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| 2007年 1月12日(金) |
まめの木 |
我が家の招き猫
去年の暮れは年末ジャンボ宝くじを買わなかった。買わなければ当たらない、と世間では言うけれど、私に大金を持たせたら とたんに向上心を失い、とんでもなく怠惰な人生を送りそうだから、多分、神様の深遠なるお計らいで、我々は買ってもきっと当たらないんだろうな、と思う。だから買わない。 会社勤めしていた頃のお客さんに、お寺のご住職がいた。大阪のお坊さんで、退職後も現在に至るまでお付き合いいただいており、大阪人らしいテンポの良い辛口のアドバイスには何度も助けられてきた。通訳になるために勉強を始めた時にも『そりゃ、ええことや。』と心から応援してくれた。生活のためのアルバイトをしながら通訳学校に通っていた頃、そのお坊さんに『宝くじでも当たれば、勉強に専念できるのに…』とため息混じりに話したら、『あんたな、今宝くじ当たったら勉強なんか絶対せーへんで!』とこてこての大阪弁で叱られたが、試験前には『これ身に付けて、気張って勉強しいよ。』と水晶の腕輪念珠をくださった。そのお念珠は今でも肌身離さず身に付けている。
宝くじを買わなくなった理由にはもうひとつある。 ある時、舌切り雀のおばあさんや花咲じじいの隣りのおじいさんのような根性になってはいけない、と反省したからだ。我が家にはネコが三匹いる。うち一匹は薄い茶色に白い靴下で、日光に当たると黄金色に輝く、大変おめでたいネコである。このネコがなんと、宝くじを当てたことがあるのだ。掌に乗るくらい小さい頃に千円、それから何度か千円、少し大きくなってから1万円当てたのである。そんなバカな…と思われるかもしれないが、宝くじを買った時にこのネコがなんらかのアクションを起こすと必ず当たる。最初の千円の時は、宝くじの紙にじゃれてきて、10枚のうちの1枚に執拗にこだわって鼻をすりつけていたので、それを別に取っておいたら千円当たった。1万円の時は、ベランダに正しく座り、西日に向かって大きな声で『ニャン』と鳴いた。西日を受けて黄金色に輝くネコ、これはもしかしたら縁起が良いのではないか、風水でも金運アップには西の方角に黄色を置けとあるし、さてはこのネコ、いつもは寝てばかりいるけれども、恐ろしい才能を秘めているのでは…といやらしい期待に一瞬胸が膨らんだが、その時、昔話に出てくる欲深なおばあさん・おじいさんを思い出してハッと我に返ったのである。ネコに金運を期待するなんてさもしい根性では、もっと大事な運気が逃げ出してしまうかもしれない。変なプレッシャーをかけたらネコが衰弱してしまうかもしれない。反省の気持ちから、『君がいてくれるだけで十分、沢山の喜びと癒しを与えてくれてありがとね〜』と猫なで声で抱きしめたが、当のご本人は『ふむぅ〜〜〜』と鳴いて、『今頃分かったの?』という顔をしていた。
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| 2007年 1月11日(木) |
仙人 |
ダークなカレ
またもや体の色の話。しつこいです。どうも、この色合いの好みって一定のような気がします。昔、同僚と究極のデート相手トップ5を言い合ったとき、本人の人種、さらに男女を問わずそれぞれがdark系とfair系に分かれて、へーえ、と思ったことがあったので。私は決定的にdarkなカレが好き! ということにそのとき気づいたのですが、その当時(今は違います!)私が挙げたのは、ジョージ・クルーニー、アンディ・ガルシア、アントニオ・バンデラス、ウィリアム・ボールドウィン……濃い! いや、ブラピとか好きですよ、かっこいいと思いますよ、TVから”Walk This Way”が聞こえ始めると、ぱっと動きを止めて、携帯電話のCMを凝視しますよ。でも、デートできるとすると、アンディ・ガルシアだなあ、やっぱり。 思い起こせば小学生の頃、サンダーバードも性格的には末っ子のアラン(ブロンドでTB3号を操縦する、元カーレーサーだった彼です)が大好きなのに、見た目は長男のスコット(黒髪)がすてき、と思っていました。何歳ぐらいの頃にこういう「刷り込み」みたいなのできてしまうんでしょう、幼稚園の頃『狼少年ケン』が好きだったせいなんでしょうか。 もし、そうだとすると、小さい子供に見せるアニメや変身モノって影響大ですよね。正義の味方が女にだらしなかったりすると、それから20年ぐらいしたら若い娘はみんな、だめんズウォーカーになってしまったりして。ちょっと気になっているのは、私の大好きなドラゴンボールの悟空はパパとしては最高だけど、女の趣味はいまいちだったりすること。小学生の頃それを見ていたお嬢さんたちが20代半ばにさしかかるこの数年が心配です。 それとも「刷り込み」は、見た目だけの話でとどまるんでしょうか。それなら、いいんですけど。 |
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| 2007年 1月10日(水) |
the apple of my eye |
人間力
まだ社会人になって1、2年目の頃、勤めていた会社の同僚とよく海外旅行に出かけた。その何回目かのときのことだ。 南仏の町をいくつか回り、ニースに立ち寄った。 そこでやられてしまったのだ。多いよと忠告を受けていた、子ども強盗軍団に。 ふらりとランチに入ったレストランが期待以上に美味しくて、いい気分で出てきたところを10人ほどの子供たちに取り囲まれ、ひとたまりもなかった。3人グループの全員が財布をすられ、そのうち1人はクレジットカードまでやられた。私ともう1人は現金とカードを別にしていたのでカードのほうは助かった。しかし友人2人はその場で腰砕けになったと同時に座り込んで泣き出してしまった。 私は2人に先に泣かれたせいか、最初のショックが過ぎると意外に平気だった。 とにかくクレジットカードを停止しなければ、それから盗難保険の請求に警察に行って盗難届けをださなくちゃ、そして駅のロッカーに預けてある荷物を取り出して、帰りのパリからの飛行機は3日先だしパスポートは無事だし、私のクレジットカードは生きてるんだから、予定通り次の目的地エズに行って旅程を続けようよ、と2人を叱咤激励した。駅に戻ってロッカーを開けようとして、3人ともロッカーの暗証番号を書いた紙を財布に入れていたせいで、見事旅行カバンまですっからかんにやられていることに気づいた時も、私はもう笑うしかなかった。あーあ、この先3日間、着替えもなし? 落ち込んだままの2人を引きずるようにニース警察に行き、時間がきたからと窓口を閉めて帰ろうとした係官に、フランス語もできないのに食って掛かって何が何でもその場で盗難届けを発行させ、さらに電車に乗ってがけを登って断崖の上にあるエズという小さな町まで何とか到着した。クレジットカードを取られた友人はまだ落ち込んだままだったが、もう1人が何とか立ち直ってくれたので、2人で夕食に出かけてこじんまりしたレストランに入り、ワインで乾杯した。とても美しい街だった。 長々と何を言いたいかというと、人生って予期せぬ危機が訪れるもの、ということだ。 仕事をしていても同じ。突然パソコンがクラッシュしたり、顧客から依頼を受けていた作業分量と実際に届いたファイルの量が全く違っていたり、子どもが突然熱を出して病院に行かねばならず、仕事をするはずの時間が大いに削られてしまったり。ピンチの種は数え上げてもきりがない、予測できないからピンチになるのだし。 そんなとき、さめざめと泣いてうずくまってしまうか、くっそぉ〜負けるもんかと立ち上がれるかの違い。今、何が問題で、最低限何が必要で、どうすればそれが手に入るかを考えられる気力。必要な情報や手助けをかきあつめられる能力。何が何でも目標を達成しようと突き進むど根性。これらをひっくるめて何ていうのか分からないので、とりあえず人間力って言っておくけれど。分かっているのは、泣いたって溜め息をついていたって、事態は絶対に改善しないということ。 で、エズから先はどうなったかというと、翌日、列車でパリに戻るのだけれど手持ちのお金は乏しいので指定席は買わず、数時間を連結付近で立ったまま。パリではできるだけ安くて、ただし安全そうな宿を見つけ、それでもお土産ショッピングに繰り出した。このあたりで、ずっと泣いていた友人もようやく元気を取り戻してくれた。傑作はド・ゴール空港でチェックインする時だった。チケットを出したらグラウンドホステスのお姉さんが変な顔をした。「荷物はないのですか?」 そりゃ不審だっただろう。若い女性が3人、化粧もせず日焼けした顔でぼさぼさの髪、よれよれの着倒したTシャツと短パンと小さなショルダーバッグだけで、パリから日本行きの飛行機に乗ろうというのだから。若かったあの頃、である。
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| 2007年 1月 9日(火) |
パンの笛 |
書物の効用
いよいよお正月休みも終わり、本格稼動の日々が始まりました。今日から息子の小学校も再開し、こちらもようやく一息、と言ったところです。 ブランクというのはいつでも怖いもので、今回のようにほぼ10日近く一切仕事をしなかったりすると、仕事を再開したときにひどく能率が落ちていたり(ってそれは避けられませんが)、はたまた能率のみならず能力が落ちていたりしたらどうしよう、と仕事に手をつける前からドキドキしてしまうものです。そんな心境を反映してか、初夢は見事に、納期が迫っているのに時間が全然足りなくて、切羽詰っているというものでした…。目が覚めたときの焦燥感たるや、尋常ではありません。今年も一年、気を引き締めていきなさい、という神様からのメッセージだったに違いありません…。 ところで、新年初のお仕事は、非常に日本語の表現力を求められるものでした。常日頃から、表現に工夫のし甲斐のある仕事をしたい!と吹聴してまわっている私。こういう仕事をいただけるようになったことは、本当に嬉しいものです。当然、その期待に応えたいとは思っていますが、こういう性質のお仕事の場合、実力が如実に反映されてしまうのも事実。特にクライアントからは顔の見えない在宅翻訳者としては、アピールの場は成果物しかないわけですから、そこで「さんざん考えてもこの程度だったのね」と思われては、翻訳者人生もおしまいです。(ちょっと大げさかな? でも心境は正にコレです。)そこで、ブランクを埋める意味も込めて、自分なりに精一杯、豊かな表現を心がけた…つもりです。今回は原稿自体は非常に短いものだったため、原文の単語一つ一つに思いを馳せながら、訳してみました。英語の単語と日本語の単語はもちろん一対一ではありませんから、それぞれの単語からイメージされる事柄の最小公倍数に当たる表現を探し、それでいて完成した訳文そのものが自然な流れになるよう、自分の言語感覚、そして手持ちの辞書を総動員しています。 今回、いつもよりちょっと多めに辞書を引いていて、思い出したエピソードがありました。私は翻訳業に着く前、ほんの短期間でしたが、翻訳学校に通いました。私が通った講座の先生は、まだコンピュータの黎明期に外資系コンピュータ会社の日本支社に勤務して、翻訳も手がけていたベテランの先生でした。コンピュータの根本的仕組みに対する造詣も深く、その先生からは翻訳の手法以外にも、多くの知識を授けていただきました。ですが、おそらく退職されてからかなりの期間を経ていたのではないかと思われます。新し物好きの私は、最初の授業に辞書を数種類インストールしたパソコンを意気揚々持参して行ったのです。すると先生から開口一番、「辞書はパタンと閉じたときに音のするものがよろしい。コンピュータの辞書は邪道です」と言われてしまいました。あまりに突然の発言にびっくりしたのは言うまでもありません。しかし、私も私なりの考えがあって採用した手法でしたから、やや意固地になって、結局そのままパソコンを持参し続けたのです。もちろん、先生からいい顔をされなかったのは言うまでもありません。それ以来現在に至るまで、やっぱり私のメインの辞書はパソコンにインストールしたものや、インターネット経由のもの。でも、今回は、手元の紙の辞書も活用する必要性に迫られていましたので、紙の大辞典や類語辞典などもたくさん机に引っ張り出してきて調べものをしました。すると、コンピュータの辞書を利用したときには感じなかった、なんともいえない豊かな気持ちが感じられたのです。細かく分析すれば、例えば言葉を一つ調べただけでも、視野の中に他の単語も目に入って、それぞれの単語のニュアンスの違いを無意識に感じ取ったり、自分が調べている単語からどんな単語が派生して生まれたのかということを知ったりする、というのも要因の一つだったと思います。そしてそれに加えてもう一つ考えられるのが、本の「匂い」。私自身が所有している辞書はどれもそんなに古いものではありませんが、それでも紙独特の匂いがあります。その本から漂う紙の匂いに包まれていると、とても豊かな気持ちになります。そしてその気持ちを以って文章を考えると、それまでよりもずっとスムーズに訳文が思いつくように感じられたのです。今さらにになって、あぁ、あの先生のおっしゃっていたことも理にかなっていたんだと悟った次第です。仕事がはかどったと考えたのは、本当は私の気のせいかもしれません。でも、それが私の仕事ぶりにいい影響を与えるのなら、それでもいいのです。鰯の頭も信心から。単純な人間は、こういうとき得です。能天気にもそう考えて納品までこぎつけました。これで晴れやかに明日を迎えられそうです。 |
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| 2007年 1月 8日(月) |
かの |
通訳者にとって「理想の通訳条件」とは?(パート2)
先週に引き続き、通訳する上での理想条件について。今回は後編。
(8)故事成語・業界用語を使わない
これは通訳者側の勉強不足と表裏一体なのだが、難しいことわざが出てくると一瞬詰まってしまう。また、その言語でしかウケないジョークも訳し辛い。社内の伝説的事件(?)なども!
(9)通訳業務前にブリーフィング時間を多めにとってほしい
一番大変なのが「事前資料なし、会議内容が不明、当日会場に行ってみたら大量の資料アリ、集合直後から通訳開始」というもの。いつもこういう酷な条件ではないが、たまにあったりする。
(10)通訳しやすい机とイス。水の用意
私が今までやった中で一番驚いたのはガラスの超小型サイドテーブル、後ろにひっくり返りそうなフカフカ応接イス。机が小さいと資料・辞書・メモ用紙などが広げられない。理想としては自分でイスの高さを調整できるもの。人間工学的に見て誰もが同じ高さのイスを好むわけではないからだ。飲み物はやはり水がベスト。フタつき緑茶だとフタを取る手間がかかるし、片手では飲めない。茶たくにくっついていることも。ちなみに面白いところではトマトジュースが出されたこともあった。
(11)通訳者からスクリーンが見えること
通訳者を使い慣れたクライアントは見やすいところに通訳席をセッティングしてくれるが、時々スクリーンを背にして配置されることもある。気を利かせてスピーカーの隣ということもあるが、スピーカーの真横よりも、スクリーンが見えて、なおかつスピーカーの表情が読み取れる場所だと通訳しやすい。
(12)メモ取り中に通訳者に話しかけない
逐次通訳のとき、社内のスタッフが親切心から用語を教えてくださることがある。でもこちらはメモを取りながらスピーカーの発言も聞いているので、話しかけられると思考が中断してしまう。通訳者が落としてしまった部分を横でボソボソ言われるのも冷や汗モノ。
(13)音声マイクのチェックは事前にしておいてほしい
大量の資料と当日初めて「ご対面」し、その解読に集中する中、「すいません、通訳さ〜ん、マイクチェックお願いしま〜す」と言われることがある。一方こちらは内心「じ、時間が・・・」とカウントダウン状態だ。
(14)ビジネス会議の場合、話すのはお一人ずつで
同時に複数が話し出すとすべての発言を通訳できない。周囲の咳やクシャミ、部屋の外から聞こえる音も通訳者を苦しめる要因になりうるのだ。
以上、14項目を挙げてみた。きっと「クライアントから見た理想的な通訳」というのも存在するのだろうなあ・・・。 |
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| 2007年 1月 5日(金) |
まめの木 |
栗きんとんへの愛
明けましておめでとうございます。 みなさまにとって素晴らしい一年となりますよう、心よりお祈り申し上げます。 本年も如是我聞・自問自答・愚考三昧の数々にお付き合いいただければ幸いです。
というわけで、新年早々過去を振り返るような話で恐縮だが、昨年は12月22日が仕事納めで、フリーランスになって初めて年末を思う存分満喫することができた。 大人になってから、どんなに忙しくても欠かさず行う年末行事がある。 @\tクリスマスにケーキと骨付きチキンを食べること。 A\t大掃除をすること。 B\t黒豆と栗きんとんを作ること。 この他、ボストン・カメラータの『中世のクリスマス』とベートーベンの第九を聞く、海老天入りの年越しそばを食べる、なども恒例行事だが、この3つはどうしても外せない。一昨年は大晦日まで仕事が入っていたため、Bの「黒豆」しか達成できなかった。神様はその時の無念さをよく覚えていてくださったのであろう、今年は3つの課題をすべてこなすことができた。こんな義務を自らに課してストレスや罪悪感を覚える必要などないのだが、幼少の頃から10代までに染み付いた記憶とは恐ろしいもので、3つすべて行わないと無事に年が明けた気がしない。@とAは子供の頃からの習慣でもあるが、特に大掃除はドイツ人の誰かがいつか『整理整頓は明確な思考をもたらす』と言っていたのを聞いてから、『これを怠ると頭が混乱したまま年を越してしまうのでは…』と、ほぼ強迫観念と化している。年が明けてから大掃除をしても、給食を時間内に食べ終わらずに昼休みになっても一人寂しく教室で食べているような気分と似ていて、一向に盛り上がらないのである。Bの黒豆・栗きんとんに関しては完全なトラウマである。親戚中の子供の中で一番年上だった私は、大好きな栗きんとんがお重に入っていても、我先に手を出すことができなかったことから、『大人になったら自分で作って、鍋いっぱいの栗きんとんを食べてみたい』という夢を抱いてしまったのである。しかも、ある料理番組で料理家の先生が『きんとんはしゃもじですくったときに向こう側が透けて見えるほど、丁寧に練ってくださいね。この黄金色こそ、縁起がいいと昔から言われている所以なんですよ〜』と言っていたのが追い討ちをかけ、大人になったらあんなに甘いもの、おせち料理の中ではあまり喜ばれないのに、縁起物だから…ということで毎年鍋いっぱい作る。黒豆も今は亡き祖母が『喉と声に良い』と言っていたので、何の医学的根拠もないとは知りながら、やはり鍋いっぱい作る。頭にいい、体にいい、縁起が良い、などの言葉にはどうも弱いのだ。お陰で、黒豆と栗きんとんに関しては父親から、母親のよりも味が良い、との評価を得ているが、母は『あれだけの集中力と時間をかけて黒豆と栗きんとんだけ作っていればよいのなら、私でもできる。それは主婦の技にあらず、趣味の領域である。こっちはその他に準備することがいっぱいあるし、色んなものを作らなければならないのだから。』と豪語している。 ちなみに、余った栗きんとんはつぶしてトーストにつけて食べると芋ジャム風でとても美味しい。
今年も自他共に『きんとん色』に輝く年となりますように… |
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| 2007年 1月 4日(木) |
仙人 |
Gentlemen Prefer Blonde
先月、髪と瞳の色合いの話をしたのですけど、髪の色と一般的なイメージについて、思い出したことを。日本で胸の大きい女の人を――まったくイメージだけですよ、一般論ですよ、さらに最近は胸の大きな子が多いのであまり聞かなくなりましたが――頭がよくないみたいな言い方を聞くことってありましたよね? それと同様のイメージが北米では金髪の女性にあったりします。ヨーロッパより、北米のほうがそういう雰囲気が強い気もするのは、イギリスに比べてブロンド比率が低いせいもあるのでしょうか。 受付の女性が金髪、秘書の多くが金髪という状況の会社で働いていたとき、宅配便のお兄ちゃんが宛先のよくわからない封筒を持ってきて、この人はどこの部署? と聞きまわっていました。受付ブロンド1号「知らない」、秘書のブロンド2号〜5号ぐらいまでみんな「知らないわ」、で最終的に副社長秘書ブロンド6号が「残念ながら、私ではお役に立てそうもありませんわ」、とていねいな言い方で追い返そうとしたら、彼が”It’s OK, you’re just a blonde”と言い残して去っていったのです。それからその宅配便会社を訴えるだの、金髪の女の子が全員大騒ぎをしていました。金髪っていうだけで、なんでバカだと思われなきゃならないのよ! と私の親友(彼女もブロンド)が鼻腔をふくらませて怒っていました。 赤い髪の人は勝気、悪く言えば短気で切れやすい、みたいなのもあります。私はもちろん黒髪というかdark brownですが、日本女性って控えめで無口だと思っていたのに、あなたって実は、赤毛に緑の瞳で、そばかすだらけだったりするんじゃない? とか、一時期、朱色の髪にしていたときは、まさに性格にぴったり合った色だかと言われました。 あなたみたいな髪の色だと落ち着いて見られるから得よね、とその親友が言っていたのですけど、いえいえ、日本じゃそれは当てはまりませんから。 今年こそもっと気長な人間になるよう、仙人としての修養を積まねば。 |
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| 2007年 1月 3日(水) |
the apple of my eye |
伝える
みなさま新年明けましておめでとうございます。 どのようなお正月を過ごされていることでしょうか。
最近では、おせち料理はデパートなどで買ってきてお重に詰めるもの、お餅もスーパーなどで買ってくるもの、あるいはお正月も年末から海外に出かけて過ごすものということで、自宅でおせち料理を作りお餅を搗いて三が日はお雑煮を頂くという過ごし方がマイナーになりつつあるのではと思う。 それの善し悪しは個人の判断に委ねるとして、ちょうど年末に、直接は存じ上げないある方が次のように言われたのを耳にした(正確には「書かれたのを目にした」)。 「人生は、大切なことを次へ渡していく伝言ゲームみたいなものだと思う。(中略) 重要なのは“大切なこと”であること。」 親から子へ、師から弟子へ、上司から部下へ、古い世代から若い世代へ。それが伝統の芸であろうが技能であろうが、技術や知識、家訓や家風、習慣であろうが。どんな文明も文化も、積み重ねがあって今がある。人はいつか死んでいくものだけど、死んだから終わりなんじゃない。 伝えられる方も、受け継ぐだけではダメなのだ。受け継いだものを磨き、その時代に合ったもの、あるいはさらに価値の高いものにして、次に渡すのだ。
年末に、吉本のなんばグランド花月に行った。 新旧の漫才を聞く。 「旧」のほうはさすが、年季が入った安定の話術。 確かな芸を感じる。 「新」のほうは、より時代の息遣いを捕らえた新しいトーク。 これからのパワーを感じる。 新喜劇では、最近ドラマで話題になったテーマ、10代の妊娠を扱いながら、私が子どもの頃から見ていた新喜劇の笑いが変わらずそこにあった。小難しい主義主張とは無縁、ただひたすらお客さんに明るい笑いをもたらすこと、それに徹した吉本の姿勢は天晴れ。
映画『父と暮せば』を観た。黒木和雄監督のライフワークである戦争をテーマにした作品だ。内容は、原爆投下から3年後の広島に暮す若い女性(宮沢りえ)と、原爆で死んだ父親(原田芳雄)の幽霊のやり取りだけ。好きな男性ができたのに「大切な人たちが亡うなったのに、生き残ってしまった私は幸せになってはいけんのです」と頑なな娘に父親が言う。「誰かが伝えんならんのや。こんなに酷い別れがあったことを。」
通訳や翻訳は、「伝える」を仕事にする。 それは、上から下へ、過去から未来への「伝える」じゃなくて、ある言語から別の言語へ、ある文化から別の文化へ、横へ、遠くへ、「伝える」仕事だ。「伝える」を怠った時、人と人は決裂し、断絶し、対立する。 勝手な解釈という「付加価値」をつけてはならないが、電子辞書のように右から左に変換するだけでもいけない、人と人との間の意思をつなぐ、大切な、意味のある仕事だと思っている。
年末・年始にたまたま見聞きしたいくつかのことで、ふと感じたことである。
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| 2007年 1月 2日(火) |
パンの笛 |
新年の誓い
皆様、新年二日目、明けましておめでとうございます。今年もリレーブログ火曜の四方山話をご愛顧くださいませ。 さて、年末年始は主人の両親の家を訪ねています。我が家は関東に住んでいるものの、主人の両親は関西在住。なかなか普段は会うこともままならないため、我が家は夏のお盆と年末年始は必ず主人の両親宅に滞在するのを常としています。子供がまだ小さい頃は飛行機や新幹線での遠出は大変でしたが、この頃はすっかり楽になりました。というのも、小学校に入る前の春休みから、一人で先に両親宅に行くようになったのです。そう、飛行機の子供の一人旅行プランを利用しているのです。出発時には搭乗口まで私か主人が付き添い、機内ではスチュワーデスさんが面倒を見てくれ、到着時にはきちんと引渡し相手に引き渡すまで地上職の方が面倒を見てくださるのです。おかげで安心して先に息子を送り出すことができるようになり、働く母としてはこんなに助かることはない上に、息子本人もうるさい両親の存在もなく羽を伸ばして自由にわがまま放題で大満足、そしてさらに、(おそらく)両親も私たちに気兼ねなく息子を好きなように可愛がれるのです。まさにWin-winな状況ですね。こういうときには鬼のいぬ間の洗濯ならぬ息子のいぬ間の仕事で、普段はなかなかできない出勤+残業の仕事を入れることも、そして場合によっては友人との飲み会などの予定も入れることができます。でも、それも数日経つと、なんだか手持ち無沙汰に…。息子もいなければいないで寂しいものですね。普段、忙しくて文句ばかりの自分をちょっぴり反省。家族がそろっていられることに対する感謝の気持ちを再認識しました。今年は仕事も頑張るけど、息子との時間も大切にしよう!というのが新年の誓いの一つになりそうです。 |
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| 2007年 1月 1日(月) |
かの |
通訳者にとって「理想の通訳条件」とは?(パート1)
読者の皆さま、明けましておめでとうございます。今年初のブログは「通訳者にとっての理想的な労働条件」について。これには通訳者の個人差もあるが、私の場合どうなのか分析してみることにする。今日はその前編。
(1)クライアントが資料や原稿を事前に提供してくれる
事前準備がどれだけできたかで通訳のアウトプットも変わってくる。しかし「事前の資料はありません」と言われることも。ところがいざ現地入りしてみると、電話帳数冊分の資料が机の上にあるではないか!ただでさえ緊張しているのに、この光景に遭遇すると、心臓発作を起こしそうになる(ホントに)。
(2)クライアントが専門用語集を作成・配布してくれる
業界特有の言い回しやその企業内部でしか通じない用語などを網羅したものがあるとありがたい。以前、「事前原稿なし、資料なし」の日英同時通訳の会議でギョーカイ用語のオンパレードに遭遇。ノンネイティブの私にとって日英自体が難しいのに、外部の人には決してわからない専門用語がいっぱい!気が遠くなりそうだった。
(3)出席者リストおよび肩書き(日英)、聴衆の数など、周辺情報の提供
「誰が出席するのか分からない」と言われていたのに、当日行ってみたら会場には取締役を始め幹部がズラリ。机に名札も置いていないとなると、誰が誰だかわからない。
(4)契約時間内に通訳業務も終了すること
この仕事、「拘束時間4時間」と言われていたのが、思ったより話し合いが進んでわずか1時間で終了することも。その一方で拘束時間が過ぎても延々と協議が続いたり、あるいはその場になって突然「通訳さん、延長いいですか?」と聞かれたり。お弁当が支給されたので同室でとっていたら「せっかくですから、食べながら続けましょう」となったこともある。
(5)適宜休憩時間をとってくれる
ビジネス通訳のとき、討議が白熱してクライアントが全体休憩を忘れてしまうことも。各参加者は適宜中座しているが、通訳者が席をはずすわけにはいかない。
(6)通訳者に配慮し、ゆっくり話す。ポーズを入れる
難しい交渉の通訳だと、スピーカーがわざと相手に分からないような話し方をすることもある。一方、意味不明瞭だったり話題がそれたり、主語がハッキリしないのも通訳し辛い。
(7)結論から先に言う
たとえば結論に至るまで延々と話し続けられることもある。それが紆余曲折を経た結果だと拍子抜けしてしまうことも。
続きはまた来週。 |
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| 2006年12月29日(金) |
まめの木 |
熱望のエネルギー
会社員を辞めて通訳者を志した時、「ドイツ語なんて絶対に仕事がないから、今のうちにやめて新しい仕事を探しなさい。」という先輩と、「仕事は決して多いとはいえないが、ゼロになることは絶対にないから諦めずに頑張りなさい。」という先輩がいた。対極的な意見だが、お二人とも真実を教えてくれたのだと思う。「絶対に仕事がない」とは言えないが、確かにドイツ語通訳者のためのOJTの機会はほとんどないし、ドイツ語のスキルを買われて外資系企業に就職しても、実際に社内で使う言語は英語ばかり、との話もよく聞く。前者の先輩の言葉は、この業界の厳しさを知った上で「生半可なあこがれで程度は、とても生きていけませんよ」という配慮溢れる助言である。後者の先輩の意見も非常に前向きに聞こえるが、「ここでいう“諦めずに頑張る”程度とは、実は相当なものなのですよ」という、とても厳しいものだ。どちらの助言に耳を傾けるかは自分次第である。実際、この仕事を始めてから「これで終わり」というレベルがないことに青息吐息の毎日である。この道何十年という大先輩も「なにもしないというのは現状維持ではなく、実際にはレベルが下がっているのです。だからレベルアップするには、常に勉強、努力が必要なのです。」とおっしゃるほどだ。 よく、「今の仕事が自分に向いていないから通訳者になりたい。」とか、「会社勤めは何かと環境的なストレスが多いからフリーランスで仕事をしたい。」との声を聞くが、通訳者になったからといって常に自分の得意とする分野で好きな人々に囲まれて仕事ができるわけではない。特に他言語の通訳者ともなれば、今日はオペラ、明日は医療、来週は自動車…というように、次から次へと異なる分野に挑戦しなければならないし、そもそも、最初から向いている職業なんて世の中にあるのだろうか。また、本当に自分のやりたいことなど、そう簡単にみつかるものでもない。幸運にも天職と呼べる仕事にめぐり合い、その道で生きている人たちは、おそらく、つらい仕事や一見いやな仕事を過去にしていたとしても、今の仕事から何を学べるか、またどうしたらどこで自分を生かせるかを常に模索してきたのだと思う。そして、自己観察を怠らずに自分の能力と謙虚に向き合い、必要のないものをそぎ落としフォーカスしていった結果、現在の職業に従事しているのではないか…。 そのエネルギーの源は一体どこにあるのか?
ここで漫画の話を出すと、真面目な読者の皆さまに怒られてしまうかもしれないが、水木しげる氏の短編に『血太郎奇談』という話がある。主人公の血太郎は、将来ドラキュラになることを夢見ている少年だ。寝ても覚めてもドラキュラの本を手放さず、学校では気味の悪い作文を書く息子を心配した両親が担任の先生に相談するくだりに、 父親:「吸血鬼を希望しておるのでございますか」 先生:「希望なんてもんじゃございません。熱望というやつでしょうな…」 という会話がある。氏のコマ割りとセリフのいれ方のリズムが絶妙なこともあり、初めて読んだ瞬間に大笑いしたが、同時に「なるほど!」と開眼してしまった。要するに、“希望”程度では“努力”という行動を起こさせるエネルギーが足りないのである。熱望・切望してやっと手に入れた夢の職業なら、どんなにつらくても諦めずに頑張れるし、苦しくてもつらいとは思わないだろう。 ちなみに血太郎君はめでたく吸血鬼となり、ドラキュラ伯爵に 「おお、わがむすこよ」と抱かれる所でこの話は終わっている。 彼の熱望も成就したわけだ。
今年もあと三日。皆さんは新しい年に何を“熱望”しますか? |
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| 2006年12月28日(木) |
仙人 |
お正月行事
ここ数年、お正月行事としては『24』の最新シリーズのイッキ見、をやっていたのですが、今年は正月を待ちきれず年内に見始めてしまいました。今シーズンは傑作! なのはいいのですが、正月に室内に引きこもって行なう活動の目玉がなくなってしまって、どうしようと思っています。もちろん、何冊か読む本はありますが、何というかシリーズでいっきに、みたいなことをしたいし……。 父が元気な頃は実家でそろってやる百人一首がメーンエベントだったのですが。百人一首をやらなくなった最大の理由は、読み手であった父が亡くなったからなのですが、私たちが高校生の頃、冬休みの宿題だった百人一首の暗記、というのを七歳下の妹の年代からは、やっていないので、上の句だけで札を取れる人が存在しなくなってきて、さらに二十代より下の人たちは、古典すらまるで学んでいないので、字札のひらかなすら読めないから、というこの遊びの根本を揺るがす事態になってきていることにもあります。私の年代にはなかったのですが、姉の年代までは、冬休み明けにクラス対抗で百人一首大会があったようです。同じ高校なんですけど。母が通っていたのは、その隣の高校で、そこでも同じようにあったみたいなので、戦後数十年で徐々にフェイドアウトしていったわけですね。まあ、百人一首という遊びがなくなったって、どうってことはないのかもしれませんけど。ちなみに義兄たち、うちのダーリンとも、まったく百人一首など覚えた記憶がないようですが、これは地域的なもの、それとも理系な彼らは古典への思い入れが少ないから、あるいは彼らが単にバカだから? 昔『エースをねらえ!』にも、百人一首をするシーンがあって、尾崎さんの、「おー、おー、覚えさせられたっけね」というせりふがあったので、全国的に百人一首は覚えるものだと思ってたのですけど。 ニンテンドーDSに読み手してもらおうかな。 |
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| 2006年12月27日(水) |
the apple of my eye |
休まなくっちゃ
翻訳者と一口に言っても、その仕事の内容、専門分野、働き方など様々だろう。 私はここ10年ほど、ほぼ在宅翻訳一本でやっている。 基本的には、子どもが学校と学童クラブに行ってくれている間に仕事をするという建前で、実情はそれ以外の時間帯にも作業をしていることがほとんど。その実態の一部を先週のこのブログでご披露してしまったが、自分の努力も足りない一方で、夜中や週末に仕事をせざるを得ない状況が存在することも、フリーのビジネス翻訳者ならご存知のはずだ。 ある日の夜9時半ごろ、電話が鳴る。その日は金曜日だった。そんな時間に電話が鳴るというのは、1)実家などの家族・親戚、2)子どもの学校関係、3)親しい友人、のいずれかで、用件は結構緊急かもと思うのが普通で、つい電話を取ってしまった。 Surprise, surprise! とあるクライアントさんだった。 「あのー、月曜日の朝までに仕上がりで25枚ほど、お願いできませんでしょうか。」 もうこの冒頭の「あのー」という、いかにも申し訳なさそうなトーンの一言で、瞬間的に嫌な予感が走るのである。しかし生憎、その週末は子どもがらみの用事と、友人とバレエを観に行く約束で埋まってしまっており、お請けすることができなかった。 こういうとき、私は結構うじうじと引きずってしまう。 あー私が断った後、あの担当者さんは何人の翻訳者に打診しただろう。 無事に誰か見つかったのだろうか。 きっと二足のわらじで週末を中心に仕事を請けていらっしゃる翻訳者さんがいるはずだ。 いや、それにしても金曜日のそんな時間に仕事を依頼し、しかも月曜の朝納品を翻訳会社に要求してくる顧客って何を考えているんだ。 いやいや、無理を承知で依頼してくるんだから、よほど切羽詰っていたのよ。 うーん、そういう人ってきっといつもそんな調子で、もっと早くできたものでもギリギリまで引っ張って、他人を振り回しても結構平気な性格なのかも。 もし翻訳者が1人も見つからなかったら、「こんな納期のお仕事は請けられません!」と翻訳会社から顧客に断ってくれれば、2度とこんなタイミングで仕事を頼もうとはしなくなってくれるんじゃないの。 いやあ、それは営業としては言い辛いな。あとで「他の会社でやってもらいました」って言われたら大ショックだし。 それにしても、担当者さんも遅くまで会社に残って大変だわ。断ってしまって申し訳なかったな。 こんな時間じゃなくてお昼頃に電話をいただいていたら引き受けられたかも。 云々カンヌン……。 こういうことを周囲に言うと、 「あなた以外にも翻訳者なんてたくさんいるんだから大丈夫よ。そんなに何でもかんでも引き受けていたら、いったい自分はいつ休むの」 などと軽くいなされてしまう。で、まったくその通りなのだけれど。 これが別件の仕事で週末が埋まっているのであれば、もう少し堂々とお断りできるのだが、どうも自分が休むのに、折角仕事を依頼しようと電話をかけてくださった方に申し訳ないという気持ちが、うじうじを誘うのだ。 もちろん、翻訳者だって家族もいるし、友人と会う時間も必要だし、休みは当然取らなければ心身ともに続かないのだ。なにしろ小心者でいけませんな。 というわけで、実はもう年末休みに突入している。クリスマスの週末から合わせると正月明けまで2週間近く休めるなんて夢のようだ。あの本も読もう、この映画も見ようと、やりたいことも一杯、あそこに行って、これをして、と。
はい、小心者なので、その休みの言い訳だけに1回分のブログを使いました。 良いお年を。
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| 2006年12月26日(火) |
パンの笛 |
きわめて個人的なスケジュール管理術
いよいよ年末も押し迫ってまいりました。あと数日で2006年も終わり。ということで、来年の手帳を買いに出かけました。完全在宅型の翻訳者としては、手帳の利用の仕方も一風変わってくるのが現実です。というのも、あまり細かく色々手帳に書きこんでも、結局手帳を見る前にリビングのカレンダーやPCのOutlookを頼りにしてしまうのが現実。そこで私が導入しているスケジュール管理術は…手帳+2週間予定の分離管理術。手帳は、月次+とにかくメモスペースがたくさん!の手帳を選びます。予定を細かく手帳に書き込んでも、所詮家にいるので、手帳に細々と書き込む手間を取る意味がありません。むしろ、キッチンの横のカレンダーと、自分の手帳にさえ大まかな予定が書き込んであって、それを把握できていればそれで良いのです。持ち歩く手帳には、予定管理以上に備忘録の役目を果たしてもらいます。外出先で今度読みたい本を思いついたとき、美味しそうなメニューのレシピを聞いたとき、何かの会合に出席したときのその内容、決まった日にちまでに何かをしないといけないときのそのタスク、こんなときはいつでも手帳のメモ欄にメモを取るのです。そして、気が向いたとき、もしくは必要に迫られたときにその内容を紐解くのです。何よりも肝心な仕事の予定は、手帳とは別に2週間ごとの予定表をPCの横に貼って管理します。私は2週間分の空のフォーマットを自分で作成しています。日曜始まりの2週間分の予定表。上が仕事、下がプライベートの記入欄になっています。そして、予定の都合上仕事ができないとわかっている日は仕事欄に斜線を引きます。仕事ができる日は仕事欄にその内容を、そしてプライベートにも予定がある日はプライベート欄に内容を記入します。たいていの仕事は2週間のスパンの間に収まるものばかり。2週間分の予定を目に見える位置に張り出しておけば、先の予定を俯瞰できて、優先順位を決めやすくなります。張り出すのは2週間分ですが、更新は1週間おき。どんどん先の予定が入ってくるので、1週間経った頃には予定表の様子はガラッと変わってきます。予定表に書き込みが増えてくるのも、また楽しいものです。今貼ってある予定表は、年末年始の休暇を見越して斜線ばかり。一年を振り返り、来年に希望を抱くためにも、充電期間は必要ですね。29日からは主人の両親の実家に帰省します。次回のリレーブログはお正月期間真っ只中からですね。皆様、良いお年をお迎えくださいませ! (写真は年末+年始の2週間の私の掲示タイプ予定表。忙しいのはプライベートばかり?)
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| 2006年12月25日(月) |
かの |
技術者の自己満足
とうとう我が家のビデオデッキが壊れた。元々このデッキ、3年前に引っ越してきたとき、伯母宅のお古を頂いたものだ。製造は1983年。西暦2000年問題にも対応していなかった。でも映像翻訳作業による酷使も何のその、実によく動いてくれた。 新しいデッキを買いに行ってみると、あるわあるわ。VHS単独デッキなど既に時代遅れで、HDDにDVDは当たり前の時代。しかも価格は数万円台からある。私などは音楽CDが一枚5千円の時代を経験した世代。そんな人間にとって、この技術の進歩には目を見張るものがある。正直、ついていけない。しかしそんなことも言っていられないので、とりあえずVHS録画再生機能を最優先しつつ、HDDとDVD対応のものを入手した。 帰宅して梱包を開けてみると分厚いマニュアルが。パソコンや携帯電話同様、とにかく今のマニュアルはすごく読み応えがある。以前の私なら家電の取扱説明書を隅々まで読んだものだが、今はとてもとても。こちらとしてはVHS録画と再生ができればよいので、残りの機能の習得は別に後回しでも構わない。何とか「VHS録画再生」の説明を読んで試運転を確認し、一件落着となった次第だ。 それにしてもどうして最近の家電はこれほどの機能がついているのだろう?ファクス、電子レンジ、オーブントースター、洗濯機からパン焼き機に至るまで、どれも多様な機能が付属している。しかしこのすべてを使いこなしている人は実は少ないのでは?メーカー側にすれば「これだけの機能をつけました」ということで技術力をPRできるし、機能が多ければ多いほどセールスポイントにもなる。しかし言い換えれば、これは技術者の自己満足との見方もできるのだ。消費者のニーズよりも技術力の証明ということになる。 これは通訳業務にも当てはまる。クライアントの中には「一字一句もらさず、すべて訳して欲しい」という人もいるが、その一方で「長々と通訳するよりも、ポイントを抑えたメリハリのある通訳が好ましい」という人もいる。つまり「全訳=通訳者の自己満足」とクライアントにとらえられてしまったら、先の「技術者の自己満足」と同じになってしまうのだ。私自身、通訳業務の際はクライアントのニーズを最優先するよう、常に自ら言い聞かせるようにしている。 |
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| 2006年12月22日(金) |
まめの木 |
ありがとう、先輩!
私は本当に幸せ者だと思う。なぜなら、うんと若い頃から“ここぞ!”という場面で、必ず人生の良き先輩にめぐり合えてきたからだ。良薬は口に苦し、ではないけれど、良き先輩のアドバイスは常に耳に心地良いものばかりではない。 帰国後初めて正社員として働いた会社でお世話になった先輩も、多くの良き先輩の一人である。今では年齢を超えて友達付合いをさせてもらっているが、当時は息を吸うだけで文句を言われるのではないかと思う程、よく怒られた。今から考えると当然である。社会的常識がゼロに等しかった私を、よく諦めずに育ててくれたと思う。彼女と出会わなかったなら、とても今の仕事はできなかっただろう。電話対応や名刺の出し方、TPOに合わせた服装のこと、お客様や職場でのコミュニケーション、人前での立ち振る舞いや話し方など、社会人として必要なことを何から何まで教えてもらった。今でも、判断に迷う時には「彼女だったらこの場合どうするか…」と考えることがある。 彼女の金言の数々、どのようなフィールドで働く場合でも通用すると思うので、ここで是非皆さまに紹介したい(ただ、私がどれ程だめな人間だったかも同時に公開してしまうことになるが…)。
「20代なら可愛い失敗ね、で済むけど、このまま30代、40代になったら誰も相手にしてくれないわよ!」 「上司としてあなたをフォローすることはできる。でもこの会社に世話になる限り、会社の方針に反した言動や迷惑になる行動については自分で責任を取りなさい。」 「必要もないのに自分の知識をひけらかすのはやめなさい。見る人が見れば、あなたがどれ程の人間か、すぐに分かるのだから。」 「“私の責任ではありません”と言う前にまず“すみません”と言いなさい。」 「頭に来た時ほど“ごめんなさい”と言えるようになりなさい。」 「自分に出来るからといって、他人に同じことを期待するのはやめなさい。」 「後輩に注意するときには必ず逃げ場を用意してあげること。いざとなったら自分に任せろ、くらいの気持ちでないと、誰もあなたについて来ない。」 「人を責めることと愛情を持ってしかることとは違う。」 ただただ厳しいだけの堅物ではなく、ユーモアのセンスもあった。 「いいこと教えてあげる。人の話はとにかく黙って最後まで聞くこと。うちの母がよく言ってた、バカは3年黙っていればバレないって(笑)」 「あなたの長所は、一度注意されたら同じミスを繰り返さないこと。でも新しい失敗を発見することにかけては、あなた天才ね!こっちは命がもたないわよ…(笑)」
厳しい言葉の数々に反発を感じ、彼女と衝突することも度々あった。彼女の本当の優しさが分かったのは、会社を辞めた時である。 「入社した頃と比べて本当に成長したわね。あなたは頑固だけど聞く耳だけは持っていたから、厳しいことも言ってきたの。若いんだからこれからいっぱい勉強して、今度は私に色々教えてね。」 自分が育てた者に対して「教えて」と言える、なんという大きさだろう。 私の親とほぼ同じ年齢の彼女は同じ時期に会社を辞め、起業して社長になった。当時ですでに50代半ばを過ぎていた。今は会社の経営に趣味の社交ダンスにと、いつ見てもしゃきっと姿勢良く、きらきら輝いている。誕生日に「おめでとう」とメールを出すと、「おだまり!私は年なんか取らない。」と返事が来る、そんなチャーミングな女性なのだ。 |
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| 2006年12月21日(木) |
仙人 |
All I Want for Christmas
「クリスマスの歌」として何を思い浮かべるかを聞くと、結構その人の年齢や、どういう生活を送ってきて、どういう趣味なのか、つまりは自分と話が合う人かどうかがわかると思いませんか? もちろん、ジングル・ベルとか、さらにはもっとオーソドックスな曲を連想される方も多いとは思いますが、私にとってのクリスマスソングの代表は、”Happy Christmas(War Is Over)”ジョン・レノンとオノ・ヨーコのあの曲です。中学生の頃”Happy Christmas, Yoko”-”Happy, Christmas, John”という出だしのささやきを友だちとよく真似ていたことやその情景が頭に浮かびます。 私より少し若い人がワム!のLast Christmasだと言うのは、とても納得します。今聴くと、ジョージ・マイケルって才能豊かだったんだなあと改めて思います。去年だったか「ジョージ・マイケルの素顔」とかいうドキュメンタリー映画があって、映画を観たわけではないのですが、彼が『ボヘミアン・ラプソディ』を歌う部分のフィルム・クリップを目にする機会があり、歌手としてのすばらしさも、再認識しました。クイーンの曲は、どうしようもない天才ボーカリストのフレディ・マーキュリーが歌うことを前提にして成り立っていて、他の人が歌ってもフレディって本当に歌がうまかったんだな、と感じるだけ、下手するとカバーした人の歌唱力のなさだけが際立ったりします。しかし、G・マイケルのはheart & soulが伝わってきて、やはり音楽シーンに戻ってきてほしいなあと思ってしまいました。 ライブ・エイドの二番煎じみたいなので”Do They Know It’s Christmas?”とかいうのもあって、これにもG.マイケル参加してたような気がするんですけど、ちょっと押し付けがましさが好きじゃなかったかな。もっと若くなるとマライア・キャリーとかでしょうかね。なんだかんだ言っても、この曲も結構好き。 ああ、サンタが街にあふれてるなあ。 |
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| 2006年12月20日(水) |
the apple of my eye |
Time Is Money
仕事人たるもの、時間の有効活用は必須である。 では自分はそれが出来ているか、というと「イエス」と「ノー」が現実。 まず「イエス」の部分。 小学校低学年の息子を抱えているので、家事や子どもにかかる時間と仕事の時間、それに睡眠時間を含めた自分の時間をどう配分するかが最大ポイント。これを誤ると、生活が崩壊するか、身体や精神が崩壊するかである。 長年の経験でたどりついたのは、家事は最小限にというルール(料理以外の家事は好きじゃないという話もある)。なぜって、仕事の時間は削るわけにはいかないし、子どもとの時間は確保してやらないと子どもを持つ意味がない。自分の時間を削りすぎると精神・身体衛生上よろしくない。子どもにはちゃんとした食事と綺麗に洗濯した衣類を与えるが、家の中が少々汚くても死にはしない、というのが持論(勝手な)。 朝は子どもの登校に間に合う程度のぎりぎりに起きる。前夜、遅くまで仕事をしていることが多いからだ。45分程度で子どもを送り出すと、自分の朝食・洗濯・キッチンの片付け・家の中の雑用を同時進行で開始する。コーヒー用のお湯を沸かしながら前夜洗った食器洗い機の中のモノを収納しながら電子レンジでミルクを温めトースターでパンを焼き、果物の皮を剥きながら子どもの食べた朝食の食器を片付け、洗濯物を干しながら通りすがりに散らかったリビングをさっと片付け……といった具合に。現在住んでいるマンションを購入する時のポイントは、リビングとキッチンと風呂場・洗面所と洗濯物を干すベランダと自分の仕事部屋がすべて隣接しあっていること。これで家の中の動線がとても短くて済む。在宅翻訳者に大邸宅は要らない、がもう1つの持論(現実、という話もある)。 在宅で働いているのでありがたいのは、仕事の間の休憩時間をこまめに家事に回せること。肩が凝ったら立ち上がって朝食の後片付けをしたりお鍋をさっと洗ったり、お茶を入れながら夕飯の下ごしらえ、など。「ながら」族どころじゃない、「ながら×ながら×ながら」族くらいの勢いだ。 買物は宅配を最大限利用。 書籍やCD、DVDを過剰購入に陥るのが難点だけど、子どもの衣類や日用品や日々の食材もほとんど宅配。買物に出る時間がもったいないから。しかも我が家のマンションは正面玄関の向いに魚屋とコンビニがある。豆腐屋まで30メートル、郵便局までは50メートル。お弁当屋やファストフード、八百屋が並ぶ商店街だって150メートルくらい。モノグサな私のためにあるかのような立地である。朝刊を取るついでに玄関を出て牛乳とヨーグルトを買うのに3分、という有り難さ。 で、問題の「ノー」の部分。 翻訳をしながら、調べたいことがあってインターネットを立ち上げるともう、止まらない。検索したい事柄で興味深い事実があったり、チラとネットニュースで何かの話題を見つけたらそれを読みふけってしまう。例のロンドンで死んだ元ロシアの情報部員や「切り裂きジャックの再来」事件の話題を The Times ではどう報道しているのか、仕事に直接関係ないのに読みに行ってしまったりなんて、ニチジョウチャメシゴト(茶飯事/茶目・仕事?)である。 インターネットで最近よく訪れるのは某SNS。翻訳や英語関連の「コミュニティ」にいくつか登録して、これが結構役に立ったりもする。様々な人の知識を無料で共有させてもらえるのだからありがたい。利用するばかりではフェアではないので、時々は投げかけられた質問に回答を書いたりもする。最近も、不動産のリース契約で貸し手と借り手を英語でどう言うか、なんて話題があった。Landlord /Tenant というのが一般的なのか、Lessor / Lessee はどんな時に使うのか、などと意見が飛び交う。深く考えたこともなかったような問題に気付かせてもらえるが、面白くてつい時間を取られすぎないように注意しないといけない。 さらにメール上での「筆まめ」は困りもの。職業柄、キーボードを打つことに抵抗がないため、来たメールにはかなり速攻で返信し、しかも相手がたじろぐほどの長文になることもしばしば。仕事がある程度目処が立ったら、さっさと寝ればいいのに、メールを書いたりSNSに書き込みをするために日付が変わってもまだPCの前にいるなんて、我ながらアホかいなと思うのだが……。 来年はもっと「ノー」の部分を改善したいものである。
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| 2006年12月19日(火) |
パンの笛 |
それは同じか別物か
ご多分にもれず「のだめカンタービレ」にハマっています。でも、私の場合は原作の漫画の方。ドラマ化されて話題になっていたので気軽に手にとってみたところ、すっかりのだめワールドにハマってしまったのです。普段はなかなかドラマを継続して見る時間も確保できないこともあって、ドラマの方は見ていなかったのですが、あまりに漫画が面白かったのでここ何回かはドラマも見ています。しかし…あのドラマもとても良くできているとは思うし、何よりも音楽がテーマである作品だけに実際の音楽を聴けるというのは魅力的なのですが…どうも私の抱いているイメージとキャラクターや、状況設定が若干ずれているのです。こういう場面に遭遇してしまうと、なんだか自分の中の「のだめワールド」が汚されたような気さえしてきてしまって、ちょっと損をしたような気分になってしまいます。 中学生の頃だったか、源氏物語の漫画が流行ったことがありました。さっそく読もうと息巻いていた私に向かって父は、「いきなり漫画ではなく、まずは原典を読みなさい。源氏物語は原典は難しいのであれば、口語訳したものを先に読んで、自分のイメージを作り上げてから漫画を読むようにしなさい。」と言ったのでした。当時はちょっと面倒だなと思ったりもしましたが、文章で読んだ源氏物語の世界は、そのイメージに奥行きがあって非常に面白く感じたものでした。そしてその後に漫画を読んでみると、確かに私のイメージとは違う印象の場面も多々あったのです。主だった部分はもちろん同じなのですが、細部が微妙に違うのです。読んでいてつい、「ちがーーう!」と怒りを感じることも…。そして、文章と絵、絵と映像、という違いはあっても、今回の「のだめ」にしても、同じことなんだなぁ、とふと思い出したわけです。これは翻訳をする際にも通じる話でもあります。英語の文章を日本語にする際には(もちろんその逆でも)、なるべく原文に忠実な訳文になるよう心がけていても、無意識に自分の目線というものが必ず入ってしまっています。そうすると、その自分の目線を介した、自分の理解と解釈に基づく訳文にどうしてもなってしまうのです。根幹は同じでも、枝葉末節が訳者である私のワールドに染まってしまうのです。実務翻訳の場合には、用途によってはむしろ枝葉末節を受け手に応じて変える必要がある場合もあります。例えば、レターの翻訳を頼まれた場合などは、受け手の文化や習慣に合わせて、ただ文章を訳するのではなく、相手にとって自然なレターになるよう補足をするのです。ある意味、出来上がった翻訳文は原文とは「別物」なのです。でも、例えば文芸作品のような「作者ワールド」が最も重要である場合には相手のための補足はもってのほかで、訳者のワールド=「別物」であってはならないのです。原作者の世界をどれだけ正確に、感性豊かに読み取れるか。それには、原文をとにかく繰り返し読む!というのが鉄則だと思います。読んで読んで、もう暗記しちゃった!というくらい読めば、そのうちに原作者のワールドが乗り移ってくるのです。枝葉末節も、文章に書いていない登場人物の性格の裏側までもが文章の端々から感じ取れるようになってくるのです。よく言われる、”read between the lines”というヤツです。何も足さない、何も引かない、それでありながら日本語の美しさを損なうことなく「作者ワールド」を表現できる訳文を目指して、日々、原文を読んで読んで読みまくっています。翻訳をした後に、「やっぱり原文が一番よね」と言われない翻訳者を目指して…。 |
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| 2006年12月18日(月) |
かの |
さあ、どうする?
