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2010年 3月18日(木) みなみ
免許をなくした!
 昨日、スーパーに買い物に出かけた時に財布の中を見たら、運転免許証を入れていたポケットに免許が入っていません。あれー?と思いながら家に帰り、家中の引き出しやらカバンやらを探し、学校から帰ってきた娘にたずね、夫に携帯メールでたずねましたが、不明。
 いったいいつ、どこで無くしたのか、まったく思い出せません。最後の記憶は、12月に日本に帰省した際、飛行機の中で映画を見るための機械を借りた時のIDとして使った記憶だけ。つまり、日本から帰ってきた1月から、免許不携帯で運転していたことになります…。
 ふっと出てきそうな気がしないでもないですが、免許不携帯のままで運転したくないし、かといって車なしでは生活ができません。とりあえずネットで調べたところ、再発行の手続きは非常に簡単、ということが分かりました。そこで、免許証がないことが分かった翌日である今日、免許証の再発行に行ってきました。
 まず、最寄りのAAの窓口に行って、「免許をなくした」と言います。AAは日本でいうJAFのような存在で、免許証自体を管理するお役所(NZ Transport Agency)の免許業務を請け負っています。
 書類を渡してくれるので、名前などを書き込み、身分証明(私の場合はパスポート)と住所を示す書類(私は電気代の請求書を持っていきました。ちなみにこちらでは、住民登録という手続きがないため、住民票は存在しません)を見せます。その場で視力検査をして、その場で写真を撮って、はい、できあがり。窓口のカウンターのところで、10分足らずで全部済んでしまいました。費用は44.30ドルで、今日から10年間有効の免許証の更新の手続きは終了でした。30ドルちょっとで今までの免許の再発行も可能なのですが、あと2年ほどだったので、もう更新しちゃいました。
 AAはお役所ではないので、お昼休みもないし、土日もやっています。日本と違って、非常に便利。
 ただ、その場でもらえるのはテンポラリーな免許証で、実際の免許証は、2週間ほどで、郵便!で送られてきます。この国では、クレジットカードなどの重要な書類でも、結構平気で郵便で送られてきます。大丈夫か、と思うけれど、宅配便も日本ほど発達していないし、適当だったりするので、同じなのかな。
 それにしても、日本の免許更新の手続きは、いかに人手と時間がかかるものであるか、と思いました。この間、帰省したときに日本の免許を更新したばかりなので、なおさら、NZとの違いが感じられます。免許更新時の講習会は私のような浦島太郎には、交通法改正のポイントが分かって、非常にありがたかったですが、これとて、自己責任で知っておくべきことでしょう。ニュージーランドでは、こういう親切なものは免許更新時にはいっさいありません。その分、簡単に、迅速にできる、という大きなメリットがあります。
 窓口で、「免許をどこで、いつ、なくしたか、さっぱり記憶にありません」と言ったら、「そりゃそうよー、覚えていたら、取り戻しているでしょ」と言われて、納得。今度はなくさないようにしなくては。それにしても、私の免許証はいまごろ、どこで泣いているのでしょうか?
未分類

2010年 3月17日(水) ぺこたん
ジレンマ! ジレンマ! ジレンマ!

何だか最近、すれ違いが続いています。

先日、個人的に世界で1番好きな、某キング・オヴ・ヘヴィ・メタルの面々への、インタビュー&原稿書きの依頼を受けました。“明日、急遽やることになった”…と。
その頃の私はと言えば、シカに話しかけつつ、暢気に奈良公園をフラフラしていました。よって、“翌日”など、どうにも対処のしようがありませんでした。

数日前、個人的に世界で3番目に好きな、某ギタリストのインタビューの依頼を受けました。“今晩、急遽やることになった”…と。
その頃の私はと言えば、“気分転換に”…と、デイバック背負い&マウンテンバイクに跨り、近所を徘徊していました。よって、携帯が鳴っていることにさえ、気がつきませんでした。

ああ、いつも担当しているのに! やりたかった!

