者といえども人間。時には神に祈りたくなることもある。
例えば、翻訳中、筆が進まなくなった時。
自分にとって初めての分野や形態の通訳の現場に行く前日。
このような場合、君子のプライドなど捨てて素直に神に祈ってみると、案外効果があるものだ。特に翻訳で詰まった時に有効である。まず、原稿とパソコンの画面にしがみつくのをやめ、おもむろに専門書や資料を広げてみる。この時、おいしいコーヒーがあれば尚よろしい。脳が悲鳴を挙げている場合は、アルファー波を与えるためにモーツァルトのアリアなどをかけてみるのも良いだろう。バッハのブランデンブルク協奏曲もお奨めだ。これで少し落ち着いたら、次にお風呂に入って「みそぎ」の儀式をやってみる。これまでの内容を反芻・整理しながらバスタブに浸かり、脳内に溜まった垢を洗い清め、余裕のない自己を反省しつつ、「翻訳の神様、どうか降りてきてください」と真摯に祈るのである。身が清められたところで、再びパソコンに向かう。すると、なんとまあ、思いも寄らぬ妙案・名文が浮かんでくるのである。ただ、ここまで念入りに「儀式」をしてしまうと、大抵夜中になっているのが問題だ。しかし、せっかく気合を入れて「翻訳の神様」をお呼びしたのだから、ここでやめてはもったいない。と、そのまま作業を続けると、だんだん窓の外が白んでくる。新聞屋さんが明け方に「ボコッ!」と新聞を入れる音がすると、先刻まで翻訳の神様と過ごしたオイフォリーから目覚め、何とも言えぬ寂寞感に襲われる。

以前、翻訳者の友達にこの話をしたら、
「翻訳の神様はわかる。でもその“儀式”って、ただの気分転換じゃないの?」
まあ、命名については人それぞれにしても、翻訳籠城中はアフターファイブのストレス発散はできないし、そもそも外に出かける心理的・時間的余裕もないので、好きな入浴剤を入れたバスタブに浸かるだけでも、ちょっと贅沢な気分を味わうことができるのだ。
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2006年11月 9日(木) 仙人
3-1-3!
おとといケーブルテレビで『8マイル』をやっていたので、しばらくぶりに観ていたらDJホストが『ER』のプラット先生であることを発見したりして、ちょっと楽しくて、エミネムってやっぱりかっこいいなあ、とCDを聴き始めたのですが……。いつもなのですけど、映像があるとそれほど気にはならないのに、音だけだとやはりあまりに過激な言葉の連続にちょっとまいってしまって、アルバム最後まで聴けません! 基本的に母国語でない言葉で喧嘩することの最大の利点は、ののしり言葉を投げつけられて、それがどういう意味であるかを理解していてもそんなに直接ぐさっと来ないというか、比較的冷静に対処できることで、だからこそ外国語に少し慣れてくると、やたら汚い言葉を使ってしまいがちなので注意しなければいけないというぐらい、母国語以外の汚い言葉って、わりと平気でいられるのです。けど、エミネムの歌詞って……。彼が地球の裏側のババアにどう思われていようが、気にするとは思えないし、怒りがほとばしっているのはわかるのですけど、もう少しだけ、でいいから落ち着いた気分でCDが聴けるといいなあ、といつも思います。けれど、韻を踏んだ言葉が畳みかけてくるのって、英語の詩としても優れたものであると私は思います。
私は日本語でもダジャレみたいなのがまるで弱くて、くだらないとか言われながらもシャレを連発する人って、すごいなあとひそかに尊敬してしまいます。英語の詩がぴっちりと韻を踏んでいると、もう無条件に賞賛! です。エミネムと同じ3−1−3デトロイト、ということで言えば、モータウンサウンドの柱のひとつであったスモーキー・ロビンソンの言葉のセンスがすごいんです。ビートルズがカバーしていた”You’ve Really Gotta Hold on Me”とか作った人です。彼の曲のなかで、韻を踏むという点でとくに感動するのは、あのテンプテーションズの”The Way You Do the Things You Do”という曲で、本当に見事に韻を踏んでなおかつ、若い男の子の心情がすごくかわいく上手に訴えられています。
昔、いつも対立していた営業のディレクターがデトロイト出身で、ふと、最高の歌詞はテンプスのあの曲だよ、と言い出し、二人でこの曲を合唱し、以来仕事がすごくスムーズに運ぶようになったこともあります。rhyme is a big time?? だめだー、韻を持つ言葉が出てこない!
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2006年11月 8日(水) the apple of my eye
職業病
知人がクロアチア旅行に行ってこられたというお話で、サモボルという街で有名な「サモボルスケ・クレムシュニテ」というお菓子を食べたと伺った。写真も見せていただいたが、「パイ生地の間にクレームブリュレがはさまったような」という表現と併せて見ると、なんとも美味しそうで涎が出そうになる。
ところでその「サモボルスケ・クレムシュニテ」とは、どういう意味なのですか、と尋ねてみた。クロアチアの言葉は全く分からないので、とても気になるのである。とにかくクロアチア語に限らず、自分にとって意味不明の音声や文字列を見ると、無性に意味や言葉の組成を知りたくなる。
「サモボルスケ」は、サモボルの街のお菓子だからきっと「サモボルの」くらいの意味でしょうね。「クレム」は、「クリーム」かな、「シュニテ」はなんだか響きがドイツ語っぽいですね、などと勝手に想像を並べ立てると、相手の方に「旅にはそんな楽しみ方もあるんですね」と笑われてしまった。そして「シュニテ」は分からないけど、ドイツ語で「シュニッテン」といえば切り分けるお菓子のことを言うんだと教えていただいた。
そうか、意味不明の文字列を見たり音声が耳に入ってきても、ウズウズしてこない方もいらっしゃるのだ。
そういえば、最近こんなこともあった。
うちの息子が入会している某子ども向け通信教育で毎月送られてくる「フロク」に、計算ゲームのようなおもちゃが入っていて、答えを入力すると「※!☆〜◆」と、何らかの言葉がゲーム機から流れる。それが例のピッチの高い電子音で、息子がリビングにいて私がキッチンにいるなんて状況だと、はっきり聞こえないのだ。イライラしながら聞いていたのだが、何度聞いても何という単語を発しているのかが聞き取れなくて、とうとう、包丁を持つ手と水道とガスと換気扇を全部止めて、聞いてみた。それでも聞き取れない。最後には息子に向かって、
「ねえ! その機械、いったいなんて言ってるの!」と怒鳴ってしまった。
息子は私が何でイラついているのかサッパリ分からない表情だった。
けっきょくその計算ゲームは、正解の時には「ゴメートー」とか、間違ってると「モウヒトイキ!」だとか、そんなようなことを言っていたらしい。
それさえ分かればもう、同じ電子音を聞いてもイラつくことはなかった。
やはり翻訳という職業からくる職業病なのだろうか。
他の翻訳者さん、通訳者さんのご意見を伺ってみたい。
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2006年11月 7日(火) パンの笛
仕事の依頼は恋愛と同じ!?
 フリーランスになると、仕事は、来るときもあれば、来ないときもあります。(厳しい現実。)今はおそらく一年の中でも比較的忙しい時期なのでしょう、とっても忙しいです。でもそれも、今手元にある依頼が終わった瞬間にどうなるかは、神のみぞが知ることです。こうした不安定な状態を数ヶ月まともに経験してみて、これはなんだか恋愛をしている時の心理状態に似ている、などとふと思ってしまいました。新しいエージェントに登録したときには、「私を気に入ってもらえるかしら」とドキドキ。どうやら気に入ってもらえたとしても、「仕事の依頼が来るかしら」とやきもき。しばらく依頼の続いていたクライアントが、ある日ぷっつりとうんともすんとも言ってこなくなると、「私何かまずいこと言ったかしら、あの言い方がいけなかったのかしら、こんなこと言うべきでなかったのかしら」と心配。そしてしばらくして何事もなかったようにそのエージェントから依頼が来れば、「やっぱり私のこと好きだったのね」とまるで天にも昇らんばかりの嬉しさ(正確には「好き」というのとは違うと思いますが)。さらに、提出した訳文も、クライアントの方にどこまで寄り添うべきか、それとも孤高を保って、「ここはこうでなくてはおかしいです!」と主張するべきか…。受け取る方にだって、性格も、好みもあります。翻訳者にお金を払って作業を行ってもらうからには、とにかく正確で、流暢な文章を書いてほしい、そのためには自分の原文の表現から多少はずれても良いと思う人から、どんなに翻訳者が言語面では専門だといっても、自分の仕事に関する表現は自分の色に染まってほしいと思う人まで。しかも、たいていはエージェントがワンクッションおいてくださるだけに、何かあったらお叱りがエージェントの方々の身に振りかかってしまうのは、本当に心苦しいばかりです。あぁ、これではまるで、ラブレターを渡して、と友人に頼んだら、その友人が「こんなもの今持ってくるな」と相手に怒鳴られてしまっているような、隔靴掻痒の気分。とはいえ、同じだけの分量や内容の仕事を個人で集めるのは到底不可能。こちらとしては、お頼り申し上げるしかないのです。本当を言えば、エージェントの方だってきっと、「同じ依頼するなら、本当はこの件、あの人にならぴったりと思ってたのに、あの人は手が空いてなくてタイミング悪い。仕方ないからこちらに依頼しよう」なんて思ってることだってあるに違いない。そうは絶対におっしゃらないけど…。これは仲人の心境にも似ていますね。片や最高条件の男性がいて、それに見合う女性が見つけられないもどかしさ。もちろん、逆に最高の組み合わせで喜ぶ場合もあるでしょう。かく言う私たち翻訳者だって、精一杯努力して完成させた訳文を、エージェントの方も、クライアントも手放しで喜んでくれると、本当に、まるで運命の人に出会ったかのような嬉しい気持ちになり、数日はふわふわと地面から浮いているような感覚になってしまうほどです。…ああ、気持ちの浮き沈みの激しい日々。だんだん逞しくなっていけるものなのでしょうか…。元々あまり動じないタイプのはずなんですがねぇ…。
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2006年11月 6日(月) かの
ビー玉石鹸
 我が家の近くにある皮膚科では、なぜか診察の最後に必ず低刺激石鹸のサンプルを大量にプレゼントされる。店頭にも並ぶこの石鹸、一体なぜ無料で配布されるのか詳しい裏事情はわからない。でもせっかくなのでありがたく頂戴している。サンプル品なのでサイズは500円玉硬貨ほど。大事にしまっておいても仕方ないので、せっせとお風呂場で使うようにしている。
 元々私は試供品を入手したらすぐに使いきりたいタイプ。いつまでも取っておくと物がゴチャゴチャ増えるような気がするからだ。街頭でもらうシャンプー・リンスセットもその日のうちに使いきってしまうし、旅先から持ち帰った小さな歯磨き粉もできる限り早く使い終えたい。化粧品のサンプルについては顔の肌に合わない可能性もあるので、ハンドクリーム代わりに。要するに「サンプル=すぐ使い切る」が鉄則なのだ。
 そのようなわけで、ここのところ我が家はこの小型石鹸を使っているのだが、ある晩のこと、夫が尋ねてきた。
 「・・・あのさあ、この石鹸、いつまで続くの?」
 「うーん、皮膚科でたくさんもらったから、もうしばらくは」
 「この石鹸だとさ、あまりにも小さくて。まるでビー玉で体洗ってるみたいなんだよね。」
 しかもこの低刺激石鹸は通常の石鹸と比べてあっという間にお湯に溶けてしまうとか。使っているうちにどんどん小さくなってしまい、夫としてはこの『ビー玉』が手からこぼれ落ちないようにするだけでも一苦労らしい。
 こうしてクレームが出てもやっぱり処分するのは惜しいので、とにかく使い切るまではこの状態がしばらく続きそう。「これもMOTTAINAIの別バージョンよ」と密かに思っている。
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2006年11月 3日(金) まめの木
丑三つ時の奇妙な行動
翻訳は椅子に座ってひたすら頭ばかりを使うので、毎日長時間、それも比較的長期間やっていると、どうも精神の構造に影響が出るらしい。
以前、大きな案件を仲良しの翻訳者と一緒に翻訳した時に流行った(?)のは、「ポテトチップの一本食い」である。筒に入っているタイプの、あのポテトチップである。
さすがにこれは、体に悪い。座りっぱなしで血のめぐりも悪くなり、当然、内蔵の働きも弱っているのに、それでもついついやってしまう。それも、「一本食い」が行われるのは、主に深夜の時間帯だ。
当時の彼女とのメールのやり取りを見てみると、深夜になる程、おかしな会話をしている。
以下、恥を忍んで抜粋してみると、

「SGB V 123a」は「社会法典第5編第123a条」に統一しましょう。
「社会法典第5編」は1950年から編纂が始まって、1997年当時では11編まで完成していたそうです。
関連文献及び以下のホームページから抜粋した用語をまとめてみたので、確認してください。

というように、日中はまともな内容で始まるのだが、深夜になると、

今日は米を5キロ買ってきた。味噌もあるし。
これでしばらく篭城できる。
「償還請求権」が「訪韓請求権」になっているよ〜。
そんなに韓国行きたいの〜?
読み返してみると、自分で書いた文章が理解できない。
またまた「一本食い」を敢行。

と、だんだんと怪しくなってくる。
さすがに最近は健康に気を配るようになったので、「ポテトチップの一本食い」は卒業したが、それでもやはり、妙な行動を取る。その時々で「旬の品」は変わるのだが、食べ物で言えば、篭城に向けて甘〜いカフェラテを大量に買い込んでみたり、冷蔵庫に魚肉ソーセージがないと落ち着かない時期もあった。
食べ物だけではなく、思い切りのよい行動、というかほとんど衝動的な行動も、深夜に行われることが多い。家具や調理器具、CD、本などを、インターネットで注文してしまう。昼間だったら、「まあ、なくてもよいかな…」と諦める品物を、夜中だと気が大きくなって、思わず「お買い物かご」へクリックしてしまうのだ。
翻訳は自宅でできるし、なんといっても調べ物がじっくりできるので、通訳よりもストレス度が低いと思っていたが、こうしてみると、通訳とはまた違ったストレスがあるようだ。

最近はこういった行動を回避するためにも、なるべく朝早く起きるように努力しているが、翻訳が続くと、どうしても活動時間帯が夜へ、夜へ、とずれ込んでしまう。
そして、昨日もまた思い切りの良さを発揮して、なんとウィーン往復の航空券をネットで買ってしまった。思考能力の正常な昼間だったら、「仕事が入るかもしれないし…」となかなかバカンスを取る勇気も出ないので、半ば勢いとはいえ、妙なエネルギーでも使いようによってはポジティブな結果になるものだ(と自分に言い聞かせている)。

というわけで、11月末から約1週間、ウィーンへ行ってきます♪
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2006年11月 2日(木) 仙人
求む、特別待遇
英語で異なる言葉が続くのに、それを表す日本語の言葉が少ない現象、表現編です。文芸ものでは特に悩むことが強く、gentle、sweet、 tenderと続くともう降参です。さらにsoft、subtle、動詞や修飾する言葉との組み合わせにもよりますが、おおいかぶせるようにconsiderate、peaceful、delicate……そして、これが、すべてkissを修飾するとしたら、どうします? さらにその前段階として、brush lips lightlyってあったら……。確かに訳者の腕の見せ所だったりもしますが、うー、厳しい。
また、動詞の数が、英語と日本語では大きく異なり、たとえば「歩く」様子の違いを日本語は形容動詞や擬音・擬態語を使って「さっさと」「どすどす」「きびきび」+「歩く」のに、英語は動詞そのものに違った語を持ってくるので、その感覚をいかしたいと思うと、どうも擬音語の多い訳になってしまいます。
それから、英語をそのまま訳すと二重表現になるものも厄介です。regret laterは何の問題もないけれど「後で後悔」はバツです。よく悩むのはopen clearingで「開けた空き地」って二重? 空き地は開けてるから、空き地なのか、いや開けていない空き地もあるのか……ともかく、山の中などを歩いていて、ぱっと目の前が開けたところに出た、上部にも木が覆いかぶさっていないし、地面も下草だけで障害はない、そういう開けたところ、なわけでそれを数語でどう説明するべき?
最終的には、描かれた状況を丁寧に頭の中で再現し、それを日本語で一から説明するという作業がいちばんいいように思います。フランス語からイタリア語、ポルトガル語からスペイン語、英語からドイツ語みたいな訳はしたことがないのでわかりませんけど、どう考えても英語から日本語より簡単だろうって思うんですけど? あまりはっきりしたことは言えませんが、この労力差は翻訳料の違いにあまり表れていないような気が……。もちろん、日本語のほうが高額ではありますけどね。
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2006年11月 1日(水) the apple of my eye
それぞれの立場
最近、想像力に欠ける人が多いねという話になることが多い。
早い話が「自分さえよければ」という人である。
たとえば歩道を猛スピードで走る自転車。出勤や登校で急いでいるのは分かる。しかし歩道には高齢者や子ども、ベビーカーを押したお母さんも歩く。幅は広くない。そこに前から後ろから猛スピードの自転車が突っ込んで来たらどうなるか。多少の想像力を働かせれば分かるはずだが、そうではないらしい。それで最近、息子の同級生が自転車にぶつかられ、倒された拍子に前歯を数本折ってしまうという事故がおきた。ぶつかった自転車の女性は、その子が倒れたことを知りながら走り去ったそうだ。
マンションの敷地内にゴミを平気で捨てる人がいる。購入したCDや雑貨の包み紙、アイスキャンディの棒。自分がゴミを落とせば、不快に思う人がいたり、最後には他の誰かが拾わなければならないという想像力がない。
学校のPTA役員選出。フルタイムで働く人にとってこれほどの恐怖はない。物理的に無理なのだから。専業主婦のお母さん方ですら避けるのに、仕事で保護者会にも出席できない人を欠席裁判で候補に選出する。「仕事を言い訳にして学校の用事を専業主婦に押し付けるのはズルイ」という考え方もある。しかし、活動を週末や夜にして、お父さんと交替で出席できるようにするとか、自宅に持ち帰ってできる作業のために平日の昼間にわざわざ集まらないとか、お料理教室だの講演会だのフラワーアレンジメントだなんて、行きたい人だけカルチャー教室に通えば済むものをPTAの活動から省くなど、仕事を持つ人でも参加しやすいよう改善する余地はたくさんあっても、慣例に固執して何も変えないのもどうだろうか。お互い、相手の立場を少し想像しあえば済むはずなのに。
想像力が足りないのを補うのは何か。
経験ではないだろうか。
かく言う私も自分の想像力が優れているとは思わない。
経験を通して少しずつ身についてきたのでは、くらいには思うが。
たまたま、大学を卒業して数年間勤めたのが、百貨店だった。
この立場の逆転はかなり衝撃的なものだった。
昨日までお客さんだったのが、今日からは店員なのだから。
おかげで見えたことがいくつもあった。
100万円以上の宝飾品を買う客も、150円の漬物パックを買う客も、同じ客として扱うべきであること。少なくとも、その場では。包装紙の色を変えるとか、高級なトイレに案内するとか、特急エレベーターを用意するとかってことはない。
ところが裏ではやはり異なる扱いをする。高額商品を頻繁に買ってくれる顧客には外商部員がついて御用伺いに行くし、来店した時は特別のサロンにお通しするし、歩引きもする。それが商売というものだ。
たまたまレジが混雑しているとか、さっきまでガラすきだった売り場に急に客がどやどやっと入ったためとか、他の職員が休憩や会議中で売り場が手薄だとか、新入りで手際が悪いといった、店側の都合は、客にはまったく理解できない、理解する必要もない事情であること。買物が決まった後の手続きは常に迅速・正確さを要求されて当然、言い訳を差し挟む余地はない。
仕入れる側としては、急に品薄になったから急いで納品してほしいなどのこちらの要望に、臨機応変に対応してくれる業者がいかに有り難いかも経験した。やはりそこは人間、次回は急がなくても、あるいは良い話があれば、その業者を使おうと思うものである。
一旦、売る側、サービスを提供する側の立場を経験したので、また客の立場に戻ると、少々の事情は透けて見えて、必要以上に腹を立てないで済むこともある。たまたま昼食時間頃に買物をしたら、売り場に店員が少ないのは当然だと理解できたりするからだ。
一方で、「この程度はできて当然だろう」と、期待値が厳しくなってしまう場合もある。店に出向いて特定の商品を問い合わせた時に、「それは置いていません」「今、切らせてます」という返答だけで済まされると、販売チャンスをこちらから持ちかけてあげたのに、メーカーに在庫を問い合わせるとか別の店から取り寄せるとか、代替商品を提案するといった努力をしない姿勢に腹が立つのだ。
さて、こういった話は一見、翻訳者という仕事には無縁のように思われるかもしれないが、実は全くそうではない。むしろ、大学を卒業してすぐに翻訳者にならずに良かった、今あるのは、あの時代に百貨店の社員を経験したお陰だとすら思っている。また、子どもを持つ親の立場になったことも、非常にプラスになっていると思う。言い古された言葉だが、「何事も経験」である。