「事前の資料はありません」と言われて当日通訳現場に行ってみたら、机の上には大量の資料が。 この状況、毎回とは限らないが、ここ近年かなり増えてきている。確かに会議によっては何日も前から読み原稿をいただける。しかしその一方でまったく入手できず、いざ現場に着いたら原稿・資料がドッサリということもあるのだ。さあ、どうする? この状況に直面したとき、通訳者なら二つの考え方ができるだろう。 一つは「え、聞いてないよ〜!こんなにたくさんの原稿、今さら渡されてもどうやって読みこなせばいいの?しかも作成日付、昨日じゃない!だったら夜中でもいいからファクスで送ってくれれば良かったのに〜!!」と思うタイプ。血圧は最高潮。 もう一つは「あ、今回も現場で原稿と『ご対面』かあ。ま、最近こういうケース、増えてるからね。元々『原稿なし』って言われて、『じゃあ資料ゼロの中、最善を尽くすしかないなあ』って思って来たんだし。今から読みこなすのは大変だけど、ないよりはマシよね!」ととらえるタイプ。心拍数は最高潮だが、ゴチャゴチャ考えるよりとにかく早く眼前の資料に目を通そうと必死になっている。 以前の私は確かに前者のタイプだった。通訳現場そのものの雰囲気にただでさえ圧倒されている中、そういうイレギュラーに直面してパニックになっていたのだ。しかし、子どもたちが生まれてからは後者の考えに近づきつつある。 何しろ小さい子どもが二人いる中、限られた予習時間で新しい知識を得られただけでも感謝モノ。保育園から『お熱出ました・お迎え来て下さい』コールがかかってこなかっただけでも、こうして仕事ができるのだ。さらに我が家のように5歳や3歳といえば、気まぐれ・大泣きが日常生活の中では当たり前。「やりなさい」と言われたことはすぐにやらないし、何度注意しても同じことをまた繰り返す。子どもの理不尽かつご無体な要求に比べれば、社会人としての常識を兼ね備えたクライアントに対しては大らかになれてしまうのだ。 |
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| 2006年12月15日(金) |
まめの木 |
ウィーン人の本音と建前(その2)
ウィーン人とドイツ人は明らかに違う。 言葉以上にこちらの真意を観察している波動がヒシヒシと伝わってくる。さらに言えば、この客は本当に芸術鑑賞する資格があるのか、外国での買い物ついでに酔狂で劇場に立ち寄っただけか、社会的にどのような立場にあるのか、どのような生活をしているのか等々、ニコニコ会話しながらじっと見ているのである。 おまけに女性の声のトーンもドイツ人よりはるかに高い。以前、通訳者の勉強会で、在日ドイツ大使館に勤務しているドイツ人女性が「日本人女性は甲高い声でやたらとニコニコ話しますが、ドイツ語はニヤニヤしながら高い声で話せる言語ではありません。腹にしっかりと力を入れ、日本語よりもずっと低めの声で抑揚をつけて話し、過剰に笑顔を振りまかない方が信頼されるのです。」と力説していたが、いやいや、ウィーン女性は日本人に負けないほど高い声でドイツ語を操り、笑顔が固まってしまうのではないかと心配になる程、眩しく微笑んでいた。 そんなことをつらつら思いつつ石畳の道を散歩しながら、この街にはハプスブルク君主国がとっくの昔に崩壊した今でも、もしかしたらカースト制のような身分の違いが目に見えない形で残っているのではないか、と感じた。やはり600年も続いた帝政の影はなかなか拭い去れないのか…。皇帝フランツ・ヨーゼフ一世が完成させた煌びやかな街の風景の下に眠る、ペストや拷問で死んでいったおびただしい数の人々の骨。その上を今日も世界中から集まった人々が闊歩する。 まさに光と影の街、ウィーン。 しかし面白いことに、これらは決してネガティブな印象ばかりではないのである。日本人に勝るとも劣らない笑顔や声のトーン、また言葉から人となりを観察する能力もさることながら、“粋”を心得ているところも日本人の美意識に通じるものを感じた。コンサートが終わった後も、指揮者の出来や演奏解釈についてドイツ人のように大声で分析したり、まるで自分が演奏者や俳優になったがごとくに熱く哲学をぶったりはしない。カフェに入ってコーヒーやシャンパンを片手に、芸術がもたらしてくれる生活の潤いを楽しむ余裕があるのである。帝政の闇の部分を内包しながら決して浪花節にならず、燦然と光を放っている。レジで待たされても、ドイツ人のように「なにやっとるんじゃあ!!」と怒鳴ったりしない。ウィーン人だってイライラすることもあるのだろうが、いわゆる無粋なことを極力嫌い、しゃれを楽しむ心を持っていることには感心した。
以前、ウィーン人の某芸術監督にインタビューした際、面白いことを聞いたことがある。 エゴン・フリーデルという小説家が 「ドイツとオーストリアを隔てる唯一の壁は共通の言語である。」と言っているそうだ。 この言葉を聞いてインタビュアーの某先生、 「言葉の意味は理解できるのですが、内容的にはどのような意味なのでしょうか?他のすべては共通していて、言語だけが異なる、あるいは…??」 といささか混乱してしまった。この先生はご自身がドイツに留学されていたため、この言葉に込められたものすごーい嫌みに気が付かなかったのだ。もちろん、私も当時はまったく真意を理解できなかった。後になってウィーン人の同僚に聞いて、この本意が「一応、同じ言葉を使ってはおりますがねぇ、あんたがたドイツ人と私たちはまーったく根本が違うんでござんすよ〜。」 というしゃれた嫌みであることがわかったのだが、今回ウィーンに行ってみて、本当にそのまんまのウィーン人と触れ合えたのは収穫である。 |
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| 2006年12月14日(木) |
仙人 |
色合い2
前回の続きです。さて、髪よりやっかいなのが瞳の色。最近はやりなのか、grayと呼ばれる色によくあたるのですが、日本語で瞳が「灰色」とかって、白内障でも患っているのか、はたまたアルコールなどで濁っているのか、みたいな感じになりませんか? grayといわれる瞳の色って、私には限りなく薄い色の水色にしか思えません。 かなり前からよく話していたのに、ただ青っぽい色の瞳という認識しかない知り合いがいたのですが、あるときバーベキューがあって、戸外でとうもろこしを食べながら、その色のあまりに澄みきった美しさに、何だか吸い寄せられるように見入ってしまったことがありました。すごく失礼だったかしらと、「私の故郷の空の色に似ているのでみとれちゃった」と、とっさに取り繕うと、「そうなんだー。晴れあがったりしないところなのね。grayな天気が続くのね」と返事されました。それで、え? この色はgrayと呼ぶのか? と思ったのです。ものすごく薄い色合いで、モノトーンにしか見えない色、そういうのをgrayと呼ぶようです。私は「薄い水色」と訳すことが多いです。 「黒目」のところが、「黒」じゃないのも困ります。虹彩だけではなくて、瞳の中のいろんな部分がすべて異なる色で、grayの瞳に茶色い虹彩、その虹彩が光を浴びて黄色に輝き、それを縁取る線がsilverって……。 gun-metal blueというのも悩みました。なんとなくわかる気もするけど……「銃身のような冷たい金属の光を帯びた深い紺」。長い! でも本当は茶色が混じっている感じも出したい。初出だけはこれで、ルビをふって、あとはガンメタル・ブルーにするつもりが、銃を撃つタイミングとか、「冷たい金属の光」と関連する内容が出てきて、しかたなく、ずっとこの長い言葉を使ってしまいました。 自分の「色」にこだわらなくてすむのはやっぱり楽ですよね。 |
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| 2006年12月13日(水) |
the apple of my eye |
Eenie meenie minie moe
購読している新聞に先週、「どれにしようかな〜神様の言うとおり〜」の後を、全国でどんな言い方をしているかという話題が載っていた。地方によって言い方が違うなんて思いつきもしなかったが、そういえば、「どれにしようかな〜」ってもう○十年も使っていなかったかも。迷うほどの選択肢が日常生活の中にないってことなのか。それも寂しい。 びっくりしたのは、全国でもっとも多く使われているのが「柿の種」だってこと。 「どれにしようかな〜かみさまのいうとおり〜かきのたね〜」でオシマイ? えらいあっさりしてへんか。なんやあいそないな〜。 で、自分はどう言っていたかとしばらく考えたがすぐには思い出せなくて、記事の中に「京阪神ではおならの音を連想させる『ぷっとこいて、ぷっとこいて、ぷっぷっぷ』というコミカルなものもある」というくだり見つけ、「そうそう、そうだ、それだった!」と思い出した次第である。それ以外、聞いたことも使ったこともなかった。 そういえば、「どれにしようかな〜」の英語版、"Eenie meenie minie moe" で、おっそろしい話題があった。 アメリカのサウスウェスト航空で、機内の乗客を早く席に着かせようとしたCA(キャビンアテンダント)が、"Eenie meenie minie moe, pick a seat, we gotta go!" と言ったら、「差別的発言で心的苦痛を受けた」と、乗客の中にいたアフリカ系アメリカ人女性2人からサウスウェスト航空が訴えられてしまったのだ。 "Eenie meenie minie moe" には色んなバージョンがあって、それこそ国や地方や年代が違うと異なるらしいが、だいたいこんな感じの唄らしい。 Eenie meenie minie moe, catch a tiger by its toe, if he hollers, let him go, my mother told me to pick the very best one and you are it! この「it!」のところで、鬼ごっこの鬼さんなんかを決めるのだけれど、問題は、“tiger” の部分。ここを昔は “ nigger” って言ってたらしい。それってアメリカだけなのかと思ったら、英国人の同世代の友人も「元は nigger だった」と言う。 もちろん、アメリカでは1964年の公民権法で黒人差別が法的に撤廃されているし、この部分は “tiger” ということになって、多くの人がそう覚えていたり使っていたりするらしい。 この歌がいつどこで作られたのか、eenie meenie minie moe の語源は何なのか、実はよく分からないというのが定説。eenie meenie minie moe 自体は、何の意味もないただの音声で、「ぷっとこいて」とたいして変わらないレベル。 それにしても「事件」が起きたのは2001年、裁判はカンサス・シティの地方裁判所で始まって、2005年に控訴裁判所でサウスウェスト航空の勝訴が確定するまで、ばかばかしいほどの時間と費用がかかった。問題のCAさんは一言も、その昔の表現を使ってはいなかったし、Eenie meenie minie moe は今でも子どもたちが普通に使っているものだし、これが何で裁判沙汰になっちゃうのか、さすがアメリカと言うしかない。 いやあ、日本にはそんな 風にpolitical correctness にひっかかっちゃうような「どれにしようかな〜」がなくてよかった。 ただし翻訳をしていると時々、「ここで『黒人』という表現を使ってはならないのか? 『アフリカ系アメリカ人』とするべきなのか?」と悩んだりはする。まあたしかに、我々黄色人種も、他の人種から「イエロー・ピープル」と言われて良い感じはしないかもね。
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| 2006年12月12日(火) |
パンの笛 |
仕上がりは如何に
大量翻訳も大詰めになってまいりました。現在、合計356ページある原稿のうち、229ページ目までの翻訳が完了し、私としても後少しのラストスパート!という感が色濃くなってきています。今回しゃかりきになって翻訳しているうちに、以前職場の友人が言っていた台詞を思い出しました。それは、「仕事を依頼されるときには必ず、『時間』『品質』『値段』の内、二つまではお約束します、と伝えるの。つまり、『速く』『高品質』のものがほしければ、『値段』は高くなるし、『品質』は譲れないけれど『値段』もあまり出せないのであれば、『時間』は多少かかってしまいますよ、とね。」というもの。この台詞を言った女性は通翻訳者ではなくオーストリア人のシステムコンサルタントの女性でしたが、若いのに非常に優秀で、彼女の中での優先順位付けが如何にうまく機能しているかを物語っている一言だと感じたものです。私自身はと言えば、どんな依頼を請けようとも品質は妥協しないようにしたいという心がけではいますが、絶対的にかけられる時間が少なければ、やはりどうしてもチェックが行き届かないこともあります。値段に関しては一旦請けてしまえば関係なくなりますが、それでもやはりいただく対価が高い依頼の方が優先度が高くなってしまうのは、お支払いいただく方に対する誠意としてもむしろ当然の成り行きだと思います。この友人から得た3つの要素の教訓に加えて、私がもう一つ心がけているのは、依頼者に対して愛着を持つこと。エージェントや依頼元のクライアントによっては、メールでしかやり取りをしたことがなかったりして、つい関係が機械的になってしまうことも多々あります。それでも、少しでも相手の方とのやり取りの回数を増やして、お互いの人間性や置かれている環境を知り、果ては相手に対して「少しでも単なる翻訳以上の手助けになってあげたい!」と愛情を持つことで、限られた時間や資金の中でも求めるものが最大限得られるようにしたいと思うのです。そうすることで、「時間」「品質」「値段」のどれかが欠けても、結果としてはその埋め合わせができるようになっている場合が多い気がします。機械が翻訳するのではなく人が翻訳するからには、こうした人対人ならではの利点があってこそ、だと思いたいのです。 話は変わって、今回の大量翻訳の依頼、死蔵していたTRADOSを復活させて利用したところ、格段に効率が上がって、順調に筆(キー?)を進められるようになりました! 過去の投資が今生きていて、嬉しい限りです。機械もまた、人の作業を手助けするためのものとしての存在価値は大ですね。 |
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| 2006年12月11日(月) |
かの |
地図大好き
先々週のハイキャリア「お話当番」で、テンナインのスタッフの方々が「人に道を尋ねられたらどのような反応をするか」について述べていらした。 数年前、「話を聞かない男、地図が読めない女」という本がベストセラーになり、どうやら「女性=方向音痴、地図が読めない」という図式になっているらしい。でもこれって一概に言えないのでは? と言うのも、私は地図を見るのが大好き。見知らぬ人に道を聞かれるのも大歓迎である。そのきっかけとなったのが、幼少期の体験だ。 小学校時代、父の転勤でヨーロッパに住んでいたのだが、母は地図を見るのが苦手。大陸続きなので車で旅行に出ても、母は地図を握ったまま固まってしまう。それで後部座席の私が「ちょっと貸して」と言ってナビをし始めたのである。当時7歳。現地校に通い始めでアルファベットもおぼつかない状況だった。しかしそれ以上に、カラフルで分厚い地図帳がなんとも魅力的で、ライン川の流れを紙の上でたどったり、スイスの山の名前を一つ一つ読んでみたりと、すっかり楽しむようになったのである。以来、車中の道案内は私の役目となり、結婚後もカーナビはあえて(断固として?)つけず、地図を愛用している。最近は子供づれで家族旅行に出ても、私がついつい地図を読みふけるので、夫からは「地図禁止!周りの景色を見るべし!」と言われてしまうほどだ。 人に道を尋ねられるのも、そんなわけで大好きだ。答えるときのポイントは「鳥瞰図的にとらえて説明し」、「所要時間を必ず添えること」。つまり細かくゴチャゴチャ言うのではなく、主だった建物を目印にして、最後に「ここから歩いて3分ぐらいです」と大まかな目安を言うのである。そうすることで、尋ねた人もあとどれぐらい歩けばよいかわかると思う。 タクシーの運転手さんが目的地の場所を知らないときは、ナビのチャンス!信号のどれぐらい手前のタイミングで左折・右折を言うか、どこを降りる場所にしてもらったら後続車の迷惑にならないかなどを考えるのが楽しいのである。ここまで来ると地図読みやナビは「趣味」ですね。 究極は旅先の海外で道を尋ねられたとき。なぜかこういう機会が結構ある。地図大好き人間の私にとって、旅先でまずやるのが地元マップの入手。それをじっくり読み込んで行動開始となる。そこで道を尋ねられると「待ってました〜!」と内心喜んでしまう。 夫からは奇異の目で見られているが、そのうち「地図を愛する女性の会」でも立ち上げようかと思っている。 |
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| 2006年12月 8日(金) |
まめの木 |
ウィーン人の本音と建前(その1)
今週の火曜日、ウィーン旅行から帰ってきた。このブログを読んでくださっている皆さんに楽しい旅のみやげ話を…と思うところだが、ウィーンの見所についてはすでに沢山の書物やガイドブックで紹介されているし、芸術・文化に関しては私がわざわざ報告しなくても言わずもがな、である。 ハプスブルク家の栄光よりも、文化の都の華やかさよりもなによりも、今回初めてウィーンに行って印象深かったのは、ドイツ人とウィーン人の気質の違いである。ここではあえて“オーストリア人”ではなく“ウィーン人”と言いたい。学生時代には何度もザルツブルクに行ったことがあるし、リンツやグラーツ出身の友達もいたが、ウィーン以外のオーストリア人とは明らかに言葉や顔の表情から伝わってくる本質が違うのだ。つまり、「ドイツ語を話しながら本音と建前を日本人並に駆使している」ことに今さらながら驚いたわけである。ドイツ人とほぼ同じものを食べて、同じ言葉をしゃべっているはずなのに、どうにも勝手が違う。滞在当初はお恥ずかしながら、「私のドイツ語はちゃんと通じているのかしら?」と不安さえ覚えたほどである。
まず、ドイツ人はあまりお世辞というものを言わない。私はドイツで社会人経験をしていないため、あくまでも学生レベルの視点からでしか語れないが、ドイツ語を操るということは理論対理論、知識対知識、哲学対哲学、思想対思想、魂対魂の言葉のしのぎ合いである、と思っていた。それほど高尚な場面でなくても、食料や日用品、洋服を買うのだって命がけである。例えば、一人所帯なので食べ物はあまり大量に買い込めない。だが、「そのハムを3枚ください。」などと注文しようものなら、あからさまに「それだけかよ!」という顔をされる。レジで「スカーフ売り場はどこですか?」と聞こうものなら「あなたがその売り場に行ってここに帰ってくると、閉店時間を3分過ぎるから教えない。」と言われ、セーターを試着すれば「このデザインと色はあなたに似合わないから買うべきではない。」と容赦なくコメントされる。当然、こちらも好戦的になり、ストレートな物言いが身についてしまう。もちろん、多くの親切なドイツ人にお世話になったし、裏表がない直球勝負が彼らの長所であり、可愛らしいところでもある。また、通訳になってからはドイツ人のビジネスマンと関わるようになり、彼らなりに気を使ったり、言葉を選んで丁寧な態度を取ることができるのを知ったが、基本的に言いたいことは必ず口に出して言う国民性なのである。 それが、ウィーン人は違うのだ。
(後半はまた来週お付き合いください!) |
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| 2006年12月 7日(木) |
仙人 |
翻訳しゃっくり
最近かかることの多い「翻訳しゃっくり」は髪と瞳の色。さまざまに異なる民族が一緒に暮らす国では、その色についてのこだわりというか興味が、私たちより強いように思えます。登場人物の瞳の色にその人の性格などを反映させることも多く、しかもその色の概念がどうも、日本人のそれとは違っているようで、文字通りに訳すのはまずい、どうしよう、ひっく、ときてしまうのです。 まず、前にもどなたかが言っておられた気がするのですが、「茶髪」といえば日本語では染めた髪のことなのに、英語で一般的日本人の髪はdark brownと表現されます。それでdark brownとあるときは黒っぽい髪と訳すことが多くなるのですが、黒・茶でもbrunetteとか、auburnとか、「すてき」感があるときは、なんとなくですけどbrownとは言わない気もします。brownって、艶がなくて、ただのつまんない茶色よ、というときにこそ使うような。brunetteには白い肌とのコントラストも含まれる、たとえばブルック・シールズの感じで、そういうのに黒髪という訳をあてて東洋系の人をイメージされては困ります。なので他の部分で肌の色とか雰囲気をイメージできる言葉を加えることもあります。blackというのはめったにないですが、エキゾチック、野性味みたいなのが含まれるので、漆黒とか、闇のような深さのとか、少し補ったりするようにします。 結局、茶系の色の人ってやっぱり多くて、brownというと個性がない感じがするためか、いい感じの色のときは、chestnutの髪とか、瞳に関してはhazelとか、ちょっと特別な感じを出したいようです。そうそう、hazelを「ハシバミ色」とかいうのって、いまどきどうなんだ、とも思います。実際、榛とhazelは植物学的には近くても、結構違った木だし、なにより「はしばみ」なんていわれて、ああ、あの木ね「榛」と思う人より「ヘーゼルナッツ」がどういうものかぴんと来る人のほうが多いと思いません? 続く…… |
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| 2006年12月 6日(水) |
the apple of my eye |
開眼
そんなことを今ごろ、と思われる方も多いだろうが、翻訳者にとって、作業環境は重要。最低でもPCと電話、プリンターと原稿立てを置く場所は快適な位置関係に、そして参考書籍類を広げるスペースは欲しい。 メインのPCはデスクトップ。しかし何かのときのためにノートも1つ用意してあり、無線LANでメールも全て両方に受信するようにしている。何年か前にデスクトップがクラッシュして、それを立て直すためのストレスで自律神経をやられてしまい、半日寝込んだことがある。それ以来の用心である。 危機管理以外にも、ノートのほうに辞書を開いておけば、作業中の画面をいちいち辞書に切り替えなくても済む。デスクトップの方でネット・ラジオを聴いているときは、ネット検索にも使える。 初期の記憶メディアはフロッピー・ディスクしかなかったが、今ではUSBメモリという便利な代物がある。PowerPoint なんてソフトウェアが登場してファイル容量が爆発的に大きくなったので、フロッピーなど出る幕がない。作業中のファイルはなるべくこまめにUSBでバックアップを取るようにしているが、セキュリティ制限がきつくないファイルの場合は、2つあるメールアカウント(Yahoo! アカウントを入れれば3つ)の片方に送信すれば、ノートのほうに受信できる。 とまあ、自分なりに作業環境には気を使っていたつもりだが、今さらながらに気付いたのだ。キーボードがとても使いにくい、と。今までデスクトップを買ったときについてくるキーボードしか使ったことがなかった。 でも、狭いのだ。私が身長165センチもある大女で男性並みに手が大きいというせいもあるが、キーボードのキーが並んでいる端から端までの幅が、私の肩幅よりはかなり狭く、両肘をくっつけるようにしてキーを打たなければならない。窮屈で肩が凝る。 そこで見つけた。キーボードが「ハ」の字型に左右に分かれて並んでおり、全体的にも平面ではなくこんもりとした立体的な形状になっているキーボードを。さっそく購入。 これがめちゃくちゃ快適なのだ。今までの状態が嘘のようである。 しかも、いろんなファンクション・キーがあって、「開く」とか「新規作成」とか「上書き保存」「元に戻す」といった作業がボタン1つ。「マイドキュメント」「マイピクチャ」もある。「スペルチェック」まで! セットに入っていたマウスは5つボタンで、左の二つのボタンを「コピー」「貼り付け」の作業にカスタマイズした。これでいちいち右クリック→[コピー]としなくてもよくなる。 マウスとキーボードはワイヤレスで、1つの受信機で受けるので、配線も減ったし。電池残量まで画面上で確認できる。 なんだ、なんだよー、こんな快適な道具があったんじゃないかー。 どうして今まで気付かなかったんだ。 よおし! これで作業能率が格段に向上するぞ! ……ネットでごそごそ道草を食ったり、Amazon で本やDVDを衝動買いしていなければ、の話だけれど。
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| 2006年12月 5日(火) |
パンの笛 |
集中する方法
いよいよ寒さも本番になり、師走になりました。なのに(だから?)ますます忙しい今日この頃です。ありがたいことです。しかしこのヒマな時と忙しい時のギャップに付いていくのに必死です(汗)。ただし、個人的には忙しいのが好きで、みっちり仕事があるとアドレナリンが出る猪突猛進タイプなのです。だからか、たまにヒマになると返ってどこにエネルギーをぶつけてよいやらわからなくなって、意味もなくぼうっとしてしまったりします。できれば通年で今のペースのままいきたいところですが、自分でコントロールできないところが悲しいかな、フリーランス翻訳者の定めですね。それはさておき。このクソ(失礼!)忙しいときには、事前に効率的な計画を立てることも重要ですが、仕事をする際の集中度が、翻訳文の完成度やスピードに大きな影響を与えます。我が家には小学校一年生の息子がいるので、息子が起きてから学校に行くまでの約一時間と、学童保育から帰ってきてからベッドに入るまでの数時間はどうしても仕事の手を止めざるを得なくなります。そうなると、本格的に集中して作業に没頭できるのは、息子がいない昼間か、家族の寝静まった深夜になります。ここでいかに集中度を上げて完成度の高い翻訳文を生み出すかにすべてがかかっていると言っても過言ではありません。今まではとにかく、集中するには完全無音が私にとっての絶対条件でした。以前社内翻訳者として勤めたとある会社では、上司にあたる女性がデスクにラジカセを持ち込んで、一日中ラジオなのか有線放送なのか、音楽やらしゃべっている声やらが聞こえてきていたことがありました。こういう音は自分が集中した瞬間に急に大きく聞こえるようになって、ついこちらも何を言ってるんだろう、と「聞いて」しまったりして、せっかく一旦は集中したのに、台無しになることがありました(しかも実はその音が頑張っても聞こえないぎりぎりの音量だったりするので、余計気になるのです)。だからこそ、自宅で仕事をする際には無音、だったのですが…。最近のこのツメツメ状態に、なんだかすっかり潤いがなくなってしまっているのも事実。幸い、今請けている大量翻訳は比較的手の進むコンピュータ系の仕事。ここで思い切って、BGMを少しかけてみることにしました。普段私はほぼクラシックばかり、しかもオペラなどの人の言葉の入ったものではなくて、オーケストラものや、器楽系のものばかり聴いています。特に好きなのは、印象派のラヴェルやドビュッシー、そして物語的要素の強いチャイコフスキーなどの曲。しかし、ここでつい好きな曲をかけてしまったりすると、やはり「聴いて」しまって、挙句は鼻歌などを歌ってしまって集中どころの騒ぎではなくなります。そこで、普段はあまり聞かない静かな音楽、モーツァルトなどを流してみることにしました。すると効果絶大! かすかな音量の音楽が、返ってそれ以外の外の音(例えばバスや車の通る音、近所を歩く人たちの話し声など)を遮断してくれることがわかったのです! おかげで普段以上に集中をして翻訳に没頭できて、なかなか快調です。しばらくはこの方法で集中度を高めて、大量翻訳に当たって、心穏やかに年末年始を迎えられるようにしたいと意気込んでいます! |
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| 2006年12月 4日(月) |
かの |
「私は意味を求めたい。」
先日、私の敬愛する指揮者マリス・ヤンソンス率いるロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団のコンサートに行ってきた。 ヤンソンスは1943年旧ソ連のラトビア生まれ。カラヤンに師事し、レニングラード・フィルを経て、マイナーなオスロ・フィルを世界的水準に引き上げたことで知られている。そして今年のウィーン・フィル・ニューイヤーコンサート。日本でもテレビで生中継される毎年恒例の音楽会で彼はタクトを振り、今や日本を始め世界中で愛されているマエストロである。 私がヤンソンスを初めて知ったのはロンドン留学中の1993年。厳しい修士課程で唯一の息抜きはコンサートに行くことであった。学生券で入場したある晩、ロンドン・フィルを振っていたのである。 そのときの曲目はモーツァルト。元々CDや生演奏で何度もモーツァルトは聴いていたが、この日はまさにeye opening experienceであった。定番のメロディーが一音一音ハッキリ聴こえたのである。そして何と言ってもヤンソンスの美しい振り。「指揮者=指揮棒を何だか振っている人」という私の先入観は見事に覆された。楽団の各楽器を大切にし、音を慈しんでいる。一言で言えば「誠意あふれる振り」であった。 以来、機会があれば彼のコンサートに行くようにしていた。しかし子どもが生まれると夜の外出は至難の業。仕事に復帰してからも通訳準備と家事・育児が中心となり、家の中でCDをかけることすらなくなってしまった。旋律に心動かされ、勇気づけられ、洞察力を深めていくという独身時代の習慣はいつの間にか消え、日々のあわただしさの中で心はカラカラに乾いていたのである。 数年ぶりに生演奏で見たヤンソンスは、以前にも増して繊細で、かと思えば時に鮮やかなタクトさばきであった。曲目はベートーベン交響曲第8番とマーラーの交響曲第1番「巨人」。マーラーの第二楽章では、今まで聴いたことのないほど艶(つや)やかな弦楽器の音色に酔いしれた。「きっとマーラーが生きていたら、こういう風に演奏してもらいたかったのではないか」と私は思った。 コンサートプログラムの中で彼は次のように語っている。 「楽譜だけを追う演奏はしたくありません。・・・楽譜そのものは記号に過ぎませんからね。私は意味を求めたい。」 これぞ私が通訳業に見出そうとしていることである。通訳の際、元の文章は単語の羅列に過ぎない。しかしその背後でスピーカーは何を言いたいのか。それを深く読み取り、解釈し、日本語に置き換えてゆく。ヤンソンスのように誠実に、そして美しく訳していきたい。そんな思いを抱いた夕べであった。 |
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| 2006年12月 1日(金) |
まめの木 |
輝く若者
先日、工場で比較的長期の仕事をした。工作機械の設置、調整、オペレーター・トレーニングが主な仕事だ。前にも書いたが、実際にモノを見られること、またエンジニアの説明を聞くことができるのでとても勉強になるし、大好きな仕事のうちのひとつである。 そんな中、工場内の別の生産ラインで一際輝いて見える若者がいた。休憩時間終了のチャイムがなると、いち早く仕事場に戻り、8時間シフトの終わりまで、疲れを見せることなくテキパキと仕事に打ち込んでいる。また、彼は私が関わっていたラインとは別の部門なのに、休憩時間や業務終了時には帽子を取ってニコニコ挨拶してくれるのである。 日本人は帽子を取って挨拶をする習慣があまりないし、直接言葉を交わしたこともなく、また顔の表情が非常に豊かだったことから、おそらく外国から来ているスタッフかとずっと思っていた。 ところが、仕事期間が終わる頃、耳が不自由な方だと知ってびっくりした。鉄の部品に穴を開けたり、研削したり、非常に危険が伴う仕事だし、不良品やエラーが出てアラームが鳴ったら早急に対応しなければならない。それに、アラームの音に気がつかなければ、自身にも危険が及ぶのである。 耳が聞こえないというハンディをまったく感じさせないどころか、職場の雰囲気をも明るくする彼の仕事ぶりにあらためて驚嘆し、ライン責任者の方に聞いてみると、『彼はうちのホープなんだよ。』と嬉しそうに話していた。音が聞こえないはずなのに、アラームどころか、不思議と機械の微妙な音の違いを聞き分け、仕事のクオリティも高いと言う。また、最近、働くことに喜びを持つ若者がどんどん減り、すぐに仕事をやめてしまうスタッフが多い中、彼は毎日生き生きと仕事に打ち込み、責任感の強いスタッフの一人だ、と自慢しておられた。 家に帰る道すがら、色々と考えされられた。好きな仕事をさせてもらっているにもかかわらず、寒い戸外で一日中立ちっぱなしで通訳して疲れただの、休憩時間がもらえなくて最後の方は頭がくらくらしたの、フリーで話すと聞いていたのに行ってみたら立派な原稿を棒読みされただの、考えてみたら私も不平不満がいっぱいである。よく、『職業に貴賎なし』と言われるが、実際に仕事の貴賎を決めているのは自分自身の心と姿勢なのではないか…。反省していくうちに恥ずかしくなってしまった。 この仕事の最終日、かの若者に『お世話になりました。お仕事頑張ってくださいね。』と紙に書いて見せたら、『今日で最後なのは残念です。通訳さんもこれからも頑張ってください。』と書いてくれた。少し、目頭が熱くなった。 |
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| 2006年11月30日(木) |
仙人 |
エイリアン vs. プレデター
明日からもう師走! で、今年を振り返って、印象に残ったこと。いろんな国からかなり高齢の方々が集まられた場で通訳をしたとき、しみじみ実感したのは、元気な人は、よく食べる! 食べるから元気なのか、元気だから食欲もあるのか、どっちがニワトリで卵なのかは不明ですが、ともかく、90歳近いじいさんたちが、食う、食う! パワー全開でしゃべりたおす! スポーツ関連のイベントだったので、まあ平均的老人よりは元気な人が多いのは当然としても、この私が――「パワーあふれる」と形容詞をつけられることが多く、異常な元気さにエイリアン呼ばわりされたりもする、頑強バディの私が、ええっ、また食べるの? というぐらいの食欲。しかもかなりヘビーで脂っこいもの、もちろんお肉は毎日で、通訳は早食いでなきゃとスピードにも自信があったのに、周囲の食べっぷりはまさにoverwhelming! 国籍人種は無関係に、日本人も含めて、みなさん! 一緒に通訳をした方の話では、枯れた雰囲気で有名な某政治家さんのpredatorぶりもすごいんだよ、猛烈に肉ばっかり食べるのよ、みたいなことでした。 マリコさんも「ごはん通訳」のことを前に話題にされていましたが、よく食べ、早く食べ、それでもきちんと消化できる体力って、通訳の第一条件では、と改めて思いました。「気力」というか、やりたいと思う強い気持ちがいちばんだと信じていたのですが、そういう気力も、結局体力がなければわいてこないのかも、とか思ったりして。パワーあふれるおじいさんたちを前にして、ステーキをほおばりながら、失礼、ちょっと待ってね、と肉を飲み込み、何事もなく通訳を続けられる根性の前に、ステーキが連日続いても収められる胃がないと、どうしようもないような(ステーキが二日、翌日しゃぶしゃぶ、その次の日はすきやき、その間おやつに3日続けてラーメン、明けた夜にパーティって尋常な人では厳しくないっすか?)それに、パワフルじいさんたちって、なんとなくですが、よく食べる人を信用するみたいで、捕食行動を共にすると信頼関係がすばやく築けたり……。 そういう体力がない場合はどうすればいいか。うーむ。ある、と信じ込む気力? ってまたニワトリが卵になっちゃいましたけど。 |
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| 2006年11月29日(水) |
the apple of my eye |
事件とキーワード
ダイアナ元英皇太子妃が事故死してから来年で10年になるそうだ。2人の息子、ウィリアムとハリーがその来年に追悼コンサートを計画しているなんていうネット・ニュースを見て、「もう10年!」と思った次第である。 彼女の事故は、私が3年間のロンドン生活を終えて帰国しようと飛行機に乗っていた間に発生したらしく、成田に着いて数時間後に知人から「お帰り〜」の電話がかかり、その時に「ダイアナ、死んだよ!」と聞いて驚いたことを鮮明に覚えている。 ああいった大きな事件は、その時の自分の居場所や、時間や、身辺の出来事とも絡まって記憶されるものだろう。 また同時に、こんな仕事柄のせいか、海外での大きな事件はキーワードとなる言葉も一緒に覚えることが多い。 ダイアナ妃の死亡のときはやはり paparazzi だろう。カタカナ語「パパラッチ」が一気に市民権を得た。もちろんロンドンにいたときは、ベッカムだのスパイスガールズだの王室の他のメンバーだのが常に追い回されていたので、paparazzi はしょっちゅう目や耳にする言葉だったが、あの事件以来、ダイアナといえばパパラッチ、パパラッチといえばダイアナ、というイメージの言葉になった。 アメリカにいた90年代の初めで印象が強いのは、クラランス・トーマスが連邦最高裁判事に指名されたときに、トーマスにセクハラを受けたと訴え出た元部下のアニタ・ヒルの事件だ (Thomas-Hill Controversy)。 通常なら連邦最高裁判事は大統領の指名を受け、上院の承認を経て就任するという手順が、アニタ・ヒルのこの訴えで大騒ぎになった。トーマスは上院司法委員会の公聴会に呼ばれ、公聴会はテレビで全米に放送された。トーマスが黒人だったこと(ヒルも黒人)、2人が上司と部下だった職場が Equal Employment Opportunities Commission(雇用機会均等委員会)という公的機関だったこと、トーマスの前任者であるマーシャル判事(連邦最高裁初の黒人判事)がリベラル派であったのに対しトーマスが保守派だったことなどから、事態は国民の大きな関心を呼んだのだ。ヒルが当時はオクラホマ大学の法学部教授という地位も名誉も教育もある立場の人物だったことなどから、その証言に信憑性があると考える人も多かったが、結局、ヒル本人の証言以上の証拠がなく、上院は48対52で、トーマスの就任を承認した。ヒル教授を支持する、あるいはトーマスの就任に反対する人々、特に女性は、上院にほとんど女性議員がいなかった(98%が男性)ことが、セクハラの訴えが通らなかった理由だと考える人も多く、その後の92年の選挙では女性候補が躍進した。 当時はまだ日本で sexual harassment という言葉が入ってきたばかりで、それがいったい正確に、あるいは具体的にどのような行為をいうのか理解している人は少なかったはずだ。1970年代の終わりにセクシャル・ハラスメントという概念を確立した当のアメリカでも、この事件はあらためて「セクハラ」の捉え方や解決の難しさを浮き彫りにした。 ちなみに連邦最高裁判事の職は、本人が退官を希望するか亡くなるまでの終身制で、若干43歳でパパ・ブッシュ大統領に指名されたトーマス判事は、もちろん現在もその職を続けている。 パパ・ブッシュの後任、クリントン元大統領が残していったキーワードは、かなり情けなかった。ホワイトハウス研修生だったモニカ・ルインスキーと、“inappropriate intimate contact”があったと認めた、あの事件だから。元大統領がテレビ演説でこの言葉を用いてスキャンダルの事実を認めた後はしばらく、メディアには “inappropriate xxxx” という表現が躍り続けた。それにしてもこの表現、実はなかなか上手い。inappropriate だなんて、wrong とか、dirty とかって言えば良いのに、否定形でやや中和している。intimate は、「男女の仲」であることを指す形容詞だが、普通に「親しい」という意味でもある。intimate conversation といえば、「親しく打ちとけた会話」くらいの意味にもなる。さらに contact だって、肉体的な「接触」も連想させる一方で、人と人との「連絡」や「交際」、「関係」の意味もある。だから別にクリントン氏は「モニカとエッチな行為をしました」と告白しているわけではないとも言える。頭脳明晰なスタッフが集まり、練りに練った表現なんだろう、これは。日本のニュースでも「不適切な関係」と訳されたのがほとんどだった。
そんな風に過去の印象的な事件と言葉を思い出したが、今年は何か、重大なキーワードがあっただろうか。 ンー、思いつくのは Brangelina かな。 ブラッド・ピットとアンジェリーナ・ジョリーの、生まれたばかりの赤ちゃんの写真が、People 誌に400万ドル以上で売られ、このお金は慈善団体に寄付されるという、仰天の話題だった。 Brangelina。……パパラッチとかセクシャル・ハラスメントとか「不適切な関係」よりは、ホノボノとしたキーワードで良いかもしれない。
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| 2006年11月28日(火) |
パンの笛 |
味覚狩り!
ここのところ、味覚狩りづいています。まずはりんご狩り。近所の子ども文化センターが企画したりんご狩りに、息子が行きたい!と言い出したので、普段なかなか付き合ってやれない罪滅ぼしの意味もこめて参加することに。我が家からたった4駅先の駅からちょっと歩いただけの場所なのに、どこまでも田園風景が広がっていて、時間もゆっくり流れていて、とても安らぎを感じました。りんごは今年はいまひとつ不作だったようで、「一人4個」の制限内であっても、鳥もつついておらず、虫も食っていないりんごを探すのは至難の業でした。 その次には、息子の学童保育でお芋掘り。なんと子ども一人当たりの割り当ては5株! 5株分のさつま芋は大量です。毎年、お芋を掘るのは良いのですが、その調理法に苦慮するのです…。今年も今のところ、お味噌汁にするか、大学芋にするか、くらいしか思い当たらず、ハテ、どうしようかと悩んでいます。 そして、最後はミカン狩り! 先ほど、まるで我が家の近辺に畑はまったくないかのような文を書きましたが、それは言い過ぎでした。ごめんなさい。我が家の地域も立派な郊外。近辺は梨や柿が名産です。そして、今回のミカン狩りの場所は家から徒歩5分ほどのミカン畑。梨や柿はおなじみでも、ミカン畑がこんなにそばにあるとは、全然知りませんでした。行ってみると、ミカンがたわわに実っていて、もいで食べてみると、お日様をたくさん浴びて育ったのがよくわかる、濃い味の美味しいミカンでした。息子と争ってミカンをもいで、一冬分のミカンを調達しました。 普段は家、それも狭い書斎にこもって昼夜の別なく仕事をしている私も、こうして外に出て、自然に触れ、植物の持つエネルギーに触れたり、子どもとお日様の下で笑いあったりすることで、明日の仕事へのエネルギーが充電されます。今年は食料もたくさん収穫できたし、冬篭りもできそうです。 (写真はりんご狩りに行った日の空。抜けるような青さに、思わず写真を撮ってしまいました。)
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| 2006年11月27日(月) |
かの |
そしてわが身を省みる
通訳という職業柄、春と秋は多忙になる。この秋もそうだった。通訳学校の授業準備に加えて会議や放送の通訳。大量の資料を読みこなして会議通訳を一つ終えたら、次の通訳の資料が机の上にデンと待ち構えている。 「はい つぎ、はい つぎ。 はい はい はいっ。」 「いそがしくって いそがしくって めがまわる。」 これは息子の愛読する絵本「ねこのはなびや」の一節。仕事の資料を読みこなしながら、子どもたちに読み聞かせたこの文章がずっと頭の中でリフレイン。そんな秋だった。 同業者の夫も同じような状況。夜、私は子どもたちを寝かしつけると疲れのあまりそのままバタンキュー。朝、目が覚めて夫に「わ〜、お久しぶり!」という感じであった。当然、子どものことや仕事、家のことなど夫に話したいことがたくさんある。メールで済ませられるときは日中にメールで連絡を取り合っているが、やはり込み入った話は面と向かって話すほうが手っ取り早い。私たち夫婦にそれができる唯一の時間帯は朝食時。それで二人で色々と話し始めるのだが、それが子どもたちには不評。もちろん、まだブーイングするほどではないけれど、ここぞとばかり「自分も話すぞ!」と息子も娘もおしゃべりパワー全開になる。しかも話に脈絡がないので、二人のトピックはてんでバラバラ。息子が海の生き物についてなぞなぞをしてくるかと思えば、娘はとりあえず、覚えたてのフレーズをひたすら使いまくろうとする。一度に数人が話すので、食卓はカオスになってしまう。 この間はちょうど夫婦の会話がノッてきたところでワーワー言われたので、つい娘を叱ってしまった。「お母さんは今、お父さんと大事な話をしているんだから」という具合。娘としては別に悪気があって話に割り込んだわけではないので、泣き出してしまった。あ〜、またやっちゃった。朝は気持ちよく目覚めてゴキゲンに過ごして保育園に送り出そうと思っているのに。そう思いつつ、表面ではプリプリしてしまったのである。 後になって冷静に振り返ってみると、まだ3年しか生きていない子どもなのだから、もっと大目に見てあげたらよかったのにと反省しきり。自分だって都合の良いときだけきちんと聞いて、時によっては子どもの話の流れをさえぎって「あれしなさい」「これやって」と言っているではないか。 子どもが生まれて思うのは、自分の人間的な未熟さ。子どもはまっさらな状態でぶつかってくるだけに、わが身を省みることになるのだ。 |
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| 2006年11月24日(金) |
まめの木 |
私のコレクション
小さい頃、透明で、カラフルで、丸みがあるものが好きだった。おはじきやビー玉、拾った石から始まり、台所から丸いガラス製の箸置きをちょっと拝借したり、お小遣いが貰えるようになるとビーズやジェリービーンズを買い込み、かわいい瓶に詰めて飾っていたこともある。今でも天然石や半貴石、ガラス製品に弱い。 大人になってから、カラフルで透明感のあるものは、何も「モノ」に限られたことではないのに気づいた。音や風、言葉にも、丸みのあるコロコロとした感触のものが存在する。こういったものは、手にとって楽しむタイプのコレクションにはならないが、録音物や本で発見すると勝手に自分のコレクションとして認定している。 風景は写真に撮れるし、風や空気が気に入った時にはビニール袋に詰めて持って帰ったこともあるが、何もコレクションだからといって手元になければならないわけではなく、あくまでも心の中で「認定」し、たまに思い出して楽しめは、立派なコレクションになるのである。 音で言えば、バイオリンはストラディヴァリウス。録音技術のせいもあるが、60〜70年代に録音されたレコードから聞こえてくる温かみのある丸い音色は、まさにコレクションに値する。フランスのオーケストラの管楽器の音も素晴らしい。少し余談になるが、小さい頃から生粋のクラシック派で育った私は、「ロック」と分類される音楽はいわゆる不良の音楽とみなしていた。ところが、偏見を頭から排除して素直に聞いてみると、これが案外、すべてではないにしても曲の構成力、演奏技術、音色のどれをとってもクラシックの音楽家と比べて遜色がない。髪を染め、どぎついファッションで稲妻型のエレキギター片手にロックンロールに命を捧げているお兄ちゃんが、こんな知的な歌詞を書くのか、と驚くことさえある(ごめんなさい、ものすごい偏見です…)。エレキギターの音も、以前は何でも同じ騒音にしか聞こえなかったが、注意深く聞き分けてみると、ギブソンのレスポールというギターの透明感のあるまろやかな響きは絶品である。演奏者にもよるが、このレスポールの音も我がコレクションに加えることにした。 言葉では擬音語、擬態語の類でコレクション入りするものが多い。ドイツにいた頃は「まったり」がコレクションに入っていたのだが、帰国してからいわゆる「若者言葉」として「まったり」にはまったく相応しくないシチュエーションで安易に使われている現場に遭遇し、とてもがっかりしてしまった。 『昨日、うちでまったりしてたら電話がかかってきてさぁ〜』 『お風呂入ったら、ちょっとまったりしちゃって…』 とんでもない使い方である。思わず、「すみません、その言葉、私の大切なコレクションなので、そのような使い方はやめてください。」とお願いしたくなったほどである。どこで誰がこのような使い方を始めたかは知らないが、彼らの中ではその状況そのものが「まったり」なのであろう、私たちの普段使っている言葉だって、平安時代の人が聞いたら卒倒するかもしれないし、言葉は生き物、時代と共に変化するものである、と、その場は穏便にやり過ごし、家に帰って「まったり」とした味わいの美味しいお茶を頂きながら、「まったり」に一人乾杯したのであった。 |
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| 2006年11月23日(木) |
仙人 |
勤労感謝の日
ということで、労働ストレスに立ち向かう話を。ちょっと前、工藤さんが『ビシッと愛のムチ』で髪が傷んでシャンプー&リンスにこだわっているという話をされていたことがあったように思います。実は私も数年前、同じ状態でした。手触りがまるでバービー人形の髪のような、「ぎしっ」という感じ、見た目もどうしようもないばさばさ。もともと髪が細くて量が少なくて、hair-challengedだった父から強固にDNAを受け継いでいるので、いつかは髪がなくなるのではという恐怖から、かなり高価なシャンプー&コンディショナー、さらに毎日のようにトリートメント、美容院で地肌エステとかいうものまでやっていたのですが、ばーっさばさのままでした。 会社勤めを辞めて数年、先日、ジムのサウナで、髪が多くていいですね、と言われ、なんとなく以前より髪の量が多くなっているのに気づきました。毎日プールで泳ぐようになって、髪にはいいはずはないし、なんといっても年は取るばかり、なのにふと気づくと、ばさばさ感も減少しています。 そこで、思ったわけです。髪って、いちばんストレスの影響を受けやすいのではないか。精神的な悩み、睡眠不足、不規則な食事、こういうものがもろに出るのが髪なのでは。そう思ったら、挑戦的に、シャンプーもいっちばん安いものにして、毎日のようにやっていたトリートメントもやめたのですが、それでもまるで平気になり、そのうちリンス/コンディショナーをジムに持っていくのを忘れたことがきっかけでシャンプーだけで済ますこともたびたび。それでも、かなり大丈夫なことがわかりました。いずれは、体を洗う石鹸、しかもやーっすい固形のものひとつで髪も洗って大丈夫、というところまでもっていこうと計画中です(もちろん顔は以前からフェイシャル専用は使用したことないです)。アタシ、ストレスなんかにはもう負けないわ、ってところです。本当は塩かなんかで、ボディーから歯磨きまで……というのは、目標としてはあるんですけど、さすがにちょっと軟弱な現代人には無理な気がするんですよね。 「精神的なゆとり&物理的な厳しい試練」方式です。昔は「リンス」というものだってなかったのに、みんな日本髪を結えるぐらい豊かな髪だったわけでしょ? let your body take care of itselfだと思います……って、翻訳と関係ない話だったので、ちょっと英語使ってみました、へへ。 |
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| 2006年11月22日(水) |
the apple of my eye |
サラブレッド
中居君である。 「レディース・アンド・ジェントルメン!」とシャンパンを開け、 「グレート・サラブレーッド!」と叫んでいる。 このCMを見るたびに、「さらぶれっど」じゃないんだけど、と思ってしまう。わざと、なのだろう、きっと。でも気になる。 ご存知「サラブレッド」は、“thoroughbred”で、「徹底して」+「交配した」という意味から生まれた名前と言われる。サラブレッドは競争馬にするという目的だけで英国の在来種にアラブ馬をかけ合わせて作り上げた人工的な種類の馬で、サラブレッドと呼ばれるためには厳しい血統上の規則がある。だから現首相のような生まれの人を「政界のサラブレッド」などと言ったりするのだ。 ずっと昔、駆け出し翻訳者の頃、アラブ首長国連邦で開催される競馬レースの資料の日本語訳を頼まれたことがある。オグリキャップ人気で日本に競馬ブームが起こった後だったが、残念ながら私は競馬にまったく関心がなかった。今もないが。しかし仕事となれば、なんとか調べて取り組むしかない。当時はまだインターネットも普及し始めたばかりの頃で、今ほど簡単に欲しい資料も見つからず、四苦八苦した記憶がある。 一番引っかかったのは、馬齢に関する点だった。 合わないのだ。出馬する馬の年齢と、その大会の出馬資格の制限が。 調べてみると、当時の日本の競走馬の年齢は数え年で数えており、したがって生まれてすぐの馬は1歳としていたのだ。国際的には0歳だ。日本のルールは2001年に改正されて、国際標準に合わせたそうだが、面白いのはその国際標準も完全には統一されておらず、誕生日が何月何日であろうと、北半球の馬は1月1日になると1歳年を取ったことになるが、南半球ではそれが7月1日だったり8月1日だったりするらしい。 英語の競馬用語も色々あって面白かった。 juvenile は性別に関係なく2歳馬のこと。filly は4歳までの雌の馬。colt は4歳までの雄の馬だが去勢されていないものに限定される。去勢するのは気性の荒さを直すためだそうだ。去勢された馬は英語で gelding というらしい。日本語では「せん馬」だそうだ。去勢されると当然、子孫は作れなくなる。種馬 stud になれない。種馬には別の言い方で entire だとか stallion ていうのもある。entire って、そうでない馬たちに対してちょっと失礼な表現じゃないかな。 いや、競馬用語で失礼なのはもっとある。 血統の記録簿を stud book という。父親こそが重要であって、お母さん馬の方はどうでもいいのか。競馬の世界にも男尊女卑、封建主義、一夫多妻が蔓延しているようだ。実際、サラブレッドの血統を語る場合は、父系 = サイアーライン (sire line) ということが言われる。sire という言葉自体、senior からきたものらしい。始祖とか高位の人という意味があるとか。なんだかとても尊ばれた感じ。現在のサラブレッドの父系を遡ると、すべてたったの3頭の、18世紀のイギリスで活躍した名馬のいずれかにたどり着くというから驚きだ。 しかし感心している場合ではない。競走馬の繁殖の世界における、この父系重視は科学的に正しいのか? お母さんの遺伝子や、子どもが胎内にいる間に母体が与えたものはカウントされないのか。 と、そんなことを思っていたあの頃であった。 それにしても前回は野球、今度は競馬と、だんだんオヤジ化しているなぁ……。次はゴルフか?