先日、仕事の合間に書いた某コラム。
本当は、例えば、街中を散策中に目にした、ちょっとしたものや感じたこと、そういうありふれた風景、ありふれた日常を、さらりと文章にするのが理想。でも、原稿書きで引きこもりの日々が続くと、それだけ視野が狭くなり、その結果、“私の目標は”とか、“仕事のあり方は”とか、“どう生きるべきか”などなど、押しつけがましく理屈っぽく、妙に力の入った、私の嫌いなタイプの文章に、どうしてもなってしまいます。

ああ、ジレンマ。

ちょっと前にやった、新作プロモ用の資料翻訳。
その内容は、政治・世界情勢に関する長文。よって、インターネット等々を通して、関係国の政治を読み解きつつ、通常は触れることのない用語と向かい合いつつ、自分の語彙の少なさを痛感しました。

他の多くの通訳翻訳者とは異なり、私は自分の好きな世界にどっぷり漬かった日々を送っています。好きなアート第一。その世界あってこそ。“言葉”“第二外国語”は、あくまでも、その中で生きていく為の“道具”なのです。

自分の専門分野があり、その世界に関する知識が深まれば深まるほど、それはつまるところ、他の世界には疎くなると言うこと…か。偏ってしまうと言うことなの…か。
まあでも、それはけっして、悪いことではないとは思うのですが…。

“この業界の常識は、他の業界の非常識”。
この世界に浸り、この世界の人たちと付き合っている限り、感じないことではありますが…。

そんなことはさて置き――

得意ではない分野でも、積極的に引き受け、取り組み、新しい世界を切り開いて行くべきか。それとも好きな分野を、とことん追求し続けるべきか。
興味のないもの、自信のないものは、迷わず断るべきなのか。

でも人生せっかくだから、楽しく仕事がしたいわなぁ…。こころの負担になるようなことは、極力避けたいもの。

どんなに酷い状況下でも、仕事の出来る人、何でも引き受けてくれる人。そういう人になるべきか。それとも、無理はしないけれど、でもひとつひとつ丁寧に当たってくれる…という人になるべきか。

“2時間後の電話インタビューなのですが”…と突然の依頼。
かと思えば、真夜中過ぎ。やっと1本入稿し、“さあ寝よう”…と思っていたところの、いきなりの連絡。“明け方の電話インタビューを、1本頼めるだろうか”。
……って、こういうこと、アリですか?
そんな場合でも、“はいはい、お任せを!”…と引き受けてしまえる人間を、“プロフェッショナル”と呼ぶのだろうか…。

つい数日前のこと。
1日に3件、素敵なお話を立て続けに頂きました。でも、しばらく立て込んでいた為に、その3件とも引き受けられず。
しかし…お断りしてから、“やっぱり頑張って、ちょっと無理してでも、引き受ければ良かったのでは。この不況下、仕事の話があるだけでも幸せなこと。無理してでも、やるべきだったのでは。やろうと思えば、何とかなったのではないだろうか”…と、ちょっと自己嫌悪、ちょっと後悔。ちょっと悶々としてしまいました。
でも、やっぱり、詰め込み過ぎて良いことなど、絶対にない…はず…。

……と、ああでもない、こうでもない。自分らしくない。

来日インタビュー・通訳のスケジュールは、往々にしてギリギリまで見えないもの。つまり、スケジュールは(比較的先に出る)アルバム歌詞対訳やプロモ関連の仕事で、どんどん埋まっていきます。従って、その後に入ることの多い、“来日関連もの”を嵌め込む余裕が、なかなかない。思うようにはいかない。“どうしてもやりたい!”と思っても、話を頂いた時点で、スケジュールがもうパンパンで、どうにもならない場合が多いわけです。

あれもこれも無理に入れるとしたら、それはもう最終的には、寝る時間を削るしかない。でも、そんなことをしてまで、引き受ける意味はあるのだろうか…。それがどんなにやりたいことであったとしても。