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2006年10月31日(火) パンの笛
真実は細部に宿る
 時々リーディングの仕事を請けています。ご存じない方のためにご説明すると、リーディングとは、翻訳して出版するかどうかを決定する前の原書を読んで、そのあらすじや著者についての紹介などをA410枚程度にまとめる、という仕事です。一般的には、そのレジュメ原稿が集まったところで出版社にて編集会議などの打ち合わせが行われて、どの本を実際に翻訳して出版するのかを決定しているようです。この仕事、日本ではまだ紹介されていない本を読むチャンスを与えてくれるので、非常に楽しいのです。時には英語版も出版前のものである場合もあり、原稿の状態でリーディング原稿が送られてくると、こちらはもうコーフン状態です。「世間の誰もまだ目にしていない本の原稿がここに!」と、つい原稿を持つ手にも力が入ります。
 要するに、あらすじをまとめる、とういのがこの仕事のポイント。そう聞くと簡単そうですが、実は侮れません…。最初の頃は普段の読書の要領でとにかく一通り読んで、「あー、面白かった。で、どういう筋だったっけ?」などと振り返っていたのですが、そうすると、思っている以上に自分の頭の中に系統だった筋というのは残っていなかったりするのです。起承転結が頭に残っていないのに面白いと思えるはずがない、と脂汗をかきながら筋を思い出そうとするのですが、ただ楽しんで本を読んでいる者の心理とは、思っている以上に感覚的なものであるらしいのです。そこで、二回目以降はある程度メモを取ったり、物語のポイントになる部分に印をつけたりしながら読みます。でも、それをつなげただけでもまだ、あらすじとしては不十分なのです。AだからBになり、それが転じてCに、という流れを完成させるには、情報が乏しすぎるのです。「なんでAだからって、Bなの」と突っ込みを入れたくなってしまいます。そこで、今度はそのAの周辺情報、そしてBの周辺情報、とさらにさかのぼって確認して、最後には、登場人物が言った一言の微妙なニュアンスが物語の鍵を握っていたりするのです。そう。大きな物語の流れというのは、一つ一つの単語の持つニュアンス、力強さ、複合的な意味合いなどがまるで森林の地面に落ちてやがて新しく生える木々の栄養となる枯葉のように降り積もって初めて形成されるものなのです。その繊細な意味合いを意識的に、そして敏感に察知した上でなければ、その物語の筋書きを系統立てて語ることは、到底不可能なのです。いや、本当のところは、そうした細かい部分を抜きにしても筋自体は書けます。書けますが、そうやって書き出した筋書きは、いかにも薄っぺらで説得力に乏しく、物語の魅力を十分に伝える力のないものになってしまい、せっかくの原作の本質を伝えることができなくなってしまうのです。リーディングをした者の読み取る能力によって、その作品が日本語で出版されるかどうかが左右されることを考えると、責任は重大です。そこで勢い、最後はこうした細かい内容を吟味して、どうやってその細部を大きな流れとしての筋書きに盛り込むのか、を考える作業にもっぱら専念することになります。こうした側面は、文芸作品に限ったことではないでしょう。普段手がけるチャンスの多いビジネス文書も、一つ一つの単語の持つニュアンス、状況設定に対応してその単語が使われる意味などが複合的に絡み合って、全体のメッセージが形成されているのです。ビジネス文書の場合でも、その翻訳の完成度如何でビジネスが成立するかどうかが左右されることが多いものです。その責任の重さを認識しつつ、一つ一つの単語、そしてそのつながりをきちんと理解して翻訳に当たりたい、と常々考えています。でもでも、木を見て森を見ず、では本末転倒ですね。細部を掘り下げる能力と、全体を俯瞰する能力のバランスが大事。それが結論でしょうか…。
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2006年10月30日(月) かの
ありがた迷惑な予知能力
 通訳をしていて大事なのは予知能力だ。業務当日の前はあらゆるシナリオを想定して準備をする。たとえば事前に資料をもらっていたら、それを読み込むのはもちろん、スピーカーの著作があればやはり目を通したいし、別の学会の発表資料がネットに掲載されていれば、そちらもできれば見ておきたい。そうすることで、スピーカーの考えをより明確にとらえられ、通訳業務当日にもスピーカーが次に何を述べるか、予知できるからだ。通訳者の仕事は当日の通訳そのものよりも、こうした徹底的な予習に大半を費やしていると言ってもよい。予知能力が事前に構築できていればいるほど、当日の負担は軽くなるということになる。
 ところがこの予知能力、日常生活で応用しすぎるとかえって疲れてしまう。私の場合、それが顕著に現れるのが子育てのとき。こちらは「次に何が出るか?」を常に考える仕事をしているものだから、子どもたちの行動を見ているとついつい注意したくなってしまう。まるでうるさい小姑のような感じ。「あ、ジュースがこぼれる!」「ほら、お箸が落ちるよ!」「それでうがいしたら、服が濡れる!」などなど。次に起こりうるシナリオを常に頭にイメージしてしまうので、口も出てしまうし、そのたびに心臓にも悪い。子育てでは大らかになりたいのに、哀しいかな、予知能力で一人消耗しているのである。
 仕事で良しとされる予知能力。でも普段の生活に持ち込んでしまうとかえって逆効果かもしれない。完璧をめざすのではなく、「8割できればOK」のスタンスでゆったりと子育てをしていきたいものだ。 
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2006年10月27日(金) まめの木
馬子にも衣装
去年の暮れから、十数年中断していたバレエを再開した。途中、通えなかった時期もあったが、「細く・長く」をモットーに、週に1・2度、レッスンに通っている。最近はちょっとしたバレエ・ブームであるらしく、そこここで大人のためのバレエ教室を見かける。
実は帰国直後に一度、東京は青山にあるおしゃれなバレエ教室に見学に行ったことがある。帰国直後でドイツ人的質実剛健の遺伝子が大分濃かったこともあるが、ドイツのバレエ教室しか知らなかった私はかなりカルチャーショックを受けた。
みな、美しいユニフォームを身にまとい、初心者のクラスであるにもかかわらず、ポアント(トウシューズ)を履いているのである。私はといえば、色あせたコットンのレオタードに「ショッキング紫」のサウナパンツ(ちなみにこの色、ドイツでは人気だったんだけどな…)、ダマの出ているレッグウォーマーに擦り切れたバレエシューズといういでたちだ。
バレエでは体のラインをとても意識するのでレオタードは必須だし、足を痛めないためのやわらかいバレエシューズも履くが、ドイツではシフォンの巻きスカートやカラフルなレッグウォーマー、プロのダンサーがトレーニングの時に来ているようなニットなど着ている人はいなかった。みんな外では着られなくなったようなボロボロのTシャツや自分で切って短くしたスウェットを利用したりしていた。
それに、ドイツの「お教室」では初心者のクラスにポアントを履いている人はいなかった。なにしろ先生が厳しく、腹筋・背筋が付いていないうちから、しかも足がちゃんと伸びていないのにトウシューズを履くなど、もってのほか!というわけだ。先生の方針やクラスの目的もあると思うが、ドイツでトウシューズを履けるのは中級のクラスに数年通ってからだったし、中級といえば、ある程度の振り付けをつけて、いわゆる「踊れる」レベルなのである。バーレッスンではぁはぁ言って、フロアで回転してふらついているうちは、まだまだ初心者だ。
私の当時の先生はロシア人の毒舌家だった。体がほどよく温まってきたら、こちらとしてはスタイルや曲がった足を隠すことを半ば目的に着ているサウナスーツやレッグウォーマーなどは容赦なくひっぺがされた。体の線がきちんと見えないと正確な姿勢やポーズが覚えられない、という理由だ。
一度、フロアレッスンで両手を上げて回転する練習をしていたとき、「ちょっと!それじゃまるで、チンパンジーの綱渡りじゃないの!」と怒号が飛んだことがある。私は個人的にロシア的ブラックユーモアが大好きなので、それで落ち込むことはなかったし、その先生にバーレッスンをみっちり仕込んでもらったお陰で、実際やっていた年数よりも経験があるように見られるから、とても感謝している。

去年から通っているクラスは、自宅から徒歩5分のところにある。地元の主婦が自主運営でやっているサークルのような、和やかな雰囲気クラスである。偶然にも先生がドイツでコンテンポラリーを踊っていたことのある方で、ドイツで教わっていた先生を彷彿とさせるようなユーモアの持ち主なのが嬉しい。

しかし!!

やはり、ここのクラスでもみなさん、おしゃれなのである。ふらふらしながらポアントを履いている人はさすがにいないが、みんな、花柄やレースの付いたレオタードや、シフォンのスカートを身に着けている。
通い始めた頃は、バレエ・ウェアは生活必需品ではない、これがなくても通訳の仕事に行けるし家で翻訳もできる、誰にも見られないような趣味ごときにお金を使うのは贅沢である、動きやすいレオタード一枚あればよいではないか、ダマが出ていてもレッグウォーマーの機能は変わらない、そもそもバレエには健康のために通うのであってファッションのためではない、とかたくなな信条を貫いていた私だが、クラスの皆さんが優雅にレッスンを楽しんでいるのを見て、ある時ふと思った。

そうだよな…なにも今からプロのダンサーになるわけじゃなし、たまに通うバレエのレッスンをより潤いあるものにするために、きれいなものを身にまとうこともよいのかも…
ということで、最近はやりの「自分へのご褒美」ではないが、一年続けられたらきれいなウェアを買う、と自分に約束した。
そして一年が過ぎ…
買いましたよ〜某大手ダンスウェア専門店で。

ふわふわした素材のウォームアップ用の短いつなぎのパンツ。
胸がスクエアカットになっているレオタード。
ボルドー系ボーダー柄の毛糸のパンツ。
深い紫色のレッグウォーマー。

家で一人ファッションショーをしてみて、形から入るというのも大事、ということに気づいた。
モチベーションが違うのである。家でストレッチをやるときでも、せめて毛糸のパンツでもはけば、たちまちダンサー気分だ。さすがに一日中、ウェアを身に着けてニヤニヤはしていないが、物腰も変わってくるような気がする。電気のスイッチを入れる動作ひとつにしても、ふわりと腕を伸ばしてみる。辞書や資料を詰め込んだ鞄を「よっこらしょ」と持ち上げたり、椅子から「どっこいしょ」と腰を上げるのもやめる。馬子にも衣装、効果絶大である。

ドイツ語でも「Kleider machen Leute.(服装は人を作る)」という同意のことわざがある。そういえば通訳学校でも、先生が「メモ・パッドですが、いつ首脳会談の通訳を頼まれても困らないように、皆さん、レザーのきれいなものを普段から使うというのも、通訳者の心得ですよ。」と言っていた。
ものすごく極端な心構えだが、一理あるのかもしれない。

(写真はご自慢の毛糸のパンツ、シューズはベルリンの壁崩壊後、ボリショイバレエのグッズが何故か格安で売られていたときに買ったもの。裏に「USSR」の文字の入っているレア物です♪)
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2006年10月26日(木) 仙人
緑のかぼちゃ
ハロウィーンも結構日本に定着してきたのか、最近はオレンジ色のパンプキンたちがディスプレイ用に売られているのをよく見ます。地域的なものかもしれませんが、日本でも昔かぼちゃ(というか、うちでは「南瓜」と呼ばれていたもの)にはもう少しいろんな色があった気がするのですが、今、日本でかぼちゃとして売られているのは緑の表面にだいだい色の中身のアレですよね。ところが、アレを見るとアメリカ人はほぼ100%、squashであると言い、さらに彼らがpumpkinとsquashの違いを単に外側の色で認識しているような気もして(pumpkinの正確な定義はさておき)、アレが「かぼちゃ」=pumpkinであると言ってしまうことに少しばかりひっかかるものを感じたりします。英語で説明するときは、料理に出てくるのはpumpkin、生で緑の皮の見えるのはsquashと、私は便宜的に使い分けることにしています。いや、単にめんどくさくないから。
植物や動物の名前は文化と密接にかかわるので、日本語で細かく定義してある語が英語では漠然としていてちゃんとした訳にならなかったり、またその逆に日本語にすると同じ語しかなくて、訳に困ったりすることがあります。いちばん違いを感じるのはお魚の名前かな、やはり。最近はお寿司がglobalなrecognitionを得てきたので、ましになってはいるものの、基本的にアメリカ内陸部出身の人は、魚の種類はtunaとsalmonとmackerelとpikeしかないと思っているのではと思いたくなることはまだ多くあります。ハマチはyellowtailでしょ、どうして名前が変わるの、という質問には理解を示す私も、鰹と鮪の違いがどうしても理解できない、そんなのどーでもいーじゃん、という人と食事をしていて、目の前に最高の鰹のお刺身が出たときは悲しいです。
けれど、文芸翻訳のときに「セイヨウ○○」「アメリカ○○」みたいに正式な植物名称を表記するのは、避けています。植物学が鍵になるような内容ならともかく、cedarはわざわざヒマラヤスギと言わなくても杉でいいんじゃないかと思うし、cypressとあればイトスギとしないで、桧とかあすなろとかにしたほうが、フィクション世界の雰囲気をよく伝えられるような気がすることが多いので。
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2006年10月25日(水) the apple of my eye
正しい文法のススメ
驚いた。
昨日まで取り組んでいた英文和訳の原文なのだが、まるで文法が滅茶苦茶なのである。
動詞の人称や単数複数の間違いなんて、軽い軽い。
1つの文章の中で、 and を挟んだ前半の節と後半の節の主語が異なるはずなのに後半を省略しちゃってるとか、文章の動詞がない、動詞があっても今度は目的語がない、などなど。
翻訳を仕事にして結構な年月になるし、原文にミスがあるのは日常茶飯事だが、こんなに間違いだらけの英語に出会ったのは初めて、くらいの勢いだった。
ちょっとププっと笑ってしまったのは、ある部屋の面積を表すときに、” wide 80 square meters” となっているところ。wide は「(幅が)広い」である。でも名詞形の width は「広さ」という訳語をあてることも。もしかして、面積の「広さ」を言おうとして、wide を使っちゃったの? もうひとつ、the last day of the month と言うべきところが、the end of day of the month になっている。どうしてend day じゃなくて end of day になっちゃったのかな、と思ったのだが、もしかして日本語のように「最後」「の」「日」と考えて、「の」のつもりで of が入ったのかな? ということは、この英語を書いた人の母国語は日本語と似ているのかも! amount money は amount =「額」と、money =「金」で、「金額」!
いや、そんな想像ごっこをして遊んでいるヒマはなかったのだが。
それにしても、主語や動詞や目的語がなかったり違うものだったりするこの原文を、よくぞ解読しきったものだと我ながら感心。
文書が契約書だったということもある。契約書は概して、似たような表現を反復して固定的に用いるので、単語が欠けていても想像がつくことが多い。
それでもやはり、文法的な間違い方が、何となく日本人である私にわかりやすい間違い方だったのでは、と思ってしまう。

えー、英語学習に努力されているみなさん。
ダイジョウブです、文法なんてたいして重要ではありません。
相手が解読してくれればそれでOK。
ちょっとくらい、冠詞の a や the が抜けていたり、三人称単数現在の s を入れ忘れたりなんて誰も気にしません!

いや、やっぱり少しは気にするか。


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2006年10月24日(火) パンの笛
人となりは一日にしては変わらず…!
 私を昔から知る人に、「今は翻訳の仕事をしています」と伝えると、驚かれることが多い。何せ、人と話して交流したり、何かを外に向かってアピールしたり、という側面が非常に強く、じっと机に座ってコツコツと努力する、というイメージとは程遠いタイプだったのだ。物事を理解するにも、「沈思黙考」とは正反対。あぁでもない、こうでもない、と人に向かって話しているうちに勝手に理解してすっきりするタイプだった。実はそれは今も変わらない。学生時代、「将来たとえ通訳になることはあっても、翻訳者になることだけは考えられない」と本気で信じていた。それが今ではかなりのめりこんで翻訳漬けの日々を送っている。人生ってわからない。でも、それは翻訳そのものが楽しくて、完成した訳文を見るときに感じる満足感や、調べ物をするときのワクワク感が楽しくてどうにか成り立っているのであって、翻訳者に求められる、「地道に、着実に、一歩一歩」という素質に関しては、かなり努力でカバーしている部分が多い。こんなことわざわざ公開する必要もないかもしれないが、本当はとってもズボラなのだ。明日やれることは今日しない。お尻に火がつくまでは手をつけない。そして、やるとなったら全神経、全集中力をフル稼働させて一気呵成で仕上げる!というのが私の基本的なスタイル。でも、さすがに翻訳をするときにはそうはいかない。特に在宅で仕事をするようになってからは、「思ったより時間かかっちゃってまだ終わりません」などという言い訳は一切通用しないわけだから、万が一間に合わなかったら、などと考えると怖くて、ガラにもなく計画的な人になってしまう。そこで、自分の性分に合わないのを承知で、歯軋りをしながら(私にしては)かなり緻密な計画を練って事前準備から実際の翻訳まで取り組んでいる。逆にその計画とは相容れないハプニングがあったりすると、少々パニックになってしまうほど。でも、やっぱり人格はそうそう一朝一夕には変わるはずもなく、ときどき計画を立てて淡々とこなすこの生活に嫌気が差して、つい「えーーい!もう今日は仕事は忘れて飲んでやる〜!!」となってしまうことも…。まぁ、それは余談でしたが。
 でもその反面、こういう地道な職業に就いて初めて発見した自分の性格もある。それは、異常なまでの活字好きだということ。これは、翻訳者に限らず通訳者も含めて言葉を使う職業に就いている人に顕著な傾向かもしれないが、とにかくヒマさえあれば字が見たい。新聞でも、雑誌でも、本でも、ウェブサイトでも、チラシでも、通販のカタログでもいいから、文章を追って、頭で処理する、という行動をコンスタントに求めてしまう。そして、見た文字を片っ端から頭の中で翻訳して、文章を作り上げ、時にはその続きを自分で「作文」して「作品」を作り上げてしまったりもする。こういうの、通翻訳仲間の皆さんも、きっとありますよ…ね? こういう行動はいくら続けていても疲れないところを見ると、自分の元からの性格にあった素質なんだろうなぁ、と素直に思える。計画を立てる生活も、このくらい意識せずにこなしていけたら、もっと楽なのに。人の性格って、長い期間努力を重ねるうちに変わるのかしら…?? 今のところ、まだ根本的に変わる兆しはないのですが。どなたかベテランの方、教えてください!!
(先日飲んだワインのラベルにはゲンゴロウ(?)の絵が。納品した後の一杯がもたらす至福の瞬間は格別!)