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| 2006年11月21日(火) |
パンの笛 |
閑話休題
今日はお仕事のお話はちょっとお休みです。先週の日曜に叔母が亡くなりました。54歳でした。2年弱、癌を患った後に帰らぬ人となってしまいました。叔母は私が小さい頃からまるでの実の母のように、そして私が大きくなると、まるで姉か友人のように、いつもいつもそばにいて、私をかわいがり、気にかけてくれた人でした。「にぎやか」という言葉がぴったりなほど元気で、華やかで、一緒にいてとても気持ちが晴れやかになる、そんな人でした。その叔母も、病気が判明してからはその元気だった頃が嘘のように、あれよあれよと病魔に冒されていってしまいました。それでも私が病床に見舞うと、いつも以上に元気に振る舞い、自分のことは忘れて私のことばかり心配してくれていました。ずーっとおばあさんになるまで、きっと身近にいるはずと思っていた人が急にいなくなるというのは、やりきれないものです。これが世に言う、「心にぽっかり穴が開いたよう」という状態なのでしょう。いまひとつ何事も手に付かず、特に生産的な仕事や家事はなかなか身が入りません。こんなときに、事情を察したエージェントの方が納期を延ばす手配をしてくださったり、友人が温かい言葉をかけてくれたりしたのが、身にしみて嬉しいものです。今はまだ、悲しい気持ちと楽しい思い出が交錯して気持ちの整理がつきませんが、ゆっくり時間をかけてその悲しみをほぐしていって、いつか、天国で叔母に再会するときに、笑顔で「久しぶり!」と言えるよう、仕事も、家庭も、友人づきあいも、精一杯楽しんでいきたい、と思っています。 来週は元気で楽しいお話をお楽しみに…! |
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| 2006年11月20日(月) |
かの |
半熟卵の教訓
半熟卵に凝っている。そのきっかけとなったのが、秋のお彼岸で叔母宅にてご馳走になった一品だ。 叔母は料理上手で、いつもおいしい手料理でもてなしてくれる。今回私が気に入ったのは「半熟卵の酢醤油漬け」。醤油で褐色になった卵を半分に割ると、中から黄身がトローリ。一口含むとお酢と醤油の絶妙なバランスに「うーん、おいしい!」となった。子どもたちもこの一品を大いに気に入っていた。 「半熟卵は7分茹でるの。7分よ」と言っていた叔母。7分茹でて殻をむき、「醤油3:お酢3」の汁に漬けておくのだそう。帰宅してすぐこのレシピに挑戦することにした。言われたとおり7分茹でてすぐ殻をむこうとしたが、白身ごとボロボロむけて大失敗!でこぼこのゆで卵を汁に漬ける羽目になってしまった。味そのものはおいしかったけれど。 そこでネットで「半熟卵」を検索し、作り方を発見。こちらは「お湯が沸騰したら鍋を火から下す。卵を入れて15分間放っておく」というもの。ふむふむ、これならコンロを占領せずに済みそうだと早速やってみた。しかし結果は×。やはりうまくむけなかったのである。 もう一度トライするべく別のレシピへ。「7分中火→流水→殻をむく」とある。こちらの結果は大成功!うまくむけて卵はつるんつるん。汁に漬けておいたらきれいに色もつき、味もバッチリ。中の黄身もトロトロであった。その後何回かやったことで、この料理もすっかり得意になった。 今回は短期間に何度も半熟卵を作って挑戦し、練習を積み重ねたのが良かったと思う。前回の教訓を覚えていたし、何よりもすべての工程を体で覚えていったからだ。これはまさに英語学習に通じるもの。新しい単語を覚えたらそのままにせず、実践し、何度も使うことで初めてモノになっていくのである。 |
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| 2006年11月17日(金) |
まめの木 |
わらしべ長者的キャリアのすすめ
『まんが日本昔ばなし』世代の方々にはお馴染みのこの話、私の人生哲学と言っても過言ではないほど好きなのである。 ものすごく貧しい男が一心に観音さまに祈るところから始まり、「ここを出て初めて手に触れたものを大事に持って旅に出なさい」とお告げをもらった男のサクセス・ストーリーだ。一本のわらを拾い、それにアブが止まり、それがミカンになって、絹の反物になって、馬になって、最終的には縁を得て長者になる。 この主人公の特徴で注目すべき点がいくつかある。 まずこの男、かなり注意深い。いくら観音さまのお告げといえども、いや、観音さまの言葉だからこそ期待度も高まり、普通ならわらなんて拾わずに行ってしまう。わらが落ちていることすら気づかないこともあるかもしれない。また、ハプニングに対しても常に前向きだ。話の中では、常識から考えてかなり損な取り引きもしているのである。絹の反物と馬を交換する場面だ。いくら侍の持ち物といっても、元気のない弱り果てた馬などを押し付けられた時だって、「ラッキー!わしゃあ、ついてるのう。さすが、観音さまのお陰じゃ。」と喜んでいるのである。この辺の感謝の心も素晴らしい。しかも、すべきところではちゃんと努力もしている。絶命寸前の馬を城下町の長者が一目惚れする程までに介抱するのだ。それも、「きっと良い馬なのだから元気になれば高い値で売れるかも…」などといういやらしい下心は皆無で、「お前も疲れたろ…」とまるで同志のように水を飲ませたり、体を拭いてやったりするのだ。
この話を思い返す度に、つくづく通翻訳者の道にも通ずるところがある、と一人うなずいてしまう。さすがに観音さまのお告げは無いかもしれないが、私たちも「ああ、通訳者になりたい。どうにか通訳者になれないだろうか…」という夢を抱くところから始まる。そして長い長い旅に出るわけだが、学校に通って、各種資格を取って、さあエージェントに登録!というところまで行っても、登録した月からいきなり「売れっ子通訳者」という訳にはいかない。そこで大事なのは「目の前に最初に現れた“わら”を大切にすること」だ。最初はビジネスレター1枚、スペック1枚の翻訳の依頼かもしれない。しかし、その“わら”が数年後の会議通訳の仕事につながる可能性を秘めているのだ。確かに1週間にたった1枚の翻訳では生活できないが、だからといって捨ててしまっては、翻訳料が手に入らないばかりではなく、キャリアも将来も手に入らないのだ。最初から「私は通訳者になりたいのであって、翻訳はやりたくないんです。」という人もいるが、まったく通訳とは関係ない場面で名刺交換をしたご縁で、何年か経って舞台通訳の仕事を頂いたこともある。翻訳は全国ネット、なにも東京に限って営業する必要はない、と名古屋のエージェントに翻訳者として登録したら、愛知万博の通訳の依頼が来たこともある。 つまり、少し論旨が飛ぶかもしれないが、「あの時あれをしておけば良かった。」という後悔の法則を転換して、「あの時あれをしておいたから、今のこれがある。」と考える方が、人生、断然お得なのである。それには、何が観音さまのお告げであるところの“初めて手に触れたもの”なのかを判断する感性も必要だ。そして、「ふん、わら一本か…」と捨ててしまったり、最初から「これをもっとビッグなものと交換してやろう」というギラギラした欲を持っていては、運にも見捨てられてしまう。ギラギラした情熱は内面や能力を磨くことに傾ければよい。
この話、「男は生涯、わら一本粗末にすることはありませんでした。村人からは“わらしべ長者”と呼ばれました。めでたし、めでたし。」で終わる。「わら一本をも粗末にしない心」を大切に、これからも一歩ずつ歩んで行きたい。 |
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| 2006年11月16日(木) |
仙人 |
遅ればせながら
カタカナ言葉に文句がいっぱいの話は、このブログによく登場します。私も遅ればせながら、調子に乗って参加させてください! できるだけ日本語にしようと努力しても、カタカナのままのほうが通じる、いやカタカナでないと通じない用語、しかも業界では普通で、一般人には未知という状況がいちばん困ります。大好きなのでよくお受けするのですが、産業翻訳での車関係はとくにその傾向が強いと思います。一般人にはちんぷんかんぷんなことも、英語をカタカナにすると、その筋の方にはぴたりと通じるし、エンドユーザー(といってもマニアから初心者まで)向けから技術者向けまで、知識レベルが大きく違うので、誰を相手にして何を目的にした文書かを考慮しつつ、どこまで日本語にすべきかさじ加減が大変なんです。pulleyは「滑車」でなくてプーリーでいいと思っていたら、あ、この場合には、「ファンベルト」ですねとか、tire ironが「タイヤレバー」とか、別のカタカナ語への置き換え作業もあって、どこまでのカタカナ度がいいのか判断つきにくいです。 あるとき「限定的分断差動器」と訳したものの、どういう機能のものか理解できず、車に関しては絶大の尊敬と信頼を置く家人にどーゆーモノ? とたずねたら「は?」という答えが。内容が理解できていない訳を納品するわけにはいかず、”limit-split differential”って書いてあるの、というと、「あー、リミット・スプリット・デフのこと」と言われて、のけぞってしまいました。いや、それではあんまりそのまま、別の言い方はないの? と聞くと、しばしの沈黙のあと、「LSDかな」そんなー。翻訳者としての私はどうなるの。おまけに、それがどんな車で、中身がどういう内容なのかも、ほぼ察知されてしまいました。そのときは、機密に関して敏感なものではありませんでしたが、単独の用語だけでも、詳しい人はすぐ内容までぴんとくるのだということがわかり、やたらに質問しちゃいけないんだわ、と自戒することにもなりました。 基本的にはカタカナ語の多い業界では、英語をそのままカタカナにするほうが、より、よろしい訳とされる感じがあるのは事実。家人いわく、そういうのに興味がある人は、カタカナがわからなくても、それがどういうものか調べるのが楽しいので、変に訳してないほうがいいんだそうです。なるほど。 ただ、専門用語的なことはしょうがないとも思うのですけどね、お客様がカタカナに慣れている人たちばかりでluxuryとあれば、まちがっても「贅を尽くした」と訳してはならず、ラグジュアリーと言わないといけないって雰囲気なのも、ちょっと翻訳者の良心がとがめるところです。 |
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| 2006年11月15日(水) |
the apple of my eye |
日米野球に思うこと
先日の3連休中に日米野球を観に行った。 我が家はそれほど野球ファンというわけではないが、メジャーリーガーのプレイを生で観るチャンスはなかなかないと思い、少々お高いチケットだったが入手した。動物園や映画と違って、子ども料金ってないんだなぁ。 東京ドームの入口で、まず厳重なセキュリティチェック。ポケットの中身を全部出し、息子のリュックの中身まで調べられたのには驚いた。さらに探知機でのボディチェックと、ペットボトルの持込が禁止なので、開封していないペットボトルまでわざわざ開けて、紙コップに全部移し替えさせられた。緑茶って紙コップに入れると、巨大な検尿みたい。 ……失礼。 とにかく、春に西武球場に行ったときはこんなチェックはなかったし、我が家が観戦した日の始球式は安倍首相ではなく元広島カープの山本浩二氏だったので、きっとMLB選手がいるからだろう。 「MLB式の応援を体験してください」と、入口の中で2本ずつ、空気で膨らますビニールの筒をもらった。拍手の代わりにこれを打ち鳴らすのだ。日本ではお金を出してビーッというゴム風船を買って、途中で飛ばすのだが、それは今回売っていなかった。 それ以外でも、選手の呼び出しも英語だったし、電光掲示板の表示もローマ字/英語、応援席も鳴り物は無しで、すべて「MLB式」。途中で小刻みに入る音楽は We Will Rock You だったり That’s the Way (I Like It)、Young Man などで、これも「MLB式」。 そしてもちろん、7回裏の攻撃に入る前にはあの曲が流れる。 Take Me Out To The Ball Game. 残念ながら観客は大半日本人なので大合唱というわけにはいかなかったけれど、雰囲気は味わえた。簡単なメロディなので8歳の息子は覚えてしまい、帰ってからも口ずさんでいるくらい。親しみやすい歌なのだろう。それともイチローの出ているあのCMで覚えたのか? この歌、球場で流れる部分以外に前半があったなんて、知らなかった。 翻訳稼業の「調べ癖」のおかげで、またちょっと調べて分かったのだけれど。 Baseball Almanac によると、曲が作られたのは1908年、100年近く前の歌だなんて、スゴイ。でも球場で歌われるようになったのは1971年が最初なんだそうだ。 “...... For it's one, two, three strikes, you're out, At the old ball game”
そういえば、アメリカの Three Strikes You’re Out Law というのが話題になったことがあった。クリントン元大統領が積極的に賛成したので有名になったのだが、カリフォルニアなどの州法で、felony で3回有罪になったら仮釈放なしの終身刑を命じられると定めるものだ。felony とは、死刑または1年以上の長期の刑を科される「重罪」のことをいう。犯罪者の再犯率が高いことと、死刑にならない限り、たとえ終身刑でも仮出獄してはまた犯罪を繰り返すパターンも多いことから、被害者やその家族の感情を反映した法律だと歓迎されたり、逆に犯罪抑止力にはなっていないという批判もある。日本でも特に性犯罪者に対する厳罰化を求める声は強い。 なんてことを考えながら観ていたら、試合は圧倒的なパワーでメジャーの勝利。8対6。 今季58本も本塁打を打ったフィリーズのハワードが2本も本塁打を打った。 MLB側にはホワイトソックスの井口が出場していた。マリナーズの城島はベンチだったけど。日米野球の「米」側に日本人選手。なんとも不思議だけれど、いいなぁと思う。 自分は普段、言葉という手段で人と人がコミュニケーションを取り、理解しあうための手助けを仕事にしていると(理想的には)思っているが、スポーツで理解しあうというのもアリだ。異なる国、文化、民族の人々が、同じスポーツを同じルールで楽しむことで理解しあえる。そこには言葉は不要である。 今日は野球に負けたなぁと思った日であった。
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| 2006年11月14日(火) |
パンの笛 |
嬉しい?誤算
これまで数社で社内翻訳者を務めた間も、そして在宅翻訳でも、一番多く受けているのが、何といってもコンピュータ関係の翻訳です。元々「超」が付く文系の私ですが、ユーザとしてはコンピュータは嫌いではないし、まぁ、それなりに使いこなせてるし、なんていう軽い気持ちで、翻訳の勉強をする際にコンピュータを専門分野の一つに指定していました。とはいえ、心のどこかで「翻訳=文章表現を巧みに操る作業」という意識があるせいか、単語の置き換えの正確さが最も要求されて、あまり翻訳者の文章能力が求められることのないコンピュータ関連のお仕事は、なんとはなしに邪道のような印象を抱いていました。もちろん、実際に翻訳に当たってみると、この業界の用語は日進月歩なので、その進歩についていっていなければ当然、自分が作成した訳文も「事情を知らない人が書いたシロウトくさい文章」になってしまうので、他のどの分野とも同様、日々勉強が必要なのですが…。 しかし、7月から本格的に在宅翻訳者になってみると、意外にもあまりコンピュータ関連の仕事の依頼は来ませんでした。そして、コンピュータ関連の仕事の依頼が来ていないこと自体すら、認識もしていなかったのです。そこへ先日、コンピュータのマニュアルの翻訳の依頼が大量に来ました。受けたときはあまり意識していなかったのですが、実際に作業を始めてみると、「あぁ、懐かしい。いつもこういうの、やってたなぁ。」と思っている自分がいます。おまけに、意外にも、他の分野の仕事に比べて筆(キー?)の進みが格段に速いのです! これは嬉しい誤算でした。なんだか、考えるそばからどんどん作業が進みます。普段なら、いろんな箇所でふと止まり、ちょっと調べてはまた作業に戻り、またちょっと進めると手を止めて、となってしまうのに、今回はぐんぐん進みます。最初はあまり意識せずに選択した専門分野の候補は、数年の時を経て確実に自分の中で勢力を拡大して、自分の身についていたのです。これから先、何日まともに寝られるか…と鬱々たる気持ちでいたのも、少し晴れやかになりました。納期までには一晩くらい、飲んじゃっても平気な日ができるかも! ついほくそ笑んでしまいます。 |
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| 2006年11月13日(月) |
かの |
はじめてのマスク
ここのところ、急に冷え込んでいよいよ冬到来。体調を崩しがちになるので、声が商売道具の私も気をつけるようにしている。 ところが早くも息子が風邪を引いてしまった。熱はないので幼稚園には通い続けているが、かなりの咳。幸い日曜日にやっていた近所の小児科で咳止めを処方してもらった。 薬のおかげで快方に向かっていたある日、息子が朝こう言った。 「お母さん、ボクね、マスクが欲しいんだ。」 内心「うーん、でももう咳も少なくなっているから、マスクなしでも大丈夫じゃないかな」と思った。けれども「わかった。じゃ今日、お仕事の後、マスク買って来るね!」と約束したのである。 しかしその日に限って遠方での授業。丸一日しゃべり続けて帰りの電車に乗ること2時間。お土産はしっかり買ったものの、肝心のマスクは買い忘れてしまった。気がついたのは、子どもたちを夕方お迎えに行く直前。手帳には「マスクを買う」としっかり書いておいたのに。 まあ忙しかったし、本人の咳もほとんどなくなってきたから、なくても何とかなるかな。第一、朝の会話なんて夕方にはもう忘れている可能性だってある。 ところがお迎え時には開口一番、「マスクは??」であった。 「ごめんね、買い忘れちゃった」と言うと、見る見るうちに大粒の涙をためている。普段なら「ギャーン!!買ってって言ったのに〜!!」と涙ながらに怒るのだが、この日に限って涙も流さず、「・・・いーよ・・・。ボク、我慢できるから・・・」とポツリ。本人なりに母親の仕事状況や色々なことを理解しようと頑張ったのかなと、私の方がせつなくなってしまった。 幸い帰り道に薬局を見つけた。息子は「無地のマスクがいい」と言う。子ども用はキャラクター物だけなのではと思いきや、子ども向け無地マスクを発見。買ってあげたところ、大喜びであった。 「ボクね、マスク初めてなんだ!」とニコニコ。咳はもうほとんど出ない。でも「はじめてのマスク」が何よりも嬉しかったようで、ずっとつけていた。私もそういえば、初めて英和辞書を買ってもらったとき、ずっと眺めていたなあ。 |
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| 2006年11月10日(金) |
まめの木 |
翻訳の神様
孔子は論語で「子、怪力乱神を語らず」と言っている。君子たるもの、おばけやUFOの話をしたり、困った時の神頼み的な行動は慎むべし、との教えである。 これは通翻訳者にもあてはまると思う。オリジナルの原稿やスピーチがあってこそ、私たちの職業は成り立っている。だから、勝手に幽体離脱してあらぬ世界に想いを馳せたり、陶酔のあまり自分の世界に浸ってみたり、意味が取れないからといって自己流に解釈して自分の哲学を振り回すのは、仕事上、絶対にタブーなのである。 しかし、通翻訳者といえども人間。時には神に祈りたくなることもある。 例えば、翻訳中、筆が進まなくなった時。 自分にとって初めての分野や形態の通訳の現場に行く前日。 このような場合、君子のプライドなど捨てて素直に神に祈ってみると、案外効果があるものだ。特に翻訳で詰まった時に有効である。まず、原稿とパソコンの画面にしがみつくのをやめ、おもむろに専門書や資料を広げてみる。この時、おいしいコーヒーがあれば尚よろしい。脳が悲鳴を挙げている場合は、アルファー波を与えるためにモーツァルトのアリアなどをかけてみるのも良いだろう。バッハのブランデンブルク協奏曲もお奨めだ。これで少し落ち着いたら、次にお風呂に入って「みそぎ」の儀式をやってみる。これまでの内容を反芻・整理しながらバスタブに浸かり、脳内に溜まった垢を洗い清め、余裕のない自己を反省しつつ、「翻訳の神様、どうか降りてきてください」と真摯に祈るのである。身が清められたところで、再びパソコンに向かう。すると、なんとまあ、思いも寄らぬ妙案・名文が浮かんでくるのである。ただ、ここまで念入りに「儀式」をしてしまうと、大抵夜中になっているのが問題だ。しかし、せっかく気合を入れて「翻訳の神様」をお呼びしたのだから、ここでやめてはもったいない。と、そのまま作業を続けると、だんだん窓の外が白んでくる。新聞屋さんが明け方に「ボコッ!」と新聞を入れる音がすると、先刻まで翻訳の神様と過ごしたオイフォリーから目覚め、何とも言えぬ寂寞感に襲われる。
以前、翻訳者の友達にこの話をしたら、 「翻訳の神様はわかる。でもその“儀式”って、ただの気分転換じゃないの?」 まあ、命名については人それぞれにしても、翻訳籠城中はアフターファイブのストレス発散はできないし、そもそも外に出かける心理的・時間的余裕もないので、好きな入浴剤を入れたバスタブに浸かるだけでも、ちょっと贅沢な気分を味わうことができるのだ。 |
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| 2006年11月 9日(木) |
仙人 |
3-1-3!
おとといケーブルテレビで『8マイル』をやっていたので、しばらくぶりに観ていたらDJホストが『ER』のプラット先生であることを発見したりして、ちょっと楽しくて、エミネムってやっぱりかっこいいなあ、とCDを聴き始めたのですが……。いつもなのですけど、映像があるとそれほど気にはならないのに、音だけだとやはりあまりに過激な言葉の連続にちょっとまいってしまって、アルバム最後まで聴けません! 基本的に母国語でない言葉で喧嘩することの最大の利点は、ののしり言葉を投げつけられて、それがどういう意味であるかを理解していてもそんなに直接ぐさっと来ないというか、比較的冷静に対処できることで、だからこそ外国語に少し慣れてくると、やたら汚い言葉を使ってしまいがちなので注意しなければいけないというぐらい、母国語以外の汚い言葉って、わりと平気でいられるのです。けど、エミネムの歌詞って……。彼が地球の裏側のババアにどう思われていようが、気にするとは思えないし、怒りがほとばしっているのはわかるのですけど、もう少しだけ、でいいから落ち着いた気分でCDが聴けるといいなあ、といつも思います。けれど、韻を踏んだ言葉が畳みかけてくるのって、英語の詩としても優れたものであると私は思います。 私は日本語でもダジャレみたいなのがまるで弱くて、くだらないとか言われながらもシャレを連発する人って、すごいなあとひそかに尊敬してしまいます。英語の詩がぴっちりと韻を踏んでいると、もう無条件に賞賛! です。エミネムと同じ3−1−3デトロイト、ということで言えば、モータウンサウンドの柱のひとつであったスモーキー・ロビンソンの言葉のセンスがすごいんです。ビートルズがカバーしていた”You’ve Really Gotta Hold on Me”とか作った人です。彼の曲のなかで、韻を踏むという点でとくに感動するのは、あのテンプテーションズの”The Way You Do the Things You Do”という曲で、本当に見事に韻を踏んでなおかつ、若い男の子の心情がすごくかわいく上手に訴えられています。 昔、いつも対立していた営業のディレクターがデトロイト出身で、ふと、最高の歌詞はテンプスのあの曲だよ、と言い出し、二人でこの曲を合唱し、以来仕事がすごくスムーズに運ぶようになったこともあります。rhyme is a big time?? だめだー、韻を持つ言葉が出てこない! |
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| 2006年11月 8日(水) |
the apple of my eye |
職業病
知人がクロアチア旅行に行ってこられたというお話で、サモボルという街で有名な「サモボルスケ・クレムシュニテ」というお菓子を食べたと伺った。写真も見せていただいたが、「パイ生地の間にクレームブリュレがはさまったような」という表現と併せて見ると、なんとも美味しそうで涎が出そうになる。 ところでその「サモボルスケ・クレムシュニテ」とは、どういう意味なのですか、と尋ねてみた。クロアチアの言葉は全く分からないので、とても気になるのである。とにかくクロアチア語に限らず、自分にとって意味不明の音声や文字列を見ると、無性に意味や言葉の組成を知りたくなる。 「サモボルスケ」は、サモボルの街のお菓子だからきっと「サモボルの」くらいの意味でしょうね。「クレム」は、「クリーム」かな、「シュニテ」はなんだか響きがドイツ語っぽいですね、などと勝手に想像を並べ立てると、相手の方に「旅にはそんな楽しみ方もあるんですね」と笑われてしまった。そして「シュニテ」は分からないけど、ドイツ語で「シュニッテン」といえば切り分けるお菓子のことを言うんだと教えていただいた。 そうか、意味不明の文字列を見たり音声が耳に入ってきても、ウズウズしてこない方もいらっしゃるのだ。 そういえば、最近こんなこともあった。 うちの息子が入会している某子ども向け通信教育で毎月送られてくる「フロク」に、計算ゲームのようなおもちゃが入っていて、答えを入力すると「※!☆〜◆」と、何らかの言葉がゲーム機から流れる。それが例のピッチの高い電子音で、息子がリビングにいて私がキッチンにいるなんて状況だと、はっきり聞こえないのだ。イライラしながら聞いていたのだが、何度聞いても何という単語を発しているのかが聞き取れなくて、とうとう、包丁を持つ手と水道とガスと換気扇を全部止めて、聞いてみた。それでも聞き取れない。最後には息子に向かって、 「ねえ! その機械、いったいなんて言ってるの!」と怒鳴ってしまった。 息子は私が何でイラついているのかサッパリ分からない表情だった。 けっきょくその計算ゲームは、正解の時には「ゴメートー」とか、間違ってると「モウヒトイキ!」だとか、そんなようなことを言っていたらしい。 それさえ分かればもう、同じ電子音を聞いてもイラつくことはなかった。 やはり翻訳という職業からくる職業病なのだろうか。 他の翻訳者さん、通訳者さんのご意見を伺ってみたい。
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| 2006年11月 7日(火) |
パンの笛 |
仕事の依頼は恋愛と同じ!?
フリーランスになると、仕事は、来るときもあれば、来ないときもあります。(厳しい現実。)今はおそらく一年の中でも比較的忙しい時期なのでしょう、とっても忙しいです。でもそれも、今手元にある依頼が終わった瞬間にどうなるかは、神のみぞが知ることです。こうした不安定な状態を数ヶ月まともに経験してみて、これはなんだか恋愛をしている時の心理状態に似ている、などとふと思ってしまいました。新しいエージェントに登録したときには、「私を気に入ってもらえるかしら」とドキドキ。どうやら気に入ってもらえたとしても、「仕事の依頼が来るかしら」とやきもき。しばらく依頼の続いていたクライアントが、ある日ぷっつりとうんともすんとも言ってこなくなると、「私何かまずいこと言ったかしら、あの言い方がいけなかったのかしら、こんなこと言うべきでなかったのかしら」と心配。そしてしばらくして何事もなかったようにそのエージェントから依頼が来れば、「やっぱり私のこと好きだったのね」とまるで天にも昇らんばかりの嬉しさ(正確には「好き」というのとは違うと思いますが)。さらに、提出した訳文も、クライアントの方にどこまで寄り添うべきか、それとも孤高を保って、「ここはこうでなくてはおかしいです!」と主張するべきか…。受け取る方にだって、性格も、好みもあります。翻訳者にお金を払って作業を行ってもらうからには、とにかく正確で、流暢な文章を書いてほしい、そのためには自分の原文の表現から多少はずれても良いと思う人から、どんなに翻訳者が言語面では専門だといっても、自分の仕事に関する表現は自分の色に染まってほしいと思う人まで。しかも、たいていはエージェントがワンクッションおいてくださるだけに、何かあったらお叱りがエージェントの方々の身に振りかかってしまうのは、本当に心苦しいばかりです。あぁ、これではまるで、ラブレターを渡して、と友人に頼んだら、その友人が「こんなもの今持ってくるな」と相手に怒鳴られてしまっているような、隔靴掻痒の気分。とはいえ、同じだけの分量や内容の仕事を個人で集めるのは到底不可能。こちらとしては、お頼り申し上げるしかないのです。本当を言えば、エージェントの方だってきっと、「同じ依頼するなら、本当はこの件、あの人にならぴったりと思ってたのに、あの人は手が空いてなくてタイミング悪い。仕方ないからこちらに依頼しよう」なんて思ってることだってあるに違いない。そうは絶対におっしゃらないけど…。これは仲人の心境にも似ていますね。片や最高条件の男性がいて、それに見合う女性が見つけられないもどかしさ。もちろん、逆に最高の組み合わせで喜ぶ場合もあるでしょう。かく言う私たち翻訳者だって、精一杯努力して完成させた訳文を、エージェントの方も、クライアントも手放しで喜んでくれると、本当に、まるで運命の人に出会ったかのような嬉しい気持ちになり、数日はふわふわと地面から浮いているような感覚になってしまうほどです。…ああ、気持ちの浮き沈みの激しい日々。だんだん逞しくなっていけるものなのでしょうか…。元々あまり動じないタイプのはずなんですがねぇ…。 |
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| 2006年11月 6日(月) |
かの |
ビー玉石鹸
我が家の近くにある皮膚科では、なぜか診察の最後に必ず低刺激石鹸のサンプルを大量にプレゼントされる。店頭にも並ぶこの石鹸、一体なぜ無料で配布されるのか詳しい裏事情はわからない。でもせっかくなのでありがたく頂戴している。サンプル品なのでサイズは500円玉硬貨ほど。大事にしまっておいても仕方ないので、せっせとお風呂場で使うようにしている。 元々私は試供品を入手したらすぐに使いきりたいタイプ。いつまでも取っておくと物がゴチャゴチャ増えるような気がするからだ。街頭でもらうシャンプー・リンスセットもその日のうちに使いきってしまうし、旅先から持ち帰った小さな歯磨き粉もできる限り早く使い終えたい。化粧品のサンプルについては顔の肌に合わない可能性もあるので、ハンドクリーム代わりに。要するに「サンプル=すぐ使い切る」が鉄則なのだ。 そのようなわけで、ここのところ我が家はこの小型石鹸を使っているのだが、ある晩のこと、夫が尋ねてきた。 「・・・あのさあ、この石鹸、いつまで続くの?」 「うーん、皮膚科でたくさんもらったから、もうしばらくは」 「この石鹸だとさ、あまりにも小さくて。まるでビー玉で体洗ってるみたいなんだよね。」 しかもこの低刺激石鹸は通常の石鹸と比べてあっという間にお湯に溶けてしまうとか。使っているうちにどんどん小さくなってしまい、夫としてはこの『ビー玉』が手からこぼれ落ちないようにするだけでも一苦労らしい。 こうしてクレームが出てもやっぱり処分するのは惜しいので、とにかく使い切るまではこの状態がしばらく続きそう。「これもMOTTAINAIの別バージョンよ」と密かに思っている。 |
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| 2006年11月 3日(金) |
まめの木 |
丑三つ時の奇妙な行動
翻訳は椅子に座ってひたすら頭ばかりを使うので、毎日長時間、それも比較的長期間やっていると、どうも精神の構造に影響が出るらしい。 以前、大きな案件を仲良しの翻訳者と一緒に翻訳した時に流行った(?)のは、「ポテトチップの一本食い」である。筒に入っているタイプの、あのポテトチップである。 さすがにこれは、体に悪い。座りっぱなしで血のめぐりも悪くなり、当然、内蔵の働きも弱っているのに、それでもついついやってしまう。それも、「一本食い」が行われるのは、主に深夜の時間帯だ。 当時の彼女とのメールのやり取りを見てみると、深夜になる程、おかしな会話をしている。 以下、恥を忍んで抜粋してみると、
「SGB V 123a」は「社会法典第5編第123a条」に統一しましょう。 「社会法典第5編」は1950年から編纂が始まって、1997年当時では11編まで完成していたそうです。 関連文献及び以下のホームページから抜粋した用語をまとめてみたので、確認してください。
というように、日中はまともな内容で始まるのだが、深夜になると、
今日は米を5キロ買ってきた。味噌もあるし。 これでしばらく篭城できる。 「償還請求権」が「訪韓請求権」になっているよ〜。 そんなに韓国行きたいの〜? 読み返してみると、自分で書いた文章が理解できない。 またまた「一本食い」を敢行。
と、だんだんと怪しくなってくる。 さすがに最近は健康に気を配るようになったので、「ポテトチップの一本食い」は卒業したが、それでもやはり、妙な行動を取る。その時々で「旬の品」は変わるのだが、食べ物で言えば、篭城に向けて甘〜いカフェラテを大量に買い込んでみたり、冷蔵庫に魚肉ソーセージがないと落ち着かない時期もあった。 食べ物だけではなく、思い切りのよい行動、というかほとんど衝動的な行動も、深夜に行われることが多い。家具や調理器具、CD、本などを、インターネットで注文してしまう。昼間だったら、「まあ、なくてもよいかな…」と諦める品物を、夜中だと気が大きくなって、思わず「お買い物かご」へクリックしてしまうのだ。 翻訳は自宅でできるし、なんといっても調べ物がじっくりできるので、通訳よりもストレス度が低いと思っていたが、こうしてみると、通訳とはまた違ったストレスがあるようだ。
最近はこういった行動を回避するためにも、なるべく朝早く起きるように努力しているが、翻訳が続くと、どうしても活動時間帯が夜へ、夜へ、とずれ込んでしまう。 そして、昨日もまた思い切りの良さを発揮して、なんとウィーン往復の航空券をネットで買ってしまった。思考能力の正常な昼間だったら、「仕事が入るかもしれないし…」となかなかバカンスを取る勇気も出ないので、半ば勢いとはいえ、妙なエネルギーでも使いようによってはポジティブな結果になるものだ(と自分に言い聞かせている)。
というわけで、11月末から約1週間、ウィーンへ行ってきます♪ |
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| 2006年11月 2日(木) |
仙人 |
求む、特別待遇
英語で異なる言葉が続くのに、それを表す日本語の言葉が少ない現象、表現編です。文芸ものでは特に悩むことが強く、gentle、sweet、 tenderと続くともう降参です。さらにsoft、subtle、動詞や修飾する言葉との組み合わせにもよりますが、おおいかぶせるようにconsiderate、peaceful、delicate……そして、これが、すべてkissを修飾するとしたら、どうします? さらにその前段階として、brush lips lightlyってあったら……。確かに訳者の腕の見せ所だったりもしますが、うー、厳しい。 また、動詞の数が、英語と日本語では大きく異なり、たとえば「歩く」様子の違いを日本語は形容動詞や擬音・擬態語を使って「さっさと」「どすどす」「きびきび」+「歩く」のに、英語は動詞そのものに違った語を持ってくるので、その感覚をいかしたいと思うと、どうも擬音語の多い訳になってしまいます。 それから、英語をそのまま訳すと二重表現になるものも厄介です。regret laterは何の問題もないけれど「後で後悔」はバツです。よく悩むのはopen clearingで「開けた空き地」って二重? 空き地は開けてるから、空き地なのか、いや開けていない空き地もあるのか……ともかく、山の中などを歩いていて、ぱっと目の前が開けたところに出た、上部にも木が覆いかぶさっていないし、地面も下草だけで障害はない、そういう開けたところ、なわけでそれを数語でどう説明するべき? 最終的には、描かれた状況を丁寧に頭の中で再現し、それを日本語で一から説明するという作業がいちばんいいように思います。フランス語からイタリア語、ポルトガル語からスペイン語、英語からドイツ語みたいな訳はしたことがないのでわかりませんけど、どう考えても英語から日本語より簡単だろうって思うんですけど? あまりはっきりしたことは言えませんが、この労力差は翻訳料の違いにあまり表れていないような気が……。もちろん、日本語のほうが高額ではありますけどね。 |
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| 2006年11月 1日(水) |
the apple of my eye |
それぞれの立場
最近、想像力に欠ける人が多いねという話になることが多い。 早い話が「自分さえよければ」という人である。 たとえば歩道を猛スピードで走る自転車。出勤や登校で急いでいるのは分かる。しかし歩道には高齢者や子ども、ベビーカーを押したお母さんも歩く。幅は広くない。そこに前から後ろから猛スピードの自転車が突っ込んで来たらどうなるか。多少の想像力を働かせれば分かるはずだが、そうではないらしい。それで最近、息子の同級生が自転車にぶつかられ、倒された拍子に前歯を数本折ってしまうという事故がおきた。ぶつかった自転車の女性は、その子が倒れたことを知りながら走り去ったそうだ。 マンションの敷地内にゴミを平気で捨てる人がいる。購入したCDや雑貨の包み紙、アイスキャンディの棒。自分がゴミを落とせば、不快に思う人がいたり、最後には他の誰かが拾わなければならないという想像力がない。 学校のPTA役員選出。フルタイムで働く人にとってこれほどの恐怖はない。物理的に無理なのだから。専業主婦のお母さん方ですら避けるのに、仕事で保護者会にも出席できない人を欠席裁判で候補に選出する。「仕事を言い訳にして学校の用事を専業主婦に押し付けるのはズルイ」という考え方もある。しかし、活動を週末や夜にして、お父さんと交替で出席できるようにするとか、自宅に持ち帰ってできる作業のために平日の昼間にわざわざ集まらないとか、お料理教室だの講演会だのフラワーアレンジメントだなんて、行きたい人だけカルチャー教室に通えば済むものをPTAの活動から省くなど、仕事を持つ人でも参加しやすいよう改善する余地はたくさんあっても、慣例に固執して何も変えないのもどうだろうか。お互い、相手の立場を少し想像しあえば済むはずなのに。 想像力が足りないのを補うのは何か。 経験ではないだろうか。 かく言う私も自分の想像力が優れているとは思わない。 経験を通して少しずつ身についてきたのでは、くらいには思うが。 たまたま、大学を卒業して数年間勤めたのが、百貨店だった。 この立場の逆転はかなり衝撃的なものだった。 昨日までお客さんだったのが、今日からは店員なのだから。 おかげで見えたことがいくつもあった。 100万円以上の宝飾品を買う客も、150円の漬物パックを買う客も、同じ客として扱うべきであること。少なくとも、その場では。包装紙の色を変えるとか、高級なトイレに案内するとか、特急エレベーターを用意するとかってことはない。 ところが裏ではやはり異なる扱いをする。高額商品を頻繁に買ってくれる顧客には外商部員がついて御用伺いに行くし、来店した時は特別のサロンにお通しするし、歩引きもする。それが商売というものだ。 たまたまレジが混雑しているとか、さっきまでガラすきだった売り場に急に客がどやどやっと入ったためとか、他の職員が休憩や会議中で売り場が手薄だとか、新入りで手際が悪いといった、店側の都合は、客にはまったく理解できない、理解する必要もない事情であること。買物が決まった後の手続きは常に迅速・正確さを要求されて当然、言い訳を差し挟む余地はない。 仕入れる側としては、急に品薄になったから急いで納品してほしいなどのこちらの要望に、臨機応変に対応してくれる業者がいかに有り難いかも経験した。やはりそこは人間、次回は急がなくても、あるいは良い話があれば、その業者を使おうと思うものである。 一旦、売る側、サービスを提供する側の立場を経験したので、また客の立場に戻ると、少々の事情は透けて見えて、必要以上に腹を立てないで済むこともある。たまたま昼食時間頃に買物をしたら、売り場に店員が少ないのは当然だと理解できたりするからだ。 一方で、「この程度はできて当然だろう」と、期待値が厳しくなってしまう場合もある。店に出向いて特定の商品を問い合わせた時に、「それは置いていません」「今、切らせてます」という返答だけで済まされると、販売チャンスをこちらから持ちかけてあげたのに、メーカーに在庫を問い合わせるとか別の店から取り寄せるとか、代替商品を提案するといった努力をしない姿勢に腹が立つのだ。 さて、こういった話は一見、翻訳者という仕事には無縁のように思われるかもしれないが、実は全くそうではない。むしろ、大学を卒業してすぐに翻訳者にならずに良かった、今あるのは、あの時代に百貨店の社員を経験したお陰だとすら思っている。また、子どもを持つ親の立場になったことも、非常にプラスになっていると思う。言い古された言葉だが、「何事も経験」である。
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| 2006年10月31日(火) |
パンの笛 |
真実は細部に宿る
時々リーディングの仕事を請けています。ご存じない方のためにご説明すると、リーディングとは、翻訳して出版するかどうかを決定する前の原書を読んで、そのあらすじや著者についての紹介などをA410枚程度にまとめる、という仕事です。一般的には、そのレジュメ原稿が集まったところで出版社にて編集会議などの打ち合わせが行われて、どの本を実際に翻訳して出版するのかを決定しているようです。この仕事、日本ではまだ紹介されていない本を読むチャンスを与えてくれるので、非常に楽しいのです。時には英語版も出版前のものである場合もあり、原稿の状態でリーディング原稿が送られてくると、こちらはもうコーフン状態です。「世間の誰もまだ目にしていない本の原稿がここに!」と、つい原稿を持つ手にも力が入ります。 要するに、あらすじをまとめる、とういのがこの仕事のポイント。そう聞くと簡単そうですが、実は侮れません…。最初の頃は普段の読書の要領でとにかく一通り読んで、「あー、面白かった。で、どういう筋だったっけ?」などと振り返っていたのですが、そうすると、思っている以上に自分の頭の中に系統だった筋というのは残っていなかったりするのです。起承転結が頭に残っていないのに面白いと思えるはずがない、と脂汗をかきながら筋を思い出そうとするのですが、ただ楽しんで本を読んでいる者の心理とは、思っている以上に感覚的なものであるらしいのです。そこで、二回目以降はある程度メモを取ったり、物語のポイントになる部分に印をつけたりしながら読みます。でも、それをつなげただけでもまだ、あらすじとしては不十分なのです。AだからBになり、それが転じてCに、という流れを完成させるには、情報が乏しすぎるのです。「なんでAだからって、Bなの」と突っ込みを入れたくなってしまいます。そこで、今度はそのAの周辺情報、そしてBの周辺情報、とさらにさかのぼって確認して、最後には、登場人物が言った一言の微妙なニュアンスが物語の鍵を握っていたりするのです。そう。大きな物語の流れというのは、一つ一つの単語の持つニュアンス、力強さ、複合的な意味合いなどがまるで森林の地面に落ちてやがて新しく生える木々の栄養となる枯葉のように降り積もって初めて形成されるものなのです。その繊細な意味合いを意識的に、そして敏感に察知した上でなければ、その物語の筋書きを系統立てて語ることは、到底不可能なのです。いや、本当のところは、そうした細かい部分を抜きにしても筋自体は書けます。書けますが、そうやって書き出した筋書きは、いかにも薄っぺらで説得力に乏しく、物語の魅力を十分に伝える力のないものになってしまい、せっかくの原作の本質を伝えることができなくなってしまうのです。リーディングをした者の読み取る能力によって、その作品が日本語で出版されるかどうかが左右されることを考えると、責任は重大です。そこで勢い、最後はこうした細かい内容を吟味して、どうやってその細部を大きな流れとしての筋書きに盛り込むのか、を考える作業にもっぱら専念することになります。こうした側面は、文芸作品に限ったことではないでしょう。普段手がけるチャンスの多いビジネス文書も、一つ一つの単語の持つニュアンス、状況設定に対応してその単語が使われる意味などが複合的に絡み合って、全体のメッセージが形成されているのです。ビジネス文書の場合でも、その翻訳の完成度如何でビジネスが成立するかどうかが左右されることが多いものです。その責任の重さを認識しつつ、一つ一つの単語、そしてそのつながりをきちんと理解して翻訳に当たりたい、と常々考えています。でもでも、木を見て森を見ず、では本末転倒ですね。細部を掘り下げる能力と、全体を俯瞰する能力のバランスが大事。それが結論でしょうか…。 |
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| 2006年10月30日(月) |
かの |
ありがた迷惑な予知能力
通訳をしていて大事なのは予知能力だ。業務当日の前はあらゆるシナリオを想定して準備をする。たとえば事前に資料をもらっていたら、それを読み込むのはもちろん、スピーカーの著作があればやはり目を通したいし、別の学会の発表資料がネットに掲載されていれば、そちらもできれば見ておきたい。そうすることで、スピーカーの考えをより明確にとらえられ、通訳業務当日にもスピーカーが次に何を述べるか、予知できるからだ。通訳者の仕事は当日の通訳そのものよりも、こうした徹底的な予習に大半を費やしていると言ってもよい。予知能力が事前に構築できていればいるほど、当日の負担は軽くなるということになる。 ところがこの予知能力、日常生活で応用しすぎるとかえって疲れてしまう。私の場合、それが顕著に現れるのが子育てのとき。こちらは「次に何が出るか?」を常に考える仕事をしているものだから、子どもたちの行動を見ているとついつい注意したくなってしまう。まるでうるさい小姑のような感じ。「あ、ジュースがこぼれる!」「ほら、お箸が落ちるよ!」「それでうがいしたら、服が濡れる!」などなど。次に起こりうるシナリオを常に頭にイメージしてしまうので、口も出てしまうし、そのたびに心臓にも悪い。子育てでは大らかになりたいのに、哀しいかな、予知能力で一人消耗しているのである。 仕事で良しとされる予知能力。でも普段の生活に持ち込んでしまうとかえって逆効果かもしれない。完璧をめざすのではなく、「8割できればOK」のスタンスでゆったりと子育てをしていきたいものだ。 |
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| 2006年10月27日(金) |
まめの木 |
馬子にも衣装
去年の暮れから、十数年中断していたバレエを再開した。途中、通えなかった時期もあったが、「細く・長く」をモットーに、週に1・2度、レッスンに通っている。最近はちょっとしたバレエ・ブームであるらしく、そこここで大人のためのバレエ教室を見かける。 実は帰国直後に一度、東京は青山にあるおしゃれなバレエ教室に見学に行ったことがある。帰国直後でドイツ人的質実剛健の遺伝子が大分濃かったこともあるが、ドイツのバレエ教室しか知らなかった私はかなりカルチャーショックを受けた。 みな、美しいユニフォームを身にまとい、初心者のクラスであるにもかかわらず、ポアント(トウシューズ)を履いているのである。私はといえば、色あせたコットンのレオタードに「ショッキング紫」のサウナパンツ(ちなみにこの色、ドイツでは人気だったんだけどな…)、ダマの出ているレッグウォーマーに擦り切れたバレエシューズといういでたちだ。 バレエでは体のラインをとても意識するのでレオタードは必須だし、足を痛めないためのやわらかいバレエシューズも履くが、ドイツではシフォンの巻きスカートやカラフルなレッグウォーマー、プロのダンサーがトレーニングの時に来ているようなニットなど着ている人はいなかった。みんな外では着られなくなったようなボロボロのTシャツや自分で切って短くしたスウェットを利用したりしていた。 それに、ドイツの「お教室」では初心者のクラスにポアントを履いている人はいなかった。なにしろ先生が厳しく、腹筋・背筋が付いていないうちから、しかも足がちゃんと伸びていないのにトウシューズを履くなど、もってのほか!というわけだ。先生の方針やクラスの目的もあると思うが、ドイツでトウシューズを履けるのは中級のクラスに数年通ってからだったし、中級といえば、ある程度の振り付けをつけて、いわゆる「踊れる」レベルなのである。バーレッスンではぁはぁ言って、フロアで回転してふらついているうちは、まだまだ初心者だ。 私の当時の先生はロシア人の毒舌家だった。体がほどよく温まってきたら、こちらとしてはスタイルや曲がった足を隠すことを半ば目的に着ているサウナスーツやレッグウォーマーなどは容赦なくひっぺがされた。体の線がきちんと見えないと正確な姿勢やポーズが覚えられない、という理由だ。 一度、フロアレッスンで両手を上げて回転する練習をしていたとき、「ちょっと!それじゃまるで、チンパンジーの綱渡りじゃないの!」と怒号が飛んだことがある。私は個人的にロシア的ブラックユーモアが大好きなので、それで落ち込むことはなかったし、その先生にバーレッスンをみっちり仕込んでもらったお陰で、実際やっていた年数よりも経験があるように見られるから、とても感謝している。
去年から通っているクラスは、自宅から徒歩5分のところにある。地元の主婦が自主運営でやっているサークルのような、和やかな雰囲気クラスである。偶然にも先生がドイツでコンテンポラリーを踊っていたことのある方で、ドイツで教わっていた先生を彷彿とさせるようなユーモアの持ち主なのが嬉しい。
しかし!!
やはり、ここのクラスでもみなさん、おしゃれなのである。ふらふらしながらポアントを履いている人はさすがにいないが、みんな、花柄やレースの付いたレオタードや、シフォンのスカートを身に着けている。 通い始めた頃は、バレエ・ウェアは生活必需品ではない、これがなくても通訳の仕事に行けるし家で翻訳もできる、誰にも見られないような趣味ごときにお金を使うのは贅沢である、動きやすいレオタード一枚あればよいではないか、ダマが出ていてもレッグウォーマーの機能は変わらない、そもそもバレエには健康のために通うのであってファッションのためではない、とかたくなな信条を貫いていた私だが、クラスの皆さんが優雅にレッスンを楽しんでいるのを見て、ある時ふと思った。
そうだよな…なにも今からプロのダンサーになるわけじゃなし、たまに通うバレエのレッスンをより潤いあるものにするために、きれいなものを身にまとうこともよいのかも… ということで、最近はやりの「自分へのご褒美」ではないが、一年続けられたらきれいなウェアを買う、と自分に約束した。 そして一年が過ぎ… 買いましたよ〜某大手ダンスウェア専門店で。
ふわふわした素材のウォームアップ用の短いつなぎのパンツ。 胸がスクエアカットになっているレオタード。 ボルドー系ボーダー柄の毛糸のパンツ。 深い紫色のレッグウォーマー。
家で一人ファッションショーをしてみて、形から入るというのも大事、ということに気づいた。 モチベーションが違うのである。家でストレッチをやるときでも、せめて毛糸のパンツでもはけば、たちまちダンサー気分だ。さすがに一日中、ウェアを身に着けてニヤニヤはしていないが、物腰も変わってくるような気がする。電気のスイッチを入れる動作ひとつにしても、ふわりと腕を伸ばしてみる。辞書や資料を詰め込んだ鞄を「よっこらしょ」と持ち上げたり、椅子から「どっこいしょ」と腰を上げるのもやめる。馬子にも衣装、効果絶大である。
ドイツ語でも「Kleider machen Leute.(服装は人を作る)」という同意のことわざがある。そういえば通訳学校でも、先生が「メモ・パッドですが、いつ首脳会談の通訳を頼まれても困らないように、皆さん、レザーのきれいなものを普段から使うというのも、通訳者の心得ですよ。」と言っていた。 ものすごく極端な心構えだが、一理あるのかもしれない。
(写真はご自慢の毛糸のパンツ、シューズはベルリンの壁崩壊後、ボリショイバレエのグッズが何故か格安で売られていたときに買ったもの。裏に「USSR」の文字の入っているレア物です♪)
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| 2006年10月26日(木) |
仙人 |
緑のかぼちゃ
ハロウィーンも結構日本に定着してきたのか、最近はオレンジ色のパンプキンたちがディスプレイ用に売られているのをよく見ます。地域的なものかもしれませんが、日本でも昔かぼちゃ(というか、うちでは「南瓜」と呼ばれていたもの)にはもう少しいろんな色があった気がするのですが、今、日本でかぼちゃとして売られているのは緑の表面にだいだい色の中身のアレですよね。ところが、アレを見るとアメリカ人はほぼ100%、squashであると言い、さらに彼らがpumpkinとsquashの違いを単に外側の色で認識しているような気もして(pumpkinの正確な定義はさておき)、アレが「かぼちゃ」=pumpkinであると言ってしまうことに少しばかりひっかかるものを感じたりします。英語で説明するときは、料理に出てくるのはpumpkin、生で緑の皮の見えるのはsquashと、私は便宜的に使い分けることにしています。いや、単にめんどくさくないから。 植物や動物の名前は文化と密接にかかわるので、日本語で細かく定義してある語が英語では漠然としていてちゃんとした訳にならなかったり、またその逆に日本語にすると同じ語しかなくて、訳に困ったりすることがあります。いちばん違いを感じるのはお魚の名前かな、やはり。最近はお寿司がglobalなrecognitionを得てきたので、ましになってはいるものの、基本的にアメリカ内陸部出身の人は、魚の種類はtunaとsalmonとmackerelとpikeしかないと思っているのではと思いたくなることはまだ多くあります。ハマチはyellowtailでしょ、どうして名前が変わるの、という質問には理解を示す私も、鰹と鮪の違いがどうしても理解できない、そんなのどーでもいーじゃん、という人と食事をしていて、目の前に最高の鰹のお刺身が出たときは悲しいです。 けれど、文芸翻訳のときに「セイヨウ○○」「アメリカ○○」みたいに正式な植物名称を表記するのは、避けています。植物学が鍵になるような内容ならともかく、cedarはわざわざヒマラヤスギと言わなくても杉でいいんじゃないかと思うし、cypressとあればイトスギとしないで、桧とかあすなろとかにしたほうが、フィクション世界の雰囲気をよく伝えられるような気がすることが多いので。 |
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| 2006年10月25日(水) |
the apple of my eye |
正しい文法のススメ
驚いた。 昨日まで取り組んでいた英文和訳の原文なのだが、まるで文法が滅茶苦茶なのである。 動詞の人称や単数複数の間違いなんて、軽い軽い。 1つの文章の中で、 and を挟んだ前半の節と後半の節の主語が異なるはずなのに後半を省略しちゃってるとか、文章の動詞がない、動詞があっても今度は目的語がない、などなど。 翻訳を仕事にして結構な年月になるし、原文にミスがあるのは日常茶飯事だが、こんなに間違いだらけの英語に出会ったのは初めて、くらいの勢いだった。 ちょっとププっと笑ってしまったのは、ある部屋の面積を表すときに、” wide 80 square meters” となっているところ。wide は「(幅が)広い」である。でも名詞形の width は「広さ」という訳語をあてることも。もしかして、面積の「広さ」を言おうとして、wide を使っちゃったの? もうひとつ、the last day of the month と言うべきところが、the end of day of the month になっている。どうしてend day じゃなくて end of day になっちゃったのかな、と思ったのだが、もしかして日本語のように「最後」「の」「日」と考えて、「の」のつもりで of が入ったのかな? ということは、この英語を書いた人の母国語は日本語と似ているのかも! amount money は amount =「額」と、money =「金」で、「金額」! いや、そんな想像ごっこをして遊んでいるヒマはなかったのだが。 それにしても、主語や動詞や目的語がなかったり違うものだったりするこの原文を、よくぞ解読しきったものだと我ながら感心。 文書が契約書だったということもある。契約書は概して、似たような表現を反復して固定的に用いるので、単語が欠けていても想像がつくことが多い。 それでもやはり、文法的な間違い方が、何となく日本人である私にわかりやすい間違い方だったのでは、と思ってしまう。
えー、英語学習に努力されているみなさん。 ダイジョウブです、文法なんてたいして重要ではありません。 相手が解読してくれればそれでOK。 ちょっとくらい、冠詞の a や the が抜けていたり、三人称単数現在の s を入れ忘れたりなんて誰も気にしません!
