翻訳者の顔

テンナインで業務に携わる翻訳者にインタビューをいたしました。

「金融分野の翻訳を極めたい 」土川裕子 様

土川様が語学と深く関わるようになったきっかけは何ですか?

英語の「音」がきっかけです。
中学生のときに英語の授業で教科書を朗読するカセットテープを聞いて「音がかっこいい!」と感じたのがきっかけです。スペイン語も音がきっかけです。昔、NHK-FMで「世界の音楽」だったかな、そんなラジオ番組で南米の音楽を聞いたのがきっかけでした。

土川様にとって翻訳の面白いところはどこですか。

私自身は何でも楽しい人なので、どこと言われても困るのですが(笑)。ありきたりかも知れませんが、やはりあぁでもない、こうでもない、と訳を考えているときですね。ぴたっとくる訳文を考え出したときは、「これでしょこれ!!」と大声あげてしまいます(笑)。

土川裕子 Yuko Tsuchikawa

英語・スペイン語翻訳者
愛知県立大学外国語学部スペイン科卒業。
英文テクニカルライターとして輸出車用自動車の取扱説明書作成に携わった後、スペイン語・英語のフリーランス翻訳者として独立。
経済・金融翻訳を中心に約17年の実務経験を持ち、通信翻訳講座講師、翻訳セミナー講師等歴任する。共著に『スペイン語経済ビジネス用語辞典』(カシオ EX-word XD-D7500搭載)がある。


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「女性が元気になる翻訳本をもっと世の中に送り出したい」
森田由美 様

森田様が英語と深くかかわるようになったきっかけを教えてください。

英語と深くかかわるきっかけといえばやはり大学に入ってからですね。海外旅行に行ったときに「話してみると意外に英語が通じる」という体験をしまして、と言っても税関でパスポートを提示するときだったりショッピングのときに話すといったレベルですが、それがすごく面白くて帰国してすぐに英会話学校に行きました(笑)

森田様にとって翻訳の面白さはどこにありますか。

いただける仕事の内容によっていろいろな知識が得られることが面白いです。
分野を絞ってお仕事される方もいらっしゃいますが、幸か不幸か私はそういうタイプではなくいろいろな内容を幅広くやってきましたので(笑)今自分で得意にしているのが、児童虐待、精神疾患、ビジネス書、育児書、御社でのお仕事ですとまったく見たこともない(笑)新しい医療機器もそうですね。

森田由美 Yumi Morita

英日フリーランス翻訳者
京都大学卒業。
数多くのビジネス文書、実用書の出版翻訳を手がける森田様。弊社では医療分野の単発の依頼ではいつも頼りになる存在です。
電話ではいつも柔らかい声でご対応いただくのですが、声とは裏腹にいつもスケジュールはパンパン!そのバイタリティはどこからきているのか色々お伺いしました。


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「読み手を想像して翻訳をすることが本当に楽しい!」
北根香織 様

語学に興味を持たれたきっかけについて教えてください。

高校1年生の夏、ホームステイでカナダのバンクーバー郊外に行きました。そこで当時の私のレベルの英語が通じなかった経験をしました。カナダの一般家庭で過ごしたのですが、まったく英語が通じず、すごくショックだったと同時に悔しくて「この言語を絶対にマスターしてやる」と思いました。

翻訳をご職業にしようと思ったのはいつからでしょうか。

前職ではIR支援会社の英文編集部で翻訳コーディネーターとして、英文チェック、翻訳などの業務にも携わり3年半勤務したのですが、その時にこれで食べていけるかもしれない、と思った頃でしょうか。
初めての業界だったのですが、私が主に携わっていたのはアニュアルレポートの作成にかかる業務やそれ以外のIR関連の翻訳物でした。

北根香織様 Kaori Kitane

大阪外国語大学国際文化学科卒業、カナダマギル大学政治学部修士課程修了。その後、NYで4年間仕事をした後、帰国。都内のIR支援会社で3年半翻訳コーディネーターとして英文編集から翻訳まで幅広く仕事をした後、2008年よりフリーランス。


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「翻訳は天職です 」ルカ・バレストラ 様

イタリアのご出身ですが来日までのいきさつをお聞かせください。

きっかけは当時すでにイタリアではメジャーになっていました日本のポップカルチャーです。ヨーロッパでは本当に主流になっていて日本のアニメ、特にマンガのキャプテン翼や北斗の拳の影響が大きかったです。子どもの頃からテレビでよく見ていただけですが。おそらく私の世代の西洋人で日本に興味を持つきっかけはそんなところからが多いと思います。

翻訳をご職業にされようと思われたのはいつごろでしょうか。

大学時代から仕事をするなら翻訳の仕事をすると決めていました。日英、日伊です。
ですので、大学院での修士課程を終えた時に、博士課程に進むか何か仕事をするか悩みました。その時に自分にはどんな仕事が向いているのか、向いていないのか、を真剣に考えたときに色々な経験を振り返ってみたときに自分には翻訳の仕事が向いていると改めて感じました。

ルカ・バレストラ Luca Barestra

イタリア出身
2009年大阪大学大学院文学研究科比較文学専攻修士課程修了
日英、日伊のフリーランス翻訳者。
いつも謙虚な姿勢で幅広い分野にわたってお仕事をお引き受けしていただいているバレストラ様。
今回は留学先の上海から翻訳イベントのために来日されると聞き、色々お話しを伺うことができました。


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「想い続けた日本で見つけた翻訳生活 」
キャシー・エベースト 様

日本語・日本に興味を持ったきっかけは?

15歳くらいの時に、イギリスで日本文化を紹介するフェスティバルが開催されて、学校や生活の様子を紹介したテレビ番組が放映されていました。日本の生徒はみんな髪の毛の長さを同じにしなきゃいけない、といったことが紹介されていて、”ちょっと変わった面白い国”という印象を持ちました。その頃は自分の将来の進路を考える時期で、同じイギリス人でフランス語などヨーロッパ言語を話せる人は多くとも、日本語を話す人はとても少なく、当時日系企業の進出が目覚しかったこともあって、大学では「経営学+日本語」を学ぼうと考えました。

大学卒業後の進路は?

もっと日本語を勉強したくて、2年くらいは日本で暮らしたいと思い、卒業後すぐに国際交流員(JET)として日本に来ました。私が派遣されたのは、大分県の朝地町という人口3500人くらいの小さな町です。この町は有名な彫刻家である朝倉文夫氏の出身地で、朝倉文夫記念館での通訳・翻訳の仕事や、2年に1回開催されるアジア彫刻展の翻訳や韓国・中国、フィリピン、マレーシアから彫刻家の通訳など、国際交流のお手伝いをしました。

キャシー・エベースト Cathy Eberst

イギリス出身。シェフィールド大学で日本語と経営学を専攻した後、1998年JETプログラム(国際交流員)で来日。大分県朝地町(現豊後大野市)で3年間国際交流員の仕事をしたのち、石垣島へ。2001年フリーランス翻訳業開始。5年間の石垣島生活ののちに大阪滞在、1年間の香港滞在を経て、現在大阪市在住。特に契約書など法律関係の文書を得意とし、翻訳の質とスピードには定評がある。


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