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2006年10月23日(月) かの
やらずにはいられないこと、とは?
 人間誰にも「これだけはやっておきたい」というものがある。別に難しい局面でなくても、たとえば日常生活の中で。私の場合、「手紙が来たらなるべく早く返事を書く」のがそう。ずっと放っておくと、いざ書く段階で何を書くのか忘れてしまい、もらった手紙をもう一度読み直さないといけない。しかも返事が遅れてしまったお詫びから書き出さなければならないので、かえって面倒。だから「来たらすぐ!」がモットーなのである。
 この「やらずにはいられないこと」、実は人によって色々ある。先日、お墓参りのため父の生まれ故郷へ出かけた。私は玄関先の靴を全部同じ方向に揃えるのも好きで、「靴がバラバラだと、つい直しちゃうのよ」と父に言った。一方、父は玄関先に置いてあった置時計を見て、「お、振り子が止まっているな。どれどれ」とやおら分解して修理し始めてしまったのである。そう、父は大のメカ好きで、電池や蛍光灯の交換も必要とあればすぐ直すタイプ。娘である私の家に来るたびに、「何か直すものはないかね?」と聞くほど修理大好き人間なのである。
 一方、我が夫はと言えば、「キッチンの流し台に大物が置いてあったらすぐに洗うタイプ」。たとえばフライパン、中華なべなど、食後にいざ洗おうとなると、そのほかの食器で流しがいっぱいになってしまう。それがイヤで、食べる直前にものすごい集中力で大物洗いに励んでいる。息子(5歳)は「他人の家に行って絵本を見つけたら、座り込んで熟読するタイプ」。空腹や疲労など何のその、たとえ目の前におやつが出されていても、片っ端から絵本を読まずにはいられないのである。方や娘は、私がお化粧していると必ずすっ飛んできて「パタパタやるの〜」と要求するタイプ。乳液や化粧水をほんの少し手のひらに載せてあげると、私とそっくりの手つきで顔に延ばしている。ご丁寧に二重あご対策マッサージまでしているほどだ。まだお肌ツルツルの3歳児なのになあ。
 きっとこうした「やらずにはいられないこと」というのは、好きだからこそ率先してできるのかもしれない。以前テレビで美の女王、武田久美子が「美の秘訣は?」と問われ、「趣味ですね」と答えていた。仕事にせよ、日常生活にせよ、趣味と惚れ込めるぐらい愛情を持って取り組めれば、きっと毎日楽しくなると思う。
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2006年10月20日(金) まめの木
機械さん、こんにちは!
ドイツ、といえば「ビールとソーセージの国」というのが一般的なイメージだろう。他に何を思い浮かべるか、もう一歩踏み込んで聞いてみると、「技術と職人の国」という答えが返ってくる。
ドイツ・ファンの中には、自動車や精密機器の精度の高さを熱く語る人もいるだろう。
ビールにしても、ブラウマイスターと呼ばれる醸造職人が、今を遡ること500年、1516年にバイエルン公ヴィルヘルム4世がビール醸造業者に対して発布した「ビール純粋令(Reinheitsgebot)」を厳格に守りながら、味と技術を今に伝承している。この法律、1871年にプロイセン王ヴィルヘルム1世がドイツ皇帝の位に就いてドイツが統一されると、1906年には「ドイツ純粋令」と改められた。ドイツにいたのにビールは飲まない、というかアルコールが飲めない私からすると、ビールの法律ぐらいでお国の名前を冠してしまうところに、ドイツ人のビールに対する並々ならぬ意気込みを感じてしまう。発布当初は「麦芽・ホップ・水のみを原料とする」とされており、1556年にはさらに酵母も加えられたが、これから比べると、日本では米やトウモロコシ、コウリャン、ジャガイモ、澱粉、糖類などがビールの副原料として認められているため、日本のビールは味の上ではともかく、本当は「ビール」と命名してはならないのだそうだ。

ビールの話で長くなってしまったが、あらゆる分野において厳しいマイスター制度で高い技術をしっかりと守っている国ドイツ、ということで、通訳・翻訳でもおのずから技術関係の仕事が多い。中でも多いのが、自動車や工作機械、リサイクル機器などの仕事だ。通訳の仕事になると長期間、工場に入ることもある。現場で実際にモノを見ることによって、翻訳では文字や写真でしかお目にかかれない機械や部品と仲良くなれるし、エンジニアの説明を聞いていると、油の匂いぷんぷんの機械に愛情すら湧いてくる。その経験がまた、次に技術系の翻訳をするときに生かされ、「あら高圧パイプさん、こんにちは!」といった具合に、物言わぬ部品でも少しは優しいまなざし持って接することができるので、誠にありがたいスパイラルなのである。

とはいえ、思いっきり文系の私、初めて自動車工場で仕事をした時は、現場に入る前日まで、街を走っている車を見るだけで気分が悪くなったものだ。ボンネットの中に隠れている各種部品を考えるだけで、「複雑に絡み合う鉄の塊なんて、絶対に愛せないわ!」と涙が出そうになった。とにかく、何がどうなってこうなる、という理屈を文字の上でしか理解していないものだから、とりあえず数で勝負、と必要以上の数の専門用語を集めて頭に叩き込み、いざ出陣!してみると、単語の数よりも一つ一つのモノの関連性や目的、生産工程の流れの方がはるかに重要なことが分かった。出てくるだろうと予想して200個以上の単語を用意しても、実際に使うのは往々にして半分以下だ。全体の流れが分かっていないと、突然現れる変化球的な場面にも対応できない。
予想だにしなかった単語が出てくるのだ。そうなると「あの情熱をこっちに使っておけばよかった」と、事前に気張っていただけに脱力感も激しい。しかし、そういった反省を重ねていくうちに、素人なりに機械の理論も分かってくるようになるし、エンジニアさんの説明を聞くと、ごちゃごちゃに叩き込まれていた単語が系統立ってあるべき引出しに整理される。特に、開発にかかわっているエンジニアさんが熱心に語る姿に接すると、こちらの心も動かされ、鉄の塊といえどもちょっとは心を開いてみようかな、という気持ちになるから不思議だ。現場を踏むことによってなによりもありがたいのは、勉強の仕方、というか準備の方向性が分かることである。

工場デビュー当時は私も頼りなげに見えたのであろう、クライアントさんに「分からない単語があったら、そのままカタカナにしてもらえれば分かりますので。」と言われたことがある。でも、これからドイツ語通訳を目指す皆さん、ドイツ語ではこれは通用しませんので、ご注意を!英語では「ディストリビューターシャフト」という部品、ドイツ人が言うと「フェアタイラーヴェレ」と聞こえますからね。細かい部品の名称を覚えるのは最初、頭から煙がでそうな作業だったが、慣れてくるとこういった単語集めもまた乙なものである。

というわけで、一見とっつきにくそうにみえる機械の世界でも、飛び込んでみると楽しいものだ。最近では、油の匂いを嗅ぐと俄然張り切ってくる。研削機さん、油圧ポンプさん、噴射管さん、次に工場でお目にかかれる日を楽しみにしております!
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2006年10月19日(木) 仙人
翻訳者、不満のはけ口
文芸翻訳をしていて、あまりに単純な、原文での事実誤認があると、もんのすごっく、腹が立ちます。こないだ、仙人になって腹も立てなくなったなんて言ってたばかりですけど。作家にというより、原書の編集者に対する怒りのほうが大きくて、ちょっとインターネットの検索サイトにその語を打ち込めば、すぐにわかることを、何で調べてみないかなあ、と思うのです。どうも訳がしっくりこないなあ、おかしいなあ、つじつまが合わないなあと、必死に何時間も費やしていろんなことを調べたあと、どう考えても原文の間違いである、ということがわかったりしたときに、怒りは爆発――してる最中なんです、今! こうやって、この場で怒りを吐き出したりなんかして、ああ、本当に翻訳者のためのサイトだ……。
まあね、スナイパーが暗殺のときに、どういうライフルを使うか、どういう銃にどれぐらいの消音器をつけられるかは詳しくなりましたよ。きっと私の今後の人生に、非常に役立つことでしょう。暗殺するときには、弾道偏差とか計算したほういいみたいですよ、皆さん。怪我をさせるだけのときと、確実に殺そうというときとは、銃弾を変えてくださいね。
日本の読者は本筋に関係ないことだから、どうでもいいじゃん、とは見過ごしてくれないので、固有名詞などの間違いは、できるだけ直しておこうとするものの、そうすると全体で、だーっと変更しなければならないこともあり、間違っていると思いつつ、原文をそのまま表記することもあります。それで、昔なら翻訳作品を読んでいて、間違ってるじゃん、と思ったことも、今では、ああ、訳者は苦労したんだろうなあと、別の感情移入をしたりして。
それにしても、調べたサイト履歴の不穏なこと。何かのことで事件に巻き込まれて、チェックしたサイトの履歴とか調べられたりしたら、絶対テロリストだと思われるな。身の回りをクリーンにして暮らしていこうっと。
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2006年10月18日(水) the apple of my eye
誰か、止めてー!
以前もどこかで文句を言った、もとい、言及したかもしれないが、IT 関連ほど、新しい言葉をどんどん作ってくれる分野はない。その多くが英語で作られるので、これを日本語に翻訳すると、「これが日本語か?」と愕然とするほど、妙ちきりんな文章が出来上がることがある。
たとえば、こんな具合だ。
「CA証明書にバインドされる公開鍵は、証明書の署名および、CRLなどのステータス情報のためにのみ使用され、その被認証者公開鍵が他の証明書の有効性を確認するために使用されるCA証明書は、xxxx ビットをアサートするものとする。」
これは、公開鍵を用いた認証に関する規程の文章だが、こういった日進月歩で新しい技術や概念が作られている世界では、言葉のほうが追いつかない感がある。
「バックアップ」とか「アーカイブ」のように、IT/コンピュータ分野で使用されてかなりの年月が経ち、専門家ではなく一般の人でも、かなりの割合でこの言葉が理解できる程度に成長したボキャブラリはいいのだが、翻訳する時に悩むのは、使用され始めて日の浅いボキャブラリだ。
たとえば entity という言葉は、上記のような「認証」の分野で使われるときは、「エンティティ」とカタカナでそのまま表記した方がよい場合があり、これを「組織」とか「事業体」などと訳してしまうと、正しい意味が伝わらなくなってしまう。翻訳者として日本語を大切にしよう、なるべく安易なカタカナ語の使用は控えよう、と常日頃、心掛けているつもりでも、こういう場面ではお手上げである。
あるいは、情報システムのセキュリティに関する文書で、secure という形容詞が使われているときも、カタカナへの抵抗を示そうと「安全な」という訳語をあてながら文書を訳しているうちに、secure and safe firewall system なんて、イジワルな表現が出てきて絶句する。もう、「安全な」は使っちゃったよ。最初から、今流行の「セキュアな」ってカタカナ語にしておけばよかった……。
カタカナにするかしないかの悩みだけではない。
「認証」と訳される単語だけでも、certification, authentication, accreditation などがある。ただし3つ目の accreditation は、情報技術分野での「認証」という意味では、前者2つよりも使用頻度が低いようではあるが。
name space は「名前空間」、re-key は「鍵の交換」、common name は「コモン・ネーム」、subject alternative name は「被認証者別名」、extension は「拡張」……、ああ、誰かコンピュータの開発を止めて!
もう、私たちは充分便利ですから、これ以上便利にしなくていいですから、もう難しいコンピュータの機能やシステムもこれ以上はいりませんから、古くからの日本語の語彙では到底カバーしきれない新しい概念や機能を作り出すのは、止めてー!




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2006年10月17日(火) パンの笛
英語教育、なすべきかなさぬべきか、それが問題だ
 ケアンズより戻り、この投稿文を執筆している本日より再び本格稼動体制に戻りました! 旅行に行けば日常がまるで夢のように、そして日常に戻れば旅行はまるで遠い昔のことのように感じられるものです。人間の感覚って不思議ですね。それでも、しっかりリフレッシュされたのは間違いありません。また次に旅行に行ける日まで、あの美しい海や熱帯雨林を思い出しながら頑張ろう!とふつふつとエネルギーが湧いてくる気がします。
 ところで、今回何よりも考えさせられたのが、「息子への英語教育」。これまで何回か息子を海外旅行に連れて行ってはいましたが、それでも2年前にハワイに行った当時息子はまだ4歳。いまひとつ、「外国語を話す」というのはどういうことなのかがピンと来る年齢ではありませんでした。英語を話している私の姿を見ても、大人の会話の一環として、わからない言語のひとかたまりに入れられていたように思います。ですが、今回息子はもう小学校一年生。当たり前のことですが、親の話している言葉が日本語のムズカシイ話なのか、理解できない外国語であるのかの区別はつくようになりました。そして、私が現地の人々と英語で話すと、先方は息子も当然しゃべれるものと認識して、ぶわーっと英語で息子にも話しかけてしまいます。あぁ、でも当の息子は「???」とちんぷんかんぷん。そのぽかーんとした表情を見て初めて、先方は「あ、英語をしゃべれるのはお母さんだけだったんだ」と悟ることになるわけです。それでも、子供は順応性が高いので、旅行の最後の頃には”Hello!”, “I’m 6 years old”, “Bye, see you!”などと簡単な挨拶は交わせるようになってはいました。でも、これで私の悩みは一気に深くなりました…。
 息子が生まれた当初は、「絶対に小さい頃から英語と日本語両方で話しかけて、ぺらぺらにしてみせる!」といきまいていた私でしたが、壁は思ったよりも厚かったのです。両方をちゃんぽんで話す私に、むしろどちらも理解できなくなる息子。今考えれば家では英語、外では日本語、といったように状況を明確に分ければ混乱も少なかったのかもしれませんが、それはもう後の祭り。そうして時折ちゃんぽんで話しかけたり、一部のビデオ(大好きなトーマスなど)は英語のものを見せたりしていた3歳頃のある日、「ママ、もう英語はやめて!!」と大拒絶をされてしまったのでした。そこで初めて私もはっとしました。確かに、言語を覚える一番の源となる親が一貫した言語表現をしていない、というのは、この子にとって理解できなくて辛かったに違いない、と。そして考え直しました。言語というのは、表現したい何かがあって、それを伝えるための表面部分の伝達手段。自分が生きている文化が、家でも外でも日本どっぷりである息子に、伝えたい心の出来上がる前に小手先の言語だけを複数教えようとしても、本人の身につくはずもない。外国に居住しているわけでもない息子の場合は、むしろ日本人としての感情や、系統だった言語能力がある程度完成したところで、「外国人としての英語」が上手に話せる人になるよう、私がサポートをしよう、と。そう考えて息子の拒絶事件以来、息子には英語はまったく教えていませんでした。そう考えていた矢先のこの子供の順応性の高さ。これには二度目のショックを覚えました。もしかして、そろそろ英語を本格的に教えてもきちんと受容できる能力が備わってきているのかもしれない…。そう思わずにはいられませんでした。私が毎日あたふたと日々を過ごしている間にも、息子は着実に成長していたのです。私が考えていた、「系統だった言語能力がある程度完成」という段階は、思ったよりもずっと早く息子に訪れていたようです。今なら、まだ発音もネイティブなみになれる年齢。息子の日本人としてのアイデンティティと文化的背景を壊すことなく、第二の言語能力としての英語力を身につける手助けをしてやれるべく、英語を学ぶ機会を提供したいと思うようになりました。
(写真はお腹のポケットに赤ちゃんのいるワラビー)

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2006年10月16日(月) かの
ワンちゃんなでるのも場数あるのみ
 私はどちらかというとネコ派である。「犬とネコ、どちらが好き?」と聞かれれば、ネコと答える。ネコを見ていると何だかこちらもほんわかしてくるし、日向ぼっこするネコの姿に癒されることもしばしだ。もっとも、ネコの毛にアレルギーがあるため、これまで飼ったことは一度もない。幼少期、よく泊まりに行った祖父母宅で飼っていたネコに対してもすぐ目がショボショボ、鼻がグズグズになっていた。よってもっぱら「眺める派」である。
 しかし最近はネコより犬と接する機会が多かった。というのも娘(3歳)が大のワンちゃん好き。8月に出かけた夫の従兄弟宅で、娘は本人の3倍はあるラブラドールを手なずけ、周りの大人を驚かせたほどなのだ。このラブラドール、時々吠えるのだが、娘は初っ端からなでると言うよりも叩くような感じで、気がつくとすっかり仲良しに。兄(5歳)のなで方は腰が引けていたが、娘はワンちゃんに突進するような感じで意気投合していた。
 ところが先月、私の叔父宅に泊まったときのこと。こちらには1歳になるパグがいたのだが、まだ子犬だけあって、実の人間の幼児には「ウッヒョ〜!!」と飛び掛る始末。喜びのあまり突進された娘は、その威力に今回ばかりは号泣してしまった。よほどの迫力だったのだろう。パグ自身は愛嬌のあるお顔で、ウレシサを全身で表すべく、尻尾をビュンビュン振っていた。しかし当の娘はもうノーサンキューという感じ。駆け寄ってきたり、吠えたりするたびに「ぎゃ〜!!ごわい〜!!」と固まっていた。しかしガラス戸の向こうにいる限りは「こっちおいで〜」などと娘が手招きして友好関係樹立に励もうとするものだから、パグにとっても判断に困ったことだろう。
 かく言う私は、これまで犬というと怖くてなでられなかったのだが、これほどたくさん触れる機会があったのでだいぶ慣れてきた。「通訳の仕事同様、場数を踏むに限るな〜」と、またもや仕事と関連付けたのであった。
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2006年10月13日(金) まめの木
ペラペラです!
通訳をしていて『ドイツ語がペラペラですごいですね!』と言われると困ってしまう。本来はお客さまからの善意と称賛に満ちたお言葉なのだが、デビューしたての初々しい頃は、内心ムッとしていた。

そもそも、通訳という仕事は“ペラペラ”でないと務まらない。
“外国語が話せる”という前提の下、この仕事は成り立っているのである。
ということは…と、どうもあまのじゃく的なところがある私は考えてしまう。

ピアニストに『ピアノが弾けてすごいですね。』
俳優に『演技が出来てすごいですね。』
エンジニアに『機械のことが分かってすごいですね。』
弁護士に『法律に詳しくてすごいですね。』
税理士に『会計が処理できてすごいですね。』
と言うのと同じではないか。
その発言、甚だ失礼ではないか。

通訳者の資質とは、なにも語学力だけではないのである。
もちろん、外国語をいわゆる“ペラペラ”に操ることはすごいことである。大人になってから語学を学ぶ者は、まずこのレベルを目指す。初級〜中級〜上級のクラスに通い、外国人と意思の疎通ができるようになると自信も着く。
外国語がしゃべれる自分は、すごい、と思う。
語学を学ぶことが楽しくてしょうがない時期だ。
次の段階の心理として、この語学力を使って何かしたいと思うようになる。会話に自信のある語学学習者の中には、『よっしゃ、通訳者になってみるか!』と一念発起する者もいるだろう。
そこで、なのである。
人も羨む“ペラペラ”状態であっても、通訳者になるには厳しい試練が待っているのだ。

まず、日常会話を訳す目的のためだけにお金を払って通訳を雇う人はいない、という事実を知る。
つまり、今のレベルでは仕事してお金をいただける状態でないことに気付く。
ユニバーサルに専門知識が必要なことを知る。
100年前から各種専門分野に精通しているかのごとき、堂々たる演技力も必要だ。
これは背景知識がないとまったくもって不可能なため、そこで自分がいかにモノを知らないかに気付く。
自分に母国語運用能力が欠けていることに気付く。
自分の声に人を説得できるだけの表現能力がないことに気付く。
自分がいかに、集中して人の話を聞いていないかに気付く。
つまり、たった今聞いた話を記憶・分析できていないことが分かる。
外国語がペラペラというだけの自分は、別にすごくない、ということに気付く。
かくして、自分が宝物のように大事にしていた“ペラペラ伝説”が音を立てて崩れ去るのである。
これまで培ってきた自信をゼロにリセットしてからやっと、通訳の勉強が始まるのだ。通訳者への道にはそれぞれ違いはあるものの、同業者の話を聞くと皆、崩れ去った自信の瓦礫の中から日々復興の努力を重ねてきた歴史を持っている。
だからこそ、『私はペラペラにしゃべれるから通訳ができるのではないのです!』と魂が叫ぶのである。

このように自分では大変理屈っぽいことを並べているが、先日、フランス語の通訳さんに私もうっかり同じ言葉を言ってしまった。
『フランス語がペラペラって、すごいですよね!』
あれっ!?私、何てこと口走っているんだろう!?
大学の時に挫折したフランス語なだけに、純粋にすごいな〜と思ってしまったのだ。
決して馬鹿にしたつもりではない。
この言葉の出処を探ってみると、案外素直な心理である。
自分にない才能や技術に惜しみない称賛を送る、ただそれだけだ。
その反省から、お客さまから『ペラペラですごいですね!』と言われても、善意の言葉として受け止め、素直に『ありがとうございます。』と答えるようにしている。