いや、やっぱり少しは気にするか。
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| 2006年10月24日(火) |
パンの笛 |
人となりは一日にしては変わらず…!
私を昔から知る人に、「今は翻訳の仕事をしています」と伝えると、驚かれることが多い。何せ、人と話して交流したり、何かを外に向かってアピールしたり、という側面が非常に強く、じっと机に座ってコツコツと努力する、というイメージとは程遠いタイプだったのだ。物事を理解するにも、「沈思黙考」とは正反対。あぁでもない、こうでもない、と人に向かって話しているうちに勝手に理解してすっきりするタイプだった。実はそれは今も変わらない。学生時代、「将来たとえ通訳になることはあっても、翻訳者になることだけは考えられない」と本気で信じていた。それが今ではかなりのめりこんで翻訳漬けの日々を送っている。人生ってわからない。でも、それは翻訳そのものが楽しくて、完成した訳文を見るときに感じる満足感や、調べ物をするときのワクワク感が楽しくてどうにか成り立っているのであって、翻訳者に求められる、「地道に、着実に、一歩一歩」という素質に関しては、かなり努力でカバーしている部分が多い。こんなことわざわざ公開する必要もないかもしれないが、本当はとってもズボラなのだ。明日やれることは今日しない。お尻に火がつくまでは手をつけない。そして、やるとなったら全神経、全集中力をフル稼働させて一気呵成で仕上げる!というのが私の基本的なスタイル。でも、さすがに翻訳をするときにはそうはいかない。特に在宅で仕事をするようになってからは、「思ったより時間かかっちゃってまだ終わりません」などという言い訳は一切通用しないわけだから、万が一間に合わなかったら、などと考えると怖くて、ガラにもなく計画的な人になってしまう。そこで、自分の性分に合わないのを承知で、歯軋りをしながら(私にしては)かなり緻密な計画を練って事前準備から実際の翻訳まで取り組んでいる。逆にその計画とは相容れないハプニングがあったりすると、少々パニックになってしまうほど。でも、やっぱり人格はそうそう一朝一夕には変わるはずもなく、ときどき計画を立てて淡々とこなすこの生活に嫌気が差して、つい「えーーい!もう今日は仕事は忘れて飲んでやる〜!!」となってしまうことも…。まぁ、それは余談でしたが。 でもその反面、こういう地道な職業に就いて初めて発見した自分の性格もある。それは、異常なまでの活字好きだということ。これは、翻訳者に限らず通訳者も含めて言葉を使う職業に就いている人に顕著な傾向かもしれないが、とにかくヒマさえあれば字が見たい。新聞でも、雑誌でも、本でも、ウェブサイトでも、チラシでも、通販のカタログでもいいから、文章を追って、頭で処理する、という行動をコンスタントに求めてしまう。そして、見た文字を片っ端から頭の中で翻訳して、文章を作り上げ、時にはその続きを自分で「作文」して「作品」を作り上げてしまったりもする。こういうの、通翻訳仲間の皆さんも、きっとありますよ…ね? こういう行動はいくら続けていても疲れないところを見ると、自分の元からの性格にあった素質なんだろうなぁ、と素直に思える。計画を立てる生活も、このくらい意識せずにこなしていけたら、もっと楽なのに。人の性格って、長い期間努力を重ねるうちに変わるのかしら…?? 今のところ、まだ根本的に変わる兆しはないのですが。どなたかベテランの方、教えてください!! (先日飲んだワインのラベルにはゲンゴロウ(?)の絵が。納品した後の一杯がもたらす至福の瞬間は格別!)
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| 2006年10月23日(月) |
かの |
やらずにはいられないこと、とは?
人間誰にも「これだけはやっておきたい」というものがある。別に難しい局面でなくても、たとえば日常生活の中で。私の場合、「手紙が来たらなるべく早く返事を書く」のがそう。ずっと放っておくと、いざ書く段階で何を書くのか忘れてしまい、もらった手紙をもう一度読み直さないといけない。しかも返事が遅れてしまったお詫びから書き出さなければならないので、かえって面倒。だから「来たらすぐ!」がモットーなのである。 この「やらずにはいられないこと」、実は人によって色々ある。先日、お墓参りのため父の生まれ故郷へ出かけた。私は玄関先の靴を全部同じ方向に揃えるのも好きで、「靴がバラバラだと、つい直しちゃうのよ」と父に言った。一方、父は玄関先に置いてあった置時計を見て、「お、振り子が止まっているな。どれどれ」とやおら分解して修理し始めてしまったのである。そう、父は大のメカ好きで、電池や蛍光灯の交換も必要とあればすぐ直すタイプ。娘である私の家に来るたびに、「何か直すものはないかね?」と聞くほど修理大好き人間なのである。 一方、我が夫はと言えば、「キッチンの流し台に大物が置いてあったらすぐに洗うタイプ」。たとえばフライパン、中華なべなど、食後にいざ洗おうとなると、そのほかの食器で流しがいっぱいになってしまう。それがイヤで、食べる直前にものすごい集中力で大物洗いに励んでいる。息子(5歳)は「他人の家に行って絵本を見つけたら、座り込んで熟読するタイプ」。空腹や疲労など何のその、たとえ目の前におやつが出されていても、片っ端から絵本を読まずにはいられないのである。方や娘は、私がお化粧していると必ずすっ飛んできて「パタパタやるの〜」と要求するタイプ。乳液や化粧水をほんの少し手のひらに載せてあげると、私とそっくりの手つきで顔に延ばしている。ご丁寧に二重あご対策マッサージまでしているほどだ。まだお肌ツルツルの3歳児なのになあ。 きっとこうした「やらずにはいられないこと」というのは、好きだからこそ率先してできるのかもしれない。以前テレビで美の女王、武田久美子が「美の秘訣は?」と問われ、「趣味ですね」と答えていた。仕事にせよ、日常生活にせよ、趣味と惚れ込めるぐらい愛情を持って取り組めれば、きっと毎日楽しくなると思う。 |
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| 2006年10月20日(金) |
まめの木 |
機械さん、こんにちは!
ドイツ、といえば「ビールとソーセージの国」というのが一般的なイメージだろう。他に何を思い浮かべるか、もう一歩踏み込んで聞いてみると、「技術と職人の国」という答えが返ってくる。 ドイツ・ファンの中には、自動車や精密機器の精度の高さを熱く語る人もいるだろう。 ビールにしても、ブラウマイスターと呼ばれる醸造職人が、今を遡ること500年、1516年にバイエルン公ヴィルヘルム4世がビール醸造業者に対して発布した「ビール純粋令(Reinheitsgebot)」を厳格に守りながら、味と技術を今に伝承している。この法律、1871年にプロイセン王ヴィルヘルム1世がドイツ皇帝の位に就いてドイツが統一されると、1906年には「ドイツ純粋令」と改められた。ドイツにいたのにビールは飲まない、というかアルコールが飲めない私からすると、ビールの法律ぐらいでお国の名前を冠してしまうところに、ドイツ人のビールに対する並々ならぬ意気込みを感じてしまう。発布当初は「麦芽・ホップ・水のみを原料とする」とされており、1556年にはさらに酵母も加えられたが、これから比べると、日本では米やトウモロコシ、コウリャン、ジャガイモ、澱粉、糖類などがビールの副原料として認められているため、日本のビールは味の上ではともかく、本当は「ビール」と命名してはならないのだそうだ。
ビールの話で長くなってしまったが、あらゆる分野において厳しいマイスター制度で高い技術をしっかりと守っている国ドイツ、ということで、通訳・翻訳でもおのずから技術関係の仕事が多い。中でも多いのが、自動車や工作機械、リサイクル機器などの仕事だ。通訳の仕事になると長期間、工場に入ることもある。現場で実際にモノを見ることによって、翻訳では文字や写真でしかお目にかかれない機械や部品と仲良くなれるし、エンジニアの説明を聞いていると、油の匂いぷんぷんの機械に愛情すら湧いてくる。その経験がまた、次に技術系の翻訳をするときに生かされ、「あら高圧パイプさん、こんにちは!」といった具合に、物言わぬ部品でも少しは優しいまなざし持って接することができるので、誠にありがたいスパイラルなのである。
とはいえ、思いっきり文系の私、初めて自動車工場で仕事をした時は、現場に入る前日まで、街を走っている車を見るだけで気分が悪くなったものだ。ボンネットの中に隠れている各種部品を考えるだけで、「複雑に絡み合う鉄の塊なんて、絶対に愛せないわ!」と涙が出そうになった。とにかく、何がどうなってこうなる、という理屈を文字の上でしか理解していないものだから、とりあえず数で勝負、と必要以上の数の専門用語を集めて頭に叩き込み、いざ出陣!してみると、単語の数よりも一つ一つのモノの関連性や目的、生産工程の流れの方がはるかに重要なことが分かった。出てくるだろうと予想して200個以上の単語を用意しても、実際に使うのは往々にして半分以下だ。全体の流れが分かっていないと、突然現れる変化球的な場面にも対応できない。 予想だにしなかった単語が出てくるのだ。そうなると「あの情熱をこっちに使っておけばよかった」と、事前に気張っていただけに脱力感も激しい。しかし、そういった反省を重ねていくうちに、素人なりに機械の理論も分かってくるようになるし、エンジニアさんの説明を聞くと、ごちゃごちゃに叩き込まれていた単語が系統立ってあるべき引出しに整理される。特に、開発にかかわっているエンジニアさんが熱心に語る姿に接すると、こちらの心も動かされ、鉄の塊といえどもちょっとは心を開いてみようかな、という気持ちになるから不思議だ。現場を踏むことによってなによりもありがたいのは、勉強の仕方、というか準備の方向性が分かることである。
工場デビュー当時は私も頼りなげに見えたのであろう、クライアントさんに「分からない単語があったら、そのままカタカナにしてもらえれば分かりますので。」と言われたことがある。でも、これからドイツ語通訳を目指す皆さん、ドイツ語ではこれは通用しませんので、ご注意を!英語では「ディストリビューターシャフト」という部品、ドイツ人が言うと「フェアタイラーヴェレ」と聞こえますからね。細かい部品の名称を覚えるのは最初、頭から煙がでそうな作業だったが、慣れてくるとこういった単語集めもまた乙なものである。
というわけで、一見とっつきにくそうにみえる機械の世界でも、飛び込んでみると楽しいものだ。最近では、油の匂いを嗅ぐと俄然張り切ってくる。研削機さん、油圧ポンプさん、噴射管さん、次に工場でお目にかかれる日を楽しみにしております!
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| 2006年10月19日(木) |
仙人 |
翻訳者、不満のはけ口
文芸翻訳をしていて、あまりに単純な、原文での事実誤認があると、もんのすごっく、腹が立ちます。こないだ、仙人になって腹も立てなくなったなんて言ってたばかりですけど。作家にというより、原書の編集者に対する怒りのほうが大きくて、ちょっとインターネットの検索サイトにその語を打ち込めば、すぐにわかることを、何で調べてみないかなあ、と思うのです。どうも訳がしっくりこないなあ、おかしいなあ、つじつまが合わないなあと、必死に何時間も費やしていろんなことを調べたあと、どう考えても原文の間違いである、ということがわかったりしたときに、怒りは爆発――してる最中なんです、今! こうやって、この場で怒りを吐き出したりなんかして、ああ、本当に翻訳者のためのサイトだ……。 まあね、スナイパーが暗殺のときに、どういうライフルを使うか、どういう銃にどれぐらいの消音器をつけられるかは詳しくなりましたよ。きっと私の今後の人生に、非常に役立つことでしょう。暗殺するときには、弾道偏差とか計算したほういいみたいですよ、皆さん。怪我をさせるだけのときと、確実に殺そうというときとは、銃弾を変えてくださいね。 日本の読者は本筋に関係ないことだから、どうでもいいじゃん、とは見過ごしてくれないので、固有名詞などの間違いは、できるだけ直しておこうとするものの、そうすると全体で、だーっと変更しなければならないこともあり、間違っていると思いつつ、原文をそのまま表記することもあります。それで、昔なら翻訳作品を読んでいて、間違ってるじゃん、と思ったことも、今では、ああ、訳者は苦労したんだろうなあと、別の感情移入をしたりして。 それにしても、調べたサイト履歴の不穏なこと。何かのことで事件に巻き込まれて、チェックしたサイトの履歴とか調べられたりしたら、絶対テロリストだと思われるな。身の回りをクリーンにして暮らしていこうっと。 |
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| 2006年10月18日(水) |
the apple of my eye |
誰か、止めてー!
以前もどこかで文句を言った、もとい、言及したかもしれないが、IT 関連ほど、新しい言葉をどんどん作ってくれる分野はない。その多くが英語で作られるので、これを日本語に翻訳すると、「これが日本語か?」と愕然とするほど、妙ちきりんな文章が出来上がることがある。 たとえば、こんな具合だ。 「CA証明書にバインドされる公開鍵は、証明書の署名および、CRLなどのステータス情報のためにのみ使用され、その被認証者公開鍵が他の証明書の有効性を確認するために使用されるCA証明書は、xxxx ビットをアサートするものとする。」 これは、公開鍵を用いた認証に関する規程の文章だが、こういった日進月歩で新しい技術や概念が作られている世界では、言葉のほうが追いつかない感がある。 「バックアップ」とか「アーカイブ」のように、IT/コンピュータ分野で使用されてかなりの年月が経ち、専門家ではなく一般の人でも、かなりの割合でこの言葉が理解できる程度に成長したボキャブラリはいいのだが、翻訳する時に悩むのは、使用され始めて日の浅いボキャブラリだ。 たとえば entity という言葉は、上記のような「認証」の分野で使われるときは、「エンティティ」とカタカナでそのまま表記した方がよい場合があり、これを「組織」とか「事業体」などと訳してしまうと、正しい意味が伝わらなくなってしまう。翻訳者として日本語を大切にしよう、なるべく安易なカタカナ語の使用は控えよう、と常日頃、心掛けているつもりでも、こういう場面ではお手上げである。 あるいは、情報システムのセキュリティに関する文書で、secure という形容詞が使われているときも、カタカナへの抵抗を示そうと「安全な」という訳語をあてながら文書を訳しているうちに、secure and safe firewall system なんて、イジワルな表現が出てきて絶句する。もう、「安全な」は使っちゃったよ。最初から、今流行の「セキュアな」ってカタカナ語にしておけばよかった……。 カタカナにするかしないかの悩みだけではない。 「認証」と訳される単語だけでも、certification, authentication, accreditation などがある。ただし3つ目の accreditation は、情報技術分野での「認証」という意味では、前者2つよりも使用頻度が低いようではあるが。 name space は「名前空間」、re-key は「鍵の交換」、common name は「コモン・ネーム」、subject alternative name は「被認証者別名」、extension は「拡張」……、ああ、誰かコンピュータの開発を止めて! もう、私たちは充分便利ですから、これ以上便利にしなくていいですから、もう難しいコンピュータの機能やシステムもこれ以上はいりませんから、古くからの日本語の語彙では到底カバーしきれない新しい概念や機能を作り出すのは、止めてー!
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| 2006年10月17日(火) |
パンの笛 |
英語教育、なすべきかなさぬべきか、それが問題だ
ケアンズより戻り、この投稿文を執筆している本日より再び本格稼動体制に戻りました! 旅行に行けば日常がまるで夢のように、そして日常に戻れば旅行はまるで遠い昔のことのように感じられるものです。人間の感覚って不思議ですね。それでも、しっかりリフレッシュされたのは間違いありません。また次に旅行に行ける日まで、あの美しい海や熱帯雨林を思い出しながら頑張ろう!とふつふつとエネルギーが湧いてくる気がします。 ところで、今回何よりも考えさせられたのが、「息子への英語教育」。これまで何回か息子を海外旅行に連れて行ってはいましたが、それでも2年前にハワイに行った当時息子はまだ4歳。いまひとつ、「外国語を話す」というのはどういうことなのかがピンと来る年齢ではありませんでした。英語を話している私の姿を見ても、大人の会話の一環として、わからない言語のひとかたまりに入れられていたように思います。ですが、今回息子はもう小学校一年生。当たり前のことですが、親の話している言葉が日本語のムズカシイ話なのか、理解できない外国語であるのかの区別はつくようになりました。そして、私が現地の人々と英語で話すと、先方は息子も当然しゃべれるものと認識して、ぶわーっと英語で息子にも話しかけてしまいます。あぁ、でも当の息子は「???」とちんぷんかんぷん。そのぽかーんとした表情を見て初めて、先方は「あ、英語をしゃべれるのはお母さんだけだったんだ」と悟ることになるわけです。それでも、子供は順応性が高いので、旅行の最後の頃には”Hello!”, “I’m 6 years old”, “Bye, see you!”などと簡単な挨拶は交わせるようになってはいました。でも、これで私の悩みは一気に深くなりました…。 息子が生まれた当初は、「絶対に小さい頃から英語と日本語両方で話しかけて、ぺらぺらにしてみせる!」といきまいていた私でしたが、壁は思ったよりも厚かったのです。両方をちゃんぽんで話す私に、むしろどちらも理解できなくなる息子。今考えれば家では英語、外では日本語、といったように状況を明確に分ければ混乱も少なかったのかもしれませんが、それはもう後の祭り。そうして時折ちゃんぽんで話しかけたり、一部のビデオ(大好きなトーマスなど)は英語のものを見せたりしていた3歳頃のある日、「ママ、もう英語はやめて!!」と大拒絶をされてしまったのでした。そこで初めて私もはっとしました。確かに、言語を覚える一番の源となる親が一貫した言語表現をしていない、というのは、この子にとって理解できなくて辛かったに違いない、と。そして考え直しました。言語というのは、表現したい何かがあって、それを伝えるための表面部分の伝達手段。自分が生きている文化が、家でも外でも日本どっぷりである息子に、伝えたい心の出来上がる前に小手先の言語だけを複数教えようとしても、本人の身につくはずもない。外国に居住しているわけでもない息子の場合は、むしろ日本人としての感情や、系統だった言語能力がある程度完成したところで、「外国人としての英語」が上手に話せる人になるよう、私がサポートをしよう、と。そう考えて息子の拒絶事件以来、息子には英語はまったく教えていませんでした。そう考えていた矢先のこの子供の順応性の高さ。これには二度目のショックを覚えました。もしかして、そろそろ英語を本格的に教えてもきちんと受容できる能力が備わってきているのかもしれない…。そう思わずにはいられませんでした。私が毎日あたふたと日々を過ごしている間にも、息子は着実に成長していたのです。私が考えていた、「系統だった言語能力がある程度完成」という段階は、思ったよりもずっと早く息子に訪れていたようです。今なら、まだ発音もネイティブなみになれる年齢。息子の日本人としてのアイデンティティと文化的背景を壊すことなく、第二の言語能力としての英語力を身につける手助けをしてやれるべく、英語を学ぶ機会を提供したいと思うようになりました。 (写真はお腹のポケットに赤ちゃんのいるワラビー)
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| 2006年10月16日(月) |
かの |
ワンちゃんなでるのも場数あるのみ
私はどちらかというとネコ派である。「犬とネコ、どちらが好き?」と聞かれれば、ネコと答える。ネコを見ていると何だかこちらもほんわかしてくるし、日向ぼっこするネコの姿に癒されることもしばしだ。もっとも、ネコの毛にアレルギーがあるため、これまで飼ったことは一度もない。幼少期、よく泊まりに行った祖父母宅で飼っていたネコに対してもすぐ目がショボショボ、鼻がグズグズになっていた。よってもっぱら「眺める派」である。 しかし最近はネコより犬と接する機会が多かった。というのも娘(3歳)が大のワンちゃん好き。8月に出かけた夫の従兄弟宅で、娘は本人の3倍はあるラブラドールを手なずけ、周りの大人を驚かせたほどなのだ。このラブラドール、時々吠えるのだが、娘は初っ端からなでると言うよりも叩くような感じで、気がつくとすっかり仲良しに。兄(5歳)のなで方は腰が引けていたが、娘はワンちゃんに突進するような感じで意気投合していた。 ところが先月、私の叔父宅に泊まったときのこと。こちらには1歳になるパグがいたのだが、まだ子犬だけあって、実の人間の幼児には「ウッヒョ〜!!」と飛び掛る始末。喜びのあまり突進された娘は、その威力に今回ばかりは号泣してしまった。よほどの迫力だったのだろう。パグ自身は愛嬌のあるお顔で、ウレシサを全身で表すべく、尻尾をビュンビュン振っていた。しかし当の娘はもうノーサンキューという感じ。駆け寄ってきたり、吠えたりするたびに「ぎゃ〜!!ごわい〜!!」と固まっていた。しかしガラス戸の向こうにいる限りは「こっちおいで〜」などと娘が手招きして友好関係樹立に励もうとするものだから、パグにとっても判断に困ったことだろう。 かく言う私は、これまで犬というと怖くてなでられなかったのだが、これほどたくさん触れる機会があったのでだいぶ慣れてきた。「通訳の仕事同様、場数を踏むに限るな〜」と、またもや仕事と関連付けたのであった。 |
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| 2006年10月13日(金) |
まめの木 |
ペラペラです!
通訳をしていて『ドイツ語がペラペラですごいですね!』と言われると困ってしまう。本来はお客さまからの善意と称賛に満ちたお言葉なのだが、デビューしたての初々しい頃は、内心ムッとしていた。
そもそも、通訳という仕事は“ペラペラ”でないと務まらない。 “外国語が話せる”という前提の下、この仕事は成り立っているのである。 ということは…と、どうもあまのじゃく的なところがある私は考えてしまう。
ピアニストに『ピアノが弾けてすごいですね。』 俳優に『演技が出来てすごいですね。』 エンジニアに『機械のことが分かってすごいですね。』 弁護士に『法律に詳しくてすごいですね。』 税理士に『会計が処理できてすごいですね。』 と言うのと同じではないか。 その発言、甚だ失礼ではないか。
通訳者の資質とは、なにも語学力だけではないのである。 もちろん、外国語をいわゆる“ペラペラ”に操ることはすごいことである。大人になってから語学を学ぶ者は、まずこのレベルを目指す。初級〜中級〜上級のクラスに通い、外国人と意思の疎通ができるようになると自信も着く。 外国語がしゃべれる自分は、すごい、と思う。 語学を学ぶことが楽しくてしょうがない時期だ。 次の段階の心理として、この語学力を使って何かしたいと思うようになる。会話に自信のある語学学習者の中には、『よっしゃ、通訳者になってみるか!』と一念発起する者もいるだろう。 そこで、なのである。 人も羨む“ペラペラ”状態であっても、通訳者になるには厳しい試練が待っているのだ。
まず、日常会話を訳す目的のためだけにお金を払って通訳を雇う人はいない、という事実を知る。 つまり、今のレベルでは仕事してお金をいただける状態でないことに気付く。 ユニバーサルに専門知識が必要なことを知る。 100年前から各種専門分野に精通しているかのごとき、堂々たる演技力も必要だ。 これは背景知識がないとまったくもって不可能なため、そこで自分がいかにモノを知らないかに気付く。 自分に母国語運用能力が欠けていることに気付く。 自分の声に人を説得できるだけの表現能力がないことに気付く。 自分がいかに、集中して人の話を聞いていないかに気付く。 つまり、たった今聞いた話を記憶・分析できていないことが分かる。 外国語がペラペラというだけの自分は、別にすごくない、ということに気付く。 かくして、自分が宝物のように大事にしていた“ペラペラ伝説”が音を立てて崩れ去るのである。 これまで培ってきた自信をゼロにリセットしてからやっと、通訳の勉強が始まるのだ。通訳者への道にはそれぞれ違いはあるものの、同業者の話を聞くと皆、崩れ去った自信の瓦礫の中から日々復興の努力を重ねてきた歴史を持っている。 だからこそ、『私はペラペラにしゃべれるから通訳ができるのではないのです!』と魂が叫ぶのである。
このように自分では大変理屈っぽいことを並べているが、先日、フランス語の通訳さんに私もうっかり同じ言葉を言ってしまった。 『フランス語がペラペラって、すごいですよね!』 あれっ!?私、何てこと口走っているんだろう!? 大学の時に挫折したフランス語なだけに、純粋にすごいな〜と思ってしまったのだ。 決して馬鹿にしたつもりではない。 この言葉の出処を探ってみると、案外素直な心理である。 自分にない才能や技術に惜しみない称賛を送る、ただそれだけだ。 その反省から、お客さまから『ペラペラですごいですね!』と言われても、善意の言葉として受け止め、素直に『ありがとうございます。』と答えるようにしている。
ただし: 『仕事ですから。』の一言を添えたい気持ちをぐっと飲み込みながら…。 |
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| 2006年10月12日(木) |
仙人 |
Bewitched-再度
何週か前に、”Bewitched”というタイトルでアメリカのテレビドラマの話をしたのですが、10月からまさにその”Bewitched”が再放送で始まったのをご存知ですか? “Bewitched”は『奥様は魔女』の原題、もちろんwitch「魔法使い」から来た言葉で、魔法にかける、さらに魅了するという意味なので、初めてこの原題を知ったときには、すごく上手なタイトルのつけ方だなあ、と感動しました。アメリカ人の友人に、”Bewitched”は日本ではなんという題名だったのと聞かれて、”Madam is a witch”という意味だ、と言ったら根本的なテーマが台無しじゃん、と憤慨されたことがありました。 その『奥様は魔女』なのですが、NHKの衛星第二放送で木曜深夜、再放送を月曜朝に2話ずつやっています。懐かしいドラマをやっていても、当時はおもしろかったのに今見るとさっぱり、というのもありますが、これは今見てもじゅうぶん楽しいです。そして、普通のサラリーマンであるダーリンが家の中などでタバコを吸うシーンがちょくちょく出てきて、ああ、古きよき時代、と思ったりします。 北浜晴子さんの声で慣れ親しんでいたのを英語で聞くのは、結構新鮮です。ちょっと驚いたのは、40年前のアメリカのドラマって、こんなに日本人にとって聞き取りやすい英語が話されていたの、ということです。文法的にきちんとした表現、発音なので、これから慣れていきたいと思う方の英語のお勉強にもいいような気もします。”Huff”とか見たあとに、こういう昔のドラマを見ると、言葉って変わるんだなあとつくづく思います。ま、40年ですからね、変わって当然なのでしょうが、だからこそ、はやりすたりの激しい会話を学校で教えても仕方ないのでは、と思ってしまうのですけど。 |
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| 2006年10月11日(水) |
the apple of my eye |
初心にかえる
以前にもちらっとお話したことがあるSNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)であるが、最近、ちょっとした出来事があった。 日本で先週開催されていたテニスの大会に、私の好きな某有名プロ・テニスプレイヤーが出場していた。初来日である。 この選手のファンが作っている、そのSNS上の「コミュニティ」に私も参加しているのだが、この「コミュニティ」、誰でも好きなテーマの「トピック」を立ち上げることができる。 一方、この選手のオフィシャル・サイトには、本人のブログも掲載されているのだが、残念ながら英語版、ドイツ語版、フランス語版しかない。それでも本人がスイス人だから3つの言語がある点が立派だけれど。 ブログは彼自身の人柄がにじみ出ているとでも言おうか、ユーモアに溢れ、ファン思いで、礼儀正しく、とてもいい感じ。読んでいて楽しいのだ。日本に到着してからも、毎日アップされている。ふと、日本のファンで英語もドイツ語もフランス語も読めない人たちに、これを読んで欲しいと思った。 そこで、そのSNS上のコミュニティに、彼が東京にいる間限定でブログの内容を要約してお伝えし、コミュニティの参加者で東京・有明でのその大会を観戦した人たちに、生で彼を見た感想や印象を伝えてもらうためのトピックを立ち上げてしまった。 もちろん著作権の問題があるから、逐語の翻訳は控える。ざっと「こんなこと書いてあるよ」というスタンス。一応、オフィシャルサイトを通して「こういうことをやるから、許してね」というメッセージを送って。 この「コミュニティ」はかなり前にできたものなのだが、意外にもオフィシャルサイトやブログに触れた「トピック」や発言は少なかった。余り興味ないのかな、なんといってもアスリートだから、ファンも彼のプレイのスタイルや技術、試合の結果の方が重要なのかなと思ったりもした。この大会に関しては、開催前から「トピック」が立っていたので、チケット情報や試合の様子などはこちらに書き込まれているし。 しかし、立ち上げた晩の翌日からボチボチと書き込みが始まり、私自身のページにも見知らぬ人たちの「足あと」がつき始めた。トピックを見た人が覗きに来てくれたのだろう。書き込みには「オフィシャルサイトに気付いていなかった、ありがとう」とか、「刺激されて頑張って英語版を読んでみました。人間らしい一面が見えて面白いですね」といったものも増えてきた。さらに、私のページの「日記」の中にも「コミュニティから来ました。ブログの紹介ありがとう」といった書き込みが入るようになった。「長文なのにすごく読みやすくて、ページを訪問したら翻訳家だったんですね!」などなど。 私はただ、この選手のブログの中で紹介されている日常的なエピソード(ウォシュレットに感激したとか、日本の携帯電話の優れた機能に驚いたとか、仲間のプロ選手たちと日本食を食べに行ったこととか)や、新聞で報道されなかった活動(皇太子殿下と御所でテニスをしたとか、スポーツ選手に贈られる賞の授賞式でスケートの荒川静香さんに会ったとか)を、試合やその他の忙しい仕事の合間に丁寧に綴ってくれているのが嬉しくて、それを他の人と共有したかっただけなのだが、思いがけず感謝されてしまって、さらに何だかとても嬉しかった。 そして気付いたのだ。そうだ、私が翻訳の仕事を選んだのは、そういうことだったのだと。 今でこそ、英語を使える人口は増えているけれど、それでもまだまだ簡単に英語を読んだり聞き取ったり話したりできない人は多い。そんな人たちに、英語で書かれているがために分からないことや知らなかったことや、伝わらないことをお伝えして、少しでも喜んでもらえたり、役に立つこと、それが逆に嬉しくて、この仕事をしていたのではなかったか、と。 それ、普段の仕事と日常生活に追われて、忘れていたよ。 ロジャー、あなたのお陰だよ、ありがとう!
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| 2006年10月10日(火) |
パンの笛 |
備えあれば憂いなし!
このブログがお目見えする頃には私はオーストラリアのケアンズにいるはず。この超多忙な秋のシーズンに気の引けることこの上ないですが…。今年は夫が会社から10年に一度の長いお休みを支給してくれる年である上に、息子が小学生になったら秋休みなるものができたため、思いきってオーストラリア旅行を計画したのでした。とはいえ、このブログを書いている時点で、準備はゼロ。仕事もあわただしかったため、落ち着いて準備を始めるに至っていないのです。 先日の「お話当番」で、中岡さんは最低限の荷物しか持たない、とおっしゃっていましたが、私はその正反対。ちょっとでも必要そうなものは片っ端からかばんに詰めていって、結局荷物の二割くらいは手も触れずに終わるタイプです。しかも、周囲も良く分かっていて、荷物になるけど誰か持ってるだろうから持って行かない物―例えばドライヤーとか―は必ず私のところに借りに来るのです。時々、何も私が皆様のためにお持ちしなくても…と思うときもありますが、結局持っていかないと不安で気持ちが悪くなるのは自分。人に貸してあげても減るもんでもなし、と最近は開き直ってあらゆるものを人に貸して回っています。 こういう姿勢は仕事でも一緒。とにかく、できる事前準備は片っ端からする! 辞書をそろえ、記事を集め、本を買い…と、自分では満足な状況ですが、旅行の荷物と同じで、中には手も触れたこともないものも一割ほど… それでも、その性癖が功を奏することもあります。不意に普段あまりやらない分野のお仕事をいただいたりしたとき、何せ普段やっていないものだから、資料も何もないことが多いものです。ところがところが! 私の辞書コレクションの中にはその専門分野の辞書があったりするのです! 昨日までは触れたこともなかったのに、突然私のバイブルと化す辞書。この状況、備えあれば憂いなし、と言えるのか。いや、下手な鉄砲も数打てば当たる、ってやつかしら。本当は辞書でも記事でも本でも、集めた端からまずはそこに書かれた知識を自分のものにするべく、きちんと読み込めばいいんでしょうけど…それで初めて「備えている」と言えるのでしょうね。そろそろ翻訳者初心者の域も脱してきたのでしょうし、一つ上の段階に移行できるべく、ステップアップをしなければ! |
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| 2006年10月 9日(月) |
かの |
一駅歩けば罪滅ぼし
9月は何かとイベントの多い月だった。上旬の海外旅行に引き続き、国産機YS-11引退記念飛行で中旬は福岡にて一泊。下旬はお彼岸で私の田舎に帰省するなど、あっという間の一ヶ月だった。旅行先では現地在住の友人と久しぶりに会ったり、帰省先でも親戚との再会を喜んだり。ただその一方でおいしい料理をたくさん食べた結果、体が重くなってしまったのである。 しかも9月には湿疹が再び悪化してしまい、運動もドクターストップ。脂肪を落とそうにも、スポーツクラブすら行けなくなってしまった。それで仕方がないので、せっせせっせと歩くようにしている。乗換駅の新宿から仕事場のある原宿まで、少し早足なら20分。明治通りの街路樹が程よい日陰になり、ちょっとしたセレクトショップなども通り沿いにあるので、歩いているとあっという間に着いてしまう。 地元でもあえて一駅手前で降りるようにしたところ、一駅分歩くのが苦でなくなった。一駅と言っても歩いたところでせいぜい10分ぐらい。これならちょっと食べ過ぎたときの罪滅ぼしにはなるはずだ。二駅歩けば優に20分は超えるから立派なエクササイズになる。たとえスポーツクラブに行けなくても、まとまった運動時間がなくても、通勤の「ついで」に歩けば一挙両得だ。 先日、とうとうビジネスバッグを新しいものに取り替えた。先代が磨り減ってきたのがその理由だが、新しいのはカメラマン仕様のバッグ。A4サイズの書類も入るし、ポケットもたくさん。ナイロン素材でとにかく軽い。このバッグにして以来、歩くのも快適だ。そしてもちろん、足元には歩きやすい靴。私は外反母趾に長年悩まされていて、とうとう行き着いたのがドイツ製健康靴メーカーのローヒール。サンダルで有名なこの会社の靴は、靴底の形や素材にとてもこだわっており、履き心地がとにかく良い。これさえ履いていればいくらでも歩けそうだ。 そのようなわけで、最近の私は「一駅歩けば罪滅ぼし、二駅歩けばエクササイズ」をモットーに、健康維持に努めている。 |
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| 2006年10月 6日(金) |
まめの木 |
ものすごい多目的ホール
人口1800人の町、北海道朝日町。 この町に300人収容できる多目的ホールがある。 ここでは毎年、演劇のワークショップが行われており、この夏、その通訳に行ってきた。 このホール、地方の寂れたホールかと思いきや、とんでもなく贅沢なホールなのである。 エントランスホールに続く“いこいの広場”には、朝日町の自然、動植物がディスプレイされており、実際に山から切り出した樹齢300年のエゾ松や、エゾシカの剥製、なんと脱皮中の蛇まであって、さまざまな鳥の名前が書いてあるプレートのボタンを押せば、鳥のさえずり声が聞こえてくるという凝りようだ。素晴らしい舞台・音響・照明装置を備えた小ホールの他に、340uの多目的スペース、複数の研修室、和室、視聴覚室、調理実習室を備え、開架5万冊の図書室もある。特に、図書館の蔵書はスタッフの方が自らの好みで選ぶそうで、絵本から専門書まで、ずらりとそろっている。
ワークショップは基本的に多目的スペースを使わせてもらった。ホールの方々は本当にここで行われる文化行事に愛情を持っており、差し入れには採りたて・湯でたてのトウモロコシを持ってきてくださるし、お掃除の女性も私を参加者の役者さんと勘違いされて、「お姉さんはどの公演に出たことあるの?私、全部見てるんだよ。」と話しかけてくる(もちろん「通訳です」と言って誤解はきちんと解いておきました)。期間中、お葬式が入った日には、隣の小ホールに引越してワークショップを続行、途中、乳がんの巡回検診の日もあって、エントランスホールにご年配の女性が溢れる中、役者さんたちがタバコ休憩を取る、という風景も面白かった。まさに、“町民の町民による町民のためのホール”なのである。
話を聞いてさらに驚いたことに、このホール、公演があれば必ず満席になるという。 過去の公演記録を見てみると、これまたすごいラインナップだ。 クラシックはアルバンベルク弦楽四重奏団やバイオリンの古澤巌、ロシア・サンクトペテルブルグ・バレエ、もちろんさだまさしや研ナオコのコンサートもあるが、驚くのは年に5、6本の演劇を上演していることだ。中には富良野塾、串田和美、宮本亜門といった演劇界のビッグネームも名を連ねているが、不勉強の私では名前を知らない劇団もある。
1800人の町にある300人のホールが公演の都度、満席になるということは、東京都に例えるならば都内に東京ドームが約40個あって、毎回チケットが売り切れる計算になる。しかも、出演者はローリング・ストーンズやスマップではないのである。興行収益の上がらないとされている演劇で、毎回いっぱいになるというのだから驚く。
ここの観客も素晴らしいと聞く。この町にはあまり娯楽がないため、集客力があるのかもしれないが、お客さんは有名かそうでないかで判断するのではなく、純粋に演目を楽しむために来ているそうだ。だから、ポップスでもお堅い演劇でもなんでも見る。これは、先程のお掃除の方の話でも十分納得がいく。ここで演じたことのある役者さんも、お客さんから素直な反応が期待できるので勉強になる反面、このホールでの公演はある意味、非常に怖いと言っていた。
ドイツでは、色々な社会層の人々が日常的に文化に親しんでいる。どんな小さな町でもクラシック専門のコンサートホール、オペラハウス、演劇専門のホールなどが三つ四つある。まぁ、これには国の文化政策の違いが反映されているので、日本でも同じもの作って!という贅沢は望めないとしても、市庁舎や古城を開放した芸術大学の学生や若手芸術家によるコンサートや展覧会もあるし、クラシックのコンサートやオペラなどでも、出演者の名前で足を運ぶのではなく、『教会でオルガン・コンサートがあるから夕食後ちょっと行ってみようか?』とか、『なんか、今度のフィガロは若い演出家がやるそうだから、面白そうだね!』というノリで気軽に楽しむのだ。帰国してから、日本の文化レベルはなんと低いのか!と常々嘆いていたが、あさひサンライズホールを見て、いやどうしてどうして、文化を楽しむ精神は日本でもいまだ健在であることがわかり、私にはとても足を運べる距離ではないのに、なんだかとても嬉しかった。
朝日町は現在、市町村合併によって去年の9月1日から士別市朝日町になった。ウィキペディアの説明によると、 “上川郡にあった町。人口は2千人足らずで、北海道の「町」の中では最も少ない人口であった。” 上川郡にあった町、という過去形の響きが少々物悲しさをそそる。市町村合併の波はホールの名前までに及び、“朝日町サンライズホール”から“あさひサンライズホール”になった。創設当時のメンバーの心中はいかばかりか…
日本では文化予算が年々削減されているし、地方では文化ホールを建設しようとすると、税金の無駄遣いだ!と地域住民から反対の声が上がることもあるという。観客も観客で、自分で作品の価値を評価するのではなく、メディアに踊らされ、とりあえずテレビに出ている有名人だから行ってみるか、という態度である。 バブル期に建てられた、中身の伴わない形だけ立派なホールもいっぱいある。 そんな中、関係者の熱い想いや地域住民の高い意識に支えられている朝日町の多目的ホール、ここで営まれている元気な日常が、妙に私の胸を打ったのであった。 (写真は朝日町の風景です)
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| 2006年10月 5日(木) |
仙人 |
ざわわ……
選挙などで政治家の発言を聞く機会があると、ざわっとした感触が走る言い回しがあります。「お示しを、する」:「示す」は「しめ」という語幹に「す」という活用語尾が、示さ(ない)、示そ(う)、示し(ます)、示し(た)、示す(言い切り)、示す(とき)、示せ(ば)、示せ、とつく、サ行五段活用の動詞です。動詞の連用形に接頭語の「お」をつけた敬語表現として「お示しする」であるべきでしょう。「示し」を体言として使うのは、「示しがつかない」のような限定された場合だけです。「お話をする」「お話しする」から、こういう誤用が生まれてしまったのでしょうが、前者は、子供などに「お・ハナシ」=名詞+「する」tell a storyで、後者は例としては「私がお話しします」=「お+連用形」で「私が話します」より丁寧、I would like to speak(またはaddress), if I mayみたいな感じ、意味の違いがあります。 ちょっとした発言の中に政治家がこの誤用「お+体言+をする」の言い回しを多用するのを聞くと、仙人として怒らない生活を心がけている私もかなりイラっときます。「お訴えをする」とか「お出しをする」とかね。 ほぼ市民権を得てしまった「ら・ヌキ言葉」つまり可能を表す助動詞「れる・られる」の誤用も、いまだに神経に障る感じを覚え、首都高の入り口に「○○方面には行かれません」と書いてあるのを見るのがすごく嫌です。しかし、すんなり受け入れてしまう誤用もあって、好きなのが、電車のホームで、駆け込み乗車はおやめください、ドア、「閉まってます!」というアナウンスです。本来、閉まりつつあります、閉まる最中です、というべきでしょうが、「進行形な感じ」と緊迫感が、状況とぴったり合っている気がします。 結局好き嫌いなんでしょうか。言い回しまちがいは、本来方言だったことも多いので、出身地によって気に障るものが異なるらしく、あなたには関西人特有の言い回しまちがいがわからないだけ、と言われたこともあります。京都の子は、形容詞を強調するとき、同じ言葉を繰り返すと指摘されたのはすごく納得しました(さむい、さむい=とてもさむい)。今住んでいる千葉では、普通に会う、出会うことをみなさん「いきあう」と言われます。方言としてみると、ちょっとかわいいと思っています。 |
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| 2006年10月 4日(水) |
the apple of my eye |
孤独じゃないの
よく翻訳は孤独な作業といわれるし、私も「在宅翻訳者なのでひきこもりで」などと口癖のように言う。といっても、そんなことを言う相手も普段はそんなにないのだが。 しかし、果たしてそうなのだろうかと、最近になってあらためて思うようになった。 翻訳で取り扱うのは言葉である。 言葉の役割は、誰かから別の誰かに何かを伝えることである。 ここに、1通の英語で書かれた契約書がある。契約の一方の当事者側で作成したドラフトだ。 まず、ドラフトを作成した人がいる。 私は翻訳者としてこれを日本語に翻訳する。 その向こうに、私が翻訳して日本語になった契約書を読む人がいる。 私はドラフトを作成した人が伝えようとした内容を、間違いなく、この読む人に伝えなければならない。 手がかりは、基本的にこの契約書に書かれている言葉だけである。 私は、そこに書かれていることを一生懸命読む。 言葉は、モーリス信号のような暗号の羅列ではないので、同じことを伝えたい場合も10人10色、様々な単語や表現や文章構成で綴られる。読みようによっては色んな意味に取られることもある。 人間の書くものなので間違いもある。 単純な間違いでは、「第3条1項で定義したとおり」としなければならないのに、As defined in Article 2.1 となっていたり、動詞の目的語が書かれていないために、誰が誰に対して何の義務を負うのか分からなかったり、文章の構成が悪いために、買手が作成するのは仕様書だけなのか、製品リストも作成するのか不明瞭だったり、まあ色んなエラーがある。 私はそんな原文のエラーを、「2.1と書かれていますが3.1ではないでしょうか」とか、「目的語がないので明確ではないですが、○○を目的語として解釈します」とか、「二通りの解釈がありますが、文脈上前者の方ではないかと思います」などと訳注を入れながら訳していく。 ここで勝手に翻訳者の解釈だけで訳文を作ったら、もしかしてドラフト作成者の意図とは違ってしまうかもしれない。出来上がった訳文を提出するときに、原文に瑕疵があった可能性を示しておかなければ、読む側は私の作った訳文が正真正銘、ドラフト作成者の意図を間違いなくすべて表したものだと解釈してしまうだろう。契約書の場合、それが間違って発展して、会社と会社の紛争になったり、契約が成立しなかったりという事態になるかも(大げさかもしれないが)。 場合によっては(契約書の場合はたいてい無理だけれど)、翻訳を依頼してくださった会社の担当者さんにお願いして、原文を確認してもらうこともある。あるいは、翻訳会社側のチェッカーさんと確認しあうこともある。 すると、場合によっては……おお!
原文作成者−翻訳者(私!)−チェッカーさん−コーディネーターさん−担当者さん(営業さん)−訳文の読み手
という、なんとも美しい連携が存在することになるのである。 なんのなんの、翻訳は孤独な作業などではない。 書き手の意図どおりの言葉の意味を間違いなく読み手に届けるという、崇高な目的のために連携し合うチームワークなのだ。 今日も私は見えない書き手の心を読み取り、見えない読み手の心に届けるため、ひとり、PCの前に座っている。
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| 2006年10月 3日(火) |
パンの笛 |
三つ子の魂百まで…?
私は俗に言う「帰国子女」なるものではありますが、世間の抱いている「帰国子女」のイメージというのは、ある程度大きくなるまで海外にいる、というのが前提なのではないかと思います。その点、私はイギリスに8歳までしかいなかったので、「帰国子女なんです!」と大見得を切って言うのには少々ためらいを感じます。周囲はそう聞いた瞬間に、「じゃあ、卒業した小学校、中学校は海外?」と聞くこともあり、そこで、「いえ、千葉県の○○市立××小学校卒です」などというと、白けたムードが漂ってしまったりします。とは言え、自分が現在翻訳という仕事を生業とするに至った経緯には少なからずその経験が生かされているはずと考えて、自信を持とう、と自分に言い聞かせていたりしたのですが…。 先日、子供のころに住んでいた家を両親が処分することになり、その家に残っていた私の荷物が宅急便で送られてきました。あまりの懐かしさにいそいそと箱を開けて中身を見ると、中にはなんとイギリス時代の学校のノートや作品も! ページをめくれば、おぼろげな記憶の中に忘れかけていたあの頃の授業の様子が彷彿とされる、私の筆跡の数々。(ちなみに当時、イギリスでは学校の教科書は学校の所有物で、学校から貸与されてまた返却するシステムだったため、教科書は手元にないのです。今はどうなのかしら。) 実は、私は帰国した年齢が低かったこともあり、英語をすっかり忘れ去ってしまっていた時代がありました。帰国当時は日本語に苦労していたのに、2〜3年でその苦労もどこへやら、今度は英語をすっかり忘れてしまい、小学校高学年になってイギリスで近所だった方が遊びに来てもまったくしゃべれずアワアワする始末。そんな時代を経て、今やっと職業として英語を使える立場になったからには、子供の頃のノートなんて怖くない!と思い、余裕綽々で中身を見ていきました。…しかし、そこで感じた衝撃。はっきり言って、文章が完全に「イギリス人」なのです。もちろん、現地校に通っていたわけですからそうでなくては困ってしまうのですが、今の私にここまでの「イギリス人的視点の文章」が果たして書けるものなのか、と焦燥感と嫉妬を感じてしまうほど。 例えば日本語から英語に翻訳する際に、日本語の「恭しくへりくだっています! へへー。」という文章を、どうやって英語の「見て! 私のこの能力は素晴らしいでしょう!?」という表現に置き換えるか、いつも悩むものです。対象となる文書の性質によっても対応は変わるでしょう。プレゼンテーションであれば自分の能力をアピールすることが大切ですから、思い切って自分の能力を前面に出すような表現に。レターであれば、次に当人同士が会った時に印象のギャップが出ないように、恭しさを残しつつも、不自然でない程度に英語的な表現に、と置き換えて来ました。 でも今回、たった8歳の頃の自分の書いたノートを見て、自分の英語の文章力は、今のままで良いのか、もっと勉強が必要なのではないか、と思わずにはいられませんでした。英語で文章を書き、その能力の対価として報酬をいただくのであれば、言葉が正しいだけでなく異なる文化を持つ読み手から見ても自然な内容になっていなくては、お金をいただくわけにはいきません。今回の衝撃に学びつつ、研鑽を積まなければ…。あぁ、三つ子の魂百まで、そうあってほしい、とやや他力本願的な心境にすらなりつつあります。
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| 2006年10月 2日(月) |
かの |
パースでリフレッシュ
9月上旬に遅い夏休みを頂いてオーストラリアのパースへ家族旅行に出かけた。幼い子どもたちを連れて初の海外旅行。私にとっても4年ぶりの外国だ。 当初は息子の生まれたロンドンに「里帰り」するつもりでいた。しかし8月上旬にテロ未遂事件が発覚し、安全第一ということで断念。どこに行こうかなあと迷っていたところ、夫がパース旅行を見つけてくれたのだ。写真で見ると英連邦の一部だけあって、イギリス情緒たっぷり。「アフタヌーンティーも楽しめるし、英語も聞きやすそう!」と単純な理由で決定。9月のパースは春先というのも魅力だった。 しかし、いざパースに降り立ってみると「さ、寒い〜!!」。春先どころかまだまだ冬の終わり。街行く人たちは手袋にマフラー、ブーツ姿である。片や私は半そでにペラペラのカーディガン。子どもたちには念のためジャンパーなどを用意したのに、自分のものはすっかり忘れてしまったのである。着いた初日は寒さに震え、あわてて分厚いジャケットを買ってしまった。ちょっと痛い出費だが、これも良い記念品だ。 パースのある西オーストラリア州は人口190万、うち150万人がパースに暮らしている。市内中心部には無料循環バスが走り、歩道も広く、緑も豊か。珍しい鳥や動物も見られ、開放的な気分をたっぷり味わえた。動物好きの3歳の娘は動物園でカンガルーやコアラをなで回して大満足。公園の遊具に目がない5歳の息子は、結局パースでも滑り台を満喫していた。 今回の旅行で私にとって一番の収穫は、「仕事から完全に切り離されたこと」。国内旅行だと携帯電話に仕事の問い合わせがバンバンかかってくるが、今回は携帯もパソコンもない環境にあえて身を置いたのがかえってよかったと思う。メールなどが見られる状況にあると、気になってつい見てしまうからだ。子どもたちとじっくり向き合い、家族だけの時間を満喫したのも、実は今回が初めて。息子と娘の個性の違いもわかり、改めて家族の良さを実感できた。重い荷物を携えて飛行機に子連れで乗り込むのも、やってみれば案外簡単。よーし、今年の秋は頑張ってたくさん働いてお金をためて、また年末も海外に行こうっと! |
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| 2006年 9月29日(金) |
まめの木 |
宇宙人
生まれて初めて“通訳者”という生き物を見た時、彼らが宇宙人に見えた。 その素晴らしい頭脳や技能に腰を抜かしたのは言うまでもない。 通訳学校に通い始めの頃、家に帰って自分の不甲斐なさを嘆くと同時に、様々な疑問が心に浮かんだのである。
この人たちは、喜怒哀楽を感じることはあるのだろうか? お友達とおしゃべりしたり、テレビを見て笑ったりするのか? 私と同じものを食べて、美味しい、と感じるのだろうか? お洋服や化粧品を買いに行ったりするのだろうか? 恋をしたことはあるのだろうか?
それまで私を取り囲んでいた人々とは、明らかに違う匂いがした。 当時の私には、通訳者のパフォーマンスの中に微妙に見え隠れする、彼らの心の動きや個性を嗅ぎ取るほどの感性がまだ備わっていなかったし、体質的にまだ、通訳者ならば面白くて仕方がないことを“苦行”としかとらえることができなかったのが理由である。 勉強すること以外に生き甲斐がないように見える生き物、一つの表現にこだわりを持ち、文末の処理の機微について延々とディスカッションをする、そのような“宇宙人”に取り囲まれ、『ああ、とんでもない世界に足を踏み入れてしまった…』と一人ため息をついていたものだ。 今でこそ、パフォーマンス改善のためのディスカッションならいつまでしていても飽きないし、見ること聞くこと何でも勉強に結び付けてしまう体質に変化しつつある。また、一見無機質にも見えるポーカーフェイスは、プロフェッショナルな姿勢の片鱗であることも叩き込まれた。実際、当時私が“宇宙人”視していた同業者とお食事に行ったり、お買い物に行ったりもするので、通訳者だってフツーに生活をしていることは良くわかるのだが、やはり我々はある種、無自覚に特殊な香りをまとわりつかせているのだろうか。
そのことを、先日、現在教えている通訳者の卵君の一人が証明してくれた。 マリコさんの第13回のコラム『接続詞のワナ』にもあるように、私もクラスでは接続詞によく注意を促している。
『日本語で‘しかし’や‘ですが’が出てきても簡単に‘aber(=but) ’と訳してはいけませんよ。その後の文脈とは関係なく、日本人はよく‘しかし’や‘ですが’を使うことがありますからね。 簡単な例を挙げれば、 「私○○と申す者ですが、△△様はいらっしゃいますか?」 という日常的な文の‘ですが’を安易に‘but’と訳してしまうと、 「私○○と申す者ですが、実は火星人だったんです。」 とでも言わないと不自然ですよね、この意味、わかりますか?』
額に汗しながら、ややもすれば雰囲気が固くなる授業で必死に笑いを取りに行った私に対して、ある生徒さんが真顔でこう答えた。
『でも、先生が“実は私は火星人だ”とおっしゃっても別に不思議とは思いません。』
ということは、私も立派に“宇宙人”の仲間入り? 喜んでよいのやら、憂慮すべき事実なのやら… |
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| 2006年 9月28日(木) |
仙人 |
When Harry Meets Carrie...