えっ? 寝る時間を削る? いえいえ、それだけは絶対にしたくはない! だいたい、そうしたら、ひとつひとつの仕事が、半端な仕上がりになってしまうのでは…。“完璧”を目指す者としては、それだけは避けたい。

ああ、でもやっぱり……
タイトな条件でも、無理してでも引き受けるべきか。
いや、それとも……
無理はしない、余裕のある日々の中で、完璧な仕事を目指すべきか。

ああ、ジレンマ。

大きな仕事の予定が入っていた為に、その後に入った仕事を、3つも4つもお断り。その直後、その大きな仕事がドタキャンに。で、結果、その数日間やることがなくなってしまう。そういうことも、時々あります。

2週間先は闇。なんてこった。

ひとつ引き受けた仕事の直後に、何が何でもやりたい仕事の話が舞い込むことも。でもフリーランサーの場合、来た順に引き受けるのが礼儀。基本的に。
そうして、やりたいものが、順に入って来るとは限らない。当たり前な話ですが。

ああぁあああ〜〜!

あるいは、例えば、
仕事が次から次へと入って来て、そのどれもこれもが、どうしてもやりたいものばかりだったので、感情の赴くままに、次から次へと引き受け続けていたら、その後しばらく、ジェットコースター的日々を過ごすことも。

ああ、思いきり体調を崩しちゃいそうです。

そうそう、
インタビュー1本は、通常30分、長くても60分内に収まります(…に収めなければならない場合が多い)。ですから、そのように計算しながら、起こし&原稿書きのスケジュールを立てます。
しかし気が合い、話が盛り上がり、1時間半以上のロング・インタビューになることも、少なくはありません。そうすると、その後の数日間はグチャグチャ。
かと言って、すべて1時間半になることを想定し、最初から原稿書きの時間をもうけていては、無駄の多いスケジュールになってしまいます。

それで思い出しましたが、
先日担当したアルバム歌詞対訳。オペラ仕立てで、通常の作品とは異なり、どのくらいの日数がかかるか、うまく読めず。最終的には、時計の針のカチカチ音を気にしながらの、物凄くスリリングな数日間を過ごす羽目に…。

ふ〜〜〜。

仕事は、客観的に冷静に、距離を置きつつやる必要があります。ある程度は。
しかしそれでも、例えば歌詞対訳の場合は、特に、相性というものが大なり小なりあります。思いきり感情移入できるものの場合は、気がついたら、アルバム1枚分、美しく仕上がってしまっていることもあります。逆に、何日間も向かい合っていても、その世界の表面を浮遊しているだけ。いまひとつ入り込めず、納得できない場合もあります。

ああ、じれったい。

とにかく……
スケジュールの立て方って、本当に難しい。

フリーランサー、最も大変なのは、この仕事選び。正確に言えば、スケジュール調整。そんな風に思っては、いつも溜息を吐いてばかりいます。
ひとつひとつを、予定の中にきれいに組み込めれば、仕事も半分成功したようなもの。そう断言しても良いと思うほど。

でも、何だかんだ言っても……

やっぱり最終的には、“愛”……ですかねぇ。
アーティストやその作品に対する“想い”がなければ、上手くはいかないし、だいたい、それがなければ相手に失礼だから、最初から引き受けるべきではない。
……と、今週はこんな感じで、まとめたいのですが……(^_^)v
その他

2010年 3月16日(火) さるるん@ロシア
週に1日は・・・
仕事がいただけるのは、ありがたいことです。心からそう思います。でも、この2ヶ月で完全オフは2日のみで、あとは働いていたせいか、疲れがたまっているような気がします。上手にスケジュール管理すれば、同じ量の仕事をしていても、もっと完全オフの日を確保できたはずなのに・・・。