ただし:
『仕事ですから。』の一言を添えたい気持ちをぐっと飲み込みながら…。
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2006年10月12日(木) 仙人
Bewitched-再度
何週か前に、”Bewitched”というタイトルでアメリカのテレビドラマの話をしたのですが、10月からまさにその”Bewitched”が再放送で始まったのをご存知ですか? “Bewitched”は『奥様は魔女』の原題、もちろんwitch「魔法使い」から来た言葉で、魔法にかける、さらに魅了するという意味なので、初めてこの原題を知ったときには、すごく上手なタイトルのつけ方だなあ、と感動しました。アメリカ人の友人に、”Bewitched”は日本ではなんという題名だったのと聞かれて、”Madam is a witch”という意味だ、と言ったら根本的なテーマが台無しじゃん、と憤慨されたことがありました。
その『奥様は魔女』なのですが、NHKの衛星第二放送で木曜深夜、再放送を月曜朝に2話ずつやっています。懐かしいドラマをやっていても、当時はおもしろかったのに今見るとさっぱり、というのもありますが、これは今見てもじゅうぶん楽しいです。そして、普通のサラリーマンであるダーリンが家の中などでタバコを吸うシーンがちょくちょく出てきて、ああ、古きよき時代、と思ったりします。
北浜晴子さんの声で慣れ親しんでいたのを英語で聞くのは、結構新鮮です。ちょっと驚いたのは、40年前のアメリカのドラマって、こんなに日本人にとって聞き取りやすい英語が話されていたの、ということです。文法的にきちんとした表現、発音なので、これから慣れていきたいと思う方の英語のお勉強にもいいような気もします。”Huff”とか見たあとに、こういう昔のドラマを見ると、言葉って変わるんだなあとつくづく思います。ま、40年ですからね、変わって当然なのでしょうが、だからこそ、はやりすたりの激しい会話を学校で教えても仕方ないのでは、と思ってしまうのですけど。
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2006年10月11日(水) the apple of my eye
初心にかえる
以前にもちらっとお話したことがあるSNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)であるが、最近、ちょっとした出来事があった。
日本で先週開催されていたテニスの大会に、私の好きな某有名プロ・テニスプレイヤーが出場していた。初来日である。
この選手のファンが作っている、そのSNS上の「コミュニティ」に私も参加しているのだが、この「コミュニティ」、誰でも好きなテーマの「トピック」を立ち上げることができる。
一方、この選手のオフィシャル・サイトには、本人のブログも掲載されているのだが、残念ながら英語版、ドイツ語版、フランス語版しかない。それでも本人がスイス人だから3つの言語がある点が立派だけれど。
ブログは彼自身の人柄がにじみ出ているとでも言おうか、ユーモアに溢れ、ファン思いで、礼儀正しく、とてもいい感じ。読んでいて楽しいのだ。日本に到着してからも、毎日アップされている。ふと、日本のファンで英語もドイツ語もフランス語も読めない人たちに、これを読んで欲しいと思った。
そこで、そのSNS上のコミュニティに、彼が東京にいる間限定でブログの内容を要約してお伝えし、コミュニティの参加者で東京・有明でのその大会を観戦した人たちに、生で彼を見た感想や印象を伝えてもらうためのトピックを立ち上げてしまった。
もちろん著作権の問題があるから、逐語の翻訳は控える。ざっと「こんなこと書いてあるよ」というスタンス。一応、オフィシャルサイトを通して「こういうことをやるから、許してね」というメッセージを送って。
この「コミュニティ」はかなり前にできたものなのだが、意外にもオフィシャルサイトやブログに触れた「トピック」や発言は少なかった。余り興味ないのかな、なんといってもアスリートだから、ファンも彼のプレイのスタイルや技術、試合の結果の方が重要なのかなと思ったりもした。この大会に関しては、開催前から「トピック」が立っていたので、チケット情報や試合の様子などはこちらに書き込まれているし。
しかし、立ち上げた晩の翌日からボチボチと書き込みが始まり、私自身のページにも見知らぬ人たちの「足あと」がつき始めた。トピックを見た人が覗きに来てくれたのだろう。書き込みには「オフィシャルサイトに気付いていなかった、ありがとう」とか、「刺激されて頑張って英語版を読んでみました。人間らしい一面が見えて面白いですね」といったものも増えてきた。さらに、私のページの「日記」の中にも「コミュニティから来ました。ブログの紹介ありがとう」といった書き込みが入るようになった。「長文なのにすごく読みやすくて、ページを訪問したら翻訳家だったんですね!」などなど。
私はただ、この選手のブログの中で紹介されている日常的なエピソード(ウォシュレットに感激したとか、日本の携帯電話の優れた機能に驚いたとか、仲間のプロ選手たちと日本食を食べに行ったこととか)や、新聞で報道されなかった活動(皇太子殿下と御所でテニスをしたとか、スポーツ選手に贈られる賞の授賞式でスケートの荒川静香さんに会ったとか)を、試合やその他の忙しい仕事の合間に丁寧に綴ってくれているのが嬉しくて、それを他の人と共有したかっただけなのだが、思いがけず感謝されてしまって、さらに何だかとても嬉しかった。
そして気付いたのだ。そうだ、私が翻訳の仕事を選んだのは、そういうことだったのだと。
今でこそ、英語を使える人口は増えているけれど、それでもまだまだ簡単に英語を読んだり聞き取ったり話したりできない人は多い。そんな人たちに、英語で書かれているがために分からないことや知らなかったことや、伝わらないことをお伝えして、少しでも喜んでもらえたり、役に立つこと、それが逆に嬉しくて、この仕事をしていたのではなかったか、と。
それ、普段の仕事と日常生活に追われて、忘れていたよ。
ロジャー、あなたのお陰だよ、ありがとう!
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2006年10月10日(火) パンの笛
備えあれば憂いなし!
 このブログがお目見えする頃には私はオーストラリアのケアンズにいるはず。この超多忙な秋のシーズンに気の引けることこの上ないですが…。今年は夫が会社から10年に一度の長いお休みを支給してくれる年である上に、息子が小学生になったら秋休みなるものができたため、思いきってオーストラリア旅行を計画したのでした。とはいえ、このブログを書いている時点で、準備はゼロ。仕事もあわただしかったため、落ち着いて準備を始めるに至っていないのです。
 先日の「お話当番」で、中岡さんは最低限の荷物しか持たない、とおっしゃっていましたが、私はその正反対。ちょっとでも必要そうなものは片っ端からかばんに詰めていって、結局荷物の二割くらいは手も触れずに終わるタイプです。しかも、周囲も良く分かっていて、荷物になるけど誰か持ってるだろうから持って行かない物―例えばドライヤーとか―は必ず私のところに借りに来るのです。時々、何も私が皆様のためにお持ちしなくても…と思うときもありますが、結局持っていかないと不安で気持ちが悪くなるのは自分。人に貸してあげても減るもんでもなし、と最近は開き直ってあらゆるものを人に貸して回っています。
 こういう姿勢は仕事でも一緒。とにかく、できる事前準備は片っ端からする! 辞書をそろえ、記事を集め、本を買い…と、自分では満足な状況ですが、旅行の荷物と同じで、中には手も触れたこともないものも一割ほど…
 それでも、その性癖が功を奏することもあります。不意に普段あまりやらない分野のお仕事をいただいたりしたとき、何せ普段やっていないものだから、資料も何もないことが多いものです。ところがところが! 私の辞書コレクションの中にはその専門分野の辞書があったりするのです! 昨日までは触れたこともなかったのに、突然私のバイブルと化す辞書。この状況、備えあれば憂いなし、と言えるのか。いや、下手な鉄砲も数打てば当たる、ってやつかしら。本当は辞書でも記事でも本でも、集めた端からまずはそこに書かれた知識を自分のものにするべく、きちんと読み込めばいいんでしょうけど…それで初めて「備えている」と言えるのでしょうね。そろそろ翻訳者初心者の域も脱してきたのでしょうし、一つ上の段階に移行できるべく、ステップアップをしなければ!
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2006年10月 9日(月) かの
一駅歩けば罪滅ぼし
 9月は何かとイベントの多い月だった。上旬の海外旅行に引き続き、国産機YS-11引退記念飛行で中旬は福岡にて一泊。下旬はお彼岸で私の田舎に帰省するなど、あっという間の一ヶ月だった。旅行先では現地在住の友人と久しぶりに会ったり、帰省先でも親戚との再会を喜んだり。ただその一方でおいしい料理をたくさん食べた結果、体が重くなってしまったのである。
 しかも9月には湿疹が再び悪化してしまい、運動もドクターストップ。脂肪を落とそうにも、スポーツクラブすら行けなくなってしまった。それで仕方がないので、せっせせっせと歩くようにしている。乗換駅の新宿から仕事場のある原宿まで、少し早足なら20分。明治通りの街路樹が程よい日陰になり、ちょっとしたセレクトショップなども通り沿いにあるので、歩いているとあっという間に着いてしまう。
 地元でもあえて一駅手前で降りるようにしたところ、一駅分歩くのが苦でなくなった。一駅と言っても歩いたところでせいぜい10分ぐらい。これならちょっと食べ過ぎたときの罪滅ぼしにはなるはずだ。二駅歩けば優に20分は超えるから立派なエクササイズになる。たとえスポーツクラブに行けなくても、まとまった運動時間がなくても、通勤の「ついで」に歩けば一挙両得だ。
 先日、とうとうビジネスバッグを新しいものに取り替えた。先代が磨り減ってきたのがその理由だが、新しいのはカメラマン仕様のバッグ。A4サイズの書類も入るし、ポケットもたくさん。ナイロン素材でとにかく軽い。このバッグにして以来、歩くのも快適だ。そしてもちろん、足元には歩きやすい靴。私は外反母趾に長年悩まされていて、とうとう行き着いたのがドイツ製健康靴メーカーのローヒール。サンダルで有名なこの会社の靴は、靴底の形や素材にとてもこだわっており、履き心地がとにかく良い。これさえ履いていればいくらでも歩けそうだ。
 そのようなわけで、最近の私は「一駅歩けば罪滅ぼし、二駅歩けばエクササイズ」をモットーに、健康維持に努めている。
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2006年10月 6日(金) まめの木
ものすごい多目的ホール
人口1800人の町、北海道朝日町。
この町に300人収容できる多目的ホールがある。
ここでは毎年、演劇のワークショップが行われており、この夏、その通訳に行ってきた。
このホール、地方の寂れたホールかと思いきや、とんでもなく贅沢なホールなのである。
エントランスホールに続く“いこいの広場”には、朝日町の自然、動植物がディスプレイされており、実際に山から切り出した樹齢300年のエゾ松や、エゾシカの剥製、なんと脱皮中の蛇まであって、さまざまな鳥の名前が書いてあるプレートのボタンを押せば、鳥のさえずり声が聞こえてくるという凝りようだ。素晴らしい舞台・音響・照明装置を備えた小ホールの他に、340uの多目的スペース、複数の研修室、和室、視聴覚室、調理実習室を備え、開架5万冊の図書室もある。特に、図書館の蔵書はスタッフの方が自らの好みで選ぶそうで、絵本から専門書まで、ずらりとそろっている。

ワークショップは基本的に多目的スペースを使わせてもらった。ホールの方々は本当にここで行われる文化行事に愛情を持っており、差し入れには採りたて・湯でたてのトウモロコシを持ってきてくださるし、お掃除の女性も私を参加者の役者さんと勘違いされて、「お姉さんはどの公演に出たことあるの?私、全部見てるんだよ。」と話しかけてくる(もちろん「通訳です」と言って誤解はきちんと解いておきました)。期間中、お葬式が入った日には、隣の小ホールに引越してワークショップを続行、途中、乳がんの巡回検診の日もあって、エントランスホールにご年配の女性が溢れる中、役者さんたちがタバコ休憩を取る、という風景も面白かった。まさに、“町民の町民による町民のためのホール”なのである。

話を聞いてさらに驚いたことに、このホール、公演があれば必ず満席になるという。
過去の公演記録を見てみると、これまたすごいラインナップだ。
クラシックはアルバンベルク弦楽四重奏団やバイオリンの古澤巌、ロシア・サンクトペテルブルグ・バレエ、もちろんさだまさしや研ナオコのコンサートもあるが、驚くのは年に5、6本の演劇を上演していることだ。中には富良野塾、串田和美、宮本亜門といった演劇界のビッグネームも名を連ねているが、不勉強の私では名前を知らない劇団もある。

1800人の町にある300人のホールが公演の都度、満席になるということは、東京都に例えるならば都内に東京ドームが約40個あって、毎回チケットが売り切れる計算になる。しかも、出演者はローリング・ストーンズやスマップではないのである。興行収益の上がらないとされている演劇で、毎回いっぱいになるというのだから驚く。

ここの観客も素晴らしいと聞く。この町にはあまり娯楽がないため、集客力があるのかもしれないが、お客さんは有名かそうでないかで判断するのではなく、純粋に演目を楽しむために来ているそうだ。だから、ポップスでもお堅い演劇でもなんでも見る。これは、先程のお掃除の方の話でも十分納得がいく。ここで演じたことのある役者さんも、お客さんから素直な反応が期待できるので勉強になる反面、このホールでの公演はある意味、非常に怖いと言っていた。

ドイツでは、色々な社会層の人々が日常的に文化に親しんでいる。どんな小さな町でもクラシック専門のコンサートホール、オペラハウス、演劇専門のホールなどが三つ四つある。まぁ、これには国の文化政策の違いが反映されているので、日本でも同じもの作って!という贅沢は望めないとしても、市庁舎や古城を開放した芸術大学の学生や若手芸術家によるコンサートや展覧会もあるし、クラシックのコンサートやオペラなどでも、出演者の名前で足を運ぶのではなく、『教会でオルガン・コンサートがあるから夕食後ちょっと行ってみようか?』とか、『なんか、今度のフィガロは若い演出家がやるそうだから、面白そうだね!』というノリで気軽に楽しむのだ。帰国してから、日本の文化レベルはなんと低いのか!と常々嘆いていたが、あさひサンライズホールを見て、いやどうしてどうして、文化を楽しむ精神は日本でもいまだ健在であることがわかり、私にはとても足を運べる距離ではないのに、なんだかとても嬉しかった。

朝日町は現在、市町村合併によって去年の9月1日から士別市朝日町になった。ウィキペディアの説明によると、
“上川郡にあった町。人口は2千人足らずで、北海道の「町」の中では最も少ない人口であった。”
上川郡にあった町、という過去形の響きが少々物悲しさをそそる。市町村合併の波はホールの名前までに及び、“朝日町サンライズホール”から“あさひサンライズホール”になった。創設当時のメンバーの心中はいかばかりか…

日本では文化予算が年々削減されているし、地方では文化ホールを建設しようとすると、税金の無駄遣いだ!と地域住民から反対の声が上がることもあるという。観客も観客で、自分で作品の価値を評価するのではなく、メディアに踊らされ、とりあえずテレビに出ている有名人だから行ってみるか、という態度である。
バブル期に建てられた、中身の伴わない形だけ立派なホールもいっぱいある。
そんな中、関係者の熱い想いや地域住民の高い意識に支えられている朝日町の多目的ホール、ここで営まれている元気な日常が、妙に私の胸を打ったのであった。
(写真は朝日町の風景です)

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2006年10月 5日(木) 仙人
ざわわ……
選挙などで政治家の発言を聞く機会があると、ざわっとした感触が走る言い回しがあります。「お示しを、する」:「示す」は「しめ」という語幹に「す」という活用語尾が、示さ(ない)、示そ(う)、示し(ます)、示し(た)、示す(言い切り)、示す(とき)、示せ(ば)、示せ、とつく、サ行五段活用の動詞です。動詞の連用形に接頭語の「お」をつけた敬語表現として「お示しする」であるべきでしょう。「示し」を体言として使うのは、「示しがつかない」のような限定された場合だけです。「お話をする」「お話しする」から、こういう誤用が生まれてしまったのでしょうが、前者は、子供などに「お・ハナシ」=名詞+「する」tell a storyで、後者は例としては「私がお話しします」=「お+連用形」で「私が話します」より丁寧、I would like to speak(またはaddress), if I mayみたいな感じ、意味の違いがあります。
ちょっとした発言の中に政治家がこの誤用「お+体言+をする」の言い回しを多用するのを聞くと、仙人として怒らない生活を心がけている私もかなりイラっときます。「お訴えをする」とか「お出しをする」とかね。
ほぼ市民権を得てしまった「ら・ヌキ言葉」つまり可能を表す助動詞「れる・られる」の誤用も、いまだに神経に障る感じを覚え、首都高の入り口に「○○方面には行かれません」と書いてあるのを見るのがすごく嫌です。しかし、すんなり受け入れてしまう誤用もあって、好きなのが、電車のホームで、駆け込み乗車はおやめください、ドア、「閉まってます!」というアナウンスです。本来、閉まりつつあります、閉まる最中です、というべきでしょうが、「進行形な感じ」と緊迫感が、状況とぴったり合っている気がします。
結局好き嫌いなんでしょうか。言い回しまちがいは、本来方言だったことも多いので、出身地によって気に障るものが異なるらしく、あなたには関西人特有の言い回しまちがいがわからないだけ、と言われたこともあります。京都の子は、形容詞を強調するとき、同じ言葉を繰り返すと指摘されたのはすごく納得しました(さむい、さむい=とてもさむい)。今住んでいる千葉では、普通に会う、出会うことをみなさん「いきあう」と言われます。方言としてみると、ちょっとかわいいと思っています。
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2006年10月 4日(水) the apple of my eye
孤独じゃないの
よく翻訳は孤独な作業といわれるし、私も「在宅翻訳者なのでひきこもりで」などと口癖のように言う。といっても、そんなことを言う相手も普段はそんなにないのだが。
しかし、果たしてそうなのだろうかと、最近になってあらためて思うようになった。
翻訳で取り扱うのは言葉である。
言葉の役割は、誰かから別の誰かに何かを伝えることである。
ここに、1通の英語で書かれた契約書がある。契約の一方の当事者側で作成したドラフトだ。
まず、ドラフトを作成した人がいる。
私は翻訳者としてこれを日本語に翻訳する。
その向こうに、私が翻訳して日本語になった契約書を読む人がいる。
私はドラフトを作成した人が伝えようとした内容を、間違いなく、この読む人に伝えなければならない。
手がかりは、基本的にこの契約書に書かれている言葉だけである。
私は、そこに書かれていることを一生懸命読む。
言葉は、モーリス信号のような暗号の羅列ではないので、同じことを伝えたい場合も10人10色、様々な単語や表現や文章構成で綴られる。読みようによっては色んな意味に取られることもある。
人間の書くものなので間違いもある。
単純な間違いでは、「第3条1項で定義したとおり」としなければならないのに、As defined in Article 2.1 となっていたり、動詞の目的語が書かれていないために、誰が誰に対して何の義務を負うのか分からなかったり、文章の構成が悪いために、買手が作成するのは仕様書だけなのか、製品リストも作成するのか不明瞭だったり、まあ色んなエラーがある。
私はそんな原文のエラーを、「2.1と書かれていますが3.1ではないでしょうか」とか、「目的語がないので明確ではないですが、○○を目的語として解釈します」とか、「二通りの解釈がありますが、文脈上前者の方ではないかと思います」などと訳注を入れながら訳していく。
ここで勝手に翻訳者の解釈だけで訳文を作ったら、もしかしてドラフト作成者の意図とは違ってしまうかもしれない。出来上がった訳文を提出するときに、原文に瑕疵があった可能性を示しておかなければ、読む側は私の作った訳文が正真正銘、ドラフト作成者の意図を間違いなくすべて表したものだと解釈してしまうだろう。契約書の場合、それが間違って発展して、会社と会社の紛争になったり、契約が成立しなかったりという事態になるかも(大げさかもしれないが)。
場合によっては(契約書の場合はたいてい無理だけれど)、翻訳を依頼してくださった会社の担当者さんにお願いして、原文を確認してもらうこともある。あるいは、翻訳会社側のチェッカーさんと確認しあうこともある。
すると、場合によっては……おお!