J.K.ローリングが、ニューヨークの空港で、ハリー・ポッターの最終話のドラフトの機内持ち込みを断られてひと悶着があったという話を聞きました。この原稿をチェックインしてしまって、紛失したら、いや確実に盗難されるはず、弁償ってどうなるんでしょうね。きっと、天文学的な金額。アメリカ滞在時に書いた分はコピーもとってなかったということで、ひょっとしたら二種類の最終話ができていたかも。それはそれで興味深かったような。最終的には機内持ち込みできたらしいですけど。 ローリングは8月の初めに、スティーブン・キングとジョン・アービングと一緒に『ハリーとキャリーとガープの夕べ』と題したチャリティ読書会をラジオシティで行なって、その帰りのことらしいですが、このとき、アービングがハリー・ポッターを最終話で殺さないで、と訴え、キングも、ハリーはライヘンバッハの滝を見に行かなくてもいいだろうと言ったとか。この対談見たーい、すごく。どっかのケーブルチャンネルでやらないかなあ。日本なら筒井康隆がモリゾーとキッコロを森に返さないで、と言い出すみたいな、いや、恩田陸がドラエモンを未来に戻さないでと言う、違うな――まま、とにかく、ミステリー界の巨匠と、いわゆる純文学のカリスマが、本来子供向けの本のベストセラー作家に、真剣に内容のことを語るわけで……。 ハリー・ポッターは、ブームには、当初乗り遅れた感があって、最初の二作は邦訳が出てから、ふーん、おもしろいけど、しょせん子供用の本、と本屋での立ち読み(!)で済ませていたのですが、大好きなゲイリー・オールドマンがアズガバンの囚人を映画でやることになった後、英語で最初から読み出してすっかりハマってしまいました。あんな子供騙しの本、なんて思っている人がいたら、英語でもぜひ試してみてください。楽しいと同時に、英語圏の子供たちは大人のベストセラー本と変わらない装丁・体裁、語彙を持つ本を、じゅうぶん読みこなせる能力があるのに、日本の子の言語能力が落ちてきているのでは……と心配になる私の気持ちもおわかりいただけるのではと。 最終話、ハリーはどういう結末を迎えてもいいけど、シリウスがあのままでは……。 |
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| 2006年 9月27日(水) |
the apple of my eye |
つなわたりな生活 その3
ところで、たまにオンサイトに出ることのもう1つのリスクは、在宅で頼まれる仕事の方をどう処理するか、にもある。「他の仕事がありますので!」とお断りすれば良いのだが、週末を挟んで6日間も他のすべての仕事をお断りするのは、普段在宅ベースでお世話になっているクライアントさんにご迷惑になるかもしれない。 基本的には first-in, first-out でお仕事を受けさせていただくので、今回も6日間のうち2件ほどはお断りせざるを得なかった。それでも、朝から夕方までオンサイトで仕事をし、急いで帰宅して息子と夕食、彼が寝た後に日付が変わるまで仕事をして、また翌朝オンサイトの仕事に出る、とギリギリの努力はしたつもりである。週末も完全に返上した。要は、自分が納得できるラインまでやりたいだけなのかもしれないが、努力してどうしても無理なら諦めがつくが、後悔はしたくないのだ。もちろん、無理をして仕事の質が下がっては本末転倒だし、今回も6日間という期限が分かっていたので頑張ることもできた。永遠にノンストップでギリギリまで仕事をするのは無理だし得策でもない。そこのところのバランスが難しいわけだ。まだ小さい子どもなんかがいると、余計に物事が予定通りになど進まないし。 またそういうときに限って、来る仕事がとてもチャレンジングだったりもする。オンサイトが決まる前にお受けした仕事で、以前に翻訳をしたものがあって今回は改訂版。変更があった場所だけを翻訳するので、それほどハードではないはずだった。「後からもう少し来ますが、とりあえず」と送ってきたのが数枚だったので、「後から少し」も同程度の分量かと思ったのが間違いの始まり。オンサイトの仕事が始まる木曜日の前に「後から」が来るはずだったのに、原稿が遅れてオンサイトが始まってからになったのが次の間違い。「後から」の分量が仕上がりで30枚近いものだったのが3つ目の間違い。中身を見て、最初の単なる「変更部分だけ」という性質のものではなく、完全に1からの翻訳に近い「追加」箇所だったことが4つ目の間違い。5つ目の間違いは「出来たところまで翌日に納品して欲しい」という要望が付いてきたこと。6つめの間違いは、まあそもそもの間違いだったが、やや専門領域ズレの内容だったこと。7つ目の間違いは(段々、数え上げるのが面倒になってくる)、原文の英語がかなり質の悪いものだったこと。そして8つ目間違いは、いただいた原稿のファイルがなぜか非常に重く、PC上で何度もフリーズすること。使用しているPCが悪いのかと思って、別のPCで動かしてみたが状態は同じ。9つ目の間違いは、この仕事をオンサイトが始まるまでに終わるものと算段していたために、もう1件の仕事を請けてしまっていたこと。 さて、これだけ「間違い」が重なると、しかもオンサイトの仕事に入っていて日中の時間がまったく使えない状態だと、大ピンチである。よっぽど、クライアントさんに頭を下げて、この仕事はできないと申し上げようかと悩んだ。が、そこでムクムクと頭をもたげてきたのが、「なに、やってみせるさ!」という意地。カレンダーに、木曜の夜=仕事A7枚、金曜の夜=仕事A5枚、土曜日=仕事A15枚、日曜日=仕事B15枚、月曜日の夜=仕事B5枚、と仕上げ枚数予定を書き込み、猛然と取り掛かったのが木曜の夜9時ごろ。 動かないファイルについては金曜日にクライアントさんに連絡し、別の形式のファイルを送ってもらって問題解消。これのおかげで木曜日の予定枚数は狂ってしまったが、土曜日にそれを挽回、日曜日はその勢いに乗って、月曜日分の仕事も終えることができて仕事AもBも無事に月曜日の朝に納品! この間、睡眠時間はかなり短し。いつもはできない右の頬と額に吹き出物1つずつ。 でもこれで、残りの月曜・火曜のオンサイト、在宅の仕事を気にせずに乗り切ることができそうだ。……と思っていた月曜日、帰宅途中の電車の中で携帯電話が鳴る。 「はい、大丈夫ですよ、明日までですね!」と答えている私がいた。
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| 2006年 9月26日(火) |
パンの笛 |
本物は語る
たまにお仕事をいただくクライアントに、美術展の企画・運営をなさっている方がいる。ここからの依頼の中には、美術展のパンフレットの翻訳などもあり、大変訳していても楽しいお仕事が多い。しかし、楽しいとばかり言って鼻歌交じりでいられないのは、お仕事の定め。時には大量のパンフレット原稿を短納期に仕上げてほしい、という依頼もあるわけで、しかもまだ文面に添付する写真が用意できていないので文章だけ、ということもある。これが実は難点なのだ。もちろん、文章だけでも十分意味は通じる。通じるけれども、例えば宝石の色彩について説明した文章などに出会うと、色彩の感覚というのは英語文化と日本語文化の間でも隔たりがあり、一概に置き換えが利かないものが多い。そうなると、写真を見てどの訳語にするか吟味したいところなのだが、写真はなし。仕方ないので、悪あがきをしてインターネットでのイメージ検索でその色の名前を入力して検索してみたり、有名な宝石であればその宝石の名前や製作者の名前を入れて検索してみたり、と限られた時間の中でも最大限の調査をしてようやく訳文は完成。しかし、後日出来上がった写真を見て、微妙に違うその色合いに愕然とすることも一度や二度ではなかった。正に百聞は一見に如かず。あわててクライアントの方にご連絡して、訳語を訂正してもらったりしたものだった。 そんな紆余曲折を経てやってくる展覧会当日。自分がこれまでパソコンの画面でばかり見ていた宝石類が目の前に飾られている姿は、かなりの興奮もの! そしてなんと言っても衝撃的なのは、本物の持つ迫力のすごさ。私はこれまで、この宝石のカットの角度がどう、放つ色彩の細やかさがどう、製作者は誰、どの流れを汲む作品、など、ありとあらゆる詳細情報をあーでもない、こーでもないと悩んでこねくり回して文章をひねり出してきたけれども、もう、そんなのはすべてどこかへ飛んでいってしまうほどの存在感。宝石は語ります。「薀蓄はさておき、私を見て! 私の存在意義は、今目の前の私そのものがすべてなのよ!」と。こういう本物の持つ迫力までを含めて、どうやってそれを文章に映しこめるのか、そこが文章の書き手の力量なのだ、と心から悟った瞬間でした。そしてそれはまた、目で見る情報と、文章で理解する情報の隔たり、ということについても考えさせられる瞬間でした。翻訳とは、結局は自分ではない、他人の書いた文章の書き換えであり、さらにはその元の文章も、作者の目の前、もしくは心の中にある風景や事物を表現しようとして書き表したもの。つまり、結局は見るべきそのものではなく、見ている対象を映し出す鏡なのである。すべての表現は、読む人すべての心に同じものが思い浮かぶよう、工夫したものであり、そのものではあり得ない。それはイタコの口写しが元の人物に成り代わることはないのと同じで、結局はその対象そのものではなく、その対象を思い起こさせるためのきっかけなのだ。そうしたきっかけに分類される作業には、演劇あり、写真あり、絵画あり、文章あり。もちろん、突き詰めればそのきっかけとしての表現の美の追求、ということも求められては行くのだが、こと翻訳に関しては、究極の対象である、表現された事物や風景そのものに対して謙虚な姿勢を持って吟味して、その上で原文のスタイルを尊重することが大切なのだなぁ、と日々考えている。訳した文章の数だけ、表現の対象と、それを見つめる原文の記述者の目線がある。だから翻訳は面白いと思う。 |
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| 2006年 9月25日(月) |
かの |
目からウロコの指導法
自分が教壇に立つようになって、「指導法」というものに興味がわくようになった。かつて学ぶだけの立場だったときは「うーん、この先生、声が小さいなあ」「見本訳、やってほしいのに」「時間通りに終わってよ〜」と指導者への不満だらけだった。もちろん、声の大きさや時間厳守、模範訳の提示などは講師として最低限守らなければならないと思う。でもその一方で、講師も聖人君子ではないのだからある程度ミスがあったり、体調不良で今ひとつの授業となったりするのも致し方ないなと思うようになった。自分がその立場になって初めてわかったことだ。 とは言え、より良い授業をするにはどうすれば良いか?それには自分が生徒になって何か習い事をするのが一番だ。そんなわけで私が参考にしているのはスポーツクラブのレッスン。我がクラブはフリータイム制なので、好きなレッスンにいくらでも出られる。引越しや転勤などでこれまで色々なスポーツクラブに所属してきたが、いつも入会直後にやるのは、とりあえずスタジオレッスンを一通り受けてみるということ。そうすることでインストラクターとの相性やレッスンの雰囲気などもつかめるし、自分の出たいクラスも絞り込むことができる。 最近はレギュラーで出るレッスンもほぼ決まっているのだが、先日、たまたまとった代行クラスは目からウロコだった。まず最大の特徴として、指示出しがゆっくりで分かりやすかったこと。このクラスは上級エアロビ系の「ボディアタック」というクラスで、心拍数も上がるし、動きもかなり激しい。でもそのイントラさんには無駄な動きが全くないばかりか、4拍目で次の動きを見せてくれたので、自分が次にどのような振りをすればよいのか安心して入っていけた。これまで難しいと思っていたボディアタックだが、これなら初心者でも楽しめると思った。現に初めて受講したというメンバーも皆、ニコニコしながら踊っている。さらに一曲終わるごとに拍手があがるなんて私自身、初めて!それだけ実り多き45分クラスだったのだ。 「ボディアタックを1時間やると、多い人では600キロカロリーも消費するそうです。これはマシンジムの自転車こぎ3時間分に相当しますよ」とクラスの冒頭で説明していた今回のイントラさん。なるほど、科学的な内容のたとえ話も説得力がある。今度通訳のクラスでシャドウィングをやる際、「毎日シャドウィングをやれば○○日で英語がスムーズに出てくるようになりますよ」と言ってみたい。 |
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| 2006年 9月22日(金) |
まめの木 |
愛を売るのは汚くない?!
通訳業の醍醐味の一つは、“頭の良い人々”と仕事ができることだ。 自分の有する脳ミソのキャパシティーを超える場面に遭遇すると、意に反して自動的に心頭が滅却されてしまうこともあるが、頭の回転の早い人や人生を本気で生きている人々と仕事をすると、こちらの脳ミソも刺激され、時には抱えている悩みも解消されることがある。
以前一緒に仕事をした演出家は、そんな恐ろしく頭の良い人々の一人だった。 哲学者・社会学者の文言を台詞に多用し、ラジカルで前衛的、社会批判色が強い、という作品評を聞いていた私は、インテリ芸術家、革命的思想を有した演劇界の寵児、破壊的性格の理論家などなど、ほとんど偏見に近いようなイメージを持って彼の来日を待っていた。 当然、初日のミーティングには相当の覚悟を持って臨む。 ところが、開口一番、 『君もスタッフの一人だ。私の考えに異を唱える権利は君にもあるんだよ。』 と言う。仕事をしていくうちに、差別には極端に敏感で、実際の舞台上でのデモクラシー、演出家・役者・スタッフ間のヒエラルキー撤廃などを第一に考える演出家であることが明らかになるのだが、その時は『えっ…?!』と思った。 だって、通訳者たるもの、『それ、絶対にヘン!』と思っても、決して顔に出さず、まるで自分の意見であるがごとく訳せって、たしか通訳学校で習いましたもん。黒子に徹するのが通訳者、という常識からすると誠にありがたいご提案なのだが、学校で通訳者魂を叩き込まれた私はいささか面食らってしまった。 ましてや“演出家”が、である。 最初の言葉通り、稽古が始まってからも俳優陣はもとより、スタッフ、通訳者にまで、また幕が開けてからは観客に対しても“思考を共有する”ことを求める人で、彼の態度には最後までブレがなかった。
愛とお金と価値をテーマにした演出家自身の手による作品、1ヵ月半“思考を共有”した中で、ある言葉に私の意識がフォーカスされた。 『“愛”に“金”を払うのは汚いことだと思わない。』 と言うのである。 なんで?! 私を含め、俳優陣も黙り込む。 『例えば、芸術家の仕事は“愛”を売る仕事だ。全身全霊を傾けて愛情を注いだ作品に対して、受け取った側が評価して報酬を支払うのがなぜ汚い?』 う〜ん… 一緒に“思考”することを許されている私、『待てよ…』と思った。 “愛”を売って生活しているのは、なにも芸術家に限ったことではないのではないか? 通訳の仕事のために体調を管理したり、専門用語一つ探すのにご飯も食べずに血眼になって、睡眠時間を削って髪振り乱すのは、全身全霊を傾けていることではないか? ということは、私たち通翻訳者も“愛”を売っていることにはならないか?
何故、演出家のこの言葉に反応したかというと、以前プルーフリーディングの仕事をしていた時に、愛の欠落した翻訳に沢山お目にかかった経験があるからだ。 ネットできちんと検索していないのは序の口で、誤訳・訳漏れあり、専門用語でも辞書には必ず載っている用語すら正しく訳されていない、明らかに一回目に訳したまま提出している、などなど、『自分で翻訳した方が早いわい!』と、当時の私は仕事の適当さに腹を立てたものだが、彼らだって決して無能で不真面目な翻訳者ではないはずだ。仕事が手抜きに見えるのは、つまり愛情が足りないのである。 ありがたいことに、現在、私の周りにいる同業者は皆、“愛”を売って仕事をしている人たちばかりだ。 “愛”を売る人々は仕事の仕方も情熱的で、そのハートは常に熱い。
職人は魂を込めてモノを創る。 受け取った側は愛情を込めてそれを使う。 通翻訳者もまたしかり。 (自戒も含め) |
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| 2006年 9月21日(木) |
仙人 |
かわいいサブちゃん
パンの笛さんのブログに反応してしまいます! そう、どうもPCは二年に一度くらいはクラッシュするみたいです。なんとなく、アタリとハズレがあるようで、このハズレ確率は飼い猫のハズレ率と同じぐらいのようなもん……猫好きの方にはおわかりいただけるでしょうか。今までに知り合った猫の数とPCの数も同じぐらいだし。私の場合、メインのデスクトップが、このハズレさんなのですごく面倒。買ってから3年目にして、お泊り修理が二回にセットアップは数え切れずにやりました。去年は、こいつがどうしようもなく動かなくなって、急ぎの仕事があったので、とりあえずラップトップで腱鞘炎に苦しみながら仕事をしていたら、突然、いつもいい子のラップトップが何の応答もしてくれなくなったことがありました。そう、二台同時に故障することもあるのです。夜の11時を過ぎ、締め切りは明日朝9時、泣きそうになりながら、近所のショッピングセンターに走り出し、目に付いた最初のPCを買って仕事を仕上げました。ところが、こいつがすごくいい子で、道で拾った汚い雑種の猫がアタリだったりする感覚も一緒です。 言うことをきかなくなる理由は、私もよくわからないんですが、いわゆる「滓がたまる」状態というのか――こまめにクリーンアップし、クッキーも削除し、デフラグし……ててもご機嫌が悪くなり、ああ、もうセットアップし直すしかない! という感じになります。会社勤めの頃はシステム担当者に好き放題言っていたけれど、彼らのありがたさというのは、在宅で仕事をすると本当にしみじみと実感します。 セットアップし直すと、使いやすい設定にしてあったのをまた一から作り上げねばならず、もちろんいろいろなバックアップ機能が助けてはくれても、プログラムをいくつかインストールしたり、古くなったバージョンのため、修正プログラムを何時間もかかって入れたり。サービスパック2とか入れるの、やたら時間がかかるし。 大きな仕事がひと段落するまで、なだめてすかしてもたしておいて、ファイルもメモリースティックに整理して収めて……いる最中に、フリーズしないで! ハードディスクを別付けにして、ファイルなどはすべてそっちに入れるのがいいと聞いたのですけど、メモリースティックが手軽だし。今は、またメイン君の再セットアップをしなきゃ、と思いながら、雑種のかわいい子を使っています。 |
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| 2006年 9月20日(水) |
the apple of my eye |
つなわたりな生活 その2
さて、私の急なオンサイトの仕事発生で、「にわかカギっ子」に変身することとなった息子。 その日の朝になって、彼には私の携帯電話に自分で電話をかけることすら経験させていなかったことに気付き、朝ごはんの後に慌てて練習させるという一幕もあり、外から見えないように、でも無くさないように、チェーン付きの家のカギをランドセルの中にこっそり仕込んだり、学童クラブへの連絡帳に「もしも一緒に帰る子がいなければ、5時帰りを6時帰りに変更して私の携帯電話にご連絡下さい」とお願いを書き込んだりして、慌しく登校させた。こういうことは親も慣れていないと、どうも段取りが悪い。 在宅で仕事をする生活パターンに安住していると、オンサイトのときはその日に限って熱を出すなどという不測の事態が発生しないかと、ビクビクする。在宅なら保育園や学校から「熱が出ました」「ケガをしました」というお迎え要請コールがかかっても、作業の手をちょっと止めて迎えに行くことは可能なので、そんなにパニックにはならない。ただし、病院に行ったり具合の悪い子の様子を見ながらだったりすると作業時間が大幅に削がれ、夫の帰宅を待っての作業再開になるので夜更かし必至、キツくはある。 しかしオンサイトでの仕事は、不測の事態に対応不可。特にうちの息子のように保育園時代はクラスで病欠が多いナンバー1の地位をもう1人の男の子と争っているような子どもでは、とてもじゃないが自信をもってオンサイトの仕事をお受けできない。小学生になってさすがに熱を出す頻度は激減したが、それでも前回述べたようにたまに出る時に限って具合が悪くなる。また、保育園なら延長保育で7時まで預かってくれるが、学童保育は最終で6時まで。冬になれば5時でも真っ暗、低学年の子どもを1人で帰宅させたい状況ではない。そんなこんなで私は今回のようなたった2日間でも、登校させてから無事に帰宅するまで、実はずっと心の中でヒヤヒヤしている。 さて、カギっ子デーのその日、5時近くなると私は仕事中にそわそわし始める。携帯電話をPCの横に置き、横目でチラチラ見ながら、いつ息子から「帰ったよ」の電話がかかってくるかと気になる。そこへ、今回の仕事を一緒にしている仲間の翻訳者さんが、仕事の進行について相談するために席に立ち寄ってくださった。お蔭で頭がまた仕事集中モードに戻って助かった。でなければ、ずーっと上の空で電話を待つことになったかもしれない。 打ち合わせが済んでPCに向き直った時に、マナーモードにした携帯が振動する。一瞬ドキッとする。なぜって、普段は在宅での仕事なので、仕事の電話も自宅の電話にかかる。携帯電話が鳴るのは何か緊急の時という意識があるので、息子からの電話だろうということを瞬間的に失念していた。待ち受けに「自宅」と出ているのを見てようやく、ああ息子だ、と気付く。時間は5時27分だった。ん? いつもより自宅に着くのが少し遅くないか? ま、いいか。とにかく無事に家に入りカギも閉めたと言う。こちらの心配をよそに、「ママ、今からシャワーを浴びたいんだけど、いい?」などと言っている。 少し後になって、本当はその日預かってもらうはずだった、熱を出しちゃったお友だちのママからメールが入る。「○○君、無事に帰ったみたいね。」彼女の家は通学路の途中にあるので様子を見ていてくれたらしい。熱が下がってきたお友だちも心配して、息子が自宅に着く頃を見計らって、「だいじょうぶ?」と電話もしてくれたそうだ。う〜ん、心強い! 持つべきものは、遠くの親戚より近くの友人! 7時半少し前に帰宅すると、玄関にはちゃんとカギが二重にかかっており、息子はほんとにシャワーを浴びてさっぱりした様子で寝巻きに着替え、叱られないのを良いことにテレビを見放題に見てご機嫌だった。ランドセルは廊下の真ん中に放り出してあるし、部屋中何だか異様に散らかっているけど、初めての経験を無事にやり終えたことを褒めてやった。 こうして無事にピンチを切り抜け、あとはほぼ予定通りにことが運んだ。最終日に残業が入ってしまい、7時半までに帰れるはずが8時半近くになり、空手のお稽古場に直行で迎えに行ったことを除けば。 息子が少し自立してくれたこと、具合が悪くならずにいてくれたこと、近くに優しいお友達や助けてくれる方がいること、子育て中であることを理解していただき、早めの帰宅を認めてくださるクライアントさん、すべてに感謝したい。
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| 2006年 9月19日(火) |
パンの笛 |
「職場環境」について考える
やっと、私のメインPCことメイン様が戻ってきました。嗚呼、待ってたのよ、メイン様。遅かったじゃない。メイン様への愛は一層再燃しますが、これにてサブPCのサブちゃんはまたしても日陰者へと逆戻りしました。リビングの隅で、再び日の目を見る日をじっと待つサブちゃん。ごめんね、きっとまた頼りにする日がやってくるから…。 それにしても、失ってその大事さに気づくものが多いことを改めて再認識しました。今回のPC事件もその一環ですが、最近私がとみに感じるのは、「企業という場が提供してくれていた職場環境のありがたみ」です。私が本格的に在宅翻訳者になったのはつい最近のことで、それまでは主に大企業ばかりに勤務する日々でした。当たり前のように企業が提供してくれる設備・環境・配慮の数々。大きなデスク、見晴らしの良い窓からの景色。電話、携帯、文具、PCなどの機器類。エアコン。そして福利厚生! これまでは、むしろちょっとでもその提供ぶりに不満があると、思ったことをすぐ口にしてしまう私の性格から、つい忌憚のない意見を担当者にぶつけたりしたものでした。(担当者の方、今さらながらごめんなさい。)でも、独り立ちしてみて改めて、そういう、本業とは直接関係のないフリンジの部分を担ってくれていた人たちはありがたい存在だったんだなあぁ、と気づくわけです。だって、PCが壊れても、可能な限り自力で直そうと無駄な努力をしたり、なかなかつながらない修理センターに電話したり、配線をほどき、PCの跡地を掃除し、サブPCを稼動状態にまで持って行き、戻ってきたPCを再度配線する。もう、思い出しただけでも疲れちゃいます。そして、意外に困るのがエアコン。私が普段仕事をするのは狭い四畳半の書斎。仕事場として独立しているのが良い反面、家庭用のエアコンは少々効きすぎてしまい、調節が難しいのが難点。いくら微風にしたり、除湿にしたりして細かく調節したつもりでも、一時間に一度くらいは電源をオフにして室温調節をしないことには、夏でも寒くて凍えてしまいそうです。内緒ですが、調節が面倒になってドアを開けたままエアコンをつけたり、なんていう荒業に出ちゃったりもしています。このほかにも、結構困るのが文具類です。例えば、大きなホチキス。翻訳の原稿や、仕上がった訳文は、最後はやはり紙面で確認したいもの。刷り出してみると思わぬミスが発見できたりします。分量が多くてもチェックの際に支障を来たさないよう、大きなホチキスで留めたい…と思っても自宅に大型ホチキスはなし。もちろん、買うことだってできるんですが、なくてもどうにかなる、と自分を誤魔化しているうちにずるずると不便な状態のまま過ごしてしまったりします。ポストイットだって、用途に応じて使い分けたいと思うのですが、敢えて色々買ってしまうとそのうち引き出しの奥に眠る羽目に陥って…などと余計なことを考えてしまいます。それでも、最近はアスクルに登録して、インターネットでぴぴっと注文してその日のうちに自宅に配達してもらえるようになり、どうにか文具の面はバックアップ(セルフヘルプ?)体制が整ってきました。そう、こういうフリンジの部分も含めて、仕事なんだなぁ、と実感してしまうわけです。私は社長 兼 秘書 兼 総務 兼 経理 兼 広報 兼 ヘルプデスク、そして担当者。まぁ、ある意味、すべての面は私のさじ加減一つ。誰かと争うこともなく自分のしたいようにすれば良いわけですから、文句の出ようもないわけです。 やっぱり失って一番惜しいものは、ちょっとしたおしゃべりをする相手になったり、たまには一緒に飲みに出かけて日々の出来事について語り合ったりすることのできる、同僚かなぁ。なんでも一長一短。結局は私の中でのプライオリティの問題なのネ、と一人納得しています。 (写真はデスクの癒し、多肉植物の「ゴーラ」です。)
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| 2006年 9月18日(月) |
かの |
漢字でなければ罪作り!
不祥事で問題になったり倒産したりした会社が、名称を変更して再スタートを切ることがある。「心を入れ替えて真摯な気持ちでやり直します」との思いを名前に込めて再出発を図るのだ。 で、その名前なのだが、どうも最近は「オールひらがな」が多いように思う。どうやら「ひらがなだと優しいイメージになるから」というのが理由らしい。私個人としては別にオール漢字でもカタカナでも構わない。しっかりと企業経営してくれれば十分という思いのほうが強いのだが、やはりそこは日本ならではなのか、イメージが重視されるようだ。 現在私の住む「さいたま市」は今から数年前、浦和市、大宮市と与野市が合併してできた政令指定都市だ。新規都市名の選出にあたっては相当モメたらしい。公募では「埼玉市」が筆頭候補に挙がっていたのだが、結局有識者会議でひらがなの市名になってしまったのである。「何だか間延びするなあ」と当初は思ったものの、最近は市町村合併でどんどん新しい市が誕生し、ひらがな名も増えてきたので、これも一つのトレンドと割り切っている。 ただ、断固漢字名を押し通して欲しいものがある。それはズバリ、昆虫の学術名!昆虫研究に余念のない息子は「うすばか・げろう ってね、アリジゴクのことなんだよ」と堂々と言ってくる。違う〜!いくらアリジゴク相手でもこれでは罪作りだ。正しくは「ウスバ カゲロウ」、または「薄羽蜉蝣」。漢字を見れば「羽が薄いフワフワした虫」と何となく想像がつく。ノコギリクワガタも「鋸鍬形」としたほうがゴツイ感じが出て良いと思う。でもなぜか学術名はもっぱらカタカナだ。これでは英語の医学用語同様、見ただけではさっぱりわからない。 最近の新聞は「ら致」を「拉致」に、「補てん」を「補填」と表記するなど、ひらがなから漢字へと移行しつつある。今後は昆虫や動植物名もルビ付き漢字名で表記してくれると嬉しいのだが。 |
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| 2006年 9月15日(金) |
まめの木 |
容姿の問題
小さい頃から、人に見られるのが、人前でしゃべるのが、いやでいやでたまらなかった。 幼稚園の頃のおゆうぎ会は恥ずかしくて地獄のようだったし、小学校で国語の教科書を音読させられるに至っては、まさしく拷問だった。 私はきっと醜いから、人様にこの姿をさらすのは公害である、とかたく信じ込んでいた。 いわゆる“容姿コンプレックス”というヤツである。 小学生の子供がここまで意識するのは、ほとんど病気といってもいいかもしれない。
そんな私が現在何故、通訳という声・姿ともかなり露出度の高い職業に就いているのか?
ドイツに留学したばかりの頃、講義には何とかついて行けたものの、ゼミは本当に苦しかった。 ドイツ語で自分の意見を言うことがほとんどできなかったのもあるが、何よりも、ドイツ人学生の持っている、理不尽であろうと背景的な根拠が取れていなかろうと、言いたい事があればそれが偏見であれ、無知をさらけ出す行為であれ、相手がギャフンというまでどうどうと早口でまくし立てる、あの迫力に圧倒され、そこに“容姿コンプレックス”も追い討ちをかけ、いつもわけのわからない微笑みをたたえて教室の隅の席で黙っていたのである。 そんなある日、ゼミの先生が私に向かってやさしく言ってくれた。 『あなたは意見がないのですか、それともドイツ語ができないのですか?グーテン・ターク以外のドイツ語を少しでも知っているのであれば、“あー”でも“うー”でも何か発言しなさい。』 これがきっかけとなり、少しずつだが、過敏に恥ずかしがる必要はないんだ、ということを学び始めた。この時、19歳。
第二のきっかけは、友達がバレエ教室に誘ってくれたことである。 大学でアレクサンダーテクニックという、簡単にいえば姿勢や動きの習慣を改善する身体トレーニングの講座があった。受講生は皆の前で歩いたり座ったりして、一人ずつコーチに矯正してもらうのだ。東洋人の受講生は私だけで、西洋人の、しかも年頃の美しい女の子の前で歩くなんて、当時の私にしてはとんでもないことだった。当然、姿勢もうつむき加減になり、順番が私に回ってくるとスムーズに進まず、先生も少々閉口気味だったのを覚えている。 講座の後、その友達曰く、 『人に見られるのがそんなにいやで、姿勢や態度に影響していると自分で思うのなら、いっそバレエ教室に一緒に通いましょうよ!』 さすが分析好きのドイツ人。なんたるショック療法! 大きな鏡を前にして、自他共に自身のレオタード姿をさらすことを強要されるのが、バレエである。 ここまでくると、自分は醜いの、コンプレックスがあるの、などと言っていられない。 おまけに先生はロシア・ワガノワアカデミー仕込みで、入門者のクラスであるにもかかわらず、まったく妥協してくれない。 『醜い、と思うんだったら、美しく見える顔の角度、腕の上げ方、足の運び方を家で研究してらっしゃい!!!』 怒鳴られ、ののしられ練習しているうちに、だんだんポーズもきまってくるようになってきた。 それを自分で観察しているうちに、私の中で眠っていた“ディーバ気質”が目覚めてきた。 手を優雅に動かせるようになったところを、足がまっすぐ出せるようになったところを、みんなに見て欲しくてたまらなくなってしまったのである。 かくして、“容姿コンプレックス”は強制的に矯正されることとなった。 この時、22歳。
こんな歴史がありながら、今ではすっかり人に見られるのを快感と感じられるようにまで回復している。 これも一種の病気か???
容姿は大事だ、と思う。 なぜなら、容姿には内面が反映されるばかりでなく、大げさかもしれないが、その人の生き方も現れるからである。 ここでいう“容姿”とは、生まれ持った顔の造りや姿かたちのことではない。 内面の輝いている人は美しい。 そんな人を街で見かけたり、知り合ったりすると、こちらもエネルギーをもらえる気がしてしまう。 自分もかくありたし、と思う。
最後に通訳者の友達との笑い話。 『私ずっと、容姿コンプレックスがあったんですよ〜』 『えっ?ヨウシって、“adopted”のヨウシ?!』 『いえ、姿かたちのヨウシです…』 |
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| 2006年 9月14日(木) |
仙人 |
Bewitched
最近ケーブルテレビなどでアメリカのTV番組をたくさん見られるようになったのは、日本在住の翻訳者にとってとてもありがたいことです。翻訳の際、人気ドラマの○○のような、という形容詞がよくあるのですが、実際の番組を見ることで翻訳者も理解でき、また読者にも伝わりやすいこと、セリフなどが表現の参考になること、キャラの決めセリフが日本語でも確立していたりすること、などなど利点はいっぱいです。現代モノの文芸翻訳では、エミー賞にノミネートされるぐらいのドラマは結構「必須」と言う感じで見ていないと、とんでもない誤訳をしてしまうこともあります。 でも、純粋に楽しんでいることのほうが大きいのも事実。うーんとうんと昔の『じゃじゃ馬億万長者(The Beverly Hillbillies)』とか『ハワイアン・アイ』から、年を経て、『インターン』などの医師モノ、『スタスキー&ハッチ』みたいな刑事もの、それにレンタルビデオショップが町中にできるようになってからシリーズで妙に人気があった、『V』や『ツイン・ピークス』など、みーんなハマリました。いわゆるSITCOM(Situation Comedy―わざとらしい観客の笑い声とか入るホームドラマ)の最近のものでさえ結構好きで、NHKでやってた”Full-house”はあちらで見始めたせいもあってか、いまだに再放送してるとつい見てしまいます。 こういった嗜好は私が翻訳者になる素地の一部を作ってたのだと、強く思いながら、この日曜日、AXNでやっていた今年のエミー賞授賞式を見ていました。録画で結果はわかっていたのですが、いやわかっていたからこそ『24』マニアとしては見逃せなくて、キーファー・サザーランドを目当てにしてのことです(いや、そりゃもうかっこよかった)が、『チャーリーズ・エンジェル』や『ダイナスティ』を生み出した名プロデューサーが亡くなられたことのトリビュート部分に、私もしみじみした思いになりました。ファラ・フォーセット(いまだにあの髪!)たちオリジナルのエンジェルが出てきて、リーダー役だったケイト・ジャクソンのスピーチがとてもすてきでした。「世界中の人に、どんなことがあっても、60分だけは辛いことを忘れさせて元気を与えてくれて、そして私たちの人生を変えてくれた人だった」と。そして、こういうドラマを作った人が、ひょっとしたら地球の反対側に、翻訳者を作り出す助けをしてくれたのかもしれませんよね。
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| 2006年 9月13日(水) |
the apple of my eye |
つなわたりな日々
在宅の仕事を中心とさせていただく私だが、ごくたまにオンサイトの仕事をお受けする。先週の木曜から週末を挟んだ火曜までの4日間、その「ごくたまに」が発生した。なにやらイレギュラーなプロジェクトで予定より仕事が多くなったらしく、緊急で私に声がかかったのだ。めったにオンサイトを受けない私に声がかかるということは、よほど他に手配がつかないのだろう。ここで私がお断りしては、翻訳会社さんもお困りに違いない。行き先は、以前(といってもかなり前)にも伺った会社。自宅からも1時間以内、急げば40分ほどで着く場所だし、始業時間も早くなく、先方の社員の方もみなさん良い方ばかり、一緒にオンサイトに入る他の翻訳者の方も以前の仕事でご一緒した信頼できる方々と、実に恵まれた条件なのでありがたいお話でもあるし。 ただ一点、問題はうちの息子だけ。 現在小学校2年生で8歳。入学時から学童クラブという、放課後に子供を預かってみていてくれる場所にお願いしている。普段は午後5時までクラブで過ごし、同方向に帰宅するお友だちと一緒に帰ってくるところまで私が迎えに行くことにしている。こんなご時世なのでなるべく子どもを1人にしたくない。 しかしオンサイトで外に仕事に出ると、さすがに5時過ぎに間に合うように帰るわけにはいかない。生憎と自分の実家も夫の実家も地方で遠く、祖父母に「お願い!」というわけにもいかない。夫の勤務は朝早く夜遅い鬼の○○業界、平日は全く当てにならない。ということで、私に残された方法は3つ。@ クラブからの帰宅時間を最終の6時まで延長し、その帰宅に間に合うような勤務時間にしてもらう。A 普段から週に1回来てもらっている家事サービスの方に都合してもらって来てもらう。B 同方向に帰ってくる同級生で一緒に空手のお稽古にも通っているお友だちのママに頼んで、一時預かってもらう。 家事サービスに来てくださる方はたまたま近所に住んでいるおばあちゃんで優しくて気心が知れており、頼りになるのだが、金曜日と月曜日は別のお仕事があるとのこと。お友だちママはピンチのときに心強い仲間だが、さすがに4日間のうち半分も彼女に頼るわけにはいかない。そこで今回は、初日の木曜日をA番、金曜日をB番、週があけて月曜日を@番、最終日の火曜日を再びA番、という組み合わせに手配した。あとは、息子が突然熱を出すなど病気にならないことを祈るのみ! 普段あまり「家にママがいない」状況を経験させていないだけに、たまにそのような状況になると、待ってましたとばかりに具合が悪くなるのが得意な息子。7月にあったテンナインさんの5周年記念パーティの時も、その日になって急に具合が悪くなって、前述のママに助けてもらった経緯もある。 さて、今回は初日、ばっちりうまくいった。6時半に退社して帰宅すると、おばあちゃんと大人しく家でお留守番をしていた(といっても好き放題にTVを見ていただけだが)。具合が悪くなりそうな気配もないし、よし、これで翌日は、お友だちママに頼んで一緒に空手のお稽古に連れて行ってもらって……と思っていたら、ここでピンチ! そのお友だちが熱を出してしまったのだ。しかも40度の高熱だという。あっちゃ〜。珍しくうちの息子が好調だと思ったら、そっちが病気か! そういえば前線つきの低気圧が停滞していて嫌な天気だったな、お友だちのその子は喘息もちだ。そんな状態ではとてもじゃないが「うちの子の面倒をお願い」とは言えない。 さて、どうする? 緊急で勤務時間を短くしてもらうか、他のママ友だちに頼むか、あるいは……。結局、息子本人と相談し、生まれて初めて家のカギをもって学校に行き、帰りは自分ででカギを開けて私が帰宅するまで2時間ほど1人でお留守番してみることに。本当に大丈夫なのか?いや、それくらいのこと、両親が働いている学童クラブのお友だちはみんなやっている。でも慣れない1人の帰宅で何かあったら? いつかの私の留守の時のように急にお腹が痛くなったら (原因は神経性の便秘) どうするのだろう?……と、あれこれ不安は募るものの、とにかくやってみると息子も言うので彼を信じることに。真っ直ぐ帰ること、帰宅したら戸締りをしてまず私の携帯に電話すること、留守番の間に宿題を済ませておくこと、お腹がすいたら冷蔵庫のバナナを食べておくこと、何かあったらお隣の家か、とにかく近所のお宅に駆け込むことなどなど、言い聞かせることは一杯だ。病気になっちゃったお友だちのママにも「本当の緊急事態のときは、お願い!」と頼み込み、近所中の知りあいのお宅の電話番号を私の携帯電話に登録し、私と夫とお友だちママの携帯電話の番号を紙に書いてリビングのテーブルに残し、いざ、実行! さて、この顛末は……次回に!
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| 2006年 9月12日(火) |
パンの笛 |
拝啓 愛しのPC様
あなたが私に一言も言葉をかけずに私の元を去ってからかれこれ数日…あんなに私はあなたを愛していたのに、あなたはなぜ私を捨てていってしまったのですか。 …そう書きたくなってしまうほどの衝撃でした。何が、って、仕事で使っている愛用のPC様が壊れてしまったんです! それも、作業をしている途中に突然、ディスプレイ全体が網掛けのようになってしまって、それ以降、きれいな画面を見せてくれなくなってしまって、データが判読不能に。はっきり言って私はまず形から入るタイプなので、仕事をする際に絶対必要なPCが壊れてしまったのは、致命傷以外の何ものでもありません。もちろん、こんなときに備えてサブのPCは所有しています。ネットワークもちゃんとつながります。でもでもでも! 普段使っているデスクトップPCの使い心地は満点。それに比べて、サブのPCはノートパソコン。キータッチがデスクトップに比べて劣るのは、言うまでもありません。おまけにスペックはそこまで悪くないはずなのに、全体的に反応もイマイチ。プログラムを立ち上げるにも、画面を遷移させるのにも、いちいち普段以上にワンテンポ遅れてしまい、なんだか肩透かしを食らった気分。これも一重に普段から愛情をかけていないせいかしら、などと不合理なことを考えてみたりもしますが、今となってはどうにもなりません。サブPCちゃんも心得ているのか、「普段かまってくれないくせに、困ったからって突然泣きついてきたって、優しくなんてしてあげない」と言わんばかりの強気な態度で、なんだか昨日まで以上に動作がノロい感じがするのです。それをだましだまし、「これまで冷たくしてごめんね、ほんとはそんなつもりなかったのよ」というような姑息な態度に出る私。愛しのメインPC様が修理に旅立って、いよいよサブPCちゃんを叱咤激励しつつ、本格稼動させざるを得なくなりました。まずは、ちょっとほったらかしにしてあったウィルス対策。メイン様はもちろん、在宅翻訳者として必要な最高レベルのソフトウェアを導入して保護してありました。でもサブちゃんは半年ほど前にウィルス対策ソフトの期限が切れてからはすっかりそのまま放置してあったのです。このままで仕事をするわけにはいかないので、ますはウィルス対策ソフトをあわてて購入しました。すると、今度はなぜか新しいソフトのインストールをサブちゃんが拒絶! ただでさえメイン様がいなくなって傷心の私はすっかり憔悴の段階も通り越して、半分キレながらサポートセンターに電話。結局それも一度の電話では解決せず、丸一日半、電話をかけては切り、またかけては切りを何度も繰り返して、ようやくたった一つのウィルスソフトのインストールに成功したのでした。次は、直近の仕事関係のファイルの読み込み。メイン様を送り出す際、重要なデータのバックアップはすべて取りました(それにも半日かかってしまったけど)。その中から、現在取り掛かっている最中の仕事のデータをサブちゃんに落とさなければなりません。メイン様に保存してあったデータは、年月とともに予想以上の量にふくらみ、膨大な数のCD-Rが目の前に積まれています。その中から必要なデータを探し出すのにも結局小一時間かかってしまいました。 そうしてようやく本格稼動に向けて臨戦態勢となったサブちゃん。条件を整えてみたら、かまってあげたのが功を奏したのか、急に反応が良くなった感じすらします。昨日までは使えないPCだと思っていたのに、俄然威力を発揮して、得意顔です。もしかしたら、メイン様が壊れたのは、サブちゃんにも目を向けるように、という神様の思し召しだったのかもしれません。(そんなことはないか。) でも今回の事件で得た教訓が一つ。PCをフル活用していると、約二年に一度の割合で故障する。それとも、こんなに故障までの期間が短いのは、一重に私の扱いが乱暴だから…? そうでないと思いたいです。 |
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| 2006年 9月11日(月) |
かの |
現場人間でないとわからない「専門用語」
通訳の仕事では事前に資料を渡されることが多い。しかし専門用語や業界特有の用語があり、内容そのものを理解できないケースが少なくないのだ。つまり通訳者にとっては予習段階から「???」状態なのである。ネットでいくら調べてもわからないとなると、とりあえず資料に印をつけて当日の短い打ち合わせ時間で用語を確認するしかない。日本人スピーカーで多少英語のわかる方だと「あ、これは英訳すると○○ですね」と教えてくださる。ところがスピーカーが外国人の場合、基本コンセプトから説明してくださるので、ありがたい反面、打ち合わせ時間がどんどん減ってしまう。このため場合によってはご本人ではなく日本人の業界専門家に伺うほうが訳語を知る上では手っ取り早いこともあるのだ。 用語というのは業界外の人にとって非常にわかりにくい。逆に業界の中に入ってしまえば「な〜んだ」程度の事だったりする。たとえば通訳者であれば同時通訳と逐次通訳の違いは明らかだし、放送通訳業界ならば生同通(なまどうつう)・半生同通(はんなまどうつう)の区別もしっくりくる。オペラ業界だとコレペティートルやゲネプロなどはなじみがあるだろう。こうした業界用語を素人にわかりやすくしていくことは、その道の専門家の課題とも言える。 私の場合、子どもが生まれて初めて子ども関連用語がわかるようになった。息子は英国生まれで1歳の時に帰国、日本の保育園に入った。ところが「入園のしおり」を読んでもさっぱりわからなかったのだ。理由は「今まで目にしたことのない子ども関連用語」がたくさんあったから。たとえば通園に必要なものとして「おしりナップ、おねしょシーツ、スタイ、トリオセット」などが書かれていた。でも私にとってはどれもチンプンカンプン。そのものズバリの商品名でもない。先生に伺ったら要は「おしぼりウェッティのような赤ちゃんのおしりふき」「防水シーツ」「よだれかけ」「スプーン・フォーク・お箸セット」のことだとか。他にも同年代の児童のことを「お友達」と呼んだり、工作のことを「お制作」と言ったりする。全く交友関係のない友人であっても公園で小さい子どもを見かけたら「あ、お友達が来ているね」という具合に使うのだ。 ところで私がずっと凝っているのはスポーツクラブの各種レッスン。振り付け名称に「スーパーマン」(片手を上げて横移動)、「グレープバイン」(横移動中に足をクロス)、「クリーン&プレス」(バーベルを肩から上に持ち上げて下す)、「ボックスステップ」(四角になるようなステップ方法)などたくさん出てくる。好きな種目なのですぐわかるし説明もできる。スポーツクラブ関連の通訳なら喜んでやるのだけど・・・。 |
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| 2006年 9月 8日(金) |
まめの木 |
TRADOSに捧ぐ
英語の産業・技術翻訳者のみなさまの間ではほぼ常識かもしれないが、ドイツ語翻訳界ではまだまだTRADOSの普及率は低く、『技術翻訳にはもっぱらTRADOSを使ってますね〜〜〜』とさらり言えば、ちょっとしたエリート気分を味わえるのだ。 今日は、そんなTRADOS君への敬意をこめた小話。
通訳の仕事の出張中に、いつもお世話になっている翻訳エージェントさんから連絡があった。 『あの〜帰ってらっしゃるのは××日ですよねっ! その翌日から翻訳お願いできますか?』 本当はこの2ヶ月半、ほとんど家に帰らず無休状態で出張通訳してきたので1週間は絶対にバカンス!と決めていたのに、このエージェントさんからのお仕事を過去約3ヶ月間お断りし続けてしまった事情もあり、次に断ったら見捨てられるんじゃないか、といった後ろめたさから、出張中の私、 『帰京した週はまだ仕事を入れていないので、是非お受けしますぅ〜〜〜』 と、後先考えずに1オクターブ高い声で返事してしまったのである。
その翌日、メールで内容の詳細が送られてきた。 納期は4日間、9000ワード、TRADOS使用案件。 このエージェントさんからのお仕事の内容は毎回同じ分野で、翻訳ソフト使用で1日約2500ワードというのが常識なので、愚かな私は『な〜に、ちょいと徹夜すれば余裕よっ!』と、その時は思ったのであった。
ところが、帰ってきてよくよくメールを確かめてみると、『分量詳細は添付の表をご覧ください。』とあるではないか?! 震える手でそのエクセルファイルを開いてみると…
No Match\t:9,086ワード (省略) 100%\t\t:4,138ワード Repetitions\t:92,873ワード TOTAL\t\t:103,179ワード
この数字を見て、あせった。 お世話になっているエージェントさんに対しても、 心の中で『オニじゃああああっ!!』と叫びましたね。 なぜなら、英語では3〜4ワードで表現する名称などが、ドイツ語ではつなげにつなげ、1ワードで済んでしまうことが多いため、通常、約110ワードが和文400字(いわゆる1枚)計算なのだ。 つまり、この‘トータル103,179ワード’という素敵な数字は、和文原稿約950枚相当になるのである。
あせった理由にはもう一つある。 普段は『TRADOS持ってますっ!』などと息巻いてはいるものの、TRADOS歴1年の私にとっては奥深い機能となると未だ謎が多い。実は‘本物のTRADOS使い’を称するにはまだまだ修行が足りないのである。 ‘トータル103,179ワード、納期4日’という数字が重くのしかかる。
本来ならば今頃は温泉につかって伊勢海老のお造りを食べていたのに… さわやかな風の中、サイクリングしていたはずなのに… さまざまな想いが胸の内を去来する。
しかし、受けてしまったからにはやるしかない。 浅はかな自分を呪いつつも、『新規で翻訳する箇所は9000ワードだし!』と気合を入れて取りかかった。 そうしたら…
すごい。 とにかく、すごいのである。 TRADOSがものすごい速さで走っている。
翻訳した箇所と完全一致する部分は、ボタン一つで自動的に日本語に変換してくれるのだ。 ‘本物のTRADOS使い’の諸先生方がお聞きになられたら、 『原始的な機能に、今さら何を喜んでいるのか?!』 とご叱責を受けてしまうかもしれないが、今まで受けた案件では100%マッチする部分がそれ程多くなかったために、この機能の価値をあまり認めていなかった私は、とにかく感動してしまった。
やるじゃん、TRADOS君。 お陰さまで、徹夜することなく、納期を守ることができました。
でも、考えてみれば、プチ・パニックに一瞬陥った後、パソコンの画面に向かって『TRADOS頑張れ!』を絶叫していたのは私だけで、エージェントさんはちゃーんとこのことをご存じだったのでしょうね。
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| 2006年 9月 7日(木) |
仙人 |
夢の続き
しつこく夢! といっても、今回のは希望とかそういう意味ではなく、レム睡眠下の意識の動き、という「夢」の話。先日、私は何かの事件を捜査しているサスペンスに満ちた夢を見て、途中で目が覚めたので、犯人がわからず悶々としているのです。ずっと前に、自分が殺人犯の汚名を着せられて裁判に立つという夢を数ヶ月に一度ぐらいの割合で何年かにわたって、シリーズでみたことがあります。最初は殺人の第一発見者となり、罠にかかって捕らえられることになり、留置場でマーヴィン・ゲイのお父さんに会い、やがて裁判が始まる、という連続ドラマが次回に続くみたいな形で進展したことがあるので、この夢も続きをいつかみられないかと期待しています。 今回の夢で不思議なのは、私は日本人の捜査陣を前に”Gimme a break!”と言ってしまい、おいおい、日本人なのにそれはいかがなものか、と自分で思いながら目が覚めたことです。初めてのことで、ちょっとフロイト的分析が必要な状態かも。よく、「英語ができる」ということの判断基準で、英語で夢を見る、みたいな話をされることってありますよね。意識としては第一言語が日本語なので、進行は常に日本語のような気もしますが、英語が話される状況、たとえば登場人物が英語しか話さない人ばかりのときは、私も夢の中でも英語で話しているし、日本人には日本語で話している、今まではそうだったのです。ところが今回、いけないと知りつつ日本人に英語で話してしまい、しかも、実はこの言い回しは日常めったに口にしない、だけではなく心の中で思ったりもしないので、どういうことなのかよくわかりません。 初めて夢に英語の会話が登場したのは、初めてアメリカに行ったとき。アジア系の人がLとRの区別が難しいのと同様、アラブ系の人がBとPの区別がつきにくいことを知って、ちょっと驚いたのでしょう、アラブ人の友人が「イッツ、ピュティフル」と言うので、「peautifulじゃなくてbeautifulよ」と何度も繰り返すというものでした。ヨルダン国籍のパレスチナ人だった彼は、レバノンにご家族がいましたが、今頃どうしているのでしょう。 |
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| 2006年 9月 6日(水) |
the apple of my eye |
God Save the Queen!