「ああ、週に1日は休みたいな」
と思ったところで、ちょっと待って、プレイバック、プレイバック。

あれは、10年以上前のネパールでのできごと。
米国留学中の夏休みに、米国NGOのインターンとして、貧困層の自立支援プログラムのモニタリングを行うために、ネパールはラムジュン郡の山村に6週間滞在したのですが、その初日に、現地NGOスタッフ(ネパール人)と活動スケジュールを打ち合わせたときのこと。むこうがスケジュールを組んでくれたのはいいのだけれど、全然、休みがない。

やだ、はりきりすぎて忘れちゃったのねと思って、笑いながら、
「このスケジュール、休みがないんですけど」と言うと、
一同きょとん。

「ほら、土日もずっと予定が入っていて、休みがないでしょ」と言うと、またまた、きょとん。

「あの〜、このNGOのお休みは何曜日ですか?」と尋ねたら、
「休みは特にないです」という答えが返ってきて・・・
のけぞりました、私。

そこは、農村だったから、農業に休みなんかないから、仕事全般に休みというものがないみたい!?

「週に1日は休ませてください」と頼んで、スケジュールを調整してもらいましたが、なんだか自分がとんでもない怠け者のような気分になったものです。本当にびっくりしたなあ、あのときは。

このモニタリングの仕事は、支援対象グループや個人に会いに行くために、毎日、数時間の山歩きをしなければならなかったので、週に1度の休養日は、私にはやはり必要でした。

毎日の運動量は多かったのですが、ホームステイ先の食事は基本的にベジタリアンで、肉が食べられるのは週1回程度。肉を食べない日が3、4日続くと、道端に放し飼いにされている鶏を見る目が変わってきちゃって・・・「食べたい」と切実に思いながら見ていたっけ。

ちなみに、休みの日には、当時付きあい始めて日が浅かったダンナに「ロシア人について知りたかったら、ぜひこれを読んでほしい」と薦められたドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』を読んでいました。雨季の蒸し暑いネパールの農村で読むには、およそふさわしくない本だったけれど。電気も、水道も、電話も、車もない村と聞けば、さぞや空気がいいところなのだろうと思うでしょうけれど、それは違います。どこにいても、つねに牛糞の匂いが漂っていたのです。だから、『カラマーゾフの兄弟』と聞くと、牛糞の匂いを思い出してしまいます。
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2010年 3月15日(月) いぬ
善意で敷き詰められた道

某日
大学に出勤。途中日経とデイリー・ヨミウリ。続いて松本道弘先生の「同時通訳」を読む。うーん、どうなのだろう、これは。西山千先生の話が中心になるというので楽しみにしていたのだが、西山先生の話がずっと出てくることは出てくるものの、個人的に期待していたような描写ではない。というか、西山先生の言動に対する、松本先生自身の内面描写が続く。

到着すると、アマゾンに頼んでいた本が数十冊届いていた。古本なので一冊一冊梱包を解かないといけない。地球に厳しいシステムだなー。弁当を使いつつ、届いた本をチラチラ眺める。むっふっふ。面白そうだ。厳密に言えば古本を買うのは出版業界のためにならないのだが、無限に研究費があるわけではない以上、ある程度は仕方ない。1円から本が買えるんだものなあ。送料がその350倍ほどかかるけれど。

13時半から1時間ちょっと、教務部の方と留学制度についての打ち合わせ。いろいろ明らかになってきた。意外だったのは、留学すると日本の大学が要求する単位取得においては不利になるということ。平たく言うと、単位をまとめてゴソッととるには、留学しないほうが良いのだ。

アメリカにしてもオーストラリアにしても、半期で取得できる単位数に上限があるらしい。アメリカの場合は、せいぜい15単位ほど。しかも、海外の大学は授業時間以外の学びを重視するから(というより、授業時間外の勉強がなければ、とても追いつけない)、日本に比べると、1単位あたりの授業時間数が少ない。それを帰国後に日本の大学の単位として換算する際には、単に授業時間で比べるのだそうだ。

結果として、アメリカの大学では3単位出たのに、日本の大学で認定されるのは2単位だけということもあるのだ。そうなると、僕としては「できるだけ長く留学しておいで」と言いたいけれど、そのとおりにすれば、「単位を一気に取得できる期間を短縮する」ことにもなってしまう。