原文作成者−翻訳者(私!)−チェッカーさん−コーディネーターさん−担当者さん(営業さん)−訳文の読み手

という、なんとも美しい連携が存在することになるのである。
なんのなんの、翻訳は孤独な作業などではない。
書き手の意図どおりの言葉の意味を間違いなく読み手に届けるという、崇高な目的のために連携し合うチームワークなのだ。
今日も私は見えない書き手の心を読み取り、見えない読み手の心に届けるため、ひとり、PCの前に座っている。


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2006年10月 3日(火) パンの笛
三つ子の魂百まで…?
 私は俗に言う「帰国子女」なるものではありますが、世間の抱いている「帰国子女」のイメージというのは、ある程度大きくなるまで海外にいる、というのが前提なのではないかと思います。その点、私はイギリスに8歳までしかいなかったので、「帰国子女なんです!」と大見得を切って言うのには少々ためらいを感じます。周囲はそう聞いた瞬間に、「じゃあ、卒業した小学校、中学校は海外?」と聞くこともあり、そこで、「いえ、千葉県の○○市立××小学校卒です」などというと、白けたムードが漂ってしまったりします。とは言え、自分が現在翻訳という仕事を生業とするに至った経緯には少なからずその経験が生かされているはずと考えて、自信を持とう、と自分に言い聞かせていたりしたのですが…。
 先日、子供のころに住んでいた家を両親が処分することになり、その家に残っていた私の荷物が宅急便で送られてきました。あまりの懐かしさにいそいそと箱を開けて中身を見ると、中にはなんとイギリス時代の学校のノートや作品も! ページをめくれば、おぼろげな記憶の中に忘れかけていたあの頃の授業の様子が彷彿とされる、私の筆跡の数々。(ちなみに当時、イギリスでは学校の教科書は学校の所有物で、学校から貸与されてまた返却するシステムだったため、教科書は手元にないのです。今はどうなのかしら。)
 実は、私は帰国した年齢が低かったこともあり、英語をすっかり忘れ去ってしまっていた時代がありました。帰国当時は日本語に苦労していたのに、2〜3年でその苦労もどこへやら、今度は英語をすっかり忘れてしまい、小学校高学年になってイギリスで近所だった方が遊びに来てもまったくしゃべれずアワアワする始末。そんな時代を経て、今やっと職業として英語を使える立場になったからには、子供の頃のノートなんて怖くない!と思い、余裕綽々で中身を見ていきました。…しかし、そこで感じた衝撃。はっきり言って、文章が完全に「イギリス人」なのです。もちろん、現地校に通っていたわけですからそうでなくては困ってしまうのですが、今の私にここまでの「イギリス人的視点の文章」が果たして書けるものなのか、と焦燥感と嫉妬を感じてしまうほど。
 例えば日本語から英語に翻訳する際に、日本語の「恭しくへりくだっています! へへー。」という文章を、どうやって英語の「見て! 私のこの能力は素晴らしいでしょう!?」という表現に置き換えるか、いつも悩むものです。対象となる文書の性質によっても対応は変わるでしょう。プレゼンテーションであれば自分の能力をアピールすることが大切ですから、思い切って自分の能力を前面に出すような表現に。レターであれば、次に当人同士が会った時に印象のギャップが出ないように、恭しさを残しつつも、不自然でない程度に英語的な表現に、と置き換えて来ました。
 でも今回、たった8歳の頃の自分の書いたノートを見て、自分の英語の文章力は、今のままで良いのか、もっと勉強が必要なのではないか、と思わずにはいられませんでした。英語で文章を書き、その能力の対価として報酬をいただくのであれば、言葉が正しいだけでなく異なる文化を持つ読み手から見ても自然な内容になっていなくては、お金をいただくわけにはいきません。今回の衝撃に学びつつ、研鑽を積まなければ…。あぁ、三つ子の魂百まで、そうあってほしい、とやや他力本願的な心境にすらなりつつあります。
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2006年10月 2日(月) かの
パースでリフレッシュ
 9月上旬に遅い夏休みを頂いてオーストラリアのパースへ家族旅行に出かけた。幼い子どもたちを連れて初の海外旅行。私にとっても4年ぶりの外国だ。
 当初は息子の生まれたロンドンに「里帰り」するつもりでいた。しかし8月上旬にテロ未遂事件が発覚し、安全第一ということで断念。どこに行こうかなあと迷っていたところ、夫がパース旅行を見つけてくれたのだ。写真で見ると英連邦の一部だけあって、イギリス情緒たっぷり。「アフタヌーンティーも楽しめるし、英語も聞きやすそう!」と単純な理由で決定。9月のパースは春先というのも魅力だった。
 しかし、いざパースに降り立ってみると「さ、寒い〜!!」。春先どころかまだまだ冬の終わり。街行く人たちは手袋にマフラー、ブーツ姿である。片や私は半そでにペラペラのカーディガン。子どもたちには念のためジャンパーなどを用意したのに、自分のものはすっかり忘れてしまったのである。着いた初日は寒さに震え、あわてて分厚いジャケットを買ってしまった。ちょっと痛い出費だが、これも良い記念品だ。
 パースのある西オーストラリア州は人口190万、うち150万人がパースに暮らしている。市内中心部には無料循環バスが走り、歩道も広く、緑も豊か。珍しい鳥や動物も見られ、開放的な気分をたっぷり味わえた。動物好きの3歳の娘は動物園でカンガルーやコアラをなで回して大満足。公園の遊具に目がない5歳の息子は、結局パースでも滑り台を満喫していた。
 今回の旅行で私にとって一番の収穫は、「仕事から完全に切り離されたこと」。国内旅行だと携帯電話に仕事の問い合わせがバンバンかかってくるが、今回は携帯もパソコンもない環境にあえて身を置いたのがかえってよかったと思う。メールなどが見られる状況にあると、気になってつい見てしまうからだ。子どもたちとじっくり向き合い、家族だけの時間を満喫したのも、実は今回が初めて。息子と娘の個性の違いもわかり、改めて家族の良さを実感できた。重い荷物を携えて飛行機に子連れで乗り込むのも、やってみれば案外簡単。よーし、今年の秋は頑張ってたくさん働いてお金をためて、また年末も海外に行こうっと!
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2006年 9月29日(金) まめの木
宇宙人
生まれて初めて“通訳者”という生き物を見た時、彼らが宇宙人に見えた。
その素晴らしい頭脳や技能に腰を抜かしたのは言うまでもない。
通訳学校に通い始めの頃、家に帰って自分の不甲斐なさを嘆くと同時に、様々な疑問が心に浮かんだのである。

この人たちは、喜怒哀楽を感じることはあるのだろうか?
お友達とおしゃべりしたり、テレビを見て笑ったりするのか?
私と同じものを食べて、美味しい、と感じるのだろうか?
お洋服や化粧品を買いに行ったりするのだろうか?
恋をしたことはあるのだろうか?

それまで私を取り囲んでいた人々とは、明らかに違う匂いがした。
当時の私には、通訳者のパフォーマンスの中に微妙に見え隠れする、彼らの心の動きや個性を嗅ぎ取るほどの感性がまだ備わっていなかったし、体質的にまだ、通訳者ならば面白くて仕方がないことを“苦行”としかとらえることができなかったのが理由である。
勉強すること以外に生き甲斐がないように見える生き物、一つの表現にこだわりを持ち、文末の処理の機微について延々とディスカッションをする、そのような“宇宙人”に取り囲まれ、『ああ、とんでもない世界に足を踏み入れてしまった…』と一人ため息をついていたものだ。
今でこそ、パフォーマンス改善のためのディスカッションならいつまでしていても飽きないし、見ること聞くこと何でも勉強に結び付けてしまう体質に変化しつつある。また、一見無機質にも見えるポーカーフェイスは、プロフェッショナルな姿勢の片鱗であることも叩き込まれた。実際、当時私が“宇宙人”視していた同業者とお食事に行ったり、お買い物に行ったりもするので、通訳者だってフツーに生活をしていることは良くわかるのだが、やはり我々はある種、無自覚に特殊な香りをまとわりつかせているのだろうか。

そのことを、先日、現在教えている通訳者の卵君の一人が証明してくれた。
マリコさんの第13回のコラム『接続詞のワナ』にもあるように、私もクラスでは接続詞によく注意を促している。

『日本語で‘しかし’や‘ですが’が出てきても簡単に‘aber(=but) ’と訳してはいけませんよ。その後の文脈とは関係なく、日本人はよく‘しかし’や‘ですが’を使うことがありますからね。
簡単な例を挙げれば、
「私○○と申す者ですが、△△様はいらっしゃいますか?」
という日常的な文の‘ですが’を安易に‘but’と訳してしまうと、
「私○○と申す者ですが、実は火星人だったんです。」
とでも言わないと不自然ですよね、この意味、わかりますか?』

額に汗しながら、ややもすれば雰囲気が固くなる授業で必死に笑いを取りに行った私に対して、ある生徒さんが真顔でこう答えた。

『でも、先生が“実は私は火星人だ”とおっしゃっても別に不思議とは思いません。』

ということは、私も立派に“宇宙人”の仲間入り?
喜んでよいのやら、憂慮すべき事実なのやら…
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2006年 9月28日(木) 仙人
When Harry Meets Carrie...
J.K.ローリングが、ニューヨークの空港で、ハリー・ポッターの最終話のドラフトの機内持ち込みを断られてひと悶着があったという話を聞きました。この原稿をチェックインしてしまって、紛失したら、いや確実に盗難されるはず、弁償ってどうなるんでしょうね。きっと、天文学的な金額。アメリカ滞在時に書いた分はコピーもとってなかったということで、ひょっとしたら二種類の最終話ができていたかも。それはそれで興味深かったような。最終的には機内持ち込みできたらしいですけど。
ローリングは8月の初めに、スティーブン・キングとジョン・アービングと一緒に『ハリーとキャリーとガープの夕べ』と題したチャリティ読書会をラジオシティで行なって、その帰りのことらしいですが、このとき、アービングがハリー・ポッターを最終話で殺さないで、と訴え、キングも、ハリーはライヘンバッハの滝を見に行かなくてもいいだろうと言ったとか。この対談見たーい、すごく。どっかのケーブルチャンネルでやらないかなあ。日本なら筒井康隆がモリゾーとキッコロを森に返さないで、と言い出すみたいな、いや、恩田陸がドラエモンを未来に戻さないでと言う、違うな――まま、とにかく、ミステリー界の巨匠と、いわゆる純文学のカリスマが、本来子供向けの本のベストセラー作家に、真剣に内容のことを語るわけで……。
ハリー・ポッターは、ブームには、当初乗り遅れた感があって、最初の二作は邦訳が出てから、ふーん、おもしろいけど、しょせん子供用の本、と本屋での立ち読み(!)で済ませていたのですが、大好きなゲイリー・オールドマンがアズガバンの囚人を映画でやることになった後、英語で最初から読み出してすっかりハマってしまいました。あんな子供騙しの本、なんて思っている人がいたら、英語でもぜひ試してみてください。楽しいと同時に、英語圏の子供たちは大人のベストセラー本と変わらない装丁・体裁、語彙を持つ本を、じゅうぶん読みこなせる能力があるのに、日本の子の言語能力が落ちてきているのでは……と心配になる私の気持ちもおわかりいただけるのではと。
最終話、ハリーはどういう結末を迎えてもいいけど、シリウスがあのままでは……。
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2006年 9月27日(水) the apple of my eye
つなわたりな生活 その3
ところで、たまにオンサイトに出ることのもう1つのリスクは、在宅で頼まれる仕事の方をどう処理するか、にもある。「他の仕事がありますので!」とお断りすれば良いのだが、週末を挟んで6日間も他のすべての仕事をお断りするのは、普段在宅ベースでお世話になっているクライアントさんにご迷惑になるかもしれない。
基本的には first-in, first-out でお仕事を受けさせていただくので、今回も6日間のうち2件ほどはお断りせざるを得なかった。それでも、朝から夕方までオンサイトで仕事をし、急いで帰宅して息子と夕食、彼が寝た後に日付が変わるまで仕事をして、また翌朝オンサイトの仕事に出る、とギリギリの努力はしたつもりである。週末も完全に返上した。要は、自分が納得できるラインまでやりたいだけなのかもしれないが、努力してどうしても無理なら諦めがつくが、後悔はしたくないのだ。もちろん、無理をして仕事の質が下がっては本末転倒だし、今回も6日間という期限が分かっていたので頑張ることもできた。永遠にノンストップでギリギリまで仕事をするのは無理だし得策でもない。そこのところのバランスが難しいわけだ。まだ小さい子どもなんかがいると、余計に物事が予定通りになど進まないし。
またそういうときに限って、来る仕事がとてもチャレンジングだったりもする。オンサイトが決まる前にお受けした仕事で、以前に翻訳をしたものがあって今回は改訂版。変更があった場所だけを翻訳するので、それほどハードではないはずだった。「後からもう少し来ますが、とりあえず」と送ってきたのが数枚だったので、「後から少し」も同程度の分量かと思ったのが間違いの始まり。オンサイトの仕事が始まる木曜日の前に「後から」が来るはずだったのに、原稿が遅れてオンサイトが始まってからになったのが次の間違い。「後から」の分量が仕上がりで30枚近いものだったのが3つ目の間違い。中身を見て、最初の単なる「変更部分だけ」という性質のものではなく、完全に1からの翻訳に近い「追加」箇所だったことが4つ目の間違い。5つ目の間違いは「出来たところまで翌日に納品して欲しい」という要望が付いてきたこと。6つめの間違いは、まあそもそもの間違いだったが、やや専門領域ズレの内容だったこと。7つ目の間違いは(段々、数え上げるのが面倒になってくる)、原文の英語がかなり質の悪いものだったこと。そして8つ目間違いは、いただいた原稿のファイルがなぜか非常に重く、PC上で何度もフリーズすること。使用しているPCが悪いのかと思って、別のPCで動かしてみたが状態は同じ。9つ目の間違いは、この仕事をオンサイトが始まるまでに終わるものと算段していたために、もう1件の仕事を請けてしまっていたこと。
さて、これだけ「間違い」が重なると、しかもオンサイトの仕事に入っていて日中の時間がまったく使えない状態だと、大ピンチである。よっぽど、クライアントさんに頭を下げて、この仕事はできないと申し上げようかと悩んだ。が、そこでムクムクと頭をもたげてきたのが、「なに、やってみせるさ!」という意地。カレンダーに、木曜の夜=仕事A7枚、金曜の夜=仕事A5枚、土曜日=仕事A15枚、日曜日=仕事B15枚、月曜日の夜=仕事B5枚、と仕上げ枚数予定を書き込み、猛然と取り掛かったのが木曜の夜9時ごろ。
動かないファイルについては金曜日にクライアントさんに連絡し、別の形式のファイルを送ってもらって問題解消。これのおかげで木曜日の予定枚数は狂ってしまったが、土曜日にそれを挽回、日曜日はその勢いに乗って、月曜日分の仕事も終えることができて仕事AもBも無事に月曜日の朝に納品! この間、睡眠時間はかなり短し。いつもはできない右の頬と額に吹き出物1つずつ。
でもこれで、残りの月曜・火曜のオンサイト、在宅の仕事を気にせずに乗り切ることができそうだ。……と思っていた月曜日、帰宅途中の電車の中で携帯電話が鳴る。
「はい、大丈夫ですよ、明日までですね!」と答えている私がいた。

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2006年 9月26日(火) パンの笛
本物は語る
 たまにお仕事をいただくクライアントに、美術展の企画・運営をなさっている方がいる。ここからの依頼の中には、美術展のパンフレットの翻訳などもあり、大変訳していても楽しいお仕事が多い。しかし、楽しいとばかり言って鼻歌交じりでいられないのは、お仕事の定め。時には大量のパンフレット原稿を短納期に仕上げてほしい、という依頼もあるわけで、しかもまだ文面に添付する写真が用意できていないので文章だけ、ということもある。これが実は難点なのだ。もちろん、文章だけでも十分意味は通じる。通じるけれども、例えば宝石の色彩について説明した文章などに出会うと、色彩の感覚というのは英語文化と日本語文化の間でも隔たりがあり、一概に置き換えが利かないものが多い。そうなると、写真を見てどの訳語にするか吟味したいところなのだが、写真はなし。仕方ないので、悪あがきをしてインターネットでのイメージ検索でその色の名前を入力して検索してみたり、有名な宝石であればその宝石の名前や製作者の名前を入れて検索してみたり、と限られた時間の中でも最大限の調査をしてようやく訳文は完成。しかし、後日出来上がった写真を見て、微妙に違うその色合いに愕然とすることも一度や二度ではなかった。正に百聞は一見に如かず。あわててクライアントの方にご連絡して、訳語を訂正してもらったりしたものだった。
 そんな紆余曲折を経てやってくる展覧会当日。自分がこれまでパソコンの画面でばかり見ていた宝石類が目の前に飾られている姿は、かなりの興奮もの! そしてなんと言っても衝撃的なのは、本物の持つ迫力のすごさ。私はこれまで、この宝石のカットの角度がどう、放つ色彩の細やかさがどう、製作者は誰、どの流れを汲む作品、など、ありとあらゆる詳細情報をあーでもない、こーでもないと悩んでこねくり回して文章をひねり出してきたけれども、もう、そんなのはすべてどこかへ飛んでいってしまうほどの存在感。宝石は語ります。「薀蓄はさておき、私を見て! 私の存在意義は、今目の前の私そのものがすべてなのよ!」と。こういう本物の持つ迫力までを含めて、どうやってそれを文章に映しこめるのか、そこが文章の書き手の力量なのだ、と心から悟った瞬間でした。そしてそれはまた、目で見る情報と、文章で理解する情報の隔たり、ということについても考えさせられる瞬間でした。翻訳とは、結局は自分ではない、他人の書いた文章の書き換えであり、さらにはその元の文章も、作者の目の前、もしくは心の中にある風景や事物を表現しようとして書き表したもの。つまり、結局は見るべきそのものではなく、見ている対象を映し出す鏡なのである。すべての表現は、読む人すべての心に同じものが思い浮かぶよう、工夫したものであり、そのものではあり得ない。それはイタコの口写しが元の人物に成り代わることはないのと同じで、結局はその対象そのものではなく、その対象を思い起こさせるためのきっかけなのだ。そうしたきっかけに分類される作業には、演劇あり、写真あり、絵画あり、文章あり。もちろん、突き詰めればそのきっかけとしての表現の美の追求、ということも求められては行くのだが、こと翻訳に関しては、究極の対象である、表現された事物や風景そのものに対して謙虚な姿勢を持って吟味して、その上で原文のスタイルを尊重することが大切なのだなぁ、と日々考えている。訳した文章の数だけ、表現の対象と、それを見つめる原文の記述者の目線がある。だから翻訳は面白いと思う。
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2006年 9月25日(月) かの
目からウロコの指導法
 自分が教壇に立つようになって、「指導法」というものに興味がわくようになった。かつて学ぶだけの立場だったときは「うーん、この先生、声が小さいなあ」「見本訳、やってほしいのに」「時間通りに終わってよ〜」と指導者への不満だらけだった。もちろん、声の大きさや時間厳守、模範訳の提示などは講師として最低限守らなければならないと思う。でもその一方で、講師も聖人君子ではないのだからある程度ミスがあったり、体調不良で今ひとつの授業となったりするのも致し方ないなと思うようになった。自分がその立場になって初めてわかったことだ。
 とは言え、より良い授業をするにはどうすれば良いか?それには自分が生徒になって何か習い事をするのが一番だ。そんなわけで私が参考にしているのはスポーツクラブのレッスン。我がクラブはフリータイム制なので、好きなレッスンにいくらでも出られる。引越しや転勤などでこれまで色々なスポーツクラブに所属してきたが、いつも入会直後にやるのは、とりあえずスタジオレッスンを一通り受けてみるということ。そうすることでインストラクターとの相性やレッスンの雰囲気などもつかめるし、自分の出たいクラスも絞り込むことができる。
 最近はレギュラーで出るレッスンもほぼ決まっているのだが、先日、たまたまとった代行クラスは目からウロコだった。まず最大の特徴として、指示出しがゆっくりで分かりやすかったこと。このクラスは上級エアロビ系の「ボディアタック」というクラスで、心拍数も上がるし、動きもかなり激しい。でもそのイントラさんには無駄な動きが全くないばかりか、4拍目で次の動きを見せてくれたので、自分が次にどのような振りをすればよいのか安心して入っていけた。これまで難しいと思っていたボディアタックだが、これなら初心者でも楽しめると思った。現に初めて受講したというメンバーも皆、ニコニコしながら踊っている。さらに一曲終わるごとに拍手があがるなんて私自身、初めて!それだけ実り多き45分クラスだったのだ。
 「ボディアタックを1時間やると、多い人では600キロカロリーも消費するそうです。これはマシンジムの自転車こぎ3時間分に相当しますよ」とクラスの冒頭で説明していた今回のイントラさん。なるほど、科学的な内容のたとえ話も説得力がある。今度通訳のクラスでシャドウィングをやる際、「毎日シャドウィングをやれば○○日で英語がスムーズに出てくるようになりますよ」と言ってみたい。
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2006年 9月22日(金) まめの木
愛を売るのは汚くない?!
通訳業の醍醐味の一つは、“頭の良い人々”と仕事ができることだ。
自分の有する脳ミソのキャパシティーを超える場面に遭遇すると、意に反して自動的に心頭が滅却されてしまうこともあるが、頭の回転の早い人や人生を本気で生きている人々と仕事をすると、こちらの脳ミソも刺激され、時には抱えている悩みも解消されることがある。