在宅翻訳者には iPod は不要だが、音楽が欲しい時はある。もちろん CD プレイヤーがあれば一応事足りるが、手持ちの CD ばかり聴いていると飽きてくることもある。そこで重宝するのが、インターネットで聴けるラジオ。海外のラジオも聴くことができるので楽しい。私はロンドンに住んでいた頃、主に Capital FM という民放ラジオを聴いていたので、「お気に入り」登録をしていた。 「していた」と過去形なのは、なんと、今年の4月から Capital FM が聴けなくなったのだ。その理由は、著作権の問題。音楽を流すラジオは、Phonographic Performance Limited (PPL)という団体に、licence fee を支払って曲をかけることを認められている。PPL は個々のミュージシャンを代表して印税を徴収しているというわけだ。PPL が、そのライセンス契約には海外に音楽を放送することは含まれていないといって、「今後、海外にインターネットを通して放送を続けるならその分のライセンス料を支払ってもらう」と英国のラジオ局各社を脅したらしい。民放ラジオ局の収入源はスポンサー、スポンサーがターゲットにしたいのは UK 国内に住む人だ。海外に住んでいる人に放送を聴いてもらってもたいしたメリットはないのに、ライセンス料だけがっぽり支払わされちゃたまらないってことで、Capital FM も、もうひとつ私が気に入っていた Heart Radio も Virgin も、こぞって海外への streaming を停止する措置を取ったのだ。 それにしてもテクノロジーってすごいもんで、Capital FM にアクセスしようとすると、「私は日本にいる」なんて一言も言ってないのに、「あなたはどうやら英国外にお住まいですね」と聞いてくる。「この判断に何か間違いがあれば、お住まいの郵便番号を入力してください」ですって。Heart Radio なんて問答無用に「アクセスできません」でおしまい。試しに、Capital の方には「CR8 5JF」なんて、手元の英字紙に載っていた英国のSECOMの広告から郵便番号を盗んで入力してみた。おお、プレイヤーが立ち上がったぞ。音声も聴こえ始めた!……と思った途端、ブチ! 音が消えた。なになに、「システム上に gremlin が発見されましたので、一時的にストリームを停止します」だと? 負けた。私ごときが考えることなど、お見通しというわけだ。それにしても gremlin とは失礼なっ! アメリカのラジオ局は OK だそうた。なぜって、アメリカでのラジオ放送に関する著作権の取り扱いが違うから。アメリカではラジオ局が流す音楽は、ミュージシャンにとっては「宣伝」なんだそうだ。ミュージシャンたちは、レコード(CD) が売れたときに印税を受け取るだけ。 米英の違いは、どうやら民放ラジオの力の強さにあるらしい。アメリカは元々民放ラジオが発達し、ラジオで曲が流れることによって売れ行きが左右されるという仕組みで音楽界・ラジオの双方が発展してきたが、英国はご存知の通り、国営放送が強かったお国柄。民営化された今でも、BBC ラジオには国内向けでもいったいいくつ station があるのというくらい。海外向けには BBC World 以外にペルシャ語やロシア語放送まである。そして、現時点でまだ、BBC ラジオ は国内向け放送を海外在住者にも聴かせてくれるのだ! なぜか? そりゃもう、大英帝国のおかげに決まっている。今も世界中に、大英帝国の庇護下にある国々が数多くあり、BBC はその国の人々に向けて英国の番組を放送する義務があるのだ。すばらしい。Brava! 女王陛下、万歳!
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| 2006年 9月 5日(火) |
パンの笛 |
日々自宅にて・・・
皆様、初めまして! パンの笛です。今日からリレーブログの火曜の欄を担当することになりました。フリーランスの翻訳者になって約三年半。まだまだ駆け出しの部類に入る私ですが、そんなヒヨっこなりの日々の徒然を皆様にも楽しんでいただけたら、と思います。どうぞよろしくお願いいたします! さて、私は現在在宅の翻訳者としての日々を送っているわけですが、そうなったのもつい最近の話で、六月末まではとある会社の社内翻訳者を務めていました。生来とてもおしゃべり好きの私としては、女性ばかりの職場だったこの会社、とても快適でした。お仕事中はもちろん集中していますが、ランチ時やティータイムともなれば女性数名が集まっては楽しい話で盛り上がったものでした。あぁ、しかしそれも今は昔。在宅翻訳者ともなると、当然のことながら、職場、つまり自宅には自分ひとり。夫はサラリーマンで、昼間はもちろんいません。我が家には小学校一年生の息子がいますが、息子は当然、学校。もしくは学童保育。むしろ自宅にいてもらっては仕事になりません。周りを見回しても、だぁれもいません。そうなってから、私はすっかり頭の中で一人会話を繰り広げるようになってしまいました。ネタには事欠きません。翻訳の仕事をしていると、調べ物をするのが仕事の大半であったりします。そうすると、その調べた矢先からどんどん、どんどん、「芋づる式」に頭の中の会話が進んでしまうのです。先日はとある文芸作品のリーディング作業を行っていて、その主人公の家族はモルモン教徒でした。正直、宗教にはとても疎い私としては、まずはモルモン教徒とは、というところから調べ始めました。すると、モルモン教徒は若くして結婚してたくさんの子供をもうける家庭が多い、とあります。さらに今度は作者について調べると、モルモン教徒ではないものの、七人の子供を持つ母であるというではないですか! そこでふと、そういえば小学校にも、実は四人子供がいます、という方が何人もいて感動したことなどを思い出してしまい、そういえばだからあの子は兄弟に揉まれて生きているからたくましいんだわ、なんて、どんどん関係のない方へと発想がふくらんでしまって、気がつくと息子に格闘技でもやらせようかと格闘技の教室のウェブサイトを探してしまったりして… はっと気がつくともう息子をお迎えに行く時間になってしまってたりするのです。仕方ないから、この日はここで切り上げて息子を迎えに行きます。それでも迫るリーディングの期限。ここがまた、在宅翻訳のいい点でもあり、悪い点でもあります。短納期ならばわき目も振らずにひたすら翻訳するしかありませんが、多少余裕があったりすると、脱線、「芋づる式」なんでもござれになってしまい、その責任を自ら負って、一人深夜に作業をする羽目になったりします。あれほど余裕があったはずの昼間の時間、一体何をしていたのかと自らの行動が悔やまれます。それでも、やっぱり心置きなく脱線や「芋づる式」に興じることのできる今の生活、快適です。この「芋づる」の先にいつか実がついて、私の表現力や、背景としての知識へと進化してくれることを願ってやみません。さらにこれで話し相手がいれば万々歳なのですが…。当分は、一人会話が進むたびに夫にメールして、「ねぇ、今度息子に空手をやらせるっていうのはどうかしら」などと突拍子もない話題を振っては後はすっかり忘れる、ということが繰り返されそうです。私が在宅になって話し相手がいなくなったことの最大の被害者は夫かもしれません。
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| 2006年 9月 4日(月) |
かの |
おさんぽ大好き
3歳の娘は保育園に通っている。ビルの2階にあるのであいにく園庭はない。それで先生や他のお友達とよくお散歩に出かけている。近くの公園だけでなく、1キロほど離れた市役所や消防署まで繰り出すこともあるという。園児たちが疲れると先生は「となりのトトロ」のオープニングテーマ曲「歩こう」を歌ってくれるらしい。それで娘も「おさんぽ、だいすき〜♪」としょっちゅう歌っているのである。 かく言う私も歩くのが大好きだ。学生時代、山手線半周ウォークに参加したり、ロンドンに暮らしていた頃も半日ぐらいひたすら歩いたりした。日本は湿気が多いため真夏に歩くのは大変だが、ロンドンは気候も良く、街並も美しいので歩くのは本当に楽しかった。おかげで靴を何足履きつぶしたか知れない。 しかし最近は仕事と子育てであわただしく、日本の蒸し暑い中を歩くよりは手っ取り早くスポーツクラブで汗を流すようになっている。スタジオレッスンに参加した後、ランニングマシンで30分ほど走っておしまい。すぐにシャワーも浴びられるし、何よりも時間の節約になる。アメリカを始め世界的にスポーツクラブが急増しているのも、世の中が「時間不足」になっていることの反映だと思う。 ところが先日、何と娘の「とびひ」が私に移ってしまったのである。8月上旬にかかった例の「毛虫皮膚炎」で私の抵抗力も弱まっていたからだろう。皮膚科へ行ったら「アルコールと運動は当面禁止」と言われてしまった。うーん。元々ビールは飲まないほうなので我慢できるが、スポーツクラブ通いは日常生活の一部。これには参ってしまった。ドッと汗をかけない毎日なんて・・・。 それで仕方なく歩くことにしたのである。幸い今年の夏は涼しいので、ペタンコ靴に日傘さえあれば快適に歩ける。先日も市ヶ谷から池袋まで1時間かけて歩いた。地図では平面にしか見えない所も、実際歩いてみると起伏が多く、他にも「こんなところにオシャレなケーキ屋さんが!」「間口が小さいのに、何だかステキなレストラン」と様々な嬉しい出会いがあった。 ある和食店の外には「春夏冬中」と書かれた看板があった。「ん?」と思ってよく見ると、「あきないちゅう」のふりがな。他にも「医院」の「医」が「醫」だったり、「歯科」の「歯」が「齒」の旧字体だったり。コトバを生業にしていると、歩いているだけでも楽しい発見がある。今や再び「お散歩大好き」人間だ。 |
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| 2006年 9月 1日(金) |
まめの木 |
通訳者と人格
通訳者には色々な個性がある。 かなり乱暴な分類の仕方かもしれないが、おおまかに言えば以下の3つのタイプに分けられると思う。 コミュニケーションの架け橋としてお客様に喜ばれることを無上の喜びとする、天真爛漫な“モーツァルト”タイプ。 どんな注文にもいやな顔せず対応し、休み時間をもらえなくても、食事中に通訳させられても無私の心をもって奉仕する“マザー・テレサ”タイプ。 通訳業を自らを鍛錬する“行”の場と捉え、通訳術並びに自分自身に対して未来永劫戦いを挑み続ける“チェーン・デス・マッチ”タイプ。 もちろん、この3つのタイプに限定できるわけではなく、「隠れ○○○タイプ」、「状況に応じて○○○タイプ」、「○○○+○○○複合タイプ」など、通訳者のキャラクター、仕事の仕方は実に多種多様で、他者に学ぶところが多い。
私は自分でもいやになるほど“チェーン・デス・マッチ”タイプ。 このタイプの特徴としてまず挙げられるのは、過敏な程、準備に時間をかけることだ。それ程神経質に考える必要のない現場であっても、こうきたらこう、ああきたらこうなるだろう、と、まるで将棋の次の手を無限に想定するがごとく、完璧に武装しないと気が休まらない。初めての現場に入る日などは、初陣で武者震いする競走馬さながらである。
私の敬愛する先輩に “デス・マッチ”タイプを絵に描いたような人がいる。 彼女は私よりずっとキャリアが長く、受ける仕事の内容も格段にレベルが高いのに、「類は友を呼ぶ」のご他聞に漏れず、私の中の「デス・マッチ」気質を見抜いてとても仲良くしてくださっている。 お互いに忙しく、なかなか会う時間がないのが残念だが、会えば最後、「最近のデス・マッチ話」に花が咲く。
その先輩が先日、しみじみと語ってくれた。 彼女が他の通訳者と組んだ現場での話だ。機械系の会議で彼女にとっては得意分野。パートナーの通訳さんはベテランだが、どちらかと言えば機械は苦手のように映ったという。日本側に外国語を解する聴衆もいたことから、余計なこととは思いつつ、彼女はパートナーが詰まった時に助け舟を出したらしい。 仕事が終わり、そのことで彼女が謝った時のパートナーの言葉が感動的だったというのだ。 「この仕事はふたりで受けた仕事。チームワークとして最終的にお客様の満足いくような結果が出せれば成功なのよ。教えてくれてありがとね。」 絶交宣言される覚悟で「余計なことをしてごめんなさい」と謝ったのに、逆に感謝されて言葉も出なかった、パートナーの通訳さんが多方面で高い評価を受けている理由が分かった、とやや興奮ぎみに語っていた。
通訳者は現場に出れば一人仕事。誰も助けてくれないし、出た結果にはすべて自分で責任を負わなければならない。しかし反面、努力がお客様の評価につながり、それが自信の糧になるやりがいのある仕事だ。ただ、この「自信」が妙な「プライド」となり、時間と共に「高慢」な態度に変化してしまう危険があるのは否めない。
パートナーの言葉で彼女は悟ったという。 「結局、どんな仕事も最後は人格よね〜。」
今日の教訓:通訳者たるもの、まず「円満な人格者であれ!」。
といいつつ、また次の仕事に向かって自分の首にチェーンを巻き付け、自らとのデス・マッチを繰り広げる私たちなのであった。。。
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| 2006年 8月31日(木) |
仙人 |
翻訳者の夢パート2
再度夢の話です。翻訳したいと思い始めたきっかけのこと。もう二十数年前、まだ邦訳されていなかったジョン・アービングの『ホテル・ニューハンプシャー』をどうしても友人に紹介したくて、まさに突き動かされるみたいな気分で一章だけですが自分で訳したことがあります。ワープロも普及していない当時、大学ノートに延々とつたない訳を書き綴りました。後にアービングの『熊を放つ』を村上春樹さんが訳されたものを読んだとき、自分の才能の未熟さにうちひしがれた思いになりましたが。でも、そういう純粋な「これをできるだけ多くの人に読んでほしい」みたいな気持はやはり大切にしたいと思います。 私は「かっこいい文章」とか「決めセリフ」、歌舞伎でいう「見得を切る」シーンにすごく感動してしまうようなのですが、英語の文章で初めてその「かっこよさ」に衝撃を受けたのはヘミングウェイの短編でした。特に”Up in Michigan”という、どうしょうもなく女々しいヘミングウェイの一面を見る気がする話の、簡単な語でたたみかけるように気持ちを伝える文章には今でも圧倒されます。ヒロインの女の子が憧れの男性をどんどん理想化して好きになっていくところで、彼が仕事から帰ってきて手をきれいに洗うところが好き、その腕のたくましさが好き、で、あるとき手を洗おうと彼がシャツをめくり上げていたら、日焼けしているところとしていないところの色が違うのを見て、いっそう好きになる、というシーン。でも、女々しい男性の書く話なので、情けない結末になります。 「声に出して読みたい英語」なら、昔の英文科人間としては、やはりブラウニングやシェリーの詩になってしまうのですが、かっこいい英語の文、というとestablishされた作家としては断然、ヘミングウェイです。短編はみんなかっこいい英語だと思います。文の流れとしては、ウィリアム・アイリッシュ(コーネル・ウーリッチ)のわざとらしいハードボイルドさとフィッツジェラルド的せつなさの交じった饒舌な感じも好きです。 夏のフェアなどで昔の本なども店頭に並んだあと、「読書の秋」だってやってきます。久しぶりに昔読んだ名作を読むのも、ぜひおすすめしたいのですけど。英文ではないですが『レ・ミゼラブル』でコレットって元々誰の娘だったんだっけ、とか忘れてたりしません? |
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| 2006年 8月30日(水) |
the apple of my eye |
調べ魔
翻訳者は、調べ魔である。 いや、調べ魔にならざるを得ず、なれない人は翻訳者になってはいけないとまで言いきれるだろう。 たとえば、訳している文章に dressing gown というコトバが登場したとする。そんなに難しくないコトバだ。辞書にも載っている。「ドレッシング・ガウン」とか「部屋着」「化粧着」なんて訳語になっている。 でも、翻訳者はこういうところにでも引っかかってしまうのだ。 だって、日本人は「部屋着」とか「化粧着」なんて着ないのだから。いったいどんなモノを dressing gown と呼んでいるのか確認しなければ、たとえ訳語は上記の3つのいずれかしか選択肢がなくとも、キモチワルイのである。 最近はインターネットという便利なものがあるから、dressing gown と入力して検索してみる。すると、通販のページで dressing gown を販売しているところがいくつか出てくる。写真付きのものを選ぶ。そうすると、ハリウッド映画なんかでちょっとお金持ちの家の主人や奥様がベッドルームで着ている、あれはシルクなのだろうかサテンなのだろうか光沢のある生地で、ひざ下ほどの丈のガウンが出てくる。素肌に着たりパジャマの上から着たりするようだ。風呂上りにベッドに入るまでと、朝起きて顔を洗ってきちんと着替えるまでに羽織るものを dressing gown と言っているのだ。日本でも「ガウン」として存在するが、入院患者が着ているイメージが強いので、あまりカッコよくはない。ちなみに、ただ gown というと、dressing gown 以外に、英国の弁護士や裁判官、あるいは聖職者が着る長い服、あれも指すので注意が必要。
とまあ、こんな具合に、ちょっとしたことでも気になると、訳文に反映される・されないに関係なく調べに行ってしまうのが、サガなのだ。 で、こういう傾向が日常生活にも影響を与えている。 この夏、息子に初めて「夏休みの自由研究」なるものが出た。1年生の去年は任意だったので、怠け者の親子は提出せずに済ませてしまった。今年からはそうはいかない。で、息子が選んだテーマは「カメの研究」。4月から飼い始めたミドリガメを題材にするという。といったって、何をどう調べてどうプレゼンするのかは全く考えていない様子。そこで登場する、調べ魔の母。息子を連れて近所の図書館に行き、探す探す、「ミドリガメ」とか「カメ」とタイトルについた本の数々。その図書館にない本まで、区内の他の図書館からどんどん取り寄せて、制限の10冊ギリギリまで借りて来てしまう。リビングの床に息子と座り込み、あっちの本を広げ、こっちの本を覗き込み、「ほら、ミドリガメって本当はミシシッピーアカミミガメっていうんだってよ!」とか、「ほら、うちのカメキチは生の魚とかエビしか食べないけど、お野菜も食べるんだってよ!」とか言って、息子に自由帳に書き取らせる。いったい誰の自由研究なんだか。そのうち息子もノッてきて、「ママ、すっぽんのせいそくちはネェ……」なんてやっている。なかなか終わらないぞ、自由研究!
先週も書いたが家族旅行で沖縄に行った。今回は特に離島に行って色々と感じたことがあり、俄然、沖縄が気になってきた。今まで何度も沖縄には行ったのに。すると今度は沖縄関連本をあさるのである。旅行ガイドなんかじゃなく、陳舜臣や岡本太郎が書いた沖縄本だ。今まで知らなかった興味深い事実が沢山あることを知る。石垣島に唐人墓という碑があって、それは1850年頃に中国人労働者を奴隷同然にアメリカに送っていた船の1つで暴動が起き、座礁した船から逃げてきた中国人達を弔った墓だということなど。石垣島の人は得体の知れない汚い身なりの言葉も分からない中国人達を、米・英政府の追っ手から匿ってあげたそうだ。そんな史実を知ったからと言ってどうというわけでもないし、来年は沖縄に行かないかもしれないのに。
以前はスイス高級時計のカタログを翻訳した結果、手巻きの高級時計に魅せられてしまい、専門誌や時計について書かれた本を何冊も買いあさってブランドの歴史や時計の作りにすっかり詳しくなったこともある。百貨店などでフェアがあると覗きに行ってため息をつくだけで、さすがに実物に手は出ないけれど。
まあしかし、調べている時が楽しいのだ。ああそうなのか、へぇ〜!と、ワクワクするのだ。それがたとえ、仕事にも実生活にも、な〜んの役にも立たないとしても。 翻訳者、楽しく哀しいのである。
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| 2006年 8月29日(火) |
ガットパルド(gattopardo) |
行き着くところ
最終回です。 来週から、火曜日の日記は新しい方が担当されます。 と、いうことで、なにか「最後」にふさわしい話題を選ぼうと思ったのですが、どうも、思いつきません。つくづく、発想にとぼしいアタマですよ。ああ。 このブログをどこのどういう方々が読んでくれているのかも、いまひとつわからないのですが、ともかく「通訳・翻訳の仕事に興味があり、年齢または、キャリアのどちらか、あるいは両方ともが、私より若いひとたち」にむけて、最後ぐらいまともなことを書いてみようと思います。 「ことば」を商売道具にして、どういう将来が見えるかというと、私の場合、はっきり言って「おのれの無知・無教養・感覚の鈍さ」への嫌悪感と反省と開き直りの日々、だけです。 もうちょっと若い頃には、それらしい「目標」を掲げていたこともあったけど、今では、ひとりの人間がどうあがいたところで、「ことば」を手玉に取ることなど到底無理、と思っている。外国語、日本語を問わず、己の口をついて発せられる単語、キーボードから画面上にはじき出される表現に、「うん、いいぞ。」と感じるものがたまにあったりはするけど、そんな喜びも時間とともに色あせ、何年か経って書き留めておいたものを読み返しても、まあ、感心しないよね。 学生時代に勉強していたころは、先人が残した言語の表現は、美的・意義的な価値があるもの、と信じて、なんでも吸収したいという欲求があったけれど。それからさらに年をとり、最近は不遜にも、世間である程度価値を認められているような作品にも、あらゆる観点からのあらゆる評価があって、ほんとうに自分にとって必要なもの・・・低俗な意味ではなく、ファンダメンタルに体がそれを欲して反応するような価値があるものは、それほどないのだ、という見解に至っている。 むしろ、世間の定評などとは遠くかけ離れた場所や、もののなかに、ある種の圧倒的な言葉のパワーを見たり聞いたりすることもある。それは嬉しい発見でもあり、また、一見多様化して彩り豊かになったようにみえる現代のあらゆる価値観の、じつは空疎な部分を突かれたような、己の浅はかさにも警鐘を鳴らされたような、ドキリとする瞬間でもある。 一応、肩書き「通訳」のガットパルドにとって、「言葉」とは、なにものか。 私にとって、言葉は、もはや、研究の対象でもなければ、商売道具でもない。 大切なともだちだ。 彼女をいじめる人がいれば、私は戦うだろう。 彼女をぞんざいに扱う人がいれば、私は怒る。 調子がいいのか、悪いのか、いつもお互いのことを近くで気にしている。 こちらが丁寧に扱わなかったら、この友だちは私に向かって毒も吐くし、イヤな思いもさせる。 案外気まぐれで、ぴったり寄り添うようにいるかと思えば、こちらが不安になるほど遠くに行ってしまったりもする。 彼女のことを美しいと評する人もいれば、まったく関心を寄せない人もいる。 古今東西の「詩人」と呼ばれる人たちは、この女ともだちとつき合うプロである。だから、すぐれた詩人には男が多いのかな。 私には、彼女と刺激的なつきあいをしたり、秀逸な関係を築くほどの才能はない。根性もない。ただ、死ぬまで律義に縁を切らずにおこう、と思うだけだ。 長くつき合えば、ともかく、関係そのものは深くなっていくだろう。夢のように楽しい瞬間も、長い間に、何回かは偶然、起こるかも知れない。けれど、それを当てにしているわけでもない。なんでつきあいがはじまったのか、今となってはもう、その理由すらもわからない。そして、友人とのつきあいは、そういうほうがきっと、うまくゆくのだろうから。 みなさんも、がんばってね。 それでは、1年3ヶ月前から結局ちっともきれいになっていないジャングルから、アリベデルチ!
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| 2006年 8月28日(月) |
かの |
めざせ!ヘラクレス
先日5歳になったばかりの息子は目下、昆虫に夢中。ついこの間までは新幹線オンリーで、図書館にある新幹線関連図書をすべて借りるほどの勢いだった。500系のぞみ、E4系Maxやまびこ、ドクターイエローなど、外観と名称を完璧に覚えるほどだったのである。食卓での会話ももっぱら新幹線。将来はスポーツクラブのインストラクターになるか、新幹線の運転手になるか真剣に悩んでいて、親から見れば「うぅ、かわいい!」という側面もあった。3歳の妹もそんな兄の影響を受けて新幹線好きに。通り過ぎる新幹線を見て「あ、E3系マッスク〜」(←まだ「マックス」と言えない)と言おうものなら「違うでしょ!あれはE2系あさま!」と訂正するほどの兄なのであった。 ところが新幹線ブームから数ヶ月たち、今度は関心が昆虫へとシフト。幼稚園のお友達の影響もあって、カブトムシやクワガタにめっぽう強くなった。食卓での会話もこんな感じ。 「あのね、ヘラクレスオオカブトはね、角がこ〜んなに長いんだよ。で、ノコギリクワガタと戦わせるとね、こんな風に角がからみ合ってね・・・。」 まさに身振り手振りの実況中継。幼少期に昆虫と親しんだ私も、加齢とともに(?)クワガタとカブトムシの区別すらおぼつかない状況。そんな母親に一生懸命説明してくれる毎日だ。こんなせりふもあった。 「ボクね、大人になったらね、旅に出てお嫁さん見つけるの。それで相談してね、どこに住むか決めて、南アメリカにするんだ。だって南アメリカには○×△クワガタがいっぱいいるから!」 運転中に後部座席から息子のこの発言を聞いたときは、思わずのけぞりそうになった。でも本人は真剣だ。それだけ息子にとってクワガタは今、大事な位置を占めているのである。図書館から借りてくる本も「昆虫の飼い方」や「クワガタムシ観察事典」などばかり。「3令幼虫」「ふ化」「羽化」「蛹室(ようしつ)」などの専門用語に私もすっかりなじんでしまった。しかも私自身、ついこの間までダンゴムシも触れなかったのが、息子が捕まえると「どれどれ、お母さんの手のひらに載せて」と言えるようになってしまったのだから不思議だ。 ちなみにヘラクレスオオカブトの「ヘラクレス」は英語でHercules。大きくて立派だからこのような名称らしい。軍事用語ではC130輸送機もハーキュリーズだ。ギリシャ神話のヘラクレスは「12の功業」を成し遂げたのだとか。私も通訳業務の現場でヘラクレスのごとく、スラスラと訳せればいいなあ・・・。 |
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| 2006年 8月25日(金) |
Hubbub from the Hub |
通訳者の与える安心感
私はこれまでに何度か通訳者のお世話になったことがあります。カナダの学会で発表すれば、私の英語のプレゼンはフランス語に同時通訳されます。アメリカでスピーチをすれば、それが日本語を含む別言語に通訳されることもあります。逐次通訳でなければ、自分のスピーチがどのように訳されているのかを知る機会はありません。それでも安心してスピーチやプレゼンテーションを行える場合と、通訳ブースばかり気になってしまう場合があります。自分が通訳者であれば、スピーカーに安心感を持って欲しいものです。自分の経験から、どのような通訳者がスピーカーに安心感を与えられるのか、考えてみました。
何より大切なのはやはり第1印象。人を見かけで判断してはいけませんが、「今日の通訳を担当します」と打ち合わせに現れた通訳者が汗だくだったり、その人の開いているカバンから資料が乱雑に見えたりすると、「焦ってきたみたいだけど、大丈夫かな? 本当に資料は読んであるかな?」と思ってしまいます。個人差もあるでしょうが、どちらかというと私はフォーマルすぎない通訳者に安心感を感じます。自然体の通訳者のほうが、柔軟性がありそうで安心します。逆に型にはまりきった(という印象を与える)通訳者だと、「何かトラブルがあったときに、柔軟に対応してくれるかな?」と思ってしまいます。
打ち合わせを始める前に、カバンから取り出す資料にも安心感のヒントは隠されています。きれいなクリアファイルに入ったままで、何の書き込みも、アンダーラインも無い資料だと、やはり事前勉強があったのか不安になります。私がアメリカで大学生を教えていた時、期末テスト終了後に教科書を古本屋に売ることが出来るよう、まったく教科書に書き込みをせず、新品同様の教科書を持っている学生がいました。沢山勉強をしてきたのかもしれませんが、心理的なメッセージが違います。
第1印象についで重要なのは、打ち合わせ時の質問内容。「これくらいGoogleで検索すれば、すぐに答が出るでしょう」という質問が続くと、心配になります。しかし鋭い質問があれば、「お、なかなかやるな」と信頼感が生まれます。質問事項を一覧にしてあると、やはり安心につながります。どんなに通訳者が勉強をしても、通訳者は分野の専門家ではありません。これは通訳者としていつも感じることであると同時に、多くの専門家が理解していることです(そうでない人も沢山いますが)。ですから、積極的に質問をされると通訳者の熱意を感じることになります。また、「あ、この点をもっと詳しく言ったほうがよさそうだ」と感じれば実際のプレゼンでも説明を詳細に行って、通訳がしやすくなるという利点もあります。
最後は打ち合わせの終了後。「説明を聞いても、やっぱりよくわからなかった」「大丈夫かな?」と思っても、「説明ありがとうございました。プレゼンを楽しみにしています。」と言われれば、スピーカーは安心します。最後も笑顔で締めくくってくれれば、「通訳は任せよう!」という気持ちになります。
これらのことは見せかけの魔術でも、姑息な手段でもありません。自分がスピーカーになった場合に強く感じるのは、「私はこのプレゼンを作るのに10時間をかけた」とか、学会であれば「この10分間のプレゼンは、過去18ヶ月のリサーチの集大成だ」ということです。自分の大切な創造物をその日の朝に会ったばかりの人に託す、というのは簡単なことではありません。それだけ大切な役割を担う通訳者です。スピーカーが気持ちよくプレゼンテーションを行える環境を整えられれば、通訳者にとってもスピーカーにとっても、そして聴衆にとってもプラスになるでしょう。
さて、昨年の春から毎週投稿させていただいておりましたが、今回で最終回となります。9月からミシガンで研究生活に入り、皆さんの関心の的となる通訳の最新情報を提供するには、必ずしも望ましい環境ではなくなってしまいます。もちろん定期的に通訳は行いますが…… 思いつくままに投稿してまいりましたが、何かのお役に立てていれば幸いです。ありがとうございました。
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| 2006年 8月24日(木) |
仙人 |
翻訳者の夢
近くのスーパーマーケットにドラゴンボールのカードが出てくる機械があります。ガチャガチャの進化形みたいなものですね。いつも幼稚園か小学校低学年ぐらいの子供が前に立って遊んでいるか、欲しそうに眺めているかしています。すごくないですか? 何がって、『ドラゴンボール』は漫画連載が終了してもう11年、今興味を示している良い子たちは、連載終了時には、存在のかけらすらなかったんですから。連載が終わって少年ジャンプの販売部数が200万部落ちたと言われ、その数百万人のひとりだった私は、それ以降、定期的に読む漫画雑誌がなくなってしまいました。なぜか、スピリッツや他のよく読んでいた雑誌まで読まなくなって、本物のババアになった瞬間だった気がします。 鳥山明さんの漫画は、あまりにすべてが完璧すぎて、本来あまり好きではないのです。絵もストーリーも、絶対に破綻しない。いろいろ破綻して訳がわからない少年漫画、特に永井豪さんのエッチ系ギャグマンガが実は大好きなのですが、『ドラゴンボール』は中国の西遊記、日本の八犬伝、さまざまな冒険小説の要素が入って、戦った相手が基本的にはその後強力な味方として連帯し、「努力」+「友情」で「成長」するという少年ジャンプのコンセプトそのもののストーリーに、そしてなんといっても、「Z」になって以降の決めセリフのかっこよさで、何度読んでも、「悟空さ、かっこいい」と思ってしまいます。 翻訳者としては、テレビ版のDVDを見ながら、自分なりの訳を考えるのも楽しいです。本来、ご自分でもギャグ漫画家とおっしゃる鳥山さんなので、ダジャレや、名前などにも語呂合わせが多く、そういうもののニュアンスをできる限り生かそうとするとすごい作業になるでしょうが、夢として、いつか翻訳したいなあと思ってます。そういう夢って、持っていると違う形ででも実現するみたいな気がして。
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| 2006年 8月23日(水) |
the apple of my eye |
ああ夏休み
我が家の夏の恒例、沖縄旅行に行ってきた。家族で行くのは5回目だけど、今年ほど思い出に残る沖縄は初めてだった。 出発前に台風が3つ、1度にやってきた。出発3日前の午後、旅行会社から「今からでもキャンセル料ナシでキャンセルできますよ」と連絡が入る。天気図を見ると、飛行機に乗る日にどんぴしゃで沖縄方面にいそうな台風が1つ。もう1つは東京方面にも来そうな雰囲気……。今から旅行計画を全面変更? でもこんな直前、しかもお盆休みの時期に、めぼしい行き先はどこも空きがない。8歳の息子に相談しつつ探してはみたが……。 最終的に、息子の意見を汲みいれ「ギリギリまで待って、予約したフライトが欠航になったら考える」ことに。 予約したフライトは朝の6時過ぎという早いもの。前日は朝から1日中天気図と航空会社のHPをチェックして、問題の台風が何時にどの辺りに行きそうか、フライトの欠航は、と心配ばかりしていた。その日の午後7時台のフライトから出発し始め、臨時便も1便追加されたのを見て、親子で「やった!!」 蓋を開けてみたら、羽田発がやや遅れたことを除けばすべて予定通り、那覇の上空は晴れており、石垣島行きフライトも石垣港から目的地の小浜島までの船も、実にスムーズに乗り継ぐことができた。 実は去年もぎりぎり台風をやり過ごしての沖縄旅行。息子が4歳の年から毎年沖縄なのだが、一昨年までは保育園生だったので6月末の梅雨明けと同時に夏休みを取っていたのだ。それほど混雑していないし、天気はバッチリだし、お値段も安め。小学生になった去年から8月になってしまい、値段は高いわ2回とも台風の恐怖にさらされたわで、「来年からは沖縄はヤメ!」と宣言したものの……。 沖縄、楽しいのである。 今回は初めて離島に行って、「南国」をより一層満喫した。 海は信じられないほど美しく、色とりどりの魚たちと戯れ遊ぶ時間を過ごした。息子を始め親子3人、日焼けで真っ黒になってしまったが、夏の島を楽しんだ。 沖縄の人はタクシーの運転手さんも親切(かつ、お喋り)だし、ホテルの従業員もどことなくのんびりしていて、人懐っこい。気取りがない、というのか。 記憶がある限り夏休みは沖縄にしか行ったことがない息子はシーサーが大好きで、必ずシーサーの置物とシーサー柄のTシャツをお土産に買う。 お気に入りのおやつは、黒糖をまぶしたピーナッツ。海で塩っ辛くなった口にとても合うのだ。サンピン茶とも、相性ピッタリだし。
来年はどうするか、1年かけて考えなければならない。
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| 2006年 8月22日(火) |
ガットパルド(gattopardo) |
ことばより先にあるもの
某テレビ番組のための大量翻訳、編集前の長時間ドキュメンタリー映像の言語の起こし作業に苦しむこと、2週間。 内容については詳細は省かせていただきますが(ほんとはいろいろ書きたいのだけど、許可がおりないので・・・ごめんね)、ともかく、かなり美しく興味深い、複数の人たちへのインタビュー、というものが、そのなかに含まれておりました。 いえね、もう、収録した画面を見てるだけでよだれが出そうにきれいな人たちなのですよ。しゃべってる言葉なんかどうでもいいから、一日中お顔を見ていたいわ〜〜〜、と思うような。しかし、仕事である。彼ら、彼女らが話す内容を、一語一句もらさず日本語に直さなくては。ちなみに、原語はフランス語。 そして、ふと・・・ある事実に気づいた。 私が起こした日本語原稿は、テレビ局内の字幕製作者が字幕を作るためのたたき台にするので、内容に厳密を期さなければならないのはもちろんだが、そこに、数秒毎にタイムコードを入れておかなくてはならない。 すでに映像中に記録されているカウンター表示を、話し手の文脈の区切りに照らし合わせて、なるべく字幕製作者にわかりやすそうな箇所を選び、ワープロ打ちしている原稿に記していく。まあ、非常にメンドウクサイ作業ではあるのだが。PAZIENZA(=やるっきゃないね)。 カウンターでは、0.01秒の単位までが表示される。パソコンのマウス操作で、言葉の区切りを探りながら画面を止めたり、コマ送りしたり、という手順になる。そして、ほんの0.1秒、あるいはそれ以下の瞬時の違いでも、画面を止めながら見てみると・・・写っている人物の表情にたいへんな変化があるのだ、ということが判明した。 「いま泣いたカラスがもう笑った。」どころの話ではない。まさに世界記録級の「タッチの差」で、笑顔が疑いの表情になり、心細さが満足の表情に変わる。百面相、千変万化、百花繚乱の趣である。 このインタビューは、日本人がフランス語で現地人に職業上の質問をし、相手がそれに答える、という形式だったため、インタビューされる側の主たる反応としては、「質問の内容を(ネイティブでない人間の言語から)できるだけ正しく汲み取ろうとする姿勢」「反応して自身のことを語る姿勢」「映像収録中にクルーが機材を調整したりする時間に、手持ちぶさたそうに、あるいは不安そうに待つ姿勢」・・・ぐらいだったわけだが、まばたきするよりも短い時間でその表情を切りとってみると、恐ろしいぐらいにその人の心の変遷がみえる。 インタビューをうける興奮、質問への懐疑と納得、答えることへの不安、傲慢、一瞬の満悦、それをかき消す新たな疑問、笑顔、冗談、心が解放されるとき、そして次の緊張。夢を語る眼差し、それを抑える節度、その奥にある本心・・・すべてが「丸見え」だ。 この発見をどう表現したらいいだろう。 まるで、砂漠の砂の一粒一粒に、すべてちがった形と色があったことを知った、に等しいぐらいの驚きだった。 我々は「反応」する。言語に、そして、その奥にある「相手の真意」を探ろうと、好意からは観察眼を、不安からは疑いの目を、容赦なく相手に投げつける。抑えようとしても、隠そうとしても、不可能だ。げにおそろしく複雑で深いもの、それは私たちの心。 言葉など、そのほんの一部分を、数々の誤解と、真実への未到達というリスクを背負って、やっとこさっとこ表現するための道具でしかない。 言葉、音声、匂い、目に飛び込むもの・・・たった10分程度のインタビューの時間の間にも、こんなにいろいろな外部からの刺激に、ひとりの人間が反応しながら、しかも同時に自身の神経の均衡を保とうと無意識の調整をして生きているのが普通なのだとしたら、私たちの日々は、なんとストレスに満ちていること!! 「あの人は表情が豊かよねえ。」と評される人物だけに天下を与えるのは、大間違い。 みなさん、コンマ1秒毎に、ご自分が違う人間になっていることを、どうぞご理解くだされ。
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| 2006年 8月21日(月) |
かの |
かゆみで欠けた集中力
8月上旬は散々だった。2日水曜日夜のこと。突然ひざから下が猛烈にかゆくなり、かき始めるとジンマシンのようなものが瞬く間に広がってしまったのだ。「蚊に刺されたにしてはおかしいなあ」と思いつつ、その日は就寝。ところが翌3日。夜になって再びかゆみが出てきて、いてもたってもいられなくなったのだ。 今から5年前、ロンドン在住中のとき。夫も突然のかゆみとともにジンマシンが全身に広がったことがあった。つま先から耳の後ろ、顔までものすごい勢いで広がり、病院で抗ヒスタミン剤を処方され、ようやく何とか引いた。あの勢いでかゆみが広がったら怖い。それで私は急遽、夜間外来に駆け込んだのである。 「食べ物アレルギー?ストレス性じんましん?」と思いきや、先生は「あ、これは毛虫に刺されましたね」と一言。「え〜、庭仕事なんてしていないです」と言う私に、「街路樹を歩いていて毛虫の毒針毛にやられたのでしょう。衣服に付いて、それを脱ぎ着するだけで全身に広がることもありますよ」とのこと。塗り薬と飲み薬を処方されて帰宅した。 翌日から2泊3日で鳥取へ。親戚との久々の再会が嬉しくてビールは進むわ、海水浴は楽しむわで実に充実した休みとなった。が、これがいけなかった。東京に戻るや、かゆみが足から上半身へと移ってしまったのである。今度はかかりつけの皮膚科で診てもらったところ、「アルコールと運動は当分禁止」とのお達しを受けてしまった。元々アルコールはそれほど飲まないのだが、運動は日常生活の一部となっているだけに、運動禁止令はちょっとキツイ。でも早く完治したいので、今はじっと我慢の子だ。 かゆみはいったん気になりだすと、どんどんかゆくなってしまう。何かで気が紛れていれば良いが、いつもそうとは限らない。現に放送通訳でスタジオに入っていたときに猛烈にかゆくなってしまい、「え〜い、ブースの中は誰も見ていないからいいや!」とばかり、ボリボリかきながらの通訳になってしまった。「レバノンを攻撃中のイスラエルは・・・」とか「国連安保理の決議案について・・・」などムズカシイ言葉を言いながら、手はひたすらポリポリガリガリ。こんな通訳は初めてだ。しかも次第に脳みそが「通訳作業」から「かゆみ対策作業」に移行してしまい、集中力が欠けていくのがわかった。「このままではマズイ!」と焦り始めた頃、パートナーと交代になった。ホッとした。と同時に、やはり通訳するときは痛かろうがかゆかろうが我慢して集中しないといけないなと反省したのであった。 |
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| 2006年 8月18日(金) |
Hubbub from the Hub |
民族大移動
東海岸マサチューセッツ州から、中西部のミシガン州へ移動するときがやってきました。2年間の本拠地としていたBostonから、今後数年間の本拠地となるEast Lansingへの引越しです。まずはボストンで大きなSUVを借りて、ニューヨーク州のSauquoitという小さな街へ。そこの友人宅に、本、冬服、家具などが置いてあります。そこまでは約5時間の旅。高速道路に乗ってしまえば、約4時間、とにかく前進するだけですからそれほど疲れはしませんが、日本で何時間も自動車で移動することは少ないため、それなりの疲労感もあります。
ニューヨークで2日間過ごした後は、ミシガンへの移動です。途中に五大湖の1つがありますから、湖の北側を回る経路(カナダ経由)と、南側を回る経路があります。カナダとアメリカの間とはいえ、何かと国境警備が厳しい時期ですから、後者を選択しました。所要時間は約12時間。ニューヨークの友人の両親が引っ越しに手を貸してくれたため、2台のSUVで移動しました。ドライバーは3人。数時間交代で走り続けました。
ボストンから考えると20時間近いドライブです。それでも東海岸と西海岸の半分にも満たない距離しか移動をしていません。いつの日かアメリカ発展の歴史の様に、東海岸から西海岸まで自動車旅行をしたいと思っていますが(出来ればルート66を通って……)、その予行練習とも言える長旅でした。
丁度日本から私を訪ねていた従姉妹は、普通の観光客が訪れないニューヨークの小さな街(マンハッタンから車で5時間くらいの所にある街です)や、オハイオ州などを見ることができ、非常に喜んでいました。 |
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| 2006年 8月17日(木) |
仙人 |
持参するもの。
学生の頃と大学を卒業してから数年通訳をして、その後20年ほど会社勤めのあと通翻訳者に戻り、今はどちらかといえば主に翻訳をしているため、近頃ときどき通訳をさせていただくと、今昔物語にとまどうことがあります。昔は学術会議などには、やはり分厚い辞書を持って行ったりもしていました(ただ、根が適当な人間なので重さにくじけて、多くの場合「ま、何とかなるか」で手ぶらで出かけることも多かったですが)。最近一緒になる通訳の方って皆さん電子辞書をお持ちで、その性能の優れていることといったら。欲しい。同通ブースでは、マイ・マイク、マイ・イヤホンって常識なんでしょうか? マイ・イヤホンは、ほほー、便利なもんじゃ、と感動しました。欲しい。ブースによく持ち込まれるチョコレートも、昔は明治の板チョコだったのに、キットカットの小袋入りとか、手がべとつかなくていいです。いや、これぐらいは、買えます。ボトル入りの水もよろしい。コップはこぼしがちだし、なくなったら注ぐのも面倒だし、音もするし。昔は何だかアメリカナイズされた人が多かったせいか、コークの好きな仲間が多くて、飲んだ後、いかに「げふうっ」とならずにしゃべり続けるかみたいな(だめですよ、こんなことしちゃ!)ことして遊んだこともありましたけど。 しかし私にとって、もっともなくてはてはならないのは、昔も今も、メモを書くノートです。昔は速記ができる人も多く、私は英文速記ができなくて、キーになる言葉を書きなぐるだけのノートがちょっとコンプレックスでした。ノートはリング式でちぎれるもの、できればミシン目がついていてきれいに切り取れるのが好きです。 と、持ち物に思いをはせたのは明日から通訳でお出かけすることになり、20数年ぶりのお泊り通訳に、何を持っていこうか悩んでいるからです。バッグに入れたのは、まずSpeedoの水着、ゴーグルとキャップ。ランニング・シューズとトレーニングウェア。いえ、通訳者は四泳法でそれぞれ百メートルを2分以内で泳げることとか、十キロを50分以内で走れること、とか条件がついてるわけではないんですけど(そんな肉体的要件があれば、私はイチオシ通訳です、でも、かのさんには負けるかも)。しかし、何を持っていけばいいんだろうなぁ……。
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| 2006年 8月16日(水) |
the apple of my eye |
親族って難しい
『ハリー・ポッター』シリーズの翻訳者、松岡佑子さんの税金のことでメディアが騒いだ後、何人かの人から「翻訳家って、儲かるんですねー」と冷やかされた翻訳者さんも多いのではないだろうか。ああとんでもない! 別世界の話である。 我が家では小2の息子が今ちょうどハリー・ポッターに夢中で、夏休みに遊びに行った時にじじ・ばばにせがんで「アズカバンの囚人」「炎のゴブレット」「不死鳥の騎士団」「謎のプリンス」とドッサリ買って貰った。すでに持っていた「賢者の石」「秘密の部屋」と合わせて、日本語訳のすべてのハリー・ポッターを揃えたわけだが、その中に、「ふくろう通信」というA4の印刷物が入っていて、その「No.4 (下)」に、「翻訳者はつらいよ」というタイトルの松岡さんのエッセーがある。 なんでも、「賢者の石」でハリーのお母さんのリリーを、ダドリー家のペチュニア叔母さんの「妹」と訳していたところ、後で原作者のローリング氏に「姉だ」と教えてもらったため、「アズカバン」から「姉」に変えたら、読者からお叱りの手紙が来たとか。 う〜ん、確かにこれは、辛い。 不特定多数の読者の目にさらされる出版翻訳には、こういう怖さがある。 翻訳をしていると、書いた人に意図や意味を聞かないとどうしても分からない場面がたまにあるが、実務翻訳の場面では問い合わせている時間など余りいただけないし、そもそも書いた人が誰なのか必ず分かっているわけでもない。とりあえず「聞かないと分かりません」といった趣旨の訳者注をつけて、分かる範囲の事を書いておく。でも、出版翻訳ではそんなお茶の濁し方では通らないのだ。 確かに英語っていちいちolder sister、younger sister などと書き分けないことが多い。単に sister・brother じゃ、どっちが年上なのか分からない。 その点、日本語ではきっちりと兄・弟・姉・妹と、区別がある。 「いとこ」ですら、区別する。従兄・従弟・従姉・従妹・従兄弟・従兄妹・従姉妹・従姉弟。めんどくさいのである。 英語の cousin なんて、イトコ (first cousin) にもマタイトコ (second cousin) にも、祖父母のイトコの孫 (third cousin) にも、全部使ってしまうし、なんだかよく分からない遠い親戚でも cousin で構わないから、簡単といえば簡単だけど、日本語に訳す時には要注意だ。 ついでに日本語ではおじ・おばも漢字で区別してしまうから、やはり「翻訳者はつらいよ」に書かれていたように、バーノン・ダドリーとマージおばさんが兄・妹の関係だと分からなくて「マージ伯母さん」って書いたら、間違いになってしまう。サイアク、平仮名で書くという手段はあるけれど。 それにしてもどうしてこう、日本語の方が年齢の上下に細かいのだろう。 きっと日本は英語圏よりもタテ社会なのだ。年齢による上下関係や、序列がきちんとしていないと落ち着かない文化なのだろう。親族関連の表現で年齢の上下を表さないのは、父・母、祖父・祖母、甥・姪で、これは年齢の上下の区別が不要だからだ。自分より甥・姪が年上なんて事は、可能性ゼロではないけれど滅多にない。仮に上だとしても、親族内の序列としては自分の方が上だし。常に、その集団内での序列が問題なのだ。 日本のタテ社会傾向は、日本語には丁寧語や謙譲語など複雑で厳密な敬語システムがあるけれど、英語の敬語は比較的単純だし、目上の人にも目下の人にも、”You” という呼びかけで済んでしまったりするようなところにも、表われているのだろう。日本語で親に対して「あなたねー、」などと言おうものなら、いくら最近は「友だち家族」なんていわれていても、流石に失礼だし違和感もある。 言葉ってやっぱり、ふとした、あまり気付かない部分でもしっかりと、その言葉を話す社会の文化や価値観を表しているのだ。
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| 2006年 8月15日(火) |
ガットパルド(gattopardo) |
ああ、肩こり
やられた。 肩こりに悩むこと1週間、しかも、重度。 ここのところずっと、冷房なしの部屋にいるのだから、体の冷えが原因ではない。私はもともと、肩がこる体質。ま、パソコンの前にいる時間が長い人には、珍しいことではないけど。 しかし。今回のはひどい。かつてないぐらい、ひどい。 裏話あり。じつは、ちょっとびっくりするぐらい大量の翻訳を依頼されてしまい、「こりゃ、最低でも10日は、家にカンヅメだな。」と覚悟、その前に、とばかり、ダンス、水泳のやりだめをして、筋肉痛バシバシの状態で翻訳スタート。 初日は順調、まるまる10時間、ワープロ打ちっぱなし。・・・しかし、2日めになって、首と肩の異常に気づいた。こってる。しかも、筋金入りにこってる。もろに背中心からガチガチだ。 3日目。どうにも「首が回らない」。肩甲骨からはもはや、天使の羽根どころか、軍艦が生えてきそうだ。ひええ〜〜〜、なんだ、これは!この痛みは!! ここで、ドッとベッドに倒れ込み、夏休み中の妹を呼び出して肩をもんでもらえるなら、話はかんたん。どっこい、カレンダーの7日後の日付には、大きくマジックで赤マルがつき、「しめきり!」の文字が。 なにがなんでもやらねばならぬ、打たねばならぬ、キーボード・・・! しかし、こういう状態で仕事をしてみて、ひとくちにワープロの前で一日中翻訳、と言っても、体はじつに雑多な所作をこなしていることに気づく。 画面上でフランス語の原文と、和訳用のワードの書面との2画面を操作しながら、卓上にある辞書をときどきめくって語彙の確認。休憩の前には出来たところまでをプリントアウト、紙を補充したりインクを取り替えたり。お茶を入れてすすり、座布団がズレてくれば座り直し・・・しかし、そのいちいちの所作で、首が痛む。ああ、体って、なんて繊細に全体が連動していることか! しかしそれにしても、なにかがおかしい。筋肉痛が抜けきらないうちに、ハードワークに突入したことがよくない、ってことはわかるが、やぱり、それだけではない。 ・・・観念して、整体師のところにいく。やりかけの翻訳に後ろ髪引かれる思いで、2時間ほど外出だ。 そこで判明したこと。今年になってから、まじめに体の調子を考えて「野菜中心の食事」を実践し、その結果が上々、ということは、以前このブログにも書いた気がするが・・・そしてその結果、なんの苦労もなく、昨年に比べ体重が3キロほど減り、目下、それが維持されている。なんと、そのせいで(当然といえば当然だけど)私の首はぐるりにして 1.5 センチ分も細くなっていたのだ。細くなった首が、頭蓋骨の重量を支えきれずに、ついに悲鳴を上げた、ということだった。 ああ、人生、なかなかうまくいきませんねえ。改善された食生活で、体調そのものはすこぶるよくなっているし、無理なダイエットではないから、こんどはこの体重をもとに戻せと言われても、かえってむずかしい。 結局、こんご、腕と背中を鍛えることで、解決の方法としました。 さてこの軍艦級の肩こりにもまけない、シロナガスクジラ級の翻訳の内容については、またいずれ、気が向いたら書きますね。 みなさん、よい夏休みを。
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| 2006年 8月14日(月) |
かの |
ためて、ためてのボレロ
先日、夫と息子の3人で子供向けクラシックコンサートへ出かけた。これは某交響楽団が教育プログラムとして実施しているもので場所は都内の大ホール。ソリストたちも揃え、本格的な内容であった。 実は昨年夏も夫と息子の3人で能楽鑑賞をした。ただし娘は当時まだ2歳で小さすぎて参加できず、保育園へ。息子にとっては久しぶりの「一人っ子状態」となった。両親を独占できたのが嬉しかったのか始終ニコニコしていたので、今年も3人だけの「デート」としてこのコンサートを選んだのである。 当日はワーグナー「ローエングリン」第3幕への序曲でスタート。金管楽器の華やかな音色に会場が沸く。私自身、子どもが生まれるまではコンサート三昧の生活をしていたが、出産後の子育て期間はそれどころではなく、コンサートから足が遠のく日々。それだけにこのファンファーレのような出だしを聞くや感動で涙が出そうになった。「ローエングリン」のあともオペラ「愛の妙薬」や「トゥーランドット」などからの名曲が演奏され、ベテランテノールの歌声を満喫できた。 そしてコンサートのハイライトはラヴェルの「ボレロ」。「タ、タカタタ、タカタタッタ」のあの小太鼓メロディが169回も延々と続く有名な曲だ。これまでCDで色々な指揮者のものを聴き、コンサート会場でも何度か耳にしてきたが、何回聴いても面白い。ボレロの良さは生で鑑賞することにより再発見がその都度あることだ。「おお、こんなところでチェロはあんな動きをしていたのか!」「ようやく弦楽器が入ってきた〜」など、聴衆の耳と目を存分に楽しませてくれる。 長い重厚な同一メロディからようやく転調するといよいよクライマックス。もうすぐ終わるぞ〜という気分が盛り上がってくる。そして最後にフォルティッシモで全楽器が奏でると、最後の2小節でリズムが変わり、倒れるがごとく終了。ここで聴衆も待ってましたとばかり大拍手を送る。まさに拍手したいがために盛り上がる感じ。「ためて、ためて」のボレロ、何度聴いても飽きない。今度はスコアを見ながら家でじっくり研究し、再度コンサートホールで聴いてみたいと思う。 ・・・ちなみに息子はボレロが終わっても夢の中でした! |
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| 2006年 8月11日(金) |
Hubbub from the Hub |
フランスでのハプニング
最近、飛行機移動についていません。6月のアメリカ移動では飛行機がターミナルから離れて滑走路に到着する間に大嵐が押し寄せ、空港は閉鎖。5時間以上もターミナルと滑走路の間で立ち往生しました。先日のアメリカ移動では雷雨で飛行機がキャンセルになっただけでなく、3日間も荷物は行方不明。そして今回のフランスバカンス帰りにもハプニングは起こりました。パリの空港でチェックインをする際、いつものように「非常口の席、空いてますか?」なんて聞いていたら、カウンターのお姉さまに「申し訳ありませんが、オーバーブッキングしてしまい、席がありません」と全然申し訳なさそうではない顔で言われてしまいました。せっかくパリからボストンの直行便を買ったのに…… なにやら、翌日の昼まで待てば1日遅れで直行便があるとか。パリでの宿泊先も手配してくれるとのこと。
いつもなら「ラッキー!」とすぐにパリ市内へ向かうところでしたが、今回は事情が違いました。ボストンに夕方到着し、その翌朝に友達とフロリダへ行く予定だったのです。1日遅れてボストンに到着したのでは、フロリダ行きの飛行機に間に合いません。交渉を続けると、その日の夜の飛行機でニューヨークJFK空港へ向かい、翌日の早朝の便でNYからボストンへ向かえば、フロリダ行きの飛行機に間に合うとか。パリで一晩を過ごすことはできませんが、仕方ありません。その方法でアメリカへ戻ることにしました。
パリからJFKへのフライトは無事に飛び、ニューヨークへは夜の10時ごろに到着しました。ボストンへの翌朝のフライトは6時頃。ホテルへ向かっても数時間の仮眠だけで飛行場へ戻らなければなりません。仕方なく飛行場で1晩を過ごすことにしました。入国審査などを済ませて乗り継ぎ便のターミナルに付いた頃は既に23時を回っていて、ターミナルには警備員が数名いる程度。出発ゲートへ向かうことは出来ず、飛行機会社のチェックインカウンターで朝を待つことにしました。
しかしこれほど飛行場の寝心地が悪いとは思いませんでした。カウンター近くのベンチはすわり心地が悪く、チェックインカウンターにある預け荷物の重量を測るステンレス製の重量計のほうが、余程快適でした。また、カウンター奥にあって、スーツケースを流すベルトコンベヤーも結構寝心地がよく、この2箇所で細切れに睡眠をとりながら、朝を待ちました。
朝になり始発の飛行機でボストンへ向かえば、当たり前のように荷物はまたも行方不明。友達と空港で会い、フロリダ3日目にしてやっと荷物が届いたのでした。
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| 2006年 8月10日(木) |
仙人 |
人間であることの特権は