しかも、日本の大学のほうも、いつの間にやら「履修単位数の上限」という理解に苦しむシステムを導入している。要は1年間に50単位も60単位も取れないようになっているのだ。もっとも、成績優秀だと、その上限がある程度緩和されるらしい。逆だろう。取りこぼした単位が多い劣等生ほど、いっぱい履修しないとならないのになあ、と2回の留年経験を持つ僕などは思ってしまう。

そうかあ。しかし、制度からそうなってるんじゃあ、「半年じゃダメ。ぜひ1年!」とは言いづらいなあ。「4年で卒業するんじゃダメ。ぜひ5年かけて!」って言うようなもんだ。ま、個人的には数年間の回り道など、人生において何ほどのこともないと思うし、僕のように怠けて留年するわけじゃないんだから、じっくり学んだら良いと思うんだけれどなあ。

やっぱり東京外語大みたいに、大学院と連携して5年間のコースなんかを作るべきなんだろうか。いやいや、基礎力が不足しているから、やはり学部は4年かけてみっちり鍛えてほしいしなあ。

だけど、半年じゃなあ。ようやく外国暮らしに慣れたところで帰国する羽目になるから、みすみすカルチャーショックと逆カルチャーショックをセットで味わうようなものなんだけどなあ。

なんだか、どんどんこうやって外堀を埋められて、学びの機会がますます削られているような気がしてならない。それにしても、学費を支払うのが大変ならば、教育ローンを使うとか、奨学金を狙うとか、いろいろ手はあると思うのだけれどなあ。どうしても「4年で卒業、即就職」でないとダメだという考えらしい。親がそうだから、学生もそう考える。そして「お客さん」である学生と親がそう考えるから、大学もそういうニーズにこたえようと動くわけだ。

教務課のほうでも就職部と連携して、留学から帰ってくる学生向けに、特別就活セミナーをやってくれるよう取り計らう予定らしい。日本にいる学生と比べて、留学で数ヶ月出遅れるからだなのだそうだ。「ありがとうございます」とお礼も言ったし、その気持ちには嘘はないんだけれど、やっぱり違和感はあるな。

会議室を出て、研究室まで歩きながら、先ほどのミーティングを反芻していた。

「留学」で「出遅れる」?「留学」したから「差をつけることができる」んじゃなくて?

就職活動数か月分の価値すらない留学って、いったい何なんだろう。その程度の価値しかないという考えなら、そりゃあ就職活動と留学を天秤にかけることになっちゃうだろうな。だけど、それって本来、二者択一にすることがおかしいんじゃないの?

「表面的なお化粧と、内面的な自分磨きと、どっちをとる?」っていうようなもんだ。両方必要に決まっているし、どちらかといえば後者が大切なのは、言わずもがな。でも結局はみんなが前者を選ぶから、見てくれだけはゴテゴテ厚化粧した、その化粧をとったら金太郎飴みたいに個性のない、しかもティッシュペーパーみたいにひ弱な人間を量産しちゃってるんじゃないだろうか。個人的には、そういうことに間接的ながら手を貸してしまっているのが非常にイヤだ。

だいたい、就職って、そこまでお膳立てしてやることなの?これから先の人生を切り開く、いい練習の機会だと思うんだけれど。大学入学に失敗している「浪人」を社会的に許容することはできているわけなんだから、「就職浪人」も許容するようなシステムになれば良いなあ。

すぐ「ニート」とか呼ばないで、スロースターターも認めてやる社会であってほしい。要領がちょっと悪いだけなんだから。それに、要領よく内定を勝ち取る力と、社会を支える人間としての能力は(かなり重なる部分はあるにしても)同一ではないと思う。違うことをやる能力なのだから、それも当然の話だけれど。

ちゃっちゃと内定を決めて、入社してみたら「こんなはずじゃなかった。自分探しの旅に出ます」って言ってすぐにやめちゃうよりも、内定がなかなか決まらないプロセスを通して自分を見つめなおして、方向性を見極め、入社後も着々と成長して行くのとでは、絶対後者の方が良いと思うのだ。