以前一緒に仕事をした演出家は、そんな恐ろしく頭の良い人々の一人だった。
哲学者・社会学者の文言を台詞に多用し、ラジカルで前衛的、社会批判色が強い、という作品評を聞いていた私は、インテリ芸術家、革命的思想を有した演劇界の寵児、破壊的性格の理論家などなど、ほとんど偏見に近いようなイメージを持って彼の来日を待っていた。
当然、初日のミーティングには相当の覚悟を持って臨む。
ところが、開口一番、
『君もスタッフの一人だ。私の考えに異を唱える権利は君にもあるんだよ。』
と言う。仕事をしていくうちに、差別には極端に敏感で、実際の舞台上でのデモクラシー、演出家・役者・スタッフ間のヒエラルキー撤廃などを第一に考える演出家であることが明らかになるのだが、その時は『えっ…?!』と思った。
だって、通訳者たるもの、『それ、絶対にヘン!』と思っても、決して顔に出さず、まるで自分の意見であるがごとく訳せって、たしか通訳学校で習いましたもん。黒子に徹するのが通訳者、という常識からすると誠にありがたいご提案なのだが、学校で通訳者魂を叩き込まれた私はいささか面食らってしまった。
ましてや“演出家”が、である。
最初の言葉通り、稽古が始まってからも俳優陣はもとより、スタッフ、通訳者にまで、また幕が開けてからは観客に対しても“思考を共有する”ことを求める人で、彼の態度には最後までブレがなかった。

愛とお金と価値をテーマにした演出家自身の手による作品、1ヵ月半“思考を共有”した中で、ある言葉に私の意識がフォーカスされた。
『“愛”に“金”を払うのは汚いことだと思わない。』
と言うのである。
なんで?!
私を含め、俳優陣も黙り込む。
『例えば、芸術家の仕事は“愛”を売る仕事だ。全身全霊を傾けて愛情を注いだ作品に対して、受け取った側が評価して報酬を支払うのがなぜ汚い?』
う〜ん…
一緒に“思考”することを許されている私、『待てよ…』と思った。
“愛”を売って生活しているのは、なにも芸術家に限ったことではないのではないか?
通訳の仕事のために体調を管理したり、専門用語一つ探すのにご飯も食べずに血眼になって、睡眠時間を削って髪振り乱すのは、全身全霊を傾けていることではないか?
ということは、私たち通翻訳者も“愛”を売っていることにはならないか?

何故、演出家のこの言葉に反応したかというと、以前プルーフリーディングの仕事をしていた時に、愛の欠落した翻訳に沢山お目にかかった経験があるからだ。
ネットできちんと検索していないのは序の口で、誤訳・訳漏れあり、専門用語でも辞書には必ず載っている用語すら正しく訳されていない、明らかに一回目に訳したまま提出している、などなど、『自分で翻訳した方が早いわい!』と、当時の私は仕事の適当さに腹を立てたものだが、彼らだって決して無能で不真面目な翻訳者ではないはずだ。仕事が手抜きに見えるのは、つまり愛情が足りないのである。
ありがたいことに、現在、私の周りにいる同業者は皆、“愛”を売って仕事をしている人たちばかりだ。
“愛”を売る人々は仕事の仕方も情熱的で、そのハートは常に熱い。

職人は魂を込めてモノを創る。
受け取った側は愛情を込めてそれを使う。
通翻訳者もまたしかり。
(自戒も含め)
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2006年 9月21日(木) 仙人
かわいいサブちゃん
パンの笛さんのブログに反応してしまいます! そう、どうもPCは二年に一度くらいはクラッシュするみたいです。なんとなく、アタリとハズレがあるようで、このハズレ確率は飼い猫のハズレ率と同じぐらいのようなもん……猫好きの方にはおわかりいただけるでしょうか。今までに知り合った猫の数とPCの数も同じぐらいだし。私の場合、メインのデスクトップが、このハズレさんなのですごく面倒。買ってから3年目にして、お泊り修理が二回にセットアップは数え切れずにやりました。去年は、こいつがどうしようもなく動かなくなって、急ぎの仕事があったので、とりあえずラップトップで腱鞘炎に苦しみながら仕事をしていたら、突然、いつもいい子のラップトップが何の応答もしてくれなくなったことがありました。そう、二台同時に故障することもあるのです。夜の11時を過ぎ、締め切りは明日朝9時、泣きそうになりながら、近所のショッピングセンターに走り出し、目に付いた最初のPCを買って仕事を仕上げました。ところが、こいつがすごくいい子で、道で拾った汚い雑種の猫がアタリだったりする感覚も一緒です。
言うことをきかなくなる理由は、私もよくわからないんですが、いわゆる「滓がたまる」状態というのか――こまめにクリーンアップし、クッキーも削除し、デフラグし……ててもご機嫌が悪くなり、ああ、もうセットアップし直すしかない! という感じになります。会社勤めの頃はシステム担当者に好き放題言っていたけれど、彼らのありがたさというのは、在宅で仕事をすると本当にしみじみと実感します。
セットアップし直すと、使いやすい設定にしてあったのをまた一から作り上げねばならず、もちろんいろいろなバックアップ機能が助けてはくれても、プログラムをいくつかインストールしたり、古くなったバージョンのため、修正プログラムを何時間もかかって入れたり。サービスパック2とか入れるの、やたら時間がかかるし。
大きな仕事がひと段落するまで、なだめてすかしてもたしておいて、ファイルもメモリースティックに整理して収めて……いる最中に、フリーズしないで! ハードディスクを別付けにして、ファイルなどはすべてそっちに入れるのがいいと聞いたのですけど、メモリースティックが手軽だし。今は、またメイン君の再セットアップをしなきゃ、と思いながら、雑種のかわいい子を使っています。
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2006年 9月20日(水) the apple of my eye
つなわたりな生活 その2
さて、私の急なオンサイトの仕事発生で、「にわかカギっ子」に変身することとなった息子。
その日の朝になって、彼には私の携帯電話に自分で電話をかけることすら経験させていなかったことに気付き、朝ごはんの後に慌てて練習させるという一幕もあり、外から見えないように、でも無くさないように、チェーン付きの家のカギをランドセルの中にこっそり仕込んだり、学童クラブへの連絡帳に「もしも一緒に帰る子がいなければ、5時帰りを6時帰りに変更して私の携帯電話にご連絡下さい」とお願いを書き込んだりして、慌しく登校させた。こういうことは親も慣れていないと、どうも段取りが悪い。
在宅で仕事をする生活パターンに安住していると、オンサイトのときはその日に限って熱を出すなどという不測の事態が発生しないかと、ビクビクする。在宅なら保育園や学校から「熱が出ました」「ケガをしました」というお迎え要請コールがかかっても、作業の手をちょっと止めて迎えに行くことは可能なので、そんなにパニックにはならない。ただし、病院に行ったり具合の悪い子の様子を見ながらだったりすると作業時間が大幅に削がれ、夫の帰宅を待っての作業再開になるので夜更かし必至、キツくはある。
しかしオンサイトでの仕事は、不測の事態に対応不可。特にうちの息子のように保育園時代はクラスで病欠が多いナンバー1の地位をもう1人の男の子と争っているような子どもでは、とてもじゃないが自信をもってオンサイトの仕事をお受けできない。小学生になってさすがに熱を出す頻度は激減したが、それでも前回述べたようにたまに出る時に限って具合が悪くなる。また、保育園なら延長保育で7時まで預かってくれるが、学童保育は最終で6時まで。冬になれば5時でも真っ暗、低学年の子どもを1人で帰宅させたい状況ではない。そんなこんなで私は今回のようなたった2日間でも、登校させてから無事に帰宅するまで、実はずっと心の中でヒヤヒヤしている。
さて、カギっ子デーのその日、5時近くなると私は仕事中にそわそわし始める。携帯電話をPCの横に置き、横目でチラチラ見ながら、いつ息子から「帰ったよ」の電話がかかってくるかと気になる。そこへ、今回の仕事を一緒にしている仲間の翻訳者さんが、仕事の進行について相談するために席に立ち寄ってくださった。お蔭で頭がまた仕事集中モードに戻って助かった。でなければ、ずーっと上の空で電話を待つことになったかもしれない。
打ち合わせが済んでPCに向き直った時に、マナーモードにした携帯が振動する。一瞬ドキッとする。なぜって、普段は在宅での仕事なので、仕事の電話も自宅の電話にかかる。携帯電話が鳴るのは何か緊急の時という意識があるので、息子からの電話だろうということを瞬間的に失念していた。待ち受けに「自宅」と出ているのを見てようやく、ああ息子だ、と気付く。時間は5時27分だった。ん? いつもより自宅に着くのが少し遅くないか? ま、いいか。とにかく無事に家に入りカギも閉めたと言う。こちらの心配をよそに、「ママ、今からシャワーを浴びたいんだけど、いい?」などと言っている。
少し後になって、本当はその日預かってもらうはずだった、熱を出しちゃったお友だちのママからメールが入る。「○○君、無事に帰ったみたいね。」彼女の家は通学路の途中にあるので様子を見ていてくれたらしい。熱が下がってきたお友だちも心配して、息子が自宅に着く頃を見計らって、「だいじょうぶ?」と電話もしてくれたそうだ。う〜ん、心強い! 持つべきものは、遠くの親戚より近くの友人!
7時半少し前に帰宅すると、玄関にはちゃんとカギが二重にかかっており、息子はほんとにシャワーを浴びてさっぱりした様子で寝巻きに着替え、叱られないのを良いことにテレビを見放題に見てご機嫌だった。ランドセルは廊下の真ん中に放り出してあるし、部屋中何だか異様に散らかっているけど、初めての経験を無事にやり終えたことを褒めてやった。
こうして無事にピンチを切り抜け、あとはほぼ予定通りにことが運んだ。最終日に残業が入ってしまい、7時半までに帰れるはずが8時半近くになり、空手のお稽古場に直行で迎えに行ったことを除けば。
息子が少し自立してくれたこと、具合が悪くならずにいてくれたこと、近くに優しいお友達や助けてくれる方がいること、子育て中であることを理解していただき、早めの帰宅を認めてくださるクライアントさん、すべてに感謝したい。

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2006年 9月19日(火) パンの笛
「職場環境」について考える
 やっと、私のメインPCことメイン様が戻ってきました。嗚呼、待ってたのよ、メイン様。遅かったじゃない。メイン様への愛は一層再燃しますが、これにてサブPCのサブちゃんはまたしても日陰者へと逆戻りしました。リビングの隅で、再び日の目を見る日をじっと待つサブちゃん。ごめんね、きっとまた頼りにする日がやってくるから…。
 それにしても、失ってその大事さに気づくものが多いことを改めて再認識しました。今回のPC事件もその一環ですが、最近私がとみに感じるのは、「企業という場が提供してくれていた職場環境のありがたみ」です。私が本格的に在宅翻訳者になったのはつい最近のことで、それまでは主に大企業ばかりに勤務する日々でした。当たり前のように企業が提供してくれる設備・環境・配慮の数々。大きなデスク、見晴らしの良い窓からの景色。電話、携帯、文具、PCなどの機器類。エアコン。そして福利厚生! これまでは、むしろちょっとでもその提供ぶりに不満があると、思ったことをすぐ口にしてしまう私の性格から、つい忌憚のない意見を担当者にぶつけたりしたものでした。(担当者の方、今さらながらごめんなさい。)でも、独り立ちしてみて改めて、そういう、本業とは直接関係のないフリンジの部分を担ってくれていた人たちはありがたい存在だったんだなあぁ、と気づくわけです。だって、PCが壊れても、可能な限り自力で直そうと無駄な努力をしたり、なかなかつながらない修理センターに電話したり、配線をほどき、PCの跡地を掃除し、サブPCを稼動状態にまで持って行き、戻ってきたPCを再度配線する。もう、思い出しただけでも疲れちゃいます。そして、意外に困るのがエアコン。私が普段仕事をするのは狭い四畳半の書斎。仕事場として独立しているのが良い反面、家庭用のエアコンは少々効きすぎてしまい、調節が難しいのが難点。いくら微風にしたり、除湿にしたりして細かく調節したつもりでも、一時間に一度くらいは電源をオフにして室温調節をしないことには、夏でも寒くて凍えてしまいそうです。内緒ですが、調節が面倒になってドアを開けたままエアコンをつけたり、なんていう荒業に出ちゃったりもしています。このほかにも、結構困るのが文具類です。例えば、大きなホチキス。翻訳の原稿や、仕上がった訳文は、最後はやはり紙面で確認したいもの。刷り出してみると思わぬミスが発見できたりします。分量が多くてもチェックの際に支障を来たさないよう、大きなホチキスで留めたい…と思っても自宅に大型ホチキスはなし。もちろん、買うことだってできるんですが、なくてもどうにかなる、と自分を誤魔化しているうちにずるずると不便な状態のまま過ごしてしまったりします。ポストイットだって、用途に応じて使い分けたいと思うのですが、敢えて色々買ってしまうとそのうち引き出しの奥に眠る羽目に陥って…などと余計なことを考えてしまいます。それでも、最近はアスクルに登録して、インターネットでぴぴっと注文してその日のうちに自宅に配達してもらえるようになり、どうにか文具の面はバックアップ(セルフヘルプ?)体制が整ってきました。そう、こういうフリンジの部分も含めて、仕事なんだなぁ、と実感してしまうわけです。私は社長 兼 秘書 兼 総務 兼 経理 兼 広報 兼 ヘルプデスク、そして担当者。まぁ、ある意味、すべての面は私のさじ加減一つ。誰かと争うこともなく自分のしたいようにすれば良いわけですから、文句の出ようもないわけです。
 やっぱり失って一番惜しいものは、ちょっとしたおしゃべりをする相手になったり、たまには一緒に飲みに出かけて日々の出来事について語り合ったりすることのできる、同僚かなぁ。なんでも一長一短。結局は私の中でのプライオリティの問題なのネ、と一人納得しています。
 (写真はデスクの癒し、多肉植物の「ゴーラ」です。)
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2006年 9月18日(月) かの
漢字でなければ罪作り!
 不祥事で問題になったり倒産したりした会社が、名称を変更して再スタートを切ることがある。「心を入れ替えて真摯な気持ちでやり直します」との思いを名前に込めて再出発を図るのだ。
 で、その名前なのだが、どうも最近は「オールひらがな」が多いように思う。どうやら「ひらがなだと優しいイメージになるから」というのが理由らしい。私個人としては別にオール漢字でもカタカナでも構わない。しっかりと企業経営してくれれば十分という思いのほうが強いのだが、やはりそこは日本ならではなのか、イメージが重視されるようだ。
 現在私の住む「さいたま市」は今から数年前、浦和市、大宮市と与野市が合併してできた政令指定都市だ。新規都市名の選出にあたっては相当モメたらしい。公募では「埼玉市」が筆頭候補に挙がっていたのだが、結局有識者会議でひらがなの市名になってしまったのである。「何だか間延びするなあ」と当初は思ったものの、最近は市町村合併でどんどん新しい市が誕生し、ひらがな名も増えてきたので、これも一つのトレンドと割り切っている。
 ただ、断固漢字名を押し通して欲しいものがある。それはズバリ、昆虫の学術名!昆虫研究に余念のない息子は「うすばか・げろう ってね、アリジゴクのことなんだよ」と堂々と言ってくる。違う〜!いくらアリジゴク相手でもこれでは罪作りだ。正しくは「ウスバ カゲロウ」、または「薄羽蜉蝣」。漢字を見れば「羽が薄いフワフワした虫」と何となく想像がつく。ノコギリクワガタも「鋸鍬形」としたほうがゴツイ感じが出て良いと思う。でもなぜか学術名はもっぱらカタカナだ。これでは英語の医学用語同様、見ただけではさっぱりわからない。
 最近の新聞は「ら致」を「拉致」に、「補てん」を「補填」と表記するなど、ひらがなから漢字へと移行しつつある。今後は昆虫や動植物名もルビ付き漢字名で表記してくれると嬉しいのだが。
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2006年 9月15日(金) まめの木
容姿の問題
小さい頃から、人に見られるのが、人前でしゃべるのが、いやでいやでたまらなかった。
幼稚園の頃のおゆうぎ会は恥ずかしくて地獄のようだったし、小学校で国語の教科書を音読させられるに至っては、まさしく拷問だった。
私はきっと醜いから、人様にこの姿をさらすのは公害である、とかたく信じ込んでいた。
いわゆる“容姿コンプレックス”というヤツである。
小学生の子供がここまで意識するのは、ほとんど病気といってもいいかもしれない。

そんな私が現在何故、通訳という声・姿ともかなり露出度の高い職業に就いているのか?

ドイツに留学したばかりの頃、講義には何とかついて行けたものの、ゼミは本当に苦しかった。
ドイツ語で自分の意見を言うことがほとんどできなかったのもあるが、何よりも、ドイツ人学生の持っている、理不尽であろうと背景的な根拠が取れていなかろうと、言いたい事があればそれが偏見であれ、無知をさらけ出す行為であれ、相手がギャフンというまでどうどうと早口でまくし立てる、あの迫力に圧倒され、そこに“容姿コンプレックス”も追い討ちをかけ、いつもわけのわからない微笑みをたたえて教室の隅の席で黙っていたのである。
そんなある日、ゼミの先生が私に向かってやさしく言ってくれた。
『あなたは意見がないのですか、それともドイツ語ができないのですか?グーテン・ターク以外のドイツ語を少しでも知っているのであれば、“あー”でも“うー”でも何か発言しなさい。』
これがきっかけとなり、少しずつだが、過敏に恥ずかしがる必要はないんだ、ということを学び始めた。この時、19歳。

第二のきっかけは、友達がバレエ教室に誘ってくれたことである。
大学でアレクサンダーテクニックという、簡単にいえば姿勢や動きの習慣を改善する身体トレーニングの講座があった。受講生は皆の前で歩いたり座ったりして、一人ずつコーチに矯正してもらうのだ。東洋人の受講生は私だけで、西洋人の、しかも年頃の美しい女の子の前で歩くなんて、当時の私にしてはとんでもないことだった。当然、姿勢もうつむき加減になり、順番が私に回ってくるとスムーズに進まず、先生も少々閉口気味だったのを覚えている。
講座の後、その友達曰く、
『人に見られるのがそんなにいやで、姿勢や態度に影響していると自分で思うのなら、いっそバレエ教室に一緒に通いましょうよ!』
さすが分析好きのドイツ人。なんたるショック療法!
大きな鏡を前にして、自他共に自身のレオタード姿をさらすことを強要されるのが、バレエである。
ここまでくると、自分は醜いの、コンプレックスがあるの、などと言っていられない。
おまけに先生はロシア・ワガノワアカデミー仕込みで、入門者のクラスであるにもかかわらず、まったく妥協してくれない。
『醜い、と思うんだったら、美しく見える顔の角度、腕の上げ方、足の運び方を家で研究してらっしゃい!!!』
怒鳴られ、ののしられ練習しているうちに、だんだんポーズもきまってくるようになってきた。
それを自分で観察しているうちに、私の中で眠っていた“ディーバ気質”が目覚めてきた。
手を優雅に動かせるようになったところを、足がまっすぐ出せるようになったところを、みんなに見て欲しくてたまらなくなってしまったのである。
かくして、“容姿コンプレックス”は強制的に矯正されることとなった。
この時、22歳。

こんな歴史がありながら、今ではすっかり人に見られるのを快感と感じられるようにまで回復している。
これも一種の病気か???