先日、父親が子供と過ごす時間の国際比較がニュースになっていました。それに関して違いが出る理由のひとつとして思うのは、「寝る前に本を読んであげる」行為の有無です。母親がすることもあるでしょうが、子供を寝かしつける際、お風呂に入れてパジャマを着せてベッドにいれる流れの一環として、「本を読んであげる」というのが外国では常に存在する気がします。この行為の欠如は、人間の最大の特権である「想像する」能力を失ってしまうことにつながると思います。翻訳でも、書かれている原語の文章からその場面を頭の中で描き出す作業が、最初のステップです。文芸ではもちろんですが、産業翻訳でも「これはどういうこと?」と状況が理解できなれれば、決して他の言語で表現できないでしょう。 日本の男性はどうして、いつから「フィクション」を読まなくなってしまったのでしょう? 電車の中でも、藤沢周平を読まれたりしている、かなりお年を召した方は見かけたりするのですが、ベストセラーになったような本でも、たとえば高村薫を読んでいる若い男性って見かけたことはありません。少し前に、とても日焼けして、何日かお風呂に入っていない臭いのするぼろぼろの紙袋をいっぱい持った男性が隣に座りました。紙袋からおもむろに取り出して読み始めた本がディケンズの『二都物語』でした。ちゃんとした本を読む人は、日本の社会では報われないのかなあと悲しくなりました。 アメリカ人の知り合いから、日本に来る十数時間の飛行機の中、隣に座った日本人男性が、まったく何の活字も読まなかったことに驚いたと、言われたことがあります。一方、私はアメリカの空港でアン・ライスのバンパイヤものの新作が出ているのをみつけて飛行機の中で読み始めたら、前の席のごく普通のアメリカ人ビジネスマンが、まったく同じ本の同じところを読んでいるので笑いあったことがあります。まともな人間は、ビジネスのハウツー本ばかりじゃなくて、フィクションを読むんです! でも、アン・ライスの新作を出張中に楽しむビジネスマンなんて、日本じゃありえない。 男性がフィクションを読まないのは、教育制度がきちんとしている国では日本だけで、そのため子供に本を読むことがなくなり、日本語が急激に崩壊し、創造性がどんどん失われているのではないかと、とても怖い気がします。
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| 2006年 8月 9日(水) |
the apple of my eye |
ロンドンの本屋さん
インターネットが普及して、本の入手がとても楽になった。 著者や題名で検索したり、ただブラウズして「これは!」と思うものがあれば、クリック何回かで購入完了。お陰で家の中にはそこここに、読んでもらうのを待っている本が常に何冊も「積読」状態だ。クレジットカード決済にしているので翌月の請求書を見て飛び上がったりもする。 とはいっても、バーチャルでないお店(bricks-and-mortar)も好きなのだ。特にお目当ての書籍はなくても、何となくブラブラして、気になるタイトルを手にとってパラパラとページをめくってみる。あっちをふらふら、こっちをふらふら。あっという間に1時間くらい経ってしまう。 ロンドンで暮らしていた頃も書店にはよくお世話になった。 書店街はチャリング・クロス周辺が有名なのだけれど、一番のお気に入りはピカデリーにあるハッチャーズ(Hatchards, 187 Piccadilly, London W1J 9LE)。そんなに巨大な店ではない。なにしろ創業が1797年、ロンドン一古い書店だから。キプリングやワイルド、バイロン卿などの作家たちもご贔屓にしていたらしいし、みなさんのご想像通り、王室御用達でもある。木造のどっしりとした正面入口がなんともいえない風格で、店内のデザインもとても趣がある。店員は非常によく訓練されており、質問したり探し物をお願いすると、その商品知識と丁寧な応対に感激する。 英国法の授業で使う教科書や参考書を探しに行ったのは、チャンセリー・レーンの近く、王立裁判所(The Royal Courts of Justice)の裏にある、ワイルディ・アンド・サンズ(Wildy & Sons, Lincoln's Inn Archway, Carey Street, London. WC2A 2JD)。法廷弁護士を養成する法学院(Inns of Court)の1つ、リンカーンズ・インの一角に店を構える。こちらも古くて、創業は1830年。弁護士や判事が使う専門書から学生用の教科書、中古本まで扱っている。新しい教科書をレジにもって行ったら「これなら同じのが中古で入ってるよ」と教えてくれる親切さ。教科書って言ったって厚さ5センチ以上はあるデカイ本で、決してお安くはないから中古は有り難かった。 さらに、英国という国について知りたい時は、ハイ・ホボーンのザ・ステーショネリー・オフィス・ブックショップ (The Stationery Office Bookshop, 49 High Holborn, London WC1V 6HB) へ行ってみることをお勧めしたい。 TSOは、以前は Her Majesty’s Stationery Office(HMSO) といって、議会や官公庁が発行する文書を印刷するのが仕事だった。1996年に民営化されてTSOとなり、HMSOの機能は今は内閣府 (Cabinet Office) の一部となって The Office of Public Sector Information (OPSI) と呼ばれ、王室の著作権管理や政府の情報管理を行っている。省庁が発行した公的文書や、法律の条文なども手に入る。 こういった書店も、今ではオンライン書店を運営していて、世界中どこにいても、その店から本を探して購入することができてしまう。便利だな。でもここ何年かロンドンに出向いていない身としては、ハッチャーズの地下フロアに降りる階段の、ぐるりとカーブした手すりや、ワイルディの傾いた木の床、低い天井も懐かしいのだ。なんかこう、書店の中に流れる時間や空気って、独特だと思うので。 映画『ユー・ガット・メール』でメグ・ライアン演じるヒロインの母の代から経営していたNYの児童書店が、トム・ハンクス一族経営の大型書店の進出によって閉店に追い込まれる。ロンドンには上に挙げた以外でもダンス専門、テキスタイル専門、美術専門、骨董品専門、料理本専門、ファッション専門、建築専門など、個性豊かな書店がたくさんあった。あ、映画『ノッティングヒルの恋人』ではヒュー・グラント演じる冴えない男が旅行書専門の書店を経営していたっけ。毎月赤字だってぼやいていたけれど。でもほんと、あんな感じの小さな、でも面白い本屋さんたちがあちこちにあるのだ。行ったことがある本屋さんが1つでも閉店になっていたら、寂しいなぁ。
ちょっと今、ロンドンに行きたくなっている。
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| 2006年 8月 8日(火) |
ガットパルド(gattopardo) |
ああ、やる気がでない・・・
暑いから。 私の部屋には、エアコンがない。あついの、すごく。暑いし、ちょっといまたいへんな翻訳かかえてるし、もう、ぜんぜんやる気、ないの。氷がとけてうすうす〜〜〜のアイスコーヒーみたいな文章になるけど、許してくださいませ。 私はね、ほしいのよ、エアコン。でもだったらなんで、取付けないのか? 母親と同居だから。 これだけではよくわかりませんねえ。いやはや、話せば長いいきさつがありまして。 そもそもうちは、ご近所に横田基地ってのがありまして、そこに米軍の飛行機が発着して騒音がするので、申請すれば自治体負担で家の窓を二重ガラスにしたり、エアコンを取付けたりしてもらえるらしいのね。で、何年かまえに母親がその話を持ち出した。「エアコンつけたいなら、手続きしてあげようか?」と。 しかし、ガットパルドは、いまでこそ自分の人生自分でひらく、とばかりに、のびのび生きているんですが、子供のころは優等生、これであんがい、世間様に気を遣いながら辛抱強く生きていた子供だったんです。そういう人間にありがちな、遅れに遅れてやってくる反抗期。それがまあ、何年か前だったわけ。いろいろあるわけよ、個人史、ってものがね。 とにかく、この、「手続きしてあ・げ・よ・う・か?」という、「やってあげてもいいわよ」というニュアンスが気に入らなかったのである。ムカッときたのである。 大人げない、と笑うなかれ、母親と長女、という関係は、嫁・姑の関係などより、百倍も根が深く、奥深く、タチがわるい。ほんのひとことにむかっ腹がたつ、という現象にも、長い長い、それこそ、一方が他方のおなかの中にいたころからの、前段階があるわけですよ。 「なによ、そのいいいいかたわあ!」ということになり、「なによ、そっちこそ、クーラー(世代的に、わが母は「エアコン」ではなく「クーラー」である)いらないの!?」「そんなこと言ってないわよお、その言い方が気に入らないって言ったのよお!」「本題がちがうじゃないの、申請するの、しないの、どっちなの?!!!」「それが人の意見を促すきき方かあ!!??」・・・とまあ、文字にするときわめてつまらなくなるのですが、わが家の親子げんかって、けっこうすごいのよ。なんたって、幼少時にわたくしの言語中枢を鍛えた母親ですからね。結局勝てずに、最後にくやしまぎれにちゃぶ台ひっくり返すのはこのわたし。 なんてことはない、このときも収拾がつかなくなって「いいわよもう、エアコンなんか誰がいるもんか!!!」と、致命的な発言をしてしまったのであります。 以来、どうにもこうにも、エアコン取付けるのはプライドが許さなくって、意地になって汗ダラダラの夏をすごしている。しかし、数年この状況に耐えてみて、あんがい、体にいいんじゃないかと、このごろは思っている・・・だって、きょうび、建物の中に入ると、まずどこに行ったって冷え冷えでしょう。せめて自分の部屋ぐらい、自然な環境にしておくのも悪くないかも・・・夜になれば扇風機で充分しのげるし、どうせほんとのほんとに死ぬほど暑いのは、毎年3週間程度の期間なんだから。 しかし、私に性格が似てるのかどうか、それはなんとも言えませんが、母親のほうはちゃっかり市に申請を出して、はい、わが家は、私のこの仕事部屋、皆さんご存知の「通称ジャングル」以外の部屋には、すべてエアコンがついています。 口は災いのもと、意地を張るのもてきとうに。 しかし、猛暑の夏より越えがたいのは、母と娘の確執ですかねえ。 行く末は、神のみぞ知る。
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| 2006年 8月 7日(月) |
かの |
さりげない仕草
毎日あわただしく生活している中で誰かがさりげないながらも心に残る仕草をすると、それを見ただけで私は幸せな気分になれる。ほんの一瞬のことではあるけれど、後々まで印象的なものとして記憶されるのだ。 たとえば通訳現場でのこと。私のシフトが終わり、「お先に失礼します」と言ったとき、先輩の通訳者がPCのマウスを動かす手を休めた。そして手を重ねてひざに置き「お疲れ様でした」とおっしゃったのだ。立ち上がるほどではないけれど、それでも左手を右手に重ねるだけでものすごく美しい印象を受ける。ちなみに作法の世界の場合、右手を下にするのは、「私は何も悪いことはしませんよ」という意味なのだとか。 もうひとつ印象的だった仕草。それは息子を連れてスポーツクラブに行ったとき、あるインストラクターがわざわざひざをついて息子の目線まで下がって話しかけてくれたのだ。スポーツクラブゆえ、しっかりした社員マニュアルがあるのだろうけれど、それでもあえてかがんで子どもの目を見て話してくれたのは親として嬉しかった。以来、このインストラクターのクラスは欠かさず出るようにしている。レッスン内容と仕草は直接的な関係はないが、それでも好印象だったので私のレッスンに対するインセンティブが上がったのは事実だ。 一方、さりげない仕草で印象が台無しになってしまうこともある。今でこそ車内でのお化粧は珍しくなくなりつつあるが、個人的にはマイナスな感情を抱いてしまう。どんなに車内でのお化粧が美しく仕上がったとしても、「お化粧時間を惜しむぐらい寝坊してしまうの?」と思ってしまう。「その10分を頑張って早起きすれば良いのに。自宅で綺麗にメイクをしてきちんと車内で座っていたほうがもっと美しいのに」というのが私の印象だ。 車内でもうひとつ気になること。それは女性の座り方だ。私が子どもの頃は足をピッタリそろえて座るようしつけられた。でも最近は両足を堂々と広げて座っている女性が多いように思う。しかもミニスカート!反対側に座る人はどこに視線を向ければよいの?パンツルックが主流になってそれに慣れてしまい、座り方も豪快になったのかしら?ドカッと広げていないにしても、ひざだけつけて脛から足首までは開いている場合も多い。この「ひざだけくっつけ座り」、最近はモデルさんの写真にも出ているので、違和感を失いつつあるのかもしれない。とは言え同性でも何だか目のやり場に困るのだ。 |
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| 2006年 8月 4日(金) |
Hubbub from the Hub |
フランスの光と影
7月中旬まで通訳などで走り回っていましたが、その後フランスでのバカンスを楽しんでいます。最初は少し仕事もありましたが、その後はフランスの高校へ通っていた当時の友人やホストファミリーに会いながら、楽しい日々を過ごしています。実はフランスへ向かう2日前に日本からボストン入りし、そこからパリ経由でリヨンへ向かったのですが、なんと東京からの荷物がフランスへの出発3時間前まで届かない(ニューヨークの空港で荷物だけ足止めされていたようです)というハプニングがありました。
しかしエールフランスの飛行機に乗ってしまえば、気分はフランス。アメリカ系航空会社では味わうことのできないフランス風機内食の前には、シャンペンのサービス。フライトアテンダントもいつもとは違う雰囲気でした(フランス語の通訳者は、海外出張だといつもこのような感じなのでしょうか?)。
仕事が終わってからは友人の家のプールサイドで読書をしたり、メールをチェックしたり。いつも自宅のオフィスや駅前の喫茶店で急いでメールをチェックしていたのとはまったく違う時の流れ方でした。南仏に住む友人の家を訪ねたときは、3週間のバカンスをマルセイユで楽しむパリの人々であふれていました。また最近はイギリス人もフランスにバケーション用の別宅を購入することが多いようです。
楽しい日々の裏に、フランスの抱える問題を再認識することもありました。昔からアラブ系やイスラム系の人々と、白人の間には様々な問題が存在していました。その緊張が約10年前に住んでいたときと比べて、格段に高まっています。毎年フランスへは訪れていましたが、緊張の高まりをこれほど感じたのは久しぶりでした。W杯でフランスの英雄、ジダンが退場になった件もありましたが、アメリカだけではなく、フランスにも根強い人種問題が存在しています。ある友人の話では、たとえばアルジェリア系フランス人はフランスで生まれているからフランス国籍を持つものの、自分を100%のフランス人と感じることができずにいるといいます。しかしアルジェリアにしてみれば、自国を去ってフランスに身を売った両親の子供を、アルジェリア人と認めることもできないとか。アメリカの有色人種が数十年前に抱えていた問題が、フランスでも起きています。
特に、アジア系アメリカ人の難局と共通する点があるかもしれません。日系アメリカ人であれば、真珠湾攻撃の前に西海岸へ移住して仕事をしていたところ、突然の戦争で日本人でもアメリカ人でもない身分になってしまいました。日本にしてみればアメリカ国籍を持つ日系アメリカ人は敵であり(日系アメリカ人も戦争で戦ったのですから)、しかしアメリカにしてみれば100%信頼することはできない対象でした。アメリカにもまだまだ人種の問題は鬱積していますが、フランスもその後を追っているようです。アメリカが少しずつ状況を好転させてきたように、フランスでも国内情勢が好転するのを望むばかりです。 |
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| 2006年 8月 3日(木) |
仙人 |
お気に入り
千葉県佐倉市のほとんど陸の孤島のような場所に、すばらしい美術館があります。 http://www.dic.co.jp/museum/about/about.html 今、大好きなパウル・クレーの特別展をやっているのですが、常設展もいつ行っても出色です。美術館の価値は学芸員、curatorの力量で決まり、コレクションをどういうタイミングで、どのように展示するかにその力量が発揮されると思います。この川村記念美術館は、たとえば夏なら涼やかな色の作品が水辺を連想させるように並べられているとか、細かなところに気配りを感じさせてくれ、すごく優秀なcuratorがいらっしゃるのだろうな、といつも思います。 こんな緑豊かな、どちらかといえば「田舎」的な場所に、これほど優秀な学芸員を集められるのは、おそらくここが大日本インキの関連施設で、色の研究をされる方も多くいらっしゃるからなのでしょう。大日本インキは日本での「色の基準」を作っているといっていい会社で、DICと書いた色見本をご覧になったことのある方も多いのではないでしょうか、あの会社です。外国でいうPantoneですが、DICのほうが、絶対使い勝手がいいですよね。 美術館の中だけではなく、庭園も広々としていて、美術館の日本画セクションの一角のお茶室から眺める池も本当にきれいです。お茶室では、和菓子にうるさい京都人も大満足のお茶菓子が出ます。初夏のツツジは見事としかいいようがありませんが、その頃はかなり混雑するので、緑がまぶしい夏が私は好きです。空いているし、好きな抽象画の特別展が開催されることも多いのです。 佐倉市は、昔からみんながのびのび暮らしてきたんだろうなあ、こういうところで育つと、きっと長嶋さんみたいなこせこせしない人格になるんだろうなと思える豊かな場所(実際、ああいうタイプの人が多い!)で、美術館の帰りに、城址公園の歴史民族博物館や、佐倉宗吾、それにちょっと有名になった有機野菜のイタリアンレストランの店などに行ったりすると、帰りはすごくゆったりした気持ちになります。 パウル・クレー展は8月20日までです。 |
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| 2006年 8月 2日(水) |
the apple of my eye |
これでいいのか、受験英語
最近の仕事で、大学受験生向けの文法解説書の例文作り、というものがあった。いわゆる翻訳とは違う仕事でやや戸惑ったが、ン十年前に自分も受験生だった頃のことを思い出し、懐かしくもあった。 しかし、受験用の英語って昔も今もほとんど変わらず、しかもどこか変だ。 Hubbub from the Hubさんが受動態と能動態の書き換えについて書かれたことと少し重なるかもしれないが。文法をシステマティックに教えるのはいいとして、「これじゃあ英語が嫌いになる人もいるだろう」と思うようなことも色々ある。
まず、「S+V+C」「S+V+O+C」だのという解析。なんかこう、数式みたいなのが並んでしまうと、言葉を学んでいるという気がしない。あるいは「分詞構文」「不定詞」「間接目的語」なんて、難しそうな用語が並ぶと嫌な感じだ。
問題の作り方や、求められる答えのあり方にも疑問を感じる。 よくあるのは虫食いや書き換え問題。 たとえば、 When I saw those photographs, I remembered my childhood. という文章を、 [ ] those photographs, I remembered my childhood. と、カッコを埋めて書き換えろ、という問題なんかがよくある。 これには分詞構文を用いて[Seeing]とするのが「正解」らしい。 それはそれで、もちろん間違いじゃない。 でも逆に、Seeing the photograph... の文章を、接続詞を用いて書き換えろ、という問題の時は? 受験用文法書では、この場合、接続詞の as を用いてはダメだと書いてあるものがある。as には、「〜したとき」「〜しながら」「〜したので」「〜したけれども」と色々な意味があるからだそうだ。だから、When/ While I saw とするか、I saw those photographs, and I remembered my childhood. とするのが良いのだと。 一方、分詞構文の Seeing... は、「〜しながら」(付帯状況)とか「〜なので」(理由)にも解釈できる。「その写真を見たとき」でも、「見ながら」とか「見たので」でも、全然おかしくない。それなのに試験問題に往々にしてあるのは、その分詞構文が「時」なのか「付帯状況」なのか「理由」なのかを区別して理解していることを答えさせようというものだ。どっちでもいい、なんて問題と解答は作られない。特に、マークシート方式だと答えはいつも1つだけ、になってしまう。 訳を書かせるときも、「その写真を見たとき」なのか、「見ながら」なのか「見たので」なのか、ハッキリさせないと減点対象になりかねないらしい。でも翻訳的には「その写真を見て」と、どっちつかずの訳の方が、自然で好ましい気もする。 だから上記のカッコ埋めでも、文章の意味さえ大きくズレなければ、答えを分詞構文に限定せずとも、As I saw...や、極端に言えば Because I saw...に書き換えても、構わないんじゃないの、と思う。でも、分詞構文を求められている時は、それ以外の答えではダメで、減点なのだ。 そんなの、ちょっと変だし面白くない。
「分離不定詞」についても、受験英語では一応「ダメ」ということになっている。 たとえば、 Students are required to carefully listen to the tape. これは「×」で減点らしい。carefully は、tape の後に持ってこなければならないのだそうだ。 でも実際に使われている英語では、分離不定詞はバンバン出てくる。 Jiang Urges Officials to Fully Understand WTO Entry これは、とある新聞記事の見出し。分離不定詞は特に新聞英語でよく使用される。それでも「×」で減点なのか? 正しい文法を学ぶことは大切かもしれないけれど、使える英語を身につけることが学習の目的だという視点が抜け落ちている気がする。英語の試験なんて、虫食いや書き換えなどのテクニックよりも、和訳と英訳ができればいいんじゃないの。言われていることが読み取れて、言いたいことが言えればいいんだから。
それに、ネイティブ・スピーカーだって、正しい文法だけを使っているわけじゃない。 大昔だけど、マイケル・ジャクソンの『Black or White』を聞いたらブッ飛んだ。 ♪But, If You're Thinkin' bout My Baby It Don't Matter If You're Black Or White♪ うわぁ〜〜〜、三人称単数現在形はどこいった? それを言えば、エルビス・プレスリーの Love Me Tender だって、「Tenderly だろ!」と突っ込まなければならない。 でも、それじゃあマイケルやエルビスの持ち味がまったく変わってしまうのだ。 ハリー・ポッターのハグリッドだって、Where’s me umbrella? なんて言ってるし。 でもハグリッドがダンブルドア先生と同じような英語を喋っているなんて、ありえないのだ。
英語ってもっと生き生きしてて楽しくて身近なものということを教えながらの、学校での英語教育って、無理なのかなぁ。
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| 2006年 8月 1日(火) |
ガットパルド(gattopardo) |
夏にふさわしい音楽
・・・ってね、そんな、たいしたことを書くわけではないんです。 ふっと、パリの話にもそろそろ飽きたし、次の話題は何にしようか・・・と思って。このサイトには、通訳や翻訳の現場の仕事の話を、まず書くべきなんではないか、という思いはあるの。でも、最近私に舞い込む話ときたら「あまり公にしないでほしい」という断りつきの翻訳依頼だったり、アメリカ出張という大きな予定まで組まれているんだけど、半分はあそびみたいな、高校時代の友人から頼まれた某舞台プロジェクトへのヘルプだったり、どうも「真面目な本格派の仕事」というふうには、書きづらいことばっか。 でもね、誤解のないように言っておくと、私にとっての「ビジネス」の概念は「心と体と頭脳を使って、人の役に立つことをし、その報酬として、契約関係にもとづいて金銭の授受が行われる。」ことです。この定義にあてはまることなら、頼まれればなんでもやっていますよ、はい。 前置きはここまで。 まあそんなわけで、あまり仕事のこと大見得を切って書けなくて、すみません。 じゃあ、何を書こうかな・・・とふと考えて、最近、冬からずっと聞いてるCDやテープが「どうにも暑苦しい・・・」なあ、と。衣替えよろしく、普段のBGMも、だいたい6月を境に夏向きのものに変えるんだけど、今年はその時期にパリにいて、うっかりタイミングを外してしまった。ずるずると「冬物」を聞いてたら、なんだか梅雨の雨が耳にまでじっとり降ってきそうな感じがして、いかんいかん、音楽を変えなくては! と、ここ何日か思っている。 しかし、いざ「さわやかな音」を選ぼうと思ってみても、なかなか良いものが浮かばない。ただひとつ、井上陽水の「なぜか上海」という曲を聴くと、どういうわけか隅田川花火とか、ノースリーブを来てジェットコースターに乗ってる気分とか、そういうイメージが浮かんで「あれは、なぜか、夏っぽい。」とか思うので、陽水氏のベスト盤というのが、まず毎年の必須アイテム。 クラシック音楽だと、ドイツの作曲家のものはあんまり夏に聞く気がしない・・・例外はバッハの「G線上のアリア」で、あの曲は、どういうわけかエアコンみたいな効果があって、部屋の温度が下がる気がする。 では自分の得意分野のフランスのシャンソン、イタリアのカンツォーネはどうか?というと、これは、どっちもあまりよくない。シャンソンはどの曲を聴いても景気がいい感じがしないし、カンツォーネ、とくに南イタリアのナポリ地方のメジャーなものに至っては、かえって暑苦しさが増すばかり。 あ、でも、あまりものごとを真剣に考えたくない季節には、エリック・サティとかが妙にハマる。枯葉の季節以降になると、軽すぎるきらいがして気にいらないんだけど。そういえばサティの生まれ故郷のオンフルールという港町に去年の夏、行ってみたけど、なんともまあ、得体のしれない現実ばなれした観光地でした。うん、あの雰囲気を東京の片隅で脳裏に再現して、さらさらさら〜〜〜っと夏をやり過ごすのはいい考えかも。 深夜に放送してる「カウントダウンTV」ていうの、ときどき見てるんですが、いやはや、老若男女、東西新旧とりまぜて、いろんなミュージシャンさんがいますね。そして、舌を噛みそうな名前のユニットのなんと多いこと。最近の流行にはもう、ついていけないわ、悲しいけど。 あと1ヶ月もすれば、また秋を先取りして「おもわず顔が下を向いてしまいそうな」曲が恋しくなるんだから。 八月の、第壱日目の、思いかな。 |
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| 2006年 7月31日(月) |
かの |
「させていただく」は難しい
最近私がよく聞く言葉で使い方が難しいもの、それは「させていただく」である。昔はそれほど耳にしなかったが、最近は若い人も頻繁に使うようになった。この言葉、一見丁寧だが、何かしっくり来ない。なぜだろう? ネットで「させていただく」と入れて検索したところ、実はこの言葉が日本語の乱れを象徴するものであることがわかった。つまり、丁寧に聞こえるのだが、一歩間違えると高圧的な印象を与えるというのだ。たとえば「閉会させていただきます」と言った場合、「誰も閉会の許可を与えていないのだから、反対すれば閉会しないということなのか」という見方もできる。本来ならば「閉会いたします」で十分というわけだ。 現に私の周りでも「させていただく」という表現は多用されている。スポーツクラブのレッスンを受ければ「本日レッスンを担当させていただく○○です。よろしくお願いしま〜す!」とインストラクターが元気に挨拶。うーん、何か違う。レッスンを習いに行っているのは私たちなのだから、イントラさんはもっと堂々としていて良いのに、と思ってしまうのだ。これではまるで受講生が偉くて、教えてくれるイントラさんが下のような印象を受けてしまう。あるいは通訳学校でのこと。生徒さんが「先ほど先生に○○と質問させていただいたんですが・・・」と言ってくることもある。授業中の質問は私自身、大歓迎なのでもっと自信を持ってバンバン聞いてきてほしい。だから「質問させていただく」などと小さくならなくても良いのにという印象を受ける。少なくとも通訳の現場に出ればスピーカーとの打ち合わせ時間は少ないので、手短にどんどん疑問点を解消しておく必要がある。「させていただく」と悠長に構えている余裕はない。 確かに「させていただく」には独特の響きがあり、以前テレビで歌舞伎役者が「○○の演目をやらせていただいたときは・・・」と話していたのを聞いて、「何て美しい話し方!」と思ったのも事実だ。でも乱発してしまうとしつこい感じがする。そうなると、やはり本来の「いたす」をうまく使い、必要に応じて「させていただく」も入れていけば良いのだろう。 以前ある会合で年配の女性が「お話申し上げます」「ご質問したいのですが」と述べていた。「申す」「お」「ご」などの謙譲語や丁寧語を上手に使いこなしていたのだ。あまりの素晴らしい使い方に聞きほれてしまったほど。以来、私も落ち着いてきちんとした日本語を話さなければと自分に言い聞かせている。 それにしても世の中、丁寧なのかぶっきらぼうなのかわからなくなってしまった。近くのスーパーの駐車場では出口の自動音声が「駐車券を矢印の方向に入れてください」と声高に唱える。「こういうときは『お入れください』でしょ!」とついツッコミを入れたくなるのは私だけだろうか? |
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| 2006年 7月28日(金) |
Hubbub from the Hub |
不可思議なる受動態
日本の英語教育では、「以下の英文を書き直せ」という問題が沢山あります。"a lot of"を"many"に書き直される小さなものから、"This is a pen. I use this pen every day."を"This is a pen that I use every day."にする文単位のものまで。その中でも典型的なのは、きっと受動態と能動態でしょう。"I took this picture."を"This picture was taken by me."にする、という手のもの。往々にして妙に不自然な文章が出来上がるのが常です。"This t-shirt is worn by me."とか"The TV in the living room was turned on by me."とか。本当は能動態と受動態には、それぞれを使う意味があるのですが、それを無視して単純な書き換え作業を強いているのでしょう。先日、通訳や言葉に興味を持っている友人と話しをしている時に、この能動態と受動態について話が盛り上がりました。それも、日本語の場合についてです。
英語でも受動態を使うことはよくあります。"I was astonished"とか"I was fired."とか。しかし日本語でも、結構よく使うんですね。しかも日本語の受動態は能動態に書き換えると、妙に不自然なのです。例えば「彼女にふられた」。一体何人の人が、「彼女が僕をふった」と言うでしょうか? 「財布を盗まれた」と言っても、「盗人が私の財布を盗んだ」とは言わないでしょう。日本語では物事の因果関係をぼやかしているようにも感じます。「AがBを引き起こした」とは言わずに、「Bが起こった」とだけ言う。すると、なんとなく日本の社会では物事が丸く収まるのです。
例えば通訳の局面を考えてみます。「注文の商品を送っていただきました」とは言っても、「御社が弊社に注文の商品を送りました」とは言いません。必ずしも「能動態」「受動態」と分けられる場面ばかりではないですが、日本語では「電車の中でハイヒールに踏まれた」のような「被動作主」の視点で語られる場合が非常に多いように感じます。
なぜ日本語ではこの様なことが起こるのか。本当に日本語ではこれらの文構造が英語より多いのか。詳細まで友人と話し合ったわけではありませんが、「より日本語らしい日本語」「より英語らしい英語」と心がけて通訳するには、こんな言葉の特徴も知らないより、知っているほうが役立つのかな、と感じました。 |
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| 2006年 7月27日(木) |
仙人 |
劣化する脳
目を休めようとゆっくりするつもりでいた今週、甥が遊びに来て結局、大忙し。帰り際、新幹線まで送っていって、ギリギリでホームを猛ダッシュすることになり、急いでいるわけでもないのに、どーしていつも、こういうギリギリのスケジュールにしてしまうのだろうと反省しました。私は、時間にルーズというわけでもないと思うのですが、飛行機や電車の時間を待つのがすごく嫌いらしく、国際線の飛行機でも乗り遅れたことは数限りなくあります。成田空港で「走れますか?」と聞かれて「もちろん!」と答えるのが当たり前、というタイプです。学生時代の貧乏旅行ならともかく、新製品発売の予算を取るための会議を手配して本社の偉い人たちを集めてプレゼンテーションすることになっていたのに、乗り遅れてしまったこともあります。バスが来ないと、待っていたほうが早いのはわかっているのに、次のバス停まで歩く。エレベーターも同じです。エスカレーターは必ず歩いて昇る。 「ぼんやり」するのは嫌いではないのですが、その際には「ぼんやりしよう!」と決めて、意識的にぼーっとしないとだめなので、それは「ぼんやりするという行為ではない」と言われたこともあります。にもかかわらず、時間の使い方の効率は悪く、もっとも無駄なのはウィンドウズに入っているゲームを何千回もしてしまうこと。 こういうペースで、まるで無駄に脳を動かしていると、最近話題の「脳の老化」みたいなのがすごく早い気がして、不安です。翻訳のほうが好き、と言っているのは、だんだん逐次通訳で3秒前の話の内容が「え、何でしたっけ?」になり、同通ブースに入ると集中力の持続時間が以前より極端に短くなっているように思えるので、通訳がしんどくなってきたせいもあるような。私より年齢が上で、通訳者としてバリバリ活躍されておられる方もたくさんおられるのですが、そういう方って、普段の生活が、もっと「おっとり」して「適切なスピード」だからでしょうか。あるいは「有益なことのためだけに」脳を動かしているから? KAT-TUNのメンバーにA型の血液型の子はいない、みたいな情報とかインプットしないんですよね、きっと。これ以上劣化させない方法を真剣に考えねば。 |
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| 2006年 7月26日(水) |
the apple of my eye |
鳩目と座金
アーシュラ・K. ル=グウィンのエッセイ集『ファンタジーと言葉』(岩波書店 2006年 青木由紀子訳) を読んでいたら、こんな行があって、ひっかかった。 ……つまり、鳩目を食べた時にフレッド叔父さんがどんな顔をしていたか、それを飲み下してから叔父さんが何と言ったか……
恥ずかしいことに、この「鳩目」って何なのか知らなかった。頭に浮かんだのは「鳩に豆鉄砲」というフレーズで、叔父さんが食べたというのだから、豆の一種だろうか、なんて思ってしまった。 そして数ページ先に、 ……別にフレッド (1980年に鳩目の食べすぎで死亡) には何の害もないし……
とあるので、やっぱり鳩目って何かの食べ物だけど、食べ過ぎると体には良くない種類のものだろう、と思った。 ところが、さらに数ページ先に、 ……そこでフレッドがいとこのジムとされて、鳩目の代わりに座金を食べるということになったとしても……
とあるので、今度は「おかしいぞ」と思った。恥ずかしながら「座金」も何だか知らなかったけれど、「金」なんて文字が食べ物の名前にあるかなぁ、と。 そこでようやく調べてみると、鳩目は衣類や靴に紐を通すためにあけた穴の周りにつける小さな金具のことで、「鳩目鑿」というもののことだそうだ。「ハトメ」と書くことも多い。「座金」はワッシャーのこと。 ええっ? フレッド叔父さんは、そんな金具の食べすぎで死んだの?
ちなみにル=グウィンのこの部分のエッセーの主旨は、フィクションとノンフィクションの違いについて、ノンフィクションと謳うからにはわずかでも「創作」が混入してはならないのではないか、という話だった。フレッドがジムに、鳩目が座金になるのは「創作」だ。
翻訳者の端くれとしてここで考えたのは、もしも私がこのエッセーを訳した場合、「鳩目」と「座金」をそのまま訳語として使用することに躊躇しなかっただろうか、ということだ。まず、こんな日本語も知らない私が無知なのだが、私のこの無知度は異常な無知なのか、割とありそうな無知なのか。異常な無知ならそれまでだが、仮に割とありそうな無知だったとしても、曲がりなりにもル=グウィンの素晴らしいエッセーを読もうとする者が、その程度の無知ではいけないのだろうか。仮に、訳者が無知な読者のためにとても親切に「鳩目」の別の訳語を探すとか、説明をつけるとかしようとした場合、どんな表現になるのだろうか。座金は「ワッシャー」でいいとしても、「鳩目」に言い換える言葉はないなぁ。いちいち脚注をつけるほどの難解な言葉でも重要な表現でもないし、かといってカッコで但し書きをつけては文体や文のリズムに影響を与えてしまう。ル=グウィン自身、同じ本に収録されている別のエッセーで、文のリズムは非常に重要だと言っているではないか。では、もしも鳩目や座金が「叔父さんが食べる」という文脈で登場しなければ、このままでいいだろうか……。そもそも、この程度の、文章の全体的な意味には影響がないような「ピンとこない言葉」ぐらいでは、一般の読者はいちいち引っかからず、さらっと流してしまうのではないか。例えば、『赤毛のアン』の村岡花子訳を読んだ子どもの頃、「グリーン・ゲイブルズ」も「緑の切妻屋根」も知らない言葉だったけど気にはしなかったように……。こんな言葉に引っかかってしまう者だけが、辞書なりインターネットなりで、その言葉を調べれば、問題は解決されるのではないか。
外国作家の日本語訳を読むと、往々にしてこういう事が気になってしまうようになった。良いことなのか悪いことなのか、良し悪しの問題ではないのか、その辺も定かではない。
この『ファンタジーと言葉』、素晴らしいエッセー集である。『ゲド戦記』がお好きな方、読んだことがある方、読んだことはないけれどジブリの映画を観た方、観ようと思っている方、『ゲド戦記』に全く興味がない方、すべてにお勧めしたい。
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| 2006年 7月25日(火) |
ガットパルド(gattopardo) |
パリのおはなし その3
コーヒーという飲み物。 パリで、この液体を、もう、何百杯、のんだだろう。 なんでこんなにたくさんコーヒーを飲むか。パリに限った話をすれば、理由は単純で、水を頼むより安いからだ。 私は、コーヒーよりむしろお茶のほうが好きだし、パリでそのむかし生活していた頃も、べつにコーヒーがとくに美味しいと感じた記憶はなく、それよりあとにイタリアとのつきあいが始まって、イタリア式のエスプレッソを飲んではじめて「すんごく美味しい。」という感慨にひたった。 パリのコーヒーがまずいとは言わないまでも、なんだか味に妙なクセがあるのは、水のせい、と言われているけど、その真偽はわからない。ただ、パリのコーヒーにはたしかにパリのコーヒーの味と匂いがあって、どういうわけだか、それがあの町の空気にいちばん似合う。 ちゃんとしたレストランでの食事の締めのコーヒーなら、それなりの高価な器にやっぱりそれなりのスプーンが添えられて供されるが、町のなかのカフェでは、けっこうりっぱな店構えのカフェでも「スプーンがチャチ」である。日本の百円ショップで5本束になって売ってるようなクオリティのものだ。 初めてパリでコーヒーを飲んだのは、忘れもしない左岸6区の、ビュシー通りの角にあるカフェ。そこでこのスプーンに対面したときには正直、ショックだった。東京の喫茶店だって、もうちょっと食器に見栄を張らせるもんなのに。 この、よく言えば飾り気のなさ、わるく言えば「何度盗まれても、床に落ちて踏まれて使いものにならなくなっても、コストにひびかないように」と言ってるかのような、商魂のたくましさ。もうちょっと、しゃれっ気はないのか、しゃれっ気は! と言いたくなったのだけどね。 しかし、これも慣れてくると、あの小さなカップの中で液体をかき混ぜるとき「このスプーン」だから出せる「音」というのがあって、それが妙に耳に心地よくなってくる。「住めば都」「ブスな女房にも3日で慣れる」「噛めば噛むほど味が出る」・・・等々の名言格言に通ずるものアリ。 しかし、このテの「チャチなもの」になぜか魅力がにじみ出てきてしまう現象は、やはりパリ独特・・・と思う。 そのむかし、フランス映画の女優さんたちの服の着こなし、小物やアクセサリーを効かせて全体をぐっと粋に仕上げるあのファッションセンスは、どうやって磨くのだろう、と不思議に思い、「たぶん、もともと売ってるモノの質が高いに違いない。」と安直に想像していた。が、実際に、一般的な価格帯の店を2年間の滞在中とその後20回を越える旅行のたびに、星の数ほど見て回ったけれど、品物の作りそのものは、じつに簡単なものが多い。 それなのに、なぜセンスよく見えてしまうのだろう。 コツは、「軽さ」のような気がする。 分析すれば、商品の外観を構成するファクターとして、色・形状・質感があるわけだが、デザインした人が「あまり悩んでいない」気がするのだ。もちろん、どんな商品にも、紆余曲折、試行錯誤に市場調査、経験と鍛練・・・などなど、出来上がって店に並ぶまでのストーリーがあるわけだけど、「最後の決断では、あっさりしている」のが、いわゆる「パリ・テイスト」なんじゃないか・・・という気がする。 誤解を恐れずに言えば、ただの「都会の軽薄さ」だ。人間の魂のあり方とは、本質的に関係のない「外見の文化」である。ただ、それをここまで徹底して洗練させた町は、世界にパリしかない。 その徹底した軽薄さの象徴が、あの、チャリチャリ言うコーヒースプーンの音なのか・・・とも思う。 ローマやナポリでは、違うスプーンが、違う音を立てる。人間も、違う目をしている。 そろそろ、パリを離れて別のことを想いましょう。
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| 2006年 7月24日(月) |
かの |
伝える努力
息子の5歳の誕生日まであと3週間弱。ここのところ息子は「お誕生日プレゼントに○○ほしいな〜」とか「△△もいいなあ・・・」と色々考えては私にリクエストしてくる。ハムスターやプラレール、新幹線のミニチュアなどなど、様々なアイテムがリストに上がってきた。当然、すべて買えるわけはないのだけれど・・・。 そしてここ数週間、絞り込まれてきたのは「今もっている電車用のお遊びレール」と「貨物列車」。息子はダイキャストスケールモデルの電車シリーズが大好き。私たち夫婦はむやみやたらにおもちゃを買わないほうだが、それでもここ数年、電車モデルは何点かに増えてきたのである。そこで息子は商品パッケージに入っていたカタログに赤丸をつけ、「これ!これが欲しいの。お誕生日に買ってね」と言っていたのだ。 ところがある朝、起きてみるとそのカタログがない。いくら探しても見当たらず、息子は大泣き。おもちゃ箱の中にも布団の下にもない。朝の忙しいときに「ない、ない〜!」と泣かれて私もほとほと困り果ててしまった。すると洗濯機の中にぼろぼろになったカタログが・・・。どうやら息子がパジャマの胸ポケットに大切にしまってそのまま洗濯してしまったようだ。ヤレヤレ、夫もよくパスネットを胸ポケットから取り出し忘れて洗濯してしまうし・・・。パスネットは無傷で済むが、今回は紙製カタログだったので再生不能となってしまった。 うーん、ここで息子は大号泣なるか・・・と思ったが、何と「ボク、自分で書く!」と言う。そしてやおら「ひらがな表」をテーブルの上に置き、紙に「おあそびれえる と かもつれっしゃ」と書いていた。その姿を見て私はコミュニケーションについて考えさせられたのである(すぐ自分の仕事に結びつけるあたり、職業病でもあるのだが)。 「伝えるために文字を使う」という、大人にとってはしごく当たり前の行為を息子は必死になってやっていた。買ってもらいたいプレゼントを両親に伝えるために、文字を書くという、まだ不慣れな作業を積極的に行っていた。これぞ「相手に伝えるための努力」なのだと思う。英語を学ぶのも、ここが大事なのだろう。ただしゃべれるだけでは意味がないし、他人と比べて自分は英語が出来るか出来ないかを測るためのものでもない。「何かを伝えたい」という思い。これを実現してくれるのが「言葉」なのだと思う。 |
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| 2006年 7月21日(金) |
Hubbub from the Hub |
出発の時
今年の2月に日本へ戻ってきてから既に5ヶ月半。あっという間に時は流れ、アメリカへ戻る日となりました。思えば2月上旬に帰国した翌日の朝8時から通訳でした。5ヵ月半の間には建築、建機メーカー、放送、エアロビクス研修、ナノテク、新素材、ラテンアメリカ経済統合、宇宙開発、製薬等など、数々のお仕事の機会を頂きました。またHiCareerのオフ会にも招待していただき、そこでは他のメンバーの方たちと楽しい時を過ごしました。母校での通訳講座も4月に始まり、そこでは約60名の学生と楽しい授業を(学生にとっては辛かったかも知れませんが)行いました。かなりの稼働率で5ヵ月半を過ごしましたが、ここでそのペースが少し変わります。
とりあえず今日アメリカへ。2日ボストンのアパートに滞在した後、フランスへ向かいます。10日間をリヨンですごした後にボストンへ戻り、翌日からはフロリダへ。ディズニーワールドで3泊しながら、リラックスしてまいります。その後は約17時間かけてトラックを運転し、ボストンからミシガンへ大移動。8月下旬からAcademicな生活が再開します。
ミシガンでは大学院に在籍して研究を行いながら、"America in the World"という大学の授業を教えます。まだ構想段階ですが、日本だけでなく、他のアジア諸国やヨーロッパなどからの見地を紹介しつつ、「アメリカとは何ぞや?」という疑問を学生と解いてまいります。
現地でも通訳はもちろん続行。頻度は下がりますが、前回のアメリカ滞在でもオハイオやアトランタなど、各地で業務を行いました。広大な国土の中での移動は大変ですが、豊富な経験が出来ればと思います。
次の帰国は12月末。その頃のミシガンは氷点下20度に近い世界です。暖かい日本への里帰りがきっと楽しみなはずです。
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| 2006年 7月20日(木) |
仙人 |
大切なお道具
先週テンナイン5周年まつりを楽しんだあと(みなさん、本当にありがとうございました)、とっても豊かな気分で電車に乗り、家までの遠い道のりをリーディング用の本に没頭することにしました。 その前週、使っていたコンタクトレンズが目の中で割れ、あきらかに目に傷がついているにもかかわらず、忙しかったので新しいのを買いにも行かず、昔使っていたものを急場しのぎと言い訳しながらそのまま使って、ずっと眼球が痛いなあという感覚がありました。帰り道、おもしろい本だったので、細かい字を夢中で追い続け、なんだか目が疲れたな、と思って帰宅するなりコンタクトをはずしたら、目から何かがはがれる感覚……。目を閉じても涙が止まらず、翌朝お医者さんに駆け込んだら、よくまあこんなになるまで、放っておきましたね、眼球の表面全体がヤスリでこすったみたいになってますよ、と写真まで見せられました。白く細かい点が一面に――ええ見えます。眼球の形も変わったりしますが、コンタクト自体が変形しているような、何年前のを使いました――へへ、実はもう記憶もないほど遠い昔のですが、急場しのぎということで。そうやって1週間以上使ったわけですね? というわけで、毎日何よりも熱心だったプール通いも、傷ついた角膜にばい菌が入る可能性があるとかで、厳禁。そして、コンピュータに向かうこともやめてください(先生、ごめんなさい――ちゃんと意識してまばたきしてますから)と、結構大変なことに。夏休みスケジュールを組み替え、この機会に少し仕事はゆっくりすることにしたものの、リーディングの予定まで狂うし、目をいかに酷使しているかを改めて思い知りました。薬局で薬剤師さんに、目薬ってみなさん二日ぐらいはきちんと使われるんですけど、その後忘れちゃうんです、でもきちんと治そうと思ったら、必ず1週間、使い切るまで点眼してくださいね、と言われました。お見通しだあ。 大事にします、はい。 |
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| 2006年 7月19日(水) |
the apple of my eye |
邂逅
普段はかなり引きこもり系の生活をしている私だが、ここ2週間ほどは、人と会うことが多かった。 1つは、会社員時代に留学生として派遣された米国で机を並べた、もとい、共にゴルフに興じた、企業留学生仲間たちとの同窓会。帰国後、私たちはロンドンに、香港に、シンガポールに、台湾にと派遣され、国内組もしょっちゅうあちこちへの出張があり、なかなか全員が一堂に会することはない。今回も数名が欠けはしたが、すれ違いが続いて会うのは15年ぶりという組み合わせあり、留学時期が若干ずれたために初顔合わせという組み合わせもあり、有意義な一席だった。当時は20代後半から30代が中心だったメンバーも、今では皆さん体型は丸く、頭は白く/薄くなり、貫禄充分な管理職ばかりの集まりになった。 最初の行き先はワシントンDC近く、次にテキサス州、その後はミシシッピ州と、英語を勉強しに行ったはずなのにどんどん訛りのきつい地方へ送られるという変わったコースだったこと、ホームステイ先にモルモン教家庭が多くてスモーカーが多い日本人会社員には試練だったこと、交通手段としてあてがわれた米国製自動車の燃費の悪かったことなど、思い出話は尽きない。 メンバーの中で私は最年少、しかも数少ない女性だったので、生意気でどうしようもなかったけれど皆さんが我慢して付き合ってくださって、今さらながらに「お前は本当にひどかったなぁ」と大笑いされた。もしも同じ会社内だったら、こんな風にタメ口を利けないくらいエライ面々なんだろうなと思いつつ、実に有り難い「仲間」に感謝である。
もう1つは、息子を通して知り合った近所のお父さんから、幼なじみの結婚式で長年の友人であるハワイ在住米国人が来日するので英語でのメールのやり取りを手伝って欲しいと頼まれた縁で、いよいよ来日したそのスコットという米国人との食事に招かれた。私以外はほとんど誰も英語を話さないので、ふぐ料理につられた通訳、というところだが。私の英語に妙なアクセントが入り混じっているため、どこで英語を勉強したとスコットが聞く。ミシシッピ州とロンドンだと答えたら、自分はミシシッピ出身だと言う。私がいたのは Hattiesburg という小さな町だと言うと、俺は隣の Biloxi だと。あまりにローカルな地名が出て、お互い大喜びした。いやぁ、Hattiesburg の地名を出して知っていると答えた Hattiesburg 住民以外の米国人に初めて会った。だが向こうもきっと、Biloxi なんて地名を知ってると答えた日本人に初めて会ったのでは。昨年のハリケーン・カトリーナでは、親類宅が被害に遭ったがみんな命は無事でよかったとのこと。あれがもう1年も前のこととは。かなり意気投合したので、ハワイに行く機会があったらスコットが面倒を見てくれるそうだ。ほんとかなー。
それからブログのお仲間かのさんも書かれていた、テンナインの5周年記念パーティ。引きこもり系の翻訳者としては、同業者にお会いする機会もそうはなく、ひょんな縁でお知り合いになれた翻訳者さんや、ブログのお仲間との再会、そして実は初めて直にお会いする方が多かった、テンナインのスタッフの皆さんにお会いできて、とても楽しい、有意義な時間を過ごさせていただいた。ただ、会場でお見かけする顔が、ハイキャリアの『AKKOのプロに聞く』でお写真を拝見しただけの方なのか、どこかでお知り合いになれた方なのか、時々判らなくなったりも……。めったに出向かない表参道なんて華やかな場所に出てくるだけで、ドキドキするし。記念のマグカップ、息子のシッターを引き受けてくれた近所のママ友だちに1つプレゼントしたら喜ばれた。
そして最後は、会社員時代の先輩に誘われて時々行く、銀座のライオン音楽ビヤプラザ。ここは、藤原歌劇団などクラシックの実力派歌手やバイオリニストが毎日交替で出演する、知る人ぞ知る場所。ビールをいただきながらでは申し訳ないほど上質の音楽を生で聴くことができる。先輩が出演者のお1人に師事しているため、ステージが跳ねた後も、その先生や他の出演者の方たちとのお話に花が咲く。純粋に音楽だけを志して生きていくってどんな感じなのだろうと思ってみたり、非常に専門的な音楽談義を拝聴したり、自分とは違う世界の人と触れ合うというのは楽しいものだ。クラシック歌手の皆さんは、どんな猛暑の中でも喉のために自宅で冷房を使わないそうだ。少なくとも、夜、寝る時には絶対に。そのプロ魂、敬服するばかりである。
翻訳という仕事、普段は原文と辞書と資料とパソコン画面だけがお友だちである。 しかし、人生にも職業上もそれだけではやはりダメ。ここ数年は意識的に外出したり、様々な人と交流することを心掛けている。
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| 2006年 7月18日(火) |
ガットパルド(gattopardo) |
パリのおはなし その2
今日は、本屋のことを書こうと思います。 なにをかくそう、私は、東京ではめったに本屋には行かない。 言葉が商売道具なのに、本はあまり読まない。活字中毒でもない。・・・いや、「あまり読まない」というのは正しくない。日本語、外国語を問わず、いつもなにかしら読んではいるのだが、ただでさえ遅読、しかも、外国語の本を読むときは辞書片手なので、さらにスピードが遅くなる。つまり、一冊を読みきるのにおそろしく時間がかかる人間で、したがって、めったに書店に行かなくても、継続して読む本は足りている、ということなのだ。 もうひとつ、私は、基本的に日本の本屋はきらいである。 日本の、本の出版事情そのものに疑問を抱いている。本がありすぎる。一冊の本が、実用書であれなんであれ、ある厳選された良質の情報のまとまりだとすれば、レベルの高いもの、長い期間生活や勉強の役に立つものは、そうそう簡単には出版できないはずなのだ。かりに書き手が溢れていたとしても、それならばなおのこと、競争に勝ち残ったすぐれた書き手のものを出版すべきであって、そうではなくただ単に書き手の数に比例して書数が増えるというのであれば、これは業界としてレベルが高いとは言い難い。 しかも、古今東西の名作と誰もが認めるすぐれた文学作品などが、販売数が伸びないという理由だけで安易に絶版になってしまう。落胆のきわみである。 前置きが長くなったが、ヨーロッパの本屋は、日本よりずっと楽しい。まあ、若者の活字離れは、おそらく世界的な現象だろうし、こちらは旅行者だから、楽観的に外国の本屋で興奮していられるだけの話かもしれないが。 パリにも、東京のようなマンモス書店もあることはあるが、まだまだ小規模・中規模店舗が主流で、店の個性が明確なところがいい。カルティエ・ラタンでは、ソルボンヌ大学のそれぞれの学部の建物の近くに、当然のことながらそれぞれの専門書を扱う店があり、ふらりと立ち寄って背表紙をみるだけでも十分おもしろい。 今回は、語学書専門店でラテン語の辞書を買ってみた。図解が豊富で、ぱらぱらとめくっているだけで古い古いヨーロッパ文化の精髄が体に自然にしみ込んでくるような気分になって、妙にうれしい。 しかし、この語学書の店では、東京よろしく「ビジネス英語」に関する本だけでワンフロアがぎっしりで、これには少々辟易した。 もうひとつ、バスティーユ・オペラの近く、ボーマルシェ通りにある楽器店で、オペラの楽譜も買ってみた。イタリアオペラの譜面で、出版元もイタリアだから、ミラノに行って買ったほうが安いかも、と思ったが、とりあえず急ぎ必要なものだったので、即購入。ピアノから金管・木管楽器、エレキギターにシンセサイザー、なんでもござれの大店舗である。その2階フロアのかたすみに、乱雑な並べ方で分厚いオペラのスコアが置かれている。一見、珍重されていないかのように見えるが、どれを見ても汚れの少ないきれいな状態の本で、しかも「あれ?××××は置いてないの?」というような間抜けな欠品はなかったので、つねにひととおりのものが回転している、ということなんだろう。 フランスらしい・・・と感じたのは、なみいるイタリアオペラの譜面は、一作品に一冊ずつ、きちんと品ぞろえはしてあった。が、メリメ原作・ビゼー作曲の「カルメン」の譜面だけは、いくつかの演奏バージョンがあるものがすべて揃い、棚の一角を占領して、誇らしげに色とりどり、数種類の背表紙がこちらを向いて並んでいたことだ。どれか一冊「カルメン」も買って帰ろうかと思ったが、差し当たり必要ないし、連日の買い物でスーツケースの制限重量がそろそろ気になりはじめていたので、やめた。 インターネットで世界中の本やCDを購入できる時代になったが、直接店に入って、ふと目に留まった背表紙の本を書棚から引っ張り出し、黄色くなったページをめくりながら「あんた、いつから売れ残ってるのよ?」などと、こっそり本に言葉をかける。時間にゆとりのある、旅行中ならではの楽しみだ。 そして数日後帰国してから、不在中に受信していたメールのチェック。 以前、発音指導をしたことがあるソプラノ歌手の友人から久しぶりの連絡が入っていた:「ガットちゃん、帰ってきたかしら? じつはあなたの留守中に、来年の舞台の話がひとつ決まりました、なんと『カルメン』で、フラスキータの役がもらえたんです! また、発音指導、お願いできる? よろしく!」 ・・・ああ、楽譜、現地価格で買ってくればよかった・・・! それとも「旅のあいだは仕事をわすれて、のびのびと!」のポリシーをついに撤回し、パソコン持ち歩け、ってことなのかもね。 こういう後悔は、どの旅のあとにも必ず起こるものだけど、それすらも、あの楽器店の書棚の薄暗い一角を私の脳裏によみがえらせ、一瞬のよろこびを与えてくれるものなのです。 次週はなにを思い出しましょうか・・・。 |
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| 2006年 7月17日(月) |
かの |
Happy Fifth Birthday!