研究室のドアを閉めながら、憤然と思う。

すりゃー良いじゃないの、挫折。どうせやるなら若いうちだよ。「まだ何者でもない」っていうのは、「失うものがない」ってことでもあるんだ。社会に相手にしてもらえず地団太踏んだり、「今に見てろよ」と思いつつ安きほうに流されて「あー俺ってダメなやつなのね」と思ったりしてるうちに、「いや、こんだけは絶対譲れん。やってやるぞコンチキショー!」と思うものが見えてきたりするんだから。

周りで見守る人は、精神的にも、そして場合によっては金銭的にも大変かもしれないけれど、人間なんて程度の差こそあれ、そうやって周りに迷惑をかけつつも暖かく見守られながら、だんだん大人になっていくんじゃないの?そして、そういう存在を受け入れてあげられるのが、本当に「豊かな」社会であり、国であり、生活であると思うんだけれど。

そして、そうやって育まれた人が、悪戦苦闘する次の世代を「ったく、しょうがねえなあ。でも、俺も昔はそんなもんだったからな」と、温かく見守る。そうやってプラスの連鎖を続けて行くことから、さらに良い明日につながっているんじゃないだろうか。

なんだか透明な縄で学生たちが着々と縛られて行くようだ。しかも、縛っている人たちの瞳は、善意であふれている。「これが君たちのためなんだ」という言葉に嘘はないのだろうな。縛られている学生たちも、嬉々として自由を奪われているようにも見える。んー、やっぱり違和感あるなあ。何か感じないの、みんな?

帰りの車中で「同時通訳」読了。帰宅。入浴。喫飯。就寝。
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2010年 3月12日(金) 昼顔
ボストン出張
さきほど1泊2日のボストン出張から帰宅しました。ボストンはアメリカにとって歴史の宝庫のような街で、街全体が綺麗で落ち着いた雰囲気を漂わせています。特に今回初めて訪れたボストンのサウス・ステーションはとても綺麗で旅人の心が寛ぐようにとの配慮が至るところで見受けられました。




それにしてもやはり片道4時間の移動は疲れるものです。フライトでの移動も考えたのですが、この季節については予想外の雪で足止めをくらい右往左往するよりは、キャンセル率の少ない鉄道の方が安全と判断したためです。

アメリカでの仕事で日本と一番大きく違うと感じるのは、移動や宿泊の自己手配が多いことです。日本だとエージェントの方々がクライアント様との間にたって資料の取り寄せや移動・宿泊のケアまで配慮してくださるので、通訳者は仕事の準備に専念することができます。この手配作業に時間を取られるという難点はありますが、慣れるとこういう作業も自分の好みを反映できることもあり、なかなか楽しいものです。

さて、今回の案件は、スケジュール的にとてもタイトだったため、会議だけでなく、その後のディナーでも終始仕事の話ばかりでした。ディナーの場所に選ばれたのは、ボストンでも有名な港を見渡せるレストランでしたが、残念ながらうっとりと夜景に堪能する暇はなかったです。

会食の際の通訳は食べることとのタイミングが勝負なのです。社内通訳時は噛みごたえのある肉を口に入れた途端、通訳を求められ、急いで呑み込もうとして笑いをとったこともありました。ただフリーランスで臨む場合にはその甘えも許されないし、お行儀が悪いとは知りつつ、最初に一口大に切っておいて食べるという形で対処しました。右手にはペン、左手にフォークを持ちながらのディナーですよ。これじゃ、食った気になるはずがない!!目でも舌でも堪能できる料理のはずが、あいにく何を食べたのかほとんど印象に残っていないのがとても残念です。