容姿は大事だ、と思う。
なぜなら、容姿には内面が反映されるばかりでなく、大げさかもしれないが、その人の生き方も現れるからである。
ここでいう“容姿”とは、生まれ持った顔の造りや姿かたちのことではない。
内面の輝いている人は美しい。
そんな人を街で見かけたり、知り合ったりすると、こちらもエネルギーをもらえる気がしてしまう。
自分もかくありたし、と思う。

最後に通訳者の友達との笑い話。
『私ずっと、容姿コンプレックスがあったんですよ〜』
『えっ?ヨウシって、“adopted”のヨウシ?!』
『いえ、姿かたちのヨウシです…』
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2006年 9月14日(木) 仙人
Bewitched
最近ケーブルテレビなどでアメリカのTV番組をたくさん見られるようになったのは、日本在住の翻訳者にとってとてもありがたいことです。翻訳の際、人気ドラマの○○のような、という形容詞がよくあるのですが、実際の番組を見ることで翻訳者も理解でき、また読者にも伝わりやすいこと、セリフなどが表現の参考になること、キャラの決めセリフが日本語でも確立していたりすること、などなど利点はいっぱいです。現代モノの文芸翻訳では、エミー賞にノミネートされるぐらいのドラマは結構「必須」と言う感じで見ていないと、とんでもない誤訳をしてしまうこともあります。
でも、純粋に楽しんでいることのほうが大きいのも事実。うーんとうんと昔の『じゃじゃ馬億万長者(The Beverly Hillbillies)』とか『ハワイアン・アイ』から、年を経て、『インターン』などの医師モノ、『スタスキー&ハッチ』みたいな刑事もの、それにレンタルビデオショップが町中にできるようになってからシリーズで妙に人気があった、『V』や『ツイン・ピークス』など、みーんなハマリました。いわゆるSITCOM(Situation Comedy―わざとらしい観客の笑い声とか入るホームドラマ)の最近のものでさえ結構好きで、NHKでやってた”Full-house”はあちらで見始めたせいもあってか、いまだに再放送してるとつい見てしまいます。
こういった嗜好は私が翻訳者になる素地の一部を作ってたのだと、強く思いながら、この日曜日、AXNでやっていた今年のエミー賞授賞式を見ていました。録画で結果はわかっていたのですが、いやわかっていたからこそ『24』マニアとしては見逃せなくて、キーファー・サザーランドを目当てにしてのことです(いや、そりゃもうかっこよかった)が、『チャーリーズ・エンジェル』や『ダイナスティ』を生み出した名プロデューサーが亡くなられたことのトリビュート部分に、私もしみじみした思いになりました。ファラ・フォーセット(いまだにあの髪!)たちオリジナルのエンジェルが出てきて、リーダー役だったケイト・ジャクソンのスピーチがとてもすてきでした。「世界中の人に、どんなことがあっても、60分だけは辛いことを忘れさせて元気を与えてくれて、そして私たちの人生を変えてくれた人だった」と。そして、こういうドラマを作った人が、ひょっとしたら地球の反対側に、翻訳者を作り出す助けをしてくれたのかもしれませんよね。
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2006年 9月13日(水) the apple of my eye
つなわたりな日々
在宅の仕事を中心とさせていただく私だが、ごくたまにオンサイトの仕事をお受けする。先週の木曜から週末を挟んだ火曜までの4日間、その「ごくたまに」が発生した。なにやらイレギュラーなプロジェクトで予定より仕事が多くなったらしく、緊急で私に声がかかったのだ。めったにオンサイトを受けない私に声がかかるということは、よほど他に手配がつかないのだろう。ここで私がお断りしては、翻訳会社さんもお困りに違いない。行き先は、以前(といってもかなり前)にも伺った会社。自宅からも1時間以内、急げば40分ほどで着く場所だし、始業時間も早くなく、先方の社員の方もみなさん良い方ばかり、一緒にオンサイトに入る他の翻訳者の方も以前の仕事でご一緒した信頼できる方々と、実に恵まれた条件なのでありがたいお話でもあるし。
ただ一点、問題はうちの息子だけ。
現在小学校2年生で8歳。入学時から学童クラブという、放課後に子供を預かってみていてくれる場所にお願いしている。普段は午後5時までクラブで過ごし、同方向に帰宅するお友だちと一緒に帰ってくるところまで私が迎えに行くことにしている。こんなご時世なのでなるべく子どもを1人にしたくない。
しかしオンサイトで外に仕事に出ると、さすがに5時過ぎに間に合うように帰るわけにはいかない。生憎と自分の実家も夫の実家も地方で遠く、祖父母に「お願い!」というわけにもいかない。夫の勤務は朝早く夜遅い鬼の○○業界、平日は全く当てにならない。ということで、私に残された方法は3つ。@ クラブからの帰宅時間を最終の6時まで延長し、その帰宅に間に合うような勤務時間にしてもらう。A 普段から週に1回来てもらっている家事サービスの方に都合してもらって来てもらう。B 同方向に帰ってくる同級生で一緒に空手のお稽古にも通っているお友だちのママに頼んで、一時預かってもらう。
家事サービスに来てくださる方はたまたま近所に住んでいるおばあちゃんで優しくて気心が知れており、頼りになるのだが、金曜日と月曜日は別のお仕事があるとのこと。お友だちママはピンチのときに心強い仲間だが、さすがに4日間のうち半分も彼女に頼るわけにはいかない。そこで今回は、初日の木曜日をA番、金曜日をB番、週があけて月曜日を@番、最終日の火曜日を再びA番、という組み合わせに手配した。あとは、息子が突然熱を出すなど病気にならないことを祈るのみ! 普段あまり「家にママがいない」状況を経験させていないだけに、たまにそのような状況になると、待ってましたとばかりに具合が悪くなるのが得意な息子。7月にあったテンナインさんの5周年記念パーティの時も、その日になって急に具合が悪くなって、前述のママに助けてもらった経緯もある。
さて、今回は初日、ばっちりうまくいった。6時半に退社して帰宅すると、おばあちゃんと大人しく家でお留守番をしていた(といっても好き放題にTVを見ていただけだが)。具合が悪くなりそうな気配もないし、よし、これで翌日は、お友だちママに頼んで一緒に空手のお稽古に連れて行ってもらって……と思っていたら、ここでピンチ! そのお友だちが熱を出してしまったのだ。しかも40度の高熱だという。あっちゃ〜。珍しくうちの息子が好調だと思ったら、そっちが病気か! そういえば前線つきの低気圧が停滞していて嫌な天気だったな、お友だちのその子は喘息もちだ。そんな状態ではとてもじゃないが「うちの子の面倒をお願い」とは言えない。
さて、どうする? 緊急で勤務時間を短くしてもらうか、他のママ友だちに頼むか、あるいは……。結局、息子本人と相談し、生まれて初めて家のカギをもって学校に行き、帰りは自分ででカギを開けて私が帰宅するまで2時間ほど1人でお留守番してみることに。本当に大丈夫なのか?いや、それくらいのこと、両親が働いている学童クラブのお友だちはみんなやっている。でも慣れない1人の帰宅で何かあったら? いつかの私の留守の時のように急にお腹が痛くなったら (原因は神経性の便秘) どうするのだろう?……と、あれこれ不安は募るものの、とにかくやってみると息子も言うので彼を信じることに。真っ直ぐ帰ること、帰宅したら戸締りをしてまず私の携帯に電話すること、留守番の間に宿題を済ませておくこと、お腹がすいたら冷蔵庫のバナナを食べておくこと、何かあったらお隣の家か、とにかく近所のお宅に駆け込むことなどなど、言い聞かせることは一杯だ。病気になっちゃったお友だちのママにも「本当の緊急事態のときは、お願い!」と頼み込み、近所中の知りあいのお宅の電話番号を私の携帯電話に登録し、私と夫とお友だちママの携帯電話の番号を紙に書いてリビングのテーブルに残し、いざ、実行! さて、この顛末は……次回に!

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2006年 9月12日(火) パンの笛
拝啓 愛しのPC様
あなたが私に一言も言葉をかけずに私の元を去ってからかれこれ数日…あんなに私はあなたを愛していたのに、あなたはなぜ私を捨てていってしまったのですか。
…そう書きたくなってしまうほどの衝撃でした。何が、って、仕事で使っている愛用のPC様が壊れてしまったんです! それも、作業をしている途中に突然、ディスプレイ全体が網掛けのようになってしまって、それ以降、きれいな画面を見せてくれなくなってしまって、データが判読不能に。はっきり言って私はまず形から入るタイプなので、仕事をする際に絶対必要なPCが壊れてしまったのは、致命傷以外の何ものでもありません。もちろん、こんなときに備えてサブのPCは所有しています。ネットワークもちゃんとつながります。でもでもでも! 普段使っているデスクトップPCの使い心地は満点。それに比べて、サブのPCはノートパソコン。キータッチがデスクトップに比べて劣るのは、言うまでもありません。おまけにスペックはそこまで悪くないはずなのに、全体的に反応もイマイチ。プログラムを立ち上げるにも、画面を遷移させるのにも、いちいち普段以上にワンテンポ遅れてしまい、なんだか肩透かしを食らった気分。これも一重に普段から愛情をかけていないせいかしら、などと不合理なことを考えてみたりもしますが、今となってはどうにもなりません。サブPCちゃんも心得ているのか、「普段かまってくれないくせに、困ったからって突然泣きついてきたって、優しくなんてしてあげない」と言わんばかりの強気な態度で、なんだか昨日まで以上に動作がノロい感じがするのです。それをだましだまし、「これまで冷たくしてごめんね、ほんとはそんなつもりなかったのよ」というような姑息な態度に出る私。愛しのメインPC様が修理に旅立って、いよいよサブPCちゃんを叱咤激励しつつ、本格稼動させざるを得なくなりました。まずは、ちょっとほったらかしにしてあったウィルス対策。メイン様はもちろん、在宅翻訳者として必要な最高レベルのソフトウェアを導入して保護してありました。でもサブちゃんは半年ほど前にウィルス対策ソフトの期限が切れてからはすっかりそのまま放置してあったのです。このままで仕事をするわけにはいかないので、ますはウィルス対策ソフトをあわてて購入しました。すると、今度はなぜか新しいソフトのインストールをサブちゃんが拒絶! ただでさえメイン様がいなくなって傷心の私はすっかり憔悴の段階も通り越して、半分キレながらサポートセンターに電話。結局それも一度の電話では解決せず、丸一日半、電話をかけては切り、またかけては切りを何度も繰り返して、ようやくたった一つのウィルスソフトのインストールに成功したのでした。次は、直近の仕事関係のファイルの読み込み。メイン様を送り出す際、重要なデータのバックアップはすべて取りました(それにも半日かかってしまったけど)。その中から、現在取り掛かっている最中の仕事のデータをサブちゃんに落とさなければなりません。メイン様に保存してあったデータは、年月とともに予想以上の量にふくらみ、膨大な数のCD-Rが目の前に積まれています。その中から必要なデータを探し出すのにも結局小一時間かかってしまいました。
そうしてようやく本格稼動に向けて臨戦態勢となったサブちゃん。条件を整えてみたら、かまってあげたのが功を奏したのか、急に反応が良くなった感じすらします。昨日までは使えないPCだと思っていたのに、俄然威力を発揮して、得意顔です。もしかしたら、メイン様が壊れたのは、サブちゃんにも目を向けるように、という神様の思し召しだったのかもしれません。(そんなことはないか。)
でも今回の事件で得た教訓が一つ。PCをフル活用していると、約二年に一度の割合で故障する。それとも、こんなに故障までの期間が短いのは、一重に私の扱いが乱暴だから…? そうでないと思いたいです。
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2006年 9月11日(月) かの
現場人間でないとわからない「専門用語」
 通訳の仕事では事前に資料を渡されることが多い。しかし専門用語や業界特有の用語があり、内容そのものを理解できないケースが少なくないのだ。つまり通訳者にとっては予習段階から「???」状態なのである。ネットでいくら調べてもわからないとなると、とりあえず資料に印をつけて当日の短い打ち合わせ時間で用語を確認するしかない。日本人スピーカーで多少英語のわかる方だと「あ、これは英訳すると○○ですね」と教えてくださる。ところがスピーカーが外国人の場合、基本コンセプトから説明してくださるので、ありがたい反面、打ち合わせ時間がどんどん減ってしまう。このため場合によってはご本人ではなく日本人の業界専門家に伺うほうが訳語を知る上では手っ取り早いこともあるのだ。
 用語というのは業界外の人にとって非常にわかりにくい。逆に業界の中に入ってしまえば「な〜んだ」程度の事だったりする。たとえば通訳者であれば同時通訳と逐次通訳の違いは明らかだし、放送通訳業界ならば生同通(なまどうつう)・半生同通(はんなまどうつう)の区別もしっくりくる。オペラ業界だとコレペティートルやゲネプロなどはなじみがあるだろう。こうした業界用語を素人にわかりやすくしていくことは、その道の専門家の課題とも言える。
 私の場合、子どもが生まれて初めて子ども関連用語がわかるようになった。息子は英国生まれで1歳の時に帰国、日本の保育園に入った。ところが「入園のしおり」を読んでもさっぱりわからなかったのだ。理由は「今まで目にしたことのない子ども関連用語」がたくさんあったから。たとえば通園に必要なものとして「おしりナップ、おねしょシーツ、スタイ、トリオセット」などが書かれていた。でも私にとってはどれもチンプンカンプン。そのものズバリの商品名でもない。先生に伺ったら要は「おしぼりウェッティのような赤ちゃんのおしりふき」「防水シーツ」「よだれかけ」「スプーン・フォーク・お箸セット」のことだとか。他にも同年代の児童のことを「お友達」と呼んだり、工作のことを「お制作」と言ったりする。全く交友関係のない友人であっても公園で小さい子どもを見かけたら「あ、お友達が来ているね」という具合に使うのだ。
 ところで私がずっと凝っているのはスポーツクラブの各種レッスン。振り付け名称に「スーパーマン」(片手を上げて横移動)、「グレープバイン」(横移動中に足をクロス)、「クリーン&プレス」(バーベルを肩から上に持ち上げて下す)、「ボックスステップ」(四角になるようなステップ方法)などたくさん出てくる。好きな種目なのですぐわかるし説明もできる。スポーツクラブ関連の通訳なら喜んでやるのだけど・・・。
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2006年 9月 8日(金) まめの木
TRADOSに捧ぐ
英語の産業・技術翻訳者のみなさまの間ではほぼ常識かもしれないが、ドイツ語翻訳界ではまだまだTRADOSの普及率は低く、『技術翻訳にはもっぱらTRADOSを使ってますね〜〜〜』とさらり言えば、ちょっとしたエリート気分を味わえるのだ。
今日は、そんなTRADOS君への敬意をこめた小話。

通訳の仕事の出張中に、いつもお世話になっている翻訳エージェントさんから連絡があった。
『あの〜帰ってらっしゃるのは××日ですよねっ!
その翌日から翻訳お願いできますか?』
本当はこの2ヶ月半、ほとんど家に帰らず無休状態で出張通訳してきたので1週間は絶対にバカンス!と決めていたのに、このエージェントさんからのお仕事を過去約3ヶ月間お断りし続けてしまった事情もあり、次に断ったら見捨てられるんじゃないか、といった後ろめたさから、出張中の私、
『帰京した週はまだ仕事を入れていないので、是非お受けしますぅ〜〜〜』
と、後先考えずに1オクターブ高い声で返事してしまったのである。

その翌日、メールで内容の詳細が送られてきた。
納期は4日間、9000ワード、TRADOS使用案件。
このエージェントさんからのお仕事の内容は毎回同じ分野で、翻訳ソフト使用で1日約2500ワードというのが常識なので、愚かな私は『な〜に、ちょいと徹夜すれば余裕よっ!』と、その時は思ったのであった。

ところが、帰ってきてよくよくメールを確かめてみると、『分量詳細は添付の表をご覧ください。』とあるではないか?!
震える手でそのエクセルファイルを開いてみると…

No Match\t:9,086ワード
(省略)
100%\t\t:4,138ワード
Repetitions\t:92,873ワード
TOTAL\t\t:103,179ワード

この数字を見て、あせった。
お世話になっているエージェントさんに対しても、
心の中で『オニじゃああああっ!!』と叫びましたね。
なぜなら、英語では3〜4ワードで表現する名称などが、ドイツ語ではつなげにつなげ、1ワードで済んでしまうことが多いため、通常、約110ワードが和文400字(いわゆる1枚)計算なのだ。
つまり、この‘トータル103,179ワード’という素敵な数字は、和文原稿約950枚相当になるのである。

あせった理由にはもう一つある。
普段は『TRADOS持ってますっ!』などと息巻いてはいるものの、TRADOS歴1年の私にとっては奥深い機能となると未だ謎が多い。実は‘本物のTRADOS使い’を称するにはまだまだ修行が足りないのである。
‘トータル103,179ワード、納期4日’という数字が重くのしかかる。

本来ならば今頃は温泉につかって伊勢海老のお造りを食べていたのに…
さわやかな風の中、サイクリングしていたはずなのに…
さまざまな想いが胸の内を去来する。

しかし、受けてしまったからにはやるしかない。
浅はかな自分を呪いつつも、『新規で翻訳する箇所は9000ワードだし!』と気合を入れて取りかかった。
そうしたら…

すごい。
とにかく、すごいのである。
TRADOSがものすごい速さで走っている。

翻訳した箇所と完全一致する部分は、ボタン一つで自動的に日本語に変換してくれるのだ。
‘本物のTRADOS使い’の諸先生方がお聞きになられたら、
『原始的な機能に、今さら何を喜んでいるのか?!』
とご叱責を受けてしまうかもしれないが、今まで受けた案件では100%マッチする部分がそれ程多くなかったために、この機能の価値をあまり認めていなかった私は、とにかく感動してしまった。