猛暑続きの先週金曜日、テンナインの5周年パーティーにお招きいただいた。場所は表参道近くのオシャレなカフェ。おいしいお料理にヨーヨーすくい、輪投げやビンゴなど、イベント満載の楽しいパーティーだった。 80名以上の登録スタッフがこの日は集まり、会場はとても華やいだ雰囲気。通訳者というのは仕事でパートナーを組んでも、皆さん多忙の身で普段はなかなかゆっくりお話できない。でもこの日ばかりは沢山語り合うことができた。通訳学校で毎週お会いしていた先生仲間が実はテンナインの登録者だったり、私がフリーでデビューした頃、展示会でよくご一緒した方と久しぶりにお会いできたりと、嬉しい再会もあった。そして、何と同じ高校の同窓生で現在ロンドン在住の友人にも21年ぶりに会うことができた。登録スタッフ誰もがテンナインの5周年を心から喜んでいる様子だった。 フリーで稼動する通訳者は複数のエージェントに登録するのが一般的。しかし今やメールや電話でのやりとりが主流となり、エージェントの経営者や社員の方と直接お会いすることはほとんどない。そのような中、テンナインがこうしてあえて場所と時間を設けたことを見ても、どれだけ登録スタッフを大切にしているかがわかる。通訳者とエージェントとの関係というのは一般的に見ると「通訳者が業務を依頼され、通訳をし、通訳料を頂く」というものだろう。でもこうして一人一人を大事にしているエージェントとの間には信頼関係も強固になる。そして自分が単なるアウトソーシング先ではなく、同じテンナインの一員としてできるかぎり頑張ろうという気持ちになってくるのである。 以前、とある人から「通訳学校で教えているの?ならば自分の将来的なライバルを育てているわけでしょ。複雑な気持ちにならない?」と聞かれたことがあった。そういう見方も確かにあるかもしれない。でも工藤社長がパーティーの挨拶でおっしゃったように、「相手にメッセージを伝えること」がテンナインの使命であり、それは私たち通訳者も共有すべき任務だと私は思う。ならばその企業理念に少しでも応えられるよう努力していきたいし、一日も早くそうしたお手伝いをできるような通訳者が私の教え子の中から誕生してほしいと思う。 ちなみに我が家の長男も2001年夏の生まれ。もうすぐテンナインと同じく5歳の誕生日を迎える。 |
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| 2006年 7月14日(金) |
Hubbub from the Hub |
学生の成長
母校で行っていた4月から7月までの期間限定通訳講座が終了しました。最初は100人を越える学生が集まった授業も、最後まで頑張った学生は40名弱。レポートは2つ、毎週単語テスト、そして毎週新しい教材を使うので、その事前準備があり、最後には期末テストが待っている、という非常に厳しい授業でありました。「通訳入門」というタイトルは名ばかりで、実際は「通訳入門応用編」や”Introduction to very advanced interpreting”という授業名がより似合いそうな授業でした。しかしその中で努力をしてきた学生は、確実に実力をつけました。
40名弱の学生の中には、これまでいくつもの通訳講座を履修し、新しい講座が作られたということで、私の授業を履修した学生がいました。これらの学生はすでに2年〜3年、もしくはそれ以上の学習経験を持っていますので、同時通訳も逐次通訳も、非常にスムーズにこなしていました。それとは逆に全く初めて通訳トレーニングを受ける、という学生もいました。そういった学生にとっては、いきなり厳しい授業で辛い思いをさせてしまったかもしれませんが、通訳の厳しさと達成感を味わってもらえたかもしれません。
講座を教えながら通訳人気の低下を何となく感じていましたが、このところは通訳を目指す学生たちの中でも「どうやったら通訳になれるか」という明確な道筋が理解されていないことに気付きました。これは学生側のミスではなく、教える側の落ち度かもしれません。「民間の通訳学校に通うべきなのか?」「勉強だけしていれば、仕事は回ってくるのか?」「どうすればデビューできるのか?」「いきなりフリーになれるのか?」などなど、我々通訳者にとっては「当たり前のこと」だからこそ、学生に伝え忘れてしまっているのかもしれません。通訳者を目指すとしたら、通常の就職活動をするわけではありません。自分に合った民間スクールがあればそこに通うのも案でしょうし、一部の大学のように講座が確立されていれば、そこで十分なトレーニングを受けることも可能です。何らかの形で通訳の世界に自分で飛び込まなければ、いくら勉強をしても機会は訪れません。
今回の講座では通訳講座は初めてだけれども、非常に勉強熱心で大きな成長を遂げた学生がいました。もしもその学生が通訳の勉強を継続し、十分な実力を養い、卒業を控えた時になって「やはり自分は通訳者になりたい!」と強く思ったとき、夢にチャレンジできる環境だけは整えなければ、と感じました。
その学生との会話の中で、「才能」と「努力」の話が出ました。現実として入門者用のお仕事が大量発生する時期に、自分が入門者であると、非常にラッキーかもしれません。私も放送通訳の需要が一時的に高まった時に放送通訳のお手伝いをさせていただき、それ以来会議だけでなく、放送もお手伝いをしております。非常に幸運なタイミングでした。しかし「才能」はあれば有利だけれど、結局「努力」かな、と感じました。毎日全く違った分野に対応するには、「才能」だけでは不十分でしょう。どんなに美しい英語と日本語が話せても、「相手を理解しよう」という気持ちが無ければいい通訳はできません。ですから学生たちが「自分には才能が無いのだろうか?」と疑問に思った時、「いや、必要なのは才能ではなく、努力だ」と思い直させるような教え方も大切でしょう。
教えることは本当に難しい。しかし数ヶ月前にはリピーティングでつまずいた学生たちが、同時通訳(もしくは「同通らしきもの」)をしている姿を見て、とても嬉しくなりました。
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| 2006年 7月13日(木) |
仙人 |
好きなことと得意なこと
先週に続いて、好き嫌いの話で恐縮ですが、自分の好き嫌いをしっかり認識するのは仕事をする上でとても大事だと思っています。 昔、勤務した会社で、あることを「無理です」と言ったら、「君のやる気がないからできないのか、やることの労力と予想しうる成果を比べて、実行することが無意味だと思うから、やってみないのか、どちらだ?」と聞かれて、「こんなの嫌いだからやりたくない」と答え、「よろしい、今の言葉を忘れるな」と言われたことがあります。不可能とは、おおむね私がやりたくないだけのことである。そういう教訓でした。私が不得意だと自分で思っていることは、ただ嫌いなだけ、のことであるようです。 日本語の曖昧さは叙情的なすばらしさを作る一方、主語が不明確で”I like it”を「いいですね」としたり、”I don’t want to do this”を「無理」で片付けたりします。他人に対して波風を立てないのはいいのですが、自分のこともごまかしてしまいがち。主語のないことの問題点は、物事を一般化して「みんなが」できないはず、みたいなニュアンスを持たせることで、好き嫌いのすり替えをすることだと思います。本当の原因から目をそらすのが簡単なのです。私はこれが嫌いと認識することで、手抜きの正当化や、努力をしないことの逃げの口実をなくせるのではないかと、少なくとも私は思っています。 それで、訳していておもしろくないなあと思うとき(って実は、結構多いんですよね)は、見直しの回数を多くするなど、気をつけて、と自分に言い聞かせるようにしています。すると、結構ほめていただくことになって、同じ分野の訳を続けていただき、そのうちに「得意」分野になっていたりします。そして、思いもかけない分野が「得意」とされてしまって、それはそれで悩んだりもする今日この頃なのでした。 |
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| 2006年 7月11日(火) |
the apple of my eye |
さすが Zidane
サッカーのワールドカップ・ドイツ大会が終わったが、フランスのジネディーヌ・ジダンの一発退場について、ヨーロッパ中がまだまだ騒然としたままのようだ。 \t 英国のThe Times 紙は、11日付のスポーツ面で ” Read my lips: the taunt that made Zidane snap Our correspondent finds out what may have caused a great player to lose his head in such spectacular style” という見出しで、ジダンが自制心を失った (lose his head) 理由、つまり頭突きを食らったイタリアのマテラッツィが何を言ったのかについて、詳しく報道している。また、ジダンがその輝かしいキャリアの中で実は14回も一発退場 (has been sent off) を食らっていること、その回数が悪名高いイギリスのサッカー選手ヴィニー・ジョーンズよりも2回多いことを、時系列順にジダンの退場暦を添えて、ため息混じりに伝えている。 うーん、ヴィニーよりひどいとは。ヴィニーはサッカーを引退した後、ガイ・リッチー監督の『ロック・ストック&ツー・スモーキング・バレルズ』に出演し、以来、コワモテ俳優の道まっしぐらだ。
ところで英語の新聞の見出しって結構好きなのだ。色々な表現や言い回しがあって、結構勉強になる。 たとえば、「レッドカードをもらう」が、the red mist descends という言い方をするらしい。 上記の見出しでも、snap とは面白い言い方だ。昔の「プッツン」、今の「キレる」に通じるものがある。 lose one's ~ も色んな表現が出来る言葉。lose one's mind なら「我を忘れる」だし、lose one's hair は「ハゲる」もあるけど「ひどく心配する」という意味も。lose one's heart は「恋に落ちる」、lose one's looks で「容色が衰える」(嫌な言葉!)、lose one's nerve で「怖気づく」、などなど。 “Read my lips” も、懐かしいフレーズだ。これ、91年ごろにアメリカのパパ・ブッシュ大統領が、国の財政悪化を解消するために増税するのではと噂され、何度も記者たちに同じ質問をされたことに逆切れして発したフレーズだ。 “Read my lips, No new taxes!” まあ、このシーンがその後何度テレビでくり返し放送されたことか。
話が逸れたが、ジダンが何を言われたかについては、メディア各社が読唇術の専門家を呼ぶなどして分析を試みている。 BBC などによると、マテラッツィは何と、You are a son of a terrorist whore! と言ったらしい。これが本当だとすると、相当ヒドイ侮辱である。ジダンの両親はアルジェリア出身の移民で、ジズー(ジダンの愛称)はマルセイユの貧しい地域で、貧しい家庭に育った。北アフリカとはいえアラブ系の人に「テロリスト」、さらに母親のことを「売春婦」と罵ったのだから、二重の侮辱とも言える。日本人にはピンと来にくいが、アラブ系の人に対してこれは挑発しているといわれても仕方がない部類の発言だ 一方、世界の敵役になりつつあるマテラッツィの方は「テロリストという言葉を使いもしなければ、お母さんについても何も言っていない。私にとって母親とは神聖な存在だから。侮辱したのは認める。しかしそれはピッチではしょっちゅう聞かれる類の言葉だ」と弁解モード。 でもね、"I'm ignorant. I don't even know what the word means." って、それは言いすぎじゃないの。今の世の中、「テロリスト」という単語を知らない大人がいるとは思えない。この発言で、「あ、コイツは嘘ついてるな」と思ってしまう。 ところでマテラッツィは何語でそれを言ったのだろう。イタリア語? フランス語? 英語?
フランスの各紙も最初は "A final and odious headbutt. We were left speechless by such stupidity" (フィガロ紙) "How could this happen to a man like you?" (レキップ紙) と、驚きと落胆を隠さない調子だったが、マテラッツィの発言内容が報じられ始めるにつれて、ジダンの肩を持つ論調に変わりつつあるらしい。
FIFA もこの騒ぎをほうっておくことは出来ないだろう。 ジダンの頭突きを、その瞬間に主審 (referee) は見ていなかったのに、第4審判 (the fourth official) が主審に報告したため、この第4審判がビデオを再生したのを見て行動したのではないかという非難も起こっているし(サッカーにビデオ判定はない、とFIFA は全面否定)。
それにしても勝っても負けてもファンやメディアを大騒ぎさせるなんて、ジダン、恐るべし。
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| 2006年 7月11日(火) |
ガットパルド(gattopardo) |
パリのおはなし
このブログを読んでいる人たちのなかには、パリになんかとくに興味がない人だっているんだよなあ・・・と思いつつも、このあと数週はこのトピックスでいきます、興味のないみなさん、すみませんが、おゆるしを。 シャルル・ド・ゴール空港に降り立つたびに感じるのは、パリには、強烈に「パリの匂い」がある、ということだ。ムカシムカ〜シの「望郷」というフランス映画で、ジャン・ギャバン演じる主人公が、一目ぼれしたパリ出身の美女を賛えるセリフで「メトロの匂いがする」というのがあるけれど、あのきもち、なんとなくわかる。その正体はつまるところ、日々の生活の営みの中にしみ込んでいる雑多な匂いのミックス、けして高尚なものではないのに、同時に手が届きそうで届かないものの象徴のような、体の芯を刺激するような、そんな複雑な匂いである。 ヨーロッパの都会には、かならずその町だけの匂いがある。ロンドンにはロンドンの、ローマにはローマの、そこにしかない匂いが。じつは東京にもそれはちゃんとあり、旅から帰って成田空港に降りると、すでにそこは東京の匂いに満ちている。これはこれで、なつかしいというか、なじみがある匂いというか、ある種の感興を一瞬そそられるけど、ヨーロッパの町々のそれに比べると、悲しいかな、妙に色気にとぼしい。 町は五感で楽しむものだ、と、パリにいると実感する。 まず、匂い。そして、音。大通りを行き交う車の騒音はけして耳に心地いいものとは言えないが、石畳の上をタイヤが転がるあの不思議にアルカイックな響きは、東京ではどうしたって味わえない。パリにいるのだ・・・という気分がこんな折りにさらに強まる。町のどこにいたって、まず聞こえてくるのはフランス語。「発音フェチ」の私には、現地人のフランス語で朝から晩まで音声を聞いていられるのは、まずもって喜びである。もちろん、地方出身者の奇妙な発音、アメリカ人観光客が無理してしゃべるカタコトのフランス語の、けったいな発音がそこに混じることだってある。一興かな。 カフェの騒音。日本の喫茶店にくらべ、圧倒的にテーブルとテーブルの間の空間がせまく、人口密度が高いので、アンド、軽い食事をする客達は当然のことながらみなナイフ・フォークを使うので、それらが強烈にガチャガチャいう音が、どの店でも自然にBGMだ。その背景の音を真っ二つに切り裂くように、ときおり、ギャルソンの「いま行きます、お待ちを!!」という叫び声が響く。 味覚。パリでしか味わえないもの、まず、カフェのコーヒー。美味しいものも、美味しくないものもある。わたし個人は、フランスのコーヒーよりイタリアのコーヒーのほうがずっと美味しい、と思う。でも、パリにはパリの・・・石灰分の多いまず〜い水で入れた、あのエスプレッソの味が似合うのだ。パンの味。防腐剤の入っていない、朝市で買うチーズの味。ワンカップ大関みたいなノリの、プラスチックのミニボトルに入ってスーパーのレジの近くで売ってる、白ワインの味。ふつうのジュースの倍の値段のする、オレンジといちごを混ぜたフレッシュジュースの味。豚肉を煮込んでペースト状にしてある、リエットの味。どこで飲んでも絶対においしかったことのない、紅茶の味・・・。 目で見る喜びはむしろ、最後の最後でいい。 体の他の器官が感じ取る悦びにくらべ、視覚的な喜びは、あまりに通俗的だ。あるいは、視覚的な刺激は、そこに香りや音声が伴ったとき、その価値を何倍も豊かに発揮するものなのかも知れない。 それらがすべて細かく何本もの鎖のようにつながって、ひとつの町の美として迫ってくる。煩悩渦巻く街路から逃れようと、街角の小さな教会の門をくぐって中に入っても、その空気は外部から遮断されているようでいて、やはり小窓から差し込む光に外の香りの断片を反射させている。ステンドグラスまでもが、聖俗を融合させるフィルターの役割をする。 散歩に疲れた脚をしばし休めようと、広場の噴水のわきに日陰をみつけて腰掛ける。カメラを体のわきに置く。手に伝わるのは、東京にはない、ざらざらとした石の台座の感触だ。何十年前から、いや、何百年前から、この石はここにあるのだろう、と思う。 手のひらまでも感覚を研ぎ澄ます、旅の瞬間です。
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| 2006年 7月10日(月) |
かの |
トクな性格は誰?
朝は一日のスタート。そんなわけで、朝はなるべく機嫌よく、攻めの姿勢で家事をテキパキこなして一日に備えたいというのが私の本音だ。 ところが朝に限ってゴキゲン斜めの人物が若干一名、我が家にはいる。息子である。もうすぐ5歳になる息子は、なぜか起き抜けの機嫌が悪い。悪いというか、ものすごーく悪い。3歳の妹がニコニコしながら起きてくるのとは逆に、息子は眠そうにムスッとして起きてくる。そんなに眠いのならもっと寝ていれば良いのにと思うのだが、自発的に起きてきても眉間にしわが寄っている状態。ちょっとしたことでもすぐフガフガしてしまう。 思えば、こと息子の睡眠に関してはバトルの連続だった。生まれたときから1歳3ヶ月までほぼ1時間おきの夜泣き。私はその1年3ヶ月間、通しで3時間以上睡眠をとったことが一度もない。当然、私もおかしくなってしまった経験すらある。その後もお昼寝がうまく出来ず、夜の寝かしつけも難航し、「息子は睡眠そのものと相性が悪いのかなあ」と思ったほどだ。 だから今の起き抜けの悪さも「そういうもの」として息子をありのまま受け入れてあげるべきなのだろう。でもそこは私の器の狭さで、「どーしてもっとキゲン良く起きられないの?」という前提がある。だから私も一緒になって不機嫌になり、朝からガミガミかーさんになってしまうのである。 でも考えてみると、家族それぞれ個性があり、その個性が一つ屋根の下で共存しているのだから、それ自体すごいことだと思う。共同生活を営んでいる以上、個性のぶつかり合いもあるし、その一方で家族ならではの喜びの共有もある。比率で言えばどちらも同じぐらい。楽しいことばかりが人生でもないし、だからといって苦しいことだけでもない。ぶつかり合いがイヤなら、そもそも家族を持たないという選択肢だってあったのだから。でもそれをあえて選ばずに家族になったのも、月並みだけれど何かの縁だろう。 そう考えると、個性の傾向も冷静になってとらえられる。息子は朝が低血圧系タイプ。私は朝にイヤなことがあるととたんに不機嫌になる傾向。夫は自分の虫の居所が悪いとなぜか息子の一挙手一投足に注意をつけるタイプ。一方、娘は何度注意されても懲りずにヘラヘラしている。皆それぞれそういうものと割り切るのも大事だな〜と今改めて思う。 あ、でもこうしてみると、一番トクな性格は娘かも・・・! |
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| 2006年 7月 7日(金) |
Hubbub from the Hub |
「あ、これは訳さないでいいです・・・」
通訳者として企業間の交渉や会議に参加すると、両企業の利害が衝突し、必ずしも和気藹々と会議が進まない状態に直面することが多くあります。そんな時、通訳者として「これはダメだ!」「そんなことを言われても困る!」と日頃の鬱憤を晴らすかのごとく、感情を込めて訳をするのですが、何よりも困るのは、突然の内輪の話し合い。
逐次通訳で会議を進めていると、突然日本側企業の出席者数人が内輪で話し合いをはじめ、気がつくと「あ、これは訳さないでいいですから」なんて言われてしまいます。相手側の外国人が日本語を解さないことをいいことに、平気で目の前で「ここまでは譲れるけど、これ以上はムリだな」とか「ここまでは譲るとして、この額をとりあえず提示してみるか」といった話をしていることがあります。その間、外国人は「一体何が起きているの?」と通訳者である私を見つめるばかり。「訳すな」と言われてしまえば、訳すわけにはいきません。しかし相手を無視するわけにもいかない。仕方なく「内部の打ち合わせです」と、様子を見ればわかるだけの事実を伝えて、その場をしのぎます。先日の会議では、それが午前中だけでに何度も繰り返されました。
これでは合意に至る話も決裂してしまうのでは、と心配になりました。もちろん、突然の内輪の打ち合わせはこれまでに何度もありましたが、これほど頻繁に会議中に発生することは無く、明らかに相手側企業は日本側への信頼を疑問視している様子。もちろん、内輪の話が悪いのではありません。交渉をすれば、駆け引きがあるのは当然です。内部で意志の確認をすることも大切でしょう。しかし、そんな時は「ちょっと、内部で話をさせてください」と通訳を通して断るのがマナーではないでしょうか? そうすれば、相手も理解してくれるはずです。
そこで私は「差し出がましいかな?」と思いながらも、昼休みに日本側の代表者に考えを伝えてみました。するとその方からは、「ああ、確かにそうですね。全く考えていませんでした。」と思わぬ返答。午後のセッションが始まると同時に、「午前中は日本側が失礼をいたしました。国際的なコミュニケーションに対する理解と注意が欠けておりました。」とコメントをなされました。それ以降は、あたかもシナリオがきちんと書かれていたかのように交渉は無事に進んでいきました。
シビアなビジネス会議も、やはり人と人とのつながりです。個人が相手を信用できなくなれば、どんなに優れた数値も、データも、分析結果も意味を成しません。逆に信頼関係が構築されていれば、ちょっとした業績の悪化も、「一緒に頑張りましょう」となるはずです。通訳者を連れてこれば、国際会議がスムーズに行く、というわけではない点が難しいところですが、通訳者として、少しでもそのお手伝いが出来れば素晴らしい、と心を新たにした経験でした。 |
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| 2006年 7月 6日(木) |
仙人 |
主観の存在
通っているジムで、私の訳したものを読んでくださっている方が何人かおられるのですが、先日その方たちから「新しいのは、ヒロインがすごくかわいらしくて、よかった」と言われ、どきっとしました。実は、訳しているとき私自身そう思っていたので、ひょっとして自分の気持ちがどこかに出てしまっていたのかと不安になったからです。 訳者として名前がクレジットされることになり、訳した日本語の文章に著作権が発生する場合、どこまで「私」の感覚が反映されることが許されるのか、反映されるべきなのか、悩むところです。原文を読んで、私が頭に描いたものを描写するということは、翻訳するという作業は同じでも、原文を細大漏らさず、忠実に、かつわかりやすく他の言語にする、という産業翻訳と本質が違うのでは、と思うこともあれば、原書の世界をできるだけそのまま伝えるべきだろう、と考え直すこともあります。でも、できるだけ、そのまま、っていったい? 「私」というフィルターを通ってしまうことは前提条件としてしょうがないでしょう。かわいいな、すてきだな、と私が思った登場人物が、読んだ人にも同じように愛されるのはいいことなのかもしれません。しかし、本来愛されるべき主人公に対して、私が、「何なのよ、しっかりしなさいよ」と思ってしまったりしたときに、そんな不快感が伝わってしまうと、訳としては大失敗です。キャラの中には”love-to-hate”というか、憎まれるべき存在もいて、そんなキャラが憎まれるのはそれでいいのでしょうが、親しみをもたれるべきキャラが不快感を与えたのでは困ります。訳にそんな感情が必要以上に、にじみでてしまっていたらどうしよう? さらに、キャラで”love-to-hate”なのか、共感を覚えてもらうべきなのかが、偏った人格の私が、判断を間違えていることもあるはずです。たとえばですね、訳とはまるで無関係ですが、『NANA』のハチとか、『24』のキムとか、私はずっと嫌われキャラだと思っていたのに――ああ、ウザい、これほど嫌なキャラクターを作れる作家・脚本家ってすごいわ、と感心さえしていたのに――え、共感する人がいるわけ? と知ったときの衝撃! そんなとき頼りにするのが、編集者との信頼関係です。この人が、私に任せてくれたのなら大丈夫だろう、私の偏った捉え方を修正してくれるはず、みたいな感覚です。強い主張を持つ私ですが、基本的には翻訳作業は編集者あるいは産業翻訳ではコーディネーターが、訳のトーンや用字用語の統一基準について、最終的な判断を下すべきだと思っているので、負けずに主張し返してもらうと、とてもありがたいです。
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| 2006年 7月 5日(水) |
the apple of my eye |
新しい言葉・古い言葉
翻訳修行の駆け出しの頃、「辞書の訳語に頼ってはいけない」といったことを、翻訳学習のテキストや何かでよく目にした。「だったら何のために辞書があるのだ」というハナシだが、実際に仕事をするようになると、これを痛感する場面が多い。 とある流通企業の依頼でアメリカのスーパーマーケットに関する資料を訳す仕事があった。売り場作りやその特徴を述べる箇所で、wokery という言葉が出てくる。辞書には載っていない。インターネットの検索をかけても、この単語の出てくる日本語サイトは1つしかヒットしない。それにも訳語なんて載っていない。こういうときは、刑事ものドラマのうけ売りではないが「現場に帰れ」=「原文に帰れ」である。 売り場の一部を写した写真の説明で、the Wokery to the left and the Pizza station to the right とある。その左に映っているのは、ファミリーレストランのサラダバーのような作りのカウンターで、残念ながら、そこで何が売られているのかまでは見えない。でも、右がピザ売り場か……。wokery で、英語のサイトではどんなものがヒットするかというと、レストラン、それも Chinese とあるものばかり。ああ、wok か! wok (中華なべ)と、bakery (パン売り場)を足した、造語なのだ。この店では中華料理と東南アジア料理の売り場をあわせて wokery と呼んでいる、と同じ文書の別の箇所から分かったけれど、まあアメリカ人って面白い造語をするのね、と思った次第。 打って変わって週末は、DVD 鑑賞。アル・パチーノがシャイロックを熱演した The Merchant of Venice。価格の安さで英国から取り寄せたものであるため、日本語字幕がないのが難点か。いやいや、折角の名優たちの競演。英語を楽しもう、と思ったが、セリフが古い英語のまま。 You look not well, Antonio. とか、Fare thee well awhile. とか。 いままでもジェーン・オースティンもののようなコスチューム・プレイを見て、please の代わりに pray を用いて pray, tell me. と言ったりする英語は耳にしてきたけれど、シェークスピアの英語はさらに200年ほど古い。ヒアリングとは、耳に覚えのある音を拾って意味のあるものと理解する作業であることが、よく分かった。thee とか thou とか ‘tis といった古語や、現代の英語と異なる語順の構文は、文字として読むときは意味が取れても、話し言葉として聞く習慣が無ければ意味がなかなか頭に入ってこない。慌てて、英語の字幕を表示させながらの鑑賞に切り替え。これを思うと、日本語の時代劇での「かたじけない」とか、「せっしゃ」とか言うセリフも、外国人には聞き取りづらいものなのだなと思ったりする。そもそも発音やイントネーションだって、何百年も前に録音機があったわけではないのだから、その発音で良いのかどうかも疑問だけれど。紫式部の話す言葉は、今の日本人が聞いても皆目意味が分からなかったりして。 200年後の日本人は、どんな言葉を話しているのだろう。
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| 2006年 7月 4日(火) |
ガットパルド(gattopardo) |
初夏のパリ
「今年はいつまでも寒くって・・・」と現地の友人から直前まで脅かされていたのがウソのような、太陽、快晴、真夏の暑さ続きだったパリ。 この町とのつきあいは、直接知り合う前も、知り合った後も、長〜く、濃い〜ものが続いている。いろんな顔を知っているが、そして、世間一般には「これは、あいつのイヤな顔」とされている表情もいくつも見ているけれど、私はそのどれも、嫌いではない・・・嫌いにはなれない。 予定表にリストにしておいたプログラムは、サン・ミッシェルの名画座での「楢山節考」の上映時間が、有名教師のダンスのレッスンスケジュールともろにぶつかってしまったために、今村昌平のこの映画を見ることだけがかなわなかったが、あとはすべてこなした。 予定外の収穫は、いままで買おうかどうしようかず〜〜とぐずぐず迷っていた仏=英語の辞書を買ったこと(やっと装丁と内部の印刷のイメージと全体の大きさが気に入ったものを見つけたから)、そのとき同時に、図解が豊富に入ったラテン語=フランス語の辞書を買ったことかな。 その他、おいしいレストランを発見したり、何度も歩いてすっかり知った気になっていた通りの片隅に、フォトジェニックなアングルを見つけたり・・・という、「小さな、でも忘れられない喜び」は数知れず。 輪廻転生を信じるならば、自分は絶対、この町で以前、かなり濃い一生を送ったに違いないと確信する。 シャンゼリゼ通りとか、ノートルダム寺院、エッフェル塔・・・いわゆる観光名所には滅多に行かないのだが、けっしてそういう場所がきらいなわけではない。むしろ、日本やアメリカとはまったく違う、フランス式の「名所ってもののしつらえ方」には感服する。ただ、日常的な他の場所にあまりにもおもしろいところが多くって、大御所級の名所にまで足を延ばす時間がないだけだ。 あそこで何を見た、あの日にここへ行った、あの人がこんなことを言ってた・・・と、思い出すことはいくらでも。ひとつひとつ書いていたら、1週間のパリ滞在中のネタだけで、このブログに1年中書くことがあるくらい。 パリはすごい。 気長につき合ってきて、ほんとうによかったと思う。これからもいいつきあいができたらいい、とも思う、そして、そう思いつつ、この町はときどきひどいしっぺ返しをしてくるのだ、まるで、美しいけど性根のわるい、でもものすごく頭のいい女みたいに・・・ということも、わかっている。 パリが女なら、ロンドンやミラノは男だ、と思っていた。そう、町の風情が。でもどうもこのごろ、パリにも「男の側面」があるような気がしている。それは、しらじらとグレーがかった、どこかが軽薄な町全体のトーンからはなかなか分かりにくく、マスキュラン、ヴィリルという形容詞は、やはりどうしてもパリには合わないと思っていたのだけど、どうもこのごろ、ブルターニュやアルザス、中央の山岳地帯からパリへ出てきて、そこに根づいた「もとをただすと田舎のフランスの血」までを、どうにかかぎ分けられるようになってきたためかも知れない。 イントロダクションと締めがいっしょくたになったような文章ですみません。 くわしい旅の内容は、来週以降に、気が向いたら。 ばらしきっていない荷物満載のスーツケースがふたたび中央を占拠してる我がジャングルにて、今夜はひとまず、心が満腹での巴里礼賛なり。
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| 2006年 7月 3日(月) |
かの |
ひたすら活字
6月14日のリレーブログでthe apple of my eyeさんが、看板すら「読んで」しまうぐらい活字が好きということを書いていらっしゃった。私もこの状況にかなり近い。本も好きなのだが、外出先で絶対に入手するのが「フリーペーパー」。そう、地下鉄なら「メトロガイド」や「TOKYO METRO NEWS」、他にも丸の内地域の情報誌や「ホットペッパー」などといった冊子だ。選ぶポイントは、定期的に発行されている冊子であること。 電車の中から景色を眺めてボーっとするのも好きだが、どちらかというとひたすら活字を追っているほうが楽しい。なぜだろう?色々とあてはまることはありそうだ。 まず、先週のブログでも書いた「プレゼント懸賞」。定期的に発行されている冊子の場合、巻末にアンケートが掲載されている。それに応募するのが好きなのである。「どうせ当たらないだろうなあ」と内心思いつつも、「でももしかしたら・・・」という淡い期待もあるのでやっぱり応募してしまう。その過程が楽しいのだ。 もうひとつは「ひょっとしたら面白い情報があるかも」と思いながら読むこと。お出かけ情報や美術館ガイドなどのほか、グルメやレシピ、フィットネスなど、ためになる記事がフリーペーパーには満載されている。読んで必ず展覧会に出かけるわけではないけれど、「あ、この美術展、行きたいなあ」と思うだけで本人はしっかり行った気分に浸っている。なんとも安上がり! それから「地元の様子をうかがい知ることができる」。これもフリーペーパーの長所だ。私の場合、出先の自治体広報誌ももらってしまうほどなのだが、そうした広報誌を読んでいると「お〜、この地域は子育てに力を入れているなー」とか「ごみの分別、うちの方より厳しい!」など色々と発見がある。 フリーペーパーから得た知識が通訳に即役立つわけではない。しかし意外や意外、ひょんな時に「これ、どこかで読んだなあ」と思うと実はそうした冊子だったりするのである。仕事からの帰り道、手持ちの本も読みつくしてしまい、かと言って雑誌を買うほどでもないときは、目を皿のようにしてフリーペーパーを探している。 |
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| 2006年 6月30日(金) |
Hubbub from the Hub |
たまにはゴルフも…
いつもはサッカーに明け暮れ、週末といえば、関東のあちらこちらの競技場でボールを追いかける日々。ワールドカップともなれば、毎朝眠い目をこすりながら仕事へ向かい、「単語帳を作りながら試合観戦」のはずが「試合を見ながら単語帳作り」となり、果ては「ハーフタイムに単語帳作り」となってしまう始末。しかしここ2週間ほどは、サッカーではなく、ゴルフに関する仕事が何件か入っています。
全英オープンや、Amateur Championshipが開催されるこの季節。今までは、それらに関する仕事を頂くことは全くなく、ゴルフに関するお仕事をしたことは1度もありませんでした。しかし今年は、映像翻訳や字幕作りの依頼がまとめて入ってきます。何やら、今回の全英オープンの開催地が、Hoylakeというゴルフの歴史では重要な位置を占める場所とか。昔のビデオから、前回の大会の様子、そしてゴルファーのインタビューまで、様々な素材が届きます。
しかしその中には難関がいくつもあります。まずは、もちろんゴルフの知識。ずっと昔、父親に連れられて「打ちっぱなし練習場」でボールを打ち続けたことくらいしか、ゴルフに触れた機会はありません。パー、バーディー、フェアウェイくらいの用語はわかりますが、コースの傾斜や設計の話となると、頭の中に「???」が入り乱れます。
選手の名前も難しいところ。まだ日本では、ゴルフの情報が少ないのが現実です。ジダン、ベッカムならサッカーファンで無くても聞いたことがあるでしょう。しかしJohn Ball、Mikko Ilonenなど、なかなか耳にしたことのある人は少ないはず。映像翻訳自体より、人名の検索に相当の時間を費やしました。
アクセントの問題もあります。私は比較的きついアクセントにもついていけるのですが(ちなみに、一番得意なのはフランス人のアクセント)、スコットランドやアイルランドで街頭インタビューを行ったときの英語は、解読が非常に難しい…… なかなか苦労します。
とはいえ、新しい分野を開拓するのはいつでも楽しいもの。まだまだ「ゴルフは詳しいです」と言える状況では全くありませんが、新たな雑学知識が身に付いたようです。 |
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| 2006年 6月29日(木) |
仙人 |
翻訳に役立つ、かもしれない経験#2
Appearanceしましたよ、Courtに。「カリフォルニア州対、仙人さん」という形で、他の軽犯罪者と一緒に、起訴すべきかどうかをJudgeが判断するわけです。登録順に1時間ほど待って、やっと私の番になると後ろにいっぱい他の人が見ている中、被告席みたいなところに呼び出され、事実確認をされるのです。 英語がわからないふりをしても、スペイン語しかわからない人に慣れているので、マイナス要素になるだけかもよ、と友人に言われていたので、真摯に真実を語ることを決意した仙人さんは、日本から来たのでマイル表示に慣れていませんでした、128マイルじゃなくて128キロだと思っていました、と主張したのでした。判事から、陳述の内容に信用がおける人物かどうか、いろいろ質問を受け、とっても善良な市民であることを認めてもらって、ではこちらに来なさい、と高い椅子に座っている判事のところで、彼がサインした書類を受け取り、「これを持ってDAのところに行きなさい」と言われました。 続きのビルの中にある、District Attorneyのオフィスに行き、デスクの前にちょこんと座って事情(善良な市民だが、128キロだと勘違いしていた)を再度説明します。DUIの前科はありません。日本の感覚が抜けなかっただけです。すると、「128キロって日本じゃ法定速度内なの?」うっ、痛い。そのうち、まあいいでしょう、と不起訴処分、128キロ=約80マイルとして制限速度55/hマイルからの25マイルオーバー分だけ罰金を払いなさい、という裁定になりました。100ドルぐらいだった気がします(DUIはDriving Under Intoxicated、つまり飲酒またはクスリでハイになって運転することです)。 それでも罰金を払うことに、ちょっと不満だった私に、もともとの130マイル/h超だと収監されても文句は言えない、よくても懲戒を込めて2000ドル以上の罰金をとられることが多いと友人は慰めてくれましたが、私の裁定をめぐって職場では賭けが発生しており、彼女は100ドル以下の罰金、というパターンに賭けていた勝者だったのでした。私が全く罰金を払わない裁定を受けてくると信じ、小額でも罰金という結果にビール代を払うことになった上司からは、courtにおけるプレゼンテーション技術が未熟である、もっと経験を積むべきだと文句を言われました。今思えば、収監されていれば、さらにshareできる体験も広がっていたんですけどね。 軽犯罪の法廷の様子など、みなさんの今後の翻訳にお役に立てたのではないかと……。 |
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| 2006年 6月28日(水) |
the apple of my eye |
La Traviata
去る17日に、メトロポリタン・オペラの東京公演『ラ・トラヴィアータ』を観てきた。ヴィオレッタ役は「七色の声を持つ」といわれるルネ・フレミング。あまりの素晴らしさに、その直後にあたる前回のブログには書くことができないほど、なんというか、腰が抜けたようになってしまった。『トラヴィアータ』は全幕のCDも持っているし、有名な曲だけを集めたDVDやCDでも何度も聴いたことがあるが、生の舞台を通しで聴くというのはこれほどかと改めて思い知った感じだ。最初から最後まで泣きっぱなしで目も鼻もぐちょぐちょ、お化粧は無残にも崩れ去り、かなり恥ずかしかった。でもその日は1階席に皇太子ご夫妻が来られており、雅子様はこんなに泣くわけにもいかないだろうなと思うと、名もない平民で幸せかも。 このブログのお仲間 gattopardo さんはよくオペラの通訳をされるので、購入したパンフレットにお名前があるかと探してみたが、今回は違ったようだ。それにしても、こういう世界をお仕事にされるとは大変というか羨ましいというか。 オペラ『ラ・トラヴィアータ』の原作タイトルは『椿姫』。『トラヴィアータ』はヴェルディがオペラにするときにつけたタイトルで、「道を踏み外した女」という意味だそうだ。 デュマ・フィス(小デュマ)の原作を子供向けに書き直した翻訳本を子どもの頃に読んでいたが、貴族やお金持ちと付き合って贅沢に華やかに暮らしていたマルグリット(オペラでは「ヴィオレッタ」)が、アルマン(こちらも「アルフレード」)を恋人に選んだだけでどうして急に経済的に苦しくなるのかとか、上流階級の人と付き合えるのに、なぜアルマンの家族には受け入れられないのかとか、よく分からない部分も多かったように思う。小学生に高級娼婦がどんな身分なのかを分かれという方が無理だろうけど。
『椿姫』をモチーフにした映画がある。どちらも大好きな作品。 1つは『プリティ・ウーマン』。この映画で覚えた言葉が hooker(=売春婦)。企業買収で成功しているエドワード(リチャード・ギア)の弁護士が嫌な男で、ヴィヴィアン(ジュリア・ロバーツ)の正体が誰なのかしつこく聞いてくるため、エドワードが ”She’s a hooker. I picked her up on Hollywood Boulevard.” って言っちゃうのだ。弁護士は ”The only millionaire I ever heard of who goes looking for a bargain basement streetwalker!”と言って笑う。bargain basement streetwalker (特売品の売春婦)とはヒドイ言い方だ。hooker のほうは、通りで男を「引っかける」という意味からきているのだろうか。いずれにしても、安い売春婦、街娼をいうのだろう。 もうひとつの作品は『ムーラン・ルージュ』。自分に熱を上げる文学青年クリスチャン(ユアン・マグレガー)に、ムーラン・ルージュの踊り子サティーン(ニコール・キッドマン)が言う。”Christian, I’m a courtesan. I’m paid to make men believe what they want to believe.” この courtesan とは、hooker とか streetwalker とは種類が異なる、貴族や金持ちだけを相手にする高級娼婦を意味する言葉。椿姫はこちらの方だ。発音やスペルから元はフランス語だろうと見当をつけてみると、フランス語では courtisane と、若干スペルが違う。男性形の courtisan だと、宮廷人、廷臣という意味だそうだ。上流社会に巣くっている人々という意味では同じだったのかもしれない。 小デュマは、椿姫のように上流社会と付き合う女性たちのことを、demi-mondaine と呼んだらしい。monde には「世界」という意味の他に、「社交界」という意味もある。demi は「半分」。demi-monde は、「半分だけ社交界の世界」という、デュマの造語なのだ。英語で高級娼婦を意味する表現には、Fashionable Impures とか、Cyprians という言い方があったそうだ。 椿姫のモデルとなったのは、小デュマが若い頃に実際に恋に落ちたマリー・デュプレシという高級娼婦。13歳の時に父親に売られたマリーはパリに出た後、レストランのオーナーの愛人となり、劇場に出入りするようになってから多くの貴族の愛人になった。デュマとマリーは共に18歳の頃に出会い、マリーは23歳で結核で亡くなっている。 こういった高級娼婦はダニュエル・デフォーの『モル・フランダーズ』や、エミール・ゾラの『ナナ』など、数々の文学作品のヒロインにもなっているし、フランス国王ルイ15世の愛人ポンパドール夫人やデュ・バリー夫人も、高級娼婦から出世した。王の愛人となった女性たちには莫大な財産と貴族の称号が与えられ、その一族も貴族として取り立てられた人も多く、実際にイギリス貴族の家系を見ると先祖が王の愛人だったという家が少なからずある。トラファルガーの海戦で有名なネルソン提督の終生の愛人、レディ・ハミルトンも高級娼婦だ。ヨーロッパの歴史において娼婦たちの存在とその影響は無視することができない。いつだったか英国のチャールズ皇太子が何かのスピーチで「王族と娼婦は共に最古の職業で」と言ったとか。なんとも不謹慎な発言だが、正妻以外の女性にうつつを抜かすのは先祖からの伝統だから、娼婦や愛人の存在には寛大なのだろう。 前述の映画2作品のうち、『ムーラン・ルージュ』では、サティーンに裏切られたと思い込んだクリスチャンがサティーンにお金を投げつけ、”I paid my whore!” と叫ぶシーンがあるが、これは『ラ・トラヴィアータ』に全く同じ場面がある。サティーンは最後、ヴィオレッタと同様に肺結核で死んでしまうが、一方『プリティ・ウーマン』では、一旦はエドワードの下を去るヴィヴィアンをエドワードが高級リムジンに乗って迎えに行くハッピーエンド。このときバックに流れるのが『ラ・トラヴィアータ』のメロディ(途中でエドワードがヴィヴィアンをドレスアップさせてオペラに連れて行くが、その演目も『ラ・トラヴィアータ』)。こちらはきっと、もうひとつのモチーフとなっている『マイ・フェア・レディ』寄りなのだろう。競馬のシーンがポロの試合に、発音の訓練が品のいい身なりを整えたりテーブル・マナーを習ったりというシーンに置き換えられている。イライザがヒギンズ教授に拾われるのが、ロイヤル・オペラ・ハウスでの舞台がはねた後のコベント・ガーデンだ。 そんなこんな、色々なことを思いながら、実は新たに入手した『ラ・トラヴィアータ』の全幕DVD。そのロイヤル・オペラ・ハウスでの、アンジェラ・ゲオルギューのヴィオレッタである。生の舞台の余韻がもうちょっと引いてきたら、じっくり鑑賞したいと思う。
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| 2006年 6月27日(火) |
ガットパルド(gattopardo) |
だれよりも愛しい旅のみちづれ
・・・とは、カメラ。 デジカメではなく、フィルムを入れて撮る、きょうび「旧式」とさえ呼ばれている「写真機」のことです。 やれ露出がどうだ、シャッタースピードがどうだ、という話題にワケ知り顔でモノが語れるほどの知識は無い。でも私は、写真は、撮るのも撮られるのも好きである。機械オンチのくせに「かっこいい機械」が好きなのである。 10年ほど前にプロのカメラマンの知人にこの話をしたら、では、自分が使ってる本格的なカメラを一度、貸してあげるから、旅先でそれを使ってみなさい、ということになった。 それまでコンパクトカメラしか使ったことがなかった私をあわれんで(あのころはぜんぜんお金もなかったし)、この知人が貸してくれたのは、CONTAX の G2 という機種、レンズはカール・ツァイスのビオゴン28ミリだった。 いまでこそ、これらがどんなものなのか、なんとなくその価値の見当がつくぐらいにはなったけど、当時は「やけに重たいカメラだな??」ぐらいのことしかわからない。電源がここで、シャッターがここ・・・ってな程度の手ほどきだけを受けて、シチリアに向けて旅立ったのです。 コンパクトカメラとまったく同じ要領で、気に入った風景をパシャパシャと撮影し、帰国してからプリントした写真を見て仰天した。 木々のレモンの実のひとつひとつに、照りつける南イタリアの太陽がそれぞれ違う陰を作り、ほんの数センチしか離れていない2つの果実の表面で陽の光のニュアンスがこんなに違うのか、と目を見張るほど、レンズは、コンマ何秒というわずかな時間しか表出されることのないそれぞれが唯一無二の輝きのディティールをウソみたいに繊細に記録していた。 以来、私はこの「バケモノレンズ」ビオゴンの虜になった。 1997年に生まれて初めて本を出版し、生まれて初めて手にした「印税」と呼ばれるお金で、ためらわず自分のために CONTAX・G2 とビオゴンレンズを買った。 大学時代から使っているコンパクトくんも、最近購入したニコンのデジカメも、いい友だちにはちがいないけど、手にするたびに思わずニヤついてしまうのは、やはり G2・ビオゴンのゴールデンコンビ。 以来、これでどのくらい写真を撮っただろう。 ローマの天使達も、ベネチアの運河の水面の輝きも、深夜のパリのカフェの怪しげなタバコの煙も、このコンビのおかげで、ありきたりの思い出からは一歩外れた場所で、私の記憶に残っている。 今回も、ミーハーな旅の下調べ資料がぎっしりのディズニーのファイルを横目で見て笑うかのように、スーツケースの中仕切りの、いちばん上等な場所におさまっているのは、このカメラである。 行ってまいります。
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| 2006年 6月26日(月) |
かの |
アンケートで戦利品!
昔から懲りずに続けているのが「プレゼント懸賞の応募」。かつては広告付きはがきの発売日をこまめにチェックして大量購入し、そのはがきでせっせと応募していた。今はネットで手軽に応募できるので、応募資金は限りなくゼロに近い。個人情報保護で情報流出が懸念されるとは言え、私にとってやめられないのが懸賞の応募だ。 当選確率は決して高くない。けれど長年続けてみて自分なりの当選鉄則ができた。 まず鉄則1:締め切り間近に応募すること。プレゼントの抽選はおそらくはがきや応募用紙を箱に入れてランダムに上から抜き取っているはず。となると締め切り前日や当日に出せば、応募用紙がその箱の上のほうに乗り、抜き取られる可能性も高くなる。現に今まで当選したときのほとんどが、締め切り直前や当日消印で出したものだ。 鉄則2:アンケートのコメントには長所・短所を述べること。アンケートを実施しているということは、企業側も今後に向けた新しい視点を求めているはず。単にべた褒めの感想だけではなく、「これこれこうすると良いと思います」と建設的な意見を簡潔に述べるのが大事だと思う。 鉄則3:マイナーな懸賞を狙う。ネットショップや全国規模の懸賞は競争率も高い。一方、ねらい目は地元紙や応募資格限定のもの。私自身、地元UHFテレビで放映された県広報番組のプレゼントコーナーに応募したところ、健康飲料水が当たったことがある。他にも地方限定版で「幻の豚」なる豚肉セットが当選したこともあった。 これまでの戦利品はワインセット、ビール1ケース、豪華ミートセットや中華まんの詰め合わせなどなど。そのたびに珍しい食材が食卓に並び、家族全員でおいしい経験をすることができた。 そして最後の鉄則:応募したら忘れてしまうこと!私の場合、応募するとすぐ忘れてしまうのだが、そうすると忘れた頃にドーンと商品が届く。「あ、そういえばあの時の!」という感動はなかなかのもの。 というわけで皆さんの当選を応援しています! |
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| 2006年 6月23日(金) |
Hubbub from the Hub |
通訳と居眠り
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