そして翌朝は7時から朝食を交えての会談。昨日の流れからおそらく同じ状況で通訳するはずなので自分の朝食は要らないとクライアント様にも申し上げたのですが、「遠慮しないで食べていいですよ」と却下され、案じていたとおりの怒涛のような意見交換についていくのに精一杯。もちろん食べる暇などあるわけもなく、ほっかほかでテーブルに運ばれた私のパンケーキは気がついたらすっかりその輝きと温かさを失っていました…。

それでも最後に今回の一連の通訳についてクライアント様からお褒めの言葉を頂いた途端、「これこそがなによりのご馳走じゃないか!」と思ってしまう必要以上に前向き思考な私でした。
通訳

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いぬ
幼少期より日本で過ごす。大学留年、通訳学校進級失敗の後、イギリス逃亡。彼の地で仕事と伴侶を得て帰国。現在、放送通訳者兼映像翻訳者兼大学講師として稼動中。いろんな意味で規格外の2児の父。<2008.4.1 start!>
さるるん@ロシア
米系銀行勤務後、米国留学中にロシア人の夫と結婚。一児の母。我が子には日露バイリンガルになってほしいというのが夫婦の願い。そのために日本とロシアを数年おきに行き来することに。現在、ロシア在住、金融・ビジネス分野を中心としたフリーランス翻訳者(英語)。
<2008.5.6 start!>
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高校までをカナダと南米で過ごす。現在は、言葉を使いながら音楽や芸術家の魅力を世に広める作業に従事。好物:旅、瞑想、東野圭吾、Jデップ、メインクーン、チェリー・パイ+バニラ・アイス。
<2007.6.1 start!>
みなみ
英日をメインとする翻訳者。2001年からニュージーランドで生活。家族は、夫(会社員)、娘(小学生)、ウサギ(ロップイヤー)。
<2007.5.1 start!!>
昼顔
外資系金融、在ジュネーブ日本政府代表部での勤務を経て、外務省職員として採用。帰国後は民間企業にてインハウス通訳者としてキャリアを積み、現在は日英仏フリーランス通訳者として活躍中。昨年秋からはNYに拠点を移す。趣味は数年前から再び始めたバレエと映画鑑賞と美味しいモノの食べ歩き。
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高校時代をドイツで過ごし、日本の大学を卒業後、再び渡独。ドイツでの日本企業勤務を経て10年前よりフリーランスドイツ語通訳者として活躍。車関係全般・ジュエリー・スポーツ関係・整形外科分野を得意とする。普段はワイン・焼酎をこよなく愛し、庭で取れたハーブやジャガイモで主人や友人達とBBQしながら休日を過ごすのが大好き。そして大の八重山諸島フリーク。
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仙人
大学在学中に通訳者としての活動を開始。卒業後は、外資系消費財メーカーのマーケティング分野でキャリアアップ。その後、外資系企業のトップまでキャリアを極めた後、現在は、フリーランス翻訳者として活躍中。趣味は、「筋肉を大きくすることと読書」
<2007年4月終了>
ガットパルド(gattopardo)
伊・仏・英語通翻訳、ナレーション、講師など、幅広い分野において活動中のパワフルウーマン。著書も多数。毎年バカンスはヨーロッパで!
<2006年8月終了>
Hubbub from the Hub
幼い頃から英語に触れ、大学在学中よりフリーランス会議通訳者として活躍、現在は米国大学院に籍を置き、研究生活と通訳の二束のわらじをはいている。
<2006年8月終了>

大学在学中に通訳デビュー。外資系企業勤務を経て、フリーランス通訳者に。会議はもちろん、音楽、舞台、映画などの分野でもひっぱりだこ。クライアントからの指名率も高い。<2005.11月末終了>
とと
大学卒業後、数年のサラリーマン生活を経て、フリーランス翻訳者に。技術系から出版物と、幅広い分野で高い評価を得ている。趣味は音楽。ただいま子育て奮闘中。<2005.11月末終了>
背番号8
イギリスに長期留学後、インハウス通訳者として数社に勤務。現在は、フリーランス通翻訳者として活躍中。若手通訳有望株の一人!。<2005.11月末終了>
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