やるじゃん、TRADOS君。
お陰さまで、徹夜することなく、納期を守ることができました。

でも、考えてみれば、プチ・パニックに一瞬陥った後、パソコンの画面に向かって『TRADOS頑張れ!』を絶叫していたのは私だけで、エージェントさんはちゃーんとこのことをご存じだったのでしょうね。
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2006年 9月 7日(木) 仙人
夢の続き
しつこく夢! といっても、今回のは希望とかそういう意味ではなく、レム睡眠下の意識の動き、という「夢」の話。先日、私は何かの事件を捜査しているサスペンスに満ちた夢を見て、途中で目が覚めたので、犯人がわからず悶々としているのです。ずっと前に、自分が殺人犯の汚名を着せられて裁判に立つという夢を数ヶ月に一度ぐらいの割合で何年かにわたって、シリーズでみたことがあります。最初は殺人の第一発見者となり、罠にかかって捕らえられることになり、留置場でマーヴィン・ゲイのお父さんに会い、やがて裁判が始まる、という連続ドラマが次回に続くみたいな形で進展したことがあるので、この夢も続きをいつかみられないかと期待しています。
今回の夢で不思議なのは、私は日本人の捜査陣を前に”Gimme a break!”と言ってしまい、おいおい、日本人なのにそれはいかがなものか、と自分で思いながら目が覚めたことです。初めてのことで、ちょっとフロイト的分析が必要な状態かも。よく、「英語ができる」ということの判断基準で、英語で夢を見る、みたいな話をされることってありますよね。意識としては第一言語が日本語なので、進行は常に日本語のような気もしますが、英語が話される状況、たとえば登場人物が英語しか話さない人ばかりのときは、私も夢の中でも英語で話しているし、日本人には日本語で話している、今まではそうだったのです。ところが今回、いけないと知りつつ日本人に英語で話してしまい、しかも、実はこの言い回しは日常めったに口にしない、だけではなく心の中で思ったりもしないので、どういうことなのかよくわかりません。
初めて夢に英語の会話が登場したのは、初めてアメリカに行ったとき。アジア系の人がLとRの区別が難しいのと同様、アラブ系の人がBとPの区別がつきにくいことを知って、ちょっと驚いたのでしょう、アラブ人の友人が「イッツ、ピュティフル」と言うので、「peautifulじゃなくてbeautifulよ」と何度も繰り返すというものでした。ヨルダン国籍のパレスチナ人だった彼は、レバノンにご家族がいましたが、今頃どうしているのでしょう。
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2006年 9月 6日(水) the apple of my eye
God Save the Queen!
在宅翻訳者には iPod は不要だが、音楽が欲しい時はある。もちろん CD プレイヤーがあれば一応事足りるが、手持ちの CD ばかり聴いていると飽きてくることもある。そこで重宝するのが、インターネットで聴けるラジオ。海外のラジオも聴くことができるので楽しい。私はロンドンに住んでいた頃、主に Capital FM という民放ラジオを聴いていたので、「お気に入り」登録をしていた。
「していた」と過去形なのは、なんと、今年の4月から Capital FM が聴けなくなったのだ。その理由は、著作権の問題。音楽を流すラジオは、Phonographic Performance Limited (PPL)という団体に、licence fee を支払って曲をかけることを認められている。PPL は個々のミュージシャンを代表して印税を徴収しているというわけだ。PPL が、そのライセンス契約には海外に音楽を放送することは含まれていないといって、「今後、海外にインターネットを通して放送を続けるならその分のライセンス料を支払ってもらう」と英国のラジオ局各社を脅したらしい。民放ラジオ局の収入源はスポンサー、スポンサーがターゲットにしたいのは UK 国内に住む人だ。海外に住んでいる人に放送を聴いてもらってもたいしたメリットはないのに、ライセンス料だけがっぽり支払わされちゃたまらないってことで、Capital FM も、もうひとつ私が気に入っていた Heart Radio も Virgin も、こぞって海外への streaming を停止する措置を取ったのだ。
それにしてもテクノロジーってすごいもんで、Capital FM にアクセスしようとすると、「私は日本にいる」なんて一言も言ってないのに、「あなたはどうやら英国外にお住まいですね」と聞いてくる。「この判断に何か間違いがあれば、お住まいの郵便番号を入力してください」ですって。Heart Radio なんて問答無用に「アクセスできません」でおしまい。試しに、Capital の方には「CR8 5JF」なんて、手元の英字紙に載っていた英国のSECOMの広告から郵便番号を盗んで入力してみた。おお、プレイヤーが立ち上がったぞ。音声も聴こえ始めた!……と思った途端、ブチ! 音が消えた。なになに、「システム上に gremlin が発見されましたので、一時的にストリームを停止します」だと? 負けた。私ごときが考えることなど、お見通しというわけだ。それにしても gremlin とは失礼なっ!
アメリカのラジオ局は OK だそうた。なぜって、アメリカでのラジオ放送に関する著作権の取り扱いが違うから。アメリカではラジオ局が流す音楽は、ミュージシャンにとっては「宣伝」なんだそうだ。ミュージシャンたちは、レコード(CD) が売れたときに印税を受け取るだけ。
米英の違いは、どうやら民放ラジオの力の強さにあるらしい。アメリカは元々民放ラジオが発達し、ラジオで曲が流れることによって売れ行きが左右されるという仕組みで音楽界・ラジオの双方が発展してきたが、英国はご存知の通り、国営放送が強かったお国柄。民営化された今でも、BBC ラジオには国内向けでもいったいいくつ station があるのというくらい。海外向けには BBC World 以外にペルシャ語やロシア語放送まである。そして、現時点でまだ、BBC ラジオ は国内向け放送を海外在住者にも聴かせてくれるのだ!
なぜか? そりゃもう、大英帝国のおかげに決まっている。今も世界中に、大英帝国の庇護下にある国々が数多くあり、BBC はその国の人々に向けて英国の番組を放送する義務があるのだ。すばらしい。Brava! 女王陛下、万歳!
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2006年 9月 5日(火) パンの笛
日々自宅にて・・・
皆様、初めまして! パンの笛です。今日からリレーブログの火曜の欄を担当することになりました。フリーランスの翻訳者になって約三年半。まだまだ駆け出しの部類に入る私ですが、そんなヒヨっこなりの日々の徒然を皆様にも楽しんでいただけたら、と思います。どうぞよろしくお願いいたします!
さて、私は現在在宅の翻訳者としての日々を送っているわけですが、そうなったのもつい最近の話で、六月末まではとある会社の社内翻訳者を務めていました。生来とてもおしゃべり好きの私としては、女性ばかりの職場だったこの会社、とても快適でした。お仕事中はもちろん集中していますが、ランチ時やティータイムともなれば女性数名が集まっては楽しい話で盛り上がったものでした。あぁ、しかしそれも今は昔。在宅翻訳者ともなると、当然のことながら、職場、つまり自宅には自分ひとり。夫はサラリーマンで、昼間はもちろんいません。我が家には小学校一年生の息子がいますが、息子は当然、学校。もしくは学童保育。むしろ自宅にいてもらっては仕事になりません。周りを見回しても、だぁれもいません。そうなってから、私はすっかり頭の中で一人会話を繰り広げるようになってしまいました。ネタには事欠きません。翻訳の仕事をしていると、調べ物をするのが仕事の大半であったりします。そうすると、その調べた矢先からどんどん、どんどん、「芋づる式」に頭の中の会話が進んでしまうのです。先日はとある文芸作品のリーディング作業を行っていて、その主人公の家族はモルモン教徒でした。正直、宗教にはとても疎い私としては、まずはモルモン教徒とは、というところから調べ始めました。すると、モルモン教徒は若くして結婚してたくさんの子供をもうける家庭が多い、とあります。さらに今度は作者について調べると、モルモン教徒ではないものの、七人の子供を持つ母であるというではないですか! そこでふと、そういえば小学校にも、実は四人子供がいます、という方が何人もいて感動したことなどを思い出してしまい、そういえばだからあの子は兄弟に揉まれて生きているからたくましいんだわ、なんて、どんどん関係のない方へと発想がふくらんでしまって、気がつくと息子に格闘技でもやらせようかと格闘技の教室のウェブサイトを探してしまったりして… はっと気がつくともう息子をお迎えに行く時間になってしまってたりするのです。仕方ないから、この日はここで切り上げて息子を迎えに行きます。それでも迫るリーディングの期限。ここがまた、在宅翻訳のいい点でもあり、悪い点でもあります。短納期ならばわき目も振らずにひたすら翻訳するしかありませんが、多少余裕があったりすると、脱線、「芋づる式」なんでもござれになってしまい、その責任を自ら負って、一人深夜に作業をする羽目になったりします。あれほど余裕があったはずの昼間の時間、一体何をしていたのかと自らの行動が悔やまれます。それでも、やっぱり心置きなく脱線や「芋づる式」に興じることのできる今の生活、快適です。この「芋づる」の先にいつか実がついて、私の表現力や、背景としての知識へと進化してくれることを願ってやみません。さらにこれで話し相手がいれば万々歳なのですが…。当分は、一人会話が進むたびに夫にメールして、「ねぇ、今度息子に空手をやらせるっていうのはどうかしら」などと突拍子もない話題を振っては後はすっかり忘れる、ということが繰り返されそうです。私が在宅になって話し相手がいなくなったことの最大の被害者は夫かもしれません。
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2006年 9月 4日(月) かの
おさんぽ大好き
 3歳の娘は保育園に通っている。ビルの2階にあるのであいにく園庭はない。それで先生や他のお友達とよくお散歩に出かけている。近くの公園だけでなく、1キロほど離れた市役所や消防署まで繰り出すこともあるという。園児たちが疲れると先生は「となりのトトロ」のオープニングテーマ曲「歩こう」を歌ってくれるらしい。それで娘も「おさんぽ、だいすき〜♪」としょっちゅう歌っているのである。
 かく言う私も歩くのが大好きだ。学生時代、山手線半周ウォークに参加したり、ロンドンに暮らしていた頃も半日ぐらいひたすら歩いたりした。日本は湿気が多いため真夏に歩くのは大変だが、ロンドンは気候も良く、街並も美しいので歩くのは本当に楽しかった。おかげで靴を何足履きつぶしたか知れない。
 しかし最近は仕事と子育てであわただしく、日本の蒸し暑い中を歩くよりは手っ取り早くスポーツクラブで汗を流すようになっている。スタジオレッスンに参加した後、ランニングマシンで30分ほど走っておしまい。すぐにシャワーも浴びられるし、何よりも時間の節約になる。アメリカを始め世界的にスポーツクラブが急増しているのも、世の中が「時間不足」になっていることの反映だと思う。
 ところが先日、何と娘の「とびひ」が私に移ってしまったのである。8月上旬にかかった例の「毛虫皮膚炎」で私の抵抗力も弱まっていたからだろう。皮膚科へ行ったら「アルコールと運動は当面禁止」と言われてしまった。うーん。元々ビールは飲まないほうなので我慢できるが、スポーツクラブ通いは日常生活の一部。これには参ってしまった。ドッと汗をかけない毎日なんて・・・。
 それで仕方なく歩くことにしたのである。幸い今年の夏は涼しいので、ペタンコ靴に日傘さえあれば快適に歩ける。先日も市ヶ谷から池袋まで1時間かけて歩いた。地図では平面にしか見えない所も、実際歩いてみると起伏が多く、他にも「こんなところにオシャレなケーキ屋さんが!」「間口が小さいのに、何だかステキなレストラン」と様々な嬉しい出会いがあった。
 ある和食店の外には「春夏冬中」と書かれた看板があった。「ん?」と思ってよく見ると、「あきないちゅう」のふりがな。他にも「医院」の「医」が「醫」だったり、「歯科」の「歯」が「齒」の旧字体だったり。コトバを生業にしていると、歩いているだけでも楽しい発見がある。今や再び「お散歩大好き」人間だ。
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2006年 9月 1日(金) まめの木
通訳者と人格
通訳者には色々な個性がある。
かなり乱暴な分類の仕方かもしれないが、おおまかに言えば以下の3つのタイプに分けられると思う。
コミュニケーションの架け橋としてお客様に喜ばれることを無上の喜びとする、天真爛漫な“モーツァルト”タイプ。
どんな注文にもいやな顔せず対応し、休み時間をもらえなくても、食事中に通訳させられても無私の心をもって奉仕する“マザー・テレサ”タイプ。
通訳業を自らを鍛錬する“行”の場と捉え、通訳術並びに自分自身に対して未来永劫戦いを挑み続ける“チェーン・デス・マッチ”タイプ。
もちろん、この3つのタイプに限定できるわけではなく、「隠れ○○○タイプ」、「状況に応じて○○○タイプ」、「○○○+○○○複合タイプ」など、通訳者のキャラクター、仕事の仕方は実に多種多様で、他者に学ぶところが多い。

私は自分でもいやになるほど“チェーン・デス・マッチ”タイプ。
このタイプの特徴としてまず挙げられるのは、過敏な程、準備に時間をかけることだ。それ程神経質に考える必要のない現場であっても、こうきたらこう、ああきたらこうなるだろう、と、まるで将棋の次の手を無限に想定するがごとく、完璧に武装しないと気が休まらない。初めての現場に入る日などは、初陣で武者震いする競走馬さながらである。

私の敬愛する先輩に “デス・マッチ”タイプを絵に描いたような人がいる。
彼女は私よりずっとキャリアが長く、受ける仕事の内容も格段にレベルが高いのに、「類は友を呼ぶ」のご他聞に漏れず、私の中の「デス・マッチ」気質を見抜いてとても仲良くしてくださっている。
お互いに忙しく、なかなか会う時間がないのが残念だが、会えば最後、「最近のデス・マッチ話」に花が咲く。

その先輩が先日、しみじみと語ってくれた。
彼女が他の通訳者と組んだ現場での話だ。機械系の会議で彼女にとっては得意分野。パートナーの通訳さんはベテランだが、どちらかと言えば機械は苦手のように映ったという。日本側に外国語を解する聴衆もいたことから、余計なこととは思いつつ、彼女はパートナーが詰まった時に助け舟を出したらしい。
仕事が終わり、そのことで彼女が謝った時のパートナーの言葉が感動的だったというのだ。
「この仕事はふたりで受けた仕事。チームワークとして最終的にお客様の満足いくような結果が出せれば成功なのよ。教えてくれてありがとね。」
絶交宣言される覚悟で「余計なことをしてごめんなさい」と謝ったのに、逆に感謝されて言葉も出なかった、パートナーの通訳さんが多方面で高い評価を受けている理由が分かった、とやや興奮ぎみに語っていた。

通訳者は現場に出れば一人仕事。誰も助けてくれないし、出た結果にはすべて自分で責任を負わなければならない。しかし反面、努力がお客様の評価につながり、それが自信の糧になるやりがいのある仕事だ。ただ、この「自信」が妙な「プライド」となり、時間と共に「高慢」な態度に変化してしまう危険があるのは否めない。

パートナーの言葉で彼女は悟ったという。
「結局、どんな仕事も最後は人格よね〜。」

今日の教訓:通訳者たるもの、まず「円満な人格者であれ!」。

といいつつ、また次の仕事に向かって自分の首にチェーンを巻き付け、自らとのデス・マッチを繰り広げる私たちなのであった。。。
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2006年 8月31日(木) 仙人
翻訳者の夢パート2
再度夢の話です。翻訳したいと思い始めたきっかけのこと。もう二十数年前、まだ邦訳されていなかったジョン・アービングの『ホテル・ニューハンプシャー』をどうしても友人に紹介したくて、まさに突き動かされるみたいな気分で一章だけですが自分で訳したことがあります。ワープロも普及していない当時、大学ノートに延々とつたない訳を書き綴りました。後にアービングの『熊を放つ』を村上春樹さんが訳されたものを読んだとき、自分の才能の未熟さにうちひしがれた思いになりましたが。でも、そういう純粋な「これをできるだけ多くの人に読んでほしい」みたいな気持はやはり大切にしたいと思います。
私は「かっこいい文章」とか「決めセリフ」、歌舞伎でいう「見得を切る」シーンにすごく感動してしまうようなのですが、英語の文章で初めてその「かっこよさ」に衝撃を受けたのはヘミングウェイの短編でした。特に”Up in Michigan”という、どうしょうもなく女々しいヘミングウェイの一面を見る気がする話の、簡単な語でたたみかけるように気持ちを伝える文章には今でも圧倒されます。ヒロインの女の子が憧れの男性をどんどん理想化して好きになっていくところで、彼が仕事から帰ってきて手をきれいに洗うところが好き、その腕のたくましさが好き、で、あるとき手を洗おうと彼がシャツをめくり上げていたら、日焼けしているところとしていないところの色が違うのを見て、いっそう好きになる、というシーン。でも、女々しい男性の書く話なので、情けない結末になります。
「声に出して読みたい英語」なら、昔の英文科人間としては、やはりブラウニングやシェリーの詩になってしまうのですが、かっこいい英語の文、というとestablishされた作家としては断然、ヘミングウェイです。短編はみんなかっこいい英語だと思います。文の流れとしては、ウィリアム・アイリッシュ(コーネル・ウーリッチ)のわざとらしいハードボイルドさとフィッツジェラルド的せつなさの交じった饒舌な感じも好きです。
夏のフェアなどで昔の本なども店頭に並んだあと、「読書の秋」だってやってきます。久しぶりに昔読んだ名作を読むのも、ぜひおすすめしたいのですけど。英文ではないですが『レ・ミゼラブル』でコレットって元々誰の娘だったんだっけ、とか忘れてたりしません?
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2006年 8月30日(水) the apple of my eye
調べ魔
翻訳者は、調べ魔である。
いや、調べ魔にならざるを得ず、なれない人は翻訳者になってはいけないとまで言いきれるだろう。
たとえば、訳している文章に dressing gown というコトバが登場したとする。そんなに難しくないコトバだ。辞書にも載っている。「ドレッシング・ガウン」とか「部屋着」「化粧着」なんて訳語になっている。
でも、翻訳者はこういうところにでも引っかかってしまうのだ。
だって、日本人は「部屋着」とか「化粧着」なんて着ないのだから。いったいどんなモノを dressing gown と呼んでいるのか確認しなければ、たとえ訳語は上記の3つのいずれかしか選択肢がなくとも、キモチワルイのである。
最近はインターネットという便利なものがあるから、dressing gown と入力して検索してみる。すると、通販のページで dressing gown を販売しているところがいくつか出てくる。写真付きのものを選ぶ。そうすると、ハリウッド映画なんかでちょっとお金持ちの家の主人や奥様がベッドルームで着ている、あれはシルクなのだろうかサテンなのだろうか光沢のある生地で、ひざ下ほどの丈のガウンが出てくる。素肌に着たりパジャマの上から着たりするようだ。風呂上りにベッドに入るまでと、朝起きて顔を洗ってきちんと着替えるまでに羽織るものを dressing gown と言っているのだ。日本でも「ガウン」として存在するが、入院患者が着ているイメージが強いので、あまりカッコよくはない。ちなみに、ただ gown というと、dressing gown 以外に、英国の弁護士や裁判官、あるいは聖職者が着る長い服、あれも指すので注意が必要。

とまあ、こんな具合に、ちょっとしたことでも気になると、訳文に反映される・されないに関係なく調べに行ってしまうのが、サガなのだ。
で、こういう傾向が日常生活にも影響を与えている。
この夏、息子に初めて「夏休みの自由研究」なるものが出た。1年生の去年は任意だったので、怠け者の親子は提出せずに済ませてしまった。今年からはそうはいかない。で、息子が選んだテーマは「カメの研究」。4月から飼い始めたミドリガメを題材にするという。といったって、何をどう調べてどうプレゼンするのかは全く考えていない様子。そこで登場する、調べ魔の母。息子を連れて近所の図書館に行き、探す探す、「ミドリガメ」とか「カメ」とタイトルについた本の数々。その図書館にない本まで、区内の他の図書館からどんどん取り寄せて、制限の10冊ギリギリまで借りて来てしまう。リビングの床に息子と座り込み、あっちの本を広げ、こっちの本を覗き込み、「ほら、ミドリガメって本当はミシシッピーアカミミガメっていうんだってよ!」とか、「ほら、うちのカメキチは生の魚とかエビしか食べないけど、お野菜も食べるんだってよ!」とか言って、息子に自由帳に書き取らせる。いったい誰の自由研究なんだか。そのうち息子もノッてきて、「ママ、すっぽんのせいそくちはネェ……」なんてやっている。なかなか終わらないぞ、自由研究!

先週も書いたが家族旅行で沖縄に行った。今回は特に離島に行って色々と感じたことがあり、俄然、沖縄が気になってきた。今まで何度も沖縄には行ったのに。すると今度は沖縄関連本をあさるのである。旅行ガイドなんかじゃなく、陳舜臣や岡本太郎が書いた沖縄本だ。今まで知らなかった興味深い事実が沢山あることを知る。石垣島に唐人墓という碑があって、それは1850年頃に中国人労働者を奴隷同然にアメリカに送っていた船の1つで暴動が起き、座礁した船から逃げてきた中国人達を弔った墓だということなど。石垣島の人は得体の知れない汚い身なりの言葉も分からない中国人達を、米・英政府の追っ手から匿ってあげたそうだ。そんな史実を知ったからと言ってどうというわけでもないし、来年は沖縄に行かないかもしれないのに。

以前はスイス高級時計のカタログを翻訳した結果、手巻きの高級時計に魅せられてしまい、専門誌や時計について書かれた本を何冊も買いあさってブランドの歴史や時計の作りにすっかり詳しくなったこともある。百貨店などでフェアがあると覗きに行ってため息をつくだけで、さすがに実物に手は出ないけれど。

まあしかし、調べている時が楽しいのだ。ああそうなのか、へぇ〜!と、ワクワクするのだ。それがたとえ、仕事にも実生活にも、な〜んの役にも立たないとしても。
翻訳者、楽しく哀しいのである。
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2006年 8月29日(火) ガットパルド(gattopardo)